山口地方裁判所 昭和27年(行)26号 判決
原告 平直幸
原告補助参加人 新居田欣助
被告 山口県知事
被告補助参加人 冨永テル
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用のうち本訴に因つて生じた部分及び被告補助参加人冨永テルの参加に因つて生じた部分はいずれも原告の負担とし、原告補助参加人新居田欣助の参加に因つて生じた部分は同補助参加人の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が原告に対し下関市豊前田町の従前の百六十八番地の一所在、木造瓦葺平家建店舗兼居宅建坪三十一坪五合二勺の建物につき、昭和二十七年十月一日附代執行令書を以つて為した代執行の通知はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。
下関市豊前田町の従前の百六十八番地の一の宅地百二十九坪九勺(以下これを本件土地という)は被告補助参加人冨永テルの所有であるが原告先代平門将は昭和二十一年八月初め頃冨永テルから本件土地のうち四十二坪を地料一ケ月坪当り金三円、期間の定めなしに建物所有の目的で賃借し、同年九月被告の建築許可を得て右借地上に建物の建築を始めたが、翌昭和二十二年三月八日死亡したのでこれを相続した原告が右工事を続行し同年六月木造瓦葺平家建店舗兼居宅建坪三十一坪五合二勺の建物(以下これを本件建物という)を竣工し爾来原告が母と共にこれに居住して刑務所に勤務する傍らこゝで駄菓子商を営み、その一部は原告補助参加人新居田欣助及び訴外和田虎治にそれぞれ賃貸しその家賃収益を併わせてようやく生活しているものである。尚前記地料については昭和二十五年八月一日から一ケ月金九百八十六円十三銭となつたが原告は毎月千円宛滞りなく支払つている。ところが被告は下関土地区画整理施行の為昭和二十六年三月十七日本件土地の換地予定地を他所に指定し、原告にはその指定通知を為さずに同年四月二日原告に対し本件建物を移転若しくは除却すべきことを命じ、次いで翌昭和二十七年十月一日附の代執行令書を以つて右日附同日頃右の命令代執行の為の通知を為して来た。しかしながら右命令の代執行は次の理由によつてこれを為し得ないのであつて右の通知は違法であるから原告はその取消を求めるものである。乃ち本件建物の敷地は下関市特別都市計画上道路、広場、公園等の公共施設の為の必要地となつておらないから本件建物を移転若しくは除却する必要はなく、又下関土地区画整理の換地設計によれば本件土地はその東側に隣接し、その大部分が右区画整理の結果本件通知の為された当時已に道路となつていた冨永テル所有の同所百七十一番地の一の土地の換地先に予定されているのであつて、右換地設計どおり換地処分が為されゝば本件土地は依然として冨永テルの所有地となるわけであるから土地区画整理の結果実質的には単なる地番変更が行われるようなものであり、これを右百七十一番地の一の換地予定地として指定する処分は被告の事務怠慢の為今尚為されていないが右の指定が為されたうえ原告が冨永テルから本件建物敷地を引き続き賃借することの承諾を得れば、本件建物を移転若しくは除却する必要がなくなるわけであるから原告が前記命令を履行するか否かは事公益に関係しないことであつて、専ら原告と冨永テル間で解決すべき性質のものである。従つて本件建物の移転若しくは除却を命じた前記の命令は違法であり、原告が前記命令を履行しなくともそれが著しく公益に反するものではない。しかして若し原告が前記命令の代執行を受けることゝなれば本件土地の換地予定地のうち冨永テルが本件建物の敷地に供しようとしている部分は面積狭小の為本件建物の約三分の一は切捨てなければならない状況であり、しかも場所柄も悪いので商売換もせねばならず、これらの事情から原告の蒙るべき損害は甚大であつて本件代執行の為の通知は被告の権力濫用というべきである。被告主張事実中本件土地の一部についての原告の借地権について登記がなく且つ原告が特別都市計画法施行令第四十五条所定の届出をしていないこと、及び平門将が受けた本件建物の建築許可が仮設建築物として被告主張のような条件のもとに与えられたものであつて原告が右条件に基く義務を承継していることは認める。尚本件建物の実際は仮設建築ではなくて本建築である。
原告補助参加代理人は次のように述べた。
原告補助参加人は原告所有の本件建物のうち十一坪半の部分を原告から賃借し、その場所で牛乳販売業を営んでいるものであつて本件訴訟の結果につき利害関係を有するので原告を補助する為参加申立に及んだ。
被告指定代理人は主文第一項同旨及び「訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のように答弁した。
原告の請求原因事実中本件土地が冨永テルの所有であること、原告先代平門将が原告主張の頃被告の建築許可を得、(但しこの許可には後述のような条件がついている)これを相続した原告が本件土地の上に本件建物を建築し現にこれを所有していること、下関土地区画整理施行者たる被告の本件土地換地予定地の指定、本件建物を移転若しくは除却すべき旨の命令、右命令代執行の為の通知が原告主張どおりの経過で行われたこと、本件建物の敷地が下関市特別都市計画上道路、広場、公園等の公共施設の為の必要地となつていないこと、及び前記土地区画整理の換地設計によると本件土地はその東側に隣接しその大部分が右区画整理の結果本件通知の為された当時已に道路となつていた冨永テル所有の百七十一番地の一の換地先に予定されているが、その換地予定地指定処分は今尚為されていないことはいずれもこれを認めるが、原告の職業、生活状態、本件土地の一部についての原告と冨永テル間の賃貸借関係及び本件建物の一部についての原告と原告補助参加人新居田欣助及び和田虎治間の賃貸借関係は不知、その余の事実は否認する。本件土地の換地予定地指定処分の通知を原告にしなかつたのは原告の主張する借地権については登記もなく、且つ特別都市計画法施行令第四十五条所定の届出が為されていないからである。そもそも下関土地区画整理は昭和二十四年国で策定した五ケ年計画に基いて国費、山口県々費及び下関市々費を財源として被告が施行する特別都市計画事業であつて、その計画に従い昭和二十八年度内に完成しなければならないものであるが、原告が本件建物の移転若しくは除去を命じた前記の命令を履行しないため前記百七十一番地の一の土地の換地予定地指定ができず、右事業の進捗が著しく妨げられている。もとより冨永テルが右百七十一番地の一の土地の換地予定地が本件土地に指定された後これを原告に賃貸するというのであれば被告として敢て本件建物の移転若しくは除却を必要とするものではないが、冨永テルは右賃貸を肯じないのであるから被告として前記事業を所定期間内に完了する為にはこれ以上原告の前記命令不履行を放置することはできず、これを放置することは著しく公益に反するものと認められ、且つ他の手段によつてその履行を確保することが困難なので行政代執行法所定の戒告を経た上本件通知に及んだものであつて右通知は適法である。尚平門将が被告から受けた本件建物の建築許可は「戦災都市における建築物の制限に関する勅令」(昭和二十一年勅令第三百八十九条)の適用により、建築面積四十八、六平方米(約十四坪五合八勺)の仮設建築物として将来土地区画整理その他の都市計画事業の必要上被告がその除却又は改築を命じた場合は、自費で責任を以つてその命令を履践するという条件のもとに与えられたものであつて、原告は右の条件に基く義務を承継しているものであり、又本件建物は右の許可にかゝる建築面積を超えて建てられた違反建築であつてこれらの点からみても前記命令を履行しない原告に対し右命令の代執行するのは権力の濫用ではない。
当裁判所は冨永テルが本件訴訟の結果に利害関係あるものと認め、職権により被告を補助させる為本件訴訟に参加させた(証拠省略)。
三、理 由
下関土地区画整理の施行者たる被告が右土地区画整理実施の為昭和二十六年三月十七日冨永テル所有の本件土地の換地予定地を他所に指定し、同年四月六日原告に対しその所有に係る本条建物を移転若しくは除却すべき旨を命じ次いで翌昭和二十七年十月一日頃右命令代執行の為の通知を原告に為したことは当事者間に争いない。以下本件代執行の為の通知が違法であるか否か判断する。
先ず原告は本件建物の移転若しくは除却を命じた前記の命令が違法であるから本件代執行の為の通知も違法であると主張するが、本件代執行の為の通知は右命令とは別個の手続に属する別個の行政処分であるから右命令の違法が当然に本件通知の違法を招来するものとは云えず、従つて右命令の適否を判断するものでもなく右の主張は失当である。
次に原告は原告が前記命令を履行しなくともそれが著しく公益に反するものではないから本件代執行の為の通知が違法であると主張するのでこの点を考えてみるに、先ず下関土地区画整理が昭和二十四年国で策定した五ケ年計画に基き国費、山口県々費及下関市々費を財源として行政庁たる被告の施行する特別都市計画事業であつて昭和二十八年度内に完了する予定のものであることにつき原告は明かに争わないから、これを自白したものと看做すが、行政庁の施行する特別都市計画事業たる土地区画整理はその施行者及び目的に鑑み公共性の極めて顕著なものであるから被告が下関土地区画整理事業を右事業の計画に従つて予定どおり昭和二十八年度内に完成するか否かは公益に重大な関係があるといわねばならぬ。しかるに右土地区画整理の換地設計上本件土地がその換地先に予定されている本件土地東隣りの冨永テル所有に係る百七十一番地の一の土地については本件通知の為された当時已にその大部分が土地区画整理の結果道路敷地となつていたに拘らず換地予定地指定処分が為されておらずこのことは当事者間に争いがないのであるが、浜野正吉の証言に弁論の全趣旨を綜合すると右の事実は右土地の換地予定地たる本件土地の上に原告所有の本件建物がある為換地予定地の指定をしても被告は冨永テルに対し特別都市計画法第十四条第三、第五項の適用による損害補償をせねばならぬのに事業財政上右補償支出ができないことに由るものであること、従つてそれは畢竟するに原告が本件建物を移転若しくは除却すべき旨の前記命令を履行しないことに由るものと認められる。
しからば本件代執行の為の通知が為された当時原告の右命令不履行が前記土地区画整理事業の進渉を妨げていたことは明白であり且つ原告が前記命令を履行する意思のなかつたことが弁論の全趣旨に徴し明らかであるから原告が右命令を履行しないまゝに放置するときは右事業をその計画所定期限たる昭和二十八年度内に完了できなくなる恐れのあつたことが充分窺えるのであつて、原告が右命令を履行しないまゝに放置することは著しく公益に反するものであつたといわねばならない。原告が本件建物の敷地は下関市特別都市計画上道路、公園、広場等の公共施設の必要地となつていないから本件建物を移転若しくは除却する必要がないとするのは前記命令が前述の如く土地区画整理実施の為に為されたものであつて道路、公園、広場等の公共施設建設の為に為されたものでない以上的外れの主張であつてそれ自体理由なく、又原告は本件土地が前記百七十一番地の一の換地予定地として指定されたうえ冨永テルから本件建物敷地を賃借することの承諾を得れば本件建物を移転若しくは除却する必要がなくなるから前記命令を原告が履行するか否かは事公益に関係がないと主張するが原告が冨永テルから前記百七十一番地の一の換地予定地を賃借し得ることを窺わしめるような証拠は全然なく却つて冨永綾子の証言によると冨永テルが右百七十一番地の一の換地予定地を原告に賃貸する意思のないことが明らかに看取されるから原告の右主張は已にその前提を確保し得ないものであつて所論争点に関するさきの判断を動かすに由ない。
次に原告は原告が前記命令を履行するか否かは事公益に関係がないのに前記命令の代執行を受けることによつて蒙る損害が甚大であるから本件代執行の為の通知は権力の濫用であると主張するのでこの点を考えてみるに、原告が右命令を履行するか否かゞ公益に重大な関係を有することは已に述べたとおりであるところ平民子冨永綾子の各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、前記命令の代執行により本件建物は本件土地の換地予定地中冨永テルがその敷地として充当しようとしている部分に移転されること及び右敷地部分は道路に面する間口が三間半、奥行九間で、本件建物全体を充分収容できる広さのあることが認められ、右の場所が商業を営むのに本件土地よりも若干不利であることは窺われるがそれに著しい支障を来たすものとは考えられないから前記命令の代執行の結果原告の蒙るべき損害がさほどに甚大のものとは認められない。しかも本件建物の建築許可は原告も認めるように「戦災都市における建築物の制限に関する勅令」(昭和二十一年勅令第三百八十九号)の適用により建築面積四十八、六平方米(約十四坪五合八勺)の仮設建築物として将来土地区画整理その他の都市計画事業の必要上被告からその除却を命ぜられた場合は自費で責任を以つてその命令を履行することゝして与えられたものである。されば本件代執行の為の通知を権力の濫用と主張するのは失当である。
以上のとおりであつて本件代執行の為の通知には原告主張のような違法の点はないのでこれが取消を求める原告の本訴請求を理由なきものと棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 河辺義一 榧橋茂夫 宮崎富哉)