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山口地方裁判所下関支部 昭和45年(ワ)325号 判決 1972年2月10日

原告 豊田峯治

右訴訟代理人弁護士 於保睦

同(ただし、昭和四五年(ワ)第三二五号事件のみにつき) 田川章次

被告 下関市

右代表者下関市水道事業管理者 西原国男

右訴訟代理人弁護士 長谷川一郎

同 甲斐

被告 国

右代表者法務大臣 前尾繁三郎

右訴訟代理人弁護士 笹本晴明

右指定代理人 広島法務局検事 武田正彦

<ほか五名>

主文

被告らは、各自、原告に対し、金二九万九、九五九円及びこれに対する昭和四三年二月一九日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告らにおいて金二〇万円の担保を供するときは、その被告は、右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告らは各自原告に対し金四九万九、九五八円及びこれに対する昭和四三年二月一九日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3、仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する被告らの答弁

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

3、被告ら敗訴の場合はいずれも仮執行免脱の宣言。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求原因として、まず、

「1、原告は、食料品の小売店を経営している者であるが、昭和四二年一二月二五日午前五時三〇分頃、商品仕入れのため単車に乗り、下関市前田町前田造船所前一級国道(九号線)上(以下「本件道路」という。)を、同市長府町方向(東方)から同市唐戸町方向(西方)へ向かい、時速約四〇キロメートルで進行中、本件道路地中に埋められている上水道管(以下「本件水道管」という。)破裂による、上水の路面漏出に基因する路面凍結のため、単車もろとも転倒し、よって左鎖骨骨折の重傷を負った(以下「本件事故」という。)。

2、被告国の責任原因

(一)、本件道路の維持・修繕その他の管理は被告国の機関たる建設大臣が行なっている。

(二)、本件道路の路面凍結の原因は、本件水道管が破裂し、本件道路表面に大量の水が流れ出したことにあり、右凍結により、路面は滑りやすくなって交通上危険な状態になっていたから、道路の管理に瑕疵があった。

よって、被告国は、国家賠償法第二条第一項により、原告が本件事故によって蒙った後記損害を賠償する責任がある。

3、被告下関市の責任原因その一

(一)、本件水道管の管理責任は被告下関市(以下「被告市」という。)にあり、前記の如き水道管の破裂に際しては、被告市は早急に修繕する義務がある。

(二)、しかも、本件水道管については、本件事故発生の二、三日前に、近所の人から、被告市水道局に対して、修繕の要請をしており、場所が国道九号線という交通のはげしい所であるし、厳冬の時期であるため、漏出せる水が凍りつくことは当然に予想され、非常に危険であるから、破裂した水道管の修理は即座に為すべきであった。被告市が右のような義務を誠実に履行しなかったこと、すなわち被告市の過失により、本件事故が発生したのである。

4、被告下関市の責任原因その二

本件水道管の管理者は被告市であるところ、本件事故は、被告市において、その営造物たる水道施設の設置又は管理に瑕疵があったために生じたものであるから、被告市も国家賠償法第二条第一項により、原告が本件事故によって蒙った後記損害を賠償すべき責任がある。

5、原告の損害

原告は、本件事故によって、次のとおりの損害を蒙った。

(一)、治療費  二万〇、九五八円

原告は、本件事故当日たる昭和四二年一二月二五日から昭和四三年一月一〇日まで長府病院に入院して治療を受け、その後昭和四三年二月一八日まで同病院に通院して治療を受けた。以上の治療費は二万〇、九五八円である。

(二)、休業損害 七万九、〇〇〇円

原告は、前述のとおり食料品小売商を営んでいるところ、本件事故のため、年末年始の繁忙期に休むことを余儀なくされ、退院後通院するようになっても仕入れの仕事もできず、重い物は一切持てなくなったので満足な仕事もできないでいる。その損害は、次のとおりである。

(1)、昭和四二年一二月二五日から同月三一日まで

4,000円(1日の利益)×7日=28,000円

(2)、昭和四三年一月五日から同月一〇日まで

2,000円(1日の利益)×6日=12,000円

(3)、昭和四三年一月一一日から同年二月一八日まで

1,000円(1日の利益)×39日=39,000円

(四)、慰藉料      一〇万円

以上(1)ないし(4)の計一九万九、九五八円

6、よって、被告らが各自原告に対し右金員及びこれに対する損害発生の後すなわち原告が最後に通院治療を受けた日の翌日である昭和四三年二月一九日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」

と述べ、昭和四六年九月九日の本件第一六回口頭弁論期日において、右損害につき、慰藉料の請求を四〇万円に拡張し(三〇万円増額)、右拡張部分の請求原因として、次のとおり述べた。

「7、原告は、右訴変更時現在においても、左鎖骨仮接続のための針金(手術による)が体内に現有していて、身体運動に激痛があり、普通の物品運搬にも支障を生じ、営業上、社会生活上、日常生活上の支障は甚大であって、かつ、針金除去手術には今後若干の年月の猶予期間を置くことが必須であると診断され、しかも針金除去手術には入院費・手術費・通院費・休業損害の発生は明白である。しかも、被告市の如きは、原告に対し、一片の見舞状も、一回の見舞いもしない。以上の諸事情のもとに、心身の苦痛の甚大である原告の受くべき慰藉料は、最低四〇万円をもって相当とする。」≪以下事実省略≫

理由

一、本件事故の発生

本件事故が起きたと原告の主張する場所が当時一級国道九号線上であることは当事者間に争いがなく(なお、右道路は「一般国道の指定区間を指定する政令」により、道路法第一三条の「指定区間」(一般国道九号線)に指定されている。)、≪証拠省略≫によれば、原告はその営業する野菜類小売店等の商品(野菜類等)仕入れのため、下関市唐戸町にある青果市場まで行くべく、昭和四二年一二月二五日午前五時三〇分頃いつものように原動機付自転車(排気量六〇c.c.)(以下「単車」という。)を運転し下関市長府町方向から同市唐戸町方向へ(東から西へ)国道九号線を時速約四〇キロメートルの速度で進行中、同市前田町の前田造船所前にさしかかったところ、右単車が滑走して転倒し、その間単車は約二間(約三・六メートル)すべり、よって原告は左鎖骨骨折の傷害を負ったこと、その際骨折した鎖骨の一部分が皮膚を突き破って体外に出ていたことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

二、本件事故の発生原因

≪証拠省略≫によれば、原告の単車が滑走して転倒したのは、本件道路の路面が凍結していたためであることが認められる。≪証拠省略≫によれば、本件事故の一〇分ぐらい後に、原告同様に単車を運転し時速約五〇キロメートルの速度で原告と同一方向に進行して来た高橋規夫も、同一場所において突如単車が滑走して転倒し、意識不明となり急救車で病院に運ばれたことが認められ、また≪証拠省略≫によれば江村某も同日早朝四輪車を運転して同場所を通過する際ハンドルをとられそうになり付近の電柱に衝突しそうになったことを認めるに足り、右各認定を妨げる証拠はなく、右各事実は右路面凍結の認定を強め裏付けるものである。この点に関し、被告らは本件路面が凍結していたはずはないと争うが、なるほど≪証拠省略≫によれば、同日午前三時の気温が摂氏一度、同日午前六時のそれが摂氏〇・八度であることが認められるけれども、右三時と六時との間に下関市地区の気温が零度或は零度以下に下がったことがないとはいえず、右両時点における気温が右のとおりであるという事実によって本件道路付近の気温が零度又は零度以下に下がったことを否定することは必らずしもできないのであるから、≪証拠省略≫をもって右路面凍結の認定を否定するに足りる証拠とはなしがたく、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

三、本件路面凍結の原因

本件道路の地下に国道を横切って本件水道管が埋設されて存在し、本件水道管に亀裂が生じてそこから水道管の水が地表に漏出していたことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、本件事故の前日、原告は往路午前五時半頃、高橋規夫は帰途午前七時半頃、本件事故の場所を単車で通行したが、右各時刻頃はいずれも右場所は凍結していなかったことが認められ、かつ、凍結でないにしても漏水等の路面の異常が右各時刻頃見られたことを認めるべき証拠もないから、右午前七時半頃以降の或時刻から漏水が地表に出はじめ、これが深夜に凍結したものと推認される。

四、本件道路の状況及び凍結の位置・範囲

1、≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を加味すれば、本件道路は舗装されており、本件の国道の全幅員が一九メートル余りであり、そのうち歩道部分を除いた部分の幅は一四・六五メートル、当時国道中央部分に市内電車の軌道上下線が敷設されていてその軌道部分の幅が五・五メートル、右軌道部分を除いた下り車道部分すなわち軌道敷内通行禁止と前提した場合に長府町方向から唐戸町方向へ進行する車両の通行すべき部分(以下これを「下り車道部分」と称する。)の幅が四・四メートルであった(右軌道はその後撤去された。)ことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

2、≪証拠省略≫によれば、本件事故当時において、下り車道部分のうち、南側歩道と同車道との区画線から車道側に約一尺(約三〇センチメートル)入った、右区画線に平行な線から、電車軌道部分と下り車道部分との境の線までの間の幅で、長さ約三間(約五・四メートル)にわたり、ところどころ僅かの不凍結の隙間を残して、ほぼ全面的に凍結していたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。しかして、右1で認定した下り車道部分の幅から右約三〇センチメートルを差し引くとおよそ四メートルとなるから、右凍結部分の幅は約四メートルである。

3、≪証拠省略≫によれば、本件事故発生当時は未明でまだ暗く、ただし本件凍結部分から約二〇メートル離れた所に街灯があり水銀灯も設置されているので路面は暗くはないけれども、右照明によっても単車の前照灯の照明によっても、路面が反射することなく、凍結していることは全く識別できない状態であったこと、原告も高橋もヘルメットを着用し、極く普通に注意しながら道路の左側寄りの単車の通行すべきところを進行していたこと、原告が自宅を出発してから本件事故現場に達するまでの間には本件道路のように凍結している道路箇所はなかったことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

五、本件水道管及び漏水の状況

≪証拠省略≫を総合し、これに弁論の全趣旨を加味すれば、

1、本件水道管は、内径二センチメートルの鉛管であり、本件国道のうち南側歩道地下に国道沿いに埋設された配水管から直角に分岐した給水管であって、軌道部分はもちろんのこと、国道全部の地下を真横に横切っていること、

2、本件の漏水が地表へ流れ出ていた地点(地表出口)は、下り車道部分と軌道部分との接点(境の線上の点)であって、本件水道管のうち右地表出口のほぼ真下に当たる所に亀裂が生じ、これから鉛管内の水が漏出していたこと、

3、本件事故当日の午前九時前頃も午前一一時過頃も、右地表点からは、水が小量ずつ流れ出ていたこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

六、被告国の責任(請求原因2)について。

1、本件道路の維持・修繕その他の管理を被告国の機関たる建設大臣が行なっていることは当事者間に争いがない。

2、国家賠償法第二条第一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としない(最高裁判所昭和四五年八月二〇日判決、集二四巻九号一二六八頁以下参照。なお福岡高裁昭和三五年一二月二七日判決の下民集一一巻一二号二八一一頁参照)のであるから、同条項は国又は公共団体の無過失賠償責任を規定したものである。したがって、営造物が通常有すべき安全性を欠いていたために他人に損害を生じたときは、不可抗力による事故の場合を除いて、国又は公共団体は賠償責任を免れることはできないと解すべきである。

道路は、その上で交通が円滑安全に行なわれることを目的とするのであるから、その安全性を欠くときには瑕疵があるのであり、右安全性欠如が当初から存在した場合が道路の設置上の瑕疵であり、当初は安全性が存在したがその後これを欠くに至った場合には、その安全性を欠くに至った原因が道路自体の損耗にあると外力にあるとを問わず、道路管理上の瑕疵に該当するというべく、その瑕疵存否の判定は右のとおり客観的になされるべきものである。

これを本件についてみるに、前記四で認定したとおり、舗装道路である本件の、下り車道部分にその左側(南側)約三〇センチメートルの幅を除き、通常単車の通行すべき路面に幅約四メートル、長さ約五・四メートルの凍結部分が、それより長府町方面側に凍結箇所なく街灯や前照灯によっても凍結していることが識別できない状態で存在することは、道路上交通の安全性を欠く状態にあるものといわなければならない。しかして、本件においては、道路そのものに欠陥があったことを認めるべき資料はないから、漏出せる水が凍結して路面を右のように覆ったことによって安全性を欠くに至ったもので、すなわち管理上の瑕疵があったというべきである。

3、(一)、被告国は、本件の漏水の地表出口及びぬれていた部分は軌道敷内であり、軌道敷については軌道法により占用者たる軌道経営者が管理責任を負い国は管理責任は負わない、と抗争するが、すでに認定したとおり凍結した路面部分は下り車道部分を前認定の範囲で占めていたのであるから、これと異なる事実を前提とする右反論は当たらない。また、本件事実関係のもとで、軌道経営者が何らかの民事責任を原告に対して負うとしても、その責任の存在は被告国の責任を排斥するものではない。

(二)、次に、被告国は、本件漏水の原因となった本件水道管は被告市の管理に属する地下専用物件であるから、水道管からの漏水に基因して他人に損害を与えた場合には被告市が責任を負うべきであるというが、被告国のいうとおり被告市が本件事故につき損害賠償責任を負うとしても、被告市の負う右責任は本件道路の瑕疵を原因として被告国が負う賠償責任を排斥するものではない。

(三)、被告国は、本件において瑕疵がなかったと抗争し、その根拠として、前記第二の二の5(一)において、道路法に規定する「道路を良好な状態に保つ」とは、右箇所で述べる意味内容の維持修繕をすることであって、道路を常に乾燥した状態に保つよう同法は要請しているものではないというが、そのいう維持修繕の意味内容は別として、道路を常に乾燥した状態に保つ義務のないことは、降雨によって路面がぬれることを考えれば自明のとおり、いうまでもないことである。しかしながら、本件においては単に路面がぬれていたにすぎないのではなく、前認定のとおり凍結していたものであるから、右反論は当らない。

4、被告国は、本件事故前日の午後六時から事故日の午前六時までの天候が曇りのち晴れであったから降雪・積雪のための交通安全措置を必要としなかったといい、かつ、路面の凍結が予見されなかったと主張するようである。≪証拠省略≫によると被告国のいう期間の天候概況はそのとおりであるけれども、他面≪証拠省略≫によれば、本件事故日より前数日間の、各日の午前三時と午後六時の気温は、事故日たる一二月二四日が(いずれも摂氏)三・四度と二・七度、二三日が四・七度と四・四度、二二日が四・〇度と三・七度、二一日が五・二度と四・六度であったことが認められ、右期間中すべて午前三時よりも午前六時の方が気温は低くなっているし、事故当日の午前三時には前記のとおり摂氏一度に下がっているのであるから、降雪は予想されないとしても、水のある場所では路面が凍結することの予見が客観的にみて不可能であったということはできない。仮に、道路管理者としては予見可能性がなかったとしても、前示のとおり国家賠償法第二条第一項の瑕疵については必らずしも管理者の過失を必要とするものではないから、これによって被告国は責任を免れることはできない。

さらに、被告国は、本件の如く道路を地下で横断して水道管に亀裂が生じ水が漏出した場合に管理することを期待することは不可能であり、管理者の能力の限界をこえるものである(不可抗力である)と主張するが、右のとおり場所によっては凍結することが予見不能ではなかったのであるし、道路管理者において前記気温の急変化に対応して凍結箇所ないし凍結以前の漏水状態の発見に努める適切な方法を講じ、そのような箇所を発見することが不可能であったとはいえないから、本件において管理が期待不可能であったとはいうことはできず、人間の能力の限界をこえたものということもできないのであって、本件事故が不可抗力によって発生したものということはできない。

なお、建設省道路局長昭和四四年三月二四日発各地方建設局長等宛通達には、「地下占用者に対し地下占用物件を埋設した後においても、定期的にパトロールを実施する等維持管理の充実に努めさせるとともに、地下占用物件に起因する道路上の苦情については、その内容及び対策について定期的に報告を求める等道路管理の万全が期せられるよう占用者を強力に監督すること。」とあり、これは本件事故発生後の通達ではあるが、右通達前といえども道路管理については同様に解すべきところ、右通達にいうように地下占用者を強力に監督することも道路管理の方法であり、気温急変の際などには占用者をして臨時のパトロールを実施させる方法をとることもできるのであり、また道路自体の管理方法としても右のようなパトロールの方法を管理者においてとることもできるのであるから、本件の如き場合の管理が人間の能力の限界をこえるという被告国の主張は理由がない。

5、被告国は、本件事故は原告の安全運転義務違反によって発生したものであり、少なくとも事故の発生につき原告にも過失があったと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、さきに認定したとおり、原告は単車の通行すべきところを極く普通の注意をしながら時速約四〇キロメートルの速度で進行していて、前記照明等によっても凍結状態が識別できなかったのであり、また原告が本件事故前に本件道路に何らかの異常があることを知っていたのならばともかく、このような事情を認めるべき何らの証拠もなく、かえって、これまで原告はいつも同時刻頃同場所を通行して安全であったのに(このことは原告本人尋問の結果によって認められる。)突然思いも寄らぬ事故に遭遇したのであるから、右のように極く普通に運転していた以上原告に過失があったということはできない。

6、よって、被告国は、国家賠償法第二条第一項により、本件事故によって原告が蒙った後記損害を賠償すべき責任がある。

七、被告下関市の責任について。

1、請求原因3(被告市の過失責任)について判断する。判断の便宜上まず同3の(二)について判断するに、本件事故発生の二、三日前に本件水道管の近所の人から被告市水道局に対して修繕の要請をしたとの主張事実については、これを認めるべき何らの証拠もなく、そのほか被告市において本件事故発生前に本件水道管から漏水している事実を知っていたことないし本件事故の発生につき被告市に過失があったことを認めるに足りる証拠もないから、被告市の過失を理由とする右請求原因は、同3のその余の点について判断するまでもなく理由がない。

2、請求原因4について判断する。

(一)、本件道路の路面が凍結していたこと及びその位置、範囲、右路面凍結が原因となって本件事故が発生したこと、右路面凍結は本件水道管に生じた亀裂からの漏水によるものであることは、すでに認定したとおりであり、右水道管の亀裂による漏水と本件事故との間には相当因果関係がある。

(二)、本件水道管に亀裂が生じ水が漏出したことは、浄水を供給するための導管として、また水圧・土圧等に対して充分な耐力を有し水が漏れるおそれのないものであるべき給水管としての通常有すべき安全性を欠いているので、瑕疵があったといわなければならない。しかして、本件水道管の設置当初には右の欠陥がなかったことが弁論の全趣旨によって認められ、その後である本件事故当時には瑕疵が存在していたのであるから、右は管理上の瑕疵に当たるといわなければならない。

被告市は、本件の給水装置の構造・材質等いずれも基準に適合しており水道法第一六条及び同法施行令第四条に抵触するところはなかったというが、本件の給水管を設置した当初は右法令の基準に適合していたとしても、現に亀裂が生じ漏水があった以上、設置の後に至り水道法第一六条、同法施行令第四条第四号に規定する基準に適合しなくなったのであるから、右の反論は当たらない。

(三)、原告の請求原因4の主張に対し、被告市は、まず、本件水道管は水道法第三条第八項、下関市水道事業給水条例第二条に規定する給水管すなわち給水装置であって、同法第三条第七項の水道施設(右条例第二条の配水管)に当たる部分ではなく、その所有者は訴外坂本虎吉であるから、本件水道管は公の営造物に当たらず、被告市に管理責任はないと争うので、この点について考察する。本件水道管が配水管から分岐して設けられた給水管であることはすでに認定したとおりであり、本件水道管の所有者が訴外坂本虎吉であることは≪証拠省略≫によって認められるところであって、右事実関係からすれば本件水道管は水道法第三条第八項の給水装置(下関市水道事業給水条例第二条の給水装置)に該当する。しかしながら、国家賠償法第二条第一項にいう公の営造物とは、行政主体により特定の公の目的に供される有体物ないし物的設備であって、所有権の帰属如何すなわち公有私有の如何にかかわらず、公共団体が事実上管理する状態にあればこれに該当すると解すべきところ、本件給水管は公共団体である被告市の水道事業として市民に清浄な水を供給するという特定の目的に供される物的設備であり、証人村上敏雄、同金田彰八、同坂田礼己の各証言によれば、本件事故発生後被告市の水道局職員等がまず現場を見分し、次いで測量して本件水道管修繕の計画を立て、そして道路を掘さくして本件水道管を修繕した(工事店をしてこれを為さしめた)ことが認められ、右金田証人の証言では右修繕は施設(給水管)が私有ではあるけれども維持管理のためにこれを為したというのであり、右坂田証人の証言では右修繕は被告市に給水装置の修理義務があるからこれを為したのでありその修理費用は被告市が負担したというのであり、また同証人の証言では個人所有の給水管も維持管理の責任上被告市が為しているということであり、さらに証人松林登の証言では国道地下を横断する個人所有の給水管は他に沢山あり修繕を必要とする旨の連絡通報の責任はこれら所有者にあるがその通報等によって修繕する責任は被告市にあるというのであって、右各証言及び本件水道管を事故後被告市において現実に修繕したという右認定事実、並びに、本件の如く国道を地下で横切って埋設されている給水管の管理を一個人である所有者が為すことは困難でありむしろ専門的技術者を有する水道事業者にその管理をさせることが公共的観点から妥当であり必要であることを総合して考えれば、本件水道管は公の営造物であり、かつ被告市の管理に属するものというべきである。右のとおりであって、たとい、法令に管理義務が明定されていなくても、被告市は国家賠償法上の管理者に当たるから、被告市の挙げる水道法及び下関市条例の規定は、国家賠償法第二条第一項の適用を排斥するものではない。

(四)、被告市は本件事故は原告の無謀運転によって発生したと主張し、右主張には原告にも過失があったとの主張も当然含まれると解されるが、原告の無謀運転を認めるべき何らの証拠もなく、本件事故の発生につき原告に過失があったとは認められないこともすでに六の5において判断したとおりである。

3、よって、被告市は国家賠償法第二条第一項により、本件事故によって原告が蒙った後記損害を賠償すべき責任がある。

八、被告らの、消滅時効の抗弁について判断するに、訴訟中に損害賠償請求額を増額しても、それは同一の損害賠償請求権の範囲を拡張したもので、新たな請求権の行使ではないので、増額部分だけが独立して消滅時効にかかるものではないというべきところ、原告は本件訴提起の当初においてすでに本件事故による慰藉料を請求しているのであるから被告らの右抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

九、そこで、原告の損害について判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故によって受けた前記傷害の治療のため、昭和四二年一二月二五日(本件事故の日)から昭和四三年一月一〇日まで下関市長府町中ノ浜町の長府病院に入院し、同年一月一一日から同年二月一八日までの期間(実日数は六日)同病院に通院したこと、鎖骨は数箇に分断されるかたちで骨折し、これを長さ約五寸(約一五センチメートル)の針金でつなぎ合わせるという方法の手術を受け、現在なお針金が右箇所に存在することが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

1、治療費

≪証拠省略≫によれば、原告は右入院及び通院の治療費として金二万〇、九五九円を支払ったことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

2、休業損害

≪証拠省略≫によれば、原告は下関市長府町の金屋市場内に、主として原告が管理に当たっている野菜及び果物類の小売店と、主として原告の妻が管理に当たっている豆腐類小売店とを営業しているところ、右入院期間中は当然ながら原告が営業用の商品(野菜・果物類)の仕入れに行くことができず、原告の妻も右入院期間中原告に付添ったため豆腐類小売店の方も閉店したままで休業のやむなきに至り(運転免許を得ていない原告の妻が原告に代って仕入れに行くこともできなかった。)、右通院期間中も病院に出向かなかった日も含めて、手術後治療中(鎖骨は針金でつないだまま)のゆえに物を持つことができず、原告自身は仕事ができなかったこと、原告の右営業は例年年末が最も多忙で最もよく商品が売れ、一二月二五日から同月三一日までは平均して一日四、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円の純利益を挙げてきたこと、一月一日から四日までは例年休店し、一月五日以降は平均して一日二、〇〇〇円の純益を得てきたこと、昭和四二年一二月二五日から昭和四三年一月一〇日までは本件事故のため全く店を休み、全然営業収益を得られなかったこと、同年一月一一日から同年二月一八日までは原告自身は仕事ができなかったため平均して一日一、〇〇〇円の純益しか得られなかったこと、がそれぞれ認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そうすれば、原告が本件事故に遭わなかったならば、原告は昭和四二年の年末も例年どおり一二月二五日から同月三一日までは一日平均少なくとも四、〇〇〇円の純益が得られたはずであり、昭和四三年一月五日から二月一八日までの間も例年どおり一日平均二、〇〇〇円の純益が得られたはずであるのに、本件事故に遭ったために昭和四三年一月一〇日までは右の収益が全く得られず、同月一一日以降同年二月一八日までの期間は一日平均一、〇〇〇円の収益を得ることができなかったことを認めることができる。

そうすれば、昭和四二年一二月二五日から同月三一日までの七日間の損失が金二万八、〇〇〇円、昭和四三年一月五日から同月一〇日までの六日間の損失が金一万二、〇〇〇円、同月一一日から同年二月一八日までの三九日間の損失が三万九、〇〇〇円となるから、以上金七万九、〇〇〇円が、本件事故のために原告の蒙った休業損害である。

3、慰藉料

請求原因7の諸事情は原告本人尋問の結果によって認められるところであり、原告の受けた傷害の程度、入院及び通院の期間、手術後の負傷箇所の状況、本件道路及び本件水道管の瑕疵の程度その他本件にあらわれた諸事情を考慮して、原告の受くべき慰藉料は金二〇万円をもって相当と認める。

以上1ないし3の合計は金二九万九、九五九円となる。

一〇、以上の次第であって、被告国の道路の管理に関する瑕疵と被告市の水道に関する瑕疵とが競合して本件事故を発生せしめたものであるから、被告らは各自原告に対し右金二九万九、九五九円とこれに対する事故発生後支払いずみに至るまで法定の遅延損害金を支払うべき義務があるものというべく、よって原告の本訴請求は被告らに対し右金員及びこれに対する本件事故発生後である昭和四三年二月一九日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める限度において正当としてこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言及び同免脱の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保園忍)

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