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山口地方裁判所 昭和38年(ワ)34号 判決 1967年12月07日

原告 森本証券株式会社

被告 江口貞

主文

被告は原告に対して金四一二、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年一〇月三一日から支払ずみに至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、有価証券売買の媒介及び取次を業とする株式会社(証券会社)であるが、被告が昭和三七年九月五日他へ売却した訴外東亜道路工業株式会社の株式一、〇〇〇株(五〇〇株券二枚記号番号にAB〇〇六八及びほAB一九一四以下親株という)を、同年同月二九日訴外大阪屋証券株式会社東京支店から一株七〇六円で買受け、裏書のある株券の交付を受けて株主となつた。

二、東亜道路工業株式会社では、昭和三七年一一月五日の取締役会の決議で、新株の発行を決め、かつ同年一二月一五日現在の株主に対し、所有株式一株につき一株の割合で新株の引受権を与えたが、原告は取得した親株につき、右割当日までに株主名簿の名義書換手続を執ることを失念したため、新株払込期日が未だ到来しない昭和三八年二月八日及び九日の両日にわたり、親株の名義株主である被告に、商慣習にもとづく相当の金員を提供して新株引受権を譲渡するよう要求したが、被告はこれを拒否し、被告名義で引受払込の手続を了し、同年三月一日新株一、〇〇〇株(五〇〇株券二枚記号番号とAB〇九六五及びAB〇九六六以下新株という)を取得し、後日これを他へ売却処分した。

三、原告は、次の理由により被告に対して右新株又はこれにかわるべき金員を請求することができる。

(イ)  昭和三七年九月当時、東亜道路工業株式会社の株式については、既に増資が予想され、株価も高謄していた。従つて被告が親株を売渡すに当つては、当然増資に伴う株主の新株引受権も売買の対象に含まれていたもので、親株の譲受人たる原告は、売買契約上の権利として譲渡人たる被告に対し新株の引渡又はこれにかわる金銭賠償を請求できる。

(ロ)  株主に与えられた新株引受権は、会社に対する関係ではともかく、譲渡当事者間では、実質上の株主である譲受人に帰属すべきものである。従つて、被告がたまたま株主名簿上に名義が残存していたため、会社から新株引受権を与えられたことを奇貨とし、引受払込をして新株を取得したことは、法律上正当な理由なくして利得したことになり、これがため新株を取得できなかつた原告に対し、その得た利益を不当利得として返還しなければならない。

(ハ)  被告が新株引受権を行使して新株を取得したことは、実質上の権利者である原告のためにその事務を管理したというべきであるから、民法第七〇一条第六四六条により受け取つた新株又はこれにかわる金銭を原告に引渡さなければならない。

四、ところで、被告は、その取得した新株を他へ売却し、原告に引渡すことが不可能となつたから、原告はこれにかわる金銭賠償又は金銭的利得として、被告が新株を取得した昭和三八年三月一日における新株の市場価額一株四六二円から払込金五〇円を控除した一、〇〇〇株分合計四一二、〇〇〇円又は原告が被告に新株引受権の譲渡を要求した同年二月八日における市場価額一株三八三円から五〇円を控除した一、〇〇〇株分合計三三三、〇〇〇円及び右金員に対し、原告が本訴で株券引渡請求にかえ、右金員を請求する意思を明かにした準備書面を被告に送達した日の翌日昭和四一年一〇月三一日から支払ずみに至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告が証券会社であること、被告が親株を売却したこと、東亜道路工業株式会社が取締役会の決議により新株を発行するに際し、原告主張のごとく株主に新株引受権を与えたこと、被告が原告から新株引受権の譲渡を要求されたがこれを拒絶し、自己の名前で引受払込を了して新株を取得し、これを他へ売却処分したこと、はいずれも認める。その余の事実はすべて否認する。原告は親株を取得した株主ではないから、当然新株引受権を主張できないが、被告は、更に次の理由により原告の請求が失当であると主張する。

(イ)  原告は、親株につき現在に至るまで株主名簿上に株主として記載されていない。しからば、たとえ株券の交付を受けたとしても、単なる株券の占有者に過ぎず、株主としての権利を主張することができない。

(ロ)  仮に原告が親株を取得した株主であるとしても、東亜道路工業株式会社が新株引受権を与えたのは、昭和三七年一二月一五日において会社が法的な立場で株主として所遇できる者、すなわち株主名簿に株主として記載され、会社に対抗できる株主であるから、新株引受権を取得したのは、株主名簿上の株主である被告であつて、原告がこれを取得するに由なきものである。若し、原告の主張を認めることになれば、譲受人において、株の市場価格が低落すれば権利を放棄し、上昇すれば請求するという。恣意的な権利行使を許す結果となり、取引の安全を害し、信義則に反する結果を招くことになる。

(ハ)  なお、原告に新株引受権があるとすれば、これによつて得られるものは株券であり、これは証券市場の取引を通じ、容易に入手できるのであるから原告としては、株券の引渡を請求すべきもので、金銭的請求をすることは失当である。

証拠<省略>

理由

被告が昭和三七年九月五日本件係争の親株を他へ売却したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一及び第八号証、証人吉村英一郎の証言(第一回)、原告代表者尋問の結果によれば、原告は同年同月二九日訴外大阪屋証券株式会社から右親株を一株七〇六円で買受け、裏書のある株券の交付を受けた事実が認められ、訴外東亜道路工業株式会社では同年一一月五日開催の取締役会で新株の発行を決め、同年一二月一五日現在の株主に対して、所有株式一株につき一株の割合で新株引受権を与えたこと、右割当日における親株の株主名簿上の株主が被告であつたため、同会社から被告に新株引受権が与えられたこと、原告は右新株の払込期日前である昭和三八年二月八日被告に対して引受権の譲渡を求めたがこれを拒否されたこと、その後被告は自己名義で引受払込の手続を了し、同年三月一日本件係争の新株を取得し、これを他へ売却処分したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そこで、まず不当利得の主張につき判断するに、株式譲渡後未だ名義書換手続未了の間に新株が発行され、株主に新株引受権が与えられた場合、その引受権は譲渡人に帰属するのか、或は譲受人に帰属するのかが問題となる。この点に関して、譲渡当事者間の法律関係とこれらの者の会社に対する法律関係とを区別して考える必要がある。会社との関係では、会社は割当日における株主名簿上の株主、即ち譲渡人に新株引受権を付与すれば足り、譲渡人が自己の名義で引受払込をして新株を取得できることはいうまでもない。しかしながら、そのことから直ちに、譲渡当事者間においても、新株引受権が名実ともに譲渡人に帰属するとの見解にはたやすく賛成し難い。譲渡当事者間において、新株引受権がいずれに帰属するかは、本来譲渡契約の趣旨に従うべきところであるが、株式の譲渡に伴い、名義書換前と雖も譲渡人は実質的に株主権を失い、これが譲受人に移転する以上、株主資格にもとづいて生ずべき新株引受権もまた、反対の意思が明かでない限り、実質的には譲受人に帰属するとするのが、当事者の通常の意思に合致するものと考える。たとえ、新株引受権が株主のいわゆる固有権に属するものでなく、取締役会の決議によつて始めて与えられる権利であるとしても、株主資格に基いて生ずるものである以上、それは本来実質的な株主の保護を目的としているものである。会社が割当日における名義上の株主に新株引受権を与えることが許される所以は、新株発行手続の簡易化をはかり、集団的処理の便宜のために出たものであつて、取締役会の決議が右目的を超え、更に譲渡当事者間の法律関係まで一律にこれを決める趣旨を含むものと解することはできない。しかして本件において、被告が親株を売却するに当り、反対の意思を明かにしたと認めるべき資料は何も提出されていないから、新株引受権は社団関係の上では譲渡人たる被告に帰属するが、原被告間のいわば債権関係の上では譲受人たる原告に帰属すると解するのが相当である。結局、会社から被告に新株引受権が与えられ、被告がこれを行使して新株を取得するのは、形式的には正当だが、実質的には不当だということになり、形式的に正当な権利の帰属関係を、実質的公平の見地からその調整をはかる不当利得制度の目的からみて、被告がかような利益を保有することは、法律上の原因なくして原告に帰属すべき財産により利益を受けたものというべく、これを原告に返還しなければならないと考える。

尤も、(イ)譲受人は、自己の名義書換失念によつて新株引受権を失つたのであるから、たとえ、譲渡人が新株を取得したとしても、譲受人の損失と譲渡人の利得との間に因果関係がない、との見解があり、更に被告は、(ロ)原告は、現在に至るまで、親株につき株主名簿上に株主として記載されていないから、株主としての権利を主張できない、(ハ)原告の主張を認めれば、却つて取引の安全を害し、信義に反する結果を招く、(ニ)株券は証券市場を通じて容易に入手できるから、原告は株券の引渡を請求すべきで、これにかわる金銭的請求をするのは失当である、と主張している。しかしながら、(イ)不当利得を認める上で、損失と利得との関係が、必ずしも利得者の行為を原因とし、直接の因果関係によつて結びつけられている必要はなく、譲受人が実質上自己に帰属すべき引受権を失つたため、反射的にこれが譲渡人に与えられたごとく、その間に社会通念の上で相当の関連が認められる場合には、因果関係があるといえるし、新株引受権とこれにより取得した新株との間に同一性が失われていないから、新株取得による利得との間にも因果関係を肯定できる。ただし、譲渡人は、新株引受権を自ら行使すべき義務はないから、引受払込をしなかつたときは、利得が消滅し、譲受人において返還請求権を行使するに由なきことになるとしても、そのことから新株取得による利得との間の因果関係を否定することは正当ではない。本件においては、原告は払込期日の到来する前に、被告に対して引受権の譲渡を求め、自己において引受払込をする意思を明かにしているのに、被告がこれを拒否して自ら新株を取得したのであるから、因果関係の存在は一層容易に認めることができよう。(ロ)株主名簿の名義書換は、会社に対する対抗要件であつて、譲渡当事者間では、名義書換前と雖も、株式は実質的に譲受人に移転しており、原告が株券の裏書交付を受けた以上、被告に対して株主たることを主張できる、(ハ)譲渡人が引受払込をなして新株を取得した後、相当期間を経てから突如として譲受人が権利を主張したような場合には、被告主張のような弊害を招くおそれがあり、権利の乱用にわたる請求は排斥されるべきものとしても、本件においては、原告は、前記のように被告が引受払込の手続をする前に新株引受権の譲渡を求めており、また被告が新株を取得して間もない昭和三八年三月六日に本訴を提起したことは記録上明かなところであつて、被告主張のような弊害の生ずるおそれは考えられず、他に原告の請求が信義に反し、権利の乱用にわたると認めるべき資料は何もない。(ニ)不当利得の返還は、原物返還を原則とし、これが不能なときは、これにかわる価額の返還が認められているところであつて、本件で被告が利得した特定の株式たる係争の新株を他へ売却した以上、その引渡を求めることは不能に帰したといえるから、原告が金銭的請求をするのは寧ろ当然であり、証券市場を通じて入手できる不特定の株券の引渡を請求すべきであるとする被告の主張は、独自の見解というほかない。従つて以上の諸点を考慮しても、不当利得を認める前記の結論を覆えすことはできない。

以上のとおり、不当利得の返還を求める原告の主張は理由があると認めるので、その余の主張に対する判断を省略し、被告が返還すべき利得の額について判断するに、成立に争いのない甲第三号証の一及び二、第一一号証によれば、被告が新株を取得した昭和三八年三月一日における新株一株の市場価額が四六二円で、その払込額が五〇円であることが認められるので、被告は、当時一株につき四一二円、一〇〇〇株合計四一二、〇〇〇円に相当する利益を得、原告は同額の損失を受けたものということができる。しかして、当時被告は原告より返還請求を受けて履行遅滞に陥つていたから、右利得金四一二、〇〇〇円及び本訴において株券の引渡請求にかえ、右利得金を請求する意思を明かにした準備書面を被告に送達した日の翌日昭和四一年一〇月三一日から右金支払ずみに至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は全部正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文彦)

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