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山口地方裁判所 昭和63年(ワ)166号 判決 1990年9月18日

原告

兼坂広美

被告

河村麻由美

主文

一  被告河村麻由美は、原告に対し、七九七〇万二九八四円及びこれに対する昭和六一年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告河村麻由美に対するその余の請求及び被告有限会社鴻南自動車整備工場、同田中司、同濱岡亨に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告河村麻由美との間においては、原告に生じた費用の五分の三を被告河村麻由美の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告有限会社鴻南自動車整備工場、同田中司、同濱岡亨との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、連帯して、一億三〇〇〇万円を及びこれに対する昭和六一年八月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、乗車していた被告河村麻由美(以下、被告河村という。)運転の軽四輪貨物自動車(以下、川村車という。)が被告田中司(以下、被告田中という。)運転の普通乗用自動車(以下、田中車という。)を避けるべく急ハンドルを切つたため、センターラインを越えて対向車(貞平貴己子運転)(以下、貞平車という。)と正面衝突したことによつて原告が受傷したことを原因として、被告河村、同鴻南自動車整備工場(以下、被告鴻南という。ただし、田中車関係)、同濱岡亨(以下、濱岡という。ただし、貞平車関係)に対し、自賠法三条に基づき、同田中に対し、民法七〇九条に基づきそれぞれ損害賠償を請求するものである。

一  争いのない事実

原告は、昭和六一年八月二日午後九時一三分ころ、被告河村が運転する川村車に同乗して山口市大字大内御堀一二四六番先付近の国道二六二号(以下、右道路を本件道路といい、右事故現場を本件事故現場という。)を防府方面から山口市御堀橋方面へ向けて進行中、左前方のラーメン店春来軒駐車場から被告田中が運転する田中車が出てきたこと(田中車の走行につき、甲六の三、六の五、六の七、八、六の二四、六の三〇、証人三輪健兒、被告田中)、被告河村が田中車を避けるべく右急ハンドルを切つたため、川村車はセンターラインを越え、逆方向から進入してきた貞平車に正面衝突したこと(以下、本件事故という。)、原告は、本件事故によつて、頭部外傷ⅲ型(脳挫傷)、遷延性意識障害、四肢麻痺(甲三の一ないし三、四)の傷害を負つたこと、被告河村が川村車の、被告鴻南が田中車の、被告濱岡が貞平車の各運行供用者であること、原告は、被告川村車の好意同乗者であることである。

二  争点

1  本件事故は、もつぱら被告河村の過失によつて生じたものであつて、田中車、貞平車には過失はなく、自賠法三条ただし書所定の免責事由に該当するかどうか。

2  損害額如何

3  好意同乗による損害額減殺の当否。

第三争点に対する判断

(被告河村を除くその余の被告らの自賠法三条ただし書所定の免責事由の有無及び被告田中の過失の有無について)

一  本件事故の態様と田中車、貞平車の過失の有無について検討する。

証拠(甲六の一、六の三、六の五ないし九、六の一一、六の一五、六の二四、二五、六の二九、三〇、丙一の一ないし三〇、証人三輪健兒、被告田中、同濱岡、鑑定、弁論の全趣旨)によると、次の事実を認めることができる。

1 本件事故現場付近の道路は、幅員一二・二メートルの直線かつ平坦な道路であつて、アスフアルト舗装されており、その内側には、幅一・三メートルの外側線が白ペイントで表示され、道路中央部には幅〇・五メートルの白ペイント二本のセンターラインが設けられ(したがつて、片側車道幅員は四・八メートルである。)、また、右道路両側には幅員二・二メートル、一・四メートルの歩道が設けられ、歩車道はブロツク縁石によつて区分されている。右道路は、山口県公安委員会の指定により最高速度・毎時五〇キロメートル、終日駐車禁止の交通規制がなされている。

本件事故現場付近には、水銀灯、店舗「春来軒」及び同店の看板等が存在しており、これらからの明かりによつて、本件事故直後に行われた実況見分時にも、その他の証明なしに車線や路面にタイヤによつて印された痕跡を十分認識できる明るさであり、本件事故当時も右同様の明るさであつたことが推認できる。なお、本件事故当日は右路面は乾燥していた。

2 被告河村は、本件道路を防府方面から山口市御堀橋方面へ向けて時速六三ないし七〇キロメートルで進行してきたが、春来軒前付近に至つたとき、先行する田中車を認めこれを避けるため急にハンドルを右に切つたことによつて対向車線に進入し、もつて貞平車と右対向車線中央付近で衝突した。なお、被告河村は、右対向車線に進入する際、ブレーキをかける等の処置をしていない。

なお、被告河村は、昭和六〇年三月一九日に運転免許を取得し、本件事故当時、運転経験が七か月に過ぎなかつた。

3 他方、田中は、春来軒で食事を終わり帰宅すべき田中車を運転し、右春来軒駐車場から本件道路へ進入するために右駐車場の出口付近で停車し、右道路の安全を確認していたところ、三輪健兒運転の乗用車(以下、三輪車という。)が防府方面(右方)から進行して来て右春来軒駐車場へ進入したのでこれを通過させた。更に、田中は、防府方面からの安全を確認したところ、右方約七五ないし一〇〇メートル付近の道路上を前記速度で進行してくる河村車を認めたが、左折して本件道路へ進入しても安全であると判断して右道路へ進入し、加速して時速約三〇ないし四〇キロメートルで右道路左側端を山口市御堀橋方面へ向けて進行した。田中車が右駐車場出口から約三六メートル進行した時、後方から進行してきた河村車が貞平車と衝突した。

なお、河村車は、自家用軽四貨物自動車で、その車幅は一・三九メートルであり、田中車は、普通乗用自動車(トヨタカローラ)で、その車幅は二メートル以下であるところ、田中車の右側を河村車が通過するには十分な余裕があつた。

4 貞平は、貞平車を運転して本件道路を山口市方面から防府市方面へ向けて時速約六〇キロメートルで進行していた。貞平車の前には先行車はなく、貞平は、ライトを下向きにして進行していたところ、本件事故現場付近に至つた時、急に進路を変更して貞平車の進行する車線に進入してくる河村車を発見したが、衝突を避ける処置をする余地のないまま同車と衝突した。

右の事実によると、本件事故は、被告河村が先行する田中車を認め、同車との衝突を避けるため又はこれを追い越すために急に右ハンドルを切つたため対向車線に進入し、もつて貞平車と衝突したことによつて発生したものであるということができる。そして、被告田中は、春来軒駐車場から本件道路へ進入する際に、河村車との距離が約七五ないし一〇〇メートルあり本件道路に進入しても河村車の進行を妨げることがないなど防府方面からの交通の安全を確認して進入し(なお、被告田中の右判断が誤つていることを窺わせる資料はない。)、本件道路へ進入後は左側端を進行しており、田中車の右側には後続車が田中車を追い越すに十分な余裕があつたのであるから、被告田中には田中車の運行に関し本件事故と相当因果関係のある過失はないものということができる。また、貞平は、時速約六〇キロメートルでライトを下向きにして進行していたところ、本件事故現場付近に至つた時、急に進路を変更して貞平車の進行する車線に進入してくる川村車を発見したが、衝突を避ける処置をする余地のないまま同車と衝突したということができるのであるから、貞平には貞平車の運行に関し本件事故と相当因果関係のある過失はないものということができる。なお、貞平車の速度が山口県公安委員会の指定する規制に違反していることは認められるが、これが本件事故発生に相当因果関係があるものとは認め難い。

そうすると、本件事故は、もつぱら、被告河村が田中車との衝突を避けるため又は同車を追い越す際になすべきハンドル操作を誤つた過失によつて発生したものというべきである。

二  証拠(甲六の五、六の八、九、六の一一、六の二四、二五、被告田中、同濱岡、弁論の全趣旨)によると、本件事故発生につき、被告鴻南及び同濱岡には、それぞれ田中車及び貞平車の運行に関し本件事故と相当因果関係のある過失はなく、また、田中車及び貞平車にはいずれも構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたものということができる。

三  以上の認定説示から明らかなように、被告鴻南及び同濱岡には自賠法三条ただし書所定の免責事由が存在するから、同法三条による損害賠償責任を負うものではなく、また、被告田中には本件事故発生に関し過失はないから、民法七〇九条による損害賠償責任を負うものではない。

(損害額について)

一  治療費(請求額一五五一万八五四〇円) 認容額一五五一万八五四〇円

当事者間に争いがない。

二  入院雑費 (請求額三〇万四二〇〇円) 認容額二三万五〇〇〇円

原告が本件事故によつて傷害を受けその治療を受けるため、昭和六一年八月二日から同月四日まで済生会山口総合病院へ、同月四日から同年九月一一日まで山口大学医学部付属病院へ、同月一二日から同六二年三月二四日(症状固定日)まで宇部興産中央病院へそれぞれ入院(入院日合計二三五日)したことは当事者間に争いがない。

入院雑費は、一日当たり一〇〇〇円が相当であるから、二三五日間で二三万五〇〇〇円となる。

三  床づれ防止マツト代(請求額八万八〇〇〇円) 認容額八万八〇〇〇円

当事者間に争いがない。

四  付添費(請求額一二八万七〇〇〇円) 認容額九四万円

原告が二三五日間入院したことは前記のとおりであるところ、証拠(甲三の三、六の二三、兼坂光宜、弁論の全趣旨)によると、その間、医師の指示により原告の父母が交代で付き添い、原告の食事の世話や便の取り替えなどの看護を行つたこと、原告の父光宜は家具、建具の製造業を自営していることを認めることができる。右事実と近親者の付添費は一日当たり四〇〇〇円が相当であることからすると、付添費は、二三五日間で九四万円となる。

五  看護交通費(請求額九三万六〇〇〇円) 認容額三五万二五〇〇円

証拠(甲六の二三、七、兼坂光宜、弁論の全趣旨)によると、前記付添期間中のうち、宇部興産中央病院へは、自宅から病院まで原告の父は乗用車を使用し、また、原告の母は電車とタクシーを使用して通つたこと、そのため、一か月合計一〇万二三九〇円を要したことを認めることができるものの、付添のための交通費については、特に必要がある場合を除いて電車又はバス等通常の交通機関の料金相当額が相当因果関係のある損害として認められるものと解すべきところ、本件においては、タクシー等を使用すべき必要性を認めるべき資料がなく、原告の入院した各病院との距離及び交通機関の種類を考慮すると、看護のための交通費は、一日当たり一五〇〇円が相当と認められるから、二三五日で三五万二五〇〇円となる。

六  入院慰謝料(請求額二五三万円) 認容額二一〇万円

証拠(兼坂光宜、弁論の全趣旨)によると、原告は、前記のとおり症状固定まで二三五日の入院を余儀無くされ、その間、当初は自己呼吸ができない状況であつたが、その後、自己呼吸が可能となつて宇部興産中央病院へ転院したが、いまだに意識はないという状況であることを認めることができるところ、右事実と本件全資料を総合勘案すると、原告の入院による慰謝料は二一〇万円が相当であると認める。

七  休業損害(請求額九八万九八二〇円) 認容額六六万六四六〇円

証拠(甲六の一三、六の二三、一一、兼坂光宜、弁論の全趣旨)によると、原告は、昭和五九年三月、三田尻女子高等学校卒業後、同年四月から中央外科で看護婦見習として働きながら高等看護学校に通学し、同六一年一〇月ころには准看護婦の試験を受験することとしていたが、本件事故に遭い、本件事故当日から症状固定の日である昭和六二年三月二四日までの二三五日間休業を余儀無くされたこと、本件事故当時、原告は、右事故前三か月間において、一日平均二八三六円の収入を得ていたことを認めることができるから、原告の右休業による損害額は六六万六四六〇円となる。

八  後遺症慰謝料(請求額二〇〇〇万円) 認容額二〇〇〇万円

証拠(甲四、六の二三、兼坂光宜、弁論の全趣旨)によると、原告は、頭部外傷ⅲ型(脳挫傷)、遷延性意識障害、四肢麻痺の障害を残しているため、自ら四肢を動かすことや言語了解や意思表示は不可能であり、また、意識障害はあるが物を見て追視するとか人物又は事象の簡単な認識は可能であること、排尿・排便障害があること、食事は胃に穴を開けて流動食を流し込んでいること、原告の右のような状況は今後回復の見込みがないこと、原告は、自賠責保険の後遺障害認定において一級の認定を受けていることを認めることができるところ、右事実と本件全資料を総合勘案すると、原告の後遺障害による慰謝料は二〇〇〇万円が相当であると認める。

九  後遺障害による逸失利益(請求額三八五七万六〇二六円) 認容額三六九三万七〇三八円

前記認定事実と証拠(甲六の二三、兼坂光宜、弁論の全趣旨)を総合すると、原告は、昭和四一年一一月三〇日生れの健康な女子であり、本件事故に遭遇しなければ高等看護学校を卒業後は看護婦等として稼働していたことが明らかであるところ、原告の年収は、昭和六一年賃金センサス第一巻第一表の一八ないし一九歳女子労働者の年収額一五九万三九〇〇円を下回ることはないものというべきである。

原告は、前記のとおりの後遺障害を受けたことによつて、労働機能を全く失つたものということができるから、症状固定時から六七歳までの四七年間就労不可能となつたことによつて三六九三万七〇三八円の得べかりし利益(本件事故日の現在価額)を失つたものと認める。

〔計算式・一五九万三九〇〇円×(二四・一二六三-〇・九五二三)=三六九三万七〇三八円〕

なお、原告のベースアツプ加算をすべきである旨の主張は、これを認めるに足る資料がないから採用しない。

一〇  将来の看護料(請求額九八七三万二三五四円) 認容額三九二六万四二八一円

前記認定事実によると、原告は、将来にわたり看護を要することが明らかであるところ、証拠(兼坂光宜、弁論の全趣旨)によると、将来にわたり原告の父母が付き添うことは困難であることが認められるが、原告の症状が前記のとおりであり、また、いわゆる植物人間の平均余命について後記のような問題点が指摘されること等の事情を考慮すると、原告の将来の看護料を認定するに当たつてはこれを控え目に算定したうえで、通常の平均余命期間にわたり認めるのが相当である。しかして、原告の将来の看護料は、少なくとも一日当たり四〇〇〇円を要するものと認め、かつ、右看護は、症状固定時から六一年間要するものと認めることができる。そうすると、原告の将来の看護料は、三九二六万四二一八円(本件事故日の現在価額)となる。〔計算式・四〇〇〇円×三六五×(二七・八四五六-〇・九五二三)=三九二六万四二一八円〕

なお、被告河村は、原告はいわゆる植物人間であるから、原告の平均余命は一〇年以下である旨主張するので検討する。確かにいわゆる植物人間となつた交通事故被害者の平均余命が制限されるとの報告がなされており(乙四)、その生存能力は通常人に比し劣つていることが窺われるところである。しかし、いわゆる植物人間の状態にあるといつても、その症状は各個人によつて種々差があることはいうまでもなく、また、人間の生命が種々の条件によつて支配され、かつ、神秘的ともいえるものであること、具体的には患者の年齢、付添看護者や担当医師の熱意や技術、治療条件、生活条件等患者のおかれている環境条件、将来における医学の進歩によつて、生存の可能性が支配されること、原告は、現在、宇部興産中央病院において、父母及び医師の熱心な看護の下におかれていること(兼坂光宜、弁論の全趣旨)等の諸事情に徴すると、被告河村提出の資料をもつてしてはいまだ原告の平均余命が一〇年以下であるとは到底認め難く、ほかに右事実を認めるに足る証拠はない。

一一  個室ベツド代(請求額四七八九万二二三〇円) 認容額二四二〇万三九七〇円

原告は、前記のような状況にあるため将来にわたり入院生活を余儀無くされるところ、外気に当たることによつて感染症に罹患する恐れがあることから、医師の指示により個室で療養生活をせざるを得ないこと、個室ベツド費用として、概ね年間一七三万五一〇〇円を要することを認めることができ(甲五、兼坂光宜、弁論の全趣旨)、右費用を要する期間は、症状固定の日から原告の平均余命期間である六一年間であると認めることができる。そして、右事実と原告の平均余命に関する前記事情を総合勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告河村が賠償責任を負う個室ベツド代は年間九〇万円と認めるのが相当であるから、右六一年間における個室ベツド代総額は、二四二〇万三九七〇円(本件事故日の現在価額)となる。〔計算式・九〇万円×(二七・八四五六-〇・九五二三)=二四二〇万三九七〇円〕

(好意同乗による損害額の減額)

証拠(甲六の一五、六の二三、六の二九、兼坂光宜、弁論の全趣旨)によると、原告は、被告河村と看護学校の同級生であるところ、本件事故当日、被告河村ら看護学生の友人四人で山口市湯田温泉にあるデイスコ「恋の散歩道」へ遊びに行くため河村車ほか一台に分乗し、原告においては被告河村の勤務先である松本外科から河村車の助手席に同乗して本件事故現場に至り本件事故に遭遇したことを認めることができるところ、原告が右の事情の下に河村車に同乗したこと等諸般の事情を考慮すると、原告の前記損害額のうち、慰謝料(合計二二一〇万円)につき、その二割を減額するのが相当である(減額後の慰謝料合計一七六八万円)。

(損害の填補)

原告が自賠保険から六一一八万二七四二円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。そして、右金額を控除すると、被告河村が原告に対して賠償すべき損害額は、七四七〇万二九八四円となる。

(弁護士費用(請求額六五〇万円)) 認容額五〇〇万円

本件資料によると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、五〇〇万円と認めるのが相当である。

(裁判官 松山恒昭)

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