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山口地方裁判所岩国支部 平成7年(む)29号 決定 1995年11月22日

主文

本件申立を棄却する。

理由

第一  本件申立の趣旨及び理由は、申立人弁護人久笠信雄、今井光両名作成の平成七年九月二七日付裁判の執行に対する異議申立書、同年一〇月一一日付意見書及び同年一一月九日付意見書のとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、申立人は、本件判決(平成四年三月一九日、当支部で恐喝罪により懲役二年の判決を受け、平成七年三月一七日確定)確定前の平成五年六月、糖尿病で入院中の病院内で脳梗塞により倒れ右半身不随状態であり、刑務所では適切有効な処置がとられる可能性は低く、而して、本件収監はリハビリ治療入院中で、その中断により右下肢が廃用萎縮することとなり、また、糖尿病のため左目失明の危険があり、これらからみて「著しく健康を害する」(刑訴法四八二条一号)こと明らかであり、さらに、申立人は、身辺自立が不可能であるから、刑務所内での作業は不可能であり、かつ、日常生活も常に他人の介助を必要とし、受刑能力の欠如及び行刑目的達成の不可能は明らかである(同法条八号、大正一三年二月一六日行甲一八五号司法省行刑局長通牒)。以上の理由により、前記検察官が平成七年九月二二日申立人に対してした収監状の発付及び執行の処分を取消す旨の裁判を求めるというにある。

第二  これに対し、検察官は、同官作成の平成七年一〇月二日付意見書及び同年一一月九日付補充意見書のとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、申立人の病状はほぼ固定し、現在、生死にかかわる重大な病状ではなく、収監はやむを得ないものであり、違法ないし不当な収監ではなく、従って、異議理由は失当であり、本件異議の申立は棄却されるべきであるというにある。

第三  当裁判所の判断

一  一件記録によると、次の事実が認められる。

1  (確定判決)、申立人(昭和一八年一月八日生)は、平成四年三月一九日、当支部で恐喝罪により懲役二年の実刑判決を受け、控訴上告したがいずれも棄却され、同判決は平成七年三月一七日確定した。

2  (収監)、申立人は、控訴棄却判決日である平成五年八月二四日再保釈されていたが、前記確定判決に基づき発付された収監状により、平成七年九月二二日岩国刑務所へ収監されたのち、同年一〇月一三日広島刑務所へ移監された。

3  (入退院等)、申立人は、糖尿病治療のため平島病院(兵庫県三田市所在)に入院中の平成五年六月二六日脳梗塞を患い、同病院でその治療を受け、約四〇日後、大阪市のキリスト教病院に転院(三か月入院したのち、リハビリ等のため約一年六か月間通院した)した。その後、平成七年三月初めころ、柳井市内で砂利販売の商売(電話だけでできる)をするため、同市に帰宅し、周東総合病院(同市所在)にリハビリと内科治療のため通院(月水金の週三回)し、かなり回復したが、同年五月二四日暴力団組員から切り出しナイフで左胸等一一回刺され、加療約一か月間を要する傷害を負い、同日より同年七月五日まで同病院に入院した。そのため、申立人は、同年六月二六日ころ、やっと前記リハビリ治療を再開するに至った。そして、同年九月一二日光中央病院(光市所在)に再入院するまでの間、前記周東総合病院にリハビリ治療のため通院(前記週三回)した。右光中央病院入院の事由は、脳梗塞による後遺症と思われる右上、下肢麻痺による運動障害はこのまま放置すると関節の拘縮を伴い筋力低下をおこし再び運動することが不可能になる、今はリハビリが必要な時期だと考えるというものであるが、周東総合病院では、前記のとおり通院治療で足りるにもかかわらず、光中央病院が右のとおり入院させ(毎日午前中のみリハビリを受けていた)るに至ったのは、右周東総合病院によるリハビリ治療より「よりベター」となると判断したからにすぎない。

4  (負傷退院後の行動)、申立人は、平成七年八月一七日ころ、目の診察と妻の親の墓参りのため、大型車両の後部座席に乗車(従業員井上博文が運転し、妻が同乗した)して奈良市や名張市へ日帰り旅行し、また、前記周東総合病院を退院後光中央病院に再入院するまでの間(退院中)、大阪等から見舞に来た数人の者に対し、柳井市内で二~三回接待(飲酒等)をした。

5  (広島刑務所での服役状況)、同所は、医療刑務所ではないが、中国管内の矯正施設の医療共助施設(医療センター)であり、申立人の糖尿病は、食事療法によって良好な血糖コントロール状態にあり、糖尿病性網膜症は、平成七年一一月一日眼科専門医の診察を受け、右眼は、硝子体出血はなく、左眼は、硝子体出血未吸収部分が残存するものの、自然吸収するとの診断を受け、今後も必要に応じた処置を行うこととされており、脳梗塞後遺症は、投薬に加えリハピリ治療継続中であり、リハビリ治療は、右半身麻痺についてはソフトテニスボールを用いた握力の強化維持訓練、ベッド上、周囲での筋肉強化維持訓練及び歩行訓練等のリハビリテーションを行なっており、定期的に整形外科専門医の招へいも可能な状況下にあり、かつ、その指導によるリハビリ治療を行なって行く予定にされているし、前記眼の診察治療についても、右と同様の態勢下におかれているし、申立人は、現在、独居房に収容され、洗顔や入浴に際し、若干看病係の介助を受けているものの、雑工として就業し、運動場ではバーを使用して歩行訓練をし、食事・用便等を一人でしている。そして、申立人の服役は十分可能な状態にある、というのである。

なお、同刑務所では、平成元年、脳梗塞による右不全麻痺・糖尿病・高血圧と診断された六四歳の男性服役者を入所させたが、受刑に支障がなかった状況である。

二  以上の認定事実を彼此総合考慮すると、申立人の本件収監は、刑訴法四八二条一号、八号には未だ該当するとはいい難いと判断するのが相当であり、従って、検察官が申立人に対してなした本件収監状の発付及びその執行処分(収監)は適法であるといわなければならず、他に申立を認容すべき事由は存しない。そうすると、弁護人(申立人)の本件申立(主張)は、いずれも失当であるといわなければならない。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 山本愼太郎)

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