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山口地方裁判所 昭和34年(ワ)196号 判決 1961年7月20日

原告 株式会社大隅タクシー

被告 有限会社山野タクシー

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の申立

(原告)

「被告は原告に対し別紙第一目録記載の建物を明渡し、かつ、別紙第二目録記載の営業権の譲渡認可申請手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

(被告)

主文同旨の判決を求めた。

二、当事者の主張

(請求原因)

(一)  別紙第一及び第二目録記載の建物及び営業権(以下本件営業権等と略称する)は、もと被告の所有であつたところ、被告は昭和三三年三月二五日、訴外大田正司から金三九二、〇〇〇円を弁済期昭和三三年七月二五日の約で借受けるに際し、右債務の履行を担保するため、債務不履行のときは担保の目的を任意の方法で換価できるとの合意の下に同訴外人に信託譲渡し、内外とも所有権(建物所有権及び営業権)を移転してその後は同訴外人がこれを所有し、被告をして無償で使用せしめていたものであり、右契約については公正証書が作成されている。

(二)  しかるに被告は弁済期に至つても右債務を完済しなかつたので訴外大田は昭和三四年八月二〇日本件営業権等を処分換価してその債務に充当することとし、原告は同日同訴外人から金四五〇、〇〇〇円でこれを譲り受けて、権利を取得した。しかして原告は同月二四日訴外大田と連名の上、内容証明郵便を以て「原告が本件営業権等を譲り受けたこと、及び本件営業権等の行使契約を解除し、これを直ちに原告に引渡すとともに本通告到達後三日以内に本件建物を明渡し、かつ、爾後本件営業権の行使を禁ずる」旨通告し、右意思表示は同日被告に到達した。ところが被告は右期間を経過しても尚右建物を明渡さず、又右営業権を行使していて原告の請求に応じない。

(三)  ところで本件営業権は被告が広島陸運局から免許を受けたものであり原告が被告から右営業権の引渡を受けるためには広島陸運局長に対する右営業権の譲渡認可申請手続を経なければならず、これには被告の協力が必要である。

よつて原告は被告に対し、本件建物の明渡並びに本件営業権の引渡を受けるために必要な被告の広島陸運局長に対する右権利の原告への譲渡認可申請手続を求めるため本訴に及ぶ次第である。

(請求原因事実の認否)

(一)  請求原因(一)のうち原告主張どおりの金員消費貸借が行なわれたこと、及び右消費貸借並びに担保の設定につき原告主張の如き公正証書が作成されたことは認めるがその余の事実は否認する。

(二)  請求原因(二)のうち原告主張どおりの通告が到達したこと及び被告が本件営業権等を使用していることはこれを認めるがその余の事実は否認する。

(三)  請求原因(三)のうち本件営業権が広島陸運局の免許に依るものであることは認めるがその余の事実は否認する。

(被告の主張)

(一)  被告と訴外大田との間に締結された本件営業権等を信託譲渡の目的とする契約は虚偽表示によるものであるから無効である。即ち被告は右訴外人及びその代理人訴外矢田義人と通謀の上、本件営業権等を譲渡又は処分することなくその必要あるときは双方協議の上解決方法を決定するとの合意の下に右営業権等を信託譲渡した如くに仮装して、前記契約を締結したのである。(この点は訴外山野要輔、同山野佳子の両名が前記被担保債権の弁済期後である昭和三三年一〇月五日訴外大田から金一五〇、〇〇〇円を借り受けた際、その借用証に債務不履行の場合は相方協定の上債務者が債権者に差入れた一般乗用旅客自動車運送事業譲渡認可申請が関係官庁に対し又は対外的に発効する旨の文言が附記されている事実からみるも明らかである。)しかして原告は被告の本件営業権等を奪取するため右事実を知りながら右営業権等を訴外大田から譲り受けたのである。

(二)  訴外大田は食肉商を業とするものであり、自動車営業免許を受けているものではない。従つてかゝる者に自動車営業権を譲渡する契約はその目的が不能であるから無効である。

(三)  仮に右(一)(二)の主張が認められないとしても右契約は所謂譲渡担保契約ではなくして単なる担保設定契約にすぎないから訴外大田は本件営業権等を勝手に処分することは許されず、従つて原告は訴外大田から本件営業権等を取得できない。

(四)  仮に以上の主張が認められないとしても被告の訴外大田に対する前記債務は弁済により消滅している。しかるに原告は右債権消滅後の昭和三四年八月二〇日本件営業権等を訴外大田から譲り受けている。右期日には同訴外人の担保権は消滅していたのであるから、原告は本件営業権等を取得することはできない。即ち、

1 被告の訴外大田に対する金三九二、〇〇〇円の前記債務には本件営業権等のほか

(イ) 債務者訴外山野要輔所有に係る

一、木造瓦葺平家建居宅兼物置一棟(建坪八坪四合)

一、木造瓦葺平家建便所及び浴室一棟(建坪三坪二合二勺)

を目的とする抵当権及び

(ロ) 債務者訴外山野佳子所有に係る

一、山口局第二八五番電話加入権

一、同 第三七九番電話加入権

を目的とする譲渡担保権が設定されていた。

2 しかして訴外大田は右担保物中、家屋二棟につき昭和三三年四月八日被告等に無断で訴外大田チエ子に所有権移転登記をし、山口局第二八五番の電話加入権は同日山口局第三七九番の電話加入権は昭和三三年七月二六日にいずれも被告等に無断で同訴外人名義に変更して右各担保を処分して前記債務の弁済に充当した。右家屋二棟の時価は二〇〇、〇〇〇円であり、電話加入権の時価は各一三〇、〇〇〇円である。加之被告は右の如く山口局第二八五番の電話加入権の名義が弁済期前に変更され処分されたゝめ営業上得べかりし利益金五〇、〇〇〇円(昭和三三年四月九日から同年七月二五日まで一日金五〇〇円の割合による)を喪失している。このほか被告は現金二〇、〇〇〇円を弁済しているので、合計金五三〇、〇〇〇円が前記債務の支払に充当されたこととなる。更に被告等債務者は昭和三四年八月二〇日現在、訴外大田に対して金一五〇、一五五円余りの債権を有していた。その内訳は同訴外人が山口ガイド協会々長として被告に支払うべき自動車運賃金八、一五五円、同じく国鉄山口駅構内の観光案内所の賃貸料若干、同じく山口市役所の同ガイド協会に対する補助金四〇〇、〇〇〇円のうちの金五〇、〇〇〇円並びに債務者訴外山野要輔、同山野佳子に対して支払うべき給料及び時間外勤務手当金九二、〇〇〇円である。従つて前記弁済金と合わせて合計金六八〇、〇〇〇円余となるので被告の債務は昭和三四年八月二〇日当時には弁済により消滅し、本件営業権等の譲渡担保も消滅し、本件営業権等の権利は被告に復帰していたのであるから原告は右権利を訴外大田から取得する理由がない。

(五) 仮に債務が完済されていないとしてもその残額は極めて僅少である。かゝる僅少の残額があることを理由として更に本件営業権等を原告に金四五〇、〇〇〇円で譲渡処分したこと及び右譲渡が原告の被告経営にかかる自動車営業の乗取策戦の一環であり、被告を害する不法の目的に出たものであることは共に権利の濫用であり公序良俗に反する行為である。従つて本件営業権等の前記譲渡処分は権利の濫用であり、公序良俗に反する行為として無効である。

(被告の主張に対する認否)

(一)  被告主張事実(一)のうち被告主張どおりの借用証の差入があつたことは認めるがその余の事実は否認する。右借用証記載事項は債務者より債権者に対する一方的な意思表示であり、債権者訴外大田はこれに同意を与えたものではない。仮に同意を与えたものとしても、右同意は権利の執行を右借用証記載の期日(昭和三三年一二月三〇日)迄猶予する趣旨でなされたものにすぎない。

(二)  被告主張事実(二)は否認する。

(三)  被告主張事実(三)は否認する。

(四)  被告主張事実のうち、被告主張どおりの担保権が設定されていること、右担保物のうち、家屋二棟及び電話加入権二本の各名義がそれぞれ被告主張日時に変更せられたことは認めるがその余の事実はすべて争う。

訴外大田チエ子は訴外大田正司の妻であり、訴外大田正司は自己の代理人としての妻チエ子に名義を移転して、債務の弁済あり次第担保物を被告に返還できる用意をしていたのであるから右名義変更と同時に右担保物を処分したことにはならない。又、山口局第二八五番の電話加入権は被告が約定利息の支払いを怠つたゝめ被告の了解の下にこれを弁済期前に処分したものである。即ち、被告は第一回利息支払日である昭和三三年四月二五日に至るもその支払をなさないので同年五月一五日被告了解の下にこれを訴外梅田某に売却処分したのである。しかして訴外大田は弁済期に至るまで他の山口局第三七九番を被告方に存置してその営業の妨げとならないよう配慮している。

(五)  被告主張事実(五)については否認する。

三、証拠

(原告)

甲第一号証の一、乃至三、第二号証の一、乃至三、第三号証の一、二、第四号、五号、六号証を提出し、証人大田正司(第一、二回)、同矢田義人(第一、三回)、同木森弘、同浅松政治、同安田八郎の各尋問を求め、乙第一乃至第五号各証の成立を認めると述べた。

(被告)

乙第一乃至第五号証を提出し、証人斎藤粂治、同矢田義人(第二回)、同山本恭司(第一、二回)、同福武四郎、同新屋徳市、同豊田一枝の各尋問を求め、被告代表者山野佳子、同山野要輔(第一、二回)の各尋問の結果を援用し、甲第一号証の一、三、第二号証の一乃至三、第五号証の各成立を認め、甲第一号証の二は確定日付の点は成立を認めその余は不知と述べ、甲第三号証の一、二、第四号証は印影の成立を認めその余を否認し、甲第六号証は不知と述べた。

理由

一、訴外大田正司と被告との間に被告を債務者とする要旨左の如き金員消費貸借並びに担保設定契約公正書が作成されたことは当事者間に争いがない。

(一)  貸付年月日 昭和三三年三月二五日

(二)  貸付金員 金三九二、〇〇〇円

(三)  弁済期 昭和三三年七月二五日

(四)  右金員返還債務の履行を担保するため本件営業権等を信託譲渡する。

(五)  債務者が債務の履行を怠つたときは任意の方法で換価できる。

しかして成立に争いのない甲第一号証の三によれば右公正証書にはなほ次の如き特約の記載があつたことが明かである。

(一)  利率及び利息支払期 年一割八分、毎月二五日払

(二)  右信託譲渡の目的は以後債務者に無償で使用させ、債務者が債務の履行を怠つたときは催告を要せず直ちにその使用権を解くことができる。

(三)  債務者が債務を完済したときは右信託譲渡によつて発生した権利は当然債務者に復帰する。(以下本件営業権等につき締約した各条項を総称して、本件担保契約と称する)

二、つぎに、昭和三三年八月二四日原告及び訴外大田正司連名の上、被告に対し、「被告が債務の履行をしないので大田は本件営業権等を原告に譲渡換価して債務の弁済に充当した。

よつて本件営業権等の所有権は原告に帰属したから、被告等との間の本件営業権等の使用契約はこれを解除する。原告は被告に対し右営業権等を直ちに原告に引渡すとゝもに本通告到達の日から三日以内に本件建物を明渡すことを要求し、爾後本件営業権の使用を禁止する。」旨の内容証明郵便を発し、右通告が同日被告に到達したことは当事者間に争いがない。しかして、成立に争いのない甲第一号証の一、名下の印影が訴外大田の印章によることが当事者間に争いがないので全部真正に成立したものと推定すべき甲第一号証の二によれば原告は昭和三四年八月二〇日訴外大田から代金四五〇、〇〇〇円を以て本件営業権等を譲り受けたことを認めることができる。(右認定に反する証人大田正司(第一、二回)同矢田義人(第二、三回)同安田八郎の各証言は採用できず他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)

三、右認定事実によれば訴外大田正司及び原告は被告の債務不履行により被告が本件営業権等について有していた使用借権は当然消滅したものとし、右通告は単にこの事実を被告に確認せしめる趣旨で発せられたものにすぎないと解せられるのであるが、被告は本件担保契約の成立乃至その性質を争うので先ずこの点について判断する。

成立に争いのない甲第五号証、乙第一号証、被告名下の印影が被告の印章によることが当事者間に争いがないので全部真正に成立したものと推定すべき甲第三号証の一、及び証人斉藤粂治、同山本恭司(第一、二回)の各証言並びに被告代表者山野要輔(第一回)同山野佳子の各代表者本人尋問の結果を綜合すれば本件契約に際し、訴外大田及びその代理人訴外矢田義人が被告代表者に対しそれぞれ本件営業権を一応担保に入れてくれ、取り揚げるようなことはしない等と申し向けたこと、弁済期後の昭和三三年一〇月五日訴外山野要輔同山野佳子の両名が訴外大田正司から金一五〇、〇〇〇円を借り受けた際その裏付として本件営業権にかかる一般乗用旅客自動車運送事業譲渡認可申請書を同訴外人に交付し債務不履行の場合は双方協定の上右申請書を対外的に発効することゝし、かつ、債権者は期限内には右申請書を他に譲渡しない旨約したこと及び昭和三三年八月頃被告代表者山野要輔、同佳子、及び訴外山本恭司の三名が訴外大田方に赴き同人に対し、防府の橋口某に本件営業権を譲渡するよう懇請したとき、右大田が本件営業権は被告がその営業に使用すればよいのであつて、自分で取り上げて営業する意思はないと申し述べたことを認定することができ右認定に反する証人大田正司(第一、二回)同矢田義人(第一、二回)の各証言はいずれも採用できず他に右認定を覆すに足りる証拠はない。しかし他方、成立に争いのない甲第一号証の三及び証人斉藤粂治、同矢田義人(第二回)の各証言並びに被告代表者山野要輔(第一回)、同山野佳子の各代表者本人尋問の結果を綜合すれば被告代表者山野要輔、同山野佳子は本件営業権等を奪われると生活に重大な影響を受けると考えて当初はこれを担保に提供することを拒絶していたのであるが結局弁償すればよいのであるということに考えが落着し、右山野両名の意思に従つて被告会社事務員訴外斉藤粂治が委任状に捺印し、よつて前記公正証書が作成されるに至つたことを認めることができる。そこで以上の事実を綜合して判断すると、本件担保契約を締結するに際しては本件営業権等が重要な価値をもつものである点から当初は当事者の意思が一致せず迂余曲折を経たものであるが結局弁済すれば右営業権が処分されずにすむということになり、被告代表者山野両名の合意の下に本件担保契約が締結されたもので、右合意には債務不履行の場合は契約の内容に従つて担保物を処分されても異議はないとする趣旨が含まれていたものと解するのが社会通念上妥当である。右債務の弁済期後に至つて始めて本件営業権譲渡認可申請書が授受され右申請書の使用方法が約定されたのは訴外大田において単純に右権利を確保する目的を以てしたことに過ぎないと解せられないこともなく必ずしも契約の当初本件営業権を移転する合意がなかつたが故であると解しなければならない訳のものではない。又、訴外大田が被告代表者両名及び訴外山本恭司に申し向けた言辞は自分では本件営業権をとりあげて営業する意思はないということを意味し、これを他に譲渡又は処分したりすることはないとの旨を意味しないと解せられないこともないので右の言辞を根拠として本件営業権の信託譲渡が仮装されたものであつて、実質的に権利の移転をする意思がなかつたものと認定することはできず、その他本件に現れた他の全ての証拠によつても訴外大田と被告等の間に本件営業権等の権利を移転しないという合意があつた事実を肯認するには充分でない。のみならず被告の全立証を以てしても原告が被告と訴外大田との間に前記の如き争が存在することを知つて本件営業権を譲り受けたものと認定するには充分でない。よつて被告主張(一)(三)の虚偽表示及び本件担保契約が単純な担保契約であるとの主張は理由がなく、訴外大田と原告との間においては前記公正証書記載のとおりの契約が有効に成立したものと解せざるを得ない。

四、次に被告主張(二)の点につき判断する。

証人大田正司の証言によれば訴外大田が食肉商であり、自動車営業免許を受けていないことが明かであり道路運送法第三九条、第六条、同法施行令第四条によれば本件営業権の譲渡には広島陸運局長の譲渡認可を必要とするものであるところ、証人木森弘、同浅松政治の各証言によれば自動車運送事業の譲渡は世上間々行なわれるところであり、譲渡の相手方がたとへ、無免許者であつても営業権譲渡認可申請の時に認可基準に該当する資格を取得するに至れば右申請が認可されることは明らかである。しかして譲渡担保には本件担保契約の如く債務者が債務の履行を怠つたときに始めて権利を移転することを目的として契約当初は単に権利移転の合意をなし、将来必要なときにその引渡を受けるための準備をなしておくにすぎないものも含まれるのである。従つて行政庁の認可は本件営業権移転の効力発生要件ではあるがその認可を得ることが社会通念上不可能でない以上本件営業権の移転を目的とする本件担保契約が目的の不能により無効であるとする被告の主張は理由がない。

五、つぎに被告の弁済の抗弁につき判断する。

被告の訴外大田に対する金三九二、〇〇〇円の金員消費貸借に基く返還債務については本件営業権等が担保とされたほか、

(イ)  訴外山野要輔所有に係る

1、木造瓦葺平家建居宅兼物置一棟(建坪八坪四合)

1、木造瓦葺平家建便所及び浴室一棟(建坪三坪二合二勺)

を目的とする抵当権が設定せられ、且つ

(ロ)  訴外山野佳子所有に係る山口局第二八五番、同第三七九番の各電話加入権が譲渡担保とされたこと及び訴外大田が昭和三三年四月八日前記家屋二棟の所有権を訴外大田チエコに移転し、登記を経ていること、同日電話加入権(山口局第二八五番)を右訴外人名義に変更していること、昭和三三年七月二六日電話加入権(山口局第三七九番)を同じく右訴外人名義に変更していることはいずれも当事者間に争いがない。

又、証人新屋徳市、同山本恭司(第二回)同矢田義人(第三回)の各証言及び被告代表者山野要輔の代表者本人尋問の結果(第二回)(何れも後記認定に反する部分は除く)を綜合すれば電話加入権(山口局第二八五番)は前記名義変更と同時にその設置場所が変更されたうえ、その後昭和三三年五月一五日訴外梅田某に売却されたこと、電話加入権(山口局第三七九番)は前示名義変更と同時に設置場所が変更されていること、右家屋二棟の時価が金二〇〇、〇〇〇円であつたこと、右電話加入権のうち山口局第二八五番は金一四〇、〇〇〇円で処分されたがその中には電話料滞納分若干が含まれていたからその時価は金一三〇、〇〇〇円相当であつたこと、右大田チエコは訴外大田の妻であること及び右電話加入権、ことに山口局第二八五番の電話加入権は被告のタクシー営業のため最も頻繁に利用され右営業に必要欠くべからざるものであつたことを認めることができ右認定を覆えすに足る証拠はない。しかして被告が前記の各担保を無償で使用する権利を有していたことは前記のとおりである。さすれば訴外大田は債務完済の際における担保物返還の便を考えて妻である訴外大田チエコに右電話加入権の名義を移転したのであつたとしても名義変更と同時にその設置場所が変更せられ事実上被告はこれを使用する権利を奪われたのであるから右加入者名義の変更はその処分と同視するのが妥当であり、更に抵当権を設定したに過ぎない家屋について他に所有権移転登記をなすことが抵当権の実行であることは言を俟たない。

そこで右担保権の実行により前記三九二、〇〇〇円の貸金が如何に弁済される結果となつたかについてみると右貸金は貸付日時昭和三三年三月二五日、利息年一割八分、毎月二五日払の約定(利率は日歩一五銭であるとの証人矢田義人(第三回)の証言は採用できない)であつたところ、第一回利息支払期日前である昭和三三年四月八日には被告等債務者は合計金三三〇、〇〇〇円を内入弁済したことになり、同日現在における債務残額は金六四、九三〇円(四月八日までの利息二、九三〇円)となり、右残債務の七月二六日現在における元利合計金額は金六八、三三九円である。しかして昭和三三年七月二六日処分を受けた電話加入権(山口局第三七九番)の時価は証人大田正司の証言によれば金一〇〇、〇〇〇円であつたことを認めることができる。従つてこれにより被告の本件債務は完済されたものと解するの外なく以上認定を覆すに足る措信すべき証拠はない。

しかして右最後の担保物の処分は弁済期の翌日であつたのであるが本件担保契約には流質の特約もなく、又、履行期徒過後は目的物の返還を禁ずる旨の特約も存在しないから右各担保物件の処分によつて債務が完済された以上被担保債権は消滅し、譲渡担保も消滅してその目的たる権利は契約の趣旨に従つて当然に被告に復帰したものと解する外なく被告は更めて残存担保たる本件営業権等を引渡す義務を負うものではない。なお、前示の如く、昭和三三年一〇月五日訴外山野要輔同山野佳子の両名が訴外大田から金一五〇、〇〇〇円を借り受け、本件営業権を引渡すため、一般乗用旅客自動車運送事業譲渡認可申請書に捺印の上これを右訴外人に交付した事実はあるけれども、右借用証には債務不履行の場合は双方協議の上その使用方法を決する旨の約定が記載されており、かつ、訴外山野両名は被告代表者として右約定をなしたものとは認められず従つて右債権の存在は本件被担保債権の消長に影響を及ぼすものと認めることはできず他に右認定を覆すに足る証拠は存在しない。(もつとも右の事実は直接本訴請求原因に関するものではない。)

よつて被告の弁済の抗弁はその理由があり、従つて原告の本訴請求はこれを認容するに由ないから爾余の争点についての判断を省略して原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川四海)

第一目録

国鉄山口駅構内所在

一、木造瓦葺平家建営業所建坪二坪一棟

添附図面斜線部分

第二目録

山口地区自動車営業権

営業所々在地 山口駅構内、早間田、湯田駅、堅小路、

広島陸運局昭和二五年七月一七日広陸自免第六二号山野要輔名義自動車営業免許を、同陸運局昭和二八年九月二八日広陸自認第九五号により、被告が譲渡認可を受けたもの。

図<省略>

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