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山形地方裁判所米沢支部 昭和35年(わ)134号 判決 1962年7月06日

被告人 高野勇次

昭一三・二・七生 機械修理工

主文

被告人を懲役一年に処する。

ただし本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人星伊勢松及び同上野正吉ならびに鑑定人上野正吉に各支給した分を除くその余の費用は、被告人の負担とする。

一  事  実

被告人は、米沢市鉄砲屋町四、一四六番地織物業志摩茂方工場において、機械修理工として稼働しているものであるが、昭和三五年八月六日午後四時三〇分頃、同工場においてパンツ一枚で稼働していたところ、同工場織布工数間千代乃(当時四八年)が被告人の右姿を見て、「あの格好や」とか「あのダブダブのパンツや」などとこれを嘲笑したことに憤激し、左手掌で同女の右頬部を強打するの暴行を加えたため、同女をしてこれに憤激させ、「なにもたたかなくてもいいべ」とか「おら殴られたから出るところさ出る」などと執拗にその不法を難詰させるほどに、いたく同女の精神を感動させ、かねてより高度の高血圧症患者として、医師の治療を受けていた同女の血圧を急激に上昇せしめ、よつて、間もなく、同女をして、同市同町四、一八二番地の同女の自宅において脳内出血を惹起せしめ、同月一八日午後八時三〇分頃、同所において死亡するに至らしめたものである。

一  証  拠(略)

一  被告人の暴行と被害者数間の死亡との間の因果関係についての判断

前掲各証拠を総合すると、次の事実が認められる。即ち、被告人が数間に対し判示の暴行を加えたこと、このため同女は、異常な興奮状態となり、「なにもたたかなくてもいいべ」とか「おら出るところさ出る」などと執拗に被告人の右暴行を、難詰したあげく、午後五時頃面白くないからと早引帰宅したこと、同夜午後九時半頃同女の夫数間栄が帰宅すると、同女は、被告人に殴られたため午後五時半頃から気分が悪くなり、耳鳴りすると涙声で話しながら、タオルで右頬を冷していたこと、その後午後一一時頃夫とともにかかりつけの衛生医師のところに行つたところ、同女は、右頬を殴られて頭が痛いとさかんに頭痛を訴えるとともに、治療そつちのけに殴られたことを話し、非常な興奮状態にあつたこと翌日も気分が悪いからと食事もとらずに殆ど寝ており、午後四時頃志摩与志子が同女方を訪ねるや、同女は枕元に嘔吐物を散らし、いびきをかいて、昏睡状態におち入り、典型的な脳内出血の症状を呈していたこと、その後も同女は、昏睡状態を続け、同月一八日遂に死亡したこと、一方同女は数年前からの高血圧症患者で、通常最高血圧は一八〇前後であるが、常時医師の治療を受けているほか、高血圧のため毎月二、三日勤先を欠勤し、昭和三四年秋には最高血圧二五〇になつて約二ヶ月間欠勤したことがあり、又昭和三五年四月一一日には最高二五〇、最低一三〇の血圧を記録し、高度の高血圧症患者であつたが、同年五月頃から、血圧に差程の変化がなく、小康状態にあつたこと、一般に高血圧者に身体過労、飲酒、飲食、憤怒その他による精神感動等に際しての一過性血圧亢進の場合に、突如脳内出血を来たすことが多いものであること、同女の死因は内因性の脳内出血、即ちいわゆる脳溢血であること、以上の事実が認められる。

以上の認定事実を合せ考えると、被害者数間は、被告人の暴行を受け、これに憤激するとともに、その不法を難詰したため、いたくその精神が感動し、かねて高血圧症に罹患していた同女の血圧が上昇し、その結果脳内出血を惹起し、遂に死亡したものと認めざるを得ない。してみると、同女の死亡の一因である精神の感動は、被告人の右暴行に基因することが明らかであつて、同女が被告人より暴行を加えられなかつたならば、その精神が感動せず、従つて死亡の結果が生じなかつたであろうという条件的関係が認められるから、たとえ、同女が高度の高血圧症患者で、かかる同女の特殊事情が被告の暴行と相まつて致死の結果が発生したものとしても、被告人の暴行と同女の死亡との間に因果関係が存在するものと解すべきである。(最高裁判所昭和二二年一一月一四日判決刑集一巻六頁、同昭和三六年一一月二一日判決刑集一五巻一〇号一、七三一頁、大審院大正一四年一二月二三日判決刑集四巻七八一頁、札幌高等裁判所昭和三五年一一月一六日判決下級裁判所刑事裁判例集二巻一一、一二号一、三一八頁等参照)

一  適  条

被告人の判示所為は、刑法二〇五条一項に該当するところ、本件罪質は極めて重大であるとはいえ、被告人が被害者数間に暴行を働いたのは、同女が差程おかしくもない被告人の姿を見て、これを嘲笑したことに基因するものであること、その暴行も平手打ちの一回の殴打にとまり、かかる程度の暴行は通常死亡の原因となるに値しないこと、被害者の死の結果発生は、被告人にとつて全く予期しなかつたことに属することが認められること、さらに被告人は、二四才の青年であつて、もとより前科がなく、中学校卒業以来、判示の志摩織物工場に勤め、同僚間の信望もあつく、日常の勤務ぶりも極めて真面目であること、その他諸般の犯情を考慮すると、被告人には極めてびんりようすべき点があるので、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽した刑期範囲内で、被告人を懲役一年に処し、同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用中、証人星伊勢松(二回分とも)、同上野正吉に各支給した分及び鑑定人上野正吉に支給した分(日当、旅費、宿泊料、及び鑑定料)を除くその余の費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人の負担とする。

(裁判官 長沢啓太郎 丹野益男 川上美明)

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