山形地方裁判所米沢支部 昭和52年(ワ)122号 判決 1980年1月16日
原告 株式会社遠藤商事
右代表者代表取締役 遠藤新八
右訴訟代理人弁護士 設楽作巳
被告 株式会社秋田相互銀行
右代表者代表取締役 大野整
右訴訟代理人弁護士 柴田久雄
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立て
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金五、八五〇万円及びこれに対する昭和五三年一月一四日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文一、二項と同旨の判決を求める。
第二主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五一年五月一三日までの間、被告銀行山形支店に対し、合計金七、〇〇〇万円の普通預金をした。
2 原告は、昭和五一年五月二九日、訴外安部穂から、別紙物件目録記載のけやき丸太原木三本(以下、本件原木という。)を次の約定で買受ける旨約し、右訴外人に対し、手附金として金一、〇〇〇万円を支払った。
(一) 売買代金
売買代金は金八、〇〇〇万円とし、原告は、右訴外人に対し、昭和五一年五月三一日午後四時限り現金にて七、〇〇〇万円を支払う。
(二) 特約
原告が右(一)の約定に違反したときは、右訴外人は何らの催告を要することなく右売買契約を解除し、原告が支払った手附金一、〇〇〇万円は右訴外人において取得する。
3 原告は、昭和五一年五月三〇日、訴外甘利亨、同斉藤誠の両名に対し、本件原木を次の約定で売渡す旨約し、右訴外人両名から、手附金として金一、五〇〇万円の支払いを受けた。
(一) 売買代金
売買代金は金一億一、三五〇万円とし、右訴外人両名は、原告に対し、昭和五一年五月三一日午後六時限り現金にて残代金九、八五〇万円を支払う。
(二) 特約
原告が契約に違反したときは、右訴外人両名は何らの催告を要することなく右売買契約を解除し、原告は右訴外人両名に対し、金三、〇〇〇万円を損害金として支払う。
4 原告は、昭和五一年五月三一日、被告銀行山形支店において、前記1の普通預金七、〇〇〇万円の払戻請求をしたが、被告は、同日午後五時に至るも、同預金の払戻しをしなかった。
5 このため、原告は、前記2の売買残代金七、〇〇〇万円を約定どおり支払うことができず、かつ、前記3の売買契約の目的物である本件原木を引渡すことができなかったところから、原告に対して、訴外安部穂は、昭和五一年五月三一日午後五時ころ、前記2の売買契約を解除する旨意思表示をし、訴外甘利亨、同斉藤誠の両名は、同年六月四日ころ、前記3の売買契約を解除する旨の意思表示をした。
6 原告は、前記2の手附金一、〇〇〇万円を訴外安部穂に没収され、昭和五一年六月七日、訴外甘利亨、同斉藤誠の両名に対し、前記3の損害金として金三、〇〇〇万円を支払った。
7 しかして、原告は、被告の前記4の債務不履行により、次のとおり合計金五、八五〇万円の損害を蒙った。
(一) 前記2、6の手附金 金一、〇〇〇万円
(二) 前記3、6の損害金と手附金の差額金 金一、五〇〇万円
(三) 前記2、3の各売買代金の差額金 金三、三五〇万円
8 よって、原告は被告に対し、債務不履行による損害金五、八五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五三年一月一四日以降支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は不知。
3 同3の事実は不知。
4 同4の事実は認める。
5 同5の事実は不知。
6 同6の事実は不知。
7 同7の事実は争う。
三 抗弁
1 被告銀行山形支店においては、金七、〇〇〇万円の現金全部を即時に揃え、これを支払うことができないところ、原告が昭和五一年五月一〇日右支店に対し金三、五〇〇万円の普通預金をした際、右支店長代理の石川光孝は原告会社の営業課長の本田正男に対し、多額の現金払戻しのときは前日に連絡されたい旨要請し、右本田はこれを諒承したものであり、仮に然らずとするも、多額の現金払戻しのときには事前に当該金融機関に対しその旨の予告をすべき商慣習が存するのであるから、原告が、何ら事前の連絡もなく閉店直前に右支店において、金七、〇〇〇万円という多額の現金の即時払戻しを請求したのに対し、被告が即刻右現金の払戻しに応じられなかったことは、被告の責に帰すことのできない事由によるものというべきである。
2 被告銀行山形支店では、昭和五一年五月三一日、原告会社の代表取締役の遠藤新八から普通預金払戻し請求を受けたが、偶々閉店直前のことであり、金七、〇〇〇万円の現金全部が即時揃わないので、同額の被告銀行振出小切手の交付あるいは受取人の取引銀行預金口座への振込みによることを提案したが、右遠藤新八及び訴外安部穂の両名はこれを拒否したものである。
しかして、原告主張の訴外安部穂の原告会社に対する売買において、同訴外人は右の被告銀行振出小切手の交付あるいは受取人の取引銀行預金口座への振込みによって、売買代金を受領できたのであるから、原告は同訴外人に対して履行の提供があったものというべく、また、被告は原告会社に対して、預金払戻しに関し、履行の提供があったものというべきである。
3 被告銀行山形支店は、右同日、他行に現金の払出しを依頼し、同日午後五時三〇分すぎには現金七、〇〇〇万円の払戻しが可能となったので、同日午後四時三〇分ころ、前記遠藤新八及び訴外安部穂の両名に対し、同日六時までに現金七、〇〇〇万円を払戻す旨を伝え、その間暫時猶予を求めたが、右両名はこれを拒絶した。
しかして、右訴外安部穂は、約定の時間からわずか二時間後の同日午後六時まで残代金支払いの猶予を求められながら、即時支払いに固執してその受領を拒絶したのであって、同訴外人が原告主張の原告会社との売買契約を解除したのは、信義則に照らし、解除の濫用であって、解除の効果は発生しないというべきである。
四 抗弁に対する答弁
抗弁事実のうち、被告銀行山形支店が、昭和五一年五月三一日、原告会社の代表取締役の遠藤新八から普通預金払戻し請求を受け、被告銀行振出小切手の交付あるいは受取人の取引銀行預金口座への振込みによることを提案したが、訴外安部穂がこれを拒否したことは認めるが、その余はいずれも争う。
第三証拠関係《省略》
理由
一 原告が、昭和五一年五月一三日までの間、被告銀行山形支店に対し、合計金七、〇〇〇万円の普通預金をしたこと、原告が、同月三一日、右支店において、右普通預金七、〇〇〇万円の払戻請求をしたが、被告が、同日午後五時に至るも、同預金の払戻しをしなかったこと及び右支店が、同日、原告会社の代表取締役の遠藤新八から普通預金払戻し請求を受け、被告銀行振出小切手の交付あるいは受取人の取引銀行預金口座への振込みによることを提案したが、訴外安部穂がこれを拒否したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 右の当事者間に争いがない事実、《証拠省略》を総合すると、次のとおり認めることができる。
1 原告は、山形県米沢市に本店を有する金融業、不動産業等を営む会社であり、被告は、秋田県秋田市に本店を有する銀行である。
2 原告会社の営業課長の本田正男は、昭和五一年五月一〇日、被告銀行山形支店に赴き、同支店において、原告会社の普通預金の新規口座を開設し、現金三、五〇〇万円を預金したが、この際、同人に対し、当時の右支店の支店長代理の石川光孝は、「多額の現金払戻しをする場合は前日に連絡して貰いたい。」との趣旨を述べたところ、右本田正男は、「できるだけそうしたい。」との趣旨を述べた。
右本田正男は、同月一三日、さらに、右口座に現金三、五〇〇万円を預金した。
3 原告は、木材業を営む訴外安部穂との間で数度にわたって木材の取引があったところ、原告会社の代表取締役の遠藤新八は、友人の訴外後藤一郎から話を持込まれて、原告において、右訴外安部穂から本件原木を買受け、他に転売して利益を得ようと企図した。
4 そこで、右遠藤新八及び右訴外安部穂は、同月二九日ころ、原告が右訴外人から本件原木を次の約定で買受ける旨を約し、売買契約書(甲第一号証)を作成して、これを取交した(なお、右売買契約書には、「原告は本契約締結の昭和五一年五月二九日手附金として金一、〇〇〇万円を支払い、訴外安部穂は確かに受領した。」との趣旨の記載がある。)。
(一) 売買代金
売買代金は金八、〇〇〇万円とし、原告は、右訴外人に対し、昭和五一年五月三〇日に手付金一、〇〇〇万円を支払い、同月三一日午後四時限り現金にて残代金七、〇〇〇万円を支払う。
(二) 特約
原告が右(一)の約定に違反して残代金七、〇〇〇万円を支払わなかったときは、右訴外人は何らの催告を要することなく右売買契約を解除し、原告が支払った手附金一、〇〇〇万円は右訴外人において取得する。
5 訴外甘利亨は、知人である訴外斉藤誠から本件原木を共同して買受ける話を持込まれて、これに応ずることとした。
そこで、右訴外人両名及び原告は、同月三〇日ころ、原告が右訴外人両名に対して本件原木を次の約定で売渡す旨を約し、売買契約書(甲第三号証)を作成して、これを取交した(なお、右売買契約書には、「右訴外人両名は本契約締結の昭和五一年五月三〇日手附金として金一、五〇〇万円を支払い、原告は確かに受領した。」との趣旨の記載がある。)。
(一) 売買代金
売買代金は金一億一、三五〇万円とし、右訴外人両名は、原告に対し、昭和五一年五月三〇日に手附金一、五〇〇万円を支払い、同月三一日午後六時限り現金にて残代金九、八五〇万円を支払う。
(二) 特約
原告が契約に違反したときは、右訴外人両名は何らの催告を要することなく右売買契約を解除し、原告は右訴外人両名に対し、金三、〇〇〇万円を損害金として支払う。
6 前記遠藤新八は、前記訴外後藤一郎を伴なって、同月三一日午後二時三〇分ころないし同日午後二時五五分ころ、被告銀行山形支店に赴き、同支店窓口において、普通預金払戻請求書に記名押印したうえで、前記2認定の普通預金七、〇〇〇万円の払戻請求をした。
7 そこで、前記訴外石川光孝は、当時の同支店においては、手持ち現金が合計して金三、五〇〇万円位であって、金七、〇〇〇万円余の払戻請求に応じるに足りる現金を保有していなかったことから、前記遠藤新八に対して、「急なことなので、現金がそろわないから、銀行振出の小切手でお願いしたい。」旨を述べたところ、右遠藤新八は、売買契約書(甲第一号証)を示して、「契約が今日現金で支払うことにしてあるので現金が必要なのであるが、取引相手が承知してくれれば私は差支えない。」との趣旨を述べた。
8 訴外安部穂は、前記遠藤新八からの電話連絡を受けて、前記訴外甘利亨、同斉藤誠と共に、前同日午後三時ころないし午後三時三〇分ころ、被告銀行山形支店に赴いた。
右訴外安部穂に対して、前記遠藤新八が、「銀行に七、〇〇〇万円の預金があるが、銀行に金がないということだから待って欲しい。」旨を述べ、また前記訴外石川光孝または当時の被告銀行山形支店長の訴外富樫隆が、「銀行振出の小切手または受取人の取引銀行への送金の方法ではどうか。」、「一部現金ではどうか。」との趣旨を述べたが、右訴外安部穂は、「私がこの金を持っていかなければどうにもならないから満金をそろえられるよう努力して欲しい。」、「小切手は取立てにも時間がかかり、せっぱつまった金で約束ごとでもあるし有価証券でなく他行からでも努力して欲しい。」、「現金でなくてはだめだ。」などと述べて、現金による支払いの方法を固執し、前記4の(一)認定の支払期限を右同日午後五時まで延期することだけを了承した。
9 この間、被告銀行山形支店においては、他銀行に対して現金融通方の申入れをしたところ、前同日午後四時三〇分ころ、第一勧業銀行山形支店から、同日午後五時三〇分すぎころには現金の用意ができる旨の連絡があったので、「他行からの手配がついた。」旨前記遠藤新八に伝えられた。
しかるに、同日午後五時ころに至り、前記訴外安部穂は、右遠藤新八に対して、「一億円以上もするものを安くまけてそれが現金取引出来ないなんてけしからん。」、「四時までの約束で一時間待ったのだから契約不履行で契約は解除し、手附金一、〇〇〇万円は没収する。」と述べて、被告銀行山形支店を退出した。
その後、同日午後五時一五分ころまでには、右遠藤新八、後藤一郎、甘利亨、斉藤誠はいずれも右支店を退出した。
被告銀行本店から第一勧業銀行山形支店に金五、〇〇〇万円が送金され、前記富樫隆は、右同日午後五時すぎころ、第一勧業銀行山形支店から現金五、〇〇〇万円の払戻しを受けて、右同日午後六時ころ、被告銀行山形支店に持ち帰った。
10 前記遠藤新八は、前同年六月三日、被告銀行山形支店から前記2認定の普通預金の払戻しを受けた。
訴外甘利亨、同斉藤誠の両名は、同月五日ころ到達の内容証明郵便をもって、原告に対し、前記5認定の売買契約を解除する旨の意思表示をなした。
原告は、同月七日、右訴外人両名に対して、前記5の(二)認定の特約による損害金として金三、〇〇〇万円を支払った。
以上のとおり認定しうる《証拠判断省略》。
三1 ところで、《証拠省略》によると、被告銀行山形支店においては、一定金額を超える現金の保有はしないように被告銀行本店から指示を受けており、また、通常は金二、〇〇〇万円程度の現金を保有すれば業務上支障がなかったことが認められるが、銀行がこのように現金を制限なく多額にその所持内において保有することをせず、通常の業務に支障のない程度において現金を保有することは、保管の確実性及び現金の流通性の点からして合理的な理由があるものと言うべきであり、普通預金においては、預金者は何時にても払戻しを請求することができるものの、信義則上、銀行が預金の払戻しに必要な時間の猶予を認めるべきである。
2 しかして、さらに、前記二の2において認定したとおり、原告会社の営業課長の本田正男が、昭和五一年五月一〇日、被告銀行山形支店において、原告会社の普通預金の新規口座を開設し現金三、五〇〇万円を預金した際、支店長代理の前記訴外石川光孝から、「多額の現金払戻しをする場合は前日に連絡して貰いたい。」との趣旨を述べられていた事情にも照らすと、前記二の6ないし9認定のとおり、前記遠藤新八が、銀行の営業時間の終了である午後三時(銀行法施行細則一三条参照)から一時間前にも足りない午後二時三〇分ころないし午後二時五五分ころに至って、被告銀行山形支店において普通預金七、〇〇〇万円の払戻請求をしたのに対して、被告銀行が同日午後五時ころまでに右の払戻請求に応じられなかったことは、被告銀行の責に帰することのできない事由によるものであって、原告主張の損害について被告銀行には履行遅滞の責任は存しないものと解するのが相当である(なお、金銭の支払いを目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、法律の規定のある場合または当事者間の特約もしくは法定利率を超える約定利率が定められている場合を除いて、法定利率を超える実損害の賠償を請求することはできないものと解すると(民法四一九条参照)、預金返還債務の不履行に基いて生じた実損害の賠償を求める原告の請求は、主張自体失当であるということになる。)。
四 したがって、当事者のその余の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 豊田健)
<以下省略>