山形地方裁判所 昭和37年(ワ)52号 判決
○当事者
原告
宗教法人塩常寺
右代表者代表役員
板垣恵明
被告
斎藤琢治
ほか三名
被告等訴訟代理人弁護士
溝越清一郎
○主 文
原告の請求は何れも之を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○事 実
原告は、被告等は原告に対し別紙目録記載の土地を同地上に存在する墓石を収去した上明渡し、且つ連帯して金一万二千四百四十八円を支払え、訴訟費用は被告等の連帯負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、
原告宗教法人塩常寺の現住職板垣恵明は、昭和十六年九月三十日その職に就任したものであるが、被告等は他宗派の寺院の檀徒であるにも拘らず、共同で右住職の就任以前より原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下、係争墓地)に墓石を建立し、墓所として永年に亘り無権限にて之を不法占拠している。そこで原告は被告等を相手取り、村山簡易裁判所に対し墳墓地賃貸借契約締結を求める調停の申立をなしたところ、該調停は被告等の拒否により不調に帰するに至つた。よつて止むなく原告は被告等に対し、墓石を収去して係争墓地を明渡すべきこと及び、本件係争墓地周辺の普通畑一反歩の年間所得は金一万六百七十円であつて、之を基準にすると原告の蒙つた損害は坪当りが金三十八円九十銭、係争墓地約十六坪に対しては金六百二十二円四十銭となるので、現住職就任の昭和十六年より昭和三十六年迄の二十ケ年分合計金一万二千四百四十八円の損害金を支払うべきことを求める次第である。尚、被告等の行為は共同不法行為を構成するものであるから、被告等は右金員を連帯して支払うべき義務が有る。
と陳述し、被告等の抗弁をすべて否認した上、原告の代表役員板垣恵明は原告所有に係る墓地の管理者であるから、墓地埋葬等に関する法律第十二条の趣旨よりするも、管理者制度の存在する墓地につき時効取得の完成するいわれがない、又、仮に係争墓地に被告等主張の如き使用貸借契約が存在するとしても、原告は本訴を以て該契約を解除する、尚、原告所有の墓地は元杉島部落民の共葬墓地ではない、と述べ、立証(省略)
被告等訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として、
一、原告の主張事実中、原告の現住職板垣恵明が昭和十六年九月三十日その職に就任したこと、原告主張の係争墓地に被告等が共同して墓石を建て之を墓所として使用していること及び原告主張の如き調停の申立が有り、該調停が不調に終つたことは何れも認めるが、その余の事実は之を否認する。
二、而して、被告等を含む山形県村山市大字河島元杉島部落民は明治三十五年頃迄各戸別々に墓所を設けていたが、同年一月八日山形県知事の墓地許可指令に基づき、且つ右知事より権限を委譲された当時の西郷村長(現在に於ける村山市西郷支所長)の指令により、原告主張の村山市大字河島元杉島字舟久保千二百三十一番墳墓地一反八畝二十六歩(以下、本件土地)に全部落の墳墓を移転し、被告等の各先代も同時に本件土地の一部たる係争墓地に墳墓を移し、その後は元杉島部落民全部で本件土地を墓地として共同使用して来たもので、当時は該土地が原告の所有に属するや否やを知らず、唯前記村長の指示に従つて占有使用を始めるに至つたのである。爾来、原告の前住職で昭和の初期頃死亡した訴外亡板垣伝隆の在任当時は勿論のこと、現住職の就任後も何等問題なく本件土地を右部落の共葬墓地として無償で使用して来たのであるが、昭和二十八年四月十三日原告が本件土地の承継登記を受けるや、現住職は俄かに被告等その他の部落民に対し墓地使用料を請求して紛争を惹起するに至つた次第である。然し乍ら前述の経緯によつても明らかな如く、被告等はその前主の時代の明治三十五年一月八日以降平穏公然善意無過失に、且つ所有の意思を以て係争墓地の占有使用を継続して来たのであるから、明治四十五年一月七日の経過と同時に既に該個所の所有権を時効取得していたものと言うべきである。
三、仮に、被告等が係争墓地の所有権を時効により取得していなかつたとしても、被告等は係争墓地につき墓地使用権を取得している。即ち本件土地は、前述の如く明治三十五年一月八日山形県知事の墓地許可指令により墓地として特定され、且右知事より権限を委譲された当時の西郷村長の指令に基づき、爾来今日迄元杉島部落民全般の共葬墓地として使用されて来たもので、かかる措置により、原告の檀徒たると他宗派の檀徒たるとを問わず、右部落民であればすべて之を墓地として使用し得る権利関係が発生したものと言うべきである。のみならず、行政官庁の許可により一旦墓地として指定された以上、之が廃止変更等の行政処分のない限り、仮令該墓地の所有者と雖も法律上本訴の如き請求をなし得ないこと当然であり、このことは墓地埋葬等に関する法律第一条、第二条第五号、第十条、第二十条、刑法第百八十八条第一項、第百八十九条等の立法趣旨に照して一点の疑いをも容れる余地がない。従つて、被告等の各先代は係争墓地につき墓地使用権を取得し、被告等は各々その権利を承継したものと言うべく、然も墓地使用権はその性質上永久且つ対世的な効力を有する一種特別な権利であると解すべきである。
四、次に、墓地とは、死体若しくは遺骨及び之等のものを包蔵する器物その他墓碑石並びにその付属品を埋蔵安置する場所として政官庁の許可により特定された土地であり、且つその取締を受ける免租地であつて元々収益を挙げることを目的とする土地ではないのであるから、被告等が従前より係争墓地の占有使用を継続して来たことは、原告に対し何等財産上の損害を与えたことにならない筈である。従つて、被告等に対する損害金の請求は根拠なきものと言わねばならない。又、所謂布施行為は墓地使用の対価ではなく贈与であると解されるので、布施行為がないからといつて之を理由に墓地使用貸借契約を解除することは許されず、況んや墓地使用権が民法の使用貸借の適用を受けることなく行政官庁の処分に従うのみである以上、墓地の使用貸人たる原告が被告等より布施行為のないことを原因として一方的に該契約を解除することは到底許されないところである。
五、仮に、以上の主張がすべて採用されないとしても、墓地の所有者は墳墓の所有者に対し、その墳墓の存置に要する範囲の土地の利用を許容すべき義務を負うべきである。何となれば、之が収去及び墳墓の存置に要する土地の明渡を求めるが如きは、明らかに公序良俗に違反するからである。
六、以上、何れの観点よりするも原告の主張はすべて失当であつて、被告等は本訴請求に応ずる義務がない。
と陳述し、立証(省略)
○理 由
一、原告寺院の現住職板垣恵明が昭和十六年九月三十日その職に就任したこと、本件係争墓地に被告等が共同して墓石を建立し之を墓所として使用していること及び原告が被告等を相手取り、村山簡易裁判所に対し墳墓地賃貸借契約締結を求める調停を申立てたが不調に終つたことは、何れも各当事者間に争がない。
二、よつて案ずるに、(証拠―省略)並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、明治七年頃肩書地に設立され、民法施行前も同法施行法第二十八条の法人であり、昭和十七年宗教団体法により同法に基づく法人となつた上前法人の権利義務を承継し、昭和二十一年宗教法人令により同令に基づく法人となつた上前法人の権利義務を承継し、昭和二十八年宗教法人法に基づく法人として設立された上前法人の権利義務を承継して今日に及ぶ寺院であつて、設立当初は時宗派に属したが昭和十七年より浄土宗に所属する寺院に変更されたこと、原告寺院の住職は、明治三十年代頃より大正六年四月頃迄訴外亡板垣伝隆であり、引続き訴外板垣伝亮、同板垣良亮を経て昭和十六年九月三十日より現住職板垣恵明がその職にあること、本件土地は原告寺院が設立された当初よりその所有に属し、今次大戦後の農地開放により原告寺院の所有農地が政府より買収処分を受ける迄は原告寺院の境内に接続していたこと、而して被告等を含む山形県村山市大字河島元杉島部落民は、明治三十五年頃迄各戸別々に自己所有の田畑宅地の一隅に自家の墳墓を設置していたのであるが、当時元杉島部落を所轄していた旧北村山郡西郷村長滝田敬助は、公衆衛生その他公共の福祉の見地から之を一個所に集合せしめることを企図し、明治三十四年五月七日付を以つて当時の山形県知事関義臣に対し、原告寺院所有の本件土地外二筆合計三反九畝十五歩の土地に墓地を設置すべき旨を願出でたところ、翌明治三十五年一月八日付を以て同知事より右願出を許可する旨の墓地設置許可指令を得たので、直ちに本件土地を免租地とした上元杉島部落民を督励し、従前各戸別々に散在した私葬墓地を廃止してその墳墓を本件土地内に集合せしむべき措置を講じた結果、およそ十年の間に原告寺院の檀徒たると否とを問わず元杉島部落民全部の墳墓が本件土地内に集めらた、その際真宗の寺院の檀徒たる被告等の各先代も前記村長の指示に従い夫々各自の墳墓を本件土地内の係争墓地に移転し、爾後は元杉島部落民が本件土地を無償で墓地として使用するに至つたもので、その後被告等は各々前主の地位を承継して墳墓の所有権を譲受けた上祖先親族の祭祀を主宰して今日に及んでいること及び本件土地を墓地として経営管理する任務は、原告寺院の明治年間の住職訴外亡板垣伝隆の時代より現在に至る迄原告寺院によつて掌られて来たものであるところ、原告寺院の現住職板垣恵明は、昭和三十三年四月原告寺院の所有墓地に墳墓を設置する者約二百名に対し、墳墓地賃貸借契約の締結を求め、その内約百四十名との間に、一人当り原告寺院に冥加料金一千円を一度限り支払い、且つ爾後は毎年米一升宛の布施行為をなす旨の契約並びに十五名との間に墓地を坪当り金二千円で売買する契約を結んだが、被告等四名はその何れの契約締結にも応じなかつたものであることが夫々認められる。原告代表者本人は、明治七年頃より既に本件土地が原告の寺院墓地として使用されていた旨供述しているけれ共、明治三十五年一月八日付を以て当時の西郷村長滝田敬助が当時の山形県知事関義臣より本件土地外二筆の土地につき墓地設置の許可を受けている点に照らし、右供述はたやすく信用し難く、その他前顕各証拠の内以上の認定に反する部分は措信しない。
三、そこで、進んで右認定の事実を当時の墓地制度を規制する法規に照らして審究するに、明治以降に於ける墓地に関する法規の内主なるものとしては、先ず明治六年十月二十三日右大臣岩倉具視の各府県に対する達第三百五十五号が承げられ、右により墓地の新設はもとよりその地域の拡大も官庁の許可を要すべきことが明らかにされ、次いで、明治七年六月二十二日太政大臣の墓地取扱規則により、墓地はすべて免祖地なること及び墓地は官庁の指定によつて成立するものなることが明らかにされ、之は明治十七年十月四日太政官達第二十五号墓地及埋葬取締規則の発布によつて消滅に帰し、更に明治十七年十一月十八日内務省達乙第四十号墓地及び埋葬取締方法細則標準の公布をみ、その第一条が「墓地は従前許可せられたる者に限る、但し己むを得ざる事情ありて之を取広め又は新設する場合に於ては地方庁に願出づべし」と規定して従前中央官庁たる大蔵省が掌握していた墓地の拡張及び新設の許可権を地方庁に移譲したので、各府県に於てその許可に関する規則並びに警察上の取締法規を定めたことが窺われるところ、当時の西郷村長滝田敬助は従来の元杉島部落の私葬墓地を一個所に集合せしめることを計画し、原告寺院所有の本件土地外二筆が墓地設置上風教及び公衆衛生に支障のないことを確めた上、明治三十四年五月七日前記内務省達乙第四十号に則り山形県知事に対して之に墓地を新設すべき旨を申請し、明治三十五年一月八日同知事の許可を得たので、ここに始めて本件土地は墓地に特定されたものと考えられる。而して、以上の如き経緯によつて本件土地に墓地が設定されたことと、本件土地が原告寺院の所有であつても然も該墓地の経営管理権が原告寺院に委ねられたこととを綜合すれば、予め前記村長滝田敬助と原告寺院側との間に、原告寺院の檀徒たると否とに拘りなく元杉島部落民であれば本件土地を墓地として無償で使用し得ることを原告寺院が応諾する旨の一種の契約が結ばれたことを推認するに難くなく、そして右村長の行為は元杉島部落民全員の意思を一括代理したものと解するのが相当である。そうだとすると、本件土地は明治三五年一月八日以降原告の寺院墓地兼元杉島部落の共葬墓地たる性質を有するに至つたもので、その結果被告等の各先代を含む元杉島部落民がその後およそ十年の間に各自の墳墓を本件土地に移転し、その墳墓を安置するに要する範囲の土地につき墓地としての占有使用を開始したことが合法的な行為であることについては全く疑問の余地がないと言わねばならない。かくて、一旦行政庁の許可により設定された墓地は、その変更若しくは廃止の行政処分がなされない限り墓地として永久性を持ち、墳墓の施設が存する限りその負担を負うて存続するものと言うべく、このことは前掲各法規及び墓地埋葬等に関する法律第十条に照らしても明白であるから、原告寺院は本件土地につき墓地としての使用を応諾すべき負担付の所有権を有するに至つたものである。
四、ところで、被告等は係争墓地につき時効によりその所有権を取得している旨抗争するので判断するに、前認定の事実によれば、被告等の各先代が前記村長の指示に従い従前の私葬墓地を廃止して係争墓地にその墳墓を移転し、之を墓地として占有使用するに至つた行為が平穏公然であることの推定は容易に覆し得ないけれ共、当初より他人の土地に墳墓を移転し且つ原告寺院が之を管理経営していることが明らかである以上、右占有が所有の意思を以つてなされたことは認められず、仮に所有の意思を以つてする占有であつたとしても自己の物であると信ずるにつき過失がなかつたものとは到底認め難く、よつて所有権の取得時効の抗弁は採用することが出来ない。
五、然し、被告等の各先代が前記村長の指示と原告寺院の応諾の下は合法的にその墳墓を係争墓地に移転した時、之を墓地として使用し得る何等かの権利を取得したことは否定することが出来ない。そこで仮にこの権利なるものを被告等主張の如く墓地使用権と称してその性質を考察することとする。先ず、被告等の墓地使用権は元杉島部落民を一括代理する前記村長と原告寺院との間に締結された墓地使用権を設定する旨の一種の私法上の契約により発生したものと考えられる。かくして設定された墓地使用権の内容を明確にすることは、民法にもまたその他の諸法規にも規定するところがなく、前記村長と原告寺院との間の特約にも見るべき特質を発見することが出来ないので容易ではないけれ共、被告等の墓地使用権が民法施行後に設定されているのにその登記手続を経由した形跡がないことと、民法施行法第三十七条の「民法又は不動産登記法の規定に依り登記すべき権利は従来登記なくして第三者に対抗することを得べかりしものと雖も民法施行の日より一年内に之を登記するに非ざれば之を以て第三者に対抗することを得ず」の規定及び民法第百七十五条の規定により物権法定主義並びに登記の対抗要件主義が確立されている点よりして、之を地上権若しくは民法その他の法律に認められた物権そのものに属すると断定することは出来ない。然し、墓地使用権に於ては、使用者は墓地の経営者に対し墳墓所有のため墓地を使用すべく請求し得る関係に於て墓地を使用しているのではなく、使用者は当該墓地に墳墓を設置して該墓地を支配する関係に於てその使用を続けている者であり、尚その使用についても他日その使用を終了したならば返還する関係に於て使用しているのではないから、債権的特性を具有するとも言い得ない。そうだとすると、墓地使用権の本質は、その権利の特性よりして之を定めねばならないところ、先ず被告等の有する墓地使用権に類似する権利が既に民法施行前より慣習法的に成立していたことは公知の事実であり、次に、墓地使用権が墳墓所有のための権利であつてその墳墓は官庁の許可によつて特設された墓地内に於てのみ設定されるものとすれば、墳墓は容易に他に移動せしめ得ない施設であり、然もその施設は特殊の標示物によつて象徴される関係上、墓地使用権に固定性を認めるのが合目的的であると言うべく、加えて、墳墓の所有権は、旧民法時代に於ては家督相続人に、現行民法の下に於ては祖先の祭祀を主宰する者に代々相続され、相続人が断絶して無縁とならない限り殆んど永久的に承継され、且つ死者に対する宗教的礼拝の対象となるべき特殊の財産であるから、その墳墓を安置する土地の使用権には永久性が生ずると解されるところである。かくの如く、墓地使用権とは、墳墓の所有者がその所有目的を達するために他人の土地を固定的、永久的且つ支配的に使用する物権的性質を具える権利であると観念されるところ、民法施行法第三十五条が「慣習上物権と認めたる権利にして民法施行前に発生したものと雖もその施行の後は民法其他の法律に定むるものに非ざれば物権たる効力を生ぜず」と規定し、民法施行前より慣習法上生成した物権が存在したことを肯定している点に鑑みるとき、社会の慣行によつて生成存続した物権的関係は、それが物権法定主義の根拠を排除する性質のものでなく、且つある種の公示方法を有するときに限り、例外的に民法第百七十五条の制約を受けずに慣習法による物権の成立が認められて然るべきものと思料される。従前の判例も流水利用権、温泉権等に一種の物権的関係を認めており、学説も慣習法上の物権の成立を肯定するのが有力である上に、墓地使用権の付着する墓地所有権は、墓地設定の許可処分が廃止変更されない限り負担付の所有権として存続し、之が他に譲渡された場合でも当然負担付の権利として移転するのであつてみれば、墓地使用権を以つて慣習法上の物権に属するとしても物権法定主義の秩序に混乱を生ぜしめることが予想されず、然も墓地使用権の存在は墳墓の外部的施設によつて表徴されている関係上権利の存在が公表されていると言うべく、従つて墓地使用権に慣習法上の物権関係を認めるのが相当であると解される次第である。果して以上の如くであるとすると、被告等の各先代は係争墓地につき前説示の墓地使用権を取得し、被告等は各々之を承継したものと認められる。
六、然らば、原告寺院は被告等に対し係争墓地の不法占拠を理由に墳墓の撤去と損害賠償とを求めているけれ共、被告等の墓地使用が適法な権限に基づくもので不法行為を構成しないこと前説示の通りであつて、原告寺院の右請求は失当たるを免かれない。又、原告寺院が被告等の権利を民法上の使用貸借であるとし、被告等に対し一方的に係争墓地使用関係を解除する旨の意思表示をしても何等効力を生ずる余地のないものであることは詳言する迄もない。尚、該墓地使用契約が当初より無償であることを内容としている以上、被告等の承諾を得ない限り爾後に至つて原告寺院が一方的にその使用料を請求することも正当とは言い得ない。
七、以上説示の通りであつて、被告等は慣習法上の物権と目される所謂墓地使用権に基づき係争墓地を適法に占有使用している者であるから、爾余の争点につき判断する迄もなく原告寺院の本訴請求はすべて失当として棄却を免かれないものである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用した上、主文の通り判決する。(裁判長裁判官 石垣光雄 裁判官 下斗米幸次郎 裁判官 加藤一隆)
物件目録(省略)