山形地方裁判所酒田支部 昭和24年(ワ)26号 判決
原告 齋藤作太郎
被告 佐々木慶吉
一、主 文
被告は原告に対し金拾万円及びこれに対する昭和二十四年七月十六日以降完済まで年五分の金員を支拂わなければならない。
原告のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を原告その一を被告の負担とする。
此の判決は右第一項の部分に限り原告において執行前担保として金参万円を供託するときは仮にこれを執行することができる。
被告において担保として金五万円を供託するときは仮執行を免れることができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し金参拾万円及びこれに対する昭和二十四年七月十六日以降完済まで年六分の金員を支拂うこと、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に右第一項について担保を條件とする仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、原告は漁業を営む者であるがその業務に関し原告所有機附帆船第一漁神丸(総トン数八トン)は船長伊藤末吉指揮の下に出漁し昭和二十三年十月十三日北海道松前町小島附近海面でイカ釣漁業に從事し引続きイカ漁場を物色中同日午後六時四十五分頃右小島南西端から東南方約〇、五海里の地点で同所を北西に進行して來た被告所有機附帆船日昇丸(総トン数八トン漁業を営む被告の業務に関し船長佐々木文造指揮の下に出漁中)の左舷中央部の稍後方に前方から約七点の角度で衝突した爲、第一漁神丸は船首材を剥奪され附近外板に損傷を蒙り浸水多量で水船となり、日昇丸及び附近航行中の宝一丸によつて根拠地松前港に曳航の途中船体は漸時沈下し同日午後十二時頃小島燈台の東方約六海里の地点で曳航に危險を及ぼすに至つたので、曳索切断の結果第一漁神丸は同所において沈没するに至つた。而して右衝突並にこれによる第一漁神丸の沈没は第一漁神丸の船長伊藤末吉、日昇丸船長佐々木文造の各運航に関する過失によつて発生したものでその過失の軽重を判定することは不可能な場合であるから衝突による損害は各船舶所有者たる原告及び被告において平等に負担すべきものであるところ、該沈没によつて第一漁神丸は船体、機関、機関の附属品、備品(油揚ポンプ一台碇二挺ロープ)合計金六十三万円の損害を蒙り、日昇丸は衝突部に合計三万円の損害を蒙つた。仍て原告は被告に対し第一漁神丸の蒙つた損害の内三十万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和二十四年七月十六日以降賠償を受くるまでの法定利率による金額を請求する爲本訴請求に及んだと陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中原告主張の日時場所において各原被告の業務に関し出漁中の原告所有機附帆船第一漁神丸と被告所有機附帆船日昇丸が衝突したこと、該衝突後第一漁神丸が原告主張の通り沈没したことはこれを認める。併し右衝突は第一漁神丸船長伊藤末吉の船舶運航上の過失に起因するもので日昇丸船長佐々木慶吉には過失がなかつたものであり、昭和二十四年三月十九日の小樽海難審判所の該衝突事件の裁決においても第一漁神丸船長伊藤末吉の運航に関する職務上の過失行爲に対し同人の受有する沿岸丙種運轉士免状の行使を一箇月十五日停止し日昇丸船長佐々木文造については処罰の必要ないものとして不問に付した。本件事故発生当時における状況を見るに両船とも海上衝突予防法に規定されてある成規の船燈を掲揚せず航行していたものであるが、第一漁神丸は前方から進行して來る他の漁船を認め又右舷前方約五点の処で約五十メートルの所に船首を北西方に向け自船の前路を横切る日昇丸の白燈に気付いたが、左方に避讓すれば前方から進航して來る漁船に船腹を衝突される危險があり又右轉しても到底日昇丸を替わし得る成算はなかつたが或は奏効するかも知れないと思い、咄嗟に右舵一杯にとると同時に機関を停止し次いで全速力後退にかけたが発効しないうちに衝突したものである。此の場合第一漁神丸は海上衝突予防法第十九條に所謂「他船ヲ右舷ニ見ル船」として日昇丸を避くべき義務ある船であつて、自船の速力を出來る丈減ずる様機関を後退にかけて日昇丸を替わすべきが適当な処置なのに、敢て衝突の危險を冒してまで右に轉舵したことは軽卒な処置といわなければならない。日昇丸はその際前方の三隻の漁船の燈火に主として注意して居たのに、第一漁神丸は左舷から進航して來た爲、至近距離に近付くまで気がつかなかつたものであつたが、仮に日昇丸は第一漁神丸を早く発見して居たとしても海上衝突予防法第二十一條の「本法航方ニ依リ二船ノ内一船ヨリ他船ノ航路ヲ避クルトキハ他船ニ於テ其ノ針路及速力ヲ保ツヘシ」との規定によつて其の針路と速力とを保持せねばならぬこととなつて居るから、早く第一漁神丸を認めなかつたということは本衝突の直接原因とはならない。尤も右第二十一條の但書には「但シ他船ニ於テ天候密濛又ハ其ノ他ノ事故ニヨリ航路ヲ避クル船ノ処置ノミニテハ衝突ヲ避ケ能ハサル程両船接近シタルコトヲ認ムルトキハ自ラ亦臨機衝突ヲ避クルニ至当ノ処置ヲ爲スヘシ」との規定があるが、天気密濛というにもあらず且他に権利船である日昇丸において自ら進んで衝突を避けなければならぬ程緊急の事態でもなかつたので日昇丸はその儘針路と速力とを維持したのである。更に同法第二十七條には「本法ヲ履行スルニ当リ運航及衝突ニ関シ百般ノ危險ニ注意スルハ勿論若シ危險切迫シテ本法ヲ履行シ能ハサル特殊ノ場合ニ於テハ其ノ危險ヲ避クル爲臨機ノ処置ヲ爲スコトニ注意スヘシ」と規定してあるが、本件は前示の通り第一漁神丸の軽卒の操舵等の過失行爲に起因するもので日昇丸においてこれを全然予期せず又普通予期することを得ない状況であつたから、同船としては臨機の処置を爲す遑がなかつたのである。加之本件の如く普通同型の船で速力も略同じ位の二船が殆ど丁字型で衝突した場合には横腹を突かれた船は大破して沈没することが多いのに、其の反対に本件においては横腹に船首を突き当てられた日昇丸は殆んど損傷なく突き当つた第一漁神丸が破損沈没したという異例の現象を呈したのは、同船が老朽の域に達して弱体化していた事を如実に証明するもので、自業自得の災難と諦める外はないのである。要するに本衝突は第一漁神丸船長伊藤末吉の單独過失に基因するもので日昇丸船長佐々木文造との共同過失に因るものでなく且沈没も異例に属し、原告に損害ありとするも被告は本訴請求に應ずる義務がないものであると述べた。<立証省略>
三、理 由
昭和二十三年十月十三日午後六時四十五分頃北海道松前郡松前町小島附近海面で各原被告の業務に関し出漁中の原告所有機附帆船第一漁神丸(総トン数八トン)と被告所有機附帆船日昇丸(総トン数同ジ)が衝突し該衝突後第一漁神丸が船首材剥奪、外板損傷によつて浸水し根拠地である松前港に曳航されて行く途中同日午後十二時頃原告主張の通り沈没したことは当事者間に爭がない。而して成立に爭のない乙第一号証によれば、右事故発生当時天候は驟雨を伴う曇天であつたが視界は良好で北西の軽風が吹いておつたこと、第一漁神丸は成規の船燈を掲揚せず只漁業用の燈火として操舵室屋上にとりつけた長さ一メートルばかりの柱の上端に定置してある一〇〇ワツトの電球一個及び後部の船員室屋上に甲板から一、五メートルの高さに定置してある三〇ワツトの電球一個にそれぞれ点燈したのみで同日午後六時四十一分頃船長伊藤末吉指揮の下にイカ漁場を物色して、機関により一時間約六海里の全速力で針路を凡そ北に定め進行中、たまたま前方に当つて來航する一漁船を認めたのでその方向の看視に專念しておつたところ、同六時四十五分少し前自船前路を右方から左方に横切る状態で接近する日昇丸の白燈を認めたがその時の両船の距離は約五〇メートルであつて、これを左方に避讓すれば前方から來航する船に船腹を衝突される危險があつた爲右轉しても到底日昇丸を替わし得る成算はなかつたが或は奏効するかも知れぬと咄嗟に右舵一杯にとると同時に機関を停止し、ついで全速力後退にかけたが発効しないうち同六時四十五分頃その船首が日昇丸の左舷中央部のやや後方に衝突したこと及び日昇丸も当時成規の船燈を所持せぬ爲掲揚せず第一漁神丸同様只漁業用の燈火として操舵室屋上にとりつけた長さ約〇、四メートルの柱の上端に定置してある五〇ワツトの電球一個及び後部の船員室屋上につり下げてある五〇ワツトの電球一個にそれぞれ点燈したのみで船長佐々木文造指揮の下に針路を凡そ北西に定め前方に当る三隻の漁船の燈火を目あてに、機関により一時間五、五海里の全速力で進行中であつたが、同船長において甲板上に居合せた漁夫達の危險を告げる叫喚によつて第一漁神丸を認めたのは同船が左舷側約二メートルに接近した時であつて、驚いて左舵にとりかけたせつ那原針路のまま前示の通り衝突したことを認めるに足りる。而して証人伊藤末吉同柳田仁三郎同齋藤秀雄同佐々木文造同佐々木豊三郎の各証言を綜合すれば、当時現場附近海面には二十隻余の漁船が出漁しておつたところ既に日は暮れて仕舞つておつたので船を移動の場合成規の船燈を掲揚しておれば相手に自船の進行していること及びその進路を明認させることができるが、漁業用の白燈のみではこれを明瞭ならしめることが出來ず、特に他船の正確な進路については船体を認めてその動向によつてこれを判定する外なく、而かも五十間(約九〇メートル)離れれば燈火を認め得るのみで船影さえ窺うことの出來ない状況であつたことが認められるので、斯かる場合船長たるものは成規の船燈を掲げず、而かも時速五、五海里乃至六海里(分速約一六〇メートル)の全速力を以て移動せんとするときは、前方のみならず嚴に左右の見張を爲して接近する船に注意し必要の場合には轉舵又は速力を減ずる等臨機の措置をとり以て衝突を未然に防止する職務上の義務あることは当然のことであつて、海上衝突予防法第十九條の所謂権利船たる位置にあつた場合も同様といわなければならない。從つて本件において前認定の如く第一漁神丸船長伊藤末吉が前方の一漁船の看視にのみ專念し約五〇メートルの距離において始めて日昇丸の白燈を認めた爲海上衝突予防法第十九條の規定に從い日昇丸の針路を避讓出來ない状態に陥り衝突事故を惹起せしめたことは、同人が左右の見張りを等閑に附していた職務上の過失であることは固よりであるが、日昇丸船長佐々木文造についても同人が第一漁神丸を自船の左舷側約二メートルに接近したとき始めて認め臨機避讓の時機を失したことは是れ亦前路の看視にのみ專念し左右の見張を怠つた同人の職務上の過失というの外なく、被告主張の日昇丸が海上衝突予防法第十九條に所謂権利船として左舷見張の義務なく又避讓をも必要としなかつた旨の主張はこれを援用することは出來ない。然らば被告は船舶所有者として日昇丸船長の過失に付いて責任を免れ得ないものであつて、本件衝突の結果相手方に通常生ずべき損害の賠償を爲す義務があるものといわなくてはならない。而して此の点について被告は本件衝突によつて日昇丸に殆んど損害なく第一漁神丸が沈没したのは後者が老朽の域に達し弱体化していたことに基く異例のことに属すると主張するが、衝突の当時第一漁神丸は速力を減じていたのに反し日昇丸が全速力を保持していたことに鑑み日昇丸に損害少く、第一漁神丸がその船首材を剥奪され沈没の因をつくつたことは敢て異とするに足らないところであつて、証人田賀健二の「第一漁神丸は修繕の結果完全な船になつていた」旨の証言と併せ考え被告の右主張も採り上げる訳にはいかない。仍て損害について案ずるに、証人伊藤末吉同田賀健二の各証言右田賀証人の証言によつて眞正に成立したものと認める甲第一号証の一乃至六及び原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は前示第一漁神丸沈没によつてその船体、機関、備品等を失い金三十万円の損害を蒙つたものと認める。然し本件衝突事故が日昇丸船長の過失に原因があると共に原告の被用者である第一漁神丸船長にも過失があつたものであるから所謂過失相殺の理により被告の負担すべき損害賠償の数額を定めるに付前示第一漁神丸船長の運航上の過失の程度を斟酌し、右三十万円の三分の一なる十万円を以て賠償相当額と認める。仍て原告の本訴請求中右金十万円及びこれに対する行爲後の昭和二十四年七月十六日以降完済まで年五分の法定利率による金額の支拂を求める部分を正当として認容しその余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二條、担保を條件とする仮執行の宣言及び仮執行を免かれることを得べきことの宣言について同法第百九十六條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 長沢啓太郎)