山口地方裁判所 昭和40年(わ)41号 判決 1965年5月28日
被告人 中家伊三次
昭一九・一・九生 砂利現場監督
主文
被告人を懲役三年に処する。
未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。
押収してある日本刀一本(昭和四〇年押二四号の一)を没収する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、昭和三九年三月末航空自衛官を辞し、間もなく防府市新町の砂利採取販売業板村博に雇われ、砂利採取の現場監督をしている者であるが、
第一、昭和四〇年二月二〇日午後一一時三〇分過ぎ、同市宮市三三番地バー「再会」において飲酒する右板村等の相手をしているうち、たまたま同店に酒を飲みに来ていた金千太郎(当一九年)が被告人の顔をじろじろ見たのに言いがかりをつけ、手拳で同人の頭部を殴打し、これに対し同人も被告人にとびかかつてその足をけるなどし、取つ組み合いとなり、仲裁する者があつて一旦は取つ組み合いを止めたが、同人の体が離れるや被告人は直ちに同店外に出て路上に隠しておいた刃渡り約五〇センチの日本刀を抜身のまま持つて同店内に立ち戻つた。ところが同店は間口六メートル三〇センチ、奥行三メートル七〇センチの広さでカウンターやテーブルがあるため人の歩行できる個所は極めて狭く、隣りとの仕切りは板壁で床はビニールタイル張りであり、同店中央附近の被告人と前記金との間には点火された石油ストーブが置かれていたのであるから、このような場所で日本刀を振り廻して争闘すれば、夢中になつている自己や相手の体が石油ストーブに触れる等してこれが倒れ、倒れた石油ストーブから流れ出る石油に火がつきその結果建物を焼毀する危険が極めて大であり、かつこのことを予見できるので、被告人としてはこのような場所では右のような結果の発生を避けるため日本刀を振り廻すような所為に出てはならない注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて右金千太郎を死に致すことのあるべきことを知りながら、あえて右日本刀で同人に対して二、三回突きかかり、さらに同人の頭部附近を目がけて二、三回切りつけ、被告人のこの重大な過失により同人が防戦のため止むなく同店内にあつた前記石油ストーブの鉄枠を素早く手に取り顔前につき出して防いだため、同人を傷つけることができず、その間に鉄枠を外された際重心を失つた石油ストーブが横倒しになつた結果、床の上に流れ出た石油に火が燃え移り、さらに同店の床、壁、天井等に燃え拡がり、もつて人の現在する建造物を焼毀するに至らせ、これに驚かされて金に対してはその左脇腹の皮膚を傷つけただけで殺害の目的を遂げず、
第二、前記の日時場所において、法定の除外事由がないのに、刃渡り約五〇センチの日本刀一本を携帯して所持したものである。
(証拠)(略)
(法令の適用)
判示第一の所為中殺人未遂は刑法二〇三条、一九九条に、重過失失火は同法一一七条の二に、第二の所為は銃砲刀剣類等所持取締法三一条第一号、三条一項に該当し、殺人未遂と重過失失火は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に当るから刑法五四条一項前段、一〇条により重い殺人未遂の刑に従い、所定刑中有期懲役刑を選択し、第二の罪につき懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条、一〇条により法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。押収してある日本刀一本(昭和四〇年押二四号の一)は判示第一の殺人未遂の犯行に供した物で犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収する。訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、本件第一の殺人未遂は、被告人が自己の意思に因りこれを止めたものであると主張するけれども、前記各証拠によれば、被告人は、前記石油ストーブから流れ出た石油が燃え出したことに驚愕して殺人の行為を中止したものと認められ、右出火に原因するこの驚愕は殺人の遂行に通常障害となるべき客観的事実と解すべく、従つて本件はいわゆる障害未遂であつていわゆる中止未遂ではないといわなければならない。よつて、弁護人の主張は採用しない。
以上の理由により、主文のとおり判決する。
(裁判官 黒川四海 平山雅也 大前和俊)