大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 昭和32年(行)3号 判決 1959年6月29日

原告 藤井了

被告 山口県知事

主文

被告が別紙目録記載1の土地中別紙図面斜線表示部分(四十二坪)につきなした農地買収処分の無効であることを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを十分してその九を原告の負担としその余を被告の負担とする。

事実

原告は、「被告が別紙目録記載の土地につきなした農地買収処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

請求の原因として、

一、訴外山口県熊毛郡勝間村農地委員会は、昭和二十二年十月二十五日、原告所有に係る別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称する。)につき農地買収計画(買収時期昭和二十二年十二月二日)を定めたが、被告は、右買収計画に基づき同二十三年一月十五日頃、原告に買収令書を交付して本件土地を買収したと主張し、農地売渡処分を行う等本件土地につき有効に農地買収処分が行われたことを前提とする取扱いをしている。

二、しかし、本件買収処分について被告は原告に買収令書の交付をしていないのであるから本件買収処分は無効である。

三、仮に、買収令書の交付はあつたとしても、当時本件土地中別紙目録記載1の土地は宅地(但しその一部は訴外中村アサ子が農地として使用していた。)、同8ないし18の各土地は荒地で、何れも自作農創設特別措置法所定の農地には該らなかつたのであるから本件買収処分中右1及び8ないし18の各土地についてなされた買収処分は無効である。

と述べ、

被告の答弁に対し、

一、被告が昭和三十二年九月六日付の山口県報に本件土地を買収する旨の公告をなした事実は認めるけれどもその余の事実は否認する。

二、昭和三十二年八月二十六日原告の許に本件土地に対する買収令書が郵送されて来たことはあるが、原告は右郵送に係る買収令書を直ちに返送しているから右買収令書の交付は効力を生じない。

三、又、右買収令書の交付は本訴提起後の行為であるから公序良俗違反の無効の処分である。

と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を定め、

答弁として、

一、原告主張事実一は認める。

二、原告主張事実二は否認する。被告は本件土地について原告に対し適法に買収令書を交付したのであるから本件買収処分は有効である。

即ち、

(一)  被告は昭和二十三年一月十五日頃、原告居住地の勝間村農地委員会に買収令書を送付し、同委員会は書記原田美三男をして原告に右買収令書を交付させている。

(二)  仮に、右(一)記載の交付が行なわれなかつたとしても、被告は、昭和三十二年八月六日、念のため原告に買収令書を交付している。

(三)  仮に、原告が右(二)記載の買収令書の受領を拒否したため交付の効力を生じなかつたとしても、被告は、念のため同年九月六日付の山口県報に本件土地を買収する旨の公告をなしているから右公告が買収令書の交付に代る効力を有する。

三、原告主張事実三は否認する。本件土地中原告が宅地若しくは荒地であつたと主張する別紙目録1及び8ないし18の各土地は、何れも自作農創設特別措置法所定の農地であつた。即ち、

(一)  別紙目録記載1の土地は買収当時訴外中村アサ子が小作する農地であつた。仮に、右土地の一部に農地でない部分が存したとしてもその部分は別紙図紙図面中斜線表示部分(四十二坪)のみであるから右部分に対する買収処分が違法となるに過ぎない。

(二)  別紙目録記載8の土地は、昭和二十二年六月頃から訴外守田茂が原告との契約に基き耕作していたもので、本件買収当時完全な農地であつた。

(三)  別紙目録記載9ないし11の各土地は、昭和二十年頃から訴外内藤丈夫が原告との契約に基づき耕作していたもので本件買収当時は農地であつた。

(四)  別紙目録記載12の土地は、本件買収当時訴外野見皆三が原告の承諾の下に訴外岩本某より右土地を開墾して耕作する権利を譲り受けて耕作していた農地であつた。

(五)  別紙目録記載13ないし17の各土地は、本件買収当時何れも訴外野見皆三が原告との契約に基づき耕作していた農地であつた。

(六)  別紙目録記載18の土地は、本件買収当時訴外三宅ヨシが原告との賃貸借契約に基づき小作していた農地であつた。

と述べ、

原告の買収令書返送による受領拒絶の主張事実を否認し、買収令書の交付が本訴提起後に行なわれたとしても公序良俗違反に該当するものではないと述べた。

(立証省略)

理由

原告主張事実一については当事者間に争がない。そこで先ず本件買収処分について買収令書の交付がなされたか否かにつき判断する。

被告は、昭和二十三年一月十五日頃、買収令書の交付をなした旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。しかし、昭和三十二年八月二十六日買収令書が原告の許に郵送された事実は原告の認めるところであり、原告は、右郵送に係る買収令書は直ちに返送したから交付の効力を生じないと主張し、成立に争のない甲第六号証によれば原告は同月二十八日右買収令書を郵便で返送した事実を認めるに難くないけれども、受取を拒む等のため事実上配達ができなかつた場合は別として、郵送された買収令書が相手方の手許に届けられて一応配達が済み相手方に於いて令書の内容を了知し得る状態に到つた以上令書交付の目的は達せられたと見るべきであるから、右郵送による買収令書の交付は有効になされたものと解すべく、その後になつて令書が返送されたことは令書交付の効力に影響するものではない。又、買収令書の交付は既定の買収計画に基づく買収処分完成のため必要な行為であつて、令書交付が本訴提起後になされたからといつてその一事により公序良俗違反となるとはいえない。もつとも右買収令書の交付は昭和二十二年十二月二日の買収時期から算えて約十年間という長期間を経過した後になされているが、本件においては昭和二十三年一月十五日頃買収令書が交付されたものとして、既定の買収計画に基づく買収処分の手続が進められ、既に、買収処分の有効を前提とする売渡処分までも行なわれてしまつたものであるし、成立に争のない甲第二号証の一によれば、原告も買収令書の交付を前提とする買収処分の手続の進行を十分に承知して異議申立、訴願を提起して争つていたことを認めることができるから、買収令書の交付により十年前に遡つて買収の効果が生じたとしても、そのために法律関係の安定が損われ、原告が予期しない不利益を蒙るとは認め難く、寧ろ、買収令書交付の効力を否定した場合にこそ却て売渡を受けた者の地位を覆えし法律関係の安定を損う惧があるというべきであつて、買収令書の交付が遅延したことを以て令書交付の効力を否定することはできない。

次に、本件土地中別紙目録記載1及び8ないし18の各土地は何れも農地ではないとの原告の主張につき判断する。

(一)  別紙目録記載1の土地について。証人守田年一の証言及び同証人の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証によれば、昭和二十二年頃、別紙目録記載1の土地中、別紙図面斜線表示部分(四十二坪)は原野で中村アサ子の新築した家屋の敷地となつていたこと及び同土地中別紙図面斜線表示部分を除く他の部分は守田年一の耕作する田地であつたことを認めるに足り、これに反する証拠はない。然らば、同土地中斜線表示部分を除く他の部分は自作農創設特別措置法に謂う農地に該当するが、斜線表示部分は農地に該当しないこと勿論であるから、斜線表示部分を農地と誤認して買収の対象とした瑕疵は重大且明白であると云わなければならない。而して非農地の部分は右土地の一部のみで他の部分については無効原因がないのであるから、右土地中別紙図面斜線表示部分についての買収処分は無効であり、同部分を除く他の部分についての買収処分は有効であるとしなければならない。

(二)  別紙目録記載8及び18の土地について。証人守田年一の証言によれば、別紙目録記載8の土地はもと畑として耕作に供されていたこともあつたが手入をしないため荒れていたところ、昭和二十一、二年頃に訴外守田茂が開墾し畑として使用して買収時に到つたこと及び別紙目録記載18の土地は終戦前から昭和三十年まで訴外三宅ヨシが畑として使用していたことを認め得べく右認定を覆えすに足る証拠はない。されば、右各土地を農地として買収の対象としたことは相当である。

(三)  別紙目録記載9ない11の土地について。成立に争のない甲第五号証及び証人守田年一の証言によれば別紙目録記載9ないし11の土地は、何れももとは畑であつたが荒れていたところ昭和二十二年に勝間村に定住した訴外内藤丈夫が定住後右11の土地の大部分と右9若しくは10の土地の一部の開墾を始めその後同人が勝間村を去るに及んで再び荒れ出したことを認めることができる。しかし買収時に於いて右各土地がすべて農地であつたことを認めるに足る証左はないけれども、農地でなかつたものと認めるに足る資料もない。されば、右各土地に対す買収処分に非農地を農地として買収した瑕疵が無いとは断じ得ない訳であるが、凡そ行政処分の無効を断ずるためにはその処分に重大且明白な瑕疵の存することを要するところ、本件買収処分に際して右各土地を農地と認定したことに明白な瑕疵があつたと断じ得ないのは明かであるから右各土地に対する買収処分が無効であると云うことはできない。

(四)  別紙目録記載12ないし17の土地について。証人守田年一の証言によれば、右各土地はもと訴外岩本某の耕作していた田地であつたが、昭和二十年にその毛上が同人から訴外野見皆三に売渡され、買収時には約半分が開墾され、半分が荒れていたことを認め得るのみで、当時その何れが耕作地で何れが荒地であつたかを認定するに足る証左なく、結局右(三)同様買収に際して農地と認定したことに明白な瑕疵があるとは断じ得ないから右各土地に対する買収処分も無効であると云うことはできない。

以上により、原告の請求は本件買収処分中別紙目録記載1の土地中別紙図面料線表示部分(四十二坪)に対する買収処分の無効確認を求める限度で正当であるから右限度に於いて原告の請求を認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川四海 五十部一夫 高橋正之)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例