大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 昭和46年(ワ)144号 判決 1976年1月26日

主文

被告総裁が原告に対し、昭和四四年一一月三〇日付でなした懲戒免職処分は無効であることを確認する。

被告は、原告に対し、昭和四四年一二月以降本判決確定の日まで一箇月につき金四万二、四〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

1  主文第一項ないし第三項に同じ。

2  主文第二項につき仮執行宣言。

請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二原告の主張

(請求原因)

1  原告は、昭和二〇年八月、被告日本国有鉄道の職員として採用され、以後、山陽本線小郡駅において配車掛として勤務し、昭和四四年一一月当時月額金四万二、四〇〇円の給料を受けていた。

2  被告の総裁Aは、昭和四四年一一月三〇日、原告に対し、原告が、昭和三八年六月一日、岩国市で開催された岩国基地撤去等要求山口県民大会に引続いてたされたデモ行進の際、警備の警察官に暴行を加え、加療三日間を要する傷害を与え、このため、昭和四四年一月五日、公務執行妨害罪ならびに傷害罪により懲役五月、執行猶予一年の判決の言渡を受け、右判決の確定に至つたことを理由として、日本国有鉄道法三一条により懲戒免職処分をなした。

3  右懲戒免職処分(以下、本件処分という)は、次の理由により、権利の濫用で無効である。

懲戒免職処分は、職場の秩序の維持上、あえて当該職員を職場から放逐する処分であるから、真に慎重でなければならない。職員は、被告に対し誠実な労働力提供の義務を負うけれども私生活上は自由であるべきであるから、従って、被告は、職員の私生活上の行為を理由に懲戒処分をなすことは原則としてできない。

国鉄法三二条記載の職員の服務基準も職務遂行に関するものに限られるし、国鉄法二七条記載の任免の基準も能力の実証によるとされており、懲戒の基準に関する労使の協約一条をみても、ほとんどが業務上の事由を理由にしている。

たとえ、私生活上の行為を理由とすることが許さるとしても、被告主張の事由は、いまだ被告の職場秩序の維持と全く相容れない著しい非行とはいえないのであり、従って、本件処分は相当性を欠くといわなければならない。

よつて、原告は、被告に対し、被告が原告に対してなした本件処分が無効であることの確認をもとめるとともに、昭和四四年一二月以降本判快確定の日まで一箇月につき金四万二、四〇〇円の割合による金員の支払をもとめる。

(被告の反対主張に対する答弁)

1  本件懲戒処分は、私法上の行為である。

国鉄が高度の公共性を有する公法上の法人であるということから、国鉄職員の身分関係が直ちに公法上の関係とはいえないのであり、本質的には私法上の身分関係であり、従つて、本件懲戒処分も私法上の行為といわねばならない。

また、国鉄の業務が私鉄の業務と内容において差異がなく、国鉄が国家機関とは別に、独立採算の私企業性を有することから、国家公務員の身分関係に比べて(イ)欠格条項の有無、(ロ)政治活動許容範囲、(ハ)労働協約締結の有無の各点において差異が存在する。

2  本件懲戒処分の原因となつた原告の行為により、業務上の障害が生じた事実もなく、その他職場の秩序をみだしたことはない。

当時、原告の従事していた業務の内容は、到着列車を各行先毎に組立てる計画をつくるものであり、国鉄利用の一般乗客と直接接する職場でなかつたし、右行為により利用者から批判がでたこともない。

原告が逮捕された昭和三八年六月一日は、原告にとり休日であり、しかも、翌日から勾留期間の終了した同年六月九日までは、所定の手続を経て年次有給休暇が認められていた。

原告の職場(配車掛)には、有給要員がおり、原告の逮捕、勾留期間中の業務の遂行にはなんら差支えがなかつた。

3  本件刑事事件は、軽微な事案であり、原告の反杜会的性質をあらわすものではない。

いわゆるジグザグデモを行なつた原告ら参加者とそれを実力で阻止しようとする警察隊との間でトラブルが起り、はげしいぶつかり合いである以上、そこでは若干の打撲傷者が出ることは予想され、原告は、一デモ参加者として警察官ともみ合つたにすぎず、公務執行妨害、傷害との罪名が示す程の大げさなものではなく、実態は、力でデモを規制する警官隊との間に偶々生じたトラブルにすぎない。

4  原告の日頃の勤務振りは、真面目で、同僚からの信頼もあつく、労働組合分会書記長に選ばれており、これは休職処分になつてからも変ることなく、また、他処分事例は、労働組合運動の過程で上部からの指示を実施する途上起つたものであり、いずれも、労働組合の役員としてやむをえないものである。

第三被告の主張

(請求原因に対する認否)

1  請求原因第一、二項の事実は認める。

2  請求原因第三項中、懲戒免職処分は慎重にしなければならない旨の主張は認めるが、その余の主張は否認。

(被告の反対主張)

1  本件免職処分の行政処分性

被告は、国有鉄道事業を能率的に運営発展させ、もつて公共の福祉の増進に寄与するという国家目的のために特に日本国有鉄道法により設立された公法人である。従つて、被告とその職員との関係は、公法関係であり、被告総裁のなした本件懲戒免職処分は行政処分というべきである。

ところが、行政処分が無効というためには、右処分に存する瑕疵が重大かつ明白であることを要するのであるが、原告は、本件処分に重大かつ明白な瑕疵があることを具体的に主張していない。

2  免職理由の存在

(イ) 懲戒処分は、職場内の事由に限らず、職場外の事由によつても行なうことができる。

国鉄法三条一項一号は、懲戒処分を行なうにつき、「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規定に違反した場合」と規定しており、ここにいう「業務上の規定」とは、広く国鉄企業秩序を維持し、発展、向上するために職員が遵守しなければならないものとして被告の定める規定を意味し、いかなる事由を懲戒理由とするかは、就業規則等の「業務上の規定」の定めるところに委ねている。

国鉄就業規則六六条一七号の「その他著しく不都合な行いのあつたとき」という規定は、概括的ではあるが、やはり、同条一六号の「職員としての品位を傷つけ又は信用を失うべき非行のあつたとき」との規定と対比すると、単に職務遂行に関係のある行為のみを対象としているものではないことは明らかであるし、「その他著しく不都合な行い」とは、同条一号から一六号に準じる程度の「非行」と解することができる。

職員の行為が、業務執行中又は業務に直接関連した非行であるか否にかかわらず、被告の秩序維持、発展を確保するため放置できない道徳的ないし法律的非行である場合は、具体的な業務阻害等の結果発生を要求することなく、被告総裁は、当該職員に対し、懲戒権を行使しうるのである。

(ロ) 原告の行為の懲戒事由該当性

原告は、昭和三八年六月一日、岩国市内をデモ行進中、警備にあたつていた警察官に暴行を加え、公務執行妨害ならびに傷害罪で、昭和四〇年一二月八日、山口地方裁判所で懲役五月、執行猶予一年の判決を受け、右判決は、広島高裁での控訴棄却により確定したのである。

このように、原告の行為は、職場外の職務遂行に関係のないものといえども、公務執行中の警察官に傷害を負わせたものとして著しく不都合なものであり、しかも、原告の行為および有罪判決は、新聞などで報道され社会的批判を受けた。それ故、原告の行為は、国鉄職員として相当でない非行であり、被告の社会的評価を低下させるおそれが十分にあるといわねばならない。

(ハ) 本件懲戒処分の相当性

国鉄法三一条は、国鉄職員が懲戒事由に該当する行為をなした場合、被告総裁は、免職、停職、減給又は戒告の処分をなしうるのであり、右懲戒処分の具体的選択は、行為の態様、原因、動機、結果等の外、被処分者のその前後の態度、処分歴等の諸般の事情を総合勘案し、企業の秩序維持、発展等の見地から判断すべきであり、そそ選択は、懲戒権者の裁量に委ねられている。

原告の行為は、原因、動機、内容、法益侵害の結果等を考えると重大かつ悪質な犯罪行為であり、原告の反社会的態度をあらわしたものであり、被告の職員としての適格性を失わせるものといわねばならない。

そこで、他の職員に及ぼす悪影響、原告の平素の勤務状況、事件後の反省なき態度などをあわせ考慮した結果、被告は、厳正な職場の規律保持と秩序維持の要請により国民の信頼を得ることになるのであるから、原告をそのまま被告企業に存置させることは、被告の信用を毀損し、職場の規律をみだすことになるので、被告が原告を排除する免職処分を選択したことは苛酷といえず、従つて、解雇権の濫用とはいえない。

なお、原告は、本件行為前に一回、本件行為後に三回の懲戒処分を受けている。また、被告は、解雇手続において、事前通知をし、解雇手当を支給するなど誠意をつくしているのに、原告は、休職中の給料を受取るため、たびたび小郡駅に出入りし、上司と接触しながら、上司との信頼関係に反し、本件行為に対する有罪の判決が確定したことを告知することを怠り、延いては、それが本件最終処分を遅延せしめた原因ともなつている。

以上のように、被告の総裁が原告に対し、免職処分を選択した判断は相当であり、裁量の範囲を超えた権利濫用といえるものではない。

証拠(省略)

理由

一  原告が元被告の職員であつたこと、原告は、昭和三八年六月一日岩国基地撤去要求等山口県民集会およびこれに引続き行なわれたデモ行進に参加した際、現場にいた警察官に暴行を加え、その職務を妨害し、加療三日を要する傷害を与え、昭和四四年一月五日、公務執行妨害罪、傷害罪により、懲役五月、執行猶予一年に処する旨の判決が確定したこと、被告総裁が、原告に対し、日本国有鉄道法三一条により、請求原因二項記載の免職処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二  被告は、本件免職処分が、行政処分であると主張する。けれども、国鉄法二条等によれば、被告が公法上の法人であることは、このことから当然に被告の職員の勤務関係が公法的規律に服するものとすることはできない。

また、国鉄法二七条ないし三二条の規定は、被告が高度の公共性を有することに鑑み、特に法律をもつて、その職員の任免、給与、服務の基準の大綱を定めるとともに、右職員につき一定の事由がない限り、分限、休職、懲戒という不当利益処分を課しえないこととしたものであつて、そのかぎりにおいては、右職員の勤務関係の自律的決定が制約されてはいるが、これもまた、当然に右関係を公法的規律に服するものと解すべき論拠となるものではない。

国鉄法三一条によると、懲戒権者は被告の代表者である総裁とされているが、これは懲戒権の行使が被告の事業遂行それ自体ではなく、部内規律保持のための処置であり、その性質上迅速かつ統一的な処理を要することなどから、懲戒権者を特に被告の総裁と決定したまでであつて、この規定から、懲戒権の行使につき、被告の総裁を行政庁とし、懲戒処分を行政処分としている趣旨と読みとることはできない。

要するに、本件懲戒処分は、公法的規律に服する行政処分を有するものとは認められず、結局、私法上の行為たる性格を有するものと解するのを相当とする(最高裁判所昭和四五年(オ)第一一九六号同四九年二月二八日第一小法廷判決民集二八巻一号六六頁参照)。

三  成立に争いのない甲第一号証から第一六号証まで、乙第五号証、乙第九号証の一、乙第一一号証、乙第一七号証から第二八号証まで、乙第二九号証の一、二、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、次の事実が認めらる。

昭和三八年六月一日、原告は、休日を利用し、岩国市錦帯橋河原において開催された安保廃棄山口県民会議等の主催する岩国基地撤去要求等山口県民集会およびこれに引続いて行なわれた同市内の米軍岩国基地を経て岩国駅前に至るデモ行進に参加した。そして、原告は、同日午後五時五分ころ、同市<以下略>いずみ書店前車道上において、警備に従事中の山口県下関警察署勤務、山口県警部補B(当四五年)に対し、同人の左足を一回足蹴りして暴行を加え、もつて、同警部補の右職務の執行を妨げ、その際、右暴行により同警部補に対し、加療三日間を要する左大腿部打撲の傷害を与えたことにつき、公務執行妨害、傷害罪により、昭和三八年一二月一七日山口地方裁判所に起訴され、同裁判所において、審理の結果、昭和四〇年一二月八日前記のような判決の言渡を受けた。原告は、右判決に対し、広島高等裁判所に控訴したが、昭和四三年一二月一九日、控訴棄却の判決の言渡があり、昭和四四年一月五日、右判決が確定した。その後被告総裁は、前記のように、同年一一月三〇日、国鉄法三一条、日本国有鉄道就業規則(以下就業規則という)六六条一七号の「著しく不都合な行ないのあつたとき」に該当する事由あるものとして、原告を懲戒免職処分にしたものである。もつとも、原告は、即日逮捕され、その翌日から同月九日まで勾留された。

四  原告の前記のような行為が懲戒事由に該当するか否か判断する。

国鉄法三一条一項一号は、懲戒事由として、「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規程に違反した場合」をあげているが、右の規定は、同項二号に職務上の業務に違反し、又は職務を怠つた場合をあげ、職員の職務遂行に関連した行為に限つて対象としていること、ならびに、就業規則六六条一六号、一七号に定める具体的な懲戒事由と対比し、単に、職員が業務の遂行に関連してなした行為のみを規制の対象としているものではなく、広く職場外でされた業務の遂行に関係のない行為であつても、国鉄の事業の円滑な維持、発展に関連するものと客観的に認め得る職員の事業遂行に直接関連しない行為ないし私生活上の行為をも規制の対象とするものと解すべきである(前記最高裁判所判決参照)。

本件についてみるに、原告の行為は、前記認定の如く警備中の警察官に暴行を加えた公務執行妨害罪、傷害罪に該当するのであり、右行為は、著しく不都合なものといわなければならない。

そうしてみると、原告の本件行為は、国鉄法一三条一項一号およびこれに基づく就業規則六六条一七号所定の懲戒事由に該当するものと解する。

五  次に、右事由にもとづき原告を免職処分に処すのが相当か否かの点につき検討する。

国鉄法三一条一項に基づく就業規則六七条は懲戒処分として免職、停職、減給または戒告の四種のものをあげている。しかし、右四種の懲戒処分を選択すべき基準について特に定めていない。しかも、右懲戒処分のうち、免職処分は、他の処分と異なり、職員を企業外に放逐し、その生活の基盤を奪う厳しい制裁処分であるから、免職処分の選択については、懲戒権者の自由裁量にまかせられるべき性質のものではなく、事件の原因、態様、殊に具体的な業務阻害等の結果の発生、他の職員および社会一般に及ぼす影響等の諸事情を総合的に判断し、被告の企業秩序の維持確保のため、当該職員を企業外に放逐するほかはないと客観的に認められる場合に限るのが相当である。

本件について検討するに、原告の本件行為は、前記認定のように、原告が、岩国基地撤去要求等山口県民集会およびこれに引続いて行なわれたデモ行進の際、警備の警官隊とデモ隊が接触し混乱する場においてなされたものであり、証人C、同Dの各証言および原告本人尋問の結果によれば、デモ行進は、岩国駅前で流れ解散をする予定であつたこと、駅前のロータリー前では、警備側の制止にも拘らずジグザグをしていたが、やがて整然と流れ解散がなされており、原告の本件行為は、特定の目的をもち意図的になされたものではなく、解散直前の突発的な犯行と認められる。

そして、成立に争いのない乙第二号証の一、二証人E、同C、同Dの各証言によれば、原告が逮捕された当日は、原告にとつて休日であり、しかも、その翌日から勾留期間の終了した日までは、所定の手続を経て年次有給休暇が認められており、原告の職場(配車掛)には有給要員がいるので、原告の逮捕、勾留期間中の業務の遂行には差支えなかつたのであり、原告の右の所為ならびにこれに対する有罪判決の確定により、職員の職場規律ないし企業秩序に及ぼす具体的な悪影響が表われていないこと、原告の右のような非行に対して当時、新聞により報道されたが、職場の外部からの批判とか投書も格別なく、被告の企業に対する社会的評価を低下した具体的な事実がなかつたことが認められ、証人F、同G、同H、同I、同Jの各証言によつても右の認定を左右するに足らず、他に右の認定に反する証拠はない。

以上認定したところによれば、もとより、原告の罪責および犯情は軽視し得ないが、原告は、本件行為により逮捕、勾留され、有罪判決を受け、すでに十分制裁を受けているといわねばならない。その上、被告の企業秩序維持のため、原告を企業外に放逐する外ない事情については、これを認め得る十分な資料のない本件では、原告を免職処分にすることは相当でない。

もつとも、成立に争いのない乙第四号証の一から五まで、証人Fの証言によれば原告が昭和三七年から昭和四〇年までに国鉄法三一条による減給処分一回、戒告処分三回を受けたことを認めることができる。しかし、これらの処分歴のあることを原告に対する処分決定についての判定資料に加えたとしても、すでに認定したところによれば、本件の場合、被告の企業秩序を維持確保するためには原告を企業から排除する外に適切な手段がないとするには、まだ、理由が乏しいといわなければならない。たとえ、国鉄法三一条、前記就業規則六六条、六七条の規定が被告総裁に懲戒処分の選択につき裁量権を与えているとしても、さきに説示した点を考慮すると、本件の場合の懲戒事由は、まだ、被告の職場秩序の維持と全く相容れない著しい非行とまではいえないから、本件は、その余の点について判断を加えるまでもなく、懲戒権者の裁量の範囲を逸脱した権利の濫用による無効な処分といわざるをえない。

六  以上のとおり、被告総裁のなした本件懲戒免職処分が無効である以上、原告と被告との間の雇用関係はなお継続し、原告は、被告に対し、右処分後の賃金債権を有するものというべきところ、本件処分がなされた当時、原告の給与額は一箇月金四万二、四〇〇円であることは当事者間に争いがないから、原告の被告に対する本件懲戒処分の無効確認および昭和四四年一二月以降本判決確定の日まで一箇月につき金四万二、四〇〇円の割合による未払賃金の支払を求める本訴請求は、理由があるから認容すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、なお、仮執行の宣言については、相当でないからなさないこととし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例