大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所 昭和32年(行)13号 判決 1958年12月22日

原告 島津郷太

被告 山形県公安委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、「被告が昭和三十二年十月十七日付をもつて、原告に対してなした昭和三十二年十一月十二日から昭和三十三年一月二十日までの七十日間の自動車の運転免許を停止する旨の処分は、これを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告はかねてから、普通自動車免許を受けていたところ、被告は昭和三十二年十月十七日、原告に対し同年十一月十二日から七十日間右運転免許を停止するとの処分をなした。

二、しかしながら、右処分には次のような違法がある。

(一)  右行政処分は、山形県警察本部長が、被告公安委員会の委任を受けたとして、被告の名をもつてなしたものであるが、かかる委任は許されるところではない。

(二)  原告には、処分をうくべき責任がない。原告は、昭和三十二年九月九日午後一時半頃、貨物自動車を運転して、山形県東置賜郡高畠町大字二井宿俗称駄子部落を進行中、前方を萩原やのがリヤカーを引いて歩行するのを認めて、除行し、同女が脇道に入つたのを確認して、そこを通過したところ、同女の入つた脇道が坂になつていたため、同女はリヤカーとともに逆戻りして、そのリヤカーが、原告の運転する右自動車の後輪に触れ、リヤカーとともに反覆して、全治二週間の負傷をしたものである。そこで原告は直ちに同女を右自動車に乗せて、高畠病院に入院させ、且つ、自動車損害賠償責任保険金全額を同女に受領せしめることを同女に申入れて示談の交渉中である。前述のように、右事故は、萩原やのが誤つて坂より逆戻したために発生したものであり、原告には業務上の過失はない。その過失あるものと認めてなした運転免許停止処分は違法である。

(三)  右行政処分をなすにつき、被告は全く具体的事情を調査せず、原告に弁解の機会を与えず、その結果著しくその自由裁量の範囲を逸脱した処分をしている。被告は、赤湯警察署長から山形県警察本部長宛の報告書のみにもとずいて裁量をなしたものであるが、右報告書中には「原告は部落でも最も横着なので信用がないが、金持のため物事を解決している。今回の交通事故は無届であり、警察ならびに被害者に対して、何等悪いとは考えていない。厳重処分されたい」との記載があり、かゝる下級警察官の原告に対する悪感情をもつてした被告書により、原告からは何等の事情の聴取をせず、一方的に七十日間もの長い期間に亘る運転免許の停止処分をなすことは、裁量権逸脱の違法がある。なお、右処分は原告に対する刑事上の処分である起訴、不起訴が未決定のうちになされているが、刑事上の原告の責任が確定されてから、行政処分がなされなければならない。

(四)  右行政処分は、「運転免許等の取消、停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令」第五条に違背する。同条第一号によれば、本件萩原やのの傷害の治療期間は十四日であるから、免許の停止期間は五日以上四十日以下となり、同条第二号の五日以上二十日以下を加重するも最高六十日間を超える停止処分は許されない。

よつて、右処分の取消を求めるため本訴に及ぶと陳述し、

被告の主張事実を争う。

被告は、運転免許停止期間が満了したから、本件訴は却下さるべきであると主張するが、原告には、右期間が満了しても権利保護の利益が存する。(1)前記総理府令第八条によれば、運転免許の停止処分を受けた後、さらに一年以内に運転免許の停止処分を受ける場合には、その停止期間は右基準の定める期間を加重することができると規定されておるから、原告にとつては、昭和三十四年一月二十日まで、本件処分は加重原因となる。(2)なお本件処分が取消されたときに、原告ははじめて、国家賠償法にもとずく損害賠償を請求できるのである。原告にはいまなお本件取消を求むべき法律上の利益がある。と述べた。

(立証省略)

第二、被告訴訟代理人は、

本案前の答弁として、原告の訴を却下するとの判決を求め、その理由として、

原告は、本訴において、被告が昭和三十二年十月十七日原告に対してなした同年十一月十二日から昭和三十三年一月二十日までの七十日間の自動車の運転免許を停止するとの行政処分の取消を求めているところ、およそ、このような取消請求は、その処分の効果が現に継続しており、その効果を失わしめることが可能な間に限らるべきであるが、右停止期間は昭和三十三年一月二十日をもつて満了したから、右以降原告は以前の権利を回復したのであるから、もはやその取消を求める法律上の利益を有しない。

本案につき、主文同旨の判決を求め、答弁として、請求原因の一、および二、の(二)の事故発生の事実(但しその原因は争う)は認める。二の(一)(三)(四)は争う。と述べ、次のとおり主張した。

一、本件処分は、山形県警察本部長が、被告の名をもつてなしたものであるが、それを次回の被告公安委員会の会議に報告し、その承認を得ているから何等の違法はない。被告は、警察法第三十八条第四項、第四十五条に則り山形県公安委員会運営規則(昭和二十九年七月五日第四号)を制定しているが、同規則第十一条には、

別表に揚げる公安委員会の権限に属する事務は警察本部長が公安委員会の名において、迅速且つ適正に処理しなければならない。

警察本部長は前項の規定による事務処理の状況を次回の会議の際報告しなければならない。

別表

第九道路取締法(以下第九中「法」という)による事務に関する事項、

五、法第九条第五項の規定による運転免許の停止処分であつて同条第六項の規定に該当しない停止処分

の規定が存する。しかして昭和三十二年山形県公安委員会規則第三号第三十二条によれば、「道路交通取締法第九条第六項により免許を取消し、又は九十日以上の停止をしようとするときは、公開による聴聞を行う」と定められている。山形県警察本部長は右各規定に従つて、被告の名において迅速に且つ適正に、本件処分をなし、これを次回の会議の際、公安委員会に報告し、その承認を得ているから、何等の違法はない。

二、被告が本件処分をなすに当り、公開による聴聞を行わなかつたのは、道路交通取締法第九条第五、第六項、昭和三十二年山形県公安委員会規則第三号、第三十二条(「法第九条第六項により、免許を取消し、又は九十日以上の停止をしようとするときは、公開による聴聞を行う」)旨の規定に従つたものであり、従つて、仮りに被告が赤湯警察署長から送致された関係書類のみによつて本件処分をなしたとするも何等違法ではない。

三、被告が本件処分をなすに至つた主たる理由は、原告が本件事故発生後その内容等を当該事故発生地を管轄する赤湯警察署の警察官に報告せず、現場を去ることにつき、その指示を受けなかつたことにある。従つて、それは道路交通取締法施行令第六十七条第二項、道路交通取締法第二十四条第一項に違反するものとしてなされたものである。しかして、「運転免許等の取消停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令(昭和二十八年総理府令第七十五号)第四条第二号によれば、右道路交通取締法第二十四条第一項に違反したときは、免許等の取消又は三十日以上の停止処分を行うものとされている。停止期間を定めるにつき被告には何等の違法はない。

(立証省略)

理由

一、先ず、原告の訴の利益の存否につき案ずるに、

原告は、本訴において、被告が昭和三十二年十月十七日付をもつて原告に対してなした、同年十一月十二日から昭和三十三年一月二十日までの、七十日間自動車運転免許を停止する旨の処分の取消を求めているところ、証人山川市郎の証言によれば、右処分は既に執行されたことを認むべく、右停止期間は本件訴訟係属中に満了していることは明らかなところである。ところで、「運転免許等の取消停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令」(昭和二十八年第七十五号)第八条によれば、運転免許の停止処分を受けた者が、その停止期間満了後さらに運転免許の停止処分を受けるに至つた場合には、再度の停止期間は、加重される旨の規定が存する。本件についてこれをみるに、原告は、右一年以内である昭和三十四年一月二十日までに再度の運転停止処分をうけることになれば、本件停止処分をうけた事実が、その期間加重の原由となるわけである。右の点からするも、原告には訴の利益が存するものとせねばならね。被告の、停止期間満了後は、既に被処分者が以前の権利に復したから、処分の取消を求める法律上の利益が存しないとの見解は、採用することができない。

進んで本案について判断する。

二、原告がかねて普通自動車運転免許を得ていたところ、被告は昭和三十二年十月十七日付をもつて、原告に対し同年十一月十二日から昭和三十三年一月二十日まで七十日間、右運転免許を停止する旨の処分(以下本件処分という。)をなしたことは当事者間に争がない。

三、しかるところ、原告は本件処分は山形県警察本部長が被告の委任を受けたとして、被告公安委員会の名をもつてなしたものであるから、違法であると主張するので此の点を案ずるに、

証人高橋末雄の証言および弁論の全趣旨を綜合すれば、本件処分は山形県警察本部長が、被告の名をもつてなし、その後の被告委員会の会議においてこれを報告したものであることを認めることができる。

右のような手続が許されるかにつき、被告は警察法第三十八条第四項、第四十五条、山形県公安委員会(運営)規則(昭和二十九年七月五日第四号)第十一条を挙げて適法であると主張するが、右運営規則は、昭和三十三年五月二十四日山形県公安委員会規則第五号によつて全部改正されており、本件処分時には適用されていない。ところが、当時施行されている「山形県公安委員会の事務処理に関する規程」(昭和三十二年五月二十八日同委員会規程第一号)第二条には、

1  委員会の権限に属する事務のうち別表第一に掲げるものについては、警察本部長(以下「本部長」という)限りで処理することができる。

2  本部長は前項の事務について、必要があるときは、所属職員に当該事務を代理処理させることができる。

3  本部長は前項の規定により処理した事務については別表第一の報告区分により、委員会に報告しなければならない。

別表第一、

専決事務、 報告区分

第九道路交通取締法関係、 次の会議において

四、法第九条第五項の規定による運転免許の停止(聴聞を必要としない場合のみ) 報告

との規定があり、被告の本件処分は右を根拠としていることが明らかである。以上のような公安委員会の権限に属する運転免許の停止処分につき、委員会が県警察本部長に処分を専決させ、爾後報告を受ける如き処分の手続が法の許すところであるかにつき考えるに、公安委員会の運転免許の停止処分は、準司法的色彩のつよい処分ではあるが、同処分をなすにつき聴聞の手続をとらない場合に、また爾後報告がなされ再度の考案の余地が残されている場合に限り、警察法第三十八条以下第四十六条、道路交通取締法第九条等の法趣旨に鑑みて、法の許容するところであると解する。此の点についての原告の主張には、理由がない。

四、次に、原告は、被告は本件処分をなすにつき、原告に弁解の機会を与えず、且つ具体的事情を調査せず、単に所轄警察署よりの原告に対する悪意をもつてなされた報告書によつてのみ処分したことは、裁量の範囲を逸脱した違法があると主張するので、案ずるに、

本件処分をなすにつき公開による聴聞の手続がなされなかつたことは当事者間に争のないところであるが、道路交通取締法第九条第五項、昭和三十二年山形県公安委員会規則第三号の第三十二条によれば、本件処分のごとく九十日未満の期間、自動車運転の免許を停止をするには公開の聴聞を要しないことは明らかであり、証人高橋末雄、同山川市郎の各証言、成立に争のない甲第二号証の二ないし九を綜合すれば、本件処分は所轄赤湯警察署よりの実況見分調書各関係人の供述調書等の関係記録にもとずいてなされており、単に報告書によつてのみなされたものでないことが認められる。そして、本件処分の如き七十日間の運転免許の停止処分をするにつき必ず本人に弁解の機会を与えなければ、裁量を逸脱したものということはできない。また右甲第二号証の二の報告書の行政処分についての警察官の意見の欄の記載には、原告に対する感情的な態度がうかがえるが、その記載のために本件処分が余りにも重くなつたとの立証はない。此の点についての原告の主張も採用することはできない。

五、原告は、原告に対する刑事々件の起訴、不起訴の決定以前に本件処分がなされたことは妥当をかくと主張するが、刑事事件と行政処分とは、その主体、目的等を異にするから、原告に対する刑事々件の進行状況に照し、行政処分がなさなければならないとの主張は採用できない。

六、次に原告は、原告が故意過失により交通事故を起したものではないから、本件処分はその理由を欠くと主張するので案ずるに、

(1)  原告が、昭和三十二年九月九日午後一時三十分項貨物自動車を運転して、山形県東置賜郡高畠町大字二井宿俗称駄子部落を進行中、前方を萩原やのがリヤカーを引いて歩行するのを認め、これを追い越そうとした際、やののリヤカーが原告の運転する自動車に触れ、リヤカーが反転して、そのため、同女も倒れ、治療二週間の負傷をしたことは当事者間に争がない。

(2)  しかるところ、右事故発生の理由は、

検証の結果、証人萩原やの、同黒田陽一、同大浦宏一、同菅原金之助の各証言、原告本人尋問の結果(その一部)および成立に争のない甲第二号証の二、ないし九乙第二号証を綜合すれば、

原告は前記日時場所を、自己の経営する会社所有の五噸積貨物自動車に箱板約三噸を積載して、山形へ向う途中、前方にリヤカーを引いて歩いていく萩原やのを認め、時速を四十粁位から、二十粁位に減じて進行したところ、やのが後を見て急ぎ足で、仙田くに方の通路に曲りかけた際その左側を追越そうとしたこと。そしてかゝる場合は、自動車運転手としては、右道路が狭いのであるから、リヤカーが完全にわきの通路に避譲するのを確認してから、これが追越しにかかるべき業務上の注意義務があるというべきである。しかるに、原告は、右注意義務をおこたり、萩原やのが完全に右通路に入らぬうちに、追越しにかゝり、運転する自動車と衝突することはないと軽信して進行を続けたため、リヤカーの車体左後部に、自動車の後部右車論を触れさせ、よつて右萩原やのに対し、左耳殻後耳部挫創および頭部挫傷を負わせたこと、を認めることができる。

右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は信用できない。

その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

果して然らば、右事故の発生の原因は、原告の過失によることは明らかである。此の点についての原告の主張は理由がない。

七、しかして、本件処分の理由を検討するに、成立に争のない甲第一号証によれば、その行政処分通知書には処分の理由が記載されていないが、前掲甲第二号証の二、弁論の全趣旨を綜合すれば、被告が本件処分をなした主たる理由は、道路交通取締法第九条第五項の「その他特別の事由」同法施行令第五十九条第一項第一号、同法第二十四条第一項同法施行令六十七条第二項、昭和二十八年総理府令第七十五号、第四条第二号にあつたことを認めることができる。

しかるところ、前記各条項に原告の所為が該当するか、前記交通事故の発生につき、原告のとつた措置につき検討するに、

前顕各証拠および証人島津富男の証言を綜合すれば、

原告は負傷した萩原やのを、その運転する貨物自動車に同乗させ、高畠病院の手前まで運び、そこで原告の経営する会社の従業員島津富男をして、同女を右病院に連れていかせたこと。しかしながら、原告は、右事故発生の事実を右島津富男に警察官へ報告してくれと依頼し、報告がなされたことを確認せずに、そのまゝ警察官の指示を待つことなく、自動車を運転して山形市へ向い、同夜遅く帰宅したこと。一方右警察への報告を依頼された島津も原告が警察署の方へ自動車を運転していつたので、原告自身でも直接警察官に事故の発生を報告するものと考えて、依頼された任を果さなかつたこと。原告は、警察官へ事故を報告してその指示を待つことなく、交通事故の現場を去つてはならない義務のあることを認識していたことをそれぞれ認めることができる。

右事実によれば、原告は前記道路交通取締法第二十四条第一項同法施行令第六十七条第二項に違反したものというべく、よつて、同令第五十九条第一項第一号、前記総理府令第四条第二号に従つて本件処分をなした被告の処分には理由がある。

また、右総理府令第四条第二号によれば、三十日以上の運転免許の停止をすることができると規定されており、右停止期間は、不当に長期間であることは、前叙認定の諸事情に照して、これを認めることができない。

原告は総理府令第五条を適用さるべきであると主張するが前叙の如き原告の所為は同条に該当する場合でないから、右主張は採用することはできない。

その他、本件処分につき違法、又は裁量を逸脱した点があることを認める証拠はない。

果して然らば、原告の請求には理由がないことに帰するのでこれを棄却すべく、よつて、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西口権四郎 藤本久 丸山喜左エ門)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例