山形地方裁判所 昭和58年(ワ)265号 判決 1987年2月03日
原告 小川貞治
訴訟代理人弁護士 早川忠孝
同 飯野紀夫
訴訟復代理人弁護士 松坂祐輔
被告 山形交通株式会社
代表者代表取締役 服部敬雄
訴訟代理人弁護士 坂口昇
同 高山克英
主文
被告は原告に対し、被告の営業時間内いつでも昭和五八年一〇月七日現在の株主名簿を閲覧、謄写させよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一原告の、その余を被告の各負担とする。
事実
《省略》
理由
一 原告の株主名簿閲覧謄写請求について
1 被告会社の本案前の抗弁1について検討する。
原告が昭和五八年一〇月二一日被告会社から株主名簿の写の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、株主名簿の写の交付は株主名簿を謄写させる義務を履行したということができる。
しかし、《証拠省略》によると、被告会社は、株主名簿を原告に閲覧謄写させることを命ずる昭和五八年一〇月一三日付仮処分決定がされ、これに対する被告会社の異議申立に伴う執行停止の申立が却下されたことによりやむなく右株主名簿の写を交付したものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。《証拠省略》中には、右交付は被告会社が任意にしたものである旨の供述があるが、被告会社は右仮処分決定がなければ株主名簿の閲覧謄写に応じなかったことは同証言からも明らかであり、株主名簿の閲覧謄写を命ずる仮処分の執行方法が間接強制によるものであることを考えると、右の株主名簿の写の交付は仮処分決定に基づくものであって、これは法律的にはあくまでも仮の状態であるから、そのことを本案訴訟において斟酌することはできない。
したがって、被告会社の右本案前の抗弁は理由がない。
2 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
3 被告会社の抗弁1が理由のないことは、1で述べたとおりである。
4 被告会社の抗弁2について検討する。
《証拠省略》によると、被告会社は発行株式総数二一〇万株、資本金一〇億五〇〇〇万円の株式会社であること、その昭和五八年三月末当時の株主構成は、被告会社の従業員で構成される山交社員会が四五万株、鈴木恒吉が九万三〇〇〇株、山形トヨタ自動車株式会社が五万六〇〇〇株を所有するほかは、全発行済株式総数の一パーセント以下の株主で、株主総数は三一〇一名であること、原告は昭和五八年当時一万一〇〇〇株余りの株式を所有していたが、昭和五九年三月には三万七〇〇〇株余りの株式を所有するにいたったこと、被告会社の株式は上場されていないこと、被告会社では昭和五四年の株主総会で代表取締役の鈴木恒吉が解任され、以後同人は被告会社の経営陣に対して批判的な立場にあったこと、原告は鈴木恒吉の経営する会社の役員で、昭和五七年ころから被告会社の不特定の株主に対し、所有株式を譲渡するよう勧誘していたこと 被告会社は鈴木恒吉や原告の動きが鈴木恒吉の復権を狙ったものとの危倶を抱き、昭和五七年一〇月ころから鈴木恒吉らの動きに対抗して株式の譲渡勧誘をも含む株主対策をしていたこと、原告は昭和五八年八月二五日被告会社を訪れて株主名簿の閲覧謄写を請求したこと、被告会社は同月二九日原告に対し、株主名簿の閲覧謄写の目的を明らかにするよう求めたが、原告は目的をいう必要はないとしてこれを拒んだこと、原告は同年九月九日、同月一四日の二度株主名簿の閲覧謄写を求めたが、被告会社は同月一六日原告に対し、閲覧謄写に正当な目的があるとは認められないとの理由で閲覧謄写を拒絶したこと、原告は原告代理人に依頼して、同月二二日付の書面で被告会社に対し、昭和五八年六月開催の被告会社の株主総会の決議が適正に行われたかどうかを確認するためという理由でその議決権行使書の謄写を請求し、併せて議決権行使書と照合する必要があるとして株主名簿の謄写を請求したこと、被告会社は議決行使書の謄写には応じたが、株主名簿の謄写は拒絶したこと、議決権行使書には被告会社が株主名簿から記載した株主の住所、氏名、議決権行使の株式数が記入されているが、同株主総会に送付された議決権行使書は一五〇〇枚程度あり、全株主が議決権行使書を送付したわけではないこと、原告は同年一〇月二一日ころ裁判所の仮処分決定をえて、被告会社から株主名簿の写の交付を受けたが、これと議決権行使書との照合などはしておらず、これを用いて被告会社の株主に対し、昭和五九年三月ころまでの間に被告会社の経営陣を批判し、また、株式の買い受けを申し出る趣旨の文書を送付していること、原告は株主名簿入手後、約五〇名の株主から合計約二万六〇〇〇株の名義書き換えをし、鈴木恒吉は約一五〇名の株主から合計約八万七〇〇〇株の名義書き換えをしていること、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
以上認定の事実に基づき検討するに、原告が株主名簿の閲覧謄写にあたり申し出た議決権行使書との照合という理由は不自然であり、現に原告は株主名簿入手後そのようなことをしておらず、かえって入手した株主名簿によって株主に文書を送付していることや、株式の購入に回っていることに照らすと、原告が被告会社に対して株主名簿の閲覧謄写の請求をしたのは、鈴木恒吉などとともに被告会社の経営陣を批判する立場から、その発言権の強化のため株式を買い受け、また、被告会社の株主に対し、原告らの主張するところを宣伝するため、全株主の住所、氏名を知ることを主たる目的で行ったものと推認するほかはない。
ところで、株式会社における株主は会社の利益のためその会社経営に対する監視、批判の権限を有するものであり、株主が経営陣を批判する文書を株主に送付したり、また、発言権の強化のため株式を買い受けるための行動にでることは、直ちに会社の利益に反するものとはいえず、その手段、方法が相当であるかぎりなんら非難されることではない。そして、原告の被告会社の経営陣を批判したり、株式を買い受ける行動が会社の利益に反し、また、社会通念に照らして相当性を欠いているとの立証はない。《証拠省略》中には、原告らの鈴木恒吉の復権を狙った株主に対する行動が会社の経営の安定を損なう旨の供述があるが、会社経営の主導権を誰が握るかは株主総会における多数を誰が制するかによって基本的に定まるものであるから、単に右のような理由で会社経営の安定を図ることが会社の利益であるとして、株主からの株主名簿の閲覧謄写を拒絶することができるものではない。したがって、原告が右のような株主としての活動のための必要から株主名簿の閲覧謄写を請求したとしても、それが不当な目的に基づくものであるということはできない。
よって、被告会社の右抗弁は理由がない。
5 そうすると、原告の被告会社に対する、株主名簿の閲覧謄写を求める主位的請求は理由がある。
二 原告の損害賠償請求について
被告会社の本案前の抗弁3の主張は、主張自体失当である。
原告は本件の株主名簿の閲覧謄写の請求を被告会社に拒絶され、その拒絶が理由のないことはすでに述べたとおりである。
しかし、原告は前記一4で認定したとおり、株主名簿の閲覧謄写を請求するについて被告会社からその目的を尋ねられたのに対し、答える必要がないといい、その後、議決権行使書の謄写を併せて請求し、議決権行使書と株主名簿とを照合するためという不自然な理由を申し出たもので、このような請求を受けた被告会社が原告の請求を正当な目的があるとは認められないとして拒否したこともやむを得ないものというほかはない。
したがって、被告会社には原告の株主名簿の閲覧謄写の請求を拒否したことにつき落ち度がないから、その余の点に付いて判断するまでもなく、原告の損害賠償の請求は理由がない。
三 以上の次第で、原告の株主名簿の閲覧謄写を求める請求を認容し、損害賠償を求める請求を棄却し、民事訴訟法八九条、九二条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 浅香紀久雄)