山口地方裁判所岩国支部 昭和38年(ワ)96号 判決 1964年7月23日
原告 今村有
右訴訟代理人弁護士 高木尊之
被告 米本正
右訴訟代理人弁護士 高橋一次
主文
被告は別紙目録記載の土地につき原告のため山口県知事に対する所有権移転許可申請手続をなし、かつ右許可があつたときは原告に対し山口地方法務局岩国支局昭和三七年一二月一七日受付第一二〇二七号をもつてなされた所有権移転請求権保全仮登記の本登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の裁判を求め、その請求の原因として
(1) 原告は昭和三七年一一月二八日被告に対し金二〇〇万円を昭和三八年五月二八日を返済期限と定めて貸付け、現金を交付し、その際右債務の担保の趣旨において、別紙目録記載の土地につき、被告が前記返済期限を徒過したときは原告はその一方的意思表示をもつて右貸付金額として右土地を買い取り得ることを内容とする売買の予約が両当事者間に結ばれ、右予約を原因として山口地方法務局岩国支局昭和三七年一二月一七日受付第一二〇二七号をもつて原告のため所有権移転請求権保全の仮登記がなされた。
(2) しかるに被告は前記約束の期限内に貸金の返済をしなかつたので、原告は被告に対し、昭和三八年一二月一七日到達の内容証明郵便をもつて右売買予約完結の意思表示をなした。
(3) 右土地は何れも蓮田として耕作されている農地(これが小作地であるとする被告の主張は否認する。)であるので、右売買予約の完結にともない、被告は原告に所有権を移転するため山口県知事に対して農地法第三条に定める所有権移転許可申請手続をなし、かつ右許可があつたときは原告に対し前記仮登記の本登記手続をしなければならないのに、これをしようとしないのでその履行を求める。
と述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実はこれを認めた上、抗弁として
(1) 本件土地は何れも農地であるから、その所有権移転を目的とする売買契約は県知事の許可のない限り効力を生ぜず、従つて売買契約に基づく本訴請求は失当である。
(2) 右農地は昭和三四年以来被告から訴外米森チエコに賃貸され同人が耕作している小作地であるが、小作地については小作人以外の者に対する所有権移転の許可は法律上与えられ得ないことと定められているので、小作人以外の原告がこれを買い受けようとする契約は無効である。
と述べた。
証拠として、≪省略≫
理由
本訴請求の原因として原告の主張する事実は被告のすべて認めるところである。従つて被告所有に係る別紙目録記載の土地につき締結された売買の予約が原告によつて適式に完結され、ただ右土地が農地なるにより右売買契約の効力の発生が所有権移転についての県知事の許可に係らしめられているものである。
被告は右契約の効力発生前においては右契約に基づき知事に対する許可申請手続をなすことを求めることはできないと主張する。しかしながら右契約の効力発生条件たる知事の許可を得るためには原告とならんで被告の申請が不可欠であるが、このように契約が効力を生ずるために法律上契約当事者の協力を必要とする場合に、その協力をなすべきことは、契約の当事者が契約を結んだこと自体により法律上当然に負う義務である。それは、条件の成否未定の間に条件の成就を妨げてはならない義務と同様に、契約当事者としての義務ではあるが、契約の意思表示的効果として負う義務ではないのである。従つて被告の右主張は理由なく、被告は前記売買の予約が完結されたことにともない、本件土地につき原告のため山口県知事に対する所有権移転許可申請手続をなさなければならない。
もつとも、被告は右土地は小作地であるから知事の許可は与えられる余地がないとも主張する。しかしながら仮りに右土地が小作地であるとしても、所有権移転許可申請に対する許否の基準時たるべき時期すなわち許否の処分が決せられる時期においても右土地が小作地たることを動かし得ないものとなすべき事由は認められないから、これをもつて右土地に対する売買契約は条件の成就不能なる無効のものとするを得ないし、その他如何なる意味においても前記許可申請手続の履行を被告において拒否し得る根拠となるものではない。
そうして原告に対する右土地の所有権移転につき許可が与えられた場合においては、被告は原告に対し右土地につきなされている前記売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の本登記手続をなす義務があるもので、かつ右義務は前記許可申請手続をなすべき義務とともに、右土地についての売買予約完結を原因としてその所有権を原告に帰属せしめるに必要な一連の手続中の一環たる手続の履行義務であるから、原告は、現に何らの根拠もなく許可申請手続の履行を拒んでいる被告に対し、許可の与えられた場合における登記手続の履行をも現在において訴求する利益を有するものというべきである。
以上により原告の本訴請求は何れもその理由があるものというべきであるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上主文のとおり判決する。
(裁判官 横山長)
<以下省略>