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山口地方裁判所 昭和32年(わ)361号 判決 1959年11月09日

被告人 島田兼雄

大一・八・二生 組合役員

本田長一郎

大一五・四・二九生 無職

主文

被告人本田長一郎を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

但し本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人不二諭(第二回、第十三回公判取調分)、同高見吉平、同山方五郎、同大島政雄、同大山民子、同児島和嘉、同本田虎夫(第十二回公判取調分)、同柴田久(第十二回公判取調分)、同三戸文夫、同藤井サツキ(第十二回公判取調分)に支給した分は被告人本田長一郎の負担とする。

被告人島田兼雄は無罪。

被告人本田長一郎に対する公訴事実中同被告人が被告人島田兼雄及び組合員約五十名と共謀の上昭和三十二年三月二十二日午前七時過頃生田無煙炭鉱鉱業所坑口附近道路上にピケを張つて同鉱業所の貨物自動車の通行を阻止し以て威力を用い同鉱業所長不二諭の指揮する粉炭輸送業務を妨害したとの点(起訴状記載公訴事実第一の点)は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人本田長一郎は、村井朝一が匿名組合組織を以て経営する山口県厚狭郡山陽町字埴生所在三興鉱業生田無煙炭鉱鉱業所に掘進夫として雇われ、同鉱業所の鉱員を以て組織する生田無煙炭鉱労働組合(以下生田労組と略称する。)の書記長並びに日本炭鉱労働組合山口地方本部(以下山炭労と略称する。)の執行委員の職に在つたものである。生田労組は日本炭鉱労働組合の加盟組合で山炭労に所属するのであるが、山炭労は、昭和三十一年十二月、生田労組の組合員の賃上要求を決議し生田労組の承認を経た上、同三十二年一月三十一日、生田無煙炭鉱鉱業所長不二諭に宛て生田労組の組合員の賃上要求書を提出し、同年二月上旬以降、右賃上要求をめぐつて鉱業所側と団体交渉を重ねた。しかし、賃上金額について意見の一致を見ず、生田労組は、同年三月二十一日、鉱業所側から手交された回答書の内容を不満として、同日、不二所長に対しスト通告書を手交した上、山炭労指導下に翌二十二日午前六時を期し無期限全面ストライキ(以下本件ストと略称する。)に入つた。一方、鉱業所に於いては、昭和三十年頃から、一度選炭を経た水洗ボタから更に粉炭を選り分ける選炭作業を、高見組の名で土建業を営む高見吉平に請負わせ、同人は、鉱業所構内の選炭作業場に於いて高見組の人夫をして右選炭作業に当らせていた。本件ストの開始された三月二十二日朝も同人の命を受けた高見組現場監督山方五郎外人夫八名が平常どおり右選炭作業場に於いて選炭機(ジンマー)を操作して選炭作業に従事していたところ、被告人本田長一郎は、右高見組の作業を中止させようと考え、同日午前十時頃、右選炭作業場に赴き、人夫を指揮して作業中の右山方五郎に対し、ストに協力して作業を中止して欲しい旨申し入れたが、同人に拒絶されるや、「それではピケを連れて来る」と言い残して一旦その場を立ち去り、約五分後、生田労組闘争委員柴田久外組合員十数名と共に再び同所に赴き、右柴田久外組合員十数名と共謀の上、山方等の作業を妨害してこれを中止させようと企て、被告人本田は、選炭機で選炭した粉炭を選炭作業場より粉炭貯蔵場(ホツパー)に運搬する炭車軌道上に長さ約二米位の、松丸太を二つ割にした「割」と称する材木を横たえ一、二分間その上に腰を下した後、更に、右軌道上に立ち塞がつて右山方に対し作業中止を求め、右柴田久外十数名の組合員もそれぞれ右軌道及びこれに併設されたボタ運搬用の炭車軌車上に立ち塞がり、因つて、午前十時二十分頃までの間粉炭及びボタ運搬用各炭車の通行を実力により阻止して選炭作業の継続を不能にし、遂に、右山方五郎をして同時刻頃、余儀なく作業を中止するに至らせ、以て、威力を用いて右高見吉平の選炭作業を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、第一に、本件スト当時、鉱業所と生田労組の間には、昭和三十一年六月十八日締結に係る社外請負業者の取扱に関する協定(以下三十一年協定と略称する。)が存したのであるが、本件スト当時、鉱業所が、高見組に選炭作業を請負わせていたことは、社外請負業者の人員、作業区域作業職種について三十一年協定の規定した制限条項(二、三、四項)に違反し、更に、鉱業所が本件ストに際し右山方五郎に対し作業遂行方を命じた事実は、三十一年協定中の、鉱業所が組合争議中社外請負業者と組合の協力的話し合いに干渉することを禁じた条項(十項)に違反し、鉱業所側に於いてかかる重大な協定違反を犯している以上、被告人本田の本件所為は、労働組合の正当な行為として犯罪を構成しないと主張するのでまずこの主張につき判断する。協定書によれば、三十一年協定の冒頭には、社外請負業者の取扱いに関して左記のとおり協定するとの文言があり、その二、三、四項に、組夫の人員は責任者を含め二十名とする、作業区域は岩磐坑道及び新規採炭坑道に限定する、作業職種は掘進作業のみとする旨の規定があり、その十項には、組合争議中は社外請負業者と組合の協力的話し合いには会社は干渉しないとの規定があることが明かである。而して、三十一年協定の有効期間は昭和三十一年六月十八日より同三十二年六月十七日までと定められているが、同三十二年六月二十一日には鉱業所と生田労組間に新に生田支部社外請負業者協定(以下三十二年協定と略称する)が締結され、その協定書冒頭には社外請負業者による坑内作業に関して左記のとおり協定するとの文言があり、その二、三、四項には、組夫の坑内作業人員は三十名とする、作業区域は岩磐坑道及び新規採炭坑道に限定する、作業職種は掘進並びにそれに伴う支保作業とする旨の規定があり、その九項には、組合争議中は社外坑内請負業者と組合の協力的話し合いには会社は干渉しないとの規定がある外、諒解事項として、組合の争議(ストライキ)中、会社は選炭に従事する坑外組夫の出勤を督励しない旨が定められている。そこで、両協定の文言の比較から、三十一年協定の文面自体としては、同協定は、坑内坑外を問わず、社外請負業者による作業一般についての制限を規定した趣旨のように一応考えられるのであるが、第二回公判調書中証人不二諭の供述記載第五回公判調書中証人高見吉平の供述記載、証人不二諭の供述によれば、三十一年協定は、鉱業所が新たに坑内作業の一部を社外請負業者に担当させるについて組合に意見を求めたことがきつかけとなり、坑内作業の一部を社外請負業者に担当させることの可否、制限をめぐつて団体交渉が行なわれた結果締結されるに至つたものであること、三十一年協定締結前、鉱業所は坑内作業については、まだ、社外請負業者を入れていなかつたが、坑外作業については、既に、昭和三十年頃から選炭作業の一部を右高見組に請負わせており、高見組の選炭作業従事の事実は組合側も知悉していたと認められるのに、右団体交渉に於いては、高見組等社外請負業者の坑外作業の点は論議の対象とならず、鉱業所、組合双方共、専ら社外請負業者の坑内作業を対象とするものとして三十一年協定を締結するに至つたこと、及びその後、三十一年協定が文言の不備から坑内坑外を問わず、社外請負業者全般に適用される趣旨であるかのような誤解を生ずる惧があつたので、三十二年協定に於ては、明文を以て、専ら社外請負業者の坑内作業に関する協定であることを明らかにしたことを認めることができる。されば、右成立の経緯に鑑み、三十一年協定は専ら社外請負業者の坑内作業に関する事項について規定したもので、高見組の選炭作業については、組合も黙認の形で、規制を加えられなかつたものと解するのが正当である。証人児島和嘉、同本田虎夫は、三十一年協定締結に際しては坑内に限らず坑外作業についても効力が及ぶ趣旨で団体交渉をしたもので、本件スト以前にも、既に、昭和三十二年一月下旬頃から鉱業所に対し高見組の作業が協定違反であることを申し入れていた旨供述しているけれども、右各供述中、社外請負業者の坑外作業についても協定の効力が及ぶ趣旨で団体交渉をしたとの点は、当時、社外請負業者の坑外作業を問題にするなら当然取り上げられて然るべき筈の高見組の作業のことが論議に上つた形跡のないことに徴して肯認し難く、又、本件スト前、既に、鉱業所に対して協定違反の申し入れをしていたとの点も、これを裏付けるものがなく直ちに措信するには足りない。然らば、本件スト当時鉱業所が高見組に坑外作業たる選炭作業を請負わせていたことは、協定違反に当らないと解すべきである。次に、三十一年協定が社外請負業者の坑内作業に関する取扱を定めたものと認められる以上、同協定十項は坑内作業に従事する社外請負業者を対象として定められたものと解されるが、同項の趣旨は、争議中における組合、社外請負業者、鉱業所三者の関係を規制したものであるから、ひとり社外請負業者の坑内作業のみに限られるべき理由はなく、社外請負業者一般についても妥当すべきことである。(このことは、三十二年協定に諒解事項として採りあげられている点からもうかがい知ることができる。)従つて、鉱業所としては、高見組による選炭作業についても同項の趣旨に則り争議の際には組合と高見組の協力的話し合いに干渉しない義務を負うと解するのが相当である。而して、第七回公判調書中証人山方五郎の供述記載及び同人の検察官に対する昭和三十二年四月二十三日付供述調書によれば、本件ストに際して、鉱業所が予め山方五郎に対しトラツクを廻すから仕事をして欲しい旨指示していたこと、及び同人が被告人小原良より作業中止の要求を受けて鉱業所にその事情を連絡報告したのに対し、鉱業所側が、スト中でも作業を中止する必要はないから継続して仕事をするように要望したことは疑問の余地がない。しかし、協力的話し合いに干渉しないという右規定の趣旨は明瞭を欠ぐが、帰するところ、社外請負業者が組合との話し合いによつて組合に協力して作業を中止すべきか否かを決定するに当つては鉱業所は社外請負業者に対してその自由な意思決定を妨げるような圧力を加えてはならないとの趣旨と解するのが相当であり、鉱業所が、社外請負業者に対し鉱業所としては作業を遂行して欲しい旨の意向を表明することまでを禁じたものとは解し難く、本件に於いて、鉱業所側の山方に対する態度は右の程度を越えて特に作業遂行を督励し強制するものであつたとは認められないから、この点についても鉱業所の義務違反を認めることはできない、しかも、高見組は組合と鉱業所間に右のような協定があることを少しも知らなかつたのであるから、本件スト中に於ける高見組の選炭作業は、組合に対する関係でも正当なものであり、従つて被告人本田及び組合員が単なる説得の程度を越えて判示のような方法で実力を以てその作業を妨げたことは労働組合の争議行為として正当な範囲を逸脱したものと解すべく、弁護人の右主張は採用できない。

次に、弁護人は、被告人本田の本件行為は鉱業所の協定違反による組合員の団結権に対する現在の重大な危難を防止するため己むを得ずなされたものであるから緊急避難に該当し、仮に、緊急避難でないとしても過剰避難であり、更に、同被告人の本件行為は、所謂期待可能性を欠ぐものである旨主張するが、本件に現れた一切の証拠によつても、高見組の選炭作業により組合の団結権、団体行動権に対する現在の危難があつたと認めることはできないし、当時、同被告人が他に適法な行為を期待することができない状況に在つたと認めることもできないから、弁護人の右主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人本田長一郎の判示所為は、刑法第二百三十四条、第二百三十三条、第六十条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に該当するから所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で同被告人を罰金五千円に処し、刑法第十八条により右罰金を完納できないときは金五百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、本件犯行にあたり、被告人本田及び組合員等は暴力をふるい或は罵詈讒謗にわたる等のこともなく比較的平穏であつたこと、本件の後、生田無煙炭鉱業所は閉山し、従業員は全員解雇となり、被告人本田も失職したこと、その他諸般の情状に鑑み、刑法第二十五条第一項により本裁判確定の日より一年間右罰金刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により主文記載のとおり訴訟費用の負担を定める。

(無罪の判断)

被告人島田兼雄に対する公訴事実及び同本田長一郎に対するその余の公訴事実(起訴状記載公訴事実第一の分)は、

被告人島田兼雄は、山炭労事務局長の職にある者であるが、判示争議に際し、被告人両名は、生田労組副組合長小原良、同執行委員三浦健太郎外組合員約五十名と共謀の上、同鉱業所の非組合員たる業務課輸送係員等が、同炭坑口より約百米先方の地点にあるホツパー内の粉炭を貨物自動車により鉄道輸送のため運搬することを予期してこれを阻止しようと企図し、同年三月二十二日午前六時過頃、坑口附近の道路稍中央部二ヶ所に、俗に「千本」と称し坑道内に於て使用する長さ一・八米位直径約十糎内外の松丸太及びこれを製材機で半分に割つた俗に「割」と称するもの等十数本を積重ね、これに車軸油を注ぎ点火して焚火をなし、その周囲を各二十数名が取り囲んでピケを張り、同七時過頃、鉱業所輸送係自動車運転手で非組合員の山本俊夫、村川三吾、小林昭夫等が右ホツパー内の粉炭を積込み国鉄停車場への輸送作業をなすべく、各貨物自動車を運転して進行しようとするのを右焚火及び人垣を以て停車させ、この情を察してその場に来つた鉱業所輸送係長中村栄及び労務係員宮田三良(両名とも非組合員)より焚火を路上より取り除き自動車を通してくれとの要求を受けたのに対し、被告人島田は、「冗談じやない、我々はピケを張つているのだ、車を通すことは絶対にできぬ。」小原は、「本社の乗用車を先頭にして来い、我々はここから一歩も引かれない。」被告人本田は、「責任者が白旗を立てて来い、トラツクを通すことは組合員の死活問題に関することだから通すことはできない。」等とそれぞれ申し向け、約四十分間にわたり右貨物自動車の進路上に多数を以て立ち塞がり、且焚火を続けてその進行を阻止し、以て、威力を用い同鉱業所長不二諭の指揮する粉炭輸送業務を妨害したものであるというのである。

第二回公判調書中証人中村栄、同宮田三良の各供述記載、第三回公判調書中証人村川三吾、同小林昭夫の各供述記載、第四回公判調書中、証人山本俊夫の供述記載、中村栄、宮田三良、大久保義正、梶原敬太郎の検察官に対する各供述調書、被告人島田兼雄の司法警察員に対する供述調書(二通)同被告人の検察官に対する供述調書、司法警察員及び司法巡査撮影に係る生田炭鉱犯行現場写真第一号ないし第七号、及び裁判所の検証調書を綜合すれば、被告人島田兼雄は、昭和三十一年六月一日より山炭労事務局長の職に在つたものであり、本件ストに際しては現地に在つて生田労組の組合長本田虎夫以下組合員を統卒して争議の指導に当つていたこと、本件ストの前夜組合幹部の協議により翌二十二日午前六時より鉱業所構内坑口附近で組合員の総決起大会を開催する手筈になつていたので、被告人両名は二十二日朝、それぞれ、右坑口附近に赴き、午前六時四十五分頃より、坑口横のホツパーに通ずる道路上で、生田労組副組合長小原良外参集した組合員約五、六十名と共に総決起大会を開催したこと、参集した組合員等は、坑口横道路上略中央辺二ケ所に、約十一米を隔てて長さ約六尺位の「千本」と称する松丸太やこれを半分割にした「割」と称するものを積み重ねて焚火をなし、二手に分れ焚火の周囲を取り巻いた状態で議事を進め、被告人等組合幹部の挨拶や報告を済ませた後、引続き被告人等組合幹部に対する質疑応答を行なつていたこと、一方、鉱業所に於いては、平素、ホツパー及び貯炭場に集積された粉炭を出荷するため、右粉炭を貨物自動車で埴生駅に運搬する方法を取つており、非組合員である業務課輸送係長中村栄の指揮の下に非組合員である輸送係運転手をしてその輸送業務に当らせていたが、本件スト当日も、平常どおり粉炭輸送を行う計画を立てていたので、輸送係運転手の山本俊夫外四名は、予定に従い、同朝も埴生駅に輸送すべき粉炭を積み込むためそれぞれ、鉱業所の貨物自動車五台を運転してホツパーに向つたこと、右自動車は同朝午前七時過頃、坑口横道路上の被告人等及び組合員が質疑応答を交している総決起大会の現場に差し掛つたが、焚火及び周囲の組合員が障碍となつて進行できないため右山本の運転する貨物自動車を先頭に焚火の手前の道路上に次々と停車し、組合員等が焚火を始末して進路を開けてくれるのを待つたけれども、組合員等は、焚火を取り囲んだまま道を譲ろうとしなかつたこと、たまたま、非組合員の作業割当のため右焚火地点より約三十米を隔てた現場事務所に出向いて右状況を目撃していた非組合員の同鉱業所労務係員宮田三良が、焚火にあたつている組合員に対して車を通して欲しい旨要求したところ、傍にいた被告人島田兼雄は、「冗談じやない、我々はピケを張つているのだ、死活問題だぞ、スクラムを組んでも車を通すことは絶対できぬ。」と言い、右宮田と押問答になり宮田は一旦現場事務所へ引揚げ様子を見ていたこと、二十分程経つた後、宮田は組合長本田虎夫に対し自動車を通すことを要求交渉したが、同人は、「通さぬ気じやない、俺達は火にあたつているのだ。」と言うのみで相手にならないので、停車中の貨物自動車の一部をホツパーへ進めることを止めて引き返させたこと、まもなく宮田は輸送指揮のため現場に来合わせていた前記中村栄と相談の結果、手前側にある第一の焚火の東側(向つて右側)に散乱している坑木を片付ければ、後方の、ホツパー側にある第二の焚火の地点までは車を進めることができると判断したので、居合わせた非組合員に指示して右坑木を取り片付けさせたところ、坑木の片付けが略終つた頃になつて、組合員等は、第一の焚火の燃えさしを第二の焚火に移して第二の焚火の火を大きくし第二の焚火の周囲に集結したこと、及び宮田及び中村は、運転手村川三吾の運転する貨物自動車を第一の焚火の右側を迂回して第二の焚火附近まで進めたが、第二の焚火と道路東側(向つて右側)の坑夫小屋が障碍となつてそれ以上進行できなかつたので、被告人本田及び副組合長小原良に対しそれぞれ焚火を止めて車を通して欲しい旨申し入れたところ、被告人本田は、「責任者が白旗を立てて交渉に来い、トラツクを通すということは組合員の死活問題に関することだから通すことはできない」と言い、小原は「本社の乗用車を先頭にして来い、我々はここから一歩も引かれない。」と言い、組合員等も立ち退く気配がないため遂に右中村等は、午前八時二十五分頃、貨物自動車をホツパーへ向わせることを断念して引き揚げさせたことをそれぞれ認めることができる。しかし、起訴状記載のように、被告人等が事前に送炭のため、自動車が来ることを予期して組合員等と共謀の上、これを阻止するため道路上に焚火をして待ち受けていた事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、前掲の証拠によれば、坑口からホツパー寄りの道路端では平素から炭車の油を暖めるための焚火が行われていたが、坑口横手附近の道路中央で焚火をした例はなかつたこと、前記焚火に際し、組合員等は、燃料として「千本」や「割」の廃材ばかりでなく「千本」や「割」の新しい物も相当量使用し、「千本」や「割」の燃えが悪いためもあつて時々モビール油を掛けて火勢を強めており、焚火の大きさは燃料の未だ燃えていない部分を含めて径二米位、炎の高さは油を掛けない時は一米以下であつたが油を掛けた時は二米位まで燃え上ることのあつたこと、本件後、坑口前から引揚げた組合員の一部は、更に、貯炭場西方の道路上で、貯炭場の粉炭を輸送しようとした鉱業所の貨物自動車を阻止し、その後、被告人島田及び組合長本田虎夫の指揮で送炭自動車阻止のため正門前に見張を立て、送炭自動車が鉱業所裏口より出発したと聞くやこれを追跡し、以後翌朝まで見張を続けていたことを認めることができるので、被告人等及び組合員等は、事前に送炭を予期しこれを阻止するため焚火をしていたのでないかとの疑がない訳ではないが、右認定の事情その他本件の証拠に現れた一切の状況を綜合しても未だそのように断定するには不十分である。第四回公判調書中証人肥塚年雄の供述記載の中には、送炭自動車到着前の午前七時過頃、被告人本田が、組合員に対しマイクを通じて、炭を運ぶらしいから送炭阻止のため解散しないでくれと呼びかけた旨の部分があるが、右供述については他の証拠中に何等これを裏付けるものがないばかりでなく、その供述全体を通して認められる本件争議当時の同人の言動に徴し、同証人の供述は直ちに措信することのできないものである。又、送炭自動車到着当時の大会の進行状況について、第二回公判調書中証人宮田三良の供述記載によれば、同証人は、「焚火にあたつており何の話もしていないので大会は終つていたように思う。」と供述しているのであるが、貨物自動車が到着するまで同人は焚火の現場から約三十米を隔てた現場事務所内に居て焚火の傍には行かなかつたことも同人の右供述記載に明かであり、組合大会で幹部の報告に続いて質疑応答の行なわれるのは通常の事例であることを考えれば、右宮田の供述によつて質疑応答の行われていたことを否定することはできない。

そこで、右認定に係る事実について被告人両名の行為が威力業務妨害罪を構成するか否かについて検討する。山本俊夫外四名の輸送係運転手は、いずれも、非組合員として本来の自己の業務を遂行しようとしていたもので、スト破りやスト脱落者と異ることはもとより、所謂代置要員にも当らないのであるから同人等の就労の権利及び、鉱業所が同人等によつて送炭業務を行う権利は本来組合員の争議権と対等の保護に値し、従つて特段の事由がない限り、組合側も同人等の就労を実力を以て阻止することは許されず、平和的説得によつてその翻意を求め得るに過ぎない。而して右認定事実によれば被告人等は、中村及び宮田の数回にわたる自動車を通してくれとの要求を拒み、組合員等も焚火を続けて進路を譲らず、ために、送炭自動車をして引き返すことを余儀なくさせたことが明かであるから被告人等及び組合員等の行為そのものは、一応平和的説得の限度を越え威力業務妨害罪に謂う威力を用いたものと認められるかのようである。しかし、貨物自動車到着当時、被告人等及び組合員等は、自動車の進路に当る路上で焚火を囲んだ態勢で総決起大会開催中であり、自動車が通過するためには、組合員等に於いて、態勢を解き、自動車の進行の妨げにならないよう焚火を始末して進路外に避譲しなければならない状態にあつたのである。而して、総決起大会の主な目的が、争議に勝利を収めるため組合員の士気を鼓舞し団結を固めるにあること、輸送係運転手による送炭は本来組合の統制外にあるとはいえ、出荷が争議中の組合に不利に作用する関係上組合員にとつて大きな関心事であること、従つて、まさに総決起大会を開いているその現場を使用者側の多数の送炭自動車に通過されることが組合員の士気に少からぬ衝撃を与えるであろうことは明かである。してみれば、かかる事情のある場合にもなお前記の原則を墨守し、組合側としては相当方の要求がある以上これを拒んで進路を譲らない限りすべて違法な威力行使に該当すると解するのは相当でなく、接衝時の双方の態度その他当時の諸般の状況を十分考慮して違法な威力行使に当るか否かを決すべきである。そこで、この点について更に検討するのに、前掲各証拠によれば、中村及び宮田は、組合側に対し、格別、強力執拗に自動車を通すことを迫つたのではなく、被告人等の通行拒否に対して強く抗議することもなく、運転手等も、村川三吾が組合長本田虎夫に通行方を求めただけで他の運転手等は格別通行を求める申し入れもしなかつたこと、これに対応して組合側に於ても、労働歌を歌い、口々に叫ぶ程度のことはあつたが、暴力の行使や脅迫的言動に出たものはなく、その雰囲気は険悪という程度のものではなかつたこと、組合員等は、燃料の燃えが悪いためもあつて焚火にモビール油を掛けて火勢を強め、後には、第一の焚火の燃えさしを第二の焚火に移し火を大きくした事実はあつたが外には妨害のための積極的行動に出た事実は認められず、阻止行為といつても、自動車到着前と同じ状態で焚火を続けて進路を譲らなかつたという不作為に近いものであつたことを認めることができる。モビール油を掛けて火勢を強め、燃えさしを移して第二の焚火の火を大きくしたのも自動車の進行阻止の意図に出でたものと認められないではないが、多分に厭がらせないし示威的意味が感ぜられ、正面切つての赤裸々な実力行使とは稍趣を異にする。又、被告人等にしても、単なる説得に止らず、通行阻止の決意を表明する言辞を弄してはいるが、これとても大会続行中に輸送トラツクがさしかかつたため勢い上発せられたに止りその言動が脅迫的であつたとは認められない。以上諸般の事情を考慮すれば、被告人等及び組合員等の行為は一見平和的説得の程度を稍越えたきらいはあるけれども、その阻止行為は、態様に於いて軽微且消極的であり、総決記大会開催現場にたまたま使用者の輸送トラツクが来合せたという前記のような特別事情の下に於いては未だ争議行為としての正当な範囲を逸脱しないものと認めるのが相当である。従つて公訴事実第一の点については被告人両名の本件所為は刑法第三十五条により犯罪を構成せず罪とならないものである。

以上の理由により被告人島田兼雄、同本田長一郎に対する右公訴事実については刑事訴訟法第三百三十六条に従い無罪を言渡すべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川四海 五十部一夫 高橋正之)

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