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山口地方裁判所下関支部 昭和23年(ワ)144号 判決

原告 小川タマヨ

被告 野村与伊吉

一、主  文

被告は原告に対して、金二万円及び之に対する昭和二十三年九月二十日から支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払わなければならない。

原告の其の余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、其の一を被告の負担とし、其の三を原告の負担とする。

二、事  実

原告の訴訟代理人は、被告は原告に対して、金五万円及び之に対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日から支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、其の請求の原因として、被告は潜水夫を使用して海底に沈没している船舶積荷等を引揚げることを営業としていたものであり、原告の夫小川治平は二十数年間潜水業に従事していたが、数年前から被告に雇われて前述の引揚に従事していたものであるが被告は、昭和二十二年八月頃原告始め多数の潜水夫及び其の附属操作人を使用して下関市六連島沖において同所海底に沈没していた大豆の引揚をしていたところ、同年八月十日朝右小川治平をして、右場所において前述の潜水作業をせしめたが、この場合潜水夫の使用主は、潜水夫が潜水する直前に医師をして潜水夫の身体を診察せしめ其の身体の異状の有無並びに潜水後其の身体に異状を起こすことがないかどうかを診断せしめ、殊に其の潜水夫が最近に軽い潜函病に罹り其の療養をしたことがあることを知つた場合は前述の診断をせしめる外に万一潜水中に其の潜函病が発病した時直に応急万全の処置を取り得るように其の現場に医師看護婦等を附添せしめる等の措置を取るべき注意義務があるのにかかわらず、被告は、右小川治平が一週間以前に軽い潜函病に罹り被告方において療養していたことを十分に知つているのに前述の注意義務を尽さないで慢然と右小川治平をして、前述の潜水作業せしめたところ、被告の設置した送風装置に欠陥があつたのと、これを操作した被告の雇人である操作人達の不注意による其の操作の方法の拙劣も加わつて右小川治平は前述の海中において呼吸困難となり、惹いて内臓疾患まで起したのに其の現場においては医師看護婦がおらないため適切な応急の手当を加えることができなかつたため遂に翌八月十一日死亡するに至らしめた。これは全く被告の過失による不法行為と被告の雇人の過失による行為に基くものであつて、そのため、右小川治平の妻である原告は四人の子供を抱えて其の日の生活にも窮するようになつて悲歎に暮れ其の精神上非常な苦痛を受けた。それ故被告は原告に対して、右苦痛に対する相当の慰藉料を支払うべき義務がある。ところで、原告は無職、無資産、家族としては、長男二十三歳(中学校卒業後現在税関官吏)、次男十五歳(中学生)、長女二十歳、次女十七歳(女学生)、亡夫の母七十八歳の六人を有し、学歴は小学校卒業であり、被告は潜水業を営み、資産とし金百万円以上を有し、学歴は中学校中途退学である等の事情に前述の事故、過失の態様程度を綜合すると右慰藉料は金五万円を相当とする。そこで、原告は、被告自身の過失による不法行為と其の雇人の過失による使用者としての被告の不法行為とを原因として、被告に対して右慰藉料金五万円と之に対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日から支払済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べた。

被告の訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告の主張事実の中、被告が当時原告主張のような営業をしていたこと、原告の夫小川治平が原告主張のように潜水業に従事し、更に昭和二十二年三月初旬から被告に雇われて原告主張の引揚に従事していたこと、被告が原告主張の頃原告始め多数の潜水夫及び其の附属操作人を使用して原告主張のように大豆の引揚をしていたこと、被告が原告主張の日に右小川治平をして前述の潜水作業に従事せしめていたところ同人が病気に罹り遂に原告主張の日に死亡したこと及び原告が其の主張のように四人の子供を有していることは認めるが其の他の主張事実は全部否認する。即ち(一)被告には使用主として原告主張のような注意義務はない。(二)又被告は右小川治平が原告主張のように、潜函病に罹り被告方において療養していたかどうか知らなかつた。(三)更に、右小川治平が潜水作業中に送風装置に欠陥があつたり、操作人達の不注意によつて其の操作方法がまずかつたことはない。(四)右小川治平は、当日潜水作業後浮揚した際元気がないのを認めて直に被告は、医師を呼んで診断させたところ、潜函病との診断を受けたので万全の方法をとつて其の回復に全力を尽したのであるが遂に其の効なく翌日同病が原因で死亡するに至つたのであるから被告には過失がない故に何等法律上の責任はない。(五)被告は現在は肥料販売業を営み資産は無く、学歴は高等小学校卒業である。(六)被告は前述のように何等責任はないのであるが、何分作業中発病して死んだのであるから、できる限りのことはしてやりたいと思つて、(1) 同人の葬儀費用一切を負担支出し、その額は計金一万四千五百九十円であつたし、(2) 又原告に対して寸志として金六千円を贈与し、(3) 其の後原告や其の長男が被告方に来た時何かと物品や小使銭を贈与し、(4) 尚昭和二十二年十月頃原告に対して其の石鹸の商売の資本として金二千円を貸与したがまだ其の弁済を受けないし、(5) 右小川治平の一周忌の当日には原告に対して仏前の供物料として、金五百円を贈与する等原告や其の家族のために尽して来たのであるのに今更に原告から本訴を提起されたことは頗る心外である。よつて原告の本訴請求には応じ難い。と述べた。

原告の訴訟代理人は、被告の答弁に対して、原告が被告から其の答弁のように金六千円並びに金五百円の贈与を受け且金二千円を借用してまだこれを弁済しないことは認めるが、其の他の答弁事実は否認する。と述べた。

<立証省略>

三、理  由

よつて按ずるに、被告が潜水夫を使用して海底に沈没している船舶積荷等を引揚げることを営業としていたこと、原告の夫小川治平が二十数年間潜水業に従事し、更に昭和二十二年三月初旬から被告に雇われて前述の引揚に従事していたこと、被告が昭和二十二年八月頃原告始め多数の潜水夫及び其の附属操作人を使用して下関市六連島沖において同所海底に沈没していた大豆の引揚をしていたこと及び被告が同年八月十日朝右小川治平をして右場所において前述の潜水作業に従事せしめていたところ同人が病気に罹り遂に翌八月十一日死亡したことは当事者間に争がない。

ところで、潜水夫の使用主には原告主張のような注意義務があることは潜水作業のような頗る危険を伴う作業の性質から見て明かなことである。しかるに、証人西村団一の証言及び原告本人の供述の一部によれば、右小川治平は、前述の八月十日から一、二週間前に軽い潜函病に罹り被告方において療養した結果全快したことを認められ、右認定に反する証人田代吉太郎の証言の一部は前述の証拠と対照して信用ができないし、乙第一号証は右の反証にはならず他に右認定を覆し得る証拠はない。すると反証なき限り被告は右事実を当時知つていたものと認めなければならない。ところが、証人西村団一の証言並びに証人是石早司の証言の一部によれば、被告は右当日朝右小川治平が潜水作業にかかる前に、医師をして同人の身体を診断せしめないし、又其の作業の現場には、医師や看護婦を附添えさせなかつたこと、及び右小川治平は潜水後間もなく浮揚したところ、同人の容態が悪いが医師がいないので現場では医学上の手当はできず又潜函病だと判断して直に同人を作業船上に引上げて取敢えず潜水服を着せたまま送風ポンプで同人に対して空気を送りつつ小倉の波止場に連れて行き同所において同人に対して一昼夜位空気を送つたが、専門の医師がいないため医学的の手当も十分できず遂に翌八月十一日の昼頃潜函病のために死亡したことを認められ乙第一号証の記載並びに証人田代吉太郎の証言では右認定を覆すことはできず、他に右認定を左右し得る証拠はない。以上の事実を綜合すると、被告は其の当時、前述の注意義務を履行しなかつたため右小川治平の潜函病の再発の徴候を発見することができず同人をして潜水作業に従事せしめた結果潜水中に同人をして潜函病を再発せしめ、更に其の場の応急的の医学的の手当を加えることができず全て手遅れとなり遂に同人をして潜函病によつて死亡するに至らしめたものと認められる。従て、被告にはこの点について過失による不法行為が成立し其の責任を負担しなければならない。

尚原告は、被告の設置した送風装置に欠陥がありこれを操作した被告の雇人である操作人達が不注意によつて其の操作方法が拙劣であつたと主張するが、この点に関する原告本人の供述の一部は証人西村団一、是石早司の証言と対照して信用ができないし、其の他の原告の援用する証拠によつてはこれを認められないし、他にこれを認め得る証拠がないからこの主張は採用しない。

しかし、右小川治平は前認定のように一、二週間前に軽い潜函病に罹つて其の療養をしたのであるから、万一同病の再発を考慮して自ら進んで右八月十日の朝医師の診察を受けるか、又は被告に対して、其の診察を要求すべきが自衛上取るべき措置であることは経験則上明白であり、当事者弁論の全趣旨によれば、同人が敢えてこの措置を取らなかつたことを認められるから、同人の死亡については同人も亦責むべき過失があつたものと認めるのを相当とする。よつて同人のこの過失は被告の法律上の責任の軽重並びに範囲について職権をもつて斟酌する。

しかして、被告の過失による行為に基く右小川治平の死亡によつて其の妻である原告が其の精神上に非常な苦痛を受けたことは自明の理といわなければならない故、被告は、原告に対して、右苦痛に対して相当の慰藉料を支払うべき義務があるものといわなければならない。

そこで、其の慰藉料の額について審究すると、前認定の被告の不法行為の態様並びに右小川治平の過失の点に当事者間争のない原告には、其の主張のような四人の子供を有すること、原告本人の供述の一部によつて認められる原告は無職無資産で家族としては四人の子供の外に七十九歳の母があり、学歴としては高等小学校卒業であり、被告は相当の財産家であること、当事者間争のない、被告は当時潜水業を営んでいたこと並びに被告は原告に対して、寸志として金六千円、一週忌の供物料として金五百円を贈与し、又原告の石鹸の商売の資本として金二千円を貸与しまだ其の弁済を受けないこと、証人是石早司の証言によつて成立を認められる乙第一号証の記載によつて認められる被告は右小川治平の葬式を営み其の費用として金五千五百八十円を支出したこと等の事情を綜合すると金二万円を相当と認める。

そうすると、被告は過失による不法行為を原因として原告に対して、慰藉料金二万円と之に対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日であることが本件記録中の送達報告書の記載並びに算暦上明かな昭和二十三年九月二十日から支払済に至る迄年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて原告の本訴請求は右認定の範囲において正当であるからこれを認容し、其の他の部分は失当であるからこれを棄却し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文を適用して主文のように判決する。

(裁判官 三好昇)

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