山口地方裁判所 昭和36年(行)1号 判決 1964年2月24日
原告 石本文三こと 元理憲
石本文一こと元 一錫
被告 下関税務署長
訴訟代理人 森川憲明 外八名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用中原告と被告との間に生じた部分は原告の、参加によつて生じた部分は補助参加人の負担とする。
事 実 <省略>
理由
本件物件の買受代金の点を除き、請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。そこで、被告主張の資金贈与の有無について審究する。
被告主張一の事実のうち、本件物件の代金額及び(1) の(ニ)記載の八、〇〇〇、〇〇〇円支払の点を除き、その余の合計一一、六一一、一四五円を原告が本件物件の買受代金ならびにその費用として支弁していることは当事者間に争いがない。そこで、右八、〇〇〇、〇〇〇円の支払いの有無ならびにその調達方法について考察する。
成立に争いのない甲第七号証乙第一〇、一一号証、第一二号証の一、二第一三、一四号証、第一五号証の一、二、第一六号証の一ないし三、第一八号証、証人竹中善治(第二回)、同三河照夫の各証言を総合して考察すると次の事実を認めることができる。すなわち、原告の父である参加人は、昭和三三年四月一〇日信用金庫に無記名定期預金五、五〇〇、〇〇〇円を預け入れ、又これとは別に同月二三日信用金庫に無記名定期預金五、五〇〇、〇〇〇円を預け入れ、右二口の無記名定期預金を同年九月二〇日太田一郎なる架空名義の記名式定期預金一一、〇〇〇、〇〇〇円に変更したうえ、同日これのみを担保として、右架空の太田一郎名義で信用金庫から八、〇〇〇、〇〇〇円の借入れをなしている。
しかして、右借入をした昭和三三年九月二〇日は、原告が本件物件を買入れて、その代金の支払をなしている時期に相当する。しかも、本件物件の昭和三三年九月頃の時価は二〇、〇〇〇、〇〇〇円程度が至当であると思われていたのに対し、原告主張の代価はこれを七、〇〇〇、〇〇〇円余り下廻る一二、九九〇、〇〇〇円(敷金返還債務六九〇、〇〇〇円を含めたもの)であるところ、大蔵事務官訴外三河照夫が本件物件の売主訴外岡崎信与について、本件物件の売買代価について調査した際、右岡崎は一応右原告主張の金額とほぼ等しい金額を記載した契約書を呈示したが、それは真実の代価ではなく、真実の代価を言えば、身に危害が及ぶかも知れないので、進んで表白する訳には行かないけれども、参加人又は原告において表明すれば、岡崎においてこれを認めるのにやぶさかでない旨申述べている。
そして、参加人は、右借入金八、〇〇〇、〇〇〇円につき、昭和三三年一一月一八日に一、〇〇〇、〇〇〇円、同年一二月一日に五〇〇、〇〇〇円を各返済し、残額六、五〇〇、〇〇〇円は昭和三四年三月二三日に前記太田一郎名義の定期預金二口、一一、〇〇〇、〇〇〇円の払戻を受けてその返済に当ている。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証人元一錫の証言は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。
原告及び参加人は、本件口頭弁論において、右八、〇〇〇、〇〇〇円の使途について、何ら明らかにするところがないから、右認定に後記認定の本件売買の経緯を併せ考えると、右八、〇〇〇〇〇〇円は本件物件購入資金の一部として、参加人が調達し、これをその頃原告がその支払いの一部に当てたものであることを推認するに難くない。
そこで進んで、右八、〇〇〇、〇〇〇円につき、原告と参加人との間に貸借関係が存するか否かを検討する。
成立に争いのない甲第一号証、第四号証、第六、七号証、乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし六、第六ないし第八号証、第九号証の一ないし三に前掲乙号各証、及び証人元一錫、同吉村悟同竹中善治(第一、二回)の各証言を総合して考察すると
「一、参加人(明治四〇年生)は、昭和二七年頃から下関市今浦町二二番地において待合業を営んで来ていたが、売春防止法の施行により、昭和三三年三月二〇日限りこれを閉鎖し、以後建物を改造して旅館業を始めるべく、参加人の長男たる原告所有名義の同所宅地建物につき、昭和三三年六月二〇日、かねて取引があり且つ参加人自身その会員でもある信用金庫との間に、極度額二、五〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定するなどして、その改造資金準備の手筈を講じていた。ところが、同年八月末頃、訴外岡崎信与が多額の負債をかかえてその整理に苦悶し(甲第七号証によれば、九州相互銀行の本件建物に対する根抵当権は順位一九番と二〇番であり、甲第一号証によれば、右極度額合計一二、〇〇〇、〇〇〇円に対し当時八、〇四六、六〇〇円を借受けていたことが明らかである。)、同人所有にかかる本件物件の売捌方を参加人に申入れて来た。そこで参加人は、本件建物は前記今浦町の家屋の約五倍もの大きさで、右岡崎が「東洋館」なる屋号のもとに旅館業を営んで来ている上、地理的条件も国鉄下関駅に近く、右今浦町に比し数等勝ることなどから、これを購入して、直ちにここにおいて旅館業を営むことの方が、新規に出発するよりも得策であると考え、信用金庫に対し、これが買受資金の融資につき、全面的な支援方を要請し、その快諾を得て、右岡崎の申出に応ずることとし、契約内容に付き交渉の結果、昭和三三年八月末日頃、売買代金等を取決め、手附金一〇〇〇、〇〇〇円を右岡崎に交付した。
しかして、同年九月初頃参加人は、その妻訴外鄭千甲から、参加人が昭和二八年頃からそこひのために両眼失明の身であること、長男原告(昭和五年生)もおいおい一人前になつて行くことなどからこの際買主を原告にし、参加人夫婦はその後だてとなつた方が良いことを忠告されて思案した結果、本件物件の買主を原告に改めることとし、信用金庫に対しその旨連絡した。信用金庫は、当時原告は未だ一介の給料生活者に過ぎず、経済的にも社会的にも固より信用に乏しいものであつたが、本件不動産を担保にとり、且つ信用金庫に対して当時一〇、〇〇〇、〇〇〇円以上の預金を有し絶大な経済的信用を与えていた参加人のこととて、その回収には自信がもてるところから融資の点は従前通り全面的に協力する旨参加人に回答した。そこで、参加人は、同月一〇日頃右岡崎に対し、買主変更の次第を通知し、同月一三日頃同人から前記売買契約における参加人の地位はそのまま原告が引継ぐものとして右買主変更への同意を得、原告主張のとおり、同月一六日本件不動産の所有権移転登記を完了し、同年一二月二日その引渡しを受けた。
二、原告は、本件物件の引渡を受け、参加人夫婦と共に本件家屋に入居してからは、本件建物の一部店舗を他に賃貸しているが、自らは、本件建物購入の目的たる旅館業の経営には殆んど関与していない。
すなわち、右旅館業は、参加人が自己名義の営業許可を得(昭和三四年二月一日申請、同年四月七日許可)、当初は主としてその妻鄭千甲が右経営の任に当り、原告は右賃貸店舗のパチンコ店の見習店員として稼働する傍ら右鄭千甲の手伝いをしていた程度に過ぎない。ところが、間もなく右鄭千甲が胆管癌を病つて入院したため(昭和三四年八月二九日死亡)、以後参加人が右旅館経営の采配を振り、その営業資金及び収益金ならびに右店舗からの収入賃料等合一して自らこれを管理した。
しかして、本件課税処分に先立ち、昭和三四年六月頃、大蔵事務官訴外吉村悟が参加人方に調査に赴いた際、原告は本件家屋に居住しておらず、又右吉村が参加人に対して本件物件買入れ資金等につき、原告との間の貸借関係を証する帳簿、書面でもあればこれを呈示すべく求めたところ、参加人はかかる資料はない旨言つて何らの呈示もなしていない。」ことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
以上認定の事実を総合して勘案すれば、右八、〇〇〇、〇〇〇円は本件物件購入資金の一部として、昭和三三年九月二〇日頃父たる参加人が子たる原告に贈与したものと推認するに充分である。
けだし、親が金融機関等に対する経済的信用や支払能力によつて、資金を調達し、子の名義で財産を購入している場合(仮りに購入資金の金額でないとしても)、右調達資金について、子が親に対して真に返還債務を負つているものと認めるには特段明確、確実な事実ならびに資料の存在を必要とする。そうでなければ、後日適宜弁済又は免除等の名目により右債務を消滅したことにして関係機関の調査確認を極めて困難にし、ひつきよう、子は親に対し何ら実質的な経済上の負担をこうむることなく、右資金に相当する財産を無償で取得することとなつて、容易に贈与税或は相続税の課税を免れうる結果になり、市民の税負担の公平は著しく阻害されるからである。」
尤も、参加人が、昭和三三年一一月一三日、本件不動産につき、同日付売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記をなしていることは、当事者間に争いのないところであり、これは、参加人が自ら拠出した資金の回収を担保する手段としてなしたものであると推測されなくもない。しかしながら右仮登記は、参加人が前認定のとおり、昭和三三年六月二〇日、原告所有名義の下関市今浦町二二番地、宅地三七坪、同地上二階建店舗兼居宅一棟及び同所二二番地の二宅地三〇坪二合につき信用金庫に対し、根抵当権を設定していることも併せ考えると、寧ろ、一家の支柱としてその実権を掌握している参加人が、原告名義で購入した本件不動産ではあるけれども、みだりに他人の手に渡るようなことがあつては、原告にとつても、又参加人自身及びその家族にとつても堪え難いところであるから、かりそめにも、原告が勝手にこれを他に処分したりなどしないように、万一そのようなことがあつた場合でもこれを取戻すことが出来るようにとの意図から出た工策であると見るのが相当である。これを要するに、右仮登記の一事をもつてしては、前記贈与の認定は豪も左右されるものではなく、他に前認定を覆すに足る特段の主張立証はない。
してみると、その余の事項の判断をまつまでもなく、右贈与金額八、〇〇〇、〇〇〇円の範囲内において、贈与金額を六、六一一、一四五円と決定してなした被告の本件課税処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がない。
よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条九四条と適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 平井哲雄 小林優 中村行雄)
目録<省略>