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山形地方裁判所酒田支部 平成9年(ワ)10号 判決 1999年11月11日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 白澤恒一

被告 ワールド日栄証券株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 佐藤博史

同 飛田秀成

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金九八九六万九八四七円及びこれに対する平成九年八月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告は、被告から、外貨建てワラントを買い受けたが、右契約は、目的物である当該ワラントを表章する有価証券が存在したとは認められないから無効であり、そうでなくとも、右証券の引渡債務の不履行を理由に契約を解除したなどとして、不当利得返還請求権又は契約解除による原状回復請求権に基づき、被告に対し、支払済みの代金のうち反対売買による差益を差し引いた残額(差損金相当額)の支払を求めた。

一  前提となる事実

1  原告は、山形県酒田市内において、長年にわたりホテルを経営してきた個人投資家である。被告は、有価証券の売買等を目的とする証券会社で、その本店は肩書所在地にあり、山形県酒田市内に支店を有している(当事者間に争いがない事実、甲三、乙五五)。

2  原告は、平成二年一一月二六日から同月二七日にかけて、被告との間で、外国証券取引口座設定約諾書を取り交わし、原告が被告に開設した外国証券取引口座(B名義の口座及びC名義の口座)を使用して、外国証券の売買注文を外国の有価証券市場に取り次ぐ取引及び外国証券の日本国内における店頭取引を行う旨の基本契約を締結した(乙四三、四四、弁論の全趣旨)。

3  原告は、右契約に基づき、被告との間で、平成二年一一月二六日から平成四年一二月六日にかけて、別表①、②の各「銘柄」・「単位」・「購入日」・「購入価格」欄<省略>のとおり、原告を買主、被告を売主とする外貨(米ドル)建てワラントの売買契約(以下「本件売買契約」といい、その目的とされたワラントを「本件ワラント」という。)、平成二年一二月六日から平成四年一二月一一日にかけて、別表①、②の各「銘柄」・「単位」・「売却日」・「売却価格」欄<省略>のとおり、本件ワラントの一部につき反対売買(以下「本件反対売買契約」という。)を行った。

本件売買契約及び反対売買契約による利益又は損失の額は、別表①、②の各「利益」欄<省略>のとおりであり、その結果、原告は被告に対し、差損金として合計九八九六万九八四七円を支払った。なお、本件ワラントのうち本件反対売買契約の対象とされなかったものについては、当該新株引受権の行使期間の満了により権利が失効し、無価値となった(以上、当事者間に争いがない事実、甲三、乙五五、弁論の全趣旨)。

4  なお、ワラントは、新株引受権付社債から新株引受権のみが分離され、譲渡可能とされたものであり(商法三四一条ノ八第二項五号)、その権利(発行時に決められた権利行使期間内に、予め決められた権利行使価格により、一定の株数の新株を購入することができる権利)は、有価証券である新株引受権証券に表章されるものとされている(同法三四一条ノ一三)。

(この点に関連して、原告は、本件売買契約の目的物を、ワラントを表章する新株引受権証券の所有権であると認識しており、右証券に表章された新株引受権であると主張する被告との間で、意思に不一致があったから、本件売買契約は成立したものとは認められない旨主張するが、仮に右のような認識もしくは解釈の相違があったとしても、それが本件売買契約の成立を妨げるような意思表示の不一致に当たるとは解されないから、原告の主張はそれ自体失当である。)

5  被告は、本件売買契約の都度、原告に対し、売買の対象となるワラントの数量(単位)・単価・約定金額・為替レート等を記載した「取引報告書」を送付し、右ワラントの受渡期日に、原告に対し、当該ワラントの発行会社・数量(単位)・権利行使期間等を記載した「預り証」を交付した。しかし、右ワラントを表章する新株引受権証券の記号・番号を特定することはなく、各ワラントについては、発行会社・発行日・新株引受権の内容・権利行使価格・権利行使期間による区分が可能であるにとどまった<証拠省略>。

6  原告は、被告に対し、平成九年八月五日付けで本訴を提起し、その申立書(訴変更申立書)は平成九年八月一八日被告に送達された(当裁判所に顕著な事実)。

7  なお、原告は、被告に対し、被告の従業員が、原告に対し本件売買契約の勧誘をしたこと及びその際十分な説明をしなかったことが不法行為に当たると主張して、使用者責任に基づき、差損金相当額九八九六万九八四七円の損害賠償を求める訴えを提起した(山形地方裁判所酒田支部平成四年(ワ)第五五号損害賠償請求事件)が、右主張は認められず、請求棄却の判決を受け、これに対する控訴(仙台高等裁判所秋田支部平成八年(ネ)第三四号)も棄却され、右判決は確定している(甲三、乙五五、弁論の全趣旨)。

二  原告の主張

1  目的物の不存在による本件売買契約の無効

そもそも、本件ワラントが発行され、これを表章する新株引受権証券が現実に存在したかどうかが明らかでないから、本件売買契約は、目的物の不存在(原始的不能)により無効というべきである。

2  公序良俗違反による本件売買契約の無効

本件売買契約は、本件ワラントを表章する新株引受権証券を特定して、その所有権を買主に移転することを目的としておらず、単にワラントの数量と相場の変動をもとにした投機を行うことを目的とし、いわば賭博行為に当たるものということができるから、公序良俗違反により無効というべきである。

3  契約解除

(一) 仮に、本件ワラントを表章する新株引受権証券が存在し、本件売買契約が債権的に有効であったとしても、本件ワラントを表章する新株引受権証券が記号・番号によって特定されていない以上、本件ワラントは買主たる原告に移転していない。

即ち、本件売買契約は、本件ワラントを表章する新株引受権証券という有価証券の所有権の移転を目的とし、その買主の債権は、右証券の所有権の移転を目的とする種類債権に当たる(民法八六条三項、四〇一条二項参照)。また、ワラントの移転には、当該ワラントを表章する新株引受権証券の「交付」を要するものとされている(商法三四一条の一四第一項)。

ところが、本件売買契約にあたり、被告は、本件ワラントを新株引受権証券の記号・番号によって特定しておらず、その名義も原告に移転していない。

したがって、種類債権の特定はなく、また、本件ワラントを表章する新株引受権証券を原告に「交付」したとはいえないから、本件ワラントは原告に移転していなかったことになる。

(二) 本件ワラントについては、いずれも権利行使期間が経過して、新株引受権は失効し、その結果、被告がこれを原告に移転することは不可能となった。

(三) そこで、原告は、被告に対し、平成九年九月三〇日の本件口頭弁論期日において、本件売買契約を、被告の債務不履行(履行不能)を理由に解除する旨の意思表示をした。

4  よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権又は契約解除による原状回復請求権に基づき、支払済みの代金(差損金相当額)九八九六万九八四七円及び本訴に係る訴変更申立書が被告に送達された日の翌日である平成九年八月一九日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  本件売買契約の目的物の存在

本件ワラントは、各発行会社の取締役会決議等を経て有効に発行されたものであり、各発行会社のワラントについては、これを表章する新株引受権証券が、一枚の大券の形で発行され、右大券は、本件売買契約当時、ベルギー国所在の有価証券の国際的保管振替機関であるユーロクリア・クリアランス・システム・ソシエテ・コーポレイティブ(ベルギー法人、以下「ユーロクリア」という。)によって保管されていた。

このように、本件売買契約の目的物は存在したのであるから、本件売買契約が原始的不能により無効ということはない。

2  原告の主張2(公序良俗違反による本件売買契約の無効)について

原告の主張は争う。本件売買契約は、前記のとおり、有効に発行された本件ワラントの移転を目的とするものであり、これが賭博行為に当たるとする理由はないから、原告の主張は失当である。

3  原告に対する新株引受権証券の交付(本件ワラントの移転)

被告は、以下のとおり、ユーロクリアを利用した外国有価証券の保管及び口座振替による決済のシステム(以下「ユーロクリアの保管振替システム」という。)に参加することにより、原告に対し、本件ワラントを表章する新株引受権証券を「交付」し、本件ワラントを移転したから、原告主張の解除は認められない。

即ち、被告は、ユーロクリアの運営会社(モルガン・ギャランティー・トラスト・カンパニー)との契約に基づき、ユーロクリアの保管振替システムに参加し、右システムの参加者である他の証券会社から購入したワラント及び他の顧客から買い受けたワラントをもとに、本件売買契約を締結したものであるが、右契約の目的とされた本件ワラントを調達するため、これを表章する新株引受権証券が前記大券の形でユーロクリアに保管されていることを前提として、右システムの参加者から当該ワラントを購入し、ユーロクリアに設けられた右参加者と被告の口座間で、その数量の振替及び代金の決済を行った。そして、原告に対し、本件売買契約に基づき、本件ワラントの預かり証を交付し、代金の決済を行った。商法三四一条ノ一四第一項が定める新株引受権証券の「交付」には、指図による占有移転(民法一八四条)及び占有改定(民法一八三条)も含まれるところ、右事実によれば、被告は、本件ワラントを表章する新株引受権証券につき、譲渡人から指図による占有移転等の方法により交付(間接占有の移転)を受けたものとして、ユーロクリアに保管中の前記大券につき、本件ワラントの数量に応じた共有持分を取得し、更に、原告に対し、占有改定の方法(預り証の交付等)で右大券に対する間接・共同占有を移転することにより右持分を移転し、その結果本件ワラントを移転したものと説明することができる。原告は、被告との間で取り交わした外国証券取引口座設定約諾書中で、新株引受権証券を被告に混蔵寄託することについて合意していたものであり、これにより占有改定の要件である占有代理関係を設定したものといえる。

以上のような方法による本件ワラントの移転は、商法三四一条ノ一四第一項の解釈上認められるというべきであり、仮にそのような解釈が採られない場合には、商慣習法に基づくものとして効力が認められるというべきである。

なお、前記のようなユーロクリアの保管振替システムを利用した外国証券上の権利の移転は、ベルギー法(一九六七年一一月一〇日有価証券の流通促進に関する勅令六二号、乙五七)により有効とされており、被告は、本件売買契約の債務不履行の有無等について、選択的にベルギー法の適用を主張する。

四  原告の反論

被告の主張するユーロクリアの保管振替システムによるワラントの移転は、ベルギー法の下では有効であり得ても、現行日本法の下では、有効とされ得ないものである。即ち、本件売買契約の効力等については日本法に準拠すべきところ、前記のようなワラントの移転方法は、商法が予定した有価証券の交付によるものではないから、右方法を有効と認めるには、日本法に、株券等の保管及び振替に関する法律(以下「株券保管振替法」という。)のような特別法上の根拠規定(創設的規定)が存在することが必要である。ところが、現行の日本法には、このような規定はなく、また、ワラントは、株券保管振替法の適用対象として指定を受けておらず、ユーロクリアも、同法に基づく保管振替機関ではない。このような状況で、個別の証券の記号・番号の特定をすることなく、銘柄・数量をもとに売買を行うことが認められるならば、被告が、同一銘柄のワラントを二重・三重に譲渡することも可能となる。現に、国内で発行されたワラントについては、商法が本来予定したとおり、個別の証券が記号・番号により特定され、交付の対象とされているのであり、外国で発行されたワラントについてのみ、右特定を不要とすることは、合理的根拠に欠ける。のみならず、被告から原告に対しては、口座の振替すらなく、形式的に預り証や取引報告書が交付されただけであり、このような不明確な方法をもって占有改定に当たるなどとういうことはできない。更に、被告の主張する証券の移転方法には、善意取得の可否や、証券紛失の場合の除権判決の手続、大券に対する強制執行の可否等の点でも問題があり、このような方法を、現行法上有効と認めることはできないというべきである。

五  争点

1  本件売買契約の目的物が存在したと認められるか。

2  本件売買契約は、公序良俗違反により無効か。

3  本件売買契約につき、原告主張の解除が認められるか(特に、被告が原告に対し、本件売買契約に基づき、本件ワラントを表章する新株引受権証券を交付したと認められるか。)。

第三当裁判所の判断

一  準拠法について

本件の争点について判断する前提として、日本国又はベルギー国(本件ワラントを表章する有価証券の保管場所とされているユーロクリアの所在地)のいずれの法律に準拠すべきかが問題となる。原告の本訴請求は、本件売買契約の無効又は債務不履行に基づく契約解除を原因とする債権的請求であるから、その争点である契約の効力及び解除の成否について適用されるべき準拠法は、第一次的に契約当事者の意思により定まるものと解される(法例七条一項)。これを本件についてみると、本件売買契約に先立ち、原・被告間で取り交わされた外国証券取引口座設定約諾書(乙四三、四四)には、右事項に関する準拠法を明示した規定はないが、同約諾書の一三条三号に、外国有価証券の保管方法については、当該売買等の行われた国の諸法令及び慣行に従う旨の規定があるほか、本件売買契約が締結され、代金の決済が行われた場所は日本国であり、原告の住所地及び被告の本店所在地も日本国である上、本件ワラントの各発行会社が日本法人であること(以上、当事者間に争いがない事実及び弁論の全趣旨)等の事実からすると、原告及び被告は、少なくとも黙示的に日本法に準拠する旨の意思を有していたものと推認するのが合理的である。また、原告の不当利得返還請求権の成否については、更に法例一一条一項によっても日本法が適用されることになる。そこで、以下日本法の適用を前提に論ずる。

二  本件ワラントの発行の有無について

本件売買契約の内容(約定日・目的ワラントの銘柄・代金額・受渡日)は、被告が顧客の口座毎に作成する取引経過表のほか、日常業務の過程で継続的に作成する「外国証券取引日記帳」及び「受渡日記帳」に記録されており、被告が本件売買契約の目的となるワラントを調整するため、他からワラントを買い受けた場合には、右各日記帳及びユーロクリアから送付を受けた「取引報告書」にこれに沿う記載がされている<証拠省略>。

そこで、まず右「外国証券取引日記帳」に記載されたワラントの発行日・銘柄・行使期間、及び右「受渡日記帳」に記載されたワラントの銘柄(コード番号)に照らしてみると、被告が証拠として提出した新聞誌上の新株引受権付社債の発行に関する取締役会決議の公告<証拠省略>は、本件ワラントの発行の事実を裏付けるものと認められる。加えて、右「外国証券取引日記帳」、「受渡日記帳」及び被告がユーロクリアから送付を受けた「取引報告書」の記載によれば、被告は、本件売買契約上の受渡日もしくはこれに接着した日に、右契約に必要な銘柄・数量のワラントを調達するため、ユーロクリアの保管振替システムを利用して、同システムの他の参加者(証券会社)からワラントを購入したり、原告の買注文に他の顧客の売注文を突き合わせる形のワラントの売買(店内クロス)を行っていたことが認められ、これらの事実を総合すれば、本件ワラントは、各発行会社によって発行され、本件売買契約の目的とされたものと認めることができる。

これに反し、被告が全く架空のワラントを対象に本件売買契約を行ったとすれば、ユーロクリアや、原告以外の多数の顧客も、被告との間でこうした取引を継続していたことになるが、被告の管理体制(乙五六、八六)やユーロクリアからの確認書・残高報告書の送信システム(乙四五ないし四七)の下で、そのような大掛かりな架空取引が行われたことを窺わせる具体的事実・証拠はなく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三  本件ワラントを表章する新株引受権証券の発行及び交付の有無について

1  右認定事実及び<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和五四年四月、ユーロクリアの運営会社(モルガン・ギャランティー・トラスト・カンパニー)との間で、ユーロクリアの保管振替システムに参加する契約を締結して、ユーロクリアに口座を開設し、同システムを利用して外国証券取引を行うに至ったこと、右システムの参加者は、ベルギー法(一九六七年一一月一〇日有価証券の流通促進に関する勅令六二号)に基づき、その保有する外国証券を、同種・同量のものと代替可能な証券としてユーロクリアに寄託(混蔵寄託)し、同一銘柄の証券全体(通常、発行会社により、その権利内容を記載した一枚の大券が発行される。)に対し、保有数量に応じた権利を有するものとされ、参加者間の売買に基づく権利(数量)の移転及び決済は、ユーロクリアに設けられた参加者の口座間の振替決済により行われるものとされていること、原告は、被告との間で、外国証券取引口座設定約諾書を取り交わすことより、その保有する外国証券を被告に混蔵寄託し、被告において右証券の保管を保管機関に委託(再寄託)すること(同約諾書一三条一号、二号)及び被告に寄託した証券については、被告から預り証の交付又はこれに代わる月次報告書による報告を受けること等(同二七条)を合意しており、そこで、被告は、本件売買契約にあたっても、ユーロクリアの保管振替システムを利用することとし、本件ワラントにつき、その発行会社により、同一銘柄のワラント全体の権利内容を表章する一枚の大券(商法三四一条ノ八所定の取締役会決議の日、発行日、銘柄、発行価格、総量、権利行使期間等の事項が記載され、発行会社の代表取締役の署名があるもの。以下「本件大券」という。)が発行され、ユーロクリアに保管されていることを前提に、右システムの他の参加者(証券会社)又は原告以外の顧客から、本件売買契約に必要な銘柄・数量のワラントを買い受け、右参加者との間では、ユーロクリアに指示して、口座振替による決済を行ったこと、そして、本件売買契約に基づく受渡日等に、前記外国証券取引口座設定約諾書二七条に基づき、原告に対し、売買の目的とされたワラントの預り証(当該ワラントの銘柄・数量が記載されたもの。乙七〇の一・参照)を交付し、或いは月次報告書による報告をしたこと、が認められる。

2  右認定のとおり、本件ワラントについては、各発行会社により同一銘柄のワラント全体の権利内容を表章する一枚の大券(本件大券)が発行されているところ、民法所定の寄託契約に関する混蔵寄託の理論(寄託者が受寄者に対し、その所有権を移転することなく代替物の保管を委託し、受寄者においては、これを他の同種の受寄物と混合して保管し、寄託者に対し、同種・同量の物を返還することができるとするもの)によれば、各ワラントの権利者(証券の寄託者)は、混合して一体となっている本件大券の上に、数量に応じた共有持分を有するものと解することができ、各権利者に物権的保護を与える解釈も可能であること、本件大券は、商法三四一条ノ八(新株引受権証券の記載事項)所定の要件を充たすものであり、また、本件大券について、各ワラントの権利者(寄託者)の請求があったときは、その数量に応じ、右商法の規定の要件を充たした個別の証券が発行され、当該権利者に交付されており(乙七五)、新株引受権を行使する者がその請求書に新株引受権証券を添付すること(商法三四六条ノ一六)も可能と考えられること、更には、後記3のとおり、本件大券が寄託されたままでも、証券に対する占有(間接占有)の移転は可能と解されること等を総合すると、本件大券は、本件ワラントを表章する新株引受権証券として発行されたものと認めることができるというべきである。

3  このように、ユーロクリアの保管振替システムの参加者が、ユーロクリアの運営会社との契約に基づき、その保有するワラントをユーロクリアに寄託したときは、当該銘柄のワラントの大券に対し、その保有するワラントの数量に応じた共有持分を有するとともに間接占有を有するものと解することができる。

そうすると、被告が、前記認定のとおり、ユーロクリアの保管振替システムの他の参加者(証券会社)からワラントを買い受けた際、右参加者との間で、ユーロクリアに指示して口座振替による決済を行った行為は、当該ワラントを表章する新株引受権証券の指図による占有移転(民法一八四条)に当たるものと解することができる。その結果、被告は、このような指図による占有移転による「交付」(商法三四一条ノ一四第一項)によって、原告から、本件大券に対する占有(間接・共同占有)を取得するとともに、当該ワラントの数量に応じた共有持分を取得し、当該ワラントを譲り受けたものと認められる(なお、被告が他の顧客から「店内クロス」によりワラントを買い受けた場合の「交付」は、簡易の引渡し(民法一八二条二項)に当たるものと解される。)。

4  また、原告は、前記認定のとおり、被告との間で、外国証券取引口座設定約諾書を取り交わすことにより、外国証券を被告に混蔵寄託し、被告においてこれを保管機関に再寄託すること、及び被告に寄託された証券については、被告から当該証券の預り証の交付又はこれに代わる月次報告書による報告を受けること等を合意しており、このような法律関係を前提に、被告が原告に対し、本件売買契約の目的とされたワラントにつき、預り証又は月次報告書を交付した行為は、当該ワラントを表章する新株引受権証券の占有改定(民法一八三条)に当たるものと解することができる。その結果、被告は、このような占有改定による「交付」によって、原告に対し、本件大券に対する占有(間接・共同占有)を移転するとともに、当該ワラントの数量に応じた共有持分を移転し、当該ワラントを譲渡したものと認められる。

5  以上に対し、原告は、本件売買契約の目的物たるワラント(種類物)が、これを表章する個別の新株引受権証券の記号・番号によって特定されていないため、種類債権の特定が生じておらず、買主たる原告に権利が移転してない旨主張するが、本件大券自体は、商法三四一条ノ八所定の事項の記載によって特定されており、このように特定された本件大券に対する占有(間接・共同占有)を移転することにより、本件ワラントは原告に移転したものと解することができるから、原告の主張は採用できない。

また、原告は、前記認定の方法によるワラントの移転は、株券保管振替法のような特別法の規定なくして認められないものである旨主張するが、先にみたとおり、混蔵寄託の理論は、現行民法上の寄託契約の解釈として認められているものであり、これを前提とする本件大券の発行も、商法三四一条ノ八(新株引受権証券の記載事項)の要件を充たし、同法三四六条ノ一六(新株引受権の行使の請求に際しての新株引受権証券の添付)等の規定にも反することはないものと解される。むしろ、このように解することは、会社の資金調達の手段として、一度に大量に発行され、流通することが予定されたワラントについて、証券の保管や移転に伴う費用や場所等の負担を大きく節減するとともに、証券紛失の危険を回避することを可能にし、その権利の流通を促進するものであり、ワラントの発行を認めた法の趣旨や有価証券制度の目的に適うものということができる。

これに反し、本件売買契約におけるワラントの移転方法を一般的に無効と解することは、取引界において、多年にわたり反復継続されてきた大量の外国証券取引に重大な影響を与え、取引の安定性を著しく損なうものであり、外国証券取引口座設定約諾書に基づき、右のような方法により取引を行ってきた契約当事者の通常の意思にもそぐわないものである(原告自身、本件ワラントの大半について反対売買による決済をしており、本件のような権利の移転方法が採られたこと自体によって、特に不利益を受けたものとは認め難い。)。

したがって、本件売買契約におけるワラントの移転方法については、占有改定の認定基準や新株引受権行使の手続のあり方、ワラントに対する物権的保護の内容等について、明確さを欠く部分があることを否定できず、本来立法による明確化が望まれるが、以上に検討したところに照らせば、現行法上可能な限り、これを有効とする解釈を採用するのが相当というべきであり、右権利移転の方法を一般的に無効とする原告の主張は採用できない。

四  争点1について

前記二、三でみたところによれば、本件売買契約当時、本件ワラントは発行されており、これを表章する新株引受権証券も発行されていたと認められる。

したがって、本件売買契約の目的物は存在したものであり、その不存在を前提とする原告の不当利得返還請求は認められない。

五  争点2について

右のとおり、本件ワラントは発行され、これを表章する新株引受権証券も発行されており、本件売買契約は、このようにして有効に発行された本件ワラント(新株引受権)の移転を目的とするものであって、これが賭博行為に当たり、公序良俗に反するとされる理由はない。原告の主張は失当であり、これを前提とする不当利得返還請求は認められない。

六  争点3について

前記三でみたところによれば、被告は、原告に対し、本件ワラントを表章する新株引受権証券を「交付」し、本件ワラントを譲渡したものと認められる。

したがって、被告は原告に対し、本件売買契約に基づく債務を履行したものであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告主張の解除は認められない。

七  結論

以上によれば、本訴請求は理由がない。

(裁判官 関口剛弘)

<以下省略>

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