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山口地方裁判所 昭和57年(ワ)165号 判決 1983年2月25日

原告

伊藤唯夫

右訴訟代理人弁護士

井貫武亮

被告

カネボウ合繊株式会社

右代表者代表取締役

浜田幸雄

右訴訟代理人弁護士

中川克己

竹林節治

畑守人

福島正

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

被告は原告に対し金三八一、四二二円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  被告は各種合成繊維品の製造販売等を行う会社であり、原告は被告の防府合繊工場に勤務していた工員で、定年後も特別従業員として在籍し、昭和五六年一一月八日満六〇才で退職したものである。

(二)  右特別従業員の期末給与については、昭和四六年一一月一日締結の労働協約「特別従業員の労働条件に関する協定書」により、一般本採用従業員の算出方法により算出した支給額の九〇%とされており、その計算期間は、就業規則第五三条三項で当年四月二一日から一〇月二〇日までで、原告は同期間中被告会社に在籍していたのであるから、従って右算出方法によりその昭和五六年期末給与額を計算すると、原告の本給金一五三、一〇〇円に職責評価額金三八、五〇〇円を加えた額(職能給は零)に、支給率一・六三二、欠勤控除系数一、及び前記特別従業員の支給割合〇・九を乗じた金二八一、四二二円となる。

(三)  原告は賃金の一部ともいうべき前記期末給与の支払いを被告に請求しうべきところ、被告はこれが支払いを拒否するので、そのため原告が弁護士に依頼した経費(着手金及び報酬合計)金一〇〇、〇〇〇円と併せ、計金三八一、四二二円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを被告に求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因(一)、(二)の事実は認めるが、その余は争う。

三、抗弁並びに被告の主張

(一)  原告は従前訴外鐘紡株式会社(以下鐘紡という)の従業員で、鐘紡在籍のまま被告に出向し、組合籍については鐘紡労働組合(以上鐘紡労組という)に所属するものである。かような者の労働条件については、昭和五三年一〇月、被告会社の設立に伴い、被告、鐘紡、鐘紡労組の間で「被告に勤務する鐘紡出向組合員の労働条件に関しては鐘紡労働協約の適用を受ける」旨の協定がなされ、鐘紡と鐘紡労組間で締結する労働協約(以下鐘紡労働協約という)の適用があるものとされている。原告の定年後の「特別従業員」という身分も、鐘紡労働協約一九条二号・三号により定められているものである。

(二)  ところで、特別従業員の期末給与に関しては、原告主張の「特別従業員の労働条件に関する協定書」により、その支給額につき「一般本採用従業員の九〇%」とした他は、その他の条件についでは「特に定める場合を除き一般本採用従業員と同一の取扱とする」と定められている。その結果、特別従業員に対し、期末給与の計算期間に関しては、鐘紡労働協約第七章一条(就業規則五三条と同一規定)の「年末給与については当年四月二一日以降一〇月二〇日とする」との規定が適用され、また、その支給対象者については同協約同章二条(就業規則五四条と同一規定)の「(1)期末に在籍し、引続き支給当日まで在籍する者、(2)期初に在籍し、支給当日まで死亡または定年により退職した者、(3)支給当日までに勇退者優遇制度適用により退職した者」に期末給与を支給する旨の規定が適用されることとなり、また、適用されて来た。

(三)  昭和五六年年末給与に関し、同年一一月二七日鐘紡と鐘紡労組との間で協定が成立し、支給日は昭和五六年一二月一五日とされ、また右協定で定められた事項以外の取扱いについては、労働協約の期末給与の定めによることとされた。

(四)  そこで、昭和五六年年末給与に関し、原告がその支給対象者に該当するか、であるが、原告は昭和五六年一一月八日年令満六〇年到達により雇用契約が終了し退職したもので、前記支給日である同年一二月一五日には在籍しないのであるから、前記(二)掲記の鐘紡労働協約の期末給与支給対象者についての定めの(1)及び(3)に該当しないことは明らかである。問題は同(2)の「定年により退職した者」に該当するかどうかであるが、右にいう「定年」とは鐘紡労働協約一九条一号に定める「年令満五六年に到達した日」であり(但し、現在定年年令は満五七年に延長されている)、従って「定年により退職した者」とは、年令満五六年に到達し退職した者をいうのであって、鐘紡労働協約一九条二・三号に定める「定年到達日以後年令満六〇年到達日まで雇用を継続されている特別従業員」が年令満六〇年に到達したことにより雇用契約が終了し退職した場合はこれに含まれない。現実の取扱いでも、昭和五四年四月以降、特別従業員として雇用が継続され、年令満六〇年到達により雇用契約が終了し退職した者(二〇名程いる)で退職時に期末給与を支給されたものはおらず、特別従業員が満年令六〇年到達により雇用終了退職してもこれを「定年」に含めないとの前記鐘紡労働協約の解釈は確立されており、現実もそのように取扱われている訳である。そうすると原告は前記(2)にも該当しないことは明らかである。結局するに、原告には期末給与の受給資格はないものといわねばならず、原告の請求は失当である。

四、右に対する原告の反論

鐘紡労働協約第七章二条(2)の規定は、本採用従業員が死亡又は定められた退職日の到来(定年)により退職した場合の支給対象者を定めているのであり、右規定を原告ら特別従業員にも準用するのであるから、特別従業員については右定年を満六〇才到達日と読替えるべきである。また、被告の主張によれば、右規定の「死亡」も本採用従業員に限ることになり、同条項準用の合意を全面否定する結果となって不合理である。被告は支払わない慣行があるというが、仮にそのような慣行があるとすれば、労働協約に違反しており違法である。従って、特別従業員について、特に除外規定がない以上、前記協約第七章二条(2)によって、期初に在籍し、支給日までに退職した特別従業員には期末給与が支給されねばならない。

第三、証拠(略)

理由

一、請求原因(一)、(二)の事実については当事者間に争いがない。

二、原告が従前鐘紡の従業員で、鐘紡在籍のまま被告に出向し、組合籍については鐘紡労組に所属するものであること、被告・鐘紡・鐘紡労組の間に、或いは鐘紡・鐘紡労組の間に、それぞれ被告主張の協定ないし協約が存し、それらにそれぞれ被告主張のような定めがあることは、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきである。

三、以上の事実によると、原告は昭和五六年一一月八日満年令六〇才到達により退職した鐘紡在籍、鐘紡労組所属の被告出向特別従業員であったもので、その労働条件については鐘紡労働協約の適用を受けるものであり、その特別従業員という身分も同協約の定めによるものであるが、右特別従業員の期末給与に関しては、その支給額につき「一般本採用従業員の九〇%」とした他は、その他の条件については、特に定める場合を除き一般本採用従業員と同一の取扱がなされることが労働協約上定められているところ、一般本採用従業員については、昭和五六年末期末給与に関し、同年一一月二七日鐘紡・鐘紡労組間で支給日を同年一二月一五日とする等の協定が成立し、また、右協定でそれに定められた事項以外の取扱いについては鐘紡労働協約の期末給与の定めによることときれ、右協約の期末給与の定めとしては、計算期間につき、当年四月二一日から一〇月二〇日とする他、支給対象者につき

(1)  期末に在籍し、引続き支給日まで在籍する者。

(2)  期初に在籍し、支給当日まで死亡または定年により退職した者。

(3)  支給当日までに勇退者優遇制度適用により退職した者。

以上の者に期末給与を支給することとされているから、結局特別従業員である原告も右支給対象者についての定めにより取扱われることとなる訳である。また、(証拠略)によると、鐘紡労働協約の第三章一九条には、「組合員の定年は、年令満五六年に到達した日とする(この定めについては原告において明らかに争わない)。定年到達日以降は、年令満六〇年到達日まで雇用を継続する。但し長期欠勤中の者及び第四項に定める資格要件に抵触する者はこの限りでない。年令満五六年以降雇用継続期間にある者は、特別従業員と呼称し、その労働条件は、別に定めるところによる。(以下略)」と定められ、期末給与につき前記定めるところの他、第七章一条に「会社は夏期及び年末に期末給与を支給する。前項の支給基準については会社の業績、社会水準等を綜合勘案の上、都度労使協議決定するものとする。」と、同条覚書に「第一条の期末給与の配分基準、支給日等細部取扱いについては都度労使協議決定するものとする。」とそれぞれ定められていることが認められる。

四、そこで原告が昭和五六年期末給与の支給対象者に該当するかを考えると、前示のところより、原告が前記鐘紡労働協約の期末給与の支給対象者の定めのうち、(1)、(3)及び(2)の前段(死亡した者)規定の者に該当しないことは明らかである。同(2)の後段(定年退職した者)については、原告は期初に在籍し(このことは弁論の全趣旨により認められる)、支給当日までに退職した者ではあるが、右退職は年令満六〇年到達によるものであって、前記鐘紡労働協約第三章一九条に「組合員の定年は、年令満五六年に到達した日とする。」と明定され、「定年到達日以降は年令満六〇年到達日まで雇用を継続する。」と定められていることに照らすと「定年」とは年令満五六年に到達した日を云うのであり、年令満六〇年到達による退職が同協約のいう「定年による退職」に該当しないことは文理上明らかである。原告は、鐘紡労働協約における本採用従業員の期末給与に関する規定は、特別従業員に準用されるのであるから、特別従業員については、右規定中「定年」とあるを「年令満六〇年到達日」と読替えるべきである、また、被告の主張によれば同規定準用の合意を全面的に否定する結果となって不合理である、旨主張するが、前示の通り、期末給与に関し、労働協約上、特別従業員は特に定める場合を除き「一般本採用従業員と同一の取扱いとする」とされているのである(「準じた取扱いをする」とされているのではない)から、右はむしろ一般本採用従業員についての規定がそのまま特別従業員にも適用される趣旨と解すべく、本件全証拠によるも、右期末給与支給対象者に関する一般本採用従業員の定めを、特別従業員に「準用」する合意があったと認めるに足るものはないから、右原告主張は採用できない。

五、尤も、前示のとおり、労働協約上、会社は年末に期末給与を支給する旨明定されており、その支給基準については会社の業績、社会水準等を綜合勘案の上、都度労使協議決定するものとすること、計算期間は当年四月二一日以降一〇月二〇日とすること、その配分基準、支給日等細部取扱いについては都度労使協議決定するものとすることなども定められ、昭和五六年末期末給与についても、支給日が前示一二月一五日とされた他、(証拠略)によると、本採用組合員一人当りの平均支給額その他一定の配分基準が労使間で協定されていることが認められるから、以上からすると、本件期末給与は、使用者たる被告が単に恩恵的任意約に支給する金員ではなく、従業員がその計算期間に提供した労務の対価たる賃金の一種として支払われるものとみうべく、そうとすれば、その計算期間中就労した原告をその支給対象者から除外する前示のような取扱いについては、疑念が存しないではないと思われる。しかしながら、期末給与が賃金の一種たる性質を有するとしても、それは労務の提供があれば使用者からその対価として必ず支払われる雇用契約上の本来的債務(本来の賃金)とは性質を異にし、雇用契約上予じめその定額の支給が約定されているような場合は格別、一般には、これを支給するかしないか、支給するとしても、その額は予じめ確定していないものであって、それをいついかなる基準のもとに、何人に支給するか等は、別個に当事者間の契約或いは労使間の協約によって定まってくるものというべきである。そして原被告間の関係について、右のような点を労働協約により取決めていることは前示のとおりである。確かに、原告は期末給与の計算期間中就労していたものであり、特別従業員である故に、支給日当日在籍しない一事を以て支給対象者から除外するのは、一面特別従業員に不当な不利益を課する不合理な取扱いとみえないでもないが、他面前記支給対象者についての規定によれば、一般本採用従業員でも、期初に在籍したが支給日当日までに死亡・定年以外の事由により退職した者、期末に在籍したが期初に在籍せず支給日当日にも在籍しなかった者らは、計算期間の全部又は一部就労していたとしても支給対象者とならないのであり、強ち特別従業員のみに不利益な扱いとは云えないし、また前記のような期末給与の特質と、原告の勤務が定年後の雇用継続期間のものであり、その満了による退職であることなどからすれば、かかる退職者に前記のような取扱いの定めがなされたからといって、これを違法なまでに不合理なものとは解し得ない。

六、以上を要するに、結局原告は昭和五六年末期末給与の受給資格、即ちその支払請求権を有しないというべきであり、そうとすれば原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宜兄)

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