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山口地方裁判所 昭和62年(ワ)100号 判決 1990年12月27日

原告

原田信之

被告

久光治子

主文

一  被告は、原告に対し、三二六万〇四〇九円及びこれに対する昭和五九年五月三一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、四四四七万二一九二円及びこれに対する昭和五九年五月三一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告は、昭和五九年五月三一日午前七時五五分頃、山口県吉敷郡小郡町大字上郷二三一六―二先国道九号線において、軽四輪貨物自動車(以下、原告車という。)を運転して右道路(片側二車線)の中央側車線を小郡方面から山口方面に向けて時速約五五キロメートルで走行中、被告が保有し、自己のために運行の用に供する普通乗用自動車(以下、被告車という。)を運転して左側空地から原告の進行する右車線を横断して右折しようとしたが、このような場合横断する車線の車両の動静に注意して進行すべき注意義務があるのに、これを怠つて進行したため、原告車の左側前部に被告車の右前部を衝突させた(以下、本件事故という。)(乙一の一ないし四、一の六、七、原告・第一回。ただし、本件事故の当事者、日時、場所については争いがない。)。

原告は、本件事故によつて、頸椎損傷及び腰椎捻挫の傷害を負い、右傷害による後遺症が残存するとして、被告に対し、自賠法三条及び民法七〇九条(責任原因の存在については争いがない。)に基づき損害賠償を請求するものである。

二  争点

1  本件事故と原告主張の傷害との間の因果関係の有無及び程度。

2  本件事故と原告に残存する後遺症との間の因果関係の有無及びその程度。

3  損害額如何。

第三判断

(争点1、2について)

一  証拠(甲一、二の一ないし八、二の一五ないし二六、三ないし五、六の一、七、八、一〇、三一〇、三二五、乙一の一ないし七、二の二の一ないし八、二の四の一ないし三、二の七の一ないし七、二の七の九ないし一七、二の七の一九ないし三九、三の一の一ないし一一、四、五、八の一ないし三、証人小林憲治、同河野昌文、原告・第一回、山口県立中央病院に対する調査嘱託の結果、弁論の全趣旨)によると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和五九年五月三一日午前七時五五分頃、原告車を運転して片側二車線の国道九号線の中央側車線(二車線側)を小郡方面から山口方面へ向けて時速約五五キロメートルで進行していたところ、被告が右道路左手空地から右道路を横断して小郡方面の車線へ進入して右折するため、渋滞により右道路一車線側に停車している車両の間を抜けて時速約二〇キロメートルで右道路に進入する直前で、原告車を被告車の右方一三・二メートルの地点に認めて急制動の措置を講じたが間に合わず、原告車の左側前部に被告車の右側前部を衝突させ、その結果、原告車の左側前部(助手席側)が一部凹損した。原告は、自車左前方一三・二メートルの地点に被告車を認め、急制動の措置を講じながらハンドルを右に転把したが間に合わず、右のように被告車と衝突し、そのまま右前方に進行して停車した。右衝突時、原告は、腕をハンドルに突いたような状況となつたが、体に特段の衝撃を受けることはなかつた。

2  原告は、本件事故後直ちに山口県吉敷郡小郡町所在の小林外科医院へ赴き、小林医師の診察を受けた。その際、原告は、頸部に強い疼痛を訴えるとともに腰部痛、両上肢への放散痛を訴え、諸検査の結果、頸椎損傷、腰椎捻挫との診断を受け、その治療を受けた。なお、右診察時に右医師において撮影された頸椎及び腰椎のレントゲン写真によると、脊椎及び腰椎には骨折線は認められなかつたが、第四ないし第六頸椎及び第三ないし第五腰椎に変形が認められ、右変形は、老化(退行変性)による変形性脊椎症であると診断された。

3  小林医師は、原告に対し、自宅で安静し通院治療を受けることを命じ、原告は、概ね一、二日おきに小林医院に通院して低周波、牽引、内服薬、外用薬の投与等の治療を受けた。しかし、原告の右症状は容易に改善されず、昭和五七年七月三日、原告は、自宅では安静の点で問題があるのではないかとの小林医師の判断で同病院に入院して治療を受け、同年八月三一日、通院で治療を受ける状況に達したとの同医師の判断で退院した。なお、右入院中の治療も右通院中のそれと大して変わつていない。

そして、原告は、同年九月一日から翌六〇年一二月一日まで右医院に通院して途中からマイクロ、ホツトパツクの理学療法が加えられたほかは前同様の治療を受けた。その間、原告は、同年一月二二日、背部の疼痛が取れないことを理由に小林医師から山口県立中央病院のペインクリニツク科小野医師を紹介されて診察を受けたが、同科においては、神経学的な異常所見として、第四ないし第一〇胸髄の知覚低下があるほかには異常がないので、同科においてブロツク治療を受ける適応にはなく、また、整形外科においては、レントゲン上第三ないし第五頸椎に変形性頸椎症の所見と第四、第五腰椎間、第五腰椎・第一仙椎間の椎間板の狭小化が認められたが、神経学的には異常は認められず、さらに内科においては、軽い肝機能障害が認められたが、主訴(痛み)の原因となる病変は認められないとの診断結果を得た。そして、原告は、右同日から同年七月四日までの間で合計一三日右病院に通院して治療を受けたほか、従前どおり小林医師でも治療を受け、圧痛、加動痛の点で相当改善したものとみられた。しかし、原告は、右通院期間中において、小林医師から許可された時間(二時間又は半日)を超えて仕事に従事したこともあつて、背部痛を感じたため、同月二日、原告の疼痛が悪化したとの小林医師の判断の下に再び右医院に入院し、昭和六一年四月一九日まで入院治療を受けた後退院し、その後同年五月二〇日まで同医院において通院治療を受け、昭和六二年一月七日から鍼治療を受けている。

4  原告の後遺障害に関し、昭和六一年五月二〇日、小林医師によつて、傷病名として「頸椎損傷、腰椎捻挫」、既存障害として「軽度の変形性脊椎症」、後遺障害の内容として「頸部痛及び両肩特に左肩への放散痛、腰部及び背部痛、胸部痛、両下肢特に右側のしびれ感。安静時にも疼痛等の訴えがあるが加動により著しく増大する。」と、事故との関連及び予後の所見として「軽度の変形性脊椎症を有していたが、就業にはさしつかえなかつた。事故により受傷、その後頸部痛及び腰部痛を来し安静加療を行い多少軽快を見たが、症状の完全消失をみずに固定した。就業制限を認める。」旨の後遺障害診断(甲七)がなされ、また、同年一一月二八日、山口県立中央病院整形外科弓削医師によつて、症状固定日を昭和六一年五月二〇日とし、傷病名として「腰椎捻挫後遺症」、既存の障害はなく、主訴及び自覚症状として「腰痛、右大腿部以下ジンジン感、左下腿以下ジンジン感」があり、日常生活及び就労能力に支障を来す程度についての所見として「筋力低下無く労働には通常差し支えない。跛行、間歇性跛行も無いことより日常生活への支障は少ないと考える。」とし、障害の程度及び内容として「右足関節以下の知覚鈍麻や傍腰椎筋の圧痛に対し、第一四級に相当すると考えられる。躯幹運動制限は変形性脊椎症の著明なためも考えられる。」旨の後遺障害診断(行三二五)がなされた。そして、原告は、右後遺障害について、自賠保険後遺障害認定において一四級と認定された。

5  原告は、昭和三二年頃、ぎつくり腰を起こしたことがあるが、昭和三七年頃から砂利販売業を営み、昭和四三年には砂利採取業務主任者試験に合格し、以降砂利販売のほか採取の業務にも従事し、シヨベルがないときなどスコツプで砂利を積んだりすることもある等かなりきつい業務に携わつていた。また、本件事故前において、腰が痛いことがあつたが我慢して仕事をしていたら治つたということもあつた(原告・第一回一一四、一一六、二七六、二七七項)。

二  右認定の事実によると、原告は、本件事故によつて、頸椎損傷、腰椎捻挫の傷害を負い、その症状は、遅くとも昭和六一年五月二〇日には固定し、頸部痛、両肩特に左肩への放散痛、腰部及び背部痛、胸部痛、両下肢特に右側にしびれ感があるとの後遺障害を残したものということができる。しかし、原告が右傷病により入院一九九日、通院約一年六か月(実通院日数三七四日)もの長期間の治療を要し、右症状の後遺障害が残存したことの原因としては、本件事故による傷害のほかに、本件事故以前から原告がすでに保有していた頸腰椎の経年性(退行変性)による変形性脊椎症の存在及び原告が担当医師の許可した時間を超えて業務に従事したという原告側の事情によることも否定し難く、結局、治療期間の長期化と後遺障害の右症状は、本件事故による傷害と右事故によつて顕在化した右既往症及び医師の許可した時間を超えて仕事に従事するなど原告自身の責に帰すべき事情による病状の増悪化とが競合して生じたものというべきである(甲七、乙四、五、証人小林憲治、同河野昌文、原告・第一回、山口県立中央病院に対する調査嘱託の結果、弁論の全趣旨)。そして、原告が本件事故によつて受けた傷害及び後遺障害は、右既往症の存在或いは原告の責に帰すべき事情による病状の増悪化によつて因果関係が否定されるとまではいい難いが、右既往症の存在或いは原告の責に帰すべき事情による病状の増悪化が損害の拡大に寄与している本件のような場合には、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所が損害賠償額を定めるに当たり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、右既往症の存在等を斟酌すれば足りるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和六三年四月二一日判決民集四二巻四号二四三頁参照)。

しかして、経年性による頸腰椎の変化或いは原告の責に帰すべき事情による病状の増悪化がどの程度の割合で損害を拡大させたかは本件証拠により確定することができないこと、その他本件事故の態様、傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害及び既往症の内容、程度、両者の関連性等の諸事情を総合勘案すると、原告の損害発生に対する既往症及び原告の責に帰すべき事情による病状の増悪化の寄与度は、五〇パーセントと認めるのが相当である。これに反する乙第四号証の記載は前掲事実関係に徴し採用し難い。

また、原告は、原告の後遺障害の程度について、神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限される場合に当たる旨主張するが、前記認定事実によると、原告の後遺障害は局部に神経症状を残す程度である(自賠法施行令二条所定後遺障害別等級表一四級一〇号)と認める。これに反する原告の供述(第一、二回)は採用しない。

(争点3について)

一  入院雑費(請求額二三万八八〇〇円)一九万九〇〇〇円

入院雑費は、一日当たり一〇〇〇円が相当であるから、一九九日間で右金額となる。

二  通院費(請求額一万四四〇〇円) 一万〇四〇〇円

証拠(乙五、弁論の全趣旨)によると、原告は、山口県立中央病院へ一三日通院したが、その間合計一万〇四〇〇円(一回につき片道四〇〇円)の交通費を支出したことが認められる(甲二の一一はその根拠が不明につき採用しない。)。

三  休業損害(請求額八六八万円) 四四〇万〇八二三円

原告は、砂利販売業、海産物小売業及び家屋解体業を営んでいるものである(原告・第一回)ところ、原告は、本件事故前における原告の収入について、砂利販売業において、事故前三か月の平均で一か月三五万五〇〇〇円の収入があつたと主張するが、その裏付けとして提出する甲号各証(甲一二、一三を除く。)はいずれも原告が作成した書面にすぎないし、請求書はあるものの領収書の控えが現存しないなどいささか腑に落ちないところがあり、他方、原告が所得算出の基礎とする帳簿等の資料は先に民主商工会に依頼して所得申告をした際に使用した関係書類と同一であると考えられるところ、それは処分した(原告・第二回一四項)というのであるから、何故今回存在するとして提出されているのか不可思議というほかないし、また、帳簿及び請求書に基づいて所得申告をしているとはいう(原告・第一回一七九項)ものの、申告額と原告主張の所得額とは著しく差があること(小郡町に対する調査嘱託の結果)、甲第一一号証の一ないし二八に記載された経費中、燃料費は実費ではなく概算にすぎないが、その概算の算出根拠は不明であり、また、それ以外の経費は考慮されていないなど不十分なところが多いこと、以上の諸点と原告の所得申告額(昭和五八年において、一一一万一八〇〇円、同五九年において、一六二万円)に徴すると、右証拠をもつて原告の砂利販売業の所得額を認定することは相当でない。

また、原告は、海産物小売業において、昭和五八年の純益が九六万円余である旨主張するが、その裏付けとする甲第二五四号証の一ないし四等は、仕入れ額は判明するとしてもその利益率についての原告の供述はにわかに信用できるものではないから、右資料をもつて原告の右主張を認定するには至らない。

さらに、原告は、家屋解体業について、月額二〇万円の収入を得ていたと主張し、原告も同旨の供述をするが、右供述において明らかなように、右解体業自体、暇をみてやるというものであつて、毎月仕事があるというのではなく、ない月もあるなど不安定なものであり、また、月額二〇万円というのも特に客観的な資料等に基づいているものではないことからすると、原告の右供述をもつて原告の右主張を認定するには至らない。他方、甲第三一五号証や原告の従来の所得の申告方法(原告・第一、二回)に徴すると、右申告額をもつて原告の収入金額と即断することも相当でない。

そうすると、本件に顕れた資料をもつて原告の所得額を認定することができないというほかないが、このような場合には、賃金センサスに示された平均年間給与額を基礎として原告の収入額を推認するのが相当であるところ、昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表産業計、全労働者、五〇歳ないし五四歳(原告は本件事故当時五二歳)の平均年間給与額は、四一六万一四〇〇円であるから、原告は、右金額と同等の収入を得ることができたものと推認するのが相当である。

しかして、原告の受けた傷害の程度、入通院治療の状況等に徴すると、入院中(一九九日)はその労働能力の一〇〇パーセントを、通院中(三七四日)はその労働能力の五〇パーセントをそれぞれ失つたものと認めるのが相当であるから、原告が本件事故による傷害の治療中に喪失した収入の額は、四四〇万〇八二三円である。

計算式(円未満四捨五入)

四一六万一四〇〇円÷三六五日×一九九日=二二六万八八一八円

四一六万一四〇〇円÷三六五日×三七四日×〇・五=二一三万二〇〇五円

四  後遺障害による逸失利益(請求額二三〇九万八九九二円) 一八九万七四七四円

原告の前記後遺障害の内容、程度からすると、前記症状固定の日から少なくとも一三年間、その労働能力の五パーセントを喪失したものと認めるのが相当であるところ、原告の後遺障害による逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故時における現価を算出すると、一八九万七四七四円となる。

計算式(円未満四捨五入)

四一六万一四〇〇円×〇・〇五×(一〇・九八〇八-一・八六一四)=一八九万七四七四円

五  慰謝料(請求額・入通院慰謝料二七二万円、後遺症慰謝料五七二万円) 二二五万円

以上認定の諸事情を総合勘案すると、入通院慰謝料及び後遺症慰謝料を併せて二二五万円が相当である。

六  原告の素因(既往症)及び責に帰すべき事情の考慮

原告は、本件では請求していないが、右以外に治療費一八二万〇七八〇円(小林医院につき、一七五万二〇八〇円、山口県立中央病院につき、四万九一六〇円、平田眼科につき、一万九五四〇円。甲二の二、二の四、二の六、二の八、二の一〇、二の一一)、腰椎用装具費一万六一〇〇円(甲二の一二)の損害を被つていることが認められる。

そして、前記のとおり原告の体質的素因(既往症)の存在及び原告の責に帰すべき事情による病状の増悪化を考慮し、右損害を含めた原告の総損害額合計一〇五九万四五七七円から五〇パーセントを控除すると、原告が被告に請求できる損害額は、五二九万七二八九円(円未満四捨五入)となる。

七  損害の填補

被告が損害の填補として、原告に対し、治療費一八二万〇七八〇円(前掲甲号各証、弁論の全趣旨)、腰椎用装具代一万六一〇〇円(争いがない。)及び休業補償五〇万円(争いがない。)(合計二三三万六八八〇円)を支払つたのであるから、これを控除すると、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、二九六万〇四〇九円となる。

八  弁護士費用(請求額四〇〇万円) 三〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、三〇万円と認めるのが相当である。

(裁判官 松山恒昭 山崎勉 橋本眞一)

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