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山口地方裁判所 昭和52年(行ウ)8号 判決 1978年7月10日

原告 木下正伸

被告 山口刑務所長 ほか一名

訴訟代理人 柏田幸司郎 広津隆久 ほか四名

主文

一  原告の被告山口刑務所長に対する請求中、原告の男成克美宛の特別発信許可を求める部分の訴えを却下する。

二  原告の被告山口刑務所長に対するその余の請求および被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告山口刑務所長が昭和五二年八月三日原告に対してなした原告の男成克美宛行政救済訴訟のための特別発信不許可処分を取消し、同被告は原告の男成克美宛の特別発信を許可せよ。

2  被告国は原告に対し金一〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告山口刑務所長の本案前の申立

主文第一項同旨の判決。

三  被告らの本案に対する申立

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求の原因

1  原告の法律上の地位

原告は広島地方裁判所により傷害罪につき懲役二年の有罪判決の言渡を受け、右裁判は昭和五二年二月三日確定し、当初広島拘置所において、次いで同年三月一六日より山口刑務所においてその刑の執行を受けており、刑期の終了日は同五三年七月一四日である。

2  被告山口刑務所長の処分

原告は同五二年八月二日被告所長に対し広島市東千田町一丁目一番二九号中四国救援連絡センター内男成克美宛の特別発信を、身分帳に不記載のためおよび行政訴訟のためとの理由により許可の願い出をしたところ、被告所長は同月三日右願い出につき、この度指定代理人(弁護士)二名が決つたので指定代理人を通じて行うこととの理由により不許可の処分をなした。以下においては、右行政訴訟を別件と略称する。

3  本件処分の違法理由

(一) 原告は本件処分当時別件訴訟として左記の処分および職務行使につき国家賠償を請求する予定であつた。

(1) 広島拘置所長が昭和五一年七月に「都市ゲリラ教程」の交付を不許可にした処分。

(2) 広島拘置所長が昭和五一年一二月に「全国道路地図帖」の辞典、経典及び学習図書としての認定を不許可にした処分。

(3) 山口刑務所長代理保安課長野沢弘幸が昭和五二年五月一八日水曜日に、原告の帰住地に同居している団体に宛てて、保護司が環境調整のために訪門するので失礼のないように連絡しようとして願い出た特別発信を不許可にした処分。

(4) 山口刑務所看守二人が、昭和五二年五月一九日木曜日午前八時一五分頃、大便をしていた原告に「検房をするから大便を中断しろ」と命令し、強制した職務行使。

(5) 山口刑務所看守が、昭和五二月五月二七日金曜日、運動終了直後、居房内で汗を拭くために拭身していた原告を懲罰申請した職務行使と山口刑務所長がなした懲罰(監獄法第六〇条第一項一号叱責)。

(二) 監獄法四六条二項は但書において特に必要ありと認める場合には受刑者に親族に非ざる者と信書の発受を為さしむることを許すべきことを定める。

別件訴訟に関する通信は右但書に該当する。

(三) 原告は本件処分に至るまで被告から特別発信を許可されて右別件訴訟につき男成と通信し、方針の討議、検討、資料の調達につき準備をすすめてきたが、本件処分時においては別件訴訟代理人を選任しておらず、その訴状の提出もしていなかつた。また、原告が別件訴訟につき弁護士を訴訟代理人に選任していたと否とにかかわらず、原告は別件訴訟の遂行につき、男成に信書を発する必要があつた。その理由は次のとおりである。

(1) 別件の行政救済訴訟は、請求の趣旨をどうするか、どの法規に基づくか、訴訟代理人としてどの弁護士に委任するか、手続費用をいかに入手するか、等について、即ち全てにわたつて、男成との相談、確認をもつて準備され、また実行に移されつつあつた。

(2) 行政救済訴訟の手続きは、民法の規定や民事訴訟法の例を準用することになつている。このため各種の収入印紙、書類の書留特別送達の切手、証人の旅費日当等の訴訟手続費用を、原告が予納しなければならない。また仮りに訴訟に勝つて、被告に訴訟費用の全額負担の判決が確定したとしても、弁護士に対する報酬は原告が負担しなければならず、被告に支払わせることはできない。

(3) 従つて、原告は訴訟に必要な金銭を所持しているか、または金銭上の協力者が居るか、しなければ、そして金銭上の協力者との間に、弁護士を仲介しない直接の通信接見が保障されなければ、適正な行政救済訴訟、民事訴訟は、不可能である。特に弁護士に対する報酬の金額、並びにこれと関連する訴訟手続の簡素化、訴えの取下げ、控訴等の打ち合わせは、弁護士を仲介とする通信では、言いにくい事、弁護士の感情を害する事等もあり、不可能である。

(4) 訴訟代理人とは、民事訴訟法八一条に規定する訴訟代理権の範囲とその条件に於いてのみ、原告との間に契約、権利義務の関係を持つ者である。故に、訴訟代理人は、訴訟代理人であるという法律的根拠だけによつては、原告に対して訴訟手続費用、弁護士に対する報酬の保障については、何ら義務を負うものではない。また訴訟代理人は、必ずしも原告の第一の直接の相談相手でなければならない義務もない。原告が訴訟代理人として誰を選任するかということと、原告が直接には誰と相談して訴訟を計画し準備し実施し終結させるか、更にその実施に当たつて誰に依頼して金銭や資料等を保障するかということとは、直接には無関係なこととして分別されるべきである。このような範囲は、原告と弁護士との間に、訴訟手続とは別個に個人的信頼関係が存在しているか、ないしは弁護士個人の良識がどの程度であるかに係ることでしかない。まして山口刑務所長或はその代理保安課長野沢の処分や解釈で強制すべき事柄ではない。

(四) しかるに被告所長は、原告が別件訴訟を提起したか否か、別件訴訟の係属裁判所、その裁判所が訴訟代理委任状を受理したか否かおよび原告が別件訴訟につき男成に信書を発する必要につき調査確認することなく本件不許可処分をなしたものである。

(五) 以上の事実によれば、被告の本件不許可処分は原告の裁判を受ける権利を奪う違法な処分である。

4  よつて原告は、被告所長の本件処分の取消と原告の男成宛ての特別発信の申請を許可すべきことを命ずる裁判を求める。

5  原告は被告所長の右違法な処分により精神的損害を受けたものであり、右処分をなした被告所長およびその監督のもとに職務にあたるべき保安課長野沢弘幸には右違法な処分をなすにつき故意もしくは過失があつたから、被告国は国家賠償法一条により原告に対し損害賠償をなすべき責任があるところ、その金額は一〇万円が相当であるから、これの支払を求める。

二  被告山口刑務所長の本案前の抗弁

原告の請求の趣旨第1項中、被告山口刑務所長は原告の男成克美宛ての特別発信を許可せよとの訴えは不適法である。すなわち、本件訴えは、「特別発信を許可せよ」との形式で被告所長に対して作為を求めるいわゆる義務づけ訴訟であるところ、原告は、本件訴訟において別途被告所長のなした原告の特別発信願いに対する不許可処分の取消を求めているものであるから、右不許可処分の取消の判決があればその拘東力により、被告所長は原告の右特別発信許可願いを許可する義務があるので、右訴えによつて原告は救済の実効をあげうる。したがつて、あえて義務づけ訴訟としての本件訴えを許容すべき必要性も利益もないので、本件訴えは不適法として却下されるべきである。

三  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因第1項、第2項ならびに第3項(二)の監獄法の規定および同項(四)の事実を認める。

2  同第3項(三)の主張中、原告が本件処分当時別件訴訟につき代理人を選任していなかつたとの事実を否認し、原告がなお男成に信書を発する必要があつたとの主張を争う。同項(五)の主張および同第5項の主張を争う。

3  同第3項(一)の主張につき認否をしない。

四  被告らの主張

1  本件処分に至る経緯

(一) 原告は、本件当時行刑累進処遇令一六条一項の第四級の受刑者であつた。

(二) 原告は昭和五二年五月二四日付願箋をもつて、行政訴訟の訴訟代理、金銭差入等を依頼するとの理由により男成宛ての特別発信を願い出た。右男成は、原告の親族又は保護関係者でないが、発信の理由が訴訟救済等を求めるものであつたので、特に必要があると認め監獄法四六条二項但書により、被告所長は右特別発信願を許可したところ、原告は同月三一日行政訴訟に関する弁護士への訴訟の依頼、訴訟費用送金の依頼、訴訟における請求原因等を内容とする信書を発信した。

(三) これに対し、昭和五二年六月二九日男成から原告あてに来信があり、「行政訴訟の弁護士は、広島弁護士会に登録されている二人に依頼し、一応承諾を受けている」旨の内容であつたので、右受信についても特に必要があると認め、被告所長はこれを許可した。

なお、昭和五二年七月四日男成克美から原告宛てに現金一万円の送金があつた。

(四) その後原告は、昭和五二年七月五日付願箋をもつて、行政訴訟についての打合せ、前回の発信の訂正、近況報告及び差入等を依頼するという理由により、再び男成宛ての特別発信を願い出たので、被告山口刑務所長は特に必要があると認めてこれを許可したところ、原告は同月一二日発信した。

(五) これに対し、昭和五二年七月一四日男成から原告宛てに来信があり、これには広島弁護士会所属弁護士桂秀次郎、同本田兆司を訴訟代理人とする委任状用紙一通及び本田弁護士からの原告宛ての手紙が同封されていたので、被告所長は右受信を許可した。

(六) その後、原告は昭和五二年七月一九日付願箋をもつて行政訴訟打合せ及び訴訟代理人委任状送付等の理由により、男成宛ての特別発信を願い出たので、被告所長はこれを許可したところ、原告は同月二六日訴訟代理人に桂、本田両弁護士に委任すべき委任状に署名、指印のうえ男成を介して右両弁護士に交付する意図のもとにこれを男成宛発送した。

(七) しかして、昭和五二年七月二七日前記桂弁護士が山口刑務所に来所したので、被告所長は右弁護士と原告との接見について特に必要があると認めて監獄法四五条二項但書により右接見を許可したところ、原告は右桂弁護士と三〇分間にわたつて接見し、原告が準備中の訴訟及び訴訟救済に関する事項、訴訟における請求原因等について打合せを行つた。

(八) さらに、原告は昭和五二年八月二日付願箋をもつて行政訴訟打合せ、差入確認の理由により男成宛ての本件特別発信(以下「本件発信」という。)を願い出たが、被告所長は監獄法四六条二項及び行刑累進処遇令六一条に基づき本件発信について不許可にした。

2  本件処分の適法性について

(一) 受刑者の信書の発受については、監獄法四六条二項、行刑累進処遇令六一条等に規定しているところである。原告は、当時行刑累進処遇令六一条一項の第四級の受刑者であつたので、原則として、原告の親族及び保護関係者に対してのみ信書を発信することができるものであつた。

(二) 原告は、本件発信は別件の訴訟に関する通信であつて監獄法四六条二項但書に該当するので、本件処分は違法であると主張するが、原告のいう別件訴訟については、第1項の(二)ないし(七)のとおり原告は男成との間に六通にわたつて発受信し、その結果桂、本田弁護士を訴訟代理人とする委任状を提出し本田弁護士から行政訴訟に関する来信を受けており、また、桂弁護士が山口刑務所へ来所し、原告と接見して訴訟に関する打合せを行つているのであつて、原告としては訴訟に関する打合せ等は右弁護士らと交信、または打合せを行うことによつてその目的を達することができるわけであり、また、訴訟費用として一万円の送金もすでに受けているのであるから、本件発信が特に必要であつたとは認められない。

したがつて、本件発信は監獄法四六条二項但書に該当しないので、被告所長の本件処分は適法である。

(三) ところで、原告は被告山口刑務所長が本件処分を行うに当り事前に、原告が提起している訴えの有無、その係属裁判所、訴訟代理人の有無等について確認し疎明する義務があるのにこれをしていないので本件処分は違法であると主張する。

しかしながら、受刑者の提出する種々の願箋の許否は、受刑者から提出のあつた願箋に記載された願意内容及び理由をもつて決定するものであり、必要に応して調査確認等を行うことがあるが、出願者に対する調査確認等を行うか否かは処分を行う刑務所長の裁量事項であつて、また許否を決定するに当たつて出願者に対して調査確認事項を明らかにすべき法律上の義務もない。

被告所長は、本件発信の許否を検討するに当たつて、願箋の内容及び一件記録により右許否を検討することが可能であつたので、原告に対する調査確認は不必要であるとしてしなかつたのであり、この点に何ら違法はない。

五  被告らの主張に対する原告の反論

1  原告の桂、本田両弁護士に対する別件訴訟についての訴訟委任および原告と桂弁護士との接見について

原告は七月二六日男成に宛てた通信封筒の中に桂、本田両弁護士に対する訴訟委任状に署名と指印をしてこれを同封したことはあるが、事件の特定も年月日も記載していない委任状は未だ正式の委任状とはいえないし、原告は右委任状を如何に使用するかについて、男成と意思を確認していなかつた。また、右委任状が裁判所に提出されたか否か、右両弁護士に交付されたか否か不明な段階では、原告が委任状を提出したとはいえない。

更に、原告が右委任状を男成に発送した翌日の七月二七日に桂弁護士が山口刑務所に来所したことよりすれば、同弁護士は右当日右委任状をみないまま、右委任状に基づくことなく、それまでの男成の依頼により来所し、原告と接見したものというほかなく、また、原告は、この接見に於いては、打ち合わせと言いうることは何一つ行なつていない。桂弁護士は、原告と男成の事前の手紙による確認もなく、又、男成と同行することもなく、面会に来たものである。しかし、原告は、御足労下さつた桂弁護士を、面会にも応ぜず帰すことは、失礼に当たると判断したので、面識がないので警戒したものの、接見室の視察窓から、桂弁護士の面体、仕種を観察したのち、面会に応じたにすぎない。この面会で、原告と桂弁護士が別件の行政救済訴訟について確認したことは、請求の原因について、八月中旬から末日までの間に、手紙で、男成宛てに、訴状及び弁論準備書面に相当する事実経過と詳細な理由を知らせることと、今後の連絡は男成を伸介して行なう、ということであつた。原告が桂弁護士と接見したという事実をもつて本件不許可処分の正当な理由とはなしえない。

2  被告の、原告としては訴訟に関する打合せ等は前記弁護士らと交信、または打合せを行うことによつてその目的を達することができるとの主張について

原告は、これは、被告らの希望にすぎない、と主張する。原告には、また一般的に言つても受刑者等には、監獄の所長の意に沿つた人間関係でしか行政救済訴訟を行なつてはならない、という意味の決裁に服従しなければならない義務はない。弁護士や訴訟代理人と原告の接見通信と、原告が信頼し、実務・金銭等の実質的な協力を依頼している者と原告の接見通信とは、おのずと別の問題であり、前者が後者の制限理由になつたり、後者が前者の制限理由になつたりする筈がない。まして、原告がこれらのどちらを優先して活用するかは、原告の意志にのみかかわることである。もしそうでないとすれば、原告は、男成との通信を監獄の所長に許可してもらうためには、訴訟代理人を委任してはならない、という一般的基準が潜在的に成立してしまうことになる。こうなつては、訴訟代理人を委任することは、原告の権利ではなくて、原告の別の権利の制限の理由でしかなくなつてしまう。訴訟代理人は、弁護士の資格を持つ者に限定されている。当事者は、解任という手段で、訴訟代理人の背任を防止する。そして、当事者は訴訟代理人を監督する義務がある。ところが、受刑者等は、随時、訴訟代理人を監督する自由を保障されていない。それ故に、受刑者等にこそ、むしろ、訴訟代理人を監督する者との接見通信を保障して、憲法三二条の全うを計るべきである。このことは、訴訟代理人が善意の人であるか悪意を持つた人であるか、有能であるか無能であるか、老巧であるか稚拙であるか、訴訟代理人が原告に不利なことを為した場合でも、それが意図的であるか過失であるか、等とは、差し当たり関係のないことであり、信頼関係にのみ関係することである。

3  被告の、原告が訴訟費用として一万円の送金を受けていたとの主張について

原告が受け取つた現金一万円を何に使用するかは、原告の自由であり、あたかも訴訟費用以外のものに使用してはならないかのような被告らの主張を受け入れるわけにはいかない。なお、被告らが現金一万円がどういう意味で訴訟費用であり、又、それとして充分であり、本件不許可処分の理由になると判断したのか不明である。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因第1項、第2項および第3項(四)の事実はいずれも当事者間に争いがない。本件処分が監獄法四六条二項、行刑累進処遇令一六条一項に基づいてなされたものであることは弁論の全趣旨によつて明らかである。原告が本件処分当時右処遇令の条項に定める第四級の受刑者であつたとの被告ら主張事実は、原告の明らかに争わないところであるから自白したものと看做される。

二  そこで本件処分の違法性の有無について検討する。

(一)  本件処分によつて不許可とされた特別発信許可願いにつき、その願い出に至る間の経緯を見るに、<証拠省略>によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  原告は請求の原因第3項(一)の(1)乃至(5)摘示の事実その他一個の事実を主張して行政訴訟乃至国家賠償請求訴訟を提起しようと考え、訴訟代理人となるべき弁護士の選定方およびその委任のために自ら署名指印すれば足りる委任状用紙の送付方を求める信書を男成克美宛発信すべく特別発信を被告所長に願い出て、被告ら主張(四)1の(二)のとおりに許可され、これを発信した。

(2)  これに対し男成から被告ら主張同右の(三)のとおりに来信があり、その主張のとおりの経過で受信が許可された。

(3)  原告はその後被告ら主張同右の(四)のとおりに男成宛の発信を願い出て許可され、右(2)の来信内容につき諸事情、方針を了解した旨および前記(1)のその他一個の事実を準備中の訴訟の原因事実からはずす旨等の連絡の信書を発信した。

(4)  これに対し男成から被告ら主張同右の固のとおりに来信があり、受信が許可された。同封の本田弁護士の手紙には原告の提起しようとする訴訟の原因事実(前記認定(1)、本件請求原因第3項(1)乃至(5)摘示の事実その他一個の事実)のうち広島拘置所長による不許可処分に関する(1)(2)の事実を訴訟からはずしたい旨、残る山口刑務所関係の事実につき詳細を記載した手紙をもらいたい旨および原告が訴訟からはずす意向を示した前記その他一個の事実について事実関係の詳細を知りたい旨が記載されていた。

同封の委任状用紙は訴訟の相手方、提起すべき裁判所、事件名、委任年月日、委任者氏名をいずれも空白とし、受任すべき弁護士として広島弁護士会所属弁護士桂秀次郎、同本田兆司の氏名を記入して印紙を貼用したものであつた。

(5)  原告はその後被告ら主張同右の(六)のとおりに男成宛の発信を願い出て許可され、前記委任状用紙に署名指印してこれを男成宛の手紙に同封して発信した。この手紙では準備中の訴訟を国家賠償のみにしぼりたい旨を明らかにした。

(6)  右発信の翌日午後一時一〇分頃被告ら主張同右(七)のとおりに桂弁護士が山口刑務所に来所して原告と接見した。その際右弁護士において前記広島拘置所長の処分に関しては前記(4)認定の本田弁護士の手紙におけると同様、広島拘置所関係の事実を行政訴訟の対象とすることは疑問であるとして国家賠償にしぼることを勧め、原告においてもそうすることを希望する旨をのべた。また右弁護士において訴訟資料として事実関係を知らせてほしい旨原告に要望し、これに対して原告においては長文の訴状を提出したく早急にまとめることは困難である旨を告げた。右弁護士は原告の意を受けて、強いて急ぐことはしない態度を明らかにした。

右認定の経緯によれば、原告においては提起準備中の訴訟につき訴訟活動を弁護士に委任する希望で昭和五二年五月三一日を初回として男成との間で手紙を取り交し、この間に該訴訟で主張すべき事実の範囲および行政訴訟、国家賠償訴訟のいずれによるかをも含めて打合せを行ない、同年七月一四日には、二度目の発信に対する男成からの来信に同封された受任予定の本田弁護士の手紙によつて、同弁護士が広島拘置所関係の事実を訴訟からはずす方を可とする意向であることを知つた上で、同月二六日男成宛の三度目の発信によつて右弁護士の意向に合致する自己の意見を手紙にしたため、男成の推す桂、本田両弁護士に訴訟を委任することに決し、そのための委任状に署名指印して書式上の残る部分を両弁護士の手許で完成するよう男成宛に右手紙と同封送付したうえ、翌二七日には山口刑務所に来所した桂弁護士と三〇分間面接し、その際準備中の訴訟については広島拘置所関係の事実を含めてかねての本田弁護士の意向およびこれに合致する原告の意見に基づき国家賠償一本にしぼる希望を告げて桂弁護士との間でも意見の合致を見たのに加え、訴訟からはずすつもりのその他一個の事実を含む事実関係の詳細をいずれ桂弁護士に知らせる意思を示したものである。このようにして原告においては右二七日の段階ではすでに準備中の訴訟については桂、本田両弁護士に訴訟活動を委任することを明らかにし、両弁護士においてもこれを受任することを明らかにしていたものというべきであり、この意味において原告が被告所長の許可の下に男成との間でなした前記認定各発受信における訴訟についての打合せの目的は一先ず達せられ、爾後打合せは右両弁護士との間でこれをすることにより原告の訴訟準備、提起、追行に一応支障のない状態に至つたものというべきである。

(二)  ところで、前判示のとおり被告山口刑務所長は原告の本件願い出を監獄法四六条二項、行刑累進処遇令一六条一項に基づき不許可の処分をなしたのであるが、右法条は、一般に刑務所長は受刑者の法的な地位に鑑み、行刑累進処遇令一六条一項に定める第四級の受刑者にあつては、その親族および保護関係者以外の者との信書の発受を原則として禁止したうえ、なお特に必要とする事由のある場合は信書の発受をなさしむる権限を有する旨を定めるところ、受刑者が自己の法的な権利ないし利益の救済を求めるための訴訟の準備ないしは提起、追行について、外部の者と交信することは原則として右の特に必要とする事由に該当するというべく、この場合刑務所長としては受刑者の願い出による特別発信を許可すべき義務があると解され、また前記認定の経緯よりして、被告所長も同旨の判断のもとに、本件処分に先行する信書の発受につき許可してきたものと考えられる。しかしながら、さきに認定したように、原告は広島拘置所および山口刑務所において自己の権利が侵害されたとの理由により、これの司法上の救済を求めるために男成との交信を繰り返してきたものであつて、かつ本件処分当時においては右訴訟のための代理人を選任し、その準備のための概括的な方針については男成や弁護士である代理人との間で基本的に意思を確認し終えていたのであるから、原告としては特段の事由のない限り、爾後は訴訟代理人との間において交信をなせばその権利の回復に支障がない状況にあつたものということができる。

(三)  そこで本件不許可とされた特別発信許可願いを見るに、<証拠省略>によれば、原告の願い出たところは単に行政訴訟の打合せのため男成に発信したいというにあり、前記認定の同人との交信の末に弁護士二名に訴訟を委任する関係に至つていながら同人との間で引続き従前同様同人との間で交信することを必要とすべき特段の事由を申し立てたものでないことが明らかである。またこのような特段の事由のあつたことをうかがうに足る証拠もない。

もとより<証拠省略>と弁論の全趣旨によれば、原告においては訴訟の間題に関すると否とを問わず常々男成を信頼してこれとの間で率直に意見を取り交し、希望乃至要求をのべるなどして来た関係にあつて、準備中の訴訟についても弁護士の委任のこととは別途に、満足のいく訴状の作成方を現に同人に依頼し自らもその起案検討に参画したい旨を告げるなどして来たものであり、これに対し前記両弁護士との間は初めての接触であつて相識ること少く、自己の意見乃至希望についても男成との間におけるとは異なりたやすく疎通が図れないことを危惧する面があり、このような関係から原告にとつては弁護士への委任にも拘らず訴訟に関し男成との間で引続き直接交信して打合せできることを好都合とする事情にあつたことが認められる。

しかしながら前記認定の経緯に照せば、原告の意見乃至希望等の詳細を準備行為および訴訟に反映させるについては、両弁護士との間で打合せの交信をする手続を通して男成との間での意見交換の伝達を図る方法によつてこれを果すことが容易であり、本件特別発信許可願いの当時原告の意見に従前と変つた点が生じていても同様の方法によつて目的を達することができたものと推認される。このような方法による両弁護士との交信を被告所長が妨げる意思でなかつたことは前記争いのない不許可理由自体と弁論の全趣旨に照して明らかである。右の方法によるのでは時期を失する等の事情にあつたことをうかがうに足る資料はなく、却つて<証拠省略>によれば原告は訴訟提起の時期を格別急いではいなかつたことが認められる。これらの事実に照せば右原告に好都合な事情の点は前記特段の事由とするに足りない。

また原告において右の方法によるのでは男成に意思が十分伝わらない結果となり乃至はその間に弁護士の感情を害する事態を生じ得ることをおそれ、或いは弁護士に受刑者の立場や心情を十分理解できない面があるものと危惧したとしても、前掲各証拠によれば、両弁護士においては男成との接触により予備知識を得た上で原告のため積極的に十分な弁護士活動をする意向で臨んでいたもので、また桂弁護士が原告との接見を願い出た際は現に男成を同道していたことも認められるので、これらの事実と前記認定の経緯に照せば、原告の右危惧を以て訴訟の打合せのために男成とも交信することを必要とすべき特段の事由とすることはできない。

(四)  以上の事実関係からすれば、本件特別発信許可願いについては、これを監獄法四六条二項但書にいう信書の発信につき特に必要ありと認めるべき場合に該当するものとすることができず、他にこれに該当するものとすべき事情を認めるに足る証拠はないので、右但書の場合に該当しないものとして原告の右許可願いを却下した被告所長の処分に違法はない。

三  よつてその余の点にふれるまでもなく原告の被告所長に対する本件不許可処分取消の請求および被告国に対する請求はいずれも理由のないものとしてこれを棄却すべきである。

また被告所長に対して特別発信許可を求める請求はいわゆる義務づけ訴訟に該当するところ、被告所長においては特別発信不許可処分が取り消されれば当然原告の特別発信許可願いを容れてこれを許可すべき関係にあることが明らかであるから、右請求はそれ自体訴えの利益を欠く不適法のものとして却下すべきである。

よつて訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 横畠典夫 杉本順市 和田康則)

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