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山形地方裁判所 昭和25年(行)14号・昭25年(行)15号 判決

原告 細谷富士郎 ほか七名

被告 国

一、主  文

原告等の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告知事が、原告等所有の別紙目録記載の土地(各人別の所有地は同目録記載の通り)について、昭和二十二年九月三十日原告等に対し同年七月一日付買収令書を交付して為した買収処分は、無効なることを確認する、訴訟費用は被告等の負担とする、との判決を求め、その請求原因として、本件土地について、山形県農地委員会は昭和二十二年五月十三日自作農創設特別措置法(以下自創法と称する)第三十条により買収計画を定め、同月二十二日その旨公告し、被告知事はこれに基き同年九月三十日原告等に対し同年七月一日付買収令書(買収時期は同月二日)を交付した。

しかしながら、本件土地は買収計画樹立前に進駐軍から接収され、開墾耕作することができなくなつたのであるから、これを未墾地買収の対象と為すことはできない。即ち進駐軍は機動演習砲の射撃地及び着弾区域として本件土地を含む戸沢地区一一六五三、二二エーカーを接収する為め五万分の一の地図にこれを図示して昭和二十一年十二月三十日被告知事に対し接収指令(PD)を為し、現地には同二十二年早春頃右区域内に立入ることを禁止する制札を掲げ、その使用収益を禁止して同年四月頃から射撃を開始したものであるから、かような土地は自創法第一条及び第三十条の法意に照し、これを開拓適地と見ることはできないし、日本政府としても接収指令を受けた以上絶対的にこれに応じなければならないのであつて、その目的土地を自作農創設等他の目的に供することはできないのである。しかるに山形県農地委員会は敢えてこれを無視して買収計画を定めたものであつて、その違法なることは言う迄もなく、従つてこれに基いて為した被告知事の買収処分も到底その効力を生ずるに由なきものと言うべきであるから、被告等に対しその無効なることの確認を求める為め本訴請求に及ぶと述べ、

被告等の主張に対し次の通り反駁した。

一、接収の性質について、

接収とは進駐軍が日本政府に対し一定の地域を強制使用する旨の指令である。この指令を為すことによつて直ちにその地域を自由に使用することができることとなるのであつて、日本政府及び国民はこれに対し不服を申立てることはできない。ただ日本政府は接収に伴う国内的の前後措置として国民の権利を保障する為め当該地域について、その所有者との間に賃貸借契約を締結するに過ぎないのである。

二、賃貸借期間の始期の遡及について、

仮りに所有者に対する接収の効力が、それとの賃貸借契約の成立によつて発生するとしても、被告等主張のように昭和二十四年六月三十日になされた本件土地の売渡を受けた入殖者と特別調達庁との間の右土地の賃貸借期間の始期を昭和二十三年四月一日に遡及せしめることは正当な根拠に基くものではない。若しこれを遡及せしめるならば、その始期を接収指令のあつた昭和二十一年十二月三十日か、射撃の開始された同二十二年四月頃にするのが事実に合致する措置と言うべきである。従つて敢えてこれをしなかつたところに、原告等の権利を侵害した違法がある。

三、本件土地えの立入耕作について、

所有者が本件土地を使用収益することができないことは、該土地について相当の賃貸料をとつており、又既耕地については離作料をとり、供出の免除を受けておる実情に照し明かである。仮りに立入り耕作しておるとしても、それは進駐軍が接収後耕作者から陳情があつたので、単に見て見ぬ振りをしておるに過ぎず、所謂黙認と称する程度のものであつて、法の保護に値いしないものである。若しこれを正式に許可されて公然耕作しておると言うならば、所有者は賃貸料若しくは離作料をとり、或は供出の免除迄受けながら、平常の如く耕作して収益をあげ、二重に利得することとなり、かようなことは法理上は勿論のこと社会通念の上からも許さるべきでないからである。仮りに耕作を黙認せられたことによつて収穫をあげるのに差支ないとしても、耕作を黙認されたのは、本件買収計画樹立後の昭和二十四年六月のことであるから、未墾地買収処分の適否は買収計画樹立当時を基準として判断せらるべきであるとの通念に照し、右黙認は本件買収処分の適否の判断に何等影響を及ぼすものではないと述べた。(立証省略)

被告等訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として原告等主張の事実中、原告等主張の日に、その所有にかかる本件土地について、山形県農地委員会が未墾地買収計画を定め、その旨公告し、被告知事がこれに基き原告等に対しその主張の如き買収令書を交付したこと及び本件土地が連合軍から接収されたことは争はない。

本件土地については、昭和二十一年十二月三十日山県第十一空挺師団砲兵大佐から山形県渉外課に、更に同二十三年十月二十一日山形第十一空挺師団砲兵隊司令官から仙台特別調達庁に対し土地の使用を目的とする日本政府宛の調達要求(PD)が為されたのであるが、当時調達土地は明確ではなく、昭和二十四年二月二十三日に至り特別調達庁員の現地調査により初めてこれを確認することができたので、特別調達庁仙台支局長は右要求に基き同二十四年六月三十日、当時既に本件買収土地の売渡を受けた入植者(同二十二年四月一日に入植)の代理人たる戸沢村村長笹原数男との間に賃貸借契約を締結したものであつて、ただその賃貸借期間を同二十三年四月一日に遡り、同日より同年九月三十日迄と定め、その後期間を更新しきたつたものである。

所謂接収とは、調達のことを言うのであつて、日本政府が連合軍からの調達要求に基き土地所有者から期間を定めて土地を賃借してこれに応ずることであり、その効力は賃貸借期間の初日から発生する。従つて本件買収計画の樹立は調達の効力発生前に為されたことになるから、買収処分は調達によつて何等影響を受けないし、又調達は土地の使用である以上、これによつて調達土地の譲渡は制限を受けない。

しかして又本件土地は連合軍からこれを開墾耕作することを容認され、現に自由にこれに立入り耕作しておる次第であるから、本件土地を自創法第三十条により買収するも何等違法ではないと述べた。(立証省略)

三、理  由

原告等所有の本件土地について、山形県農地委員会が昭和二十二年五月十三日自創法第三十条により買収計画を定め、同月二十二日その旨公告し、被告知事がこれに基き同年九月三十日原告等に対し買収処分をなしたこと及び本件土地が連合軍から接収されたこと(接収の性質についての論議はともかくとして)は当事者間に争がない。

先づ土地の接収が如何なる方式のもとに行われるかについて考察する。連合軍が日本を占領していた当時における日本管理の方式は、原則として連合軍が直接国民に対し命令を発したものではなく、日本政府を通じてこれを実施したものであつて、物の接収についてもこの方式に従つたものであることは昭和二十年九月三日発せられた指令第二号第四部資源第一項総則の趣旨に徴し明かである。従つて日本政府としては連合軍の需要に応ずる為め昭和二十年勅令第五四二号「ボツタム宣言受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」を公布して国民に対する一般的根拠を示し、更に土地等の接収に関して右勅令に基き昭和二十年勅令第六三六号土地工作物使用令を公布したこと、そこで土地を接収するには先づ連合軍から日本政府に対し調達を要求する命令が発せられ、これを受けた政府は所有者の同意を得るか若くは土地工作物使用令の定める手続を経て目的物に関する使用権を取得し、これを連合軍に提供すると言う段階を経るものである。

されば法形式の点から言えば、原告等所論の如く、進駐軍が調達要求を為すことによつて即座にその目的物件の使用を為し得るわけのものではないのである。

本件土地については、成立に争のない乙第一号証の一ないし四、同第二号証、証人細谷登喜雄、同佐藤亮及び同清野隆太郎の各証言を綜合すれば昭和二十一年十二月三十日進駐軍宮城軍政部から日本政府に対し、これを砲兵が射撃する際の着弾区域として使用すると言うことで調達要求が為され(同二十一年十二月三十日日本政府に対し調達要求が為されたことは当事者間に争がない)(同二十三年十月二十一日重ねて第八軍調達部から調達要求が為された)、同二十二年五月頃連合軍の砲撃開始によつて支障なくその使用が初められたこと、しかるに、同二十四年六月三十日に至り特別調達庁仙台支局長と本件土地所有者(自創法により売渡を受けたもの、以下同じ)の代理人たる戸沢村村長との間において右目的土地についての賃貸借契約書が取りかわされ、しかもその第二条で「契約期間昭和二十三年四月一日より同年九月三十日迄とする」と定めたことを認めることができる。

そもそも連合軍の調達要求は絶対的なものであつて、日本政府はこれに応じて、調達の目的物が本件のように土地であるような場合には、その使用権を取得しなければならないし、その所有者もこれに従わなければならないことは明かである。従つて政府が土地所有者からその同意を得るとかして正式に土地の使用権を取得しない間でも、本件のように連合軍による土地の使用が、現実にその引渡が行われなくとも可能であるような場合には(後記認定の如く本件土地は弾道下になる為め調達要求の目的地となつた)、連合軍が前記認定のように支障なく土地の使用を開始すれば、そのこと自体により、その所有者に対し政府は土地の使用権を取得したものといわなければならない。ただ本件で、政府と土地所有者との間において前記認定の如き内容の賃貸借契約書を取りかわしたのは、前掲乙第二号証、証人山崎定雄の証言及び前記認定の事実に徴し、右契約書所定の遡及した日時以後の右両者間の土地使用関係を明確にする為めであつたと解する。

以上の次第であつて、本件土地の接収はその使用のみに関するものであるから、連合軍の需要をみたした上で、なお事情が許せば政府がこれを自創法により買収して開拓の目的に供するも何等差支のないことである。このことは、所有者等による接収地の使用を、全然禁ずる趣旨でない土地工作物使用令第十一条によるも肯定し得るところである。

原告等は、本件土地は接収された結果これに立入ることは禁止されたものであるから、これを開拓適地として買収したことは無効であると主張し、買収処分の適否の判断は、原則として買収計画樹立当時を基準として為さるべきであるから、本件買収計画樹立当時、果して本件土地が原告等主張の如き状況にあつたかどうかについて考察するに、成立に争のない甲第四号証の一、二、乙第三号証の一、二証人斎藤勝治、同細谷登喜雄、同星野弥十郎、同金子儀七、同大沼六兵衛(後記認定に反する部分を除く、除外部分は信用しない)、同佐藤亮、同林正照の各証言及び検証の結果を綜合すれば連合軍から前記のように調達要求が発せられる頃迄に、本件土地の北方の山の中腹十三個所位に射撃の標的が、又隣村大高根村と西郷村に砲座がつくられ本件買収計画樹立の日の前後頃から射撃が開始されたものであるが、本件土地は砲座地域とか、標的地域とかになつたものではなく、弾道下になつたものであつて、耕作地が砲撃によつてあらされると言うようなおそれは殆どないこと、しかして弾道下の本件土地の附近には既墾農地もあつて、これ等の土地に立入つて開墾耕作することについては、当初から、ずつと連合軍から、射撃のない日に限つて(通常日曜日には射撃はなくその外に水曜日と土曜日にも射撃のないことがある)これを暗黙に許容されていたこと(尤も成立に争のない甲第三号証及び証人清野隆太郎の証言を綜合すれば昭和二十三年以後に一時全然立入を禁止する通達はあつたけれども)が認められる。証人細谷忠治及び同斎藤仁作の証言中右認定に反する部分は信用することはできない。尚証人細谷登喜雄、同金子儀七の証言及び検証の結果を綜合すれば本件土地に通ずる道路上に遮断機が設けられたことが認められるけれども、右金子証人の証言によればそれは買収令書交付後の昭和二十三年夏以後のことであり、又射撃のある日に限つて用いられるものであることが認められる。

以上認定の事実により、本件土地は接収されてもその開拓耕作は可能であると認めるのが相当である。原告は本件土地の耕作は進駐軍に於て之を見て見ぬふりをしておるに過ぎないもので法的保護に価しないものであるというけれ共、進駐軍の右土地の使用関係は前示の通り日本の国法以上の事実関係にその根拠を有するもので、右事実関係は前示認定の様に進駐軍の射撃に支障なき限り本件土地の耕作を許され来つたもので、本件土地に関する賃貸借契約書を取交した後も右事実関係は変らなかつたものであるから、右事実関係に基きて進駐軍の土地使用の法律関係を解釈しなければならぬものであるから、右耕作をなすことを以て法の範囲外であるということは出来ない。尚前掲乙第二号証、証人斎藤勝治、同細谷登喜雄及び同金子儀七の各証言を綜合すれば政府は本件土地所有者に対し同人等と前記のように賃貸借契約書を取りかわした後、賃借料及び開拓地について離作料を支払つておること(供出は免除していない)が認められるけれども、右証拠により窺われるように賃借料の金額は僅少であることと、土地工作物使用令第十二条の法意に照し右交付金は、名目はともあれ、多分に、耕作者が何等制限を受けることなく、自由に耕作し得ないことに対する損失を補償する趣旨のものと見られるから、土地を或制限の下に耕作しながら、更に右金員の交付を受けても決して原告主張の様に二重の利得をすることにはならない。

然らば山形県農地委員会が本件土地について、未墾地買収計画を定めたことに、これを無効ならしめる程の重大な瑕疵は存在しないものと言うべきであり(このことに関しては成立に争のない甲第二号証により何等制約を受けない)、従つて右買収計画に基いて為した被告知事の買収処分もその効力を否定せらるべきではない。よつて原告等の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し主文の通り判決する次第である。

(裁判官 大竹敬喜 伊藤正彦 高橋太郎)

(目録省略)

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