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山口地方裁判所 昭和35年(行)2号 判決 1960年4月18日

原告 有限会社藤香田商店

被告 山口県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が原告に対し、昭和三十五年二月二十二日付を以て行なつた宅地建物取引業登録取消処分の無効であることを確認する。被告は右取消処分により取消した原告の登録を原状に回復せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一、原告は、昭和二十九年八月以来山口県知事の登録を受けて宅地建物取引業を営み、同三十四年七月三十一日登録の更新を受けたものであるが、昭和三十二年法律第百三十一号を以て改正された宅地建物取引業法所定の営業保証金を同法所定の供託期限である同三十四年八月三十一日まで供託しなかつたため、これを理由に被告より同三十五年二月二十二日付を以て宅地建物取引業の登録を取消す旨の処分を受けた。

二、しかし、右改正に係る宅地建物取引業法中宅地建物取引業者に営業保証金の供託義務を課する規定は、日本国憲法が国民に保障する職業選択の自由を侵害し、且つ、日本国憲法が国民に保障する法の下の平等に反する違憲無効の規定であるから、該規定を根拠としてなされた本件登録取消処分も無効である。

三、宅地建物取引業が公共の福祉に反するものでないことは、宅地建物取引業法が宅地建物取引業を公認していることからみて自明のことで、宅地建物取引業は本来公共の福祉に反するが、営業保証金の供託によりその背反性が治癒されるとの解釈は許されず、従つて、宅地建物取引業を営む者が公共の福祉に反しないものとして日本国憲法第二十二条に規定する職業選択の自由の保障を受けるべきことには疑義がない。然るに、宅地建物取引業者に営業保証金の供託義務を課する宅地建物取引業法の規定は営業保証金の供託のできない既存の零細な多数の宅地建物取引業者をして営業を失わせる結果を惹起し、善良な国民の既得権を何等の補償もなく一方的に剥奪して日本国憲法の保障する職業選択の自由を侵害するものとして無効であると言わなければならない。宅地建物取引業者に営業保証金の供託義務を課することとした宅地建物取引業法の改正理由として掲げられているところは、業者の不正行為により損害を蒙つた者に対する弁償の見返りとするため営業保証金を供託させるということであるが、これは極めて稀に起るに過ぎない業者の不正行為を過大視し、宅地建物取引業者一般を不良業者であるとする偏見に発した考である。宅地建物取引業者の中には社会を騒がせるような不正行為を行なう者もあるが、多数の零細業者は決してかかる不正行為を犯さず住宅難の緩和に寄与しており、不正行為により不当な利得を挙げている者は、これまでに不当、悪辣な手段で資産を貯え営業保証金の負担に困難を感じない業者の中に多く、しかも、かかる業者の不正行為による被害は、宅地建物取引業法の規定する十万円の営業保証金では償うに足りない程大きいのである。しかして、宅地建物取引業法の改正による営業保証金制度の実施により職を失う零細業者は数千名に達すると推定され、これらの犠牲者は何等の補償も与えられずいわゆる闇業者に転落して生活を維持しようとしているのであるが、右改正は、大都市の有力業者が群小の同業者を陶汰するため案出した策謀であるとの噂もある位で、これ程重大な法律改正にも拘らず、零細業者にはその意見を立法過程に反映させる何等の機会も与えられなかつたのである。してみれば、右改正によつて設けられた営業保証金制度は現実に即しない不合理な立法で、公共の福祉を維持増進するため不可欠なものではなく、右大量の犠牲者及び国民を納得させるだけの十分な理由を有しないものと言わなければならない。

四、必ずしも犯罪や不正行為が皆無であると保証はできない筈の弁護士及び司法書士等他人の権利義務に関する事件や他人の金銭を取扱う業務に携わる者に対して保証金制度が設けられていないのに、ひとり宅地建物取引業者のみに重い営業保証金の供託義務を課することは不合理であり、公然たる差別的取扱いであるから、宅地建物取引業法中宅地建物取引業者の営業保証金供託制度に関する部分は、日本国憲法第十四条の規定する「法の下の平等」に反する違憲無効の規定である。

五、原告は、右改正法により課せられた十万円の営業保証金を調達するため必死の努力を試みたが、事業不振のため調達できないまま供託期限である昭和三十四年八月三十一日を経過し、被告より本件登録取消処分を受けるに至つた。しかし、右取消処分は、宅地建物取引業法の違憲無効の規定を根拠とするもので無効の処分であるから、被告に対し、右取消処分の無効であることの確認と、被告が右取消処分により取消した原告の登録の原状回復を求める。

と述べ、

被告主張事実中聴問会出席の事実を認めた。

被告代理人は、請求棄却の判決を求め、

答弁として、原告主張事実中一の事実は認める。被告は、原告に対し営業保証金の供託をしないことに基づく業務停止又は登録取消に関する聴問のため市役所に出頭するよう昭和三十四年九月十日付を以て通知を発し、同月二十六日、聴問会に出席した原告会社代表取締役より聴問を行なつた上、昭和三十四年二月二十二日付を以て原告に対し登録取消処分をしたのであつて、本件登録取消処分には憲法違反等違法の点はないと述べた。

理由

原告主張事実中一の事実及び被告主張に係る原告会社代表取締役の聴問の事実については当事者間に争がない。

原告は先ず、本件登録取消処分の根拠規定である宅地建物取引業法の営業保証金に関する規定は日本国憲法第二十二条が国民に保障する職業選択の自由を侵害する違憲無効の規定であると主張する。宅地建物取引業法の定める営業保証金の制度は、宅地建物取引業を営む者に対し営業保証金の供託義務という特定の負担を課するもので、日本国憲法第二十二条にいう職業選択の自由に対する一の制限であると言わなければならない。しかし、職業は、個人の生存の基礎をなすと共に、社会公共の立場における民生の安定、福祉の増進にも多大の関りを持つものであるら、職業の自由に対して、社会公共の立場における民生の安定、福祉の増進のため政策上必要己むを得ないと認められる規制を加えることは、同条にいう公共の福祉に基づく制限として許されなければならない。法がしばしば特定の職業について一定の資格や許可を要求しているのもこの趣旨に出たものである。ところで、宅地建物取引業者は一般の商品に比して価格の大きい宅地若しくは建物の売買若しくは交換又は宅地若しくは建物の売買、交換若しくは貸借の代理若しくは媒介を業とするものであるから、仕事の性質上多額の金銭を預る機会も多く、且つ、宅地、建物の取引は一般商品と異つて権利関係や目的物の性状等の複雑な不動産を取り扱う関係上、取引当事者の過失、意思の齟齬、不法行為等に起因して紛争を起し或いは当事者が不測の損害を蒙る虞が多く、宅地建物取引業者としてもこれに関連して取引の相手方に対し損害賠償その他種々の理由で債務を負う可能性の多いことを否定することはできない。ところが、宅地建物取引業は同一の顧客を相手に信用に基づいた継続的な取引をするのではなく、未知の客との一回限りの取引が普通であると解せられ、又、多額の金銭を授受、保管することも多いのに、営業の内容が宅地、建物の取引又はその代理、媒介であるから、一般商品の取引の場合と異り金銭授受に対応する見返りとなる現実の商品の動きがないことが多く、しかも、宅地建物取引業はその営業に格別の施設や在庫の商品を要しないため、同業を営む者は、実質上債務の担保となり得るような施設や在庫品を営業上当然備えているわけでもない。しかして、宅地建物取引業者については弁護士等に見られるように、厳格な資格要件を定めてその面から職務の信用を高める措置も採られていない。してみれば、宅地建物取引業者に宅地建物取引業法第十二条の二に規定する金額の営業保証金の供託を命ずることは、終戦後の住宅難に伴い、一般大衆にとつて借地、借家等の不動産取引が一段と身近な重要性を持つようになつた実情に鑑み、宅地建物取引業者と取引する一般依頼者に取引により生じた債権の弁済を確保する途を開いて取引の不安を除き、業者の信用を高め、以て、民生の安定、福祉の増進を図るために必要にして且つきわめて適切な措置であるというべく、しかも同業者に対し右の程度の負担を課することは到底職業選択の自由に対する不法不当な制限とは解せられない。宅地建物取引業法附則(昭和三十二年法律第百三十一号)第六項ないし第八項によれば、営業保証金供託義務は既存の宅地建物取引業者にも課せられるが、その供託期限として右改正法施行後約二年間の猶予が与えられていること、営業保証金の金額及び宅地建物取引業の特質を考え併せれば、右供託義務は既存の業者についても、公共の福祉上必要己むを得ない規制の範囲を越えないものと言つても過言ではない。されば、原告の右主張は理由がない。

次に、原告は、宅地建物取引業者のみに営業保証金供託義務を課することは日本国憲法第十四条に規定する「法の下の平等」に反すると主張する。しかし、日本国憲法第十四条にいわゆる「法の下の平等」とは国民各自がそれぞれの法の下に平等に取扱われなければならないことを意味しているのであつて、例えば特定のサービス業を営む者に対し一定の保証金の供託を命ぜられる限り物品販売業者に対しても同額の保証金の供託を命ぜられなければならないとするものではない。各種の職業はそれぞれの特性に応じて社会公共の立場からこれに対し合理的な規制を加えることは「法の下の平等」に反するものではない。宅地建物取引業について営業保証金の供託義務を課することが同業の性質上公共の福祉に基づく必要己むを得ない制限であると解せられることは前記のとおりであり、他人の金銭を扱う機会の多い点では相通ずる点があるが、その他の点では業務の内容を異にし、且つ、厳格な資格要件による規制の加えられている弁護士や司法書士について保証金の供託義務が課せられていないからといつて、宅地建物取引業者に営業保証金の供託義務を課することが不合理な差別待遇として法の下の平等に反するとは言えない。

さすれば、宅地建物取引業法中宅地建物取引業者の営業保証金に関する規定は原告の主張するように憲法に違反するものではなく、右規定に基づいて行なわれた本件登録取消処分には違法の点はないと言うべきである。されば、原告の請求は理由がないことが明かであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川四海 五十部一夫 高橋正之)

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