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山口地方裁判所 昭和62年(行ウ)5号 判決 1991年1月31日

原告

中村一男

右訴訟代理人弁護士

吉川五男

被告

下松労働基準監督署長河野敏行

右指定代理人

橋本良成

園部修治

森義則

片山稔

石本悟己

武下満

池沢茂

藤井淳

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し昭和六〇年二月一三日付けでなした労働者災害補償保険法による障害補償給付が労働者災害補償保険法施行規則別表第一に定める障害等級一二級に該当するとして、合計二〇一万四七八二円を支給するとした決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が、原告の後遺障害が労働者災害補償保険法施行規則(以下「施行規則」という。)別表第一に定める障害等級一二級に該当するとして原告に対してなした労働者災害補償保険法による障害補償給付支給に関する処分につき、原告の右障害等級が六級に該当するとして、その取消を求めたものである。

一  争いのない事実

1  原告は、株式会社山本組に大工職人として雇用されていた者であるが、昭和五五年一一月九日午後三時ころ、山口県熊毛郡平生町大字曽根所在の永大木材工業株式会社平生工場内の堤防護岸工事作業に従事し、護岸堤防のパラペットの上から根固め工の型枠の設置等の現場確認をしていたところ、原告の後方で作業していたユンボがアームを旋回させたため、そのバケットが原告の背中に当たり、四、五メートル下の海岸に転落した(以下「本件事故」という。)。

2  原告は、本件事故により、右第七ないし九肋骨骨折、右肘関節開放性脱臼骨折等の傷害を負い、周東総合病院、山口労災病院で治療を受けたが、原告に右肘関節の運動機能障害、右肩、右上肢及び右背部の疼痛等の後遺障害が残り(以下「本件後遺障害」という。)、昭和六〇年一月八日、症状固定の診断を受けた。

3  原告は、被告に対し、本件後遺障害につき、労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付請求をしたところ、被告は、原告に対し、昭和六〇年二月一三日付けで、本件後遺障害が施行規則別表第一の一二級に該当するとして、左記のとおり、合計二〇一万四七八二円を支給する旨の決定をした(以下「本件決定」という。)。

<1>障害補償給付 一八一万二七八二円

<2>診断書料 二〇〇〇円

<3>障害特別支給金 二〇万円

4  原告は、山口労働者災害補償保険審査官に対し、本件決定につき、審査請求の申立てをしたが、右審査官は、昭和六〇年五月二八日、右審査請求を棄却する旨の決定をなしたので、原告は、さらに労働保険審査会に対し、再審査請求をしたが、右審査会は、昭和六二年九月一六日、右再審査請求を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書は、同月二八日、原告に到達した。

二  争点

1  原告の右肘関節の運動制限が正常な運動領域の二分の一以下に制限されているか否か、右制限が右規則別表第一の一〇級に該当するか。

2  原告の右肩、右上肢にカウザルギー様疼痛の後遺障害が存在するか否か、右後遺障害が存在する場合、施行規則別表第一の七級に該当するか。

第三争点に対する判断

一  原告の治療経過及び後遺障害の診断結果等について

証拠(<証拠略>)によれば、原告は、本件事故の日である昭和五五年一一月九日から同五七年三月一九日まで周東総合病院において、右肘頭骨の整復術、骨癒合の不良による骨移植再手術の二度の手術を含む治療を受けたこと、右同月二〇日から同六〇年一月八日まで山口労災病院において治療を受け、その間、同五七年一二月一四日、右上腕骨内顆炎の手術、同五八年八月八日、右尺骨神経剥離手術及び右上腕骨内顆部一部除去手術を受けたこと、その後においても国立岩国病院等において治療を継続したこと、昭和六〇年一月八日、山口労災病院の平田俊成医師は、原告の後遺障害につき、<1>右肩、右上肢にカウザルギー様の疼痛が継続、<2>肋骨骨折後の肋間神経痛のため、右背部から側胸部にかけて疼痛が継続、<3>右前腕尺側から右第四、五指にかけて知覚鈍麻あり、<4>握力が右二〇キログラム、左五〇キログラムで右握力が入りにくい、<5>右肘頭骨折、右第七、八、九肋骨骨折の骨癒合はともに良好であるが、右肘関節に変形性変化あり、<6>睡眠障害あり、<7>右肘関節の運動範囲は、屈曲一一〇度、伸展マイナス三〇度であり、右障害状態で症状固定と診断したこと(<証拠略>)、昭和六〇年一月二四日、下松労働基準監督署の河村茂男調査官が原告を調査した際、原告は、<1>背中に常時強い疼痛があること、<2>右肩背部に常時走るような痛みがあること、<3>右肘関節の骨折部に常時走るような痛みがあること、<4>右上肢、右肘、右前腕から小指にかけて知覚異常(シビレ感)があること、<5>右肘関節に運動障害があること等を訴えたが、右調査官の外見及び触診所見によると、右肘関節に運動障害が認められた(右肘関節の運動範囲は、屈曲一一六度、伸展マイナス三五度)ものの、右肩、背部に圧痛はなく、神経症状の訴えは、運動領域測定時に疼痛の訴えがないことに加え、着衣の脱着及び歩行時の原告の言動等から多分に心因性のものが感じられたこと(<証拠略>)、昭和六〇年一月三〇日、山口地方労働基準局地方労災医員福岡善平医師は、エックス写真のみを資料として、肩関節の疼痛は外傷後の関節周囲炎によるものと考えられ、助骨骨折は著明な転位なく治癒しており、もし肋間神経痛が残存しても一四級程度の後遺障害である旨診断したこと(<証拠略>)、昭和六〇年五月一日、山口大学医学部附属病院小田裕胤医師(山口労働基準局地方労災医員)が原告を診察したところ、原告は、右肘関節部の運動障害、右手尺側のしびれ感、右背部痛を訴えたが、<1>右上肢尺側の疼痛は、山口労災病院での手術後改善しており、現在、尺側には尺骨神経麻痺様の変形筋萎縮等は認められず、尺骨神経麻痺による知覚障害及びカウザルギーは否定的であり、<2>右背部痛は自覚的に頑固な疼痛であるが、骨癒合は完成しており、右第七、八、九肋間神経支配領域の知覚障害は認められないこと、また、深呼吸、咳等の急激や胸部の拡大時にも疼痛は認められないこと、そして、広島大学医学部付属病院麻酔科において肋間神経ブロックを繰り返し受けているが、症状の改善が認められないことから、外傷後、稀とは考えられるが、限局した神経炎が存在するのか、あるいは心因性を主とした疼痛があるのかいずれかであると推測され、<3>右肘関節に軽度ながら運動障害が存する(右肘関節の運動範囲は、屈曲一二五度、伸展マイナス三五度)旨診断したこと(<証拠略>)、以上の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

二  右肩、右上肢にカウザルギー様疼痛が存するか及びその後遺障害の等級について

右認定事実と証拠(<証拠略>)によると、カウザルギー症状(灼熱痛)とは、外傷直後または数日後に火傷のような激烈な疼痛が起こり、この疼痛は神経の正確な支配領域を越え、神経損傷部位の上にまで及ぶものであるが、肘頭骨折の場合、骨折により変形性の肘関節症を起こし、これが肘関節を圧迫して遅発性の尺骨神経の障害を発生させる可能性があること、しかしながら、尺骨神経支配領域にカウザルギー症状がある場合には、外傷直後から右症状が現出するとともに、第四、五指にクロー変形(指の付け根の部分で上側にそって曲がり、次の関節で内側に曲がる。)、第一、二指の骨間筋の筋萎縮、第四指の第五指側及び第五指の知覚障害が認められるところ、原告の疼痛は常時存在するものの、本件事故直後においては、右カウザルギー症状がある旨の診断はなされていないし、クロー変形、筋萎縮及び知覚障害も認められないこと、平田医師は、原告にカウザルギー様の疼痛がある旨診断し、その旨診断書等に記載しているが、平田医師の「カウザルギー様」という表現、記載の仕方自体から、また、カウザルギー症状は右のように特徴のある症状を呈するものであること、さらに、河村調査官による所見及び小田医師の診断に対比すると、厳密にカウザルギー症状があると判断したのか疑問であること、そして、原告の右肩、右上肢の疼痛の訴えも主に右肘関節を運動させる際に生じるものであって、右肘頭骨折による右変形性肘関節症、右肩関節周囲炎に伴う疼痛と考えられ、(背部痛も含めて)その程度は、右肩関節の運動制限を認める所見がないことなどから、軽微なものと推測され、就労にさほどの支障を及ぼすものとは考えられず、就労自体は十分可能であること、以上の事実が認められ、これによると、原告の右骨、右肘の疼痛はカウザルギー症状ではなく、右肘頭骨折による肩関節周囲炎及び右変形性肘関節症等に基づく疼痛であって、その程度は、労働には差し支えないが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すものであるから、施行規則別表第一の一四級の九(局部に神経症状を残すもの)に該当し(背部痛についても同様に一四級の九に該当すると解される。)、右症状は右変形性関節症に通常派生する関係にあると解されるから、後記右肘関節の運動制限による障害といずれか上位の等級をもって後遺障害の等級とすべきである。

三  右肘関節の運動制限について

前記一の認定事実と証拠(<証拠略>)によると、右肘関節の運動については、正常可動範囲が屈曲一四五度、伸展がマイナス〇ないし五度であるところ、原告の右運動範囲は、屈曲が一一〇ないし一二五度、伸展がマイナス三〇ないし三五度であって、その運動可能領域は正常可動範囲の二分の一以上四分の三以下であるから、施行規則別表第一の一二級の六(一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)に該当すると解するのが相当である。したがって、右二の右肩、右上肢の疼痛は右肘関節の運動障害の等級をもって評価されることになる。

右認定に反する原告の供述は、前記一の認定事実及び鑑定の結果により採用することはできない。

四  右二及び三によると、原告には施行規則別表第一の一二級と一四級の二つの障害が併存するが、施行規則一四条二項によると、重い方の身体障害の該当する障害等級によることになるから、結局、原告の後遺障害は施行規則別表第一の一二級に該当する。

したがって、右障害等級を前提になされた本件決定は正当である。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 大西良孝 裁判官 橋本眞一)

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