山形地方裁判所米沢支部 昭和50年(ヨ)17号 判決 1977年2月18日
債権者 玉上靖士
債務者 東京通信機工業株式会社
主文
一 本件申請をすべて却下する。
二 訴訟費用は債権者の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、債権者
1、債権者が債務者の従業員である地位を仮に定める。
2、債務者は債権者に対し昭和五〇年九月一日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金二一万六、〇〇〇円を仮に支払え。
との裁判
二、債務者
主文と同旨の裁判
第二、当事者の主張
一、債権者
1、申請の理由
(一)、当事者
債務者は、電気通信機部品の製造販売等を業とし、東京都に本社を有し、山形県米沢市に米沢工場を有する株式会社(資本金四、八〇〇万円)であり、債権者は、昭和四八年一二月一日付の辞令書をもつて雇用された債務者の従業員で、昭和四九年七月二三日以降労務課長として米沢工場に勤務していたものである。債権者の昭和五〇年七月当時における賃金は、月額につき本社から支給される基本給金一〇万円、米沢工場から支給される基本給金一二万円および諸手当金二万七、五〇〇円の合計金二四万七、五〇〇円であるところ、これより社会保険料、所得税その他を控除され、その現実支給額は金二二万一、一九二円である。
なお、債権者が債務者に雇用された経緯については、債権者は、昭和三二年に株式会社田村電機製作所(以下田村電機という)に入社し総務部長付として労務、企画、人事等を担当していたところ、昭和四八年一月ころ債務者会社の代表取締役沼田宇市郎(以下沼田社長という)から、給与を年額三五〇万円程度支給すること、将来は現在の安原清工場長を退社させたうえ次の工場長に就任させること、および米沢工場から東京本社などに転勤させないこと等の条件を提示され、債務者会社に入社するよう懇請されたので、右条件などを検討した結果右要請を応諾することを決意し、同年四月三〇日永年勤務した田村電機を退社して、同年五月一日債務者会社に入社することを予定していたが、沼田社長の突然の病気入院などが原因で遅滞した末、漸く同年一二月一日付の辞令書をもつて正式に雇用されるに至つたものである。
(二)、解雇の意思表示
債務者は、債権者に対し昭和五〇年七月二六日債権者を解雇する旨の意思表示をし、以後従業員として処遇しない。
(三)、解雇の無効
しかしながら、債務者の行つた右解雇は、次のとおり解雇の理由が全くなく、解雇権の濫用にあたり無効である。
(1)、債務者の沼田社長は、昭和五〇年七月二六日の右解雇通告の際、解雇することに決定した経緯および理由について、役員会ですでに昭和五〇年三月三〇日付をもつて労務課を廃止する旨を決定し、従つてこれによつて債権者はすでに労務課長を解任されていたこと、債権者は昭和五〇年度分の従業員の新規採用につき実績を十分あげることができず、その他勤務成績が一般に不良であつたことを挙げているが、前者はこれのみによつては債権者を解雇する正当事由になりえないのは明らかであり、後者は当時債権者は米沢工場の大規模な人員整理計画の遂行に専従していたうえ、右のような人員整理の状況下における新規採用は著しく困難であつて、債権者の責任に帰すべき事由によるものではない。
(2)、仮に、債務者の行つた解雇が債務者の主張するように懲戒処分の一つとしてなされた諭旨解雇であつたとしても、諭旨解雇処分にしたことはあまりに懲戒処分として重過ぎて客観的妥当性を欠き、懲戒権の濫用といわざるをえず、諭旨解雇としても無効である。
すなわち、債務者が主張する懲戒事由たる事実がある程度認められるとしても、債権者は、沼田社長の懇請によつて永年勤務し相当の役職にあつた田村電機を退社して自己の後半生を埋めようと債務者会社に入社したものであつて、債務者のような小規模の会社にとつてはささいな非違ともいうべき経歴詐称等をとり上げて年令的に再就職の困難な債権者を突然解雇処分にすることは、懲戒権の濫用である。
(四)、保全の必要性
債権者は、債務者に対し解雇無効確認等請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、債務者から支給される賃金収入によつて、母、妻、子供二人を扶養しており、他に収入の途はないので、本案判決があるのを待つていたのでは債権者および債権者の家族がその生活に困窮して回復し難い甚大な損害を受けることが必定である。
(五)、結論
よつて、債権者は、債務者に対し、債権者と債務者間に存続する雇用契約に基づいて、債権者が債務者の従業員である地位を仮に定めること、および昭和五〇年九月一日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り前記現実支給賃金二二万一、一九二円からさらに通勤手当金四、五〇〇円を差引いた金額の内金である金二一万六、〇〇〇円を仮に支払うことを求める。
2、債務者の主張に対する反論
(一)、債務者の主張(一)は争う。
(1)、債務者の主張(一)(1)の事実のうち履歴書の記載内容はすべて認める。
しかしながら、債務者が債権者を雇用するに至つた動機と債権者の学歴、職歴等とは一切関係ないうえ、「大学中退」と「労働委員会中立委員」の各記載は沼田社長の指示に従つて行われたものである。
しかも、債務者は、債権者の学歴、職歴の右不実記載につき本件仮処分申請事件においてこれをはじめて問題にしており、解雇通告の際には全く触れていないほか少なくとも田村電機在勤中の上司である安原工場長においては債権者の真実の経歴を十分知悉しているはずであるなど、学歴、職歴等の不実記載は解雇とは全く関係がなく、解雇通告後に訴訟対策のために調査した結果判明した事実にすぎない。
(2)、債務者の主張(一)(2)の事実は否認する。
債務者の主張する事実は、いずれも安原工場長の誤つた主観的な見方に基づくものであり、むしろ、安原工場長こそ工場長の立場にありながら、債権者をことごとく排斥疎外しようとし、債権者に対し適切な職務を与えようとしなかつたなど、管理者として欠陥があつたものである。
(3)、債務者の主張(一)(3)の事実は否認する。
(4)、債務者の主張(一)(4)の事実のうち、債権者が債務者主張の「就業規則」書を所持しこれを疏甲二号証として提出していることは認めるが、右書類は債権者が自分の机に保管していたものであるところ、債務者から解雇通告を受けた後その対抗措置の検討のため自宅に持ち帰つたもので、特に批難するに価する行為ではない。
(二)、債務者の主張(一)は争い、同(一)(1)、(2)の各事実は否認する。
二、債務者
1、申請の理由に対する答弁
(一)、申請の理由(一)の事実のうち債権者が雇用された経緯は争い、その余の事実は認める。
(二)、申請の理由(二)の事実は認める。
なお、債務者の代理人安原米沢工場長は、債権者に対し昭和五〇年七月二八日賃金等を同月三一日米沢工場で支払うから出頭して受領するよう催告したが、債権者は右日時場所に出頭しなかつたので、同年八月一九日山形地方法務局米沢支局に同年八月分の賃金および一時金から税金を控除した金二三万七、一九五円、予告手当として三〇日の平均賃金である金一四万七、五〇〇円を供託した。
(三)、申請の理由(三)の解雇無効は、後記2に主張するとおり、争う。
(四)、申請の理由(四)の保全の必要性は争う。
2、債務者の主張
(一)、債務者が行つた債権者の解雇は、次の(1)ないし(4)に掲げる理由によつてなされた就業規則四二条に基づく諭旨解雇であり、権利の濫用にあたらず有効である。なお、懲戒解雇に該当する事由が存しながら諭旨解雇にしたのは、懲戒解雇による債権者の不利益等の情状を考慮したからにほかならず、諭旨解雇の手続は通常解雇の手続と同一である。
(1)、債権者は、債務者に対し入社の際学歴、職歴等につき次の内容の履歴書を提出した(就業規則四二条二号)。
(ア)、「学歴」の欄に、真実はその事実がないのに、「昭和二七年四月早稲田大学政経学部入学」、「昭和三〇年三月病気のため退学」と記載されている。
(イ)、「職歴」の欄に、真実に反した事実が記載されている。
(ウ)、「その他」の欄に、真実はその事実がないのに、「昭和四八年四月山形県労働委員会中立委員(学歴経験者代表)に委嘱される。」と記載されている。
(2)、債権者は、次のように、勤務が著しく不良で、所属長である安原工場長から注意を受けても、改善の見込みがなかつた(就業規則四二条四号)。
ア、債権者は、その職務である米沢工場における従業員に対する指導教育等につき十分にこれを行わず、かつ上司である安原工場長が具体的に指示してもこれに従おうとせず、その他、安原工場長の業務上の指揮命令に違反した。
イ、債権者は、企画の立案実施その他業務一般につき独自の意見に固執して上司である安原工場長と徒らに対立抗争を繰り返すなど、協調性に欠けていた。
ウ、債権者は、米沢労務研究会々長、米沢雇用対策協議会幹事、東北カウンセリング研究会理事等々数多くの準公職的肩書を有し、その仕事を勤務時間中にし、安原工場長からこれらの肩書を返上して勤務に専念するよう注意されても、従わなかつた。
(3)、債権者は、米沢工場における人員整理計画の立案実施につきこれに関する秘密事項を一般従業員にもらすことがしばしばであつた(就業規則四二条五号)。
(4)、債権者が本件仮処分申請事件で疏甲第二号証として提出した「就業規則」書は、表紙の最下部に「米沢労働基準監督署、収、50・4・7、第 号」とスタンプを押されており、これは、債務者が米沢労働基準監督署に対し二部提出したうちの、提出済みの証拠として右のとおりスタンプを押されて提出者たる債務者に対し還付された一部であり、債務者の重要書類として常に施錠したロッカー中に保管されていたものである。債権者は、これを債務者に無断で持出したのである(就業規則四二条七号)。
(二)、仮に就業規則四二条に基づく右論旨解雇が認められないとしても、債権者に対する本件解雇は、次に掲げる理由により就業規則一〇条一項二号、三号に基づく通常解雇として有効である。
(1)、債権者は、前述のとおり、勤務成績が不良であつた(就業規則一〇条一項二号)。
(2)、債務者は、前述から明らかなように、米沢工場について債権者を解雇しても、安原清工場長、鈴木靖夫次長その他残つた人員で運営して行くことができたばかりか、かえつて債権者を解雇した方が円滑に運営して行くことができた(就業規則一〇条一項三号)。
第三、証拠<省略>
理由
一、解雇の意思表示について
申請の理由(一)の事実のうち債権者が雇用された経緯を除くその余の事実、および(二)の事実は、当事者間に争いがない。
債権者本人尋問の結果によつて成立の認められる疎甲第六号証、成立に争いのない同第一一号証の一、二、証人安原清の証言(第一、二回)、債権者本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、債権者は、解雇通告を受けた二日後である昭和五〇年七月二八日米沢工場で安原工場長から解雇の理由について補充説明を受けたが、解雇に承服せず予告手当の受領を拒絶する態度を示していたこと、債務者は、このため、安原工場長に命じて、同年八月一九日山形地方法務局米沢支局に同年八月分の賃金として金二三万七、一九五円、予告手当として三〇日分の平均賃金一四万七、五〇〇円を供託したことが疏明され、これに反する証拠はない。
右認定事実によれば、債務者が債権者に対して行つた解雇の意思表示は、債務者は債権者にその後遅滞なく予告手当として債権者の三〇日分の平均賃金を明らかに越える金額を適法に弁済供託しているから、この限りにおいては適法である。
二、解雇権の濫用について
1 まず、事実関係につき、債務者会社の概要、債権者の経歴、債務者に雇用される前後の事情、勤務状況、解雇通告を受ける前後の事情を順次検討する。
(一) 初めに、債務者会社の概要を考察するに、前記一の当事者間に争いのない事実、成立に争いのない疏甲第一号証、証人安原清の証言(第二回)によつて成立の認められる疏乙第一二号証、および証人沼田有市の証言によれば、次の事実が疏明され、この認定に反する証拠はない。
債務者会社は、電気通信部品の製造販売等を業とし、東京都に本社(従業員一八名)を有し、横浜市に横浜工場(従業員一〇三名)、米沢市に米沢工場(従業員一〇二名)を有する株式会社(資本金四、八〇〇万円)であり、社長は昭和一四年の創立時に専務取締役になつて以来常に会社の中心的存在となつてきた沼田宇市郎、専務はその長男である沼田有市で、米沢工場の鈴木靖夫次長は沼田社長の娘婿である。その機構については、社長、副社長、専務、および常務が会社経営の全体を管理掌握し、その下に、同列で本社のうちその余の機構、横浜工場、および米沢工場が位置する。米沢工場では、工場長およびこれを補佐する次長が工場運営の全体を掌理統率し、その下に、同列で総務課(課長は鈴木次長の兼任で課員四名)、検査課(課員四名)、製造課(課員六三名)、成形課(鈴木次長の兼任で課員二六名)、および労務課(課長のみで課員なし)が位置する。
(二) 次に、債権者の経歴についてみるに、前出疏甲第六号証の一部、成立に争いのない同第五号証の二、第一二号証、疏乙第一ないし第四号証、弁論の全趣旨によつて成立の認められる同第七号証、および債権者本人尋問の結果(第二回)によれば、次の(1)事実、弁論の全趣旨によつて認められる疏乙第八号証、証人安原清の証言(第二回)によつて成立の認められる同第一三号証によれば、次の(2)事実が疏明され、疏甲第六号証のうち右(1)事実の認定に反する部分は信用できず、他に右(1)、(2)事実の認定を覆えすにたりる証拠はない。
(1) 債権者は、昭和九年三月一〇日米沢市に生まれ、学歴としては昭和二七年三月山形県立米沢興譲館高等学校を卒業したのみで、大学に入学したことはなく、職歴としては昭和二九年一一月から昭和三〇年一〇月まで山下栄一公認会計士事務所に経理事務員として、同月から昭和三二年五月までこけしの製作所に会計外交の事務員としてそれぞれ勤務した後、同年八月から田村電機米沢事業所に勤務した。その他の経歴としては、昭和四八年までに、いくつかの労務問題に関する研究団体等の会長、幹事などのほか、東南置賜地区労働問題懇話会の学識経験者委員を委嘱されたことがあるが、山形県地方労働委員会の委員に任命されたことはなかつた。また、資格としては社会保険労務士である。
(2) 債権者は、田村電機に入社後は、米沢事業所総務部総務課に配属されたうえ、昭和三五年一一月資材係倉庫班長、昭和三六年三月庶務係班長、昭和三八年四月労務班長、昭和四一年七月労務係長、昭和四六年四月人事係長、昭和四七年五月課長付係長に相次いで任ぜられ、同年一二月総務部長付係長に任ぜられ、翌昭和四八年四月三〇日同役職を最後として田村電機を退社した。
(三) 次に、債権者が債務者に雇用される前後の事情についてみるに、前出疏甲第一号証、第六号証、疏乙第一、第二号証、成立に争いのない疏甲第三号証の一、第七号証、疏乙第九号証、債権者本人尋問の結果(第一回)によつて成立の認められる同第八号証の一ないし一四、証人安原清(第一回)および同沼田有市(一部)の各証言、ならびに右本人尋問の結果(第一、第二回)の一部によれば、次の(1)、(2)事実が疏明され、証人沼田有市の証言および債権者本人尋問の結果のうちこの認定に反する各部分は信用できず、ほかにこの認定を覆えすにたりる証拠はない。
(1) 債務者は事業拡大のため、昭和四五年に米沢市に工場を新設する計画を立て、昭和四七年七月その第一期工事の竣工とともに操業を開始したが、沼田社長は、このため頻繁に米沢市に訪れていた。そのうち、沼田社長は、債権者が当時在職していた田村電機の社長とかねてから懇意にしていたことから、同社長に債権者を紹介されて知るようになつたところ、まもなく債権者の労務管理などに関する知識能力を高く評価するようになり、昭和四八年一月、債務者の米沢工場の次期工場長要員とし、年約三五〇万円に達する高額の賃金を支給することなどの条件を提示するなどして、折しも田村電機にあつて東京転勤を命ぜられながら父の病気などでこれを苦慮していた債権者に対し田村電機を退社して自社に入社するよう懇請した。
ところが、沼田社長は、同年三月末重い病に倒れ、そのころから会社経営について第一線から退き始め、これとともに沼田社長の個人的色彩の濃い債権者の登用に異論が出始めた。しかしながら、沼田社長は、債権者の登用を断念できず、債権者に対し同年三月末および同年九月末の二回にわたつて当座の生活資金として各金一〇〇万円を与えるなど、債権者の面倒をみながら、遂に同年一二月に同月一日付の辞令書の交付をもつて正式に債権者を雇用するまでにこぎつけた。
なお、沼田社長は、債権者と頻繁に接触することによつて債権者の人物を高く評価し入社要請の決意をしたものであつて、債権者の一定の学歴、経歴、肩書を考慮した結果決意したものではなく、これらには関心がなかつた。
(2) 債権者は、同年一二月二〇日ころ右辞令書の交付を受け翌昭和四九年一月初めから出勤し始めたが、そのころ債務者に対し型通り履歴書を提出することとなり、次の(ア)ないし(ウ)の内容の履歴書を提出した(ただし、履歴書の記載内容は当事者間に争いがない)。なお、沼田社長は、債権者に対する入社要請の経緯において前記認定のように債権者の学歴、肩書等に関心がなかつたため、右履歴書の学歴、肩書等の記載内容について一定の事項を記載するよう指示したことは全くなかつた。
(ア) 「学歴」の欄に、真実は前記認定のごとく大学に入学したことはないのに、「昭和二七年四月早稲田大学政経学部入学」、「昭和三〇年三月病気のため退学」と記載されている。
(イ) 「職歴」の欄に、真実は前記認定のごとく山下栄一公認会計士事務所に昭和二九年一一月から昭和三〇年一〇月まで在職しているのに、「昭和三〇年四月山下栄一公認会計士事務所入所」、「昭和三二年七月一身上の都合で退所」と記載されているとともに、真実は前記認定のごとく昭和三〇年一〇月から昭和三二年五月までこけしの製作所に勤務したことがあるのに、その旨の記載が脱落している。
また、田村電機に入社後の担当業務歴として、真実は前記認定のごとく昭和三五年一一月米沢事業所総務課資材係倉庫班長に任ぜられたのに、「昭和三五年一〇月米沢事業所経理課経理係長」、真実は前記認定のごとく昭和三六年三月米沢事業所総務課庶務係班長、昭和三八年四月同課労務班長、昭和四一年七月同課労務係長に任ぜられたのに、「昭和三七年四月米沢事業所総務課庶務係長」、「昭和三七年一〇月米沢事業所総務課人事係長兼務」、真実は前記認定のごとく昭和四六年四月米沢事業所総務課人事係長、昭和四七年五月同課課長付係長、同年一二月米沢事業所総務部部長付係長に任ぜられたのに、「昭和四六年四月米沢事業所総務部長付(事業所企画及び労働関係担当・課長待遇)」とそれぞれ記載されている。
(ウ) 「その他」の欄に、真実は前記認定のごとく、東南置賜地区労働問題懇話会の学識経験者委員を委嘱されたにすぎないのに、「昭和四八年四月山形県労働委員会中立委員(学識経験者代表)に委嘱される。」と記載されている。
(四) また、債権者の勤務状況については、成立に争いのない疏甲第三号証の二、前出疏乙第一二号証、証人安原清(第一、第二回)、同沼田有市および同鈴木靖夫の各証言、債権者本人尋問の結果(第一、第二回)の一部、ならびに弁論の全趣旨によれば、次の事実が疏明され、債権者本人尋問の結果(第一、第二回)のうち右認定に反する部分は信用できず、ほかにこの認定を覆えすにたりる証拠はない。
債権者は、債務者に雇用された後は、米沢工場の総務課に配属され、安原工場長、鈴木次長、鈴木総務課長(次長の兼任)の下で勤務したが労務問題などに関する準公職的な活動は手掛けながらも、職務には一応熱心に精勤したが、労務管理に関するエキスパートであつてその面では少なくとも米沢工場における第一人者であるとの自負心が強いうえ、前記認定のごとく沼田社長から米沢工場の次期工場長要員として入社を要請され、給与面でも本社から支給される分を含めると、安原工場長の給与を大幅に上回ることなどもあつて、米沢工場における沼田社長直属の最高幹部の一人であるとの自覚をもつていた。昭和四九年七月沼田社長による強力な支援によつて、債権者が米沢工場の総務課でそれまで担当していた従業員に対する教育全般、新規採用者の確保、高齢者等の整理、従業員の安全衛生等の業務のために課員なしながらも労務課が新設され、債権者はその課長を命ぜられたが、右辞令書が「労務課長米沢工場勤務を命ずる」とあつて米沢工場に勤務はするが債務者会社全体の労務課長を命じたものと解されないこともないところから、ますます右のような自覚を強くし、自分は安原工場長の指揮命令系統には必ずしも属さず、直接本社の労務担当重役ないしは沼田社長直接の指揮命令に服するとの前提のもとに、ことあるごとに上司であるべき安原工場長ないし鈴木次長と対立衝突を繰り返し、特に安原工場長とは次第に個人的な硬直した敵対関係にまで発展し、債務者にとつて米沢工場の円滑にして統一的な経営管理に対する重大な障害となつていた。
なお、債権者が米沢工場における人員整理に関する秘密事項をもらしたとの債務者の主張は、これに符合する証人安原清の証言(第一回)は信用できず、ほかにこれを認めるにたりる証拠はない。
(五) 最後に、債権者が解雇通告を受ける前後の事情を考察するに、前出疏甲第六、第七号証、疏乙第一二号証、第三号証、成立に争いのない疏甲第一一号証の一、二、証人安原清(第一、第二回)、同鈴木靖夫、同沼沢久彰および同沼田有市の各証言の一部、債権者本人尋問の結果(第一、第二回)の一部、次の(5)事実のうちの一部の事実の認定につき一件記録、ならびに弁論の全趣旨によれば、次の(1)ないし(5)事実が疏明され、証人安原清(第一、第二回)、同鈴木靖夫、同沼沢久彰および同沼田有市の各証言の一部ならびに債権者本人尋問の結果(第一、第二回)のうちこの認定に反する部分はいずれも信用できず、ほかにこの認定を覆えすにたりる証拠はない。
(1) 債務者の沼田社長を含む会社首脳部は、米沢工場における安原工場長と債権者間の対立衝突のため米沢工場の運営に苦慮していたが、沼田社長の会社経営上の専権が失われるにつれて、沼田社長を除いて、次第に安原工場長による管理態勢を支持し債権者の職務態度を批判するようになり、他方米沢工場内部でも鈴木次長ならびに大方の幹部職員および一般従業員が安原工場長の管理の下でほぼ一本にまとまつていたこともあつて、債権者は徐々に一人浮き上がつた存在となり孤立化していつた。
(2) 債務者会社は、一般的な経済不況の影響を受けて、昭和四九年初めころから受注、売上の激減による経営不振に見舞われ、大幅な人員整理を余儀なくされたうえ、同年半ば以降はさらに深刻な経営不振に陥つたため、人員整理のほか機構の縮小化、合理化などの改革が必要となり、米沢工場についても課員なしで特に固有の担当業務のなくなつていた労務課の廃止を検討することとなり、翌昭和五〇年三月末ころ労務課の廃止を内部的には事実上決定していた。しかし、債権者は、同年四月以降も米沢工場に出勤し、労務課長として従前どおり平常の勤務を続けていた。
(3) 債務者の沼田社長を除く首脳部は、沼田社長が債権者を支持していたことや債権者を説得するにたりる決定的な解雇の理由に乏しいこともあつて、債権者の処遇に苦慮していたが、できれば、速やかに債権者を解雇するのが米沢工場のみならず債務者会社全体の経営上も合理的であると一致して考えていた。他方債権者は処遇につき入社するいきさつを強調し、幹部職員として以外の処遇を拒絶する意向を表明していた。このため、債務者会社首脳部の一部では、同年六月債権者の処遇につき沼田社長に対する配慮と妥協の点からも債権者を東京に転勤させ、社長付き秘書にする意見が出され、同年七月債権者に対しても右意見が仄かされていたため、債権者は東京に単身でも赴任する決意を半ば固めていた反面、最悪の場合には解雇通告を受ける事態になることを予想していた。
(4) 債務者の沼田社長を除く首脳部は、同年七月米沢工場の安原工場長や鈴木次長の意見を聴取するなどして債権者の処遇につき検討を重ね、終に反対していた沼田社長を説得することに成功し、債権者を解雇することを決定した。なお、これまでの段階では、債務者会社の首脳部は誰一人として債権者の前記学歴、職歴等の詐称の事実に気付かず、これを全く問題にはしていなかつた。そこで、債務者は、債権者を本社に呼出したうえ、退職願いの提出をなんら勧告することなく、沼田社長において、勤務成績不良、労務課の廃止などの理由を挙げて、前記認定のごとく同月二六日債権者を解雇する旨を通告した。
(5) 債権者は、その対抗措置について本件仮処分申請事件で疏甲第二号証として提出した自己の保管にかかる「就業規則」書を自宅に持ち帰り検討していたが、示された解雇の理由に納得できず、同年七月末および同年八月初めの二回にわたつて債務者に対し内容証明郵便をもつて解雇の理由につき釈明を求めるとともに、同年八月末本件訴訟代理人たる長田弘弁護士に委任し、本件仮処分申請をし、その仮処分申請書は同年九月九日債務者に送達され、これに対し、債務者は右訴訟対策のため直ちに債権者の学歴、職歴等につき安原工場長、鈴木次長に調査を行わせ、前記認定のような学歴、職歴等の詐称の事実を掴んだ(なお、右事実のうち一部は当事者間に争いがない)。
2 以上認定の事実関係に基づいて、本件解雇が解雇権の濫用にあたるか否かについて判断する。
(一) 債務者は、本件解雇は就業規則四二条但書に基づく「論旨解雇」であると主張するので、まずこれについて検討する。
(1) 成立に争いのない疏甲第二号証によれば、債務者会社の就業規則につき次のとおり疏明される。
(ア) 一〇条では、表題を「解雇」として、以下のように定める。
「従業員が次の各号の一に該当する場合は、三〇日前に予告するか又は労働基準法第一二条に規定する平均賃金の三〇日分を支給して解雇する。
一 精神又は身体の障害により、業務に耐えられないと認めたとき
二 勤務成績又は能率が不良で、就業に適しないと認めたとき
三 やむをえない業務の都合によるとき
四 その他、前各号に準ずるやむをえない事由があるとき」
(イ) 四二条では、表題を「制裁二」として、以下のように定める。
「次の各号の一に該当する場合は、懲戒解雇に処する。但し情状により論旨解雇又は降職若しくは出勤停止に処することがある。
二 経歴を偽り、その他詐術を用いて雇用されたとき
四 勤務が不良で、所属長から訓戒を受けても改心の見込みのないとき」
(ウ) そして、四三条では、表題を「制裁の種類、程度」として、以下のように定める。
「五 論旨解雇 退職願いを出すよう勧告し、これを提出しないときは懲戒解雇をする。
六 懲戒解雇 予告期間を設けることなく、即時に解雇する。この場合所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは、予告手当(平均賃金の三〇日分)を支給しない。」
(2) そこで、右就業規則四二条、四三条を対比検討すると、四二条は懲戒事由およびこれに対する懲戒手段を定め、四三条はその懲戒手段の内容ないし手段を定めたものと解釈するのが相当であるところ、債務者は四三条の論旨解雇に関する退職願提出の勧告手続を履践せずに、直ちに解雇を行つていることが明らかであるから、本件解雇は就業規則四二条但書、四三条にいう論旨解雇であると認めることはできない。しかし、これは、就業規則の規定上の不備によるものにすぎず、就業規則一〇条の定めるようないわゆる通常解雇と同じ手続によつて、退職願の提出を勧告することなく、直ちにいわゆる論旨解雇をすることにつき、債務者が就業規則の設定によつて自己制限的にこれを禁じたものとは決して解されないうえ、形式上、本件解雇は要するに予告手当を支払つて行つた通常解雇であつて、懲戒解雇でないことが明らかであるから、その実質的な目的が論旨解雇であるか否かにかかわらず、手続的にはなんら瑕疵はないというべきである。
してみれば、本件解雇が解雇権の濫用にあたるか否かについての判断にあたつては、単に就業規則の定める解雇事由に該当するか否かを検討するのみでなく、解雇当時までの一切の事情を綜合斟酌して判断するのが相当である。
(二) そこで、前記1で認定した各事実に即して解雇当時までの事情を検討する。
(1) 債権者は、沼田社長から次期工場長要員として入社を要請されたなどの事情があつたうえ、昭和四九年七月からはあたかも会社全体の労務課長を命ぜられたかのごとき辞令書を受け取り、自分が必ずしも安原工場長の指揮命令の系統に属さないと誤解していたとしても、幹部職員として採用された以上は、安原工場長とは相互に協力して米沢工場の労務管理面などにおける与えられた職務を遂行すべきであり、安原工場長と具体的な問題につき意見の相違をみたとしても、円滑な工場運営を第一義として安原工場長と対立衝突することなくこれを処理打開すべきなのであつて、その対立衝突が原因で工場の運営に支障があつてはならないのに、入社の際の事情に拘泥したうえ、沼田社長の支援を過信して一人安原工場長とことあるごとに対立衝突を繰り返し工場の運営に支障を招来させたものである。従つて、これに債権者の担当する労務課が経営不振による機構の整理縮小によつて事実上廃止され、債権者は幹部職員としては一応剰員となつていたうえ、債権者本人としても幹部職員としての処遇に固執していた事情を考え合わせるならば、債務者が本件解雇を決定したことには客観的にみてこれを是認すべきかなりの程度の合理的な理由があるものというべきである。
(2) しかも、債権者は、債務者に雇用された直後に提出した履歴書に学歴、職歴等につき前記認定のごとく幾多の不実記載をしていたものである。この事実は、債権者が主張するように、解雇当時債務者の主観的に知らなかつた事実であり、従つて解雇通告の際も告知されていないことは当然であるが、そうであるからといつて解雇権濫用の存否につき判断するうえでこれを考慮しえないと解すべきではないのであり、債務者が解雇当時までにこれに気付かず、従つて採用、昇進等を決定するうえでこれを全く重要視していなかつたとの事実は相当程度斟酌すべきであるものの、決して軽視できない不誠実な行為である。
大学進学率の低かつた時代における有名私立大学の中心的な学部へ入学したとの学歴は、債権者が解雇されずに引き続き勤務していたとすれば、遠からず明るみになり、債務者のような小規模な会社であればなおさらそれなりの高い評価を受けることになつたであろうし、ことにあたかも山形県地方労働委員会の公益委員に任命されているかのごとく装つた経歴詐称は、債権者の幹部職員としての評価、とりわけ債権者の労務問題に関する知識能力を活用するためのその評価のうえで、使用者たる債務者に対し誤つた評価に導き相当の損害を与えずにはおかなかつたであろうと推察せざるをえない。従つて、学歴、職歴等の詐称も、本件解雇を是認すべき客観的に合理的な理由の一であることを失わない。
(三) 以上(一)、(二)の諸点を綜合斟酌するならば、債務者の行つた本件解雇は、客観的にみてこれを是認すべき合理的な理由があり、解雇権の濫用にあたらず、従つて有効であるというべきである。してみれば、債権者と債務者間の雇用契約は本件解雇によつて終了したということができる。
三、結語
よつて、債権者と債務者間に雇用契約が存続することを前提とする債権者の本件仮処分申請は、その余の判断をするまでもなく、理由のないことが明らかであるから、これを却下することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤博 塚原朋一 藤村啓)