山口地方裁判所徳山支部 平成5年(ワ)168号 判決 1996年9月27日
原告
甲野花子
同
甲野次郎
同
甲野春子
同
甲山夏子
右原告ら訴訟代理人弁護士
弘田公
右原告ら訴訟復代理人弁護士
中村友次郎
被告
チューリッヒ・インシュアランス・カンパニー
右代表者代表取締役
フリッツ・ガーバー
右日本における代表者
マヌエル・アンジェロ・アイヒマン
右訴訟代理人弁護士
高崎尚志
右訴訟復代理人弁護士
佐藤敏榮
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告甲野花子に対し金四〇〇〇万円、原告甲野次郎、同甲野春子及び同甲山夏子に対し各金一三三三万三三三三円並びに右各金員に対する平成五年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、被告と二口の傷害保険契約を締結していた者が死亡したため、その受取人である相続人(原告ら)が、保険契約に基づき、法定相続分に応じて保険金の請求をした(付帯請求、請求の日の翌日以降であることの明らかな平成五年一月一日からの商事法定利率による遅延損害金)事案である。
二 争いのない事実
1 被告は、財物及び災害保険事業を目的とする会社である。
2 亡甲野太郎(以下「太郎」という。)は、被告との間で、次のとおりの保険契約を締結した。
(一) 月掛ファミリー交通傷害保険
契約日 平成四年六月二七日
契約者 太郎
保険証券番号 〇九六三二二三九
保険期間 平成四年七月一〇日から平成五年七月一〇日午後四時まで一年間
被保険者 太郎
死亡保険金額 金三〇〇〇万円
死亡保険金受取人 法定相続人
保険金の支払責任 運行中の交通乗用具に搭乗している被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって、その身体に被った傷害に対して、この約款に従い保険金(死亡保険金等)を支払う。
(二) 普通傷害保険
契約日 平成四年九月二三日
契約者 太郎
保険証券番号〇九〇七二五七八PO
保険期間 平成四年一〇月一〇日から平成五年一〇月一〇日午後四時まで一年間
被保険者 太郎
死亡保険金額 五〇〇〇万円
死亡保険金受取人 法定相続人
保険金の支払責任 被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって、その身体に被った損害に対して、この約款に従い保険金(死亡保険金等)を支払う。
3 太郎は、平成四年一〇月二九日午前五時四五分ころ、山口県熊毛郡熊毛町大字安田五八七番地の二先の県道において、軽四輪貨物自動車を運転中、島田川にかかる橋の欄干に衝突し、全身打撲により、同日午前七時に死亡した(以下「本件事故」という。)。
4 原告甲野花子は、太郎の妻であり、その余の原告は、太郎の子である。
5 原告らは、被告に対し、平成四年一二月中旬ころ、前記保険契約に基づいて、各保険金の支払を求めた。
三 争点
1 急激かつ偶然な外来の事故であることの立証責任
2 本件事故の偶然性及び外来性
(被告の主張)
(一) 本件事故は、太郎の故意または自殺行為であると推認でき、偶然の事故とはいえない。
(1) 太郎は、平成四年一〇月二八日の夜に家を出てその後の行動は不明であり、翌二九日午前五時四五分ころ、前記事故現場を業務用軽四輪貨物自動車(山口○○め××××)を運転し、右場所において、進行道路の右側、対向車線側の島田川の新蓬菜橋の欄干角部(高さ約九〇センチメートル、直径約五〇センチメートルのコンクリート製)に衝突したが、スリップ痕はなかった。
(2) 太郎は、財団法人防府消化器病センター防府胃腸病院にて、癌であるとの説明を受けた上、平成二年八月七日、胃切除手術を受けた。太郎は、その父、兄、姉を癌でなくしており、その再発、転移について大きな不安を持っていたと推認しうる。したがって、太郎が異常な行動をとる動機は十分にある。
(3) 太郎は、平成四年七月三一日午前〇時ころ、普通乗用自動車を運転し、国道三一五号線を徳山方面から須々万方面へ走行中、進行道路の右側、対向車線側の栄谷大橋南詰ガードレールに衝突し、崖下に転落するという自損事故(以下「第一事故」という。)を起こし、胸骨骨折、頭部外傷Ⅱ型、頸部捻挫にて徳山中央病院整形外科に入院した。
第一事故は、本件事故の少し前であり、事故形態において酷似しており、短期間のうちに、類似の事故を起こすのは不自然である。
(4) 太郎は、被告の本件保険の外、一〇口、保険金総額二億円を超える保険に加入しており、通常人の保険加入状況に比して不自然である。
(二) また、仮に、太郎が、胃癌若しくは糖尿病又はそれによる心神喪失を原因として本件死亡事故という結果を生じた場合であっても、本件事故は、偶然性、外来性の要件を欠く。
(原告らの主張)
(一) 太郎は、昭和四九年六月二六日、食料品小売り販売のスーパーを経営するため、有限会社甲野商事を設立し、代表取締役に就任して、スーパー二店舗を経営し、食事材料・加工品の宅配販売を業とする有限会社ゴールデンライフサービスも昭和四六年六月二一日設立し、また、有限会社甲野商事の一部門として、絵画のレンタルリース業を営み、有限会社甲野商事のみでも年間売上は五億九〇〇〇万円から六億九〇〇〇万円に達し、営業利益、経常利益ともに生じ、正規従業員四〇名を擁し、順調に会社も発展していた。そして、太郎は、平成四年一〇月に予定されていた本店移転の準備に多忙を極める毎日を送る傍ら、仕事の合間を縫って、社会奉仕活動として社団法人モロラジー研究所に所属し、モロラジー(最高道徳)実践のための活動を行っていた。家庭的にも、平成二年に長男とともに自宅を新築し、妻、長男夫婦、孫と同居し、家族全員で会社の業務に従事していたものであり、家庭的にも当時も将来的にも全く不安等はなかった。
(二) 太郎の本件事故前の健康状態は、糖尿病の持病は存するも、自動車の運転が通常にできないほど悪化していたと考えられる徴候はなく、検査の結果、癌の再発所見はなく、太郎が癌再発を信じたり認識していたという根拠もないから、その不安から逃れようとしたと考えることはできない。
(三) 太郎の傷害保険及び生命保険の加入状況には何ら不審な点はなく、さらに、被告との間の保険契約についても、太郎は、掛け金が安く保障が大きいとの理由から、太郎のみならず他の家族の加入も勧め、妻や長男夫婦も傷害保険に加入している。また、ファミリー交通傷害保険も家族全員となっている。
(四) 本件事故現場は、県道上であり、付近に民家も密集し、早朝とはいえすぐ事故が発見され通報・救命される可能性が強い。太郎はシートベルトを装着していたことも救命される可能性の高い運転姿勢である。さらに、太郎がわずか幅六〇センチメートル、高さ一メートル足らずの橋の欄干に高速度で衝突させようと意図し実行すること自体あまりにも不確実であり、自殺を考えて衝突する対象と考えること自体不自然である。
(五) 第一事故において、太郎はガードレールを押し倒し、山の傾斜面に車両で飛び出しているが、同山腹は谷に向かって緩やかな傾斜をもっているのみである。仮にガードレールを飛び出して自殺するのであれば、深い公になっている場所を選ぶはずであり、現に現場に至るまでにも至る所にある。
四 争点以外の当事者の主張
(被告の抗弁)
1 告知義務違反
太郎は、胃癌であることを知りながら、平成二年八月、胃切除とのみ告知し、また、実際は、健康状態は不良であるのに、健康に良好と告知している。
2 重複保険契約の通知義務違反
太郎又は甲野商事は、太郎を被保険者として、本件各保険契約締結前に、住友海上に合計金二五〇〇万円、東京海上に合計金二〇〇〇万円、日産火災に金一二三一万円、AIUに金五〇〇〇万円の傷害保険に加入していたにも関わらず、告知されていたのは、住友海上の金一〇〇〇万円のみである。
3 被告は、平成六年四月一四日付準備書面により、本件各保険契約を解除する旨意思表示した。
(原告らの再抗弁)
1 保険約款によると、被告が、告知違反及び重複保険の事実を知ったときから、三〇日以内に契約解除しなかった場合は、解除できないこととなっているところ、被告は、右期間内に解除しなかった。
2 仮に契約解除の形式要件があるとしても、契約解除ができるのは、保険契約者が保険契約締結の際、悪意又は重過失によって、重要事項の不告知又は不実の告知を行った場合であるところ、太郎又は原告らに右事実はない。
3 保険約款によれば、不告知の事実を保険会社が過失によって知らなかったときは解除できないところ、被告は、重要な回答事項について太郎が無回答であったにも関わらず、何らこの点を質すことなく、契約を締結しており、前記不告知の事実を知らなかったことについて、被告に過失がある。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
成立に争いのない甲第五、第六号証によれば、月掛ファミリー交通傷害保険普通保険約款第一条(2)及び傷害保険普通保険約款第一条①に、急激かつ偶然な外来の事故によって被った傷害について保険金を支払う旨規定されていることからも、請求者にその立証責任があるものとするのが相当である。
二 争点2について
太郎は、本件事故前、自殺をほのめかすような言動はなく、また、遺書もなかった(原告甲野次郎)、太郎は、スーパー等を経営していたが、特に商売上、特に行き詰まった状況にもなかった(甲一八、原告甲野次郎)、本件事故当時シートベルトをしていた(乙四八)など、本件事故が偶発的な事故であったことを推認させる事実はある。
ところで、一方、太郎は、平成二年八月七日、胃癌ということで、財団法人防府消化器病センター防府胃腸病院において、胃切除手術を受けたが、手術前に医師から癌であり、早期のものではない旨の告知を受けていた(乙三二、原告甲野次郎)、太郎の親、兄弟に胃癌でなくなったものが数名いる(乙三二、原告甲野次郎)、太郎又は甲野商事は、太郎を被保険者として、被告の本件保険の外、一〇口、保険金総額二億円を超える保険に加入していた(乙九ないし三〇、原告甲野次郎)、太郎は、本件事故の三ヶ月前にも自損事故(第一事故)を起こし、胸骨骨折、頭部外傷Ⅱ型、頸部捻挫にて徳山中央病院整形外科に入院したが、太郎は、居眠り運転していたと釈明したのみで、その後、特に車の運転に注意するとかの行動はとらなかった(甲八、乙三三、原告甲野次郎)、第一事故は、太郎の進行方向の道路右側(対向車線側)のガードレールを飛び越えたというものであったが、その手前のカーブの状況、事故状況から推測される太郎運転車両の速度から見て、居眠り運転によるものとは考えにくい(甲八、乙三五)、本件事故も、太郎が本件事故現場を北から南に向けて走行中、道路の進行方向右側(対向車線側)の橋の欄干に激突したものであった(甲七)、第一事故においても、本件事故においても、現場にスリップ痕がなかった(甲七、八)、太郎は、本件事故前、体が全体にやせ細ってきた、疲れる疲れるとよく口走り、居眠りしていることも多かったにも関わらず、夜間行く先も告げず、出かけることがたびたびあった(甲一八、原告甲野次郎)などの事実が認められる。確かに、太郎に癌が再発したと認められる確たる状況にはなく、また、太郎も病気を気に病んでいる様子は見受けられなかったものであり(甲一八、乙三二、原告甲野次郎)、太郎を被保険者として多額の保険契約がされていたが、その加入時期もまちまちであり、太郎や甲野商事の収入から見て、その保険料が不相応であるとは言えず(乙九ないし三〇、原告甲野次郎)、太郎が保険金を不正に得る目的で保険に加入したと認めることもできない。しかし、第一事故からわずか三ヶ月後に同じような内容の本件事故が発生しており、しかも、太郎は、第一事故により相当な傷害を負ったにもかかわらず、本件事故に至るまで車の運転に特に注意をする行動をとっていなかったばかりでなく、居眠り運転の生じやすい夜間に外出するなどしており、また、両事故ともスリップ痕もなく、追突した角度や速度などの状況等から見て偶発的な事故、特に居眠り運転による事故としては不自然な点があり、太郎は、胃癌であることの告知を受けており、再発しているのではないかと疑っていたとの確たる証拠はないものの体調の不良を感じており、多額の保険に加入していることもあって、少なくとも突発的に自殺を考える動機は十分にあることなどからすると、本件事故は太郎が自殺を企てて生じさせた可能性も否定できず、結局、急激かつ偶然な外来のものであるとは認めることができないというべきである。
三 以上によれば、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく、失当であるから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官廣永伸行)