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山口地方裁判所 昭和44年(ワ)160号 判決 1972年2月28日

原告 阿部幸作

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 日本電信電話公社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  原告と被告との間に雇傭関係が存在していることを確認する。

(二)  被告は原告に対し昭和四三年以降毎月二〇日限り月額金三万五、四〇〇円の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決

第二ないし第四省略

理由

一  請求原因第一項の事実(原告の身分、経歴、被告の地位)および同第二項の事実(本件免職処分の存在、内容)は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件免職処分事由の存否につき検討するに、本件免職処分は、原告が公社規則五五条一項五号所定の禁錮以上の刑に処せられたため、公社法三一条三号にいう、いわゆる職務の適格性を欠くときに該当するとしてなされたものであることは当事者間に争いがないところ、原告は、単に禁錮以上の刑に処せられたことをもつて職務の適格性を欠く理由とはなしがたい旨争うので判断する。

公社法三一条は、いわゆる分限免職・降職処分事由として、勤務成績がよくないとき(一号)、心身の故障のため職務の遂行に支障があり又はこれに堪えないとき(二号)を掲げたうえ、その他その職務に必要な適格性を欠くとき(三号)、業務量の減少その他経営上やむをえない事由が生じたとき(四号)を列挙しているが、同条がこれら以外の事由で意に反する免職をなされない旨を定めることによつて公社職員の身分を保障している趣旨からすれば、その職務に必要な適格性の内容も客観的合理的な範囲に限定されなければならないところ、分限免職・降職が公社法上道義的責任を問う懲戒とは性質の異なる処分とされていることは右一、二、四号の各事由から明らかであることも考慮すると、その職務に必要な適格性を欠く場合とは、当該職員が公社員たるにふさわしい業務遂行上の資質を欠き事後の就業が不適当とされる場合を総称しているものと解することができるが、かような業務遂行上の資質は、単にその具体的職務の遂行に必要な専門的知識・技術の保有および具体的職務の処理能力に尽きるものではなく、常軌を逸した行動をするなどして社会人として有すべき常識、素質を欠損し、企業体の一員としての品位と名誉を失つた場合にも、このような者を職員の地位あるいはその職務にとどまらせこと自体が職場内における融和協調、風紀、規律、秩序を乱し、ひいては業務の正常な運営に支障をきたすおそれが存するのであるから、かような資質すなわち適格性を欠くものと評価されてやむをえない。

ところで、一般に、犯罪行為をおかして禁錮以上の刑に処せられたときには、公共企業体に勤務していると否とにかかわらず、社会人として有すべき常識・素質を欠損していることの徴憑とみうるのみならず、被告公社は、公衆電気通信事業の合理的かつ能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備および拡充を促進し、ならびに電気通信による国民の利便を確保することによつて、公共の福祉を増進することを目的として設立された法人であつて(公社法一、二条)、国民社会生活に密着した公衆電気通信業務を営む点において、その業務に高度の公共性を帯びていることは、公社の業務運営が私企業の経営方針に近似しているかどうかにかかわりなく、これを否定しがたいのであつて、このような企業体に勤務する公社職員は一般社会から私企業とは違つた社会的評価を得ているのであるから、単に一企業体内の経済的利害得失にとどまらず、公社業務の公共性ないし職員の職務における誠実さに対する国民一般の不信感を除去すべきことが強く要請されているのであつて、これらをも併せ鑑みると、公社職員が禁錮以上の刑に処せられたときは、以上の意味における職務の適格性を一応欠くとして取扱われても不当なものとはいいがたい。もつとも、禁錮以上の刑に処せられた場合でも、後述のとおりその犯罪の種類内容等によつて職務との関連性は一律に論じえないが、概してその資質に欠陥があり職務の適格性を欠くものと判断して大過ない。従つて、公社規則五五条一項五号が、禁錮上の刑に処せられたときはその意に反して免職されることがあるとしているのは、公社法三一条三号にいう職務の適格性を欠く場合を具体的に客観的合理的に敷えんとして明確にしたものとみることができるのであつて、これが公社法と抵触するものとは解せられない。そうすると、本件免職処分が右公社規則を適用してなされたことの故をもつて直ちに公社法三一条三号に違反するものとはいいがたいというべきである。

三、ところで、右のように、公社職員が禁錮以上の刑に処せられた場合に、被告公社はいわゆる分限処分として当該職員に対し免職ないし降職をなしうるものとされてはいるが、かかる処分は公社職員の身分に直接不利益に影響するところが大きいうえ、職務の適格性の有無の判定は、前記のとおり、単にその職務の処理能力にとどまらず、公社員たるにふさわしい資質を、公社員としての品位・名誉の保持、公社業務運営、公社の対外的信用等種々の観点から多角的、総合的に検討してされるべきものであつて、その判断基準が判然と類別されうる性質のものでないため、職務に必要な適格性の有無の評価も、画一的にその存否が決せられるのではなく、適格性の具備・不具備の程度割合に強弱大小の差異が生ずることを否めないのであるから、不適格と判定された場合にもその適格性を欠く度合は一様ではない。従つて、右処分事由に該当する場合にも、免職ないし降職にするかどうかあるいはその他にどのような措置を講ずるかを被告公社の客観的合理的な裁量に委ねられているものと解することができ、とくに免職処分については、当該職員の身分喪失に直結するものであるから、これが必要限度を越えてなされるべきものでないことはいうまでもない。

しかるところ、原告は、本件免職処分が、裁量権の行使を著しく逸脱した違法なものである旨主張するので判断するに、以上説示した意味において職務に必要な適格性を欠くと判断される事由は、企業内部における言動のみならず、事の性質上、企業外におけるいわば私生活の範囲内の行為によつても、その適格性の欠如を推認しえないものではなく、本件のごとく企業外における犯行によつて禁錮以上の刑に処せられた場合も一応その職務の適格性を欠くときに該当するといいうるが、公社の組織、業務と直接関連のない企業外における私行によつて右のような刑に処せられた場合に、職務の適格性を欠く度合は、犯罪の種類、態様、結果、刑の軽重等諸般の事情、場合によつては当該職員の公社における地位、職務内容によつて同一ではなく、また、公社職員につき刑事事件に関し有罪の確定判決があつたときは懲戒処分事由に該るものとされ(公社規則五九条一六号)、禁錮以上の刑に処せられた場合には懲戒と分限の各処分事由が競合しており、実際の取扱いも統一されていないことは<証拠省略>および弁論の全趣旨によりうかがうことができるからその均衡上も、分限処分をなす際にはかような諸事情をも勘案して合理的必要限度内においてこれを行なわなければならない。かように考えると、公社規則中の「休職、免職、降職および失職」の規定の解釈および運用が、電職第一四九号昭和三二年四月八日付職員の休職、免職、降職および失職についてと題する依命例規によつてなされるべきものとされているところ、同例規の第二免職の節中、三4によると、「禁錮以上の刑に処せられたときは公社より排除(懲戒免職、意に反する免職または辞職の承認)するものとする。ただし、特別の事情により引き続き勤務させることが必要であると認めた場合において(中略)総裁の承認を受けたときはこの限りでない。」と通達されているが、右ただし書きの部分は前記の意味に理解され取り計らわれるべきである。

本件においてみるに、原告を公務執行妨害、傷害被告事件により懲役八月、執行猶予三年の刑に処した確定刑事判決が認定した犯罪事実の概要は、<証拠省略>によれば、ほぼ次のとおりである。すなわち、昭和三六年二月二八日、下関市西細江町所在の下関市民館OS劇場において、日本共産党山口県西部地区委員会主催によりロシヤ十月革命四四周年、ソ連共産党第二二回大会を記念して、志賀義雄等の演説会が催された際、下関警察署が、この集会にいわゆる右翼分子が来襲する場合に備え、当時の警部補を通じて主催者側の責任者である穴迫隆之に対し、右会場内外の警備を要請するや否やを問合わせたところ、同人はこれを拒絶し、独自の防衛態勢を固めるとともに、右会場入口に右翼と警察の入場は断わる旨の掲示を出したため、下関警察署においては前記警部補以下一〇名の私服警察官を編成して右会場周辺の警備にあたり、右翼分子が会場内に強行入場しようとして紛争を生ずるときはこれを制止することとし、また、その状況を採証するための写真撮影担当班を設け、平中敏明外一名の巡査をこれに充てるなどの捜査態勢をととのえていた、しかるところ、警察の危倶していたとおり、いわゆる右翼団体と目される日本愛国青年同志会員数名が同日午後六時三〇分ころヘルメットを着帽し、国旗を付した竿あるいは棍棒を携帯して同劇場へ押しかけ、この入場を阻止すべく会場入口附近で腕組みをして人垣を作つている主催者側の者ともみ合いとなつたため、これを目撃した前記平中巡査が任務に従い右現場から約一〇メートル離れたところより右の状況を所携のカメラで写真撮影したのであるが、強行入場の企てを果たしえなかつた右日本愛国青年同志会員数名が、その後も同日午後六時四五分ころおよび午後七時四〇分ころの合計三回にわたつて前同様に強行入場のため入口附近に殺到し、そのつど主催者側と右同様の紛争を生じていたところ、右第三回目の紛争の直後、OS劇場北側山陽電軌下り電車軌道附近において、七、八人がもつれあつている状況を現認し、暴行等不法事案が発生しているものと認めた前記平中巡査がその状況を写真撮影するため同所に近づいているのを発見するや、原告および前記穴迫、訴外秋田一男、同杉野保夫はほか二〇名位の者とともに、右平中巡査の写真撮影行為を妨害すべく意思相通じて、同巡査を取り囲んで押し突くなどし、原告はほか一名と協同して同巡査の腕をつかんで同巡査をOS劇場ホール内にひきずり込み、同巡査を取り囲んでいた者は、こもごも同巡査に対し「警察がなにしにきたか、なぜ写真をとるのか、フイルムを出せ、叩き殺してやれ」等と怒号しながら同巡査の頭部、顔面等を殴打するとともに足部を蹴りつけ、さらに前記穴迫において、同巡査を会場ホール内の長椅子上に突き据え、前記秋田、杉野において、同巡査の頭部背部あたりを数回殴打する等の暴行、脅迫を加え、ついに同巡査をしてその場でみずから写真フイルムの感光を余儀なくさせ、もつて同巡査の公務の執行を妨害し、その際、右一連の暴行により同巡査に対して加療一〇日間位を要する左肩胛部、口唇部打撲挫傷等の傷害を与えたというものである。

右認定事実によれば、原告らの敢行した右犯行はその罪質、態様からみて軽視しえないものであり、被害の結果も写真フイルム感光の目的をとげただけでなく、警察官に加療一〇日間位を要する傷害を与えたもので必ずしも軽いものとはいえない。もつとも、右翼団体と主催者側との紛争という事態の発生した原由は、右刑事判決も指摘するように、警察側の警備問合わせに対しこれを一蹴した大会主催者側の責任もさることながら、警察側において、警備活動が万全でなかつたことにもよると認められ、右犯罪事実からみると、右犯行はその発端においては混乱の中になかば偶発的に発生したものともいえるのである。

しかしながら、このような事情を十分考慮に入れても、右犯行の罪質、態様、被害程度、右事情をも含んだ一切の評価とみられる懲役八月・執行猶予三年という量刑等に鑑みれば、原告の右刑事事件の事案が軽微であり情状が特に軽いものとは断じがたく、右刑の執行猶予の言渡を取消されることなく現在ではすでに猶予期間を経過したことは原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によりこれを認めることはできるが、この事実を斟酌してもなお右判断を左右するに足りない。

また、<証拠省略>によれば、被告公社職員で、禁錮以上の刑に処せられたにもかかわらず、免職処分を受けていない事例が少なからず存することがうかがわれるが、これらの大部分が自動車事故に帰因し、しかも禁錮刑を受けた過失犯であつて、本件とはいささか罪質を異にするとみられるのであるから、単純にこれらを比較しうべきものでなく、また<証拠省略>によれば、その他の犯罪で懲役刑を言渡された事例においては、執行猶予が付されているかどうかにかかわらず、そのほとんどが免職されており、ちなみに、公務執行妨害罪に例をとると、懲役六月執行猶予三年の刑を受けた事例については停職六カ月の懲戒処分を受けるにとどまつているが、懲役四月執行猶予三年、懲役二月執行猶予一年の刑を受けた各事例においてはいずれも分限免職処分がなされていることがうかがわれ、したがつて少なくとも、他の処分例と比較して本件が著しく均衡を失するものとは認められない。

しかるところ、原告が昭和二五年四月電気通信省に職員として採用され、同二七年被告公社が同省の業務を引きつぐやひき続き被告公社職員として勤務してきたものであることは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によると、原告は被告公社に奉職して以来約一〇年間余り、被告公社下関電報局において有線通信職として主に電報電話の送受信の職務を担当し、その間、管理職に従事することなく現場の専門技術職として勤務してきたものであることが認められ、このような原告の公社における地位、職種に勘案すると、前記のごとき犯行をなしたことが原告の職務処理能力、職務に対する誠実性に直接影響を及ぼすものとはいいがないけれども、職務に必要な適格性はこれに尽きるものではないことは前記説示したとおりであつて、原告の敢行した犯罪の事案と併せ考えると、本件免職処分に裁量権の範囲を著しく逸脱した違法があるものとは認めがたいのである。

以上のとおりであるから、本件免職処分が裁量権を逸脱した違法なものである旨の原告の主張は採用することができない。

四、原告は本件免職処分が憲法一四条、一九条、労基法三条に違反する旨主張するので判断するに、原告主張の事実関係がかりに認められるとしても、これにより直ちに本件免職処分が原告の信条を理由になされた差別扱いと断ずることはできず、他に、原告の思想信条を理由に本件免職処分に出でたものと認めるに足る事情は存しない。従つて、原告の右主張は採用の限りでない。

よつて、本件免職処分は違法とする原告の請求は理由がないことに帰するから、本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 北村恬夫 遠藤賢治)

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