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山口地方裁判所 昭和53年(レ)24号 判決 1980年2月14日

控訴人

甲野太郎

被控訴人

乙野二郎

右訴訟代理人

甲斐

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における拡張請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金五四万円及びこれに対する昭和五二年一〇月二〇日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え(金二五万円とこれに対する遅延損害金の請求は当審で拡張したもの)。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人は原審における金二九万円の慰藉料額の主張を当審において改め、金五四万円に拡張するとのべた。

2  原判決二枚目表八行目「引伸しのうえ、」の次に「昭和五二年一〇月二〇日」と加え、同三行目「前記侵害を受けた日の後である」を削除する。

3  控訴人は当審における控訴本人尋問の結果を援用した。

三当審における証拠調べの結果を斟酌しても、控訴人の本訴請求(当審において拡張した分も含めて)を棄却すべきものと認定判断するが、その理由は、次に付加、訂正するほか、原判決理由説示と同様であるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表七、八行目を削除する。

2  同六枚目表末行「原告」を削除し、そのあとに「原審及び当審における控訴」を加える。

3  同八枚目裏一〇行目「できない。」とある後に、次のとおり加える。

また控訴人は、被控訴人が別件訴訟の証拠調べ期日において本件写真を訴外会社代理人を通じて提出公表するに至つた旨主張するので検討するに、本件写真が控訴人主張の別件訴訟の証拠調べ期日に訴外会社代理人から法廷に提出されたことは当事者間に争いがないが、前掲(原判決引用)各証拠によれば、これがこのように提出されたのは訴外会社の独自の判断によるものであつて、被控訴人の判断ないし指示に基づくものといえないことが明らかであるから、控訴人の右主張は採用の限りでない。

4  同一一行目「は違法であると」から同一二行目「その違法」までを削除し、そのあとに「が違法であり、被控訴人において本件写真を別件訴訟の法廷に提出したこと」を加える。

四よつて、控訴人の本訴請求(当審において拡張した分を含めて)は理由がないから、本件控訴を棄却し、当審において拡張した請求を棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(横畠典夫 佐々木茂美 和田康則)

<参考・原判決>

(下関簡裁昭五三(ハ)第一六号損害賠償請求事件、昭53.4.27判決)

【主文】

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

【事実】《省略》

【理由】

一、請求原因1の事実<編注・被告が原告の姿態を写真撮影したこと>については当事者間に争いがない。

同2の事実<編注・被告が原告の写真を法廷で公開したこと>については、全証拠によるもこれを認めることができない。

二、1 そこで、被告の本件写真撮影行為が適法か否かについて考察する。

個人は私生活上の自由としてその承諾がなければみだりにその容貌、姿態を撮影され、又はその写真を公表されない自由即ち人格権の一環としていわゆる肖像権を有す。

しかしながら、一方写真は被写体をあるがままに忠実かつ確実に写し出すという性質を有するものであるから、証拠として人の供述における不正確性、虚偽性に比し、描写の正確性、真実性は質的にも高く、その証明力において、又その信用性において極めて強いと云わなければならない。

従つて個人にいわゆる肖像権が認められるとしても、その保護のために全く写真撮影が許されないと解することはできず、本人の意思に反しても写真撮影が許される場合が認められてしかるべきである。

右の如き写真撮影に対する肖像権の限界について一般的には写真撮影が報道の目的あるいは正当な労務対策の目的など正当な目的のために、而も撮影行為自体が社会的に相当な方法で行なわれ、その上更に証拠保全の必要性が強度の場合には本人の意に反しても写真撮影をすることが許されると解せられるが、本件の如く労務対策上の管理者の写真撮影については従業員らの行為が犯罪を構成する場合、あるいは懲戒事由に該当する疑いが濃厚であり、証拠保全の必要があるときは、同様に写真撮影が許されると考えられる。

2 そこで本件写真撮影の事情について<証拠>によれば次の事実を認めることができ、これに反する<証拠>は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は昭和五〇年五月二一日から訴外会社第二生産課単板係に転属させられたが、屡々、遅刻はするし、無届欠勤などもあつて勤務態度は良好とはいえず、而も生産意欲に乏しくて、作業能率も著しく低く、上司の指導にも応えようとしないので、訴外会社は昭和五〇年七月一日には誓約書を徴したものの、同人はその誓約条項を遵守しようとせず、同月三〇日、丙野総務課長名義で是正改善勧告書も出されたが、原告は従来の態度を一向に改めず、上司に対して反抗的態度までとるので昭和五一年一〇月二一日には本人の反省を求めて一〇日間の出勤停止処分がなされた。出勤停止が解けてからも、依然として原告の執務態度は変らなかつた。

そして昭和五一年一二月一日午前八時の作業開始時より間もなく、丙野課長の所へ単板係の作業員から原告が作業場でワイシャツかカッターシャツを頭部にターバン様に巻きつけ、目隠し状態の奇妙な恰好をして立つている。巻きつけたものを取りはずすように云つても、いうことを聞かない、何とかして欲しいとの連絡があつたので、同課長は守衛長であつた被告に命じて原告の頭部に巻いていたシャツを取りはずすよう説得させたが、成功しなかつた。このため、午前九時頃、丙野課長自らがその場所へ赴いたところ、原告が機械の柱の傍に佇立しているのを見付けた。そこで、同課長も同様取りはずすよう種々説得を試みたが、原告がこれに応じなかつたため、他の従業員の邪魔にもなるし、シャツのため前方が見えないので危険であると考えられたので同人を会議室へと伴つた。原告はそのままの恰好で会議室へ入室した。

会議室では○○総務部長扱、丙野総務課長、○○第二生産課長代理それに被告が原告に対し執拗にワイシャツを頭部から取りはずすよう求めたが、原告は頭上から物が落ちてくるからそうしているのだと強弁し、安全帽を貸そうとの言葉にも会社から借りをつくりたくないと依然として断つた。

このため丙野課長は原告のかかる風態が訴外会社が定めた就業規則なり安全基準に違反し、懲戒処分の事由にも該当すると考えられ、而も最初作業現場で原告を一見した時、精神に異常を来たしたのではないかと思つた位の異様な姿態だつたので、その事情を本社等に報告するについて適切な説明も困難であり、原告が常々告訴するとか争いを好む傾向があつたので証拠保全の目的もあつて部下である被告に命じて原告の姿態の写真を撮影させた。撮影方法も二〜三メートル位離れたところから、公然と撮影し、シャッター音も原告に聞こえたと考えられる。

被告は右写真撮影後、写したカメラを丙野課長に手渡して、その場から退去した。

右写真はその後、訴外会社において原告の懲戒処分決定の際に資料として利用され、又福岡地方裁判所小倉支部に原告が提訴した解雇無効確認訴訟においても証拠として訴外会社より提出されたがそれ以外には使用されていない。

3 右認定した事実について、当裁判所の前記見地から被告の本件写真の撮影行為が適法か否かについて検討を加えると、被告は訴外会社における組織上の上司であつた丙野総務課長の指示命令により原告の姿態を写真撮影したのであるから、先ず右丙野課長の被告に対して命じた行為自体が適法として是認できるか否かが問われなければならない。しかるに、同課長が撮影を命じた事情は前記認定のとおり正当な目的をもち、かつ証拠保全の強度の必要性を認めることができるので、被告に撮影を指示命令した行為は是認することができ、これに基いて撮影した被告の行為も亦是認することができ、違法であるということはできない。

三、以上のとおり、被告のなした本件写真撮影行為は違法であるとはいえないので、その違法を前提とする原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

よつて、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古谷彰助)

古谷彰助

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