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山口地方裁判所 昭和29年(ワ)292号 判決 1959年7月30日

原告 河口竹雄 外三名

被告 宇部興産株式会社

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「原告河口と被告との間に昭和十二年十二月、同今田と被告との間に昭和二十一年二月四日、同山内と被告との間に同年六月、同石川と被告との間に昭和十四年三月、各成立した原告等が被告会社の雇傭する労働者であることを内容とする雇傭関係が存続していることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告は窒素、セメント製造並びに石炭採掘等の各事業を営む株式会社であるが、原告河口は昭和十二年十二月、同今田は昭和二十一年二月四日、同山内は同年六月、同石川は昭和十四年三月、それぞれ被告会社と雇傭契約を結び、爾来いずれも被告会社の経営する宇部窒素工場にその従業員として、就業してきたものであり、且つ、宇部窒素の従業員を以て組織される宇部窒素労働組合(以下単に組合と略称する)に所属し、その組合員であつたところ、いずれも昭和二十五年十月八日、被告会社よりその事業の正常な運営を阻害し又はその虞のある共産党員又はこれに準ずる行動ある者との理由により解雇通告を受けた。

しかしながら各解雇は次のような理由によつていずれも無効である。

(一)  本件各解雇は、憲法第十四条、労働基準法第三条に違反し民法第九十条により無効である。即ち、被告は本件各解雇の基準につき種々の口実を設けているが、真実は共産党員又はその同調者であることを理由とし、その思想乃至信条のみによつて企業内から排除することを目的として設定されたものであつて、被解雇者の外部に表現された個々具体的な企業破壊の言動を捉えたものでなく、それは当時のいわゆるマツカーサー書簡に便乗し、占領軍当局の指導の下に為政者及び資本家等の反動勢力が結託し朝鮮戦争を遂行する必要上、平和主義の中核であつた共産党員及びその同調者を企業から追放するために、企業防衛という美名の下に行つたいわゆるレツトパージであるから、このような解雇基準に基いた本件各解雇は前記諸法令に違反する無効のものである。

(二)  次に本件各解雇は、労働協約に準拠しない無効のものである。

(1)  本件各解雇は、原告等が組合活動に名を籍りて共産党の活動を活溌にさせ、職場規律に違反して職場の秩序を紊乱し或は労使間の紛争に際しては悉くその長期化と激烈化とを図る等、業務の正常な運営を阻害し被告会社の事業に協力しないことを理由とし、而してこれを以て被告会社と組合との間に当時有効に成立していた労働協約第三十四条第十一号所定の「止むを得ない事業上の都合によるとき」に該当するものとして原告等を解雇した。しかしながら原告等に右のような事実は少しも存せず、寧ろその勤務成績はいずれも良好で、このことは、例えば被告会社の昇給、賞与の基準として勤務成績の良否に従い設けられたA乃至Fの六階級の中、原告等はいずれもA又はBの上の部に属していたところからも容易に窺知し得るところであり、原告等は右解雇基準に該当するところが少しもないのであるが、更に前記労働協約第三十四号第十一号にいう「止むを得ない事業上の都合によるとき」とは使用者が例えば一事業部門又は一工場を廃止するの止むなきに至つた場合其の他使用者が事業の縮少を余儀なくされ、人員整理が不可避であるような場合を意味するのであつて、被告の掲げる前記解雇理由は右の条項に該当しないこと明白である。

(2)  又、宇部窒素にあつては、組合員は、前記労働協約第三十四条に掲げられた事由に該当しなければ解雇されず、唯単に企業に対し「非協力的」「破壊的」若しくは「企業の円滑な運営を阻害する」等の名の下に企業から排除することは許されず、又、職場規律違反というもそれが解雇に価するかどうかを使用者が一方的に定めた基準によつて律せられるべきものではないことは、この場合労使双方の代表者を以て構成する運営協議会の議を経ることを要する前記労働協約の規定自体からも明らかである。然るに被告は、原告等及び組合の要求があつたにも拘らず、終始前記の如き観念的抽象的な言葉を以て理由付けるだけであつて、労働協約所定の解雇事由に該当する具体的事実を明示せず、それがため本件のための前記労働協約に従つて開催された運営協議会は、労使双方物別れの状態となつたのに、敢えて原告等を解雇した。この点においても労働協約に違反する。

(3)  原告等に前記の如き解雇の事由が存するとすれば、それを理由とする解雇は懲戒解雇として前記労働協約第三十四条第三号の定めるところに従い、予め右労働協約第四十一条により設立される賞罰委員会の議に附さねばならないところ、被告はその議に附さずして本件各解雇処分を実施したものであるから、原告等の賞罰委員会に諮る権利を奪つたことになり、この手続違反は本件各解雇を無効にする。

(三)  更に本件各解雇は、原告等が組合の組合員として、組合の自主性と併せて被告会社従業員の労働条件の改善を図るためになした正当な組合活動を理由とするもので、それ自体不当労働行為を構成する。この点に関し、被告は原告等が労使間の紛争に際して採つた言動を誇大に種々の形容詞を以て描写しているけれども、その実情は労働組合員として当然なすべき行為に出たに過ぎず、寧ろ被告会社こそ組合の運営に介入し剰え組合幹部に圧迫を加え或はこれを買収するなどして組合を支配しようとする態度に出たがため、原告等は組合の斗争力を強めるとともに、その自主性を図るため、組合幹部を批判、激励、叱し且つ被告会社に対して右のような趣旨に沿つて労働運動こそ活溌にしたが、それらはいずれも正当な組合活動の範囲に属するものである。なお原告今田は被告がいうように組合から権利停止処分に付されたことがあるが、これは前記の如く組合幹部の御用化を批判したがためであつて、それは組合内部の問題に過ぎず、被告会社がこれに介入することは許されないものである。

要するに本件各解雇は不当労働行為であつて、憲法第二十八条、労働組合法第七条に違反し、民法第九十条により無効である。

以上の理由によつて本件各解雇は無効であるから、原告等は依然として被告会社の従業員たる地位を保有しているにも拘らず、被告はこれを否認して原告等の就労を拒絶するので右各雇傭関係が現に存続していることの確認を求めるため本訴に及んだ次第である。

二、次に被告の主張に対し次のように述べた。

被告主張の事実中、原告等が被告に対しその主張の日時、場所で、その主張の退職願を提出し且つ被告がそれを受領したこと、並びに原告等がそれぞれ被告からその主張の日時にその主張の如き金員及び離職票、源泉徴収票、厚生年金証書、労務加配米を受領したことは認めるが、これらの行為は被告の主張するような法律上の効力なく、その理由は以下に述べるとをりである。

(一)  即ち、雇傭契約終了の原因として解雇と合意解約とは論理上二律背反の関係に立ち、而して解雇は使用者の一方的な行為であつて、労働者がこれを受領するということだけで足りるものと解すべきところ、原告等が退職願を提出し、且つ退職金を受領したのは前記のとおり昭和二十五年十月二十日であり、更に特別加給金の受領は同年十一月二十日であるが、被告は右に先立つ同年十月十八日原告等に対し解雇通告をなし同日原告等はこれを受領しているのである。而も被告が飽迄原告等を一方的に解雇する旨の意思を有していたことは解雇に伴う予告手当、会社都合による退職金を原告等に支給し、又爾後は原告等の就労を拒絶し解雇によつて雇傭関係が終了したものとして扱い、更に組合が右各解雇通告の取消乃至徹回を要求したのに対し、被告がこれに応じなかつたことからも明らかである。即ち本件各雇傭関係は右解雇通告により、既に終了したものであつてその後における前記退職願の提出等は法律上効力なき無意味のものである。

更に、被告は原告等に対し、前記の如く解雇を通告し、之に対し組合からその取消乃至徹回を要請されながらも、これに応ずることなく、断固として一方的解雇の意思を表明しながら、右解雇を円満に実施するための戦術として退職願を提出した者に対し特別加給金を支給するという好餌を設けた。解雇通告を受けた労働者は仮令退職願を提出しなくとも、必ず職場から追放されることを察知する。このような場合において仮令、労働者が退職願を提出したにせよ、強大な資本を背景とする資本家、使用者と賃金を唯一の資と仰ぐ労働者との間の不均衡な力関係即ち支配従属の関係を考慮して判断するならば、その労働者に自由意思に基く任意退職の意思があつたものと解することはできない。加うるに本件解雇の場合、原告等を含む被解雇者は運営協議会に出席することを許されず、その機会さえも与えられずしてなされたのであつて、それは文字通り原告等にとつて突然のことであり、而して原告等は解雇通告を受けると同時に、被告のため山口地方裁判所が決定した原告等に対する被告会社工場への立入禁止仮処分決定が執行されていたため、同工場への立入は法律的にも禁ぜられ、又当時勤務中の原告今田、同山内は即時工場内から退却するよう命ぜられ、もとより被告に面接交渉する機会さえも与えられなかつたのである。他方、組合もその幹部が被告会社の圧迫と買収とにより御用化し、原告等の解雇反対の要望を採り上げなかつたばかりか、解雇通告を受けた後はそれを理由に原告等の組合員としての地位を否定し、本件解雇のため開催された執行委員会、評議委員会への出席を拒否し、剰え退職の際の待遇条件を有利ならしめ、且つ他会社への就職を便利ならしめるためと称して依願退職の形式を採るよう原告等に勧告した。原告等は組合からも見放され、全く孤立化するに至つたのである。以上のような特殊事情に加え、解雇なる既定事実の基盤の上に立ち、賃金を唯一の生活の資とし、一度解雇の宣告を受けると容易く、他に雇傭の道を見出し得ない情勢に基き、自己及び家族の上に到来するであろう悲惨な運命を察知した時、原告等が採るべき唯一の道は若干ながらも有利な退職条件と交換に依願退職の形式を採るより外はなかつた。即ち、解雇通告を受けた後の段階においては原告等に最早退職するか、しないかの任意選択の自由なく、退職という既定の事実のうちにおいてのみ、若干有利な退職条件と交換に依願退職という形式をとるかとらないかの自由、而してそれは被告会社が不動文字を以て印刷して作成した退職願なる文書に署名捺印するかどうかの物理的行動の自由のみが残されていたに過ぎなかつた。而も、被告は全国的な資本家連合勢力(経済団体連合会)国家権力並びに外国勢力の庇護、指導の下にも法的にも、戦術的にも十分研究準備のうえ立ち向つてきたのであり、これに対し原告等は前記の如く唯一の頼みとする労働組合が力とならず、他に何らの背景なく、法律知識にも乏しい労働者であつてみれば、本件各解雇通告が法律上無効であることすら識らず、仮令それを識つてその効力を争い得る法知識を有していたとしてもその資力なく、結局生活苦による死を覚悟してそれを争う以外に方法がなかつたのである。

右の如き事情をも加味して考えるならば、原告等が本件各解雇通告に対し異議を留める旨を被告に通告したかどうかに関係なく、原告等の退職願の提出、退職金等の受領を以て合意解約の解約申入としての価値ある行為とみることはできず、従つて合意解約は成立しないものである。

(二)  仮りに原告等の退職願の提出、退職金等の受領が雇傭契約の解約申入としての意思表示とみられることによつて合意解約が成立したとしても次のような理由により結局その解約の効力はない。

(1)  原告等の右行為を以て任意退職の意思を表示したものと認めなければならないとしても、右意思表示は、真意と符合しない意思表示で且つ被告においても当然その真意を知り又知り得べかりし場合であるから、民法第九十三条により無効である。即ち、原告等は何れも被告会社を退職する意思は毛頭なかつたのであるが、被告は前記のとおり原告等に対し突如弁明の機会さえ与えずに本件各解雇処分を断行したうえ、原告等被解雇者に対しては、会社工場内へは勿論、組合事務所への出入すら制限し、他方原告等は当時生活に窮し、さりとて他に就職する機会もなかつたのでさしあたり会社から退職金を受け取つて自己及び家族の生活を維持する外はなかつたのである。以上のような次第で原告等は、その退職願を、単に退職金等を受け取る方便として提出し、而して退職金等は生活資金を獲得するための単なる手段として受領したに過ぎず、真実任意の退職の意思を以てしたものでない。而してこのような場合、解雇を強引に押し付けた使用者である被告も右のような原告の真意を知つていたし、又当然知り得べき事情にあつたのである。

(2)  仮りに右主張が理由ないとしても、民法第九十四条により無効である。即ち、本件は前記のとおり飽迄被告の一方的解雇であつて、原告等及び被告はいずれも真意は解雇であると考えていた。しかし被告としては若し解雇だけを以て押し通すならば当然全労働組合員との間に摩擦を生じさせる虞れのあることを憂慮してそれを避け、解雇の効力を円満且つ速やかに実施させるため、他方原告等にとつても任意退職という方便をとることにより一層有利な退職金を受領できると考え、ここに各原被告通謀のうえ、形式だけ任意退職ということにするため、原告等は被告に退職願を提出するとともに、被告から退職金等を受領し、而して被告は右退職願を受理したのである。

(3)  更に仮りに右主張が理由ないとしても、右意思表示は被告の強迫に屈してなされた意思表示であるから、取消し得べき行為である。即ち、被告は昭和二十五年十月十八日、何等の予告もせずに突然原告等に対して解雇を通告すると同時に当時工場内にあつた原告等被告解雇者に対し即時工場からの退却を命じた上、警備員の厳重な監視のもとに工場外に連れ去られたのであつて、爾後工場への立入りは許されなかつた。その上即日山口地方裁判所の工場立入禁止仮処分が執行され、ここに会社との交渉は閉されることとなつたのである。このような事情の下に原告等は同月二十日被告会社門前において被告会社人事課長木落満その他の人事課員らから、被告会社作成文書なる退職願に署名捺印することを強要されたのであつて、その際木落人事課長は「退職願に捺印しなければ被告会社から交付すべき金員は供託するか或は原告等の手に入らなくなるかもしれない。捺印すれば右金員を手交する、なお捺印しなければ他の所にも就職できなくなるであろう」旨を発言したのである。

以上のとおり原告等が退職願を提出したのは被告の強迫によるものである。そこで原告等は被告に対し昭和二十九年六月四日右取消の意思表示をした。よつて原告等が昭和二十五年十月二十日退職願を提出した行為の効力は両日に遡つて効力を失つた訳である。

(三)  更に被告は、原告等が退職願を提出し、退職金等を受領したことを以て解雇の承認になると主張するが、解雇なるものは、使用者である被告が労働者たる原告等の同意を必要とせずに一方的に雇傭契約を解約させる意思表示であるから、法概念として解雇に対する承認ということはあり得ず、従つて原告等の右行為が解雇を承認したこととなるという理論は成立する筈がないが、仮りに斯ような法理が認められるとしても前記(一)の如き事情の下でなした右行為が解雇に対する承認としての意味を有しないこと明らかである。(証拠省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告等主張の事実中、被告が原告等主張のような会社であること、被告が原告等とそれぞれその主張の日に雇傭契約を結び、その主張の如く原告等が就業したこと、原告等がその主張の組合の組合員であつたこと、並びに被告が原告等に対し昭和二十五年十月二十五日附を以て解雇する旨の通告を行つたことはこれを認める。

しかしながら、原告等と被告との間の雇傭契約は、原告等主張の如く一方的解雇によつて消滅したものでなく、以下に述べるところの本件整理についての動機乃至経過からも明らかなように、各原被告間に合意解約が成立したことにより(又は仮りにそうでないとしても、本件各解雇を原告等が異議を留めずに承認したことにより)円満退職したものであるから、原告等が縷々主張する解雇無効事由の存否に拘らず、既にこの点において雇傭関係消滅の事実を認めるのが相当である。

一、よつて以下に本件整理の動機乃至経過を述べる。

(一)  被告宇部興産株式会社は本社機構の下に工業部門及び炭業部門の両現業部門を擁し、工業部門として宇部窒素工場、同セメント工場、及び同鉄工場を、炭業部門として三箇所の鉱業所を各所有し、従業員総数は約一万七千五百人であるが、そのうち原告等が就業していた宇部窒素工場は主として硫酸アンモニアを製造する化学工場で、瓦斯工場、合成工場、硫安工場並びに火力、水力発電所等から成り、その生産高は我国硫安生産高の約十一乃至十二パーセントを占め、その企業は農産業の支柱をなす硫安生産業として我国の食糧増産確保に大いなる貢献を及ぼしているばかりでなく、輸出産業としても我国硫安輸出量の約十二乃至十三パーセントを占めていて、企業運営の適否は単に農業生産のみならず、日本経済全体の自立と安定に重大な影響をもたらすものであり、他方硫安製造過程は高温高圧下に高度に技術化された複雑な工程を辿り、メタン・水素・硫化水素を始めとする各種瓦斯の発生は僅かな運転操作の誤りから中毒、火災、爆発等の惨事を惹起し易く、特に作為的妨害行為の介入し易い危険性を有するものであるから、被告としてもこのような企業の社会性及び特殊性を顧慮して企業の正常な運営の確保に腐心してきたところである。

一方当時国内においては昭和二十五年一月いわゆるコミンフオルムの日本共産党に対する批判がなされ、同党もこれを受け入れて以来、その暴力革命主義的行動は益々激しさを加えつつあつて、このため連合国最高司令官ダグラス・マツカーサーの累次に亙る声明又は書簡、更に日本政府当局の見解が発表されたが、その趣旨は民主的平和的秩序に対する共産主義者又はその同調者の破壊的煽動的言動を明確に指摘するとともに、そのような言動から企業を防衛するに必要な措置を講ずることを要請し、而してそれは同時に当時における社会の客観的な要請を反映するものであつた。

右のような当時の社会の客観的情勢下にあつて、原告等はいずれも日本共産党員として同党山口県宇部地区委員会に所属し、宇部窒素細胞を結成し、その指導責任者として他の同党員又はその同調者と緊密な連絡をとりつつ党活動を常に積極的に推進指導してきたものであるが、その党活動は就業時間中にまで及び、無断離席を始めとする種々の職場規律に違反し、更に会社は職制に対し反抗的態度を採ることが多いばかりか、一般従業員を煽動して会社職制に対する不信、反感、憎悪の念を煽るなど職場秩序を紊乱し、又組合活動に名を藉りて党活動を活溌にさせ、労使間の紛争に際しては徒らにこれが長期化と激烈化を図つて、会社業務の正常な運営を阻害するが如き言動多く、而して斯ような原告等の過激的行動に対し宇部窒素労働組合さえも再三警告を発した程であつた。然るに、原告等の前記言動は日を経るに従い益々活溌化しつつあつて、被告会社においても先に記した社会の客観的要請と同様、原告等を始めとする日本共産党員及びその同調者の行動に対し企業の運営上多大の危険を現実に感じていたところであつたので、このような危険から企業を防衛するため止むなく原告等赤色破壊分子を企業内から緊急排除することを決意するに至つたものである。

(二)  斯くして被告会社は昭和二十五年九月中旬頃被告自からの責任と判断とにおいて、前記のような趣旨に則り本件人員整理の基本方針を決定し、傘下の各事業所長及び労務担当課長にこれを指示したのであるが、宇部窒素工場においては右指示に従い直ちに「整理基準」及び「調査要領」を作成し、それに基いて整理該当者の人選につき特に慎重を期して一人の過誤をも生ぜしめないよう特別の考慮を払つて調査の結果、同年十月十四日頃最も悪質且つ危険な非協力者として原告等を含む三十八名の該当者を選別した。而して当時被告会社と宇部窒素労働組合との間に昭和二十五年八月一日附を以て有効期間一箇年の労働協約が締結されていて、被告が同組合員を解雇する場合は右協約第一条、第二十一条、第二十四条、及び第三十四条の規定に基き運営協議会に附議して組合の意見を聴く義務を負つていたので、本件人員整理を実施するについても右同様の義務を履行しなければならなかつた。しかし本件人員整理は先に詳述のとおり破壊的煽動的言動により業務の正常な運営を阻害し又はその虞のある悪質且つ危険な共産党員又はその同調者を企業内から排除するという特殊な場合であり且つ当時の社会情勢並びに宇部窒素工場の特殊性を顧慮し、当初から正式に本件を運営協議会に附議することによつて、万一、本件整理方針が洩れた場合整理該当者が不穏の空気を醸成し、一部従業員を煽動して工場内に動揺混乱を招来させ惹いては企業諸設備を損壊爆発させ、人命に危険を及ぼす虞のあることを危惧したため、これを避けるとともに、他方労働協約上の義務を誠実に履行するために、運営協議会を開催するに先立つて予め非公式に組合の諒解を求めることとした。そこで被告会社は宇部窒素労務課長をして同年十月十四日及び同月十六日の再度に亘り組合三役(組合長、副組合長及び書記長)に交渉させ、その際、被告会社の緊急止むを得ない整理方針を伝えるとともに整理該当者の名簿まで提示して組合の協力を求めたところ、組合側も別段これに積極的な反対を示すことなく概ねこれを諒承したので、続いて同月十八日午後一時半から前記労働協約の定めるところに従い、運営協議会(第十二回)を開催し、その席上被告は組合に本件整理の理由と整理該当者の氏名を記載せる「非協力者解雇に関する件」と題する書面を提示するとともに、口頭を以て宇部窒素工場の特殊性から企業秩序防衛のための企業の破壊を目的として業務の円滑な運営を阻害し或はこれが煽動的言動のある原告等を含む三十八名を緊急整理するのやむなきに至つた旨を説明して組合の協力と諒承を求めたところ、組合も右申入の趣旨を一応諒解するに至つたのである。よつてこの先徒らに日時を経過することによつて、本件整理の方針が洩れた場合の前記の如き危険性を憂慮し、これを避けるためには早急に個人通告を行う以外に採るべき手段がないと判断し、同日午後三時頃その頃勤務中の原告今田及び同山内を含む整理該当者に対し各自の職場でそれぞれ所属部長から課係長立会の下に同日付を以て解雇する旨の通告書を朗読手交して解雇を通告するとともに、一切の私物を纒めて退場するよう要請し、他方その頃非番のため在宅の原告河口及び同石川を含む整理該当者に対しては右と同じ頃それぞれの自宅において右同様式の解雇通告書を本人又はその家族に手交して解雇通告を行い、更に同日午後四時頃原告等を含む整理該当者全員に対し前記同様式の解雇通告書を書留内容証明付郵便を以て通知し、原告等はその頃これを受領した。

(三)  以上のような被告の措置に対し原告等は宇部窒素労働組合執行部及び同組合に本件解雇の事情並びにそれに対する組合の闘争方針につき説明を求めたところ、組合は直ちに執行委員会を開催し「本件解雇通告を受けた者のうちに組合運動を行つたがためにその対象となつた者が入つていないときは原則的に会社案を承認する、解雇通告書は本人において一応受理し、組合執行部がこれを預かる。翌十九日評議委員会を開催して組合としての態度を決定する」旨定め、而して同月十九日午前八時半頃評議委員会を開催した結果「本件解雇を承認し反対のための実力斗争及び法廷斗争を行わず、ただ退職条件をできるだけ有利に獲得するため被告会社と交渉する。解雇は依願退職とし、特別手当として更に平均賃金の一箇月分を増加支給し且つ寮、社宅居住者に対しては立退、猶予期間を設けるか或は立退料を支給するよう被告会社と交渉する。なお整理該当者は、組合が解雇を認めた以上、最早、組合員としての資格を喪失し将来も亦組合員でないことを確認する」旨決定し、その旨を原告等を含む整理該当者に説明乃至勧告したところ、原告等を含む二十九名は組合の右方針に賛成して事後処置を組合執行部に一任するとともに、組合執行部に対し特別手当を平均賃金二箇月分として最低額を金二万円とすること並びに将来の就職のためを顧慮し依願退職扱いにすることを強く要望した。そこで組合は同日午後四時半頃代議員会を開催し、前記評議員会の決定に加えて原告等の右要望を併せて可決した。なお原告等を含む二十九名を除くその余の被整理者は原告等及び組合と別行動を採ることとなつたのである。

以上のような経緯を経て、組合はその態度を決定し、次いで被告会社に運営協議会の開催を申入れたので、同月二十日午前九時頃第十四回運営協議会が開催され、その結果、「(1)退職者の取扱は同年九月三十日以前の日付で退職願を提出すること、(2)特別手当並びに寮、社宅立退の問題は後日更めて協議すること、(3)賃金諸手当の受領並びに私物の搬出は翌二十一日午前中までに完了すること、(4)代表者は翌二十一日を以て入門させないこと、(5)組合の金品の返還は同月二十七日に行うこと、(6)常食者に対しては当分の間、給食を行うこと」等の諸事項が決定された。なお右運営協議会には是迄と同様、原告等整理該当者は出席を許されなかつたものであるが、その理由は、運営協議会の構成が会社及び組合を代表する各七名の委員を以てされていたものであるから、組合を代表する委員でない原告等は右協議会に出席する資格がなかつたからで出席を許さなくとも何ら不当の措置でない。

斯ような次第で、原告等を含む二十六名の整理該当者は、被告会社に対し同月二十日宇部窒素工場通用門前において組合幹部立会の下に自ら円満裡に退職願を提出するとともに、何ら異議を留めることなく被告から解雇予告手当、退職手当及び十月分賃金並びに離職票、源泉徴収票、厚生年金証書、労務加配米等を受領したものであるが、更に前記第十四回運営協議会における決定事項中後日に委ねられていた特別手当の支給及び社宅、寮の問題につき、被告は慎重に検討しかつ被告会社経営にかかる各事業所の従業員を以て組織する宇部興産労働組合連合会とも交渉の末、その協力を得て、原告等を含む二十六名の被整理者に対し昭和二十五年十一月下旬頃住居立退料という名目において特別退職金を支給したうえ、その頃被告会社の社宅又は寮に居住する原告河口、同山内及び石川に対し住居移転のための旅費及び荷造費を支給し、原告等はそれぞれこれらを異議なく受領したものである。

二、以上述べた本件整理の動機乃至経過から明らかなとおり、本件整理の基準は単に原告等が共産党員又はその同調者であること自体を理由とし、その思想乃至信条による差別的待遇を意図したものでなく、原告等の個々具体的な企業破壊的行動に基き、現実に被告会社の業務の正常な運営を阻害したことを理由に設定されたものである。

而して被告は本件整理に当り飽迄労働協約上の手続に従い運営協議会に附議し或は組合の意見をできるだけ反映すべく組合と熱心に交渉する労働協約上の義務を誠実に履行したものであつて、この点に落度はない。尤も被告が運営協議会の席上、本件整理の基準並びに被整理者の言動を個々具体的に説明しなかつたことは認めるが、しかし、本件整理基準については既に述べたとおり、二回に亘る組合との予備交渉において今次被告会社の措置の全貌を明らかにして一応組合三役の諒承を得ていたことであり、且つ前記「非協力者解雇に関する件」と題する組合宛文書に整理基準の大要が示されており又整理基準につき相互に主張を交換し合つて協議を尽すならば、そのことだけで徒らに日時の経過を要することとなり、そのため整理の方針が他に洩れ、不測の事態が発生するかも知れない旨憂慮され他方被告会社としては本件整理について相当期間あらゆる面から慎重且つ厳密な検討を加えていたので、整理実施に当つての混乱を避けるために止むを得ず整理基準を具体的に示さなかつたのである。他方整理該当者個々人の具体的言動については、それは個人の名誉に関する秘密の事柄に属し、且つこれを組合に明示すれば、混乱を招く虞があると判断されたからである。而して整理該当者個々人の具体的言動そのものは特に説明も論議も必要のない明らかな客観的事実であつて、これを中心として如何なる個人を整理基準に照して決定するかは会社の専決事項であるから、この点につき問題となる余地は少しも存しないのである。

又原告等が前記の如き整理基準該当者であつたことは組合との交渉経緯乃至組合の認定態度からして明らかであり、且つ本件整理が組合活動を理由としたものでないことを不当労働行為に最も敏感な組合が何ら問題として取上げなかつたばかりか寧ろ本件整理を承認したことからして特に多言を要しないところである。

三、右のとおり本件整理には原告等主張のような無効事由は存せず、原告等に対する前記各解雇通告は有効に成立したものであるが、もともと原告等と被告との間の各雇傭関係は、合意解約によつて消滅したものであり、(仮りに然らずとするも前記各解雇通告を原告等が承認したことによつて)円満退職したものというべきであるから、この効果は原告等主張の解雇無効事由の存否に拘らず生じているものである。

即ち、

(一)  本件の場合、前記のとおり被告としては解雇通告という措置を講ずるに当り、自発的に円満退職を希望する者があれば特に依願退職の取扱とし且つ解雇予告手当、退職手当等をも全額支給する考えであつたところ、原告等は解雇に対し、解雇による雇傭契約の解除を希望せず、依願退職による雇傭関係の終了を強く望みその旨を組合を通じて被告に申入れたので、被告もこれを諒承し、よつて同年十月二十日原告等は被告に退職願を提出し、同日被告はそれを受領するとともに、原告等は被告から解雇予告手当、退職手当等の金員を受け取り、更に同年十一月二十日、特別退職金を受領したのである。このような事実関係においては各原被告間の雇傭関係は原告等の右退職願の提出、及び被告のそれが受領という行為即ち合意解約によつて消滅したものとみるべきであり、而して先の解雇の効力は右合意解約の成立により遮断されたものと解するのが相当である。

(二)  仮りに右の如き合意解約が成立しないとしても、原告等は被告より前記の如く退職金等を受領し、而もその際被告に「自今解職に関し一切の異議を申立てぬ」旨の記載ある受領証を提出し、且つその他何らの異議条件を留保することなく、受領しているから、これによつて原告等は本件各解雇に同意し、被告に対し退職の効力を争う権利を将来に向つて放棄する意思を表示したもの、即ち、解雇を承認したものに外ならず、従つて最早本件各解雇の無効を争い得ないものである。

四、以上の次第で被告と原告等との間の雇傭契約は既に消滅して確定し最早これを争う余地なきに帰したものである。若し原告等が真実右退職措置に不服であつたならば、当時直ちに地方労働委員会に救済の申立をするか、裁判所に解雇無効確認の訴乃至従業員としての仮の地位を定める仮処分等を申立て救済を求めるべきであつたにも拘わらず、そのような措置に出ず、他方被告会社に対しても何ら復職の申入れをなすことなく、退職後四箇年に及ぶ長期を経過した今日において、にはかに本訴を提起した意図は到底首肯し難いところであり、且亦、被告会社としてはこの間後任者の補充、配置転換等を行い新たな体制を形成し経営秩序を形成しているのであるから、かかる秩序を覆えすに至るような権利の行使は信義則に反し或は権利の濫用として法の保護に価しないものというべきである。

五、なお原告等は退職願の提出は有利な退職条件を獲得するための手段に過ぎなかつたから、右行為は原告等の真意に基くものでない旨主張するが、本件は退職勧告乃至停止条件付解雇通告の場合の如く、退職願を提出しなければ退職手当を支払わないという趣旨のものでなく、寧ろ、解雇の効力発生と同時に解雇通告書記載の日時、場所で所定の退職金を請求し受領する権利が当然発生していたものであるから、退職願の提出は退職手当受領のための必要不可欠の要件でなく、又一般に合意解約の場合の退職条件の方が解雇の場合より不利であることからして、原告等の主張は失当である。

右の次第であるから各原被告間の雇傭関係は合意解約によつて終了したものである。

以上いずれにしても原告等の本訴請求は失当であるから棄却すべきものである。(証拠省略)

理由

一、争ない事実

被告が窒素、セメント製造並びに石炭採掘等の各事業を営む株式会社であつて、原告河口は昭和十二年十二月、同今田は昭和二十一年二月四日、同山内は同年六月、同石川は昭和十四年三月、それぞれ被告会社と雇傭契約を結び、爾来いずれも被告会社の経営する宇部窒素工場にその従業員として就業してきたこと、原告等はいずれも右宇部窒素の従業員を以て組織する宇部窒素労働組合の組合員であつたこと、原告等はいずれも被告より昭和二十五年十月十八日付通告書を以て解雇通告を受けたこと、原告等がいずれも被告に対しその主張の如く同月二十日宇部窒素工場通用門において退職願と題する書面を提出するとともに、被告から解雇予告手当、退職手当、及び同年十月分の給料を受領し、而して被告は、右各退職願を受理したこと、更に原告等はいずれも被告から同年十一月下旬頃住居立退料の名目の金員を受領したこと、並びに当時被告会社所有の社宅に居住せる原告今田を除くその余の原告等がそれぞれ被告主張の日(原告河口は昭和二十六年十月十八日、同山内は同年十一月二十八日、同石川は同年五月七日附を以て)住居移転のため旅費及び荷造費名目の金員を受領したことは関係各当事者間に争がない。

二、争点

原告等は被告より昭和二十五年十月十八日附で解雇されたが、右各解雇はいずれも無効であると主張するのに対し、被告は各原被告間の雇傭契約はいずれも合意により解約されたものであると主張するのであるが、原告等の本訴請求は、結局各原被告間の雇傭関係が尚存続していることの確認を求める趣旨であることが明白であるから、右各雇傭関係が現存しているかどうかを判断するために、先ず以て右各雇傭関係終了の原因たるべき事実が被告主張の如く各原被告間の合意解約によるものであるかそれとも原告等主張の如く被告の解雇によるものであるかどうかを判断するのが相当であると解される。

よつて以下右の争点について各原被告双方の主張を対比しながら判断を加えることとする。

而して前記当事者間に争のない事実と成立にそれぞれ争のない甲第三号証、甲第四号証の一、二、乙第八号証の一、二、同第十四号証、乙第十三号証の一、二、三、(関係各当事者間にそれぞれ成立に争のない)乙第一号証の一乃至四、同第二号証の一乃至四、同第三号証の一乃至四、同第四号証の一乃至四、同第五号証、同第六号証の一乃至四、同第七号証の一、三、四、同第十号証の一乃至四、証人永岡得三の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第十二号証の二、三、五、並びに証人小川忠光、同木落満、同藤田亮、同野村久勝、同滝原常雄、同浜田一孝、同藤重耕一、同黒川元、同藤本秀人(第一、二回)、同永岡得三(第一、二回)、同中村利文の各証言、及び原告等本人の各供述を綜合すると、次のとおりの事実を認定することができる。

(一)  被告は、その経営にかかる宇部窒素工場が、農産業の支柱をなす硫安肥料の製造を主たる目的とする化学工場で、その企業は我国農産業のみならず惹いては終戦後における国家経済全体の興隆と国民生活の向上安定に寄与すべき重大なる公共的使命を有していたことに鑑み、一方当時の国内情勢は終戦後の社会的経済的混乱状態から尚脱け得ず、各地には企業の破壊を招来するような不穏な事件が頻発し、それが日本共産党員又はその同調者の所為であるとの風聞が立つに及び、時恰かも連合国最高司令官ダグラス・マツカーサーが昭和二十四年七月四日反共声明を発表して後、同司令官が共産党員又はその同調者の破壊的、暴力的言動を警告する累次の声明乃至当時の総理大臣吉田茂宛書簡が発表されていた折柄、被告会社宇部窒素工場内においても原因不明の二、三の火災、電気室の爆発事故があり、他方生産管理その他被告にとつて過激と思われる事項を主張する記事を掲載した「アカハタ」その他のビラが配布されていたことから、被告は共産党員又は同調者であつて破壊的戦斗的言動により企業秩序を乱し正常な業務の運営を阻害し又はその虞のある者を緊急整理する必要があると考え、昭和二十五年九月二十日頃右実施基準として「非協力者の緊急整理に関する整理基準」(乙第八号証の一)及び「調査要領」(乙第八号証の二)なるものを定めその整理対象として共産党員(正式登録党員、秘密党員、偽装的脱党者)又はその同調者(例えば離党者、被除名者、党員と異らざる言動のある者、党との連絡行為がある者、党を支援する行為のある者その他)であつて、(1)社会混乱又は無秩序破壊を意図し或はこれを支持して企業の社会性並びに特殊性に対する従業員としての自覚を欠く者、(2)常に破壊的若しくは煽動的言動を以て職場秩序を紊し、職制に協力せず、一般従業員に悪影響を及ぼし或は円滑な業務の運営に支障を及ぼす者又はその虞のある者、(3)その他業務の運営に協力せず、企業に課せられた社会的使命の達成を妨げ、又はその危険のある者、を整理該当者とし、更に右基準を具体化し、

例えば、

1、会社の既定の業務運営方針を殊更に誹謗し、又はこれに従わない者、

2、職制を軽んじ、或はその指示に従わず、又は職制を奪取せんと企図し、若しくはこれを煽動した者、

3、平素職場規律を軽んずるような言辞を弄し又はこれに違反する言動をなして他の従業員に悪影響を及ぼす者、及び濫りに職場規律違反を煽動する如き言動のある者、

4、会社の経営に関し真相を歪曲して殊更に誹謗し宣伝煽動した者、

5、会社に対して作為的に虚偽の中傷、暴露をなし、若しくはこれを宣伝煽動した者、

6、会社内に許可なく必要な携帯物以外の物(例えばアヂビラ、党機関紙、細胞ビラ等)を持込み、就業時間中にこれを配布し、或は会社の施設物に無断貼付する等職場秩序紊乱の行為があつた者、

7、就業時間中又は会社の敷地、施設、構内において許可なく集会、集合、フラクション会議等を行つた者、

8、組合の指示によらず、独自の立場において単独又は集団をなし、会社側に対して反抗的、圧迫的言動のあつた者、

9、会社内外において、従業員に非協力を宣伝煽動するような中傷、誹謗、歪曲、誇張にわたるビラ、パンフレツト等を配布し、他の従業員に悪影響を及ぼし、或は怠業気分を煽る者、

10、前各号該当者と屡々集会し、これと言動を共にしている者、

とし、之を各現場の部課長に配布して調査した結果、同二十五年十月五日頃原告等外三十八名を右にいう整理基準に該当する者と認定し、而して右該当者を当時被告と宇部窒素労働組合との間に成立していた労働協約(乙第十四号証)第三十四条第十一号所定の「やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当するものとして、解雇することとした。

そこで被告は、前記労働協約第三十四条に従えば、組合員をやむを得ない事業上の都合により解雇するため会社及び組合を代表する各七名の委員を以て構成する運営協議会の議を経ることを要したのであるが、右整理を円満且つ速やかに実施するためには予め組合三役(組合長、副組合長、及び書記長)の協力を求める必要があると考え、同年十月四日及び同月十六日の二回に亘りこれと秘密裡に交渉した後、同月十八日、午後一時三十分頃第十二回運営協議会を開催し、その席上「非協力者解雇に関する件」(甲第三号証)と題する書面を示して本件解雇の理由の大要、及びその該当者の氏名を発表し、組合の諒解を求めるとともに、他方原告等に対し各別に同日午後解雇の理由の要旨とともに同日附て本通告書を辞令に代え解雇する旨、並びに解雇予告手当(原告河口に金一万七千六百十一円、同今田に金一万三千十七円、同山内に金一万二千八百十二円、同石川に金一万五千六百七十八円、いずれも平均賃金の三十日分相当額)、退職手当(原告河口に金十七万七千六百六十四円、同今田に金五万六千七百四十五円、同山内に金四万七千八百八十七円、同石川に金十四万三千四百四十七円、右額はいずれも当時の被告会社の事業上の都合による退職金支給規定による額)未払賃金を支払う、但しその際会社貸付金品を精算する旨を記載した通告書(乙第一号証の一乃至四)を内容証明付郵便を以て通知した外、原告等の中、現に出勤している者(原告今田、同山内)に対しては各職場において職場責任者をして右通告書を本人に手交せしめ、又非番のため出勤していない者(原告河口、同石川)に対しては会社係員をそれぞれの自宅に赴かせて、いずれも本人に右通告書を手交せしめた。

(二)  他方組合においては、前記第十二回運営協議会において被告会社より前記のとおり本件整理につき諒解を求められたのに対し、組合は右整理の根本趣旨については強いて反対の態度を表明しなかつたが、但し組合においても各整理該当者についての認定の適否を検討するためにその具体的個別的事由を提示するよう要求したところ、被告は、結局本件整理を自己の独自責任と判断とにおいて行うものである旨の理由により組合の右要求に応ぜず、次いで同日午後九時から開催された第十三回運営協議会においても組合は右同様の要求を被告に対して求めたが、ここでも被告は右要求に応ずることなく、そのため右の限りにおいては、労使双方対立の状態においてそれぞれ閉会された。しかし組合としては前記のとおり既に原告等を含む三十八名の各整理該当者に解雇通告書が交付せられた状態となつており、且亦、当時の社会情勢に鑑み、結局本件整理を承認せざるを得ないとの結論に達したが、但し、本件整理が、原告等被整理者の企業破壊的活動を理由とする被告の一方的解雇であるとすれば、原告等被整理者の将来において就職その他種々の面に差し支えが生ずるであろうことを顧慮し、本件を依願退職とすること、会社提示の退職金の外、更に平均賃金の二箇月分に相当する特別加給金を支給すること等を被告に要求することとし、而してその間原告等を始めとする被整理者とも会合をもつて意見を交換し合つたところ、被整理者のうち七名は組合の右方針に反対し独自の立場において行動することとなつたが、原告等を含む被整理者三十一名は組合の右方針を諒承し、組合と同一の行動を採ることを約し、右趣旨で被告会社と交渉して貰いたい旨託した。よつて組合は、同月二十日午前九時開催の第十四回運営協議会の席上前記組合の方針に反対の七名の被整理者を除いたその余の被整理者(原告等を含む)のために被告に対し前記の要求をしたところ、被告は、依願退職とすることについてはこれに応じ、その日附を、原告等被整理者の前記の如き利益のために、各自過去に遡及させることとし、特別加給金の点については、決定を後日に留保した。

一方原告等は、前記のとおり解雇通告書を受領していたのであるが、当時の社会情勢を判断し前記の如き自己の利益を考慮して組合の勧告どおりに任意退職することとし、それぞれ同月二十日午後一時頃宇部窒素工場通用門前において、「今般家事の都合により退職致し度いので御許可願います」旨、被告会社において不動文字を以て印刷して作成した退職願(乙第一号証の一乃至四)に、原告河口は昭和二十五年九月十五日に、同今田は同月二十一日に、同山内は同月十七日に、同石川は同月三十日にそれぞれ過去の日附を記入した上署名捺印してこれを提出し、被告はこれを受理したのである。

次に原告等は右退職願提出と同時に、別紙記載のとおりの解雇予告手当、退職金、及び十月分の給料との各名目の下に同記載の金員を同日附で異議なく受領した。

更に前記特別加給金の問題については、被告会社傘下の各事業所に対する関係から右各事業所の従業員を以て組織する宇部興産労働組合連合会とも交渉の末、特別加給金として餞別の意味で住居立退料名目の下に独身者に対し金三千円、妻帯者に対しては金五千円、を、又当時被告会社所有の社宅に居住せる者に対し移転旅費、荷造運搬費として金三千円を支給することとした。而して原告等は昭和二十五年十一月下旬頃右住居立退料名目の金員(原告河口は金三千円、その余の原告等は金五千円)を、次いで、当時被告会社所有の社宅に居住していた原告今田を除いたその余の原告は、原告河口が昭和二十六年十月十八日、同山内が同年十一月二十八日、同石川が同年五月七日附で、移転旅費、荷造運搬費としてそれぞれ金三千円を受領したのである。

原告等本人の各供述中、右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上認定の事実に徴すると、前記各解雇通告が原告等主張の各事由によつて無効であるかどうかに拘らず、原告等が前記の如き経緯から、被告に退職願を提出し、而して被告がこれを受理することによつて、前記解雇通告の効力を不問に付するとともに後記説示の理由により各原被告間の雇傭契約をそれぞれの退職願記載の日時に遡つて解約せしめる合意が成立したものと解するを相当とする。

雇傭契約は元来当事者いずれかの一方の意思表示により解約できるものであつて、その場合使用者において雇傭契約を将来に向い一方的に消滅させる意思表示を要素とする法律行為をいわゆる解雇と称するものであるが、右は労働者の右意思表示の受領を以て足り、労働者の意思如何にかかわりないものと解せられるところ、本件においては前記乙第十号証の一乃至四各通告書による被告の意思表示はまさしく右にいう解雇以外の何ものでもなく、従つて、右各通告書による意思表示について、例えば不当労働行為なり、或は労働協約違反なり、その他一切の無効原因を捨象して考慮する限り、右各意思表示は原告等がそれを受領したことによつて有効に成立し、従つて、又各原、被告間の雇傭契約は、既に原告等が意思表示を受領した昭和二十五年十月十八日を以て消滅に帰すべき筈であるから、その後の同月二十日における前記退職願の授受に合意解約としての効力を付与することは不可能であると解すべきかのように見え、而も本件においては、前記各退職願は、その効力発生の時期を、それぞれ前記のとおり各退職願記載の日附に遡及させる取扱をしたものと認められるものであるが然し本件雇傭契約の如き継続的契約にあつても(即ち、雇傭契約の解約が当事者のいずれか一方の意思表示によりなされた場合でも改めて日時を遡及して)当事者間の合意解約による場合を何ら排斥されるものでなく、これは契約自由の原則に合するものである。即ち、右は一旦解雇処分がなされた後においても、当事者間で右解雇の効力を不問に付して新らたに合意解約(契約)を締結する場合、その効力発生の時期を(処分)行為成立以前に遡及させる取扱いをすることも、第三者の利益を害しない範囲において、当事者間では有効に成立し得るものと解せられる。まして本件では合意解約とすることによつて、原告等には、前記認定の如き有利な条件が創成され原告等のため、一層利益に考慮してなされたものなのである。

三、そこで次に、原告等は右各原被告間の雇傭契約解約の合意が無効又は取消し得べきものであると主張するので、以下その各点につき判断を加える。

(一)  原告等は、その退職願の提出が真実任意退職の意思でなされたものではなく、退職金等を受け取ることの方便として、而して退職金等の受領は生活資金を獲得するための手段として、なされたものであるから、民法第九十三条により無効である旨主張する。

先に認定した事実に、証人浜田一孝、同藤本秀人、同木落満の各証言並びに原告等本人の各供述を綜合すると、被告は、本件各被整理者への通告をなすに当り、事前に原告等にはからず、組合に対してさえも、唯組合三役に秘密裡に本件整理の諒解を求め、而して組合に正式にはかつたのは、本件各整理通告をなす直前乃至殆んど同時のことであつた。又、本件各整理通告書には、被通告者個人別の解雇事由が具体的に記載されておらず、且つこれを被整理者各自に知らせるための格別の手段も講じられていなかつたのみならず、通告と同時に被整理者の被告会社工場内への立入が禁ぜられ、仮令同工場へ入場することができたとしても工場内での行動に強い束縛乃至制限が加えられ、他方組合においても被告との団体交渉の席上、被告に対し解雇の具体的個別的事由の説明を求めたのに対し、被告がこれに確答を与えなかつたことを認めることができる。而して当時昭和二十五年夏から秋にかけて、先ず新聞報道関係の企業において大量の日本共産党員及びその同調者の排除が行われ、次いで電気産業、鉄鋼、石炭、造船その他の全国各種の重要産業と目される私企業体や、一部官公庁においても同様の排除措置が採られていたことは公知の事実であつて、これがいわゆるレツド・パージと称されるものであるが、前記各被整理者への通告が、右のレツド・パージの系列に属するものであること、先に認定の本件解雇基準に徴し明らかである。

以上の事実に徴すると、原告等が当時他に就職の道を見出すことは必ずしも容易でなく、他方前記被整理者への通告の効力を争うには必ずしも有利な社会情勢ではなく、原告等が退職願を提出するに当り、多少なりとも、内心不満を有していたであろうことはこれを推認するにかたくないが、しかしながら本件においては、先に認定したとおり被告会社からの要請によるものでなく、組合及び原告等において、当時の社会情勢を判断し、且つ、利害の得失を考慮して、退職することには内心不満でありながらも、任意退職という途を選ぶこととし、而してこれを組合を介して被告と交渉の結果、被告もこれを諒承してここに退職願の授受がなされたのであるから、矢張り退職願の提出は、真意に基くものであつたと認めることができる。

(二)  次に原告等は、本件各合意解約は通謀虚偽表示であつて無効であると主張する。

しかしながら、右に認定したとおり、原告等の退職願の提出は、真意を伴うものであり、更に所謂通謀虚偽表示として無効といい得るためには、当事者双方に仮装的表示をなすことについての合意が必要であると解せられるところ、それを認めるに足る何らの証左もないのである。

(三)  更に、原告等は、被告の強迫によつてやむを得ず退職願を提出したのであるから、退職の意思表示は強迫による意思表示として取消し得べき行為であると主張する。

被告は原告等に何らの予告もせず、突然本件各整理通告を行つたこと、右通告と同時に被告会社工場内にあつた被通告者は即時右工場から退却するよう命ぜられ、而して工場内への立入が禁止され、仮令許可を得て工場内へ入場することができたとしても工場内での行動に強い制限が科せられたことは前記認定のとおりである。又被整理者への通告書を受け取つた原告等からみれば、退職願を提出するにせよ、提出しないにせよ、結局従業員として取扱われなくなると考えるのも無理はなかつたものと推認される。しかし、原告等が退職願を提出するに至つたのは、先に認定のとおり、被告会社からの要請によつたものでなく、先ず、組合及び原告等が意見を交換し合い、当時の客観的情勢を判断し且つ利害の得失を考慮し、任意退職の途を選ぶことが、原告等の利益に合するものと考え、而してこれを組合を介し被告と交渉の結果、被告もこれを諒承し、その結果各原被告間に退職願の授受がなされたものである。退職願の提出という点については、原告等は却つて能動的立場にあつたといい得る。このような事実に徴すると、原告等の退職願の提出が被告の強迫によつたものと認めることは到底できない。他に右認定を左右する証拠はない。

そうすると、原告等の解雇を前提とする主張についての判断を俟つまでもなく、原告等の本訴請求は失当であるから、之を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 永見真人 松本保三 田辺康次)

(別紙)

一、解雇手当  原告 河口 金 一万四千五百九円

同  今田 金 一万一千五百二十七円

同  山内 金 一万二千二百八十円

同  石川 金 一万三千八百二円

一、退職手当  原告 河口 金 十四万一千六百九十六円

同  今田 金 五万三百九十五円

同  山内 金 四万五千七百七十九円

同  石川 金 十二万四千五百五十七円

一、十月分賃金 原告 河口 金 一万一千五百九十六円

同  今田 金 六千四百七円

同  山内 金 六千九百十一円

同  石川 金 一万八千四十六円

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