山口地方裁判所 昭和33年(ワ)372号 判決 1962年1月26日
判 決
宇部市厚南区中開作小畑領
原告(反訴被告)
久村一枝
右訴訟代理人弁護士
細迫兼光
右訴訟復代理人弁護士
竹内俊平
右同所
被告(反訴原告)
三戸賢治
右訴訟代理人弁護士
森尾伍郎
右当事者間の頭書の事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
被告は原告に対し左記賃貸借契約につき宇部市農業委員会に対する許可申請手続をせよ。
記
賃貸人 被告
賃借人 原告
賃貸の目的物 別紙物件目録記載一、二の各物件
賃貸期間 定めなし
賃 料 公定額の範囲内で毎年被告の定める額
賃料支払期限 毎年一一月末限その年分を支払うこと 以上。
原告のその余の請求を棄却する。
原告は被告に対し同目録記載の物件を引渡せ。
訴訟費用は本訴、反訴を通じてこれを五分しその一を被告の負担としその余を原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は本訴につき、「別紙目録記載の不動産につき、原告が、賃貸人を被告、賃借人を原告とする賃料一ケ年五、三一六円の期間の定めなき賃借権を有することを確認する。被告は原告に対し右賃貸借契約につき宇部市農業委員会に対する許可申請手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、反訴につき、「被告の請求を棄却する。」との判決を求め、本訴請求原因並びに反訴に対する答弁として、
一、別紙目録記載の物件(本件物件)は被告(反訴原告、単に被告という。)の所有に属するところ、原告(反訴被告、単に原告という。)はこれを被告から昭和二四年二月宇部市農地開拓課の斡旋により期間の定めなく賃借し現在に至るまで耕作して来たものであり、賃料は公定の範囲内で毎年被告の請求する額を支払う約束であり、現在年約五、三一六円である。
二、ところで右賃貸借契約は契約成立当時の農地調整法四条に定める山口県知事の許可も、現行農地法三条に定める宇部市農業委員会の許可も受けていない。右賃貸借約成立当時原告は被告に対し右許可申請手続用紙を提示して右手続を請求したがこれに応じないのみならず昭和三三年頃に至り原告に断りなく本件土地に鋤を入れ、右田地を原告の手から取り上げようとしている。
よつて、右賃借権の確認及び右賃貸借契約につき被告より宇部市農業委員会に対する許可申請手続をなすことを請求するため本訴に及ぶ、と述べ、
被告の抗弁に対し、
被告主張の合意解約の事実及び申入に関する正当事由の存在を否認する。のみならず被告は右解約の申入につき農地法二〇条所定の知事の許可を受けたことを主張立証しないから右合意解除及び解約の主張は失当である。
と述べ、
立証(省略)
被告訴訟代理人は本訴につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を決め、反訴につき、「原告は被告に対し別紙目録記載の物件を引渡せ。」との判決を求め、本訴請求原因に対する答弁として、
一、につき、本件土地が被告の所有であり、これを昭和二四年初め頃から原告に期間の定めなく賃貸していること、右賃料が公定で、年約五、三一六円の約束であることは認める。なお、右賃料は毎年一一月末迄に支払を受くる約束であつた。
二、につき、本件賃貸借につき知事の許可も農業委員会の許可も受けていないことは認めるがその余は争う。
と述べ、
抗弁として、
一、本件賃貸借契約は前記の如く知事の許可も農業委員会の許可も受けていないから無効である。従つて原告は本件土地を占有し耕作する権原を有しない。
二、仮りに、右契約が知事の許可がなくても有効であるとすれば、
(一) 昭和三三年六月一五日被告は山口県知事に対し農地法二〇条に則り右賃貸借契約の解除の許可申請をした際、これを機会に同年七月一〇日、宇部市農業委員会において右につき調停が試みられ、右調停において、原被告は、次のとおり合意解約をした。
(イ) 被告は昭和三三年秋まで本件土地を原告に無償で耕作させること。
(ロ) 原告は右耕作を終ると同時に被告に右田地を引渡すこと、
(二) 仮りに(一)の事実が存在しないとしても、
(イ) 被告は原告に対し昭和三三年六月初め右賃貸借契約の解約の申し入れをした。
(ロ) 仮りに然らずとしても昭和三三年七月一〇日前記農業委員会における調停の席上右解約の申し入れをした。
(ハ) 停りに然らずとしても、昭和二四年四月二七日本件口頭弁論期日において右解約の申し入れをした。
そして、右各解約申入れは、原告が農耕の設備は勿論耕作の熱意もなく、小作料も延滞し勝ちであること、被告は家族多数のため本件土地を耕作しなければ生計の維持が困難であること、という正当な事由によるものである。
従つて右契約は民法六一七条により遅くとも昭和三五年四月二七日を以てすべて終了しているものである。
三、別紙目録記載の第一及び第三の物件(以下第一物件、第三物件という。)は訴外第二藤山炭鉱株式会社の石炭採堀による鉱害のため、昭和三四年麦作附後より陥落し、平均一ないし二メートル位の水深に常時沈没して不毛の状況にあり、これが復旧に反当り二五〇、〇〇〇円以上の費用を要するいわゆる鉱害復旧不適地である。そこで、被告は昭和三六年一〇月山口県知事に対し農地法四条に基き転用許可申請をしたところ、農地法上の農地及び採草放牧地でないとして却下された。
以上の次第で右土地は不可抗力により農地としては滅失したものというべきであるから右部分の賃貸借契約は履行不能により当然終了したものである。
以上の理由により原告の賃借権は存在しないから本訴賃借権確認請求並びに許可申請手続請求は失当といわねばならない、と述べ、
反訴請求原因として、
右答弁並びに抗弁記載の理由により、原告は本件土地を占有する権原を有しないのにこれを占有しているから、被告は所有権に基きこれが引渡を求めるため反訴請求に及ぶ、
と述べ、
立証(省略)
理由
先づ本訴につき考えると、その効力の点はしばらく措き、被告が昭和二四年初め頃その所有にかかる本件土地を原告に対し期間の定めなく賃貸して引渡したことは当事者間に争がなく、右賃料は公定の範囲内で毎年被告の請求する額を支払う約束であることは被告において、その弁済期が毎年一一月末であることは原告において、それぞれ明らかに争わないところである。
ところで、右賃貸契約は、右契約成立当時施行の農地調整法四条もしくは現行農地法三条に定めるところにより、山口県知事又は宇部市農業委員会の許可を受けない限りその効力を生じないものであるが、右契約につきかかる許可を受けていないことは原告の自認するところであるから、原告は本件土地につき未だ賃借権を取得していないものといわねばならない。
以上の次第で原告の賃借権存在確認請求は被告の抗弁につき判断するまでもなく失当として棄却すべきである。
このように本件契約は知事の許可を得ていないため未だ賃借権設定の効力を生じていないのであるが、だからといつて右契約を以て法律上何らの効力を生じないものと見るべきではなく、むしろかかる契約をする当事者の意思は、通常右許可のあることを効力発生の条件として賃借権を設定することを約したものと解するのが相当であり、またかかる契約は前記農地調整法三条の規定の趣旨に反するものでなく、有効と解される。
ところで農地法施行規則二条によると許可の申請は当事者が連名でしなければならない旨規定されているから、右のような条件付契約を締結した当事者は相互に右権利設定について農地法三条所定の許可申請手続をする義務を負担し、もしそれを履行しないときは、相手方はそれを命ずる確定判決を待て右申請の意思表示に代えることができるものと解すべきである。従つて、被告は原告に対し本件土地につき右申請手続をなすべき義務を有するものというべきところ、被告は本件第一及び第三物件は鉱害により農地としては滅失したから、少くとも右部分の契約は履行不能により終了したと主張するので考えるに、検証の結果によれば、
(1) 第一物件の内別紙図面ABCDの各点を順次結ぶ線内の土地約五畝七歩は鉱害の影響は殆んどなく、原告において稲の栽培をしていること、
(2) 同物件のうち同図面CDEFの各点を順次結ぶ線内の土地約一反五畝は鉱害により幾分沈下を来しているが原告において大根を栽培していること、
(3) 第三物件をほぼ中心とする一町有余の田は鉱害により陥没して池沼となり、中心部である第三物件附近は水深約二米もあり、右物件上の水面に達するには小舟を利用しなければならないこと、を認めることができる。(中略)他に右認定を左右するに足る証拠はない。
以上認定事実によれば、第一物件はなお農地の形態を失つていないものと認めるべきであるが、第三物件はその形態を全く喪失したものと見るのが相当である。
右事実によつて考えれば、被告が原告に対し第三物件を使用収益させるべき債務の履行不能であることは社会通念上将来とも動かない事実と見るべきであり、これにより右物件に関する停止条件附賃貸契約はその効力の発生をまたずして終了したものというべきである。従つて右物件に関する限り、原告が被告に対し前記許可申請手続を請求することは失当である。
よつて進んで反訴について考えるに、原告主張の賃借権の存在しないことは叙上説示のとおりであり、他に本件物件を占有すべき権原につき主張立証のない本件においては、被告の所有権に基く右物件の引渡請求は正当として認容しなければならない。
以上の理由により反訴請求はすべて認容し、本訴のうち、第一、第二物件につき意思表示の陳述を求める部分はこれを認容し、その余は失当として棄却し、民訴法第九二条を適用して主文のように判決する。
山口地方裁判所
裁判官 井野口 勤
目録(図面省略)