山形地方裁判所酒田支部 昭和45年(ワ)12号 判決 1975年1月30日
原告 有限会社都寿司
右代表者代表取締役 佐藤繁三
右訴訟代理人弁護士 脇山弘
脇山淑子
被告 株式会社殖産相互銀行
右代表者代表取締役 後藤良三郎
右訴訟代理人弁護士 古沢久次郎
主文
一、原告の各請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一三五万円及びこれに対する昭和四四年一二月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として
一、原告は昭和四一年三月四日訴外遠田邦弘から別紙物件目録記載の土地及び建物(以下本件土地及び本件建物という)を代金四七〇万円の約で買受けた。
二、これより前、原告は本件土地建物の購入資金の融資方を被告銀行に申込み、被告より昭和四一年二月二八日金七〇〇万円の貸付けを受けたが、その際、本件土地建物の売買契約が成立し次第、本件土地建物に対し被告のため根抵当権を設定することを約束していた。
三、右融資については、被告銀行中町支店に勤務し昭和四〇年末頃から預金係の業務に従事していた被告銀行行員斎藤悦雄が原告からの申込を受け、その貸付事務を担当していたものである。
四、昭和四一年二月頃、原告代表者と斎藤悦雄との合意により、原告と被告銀行との間において、次の内容の委任契約が締結された。
(1) 本件土地建物の売買契約に関し、被告銀行は原告の代理人となり、(2)ないし(4)の事務を履行する。
(2) 被告は売主遠田邦弘と交渉して売買代金額を五〇〇万円以内で合意決定して売買を成立させ、かつ代金の支払いを処理する。
(3) 被告は、本件土地建物について設定されている別紙根抵当権目録記載の各根抵当権設定登記を抹消し、本件土地建物につきなんらの制限がない完全な所有権を原告に取得させる。
(4) 被告は、すみやかに、本件土地建物の登記簿上の所有名義人竹野十志子から直接原告に対する中間省略の所有権移転登記の手続を行う。
五、前記委任契約に基き、斎藤悦雄は昭和四一年三月四日第一項記載の本件土地建物売買契約を締結し、その際被告銀行中町支店応接室において、売主遠田に対し売買代金四七〇万円を被告銀行中町支店長振出同支店長自己宛の小切手で支払い、訴外荘内銀行から根抵当権設定契約書、委任状等前記各根抵当権設定登記の抹消登記手続に関する必要書類を受領し、訴外竹野十志子から所有権移転登記手続に必要な一切の書類を受領した。
六、右同日斎藤悦雄は、本件土地建物についての原告への所有権移転登記、被告銀行のための根抵当権設定登記、荘内銀行の各根抵当権設定登記抹消登記の各登記手続を訴外司法書士杉山幸太郎に依頼して同司法書士に前記各書類を交付し、その後同年三月末日まで休暇をとって被告銀行に出勤せず、杉山司法書士が前記所有権移転登記手続を行ったかどうかの確認や督促などの措置を講じないまま放置し、斎藤悦雄の履行補助者となった杉山司法書士も登記申請の手続を行わなかった。
七、右のように登記申請の手続が遅延するうち、昭和四一年三月一二日訴外斎藤昭は、竹野十志子を債務者とする山形地方裁判所酒田支部昭和四一年(モ)第一八号仮登記仮処分命令に基き、本件土地及び本件建物に対し、次の抵当権設定仮登記を経た。
昭和四一年三月一二日山形地方法務局酒田支局受付第二四七七号抵当権設定仮登記
原 因 昭和四〇年二月一二日金銭消費貸借、同日設定契約
債権額 金二〇〇万円
利 息 年五分
債務者 竹野十志子
権利者 斎藤昭
八、被告銀行は、右仮登記後の昭和四一年四月二七日に至って、竹野から原告への所有権移転登記と被告のための根抵当権設定登記の各手続をしたが、そのため、原告は斎藤昭の右抵当権設定仮登記のある本件土地建物を取得するに至ったが、その後、竹野十志子より斎藤昭を被告として右抵当権設定仮登記の抹消登記手続を求める訴訟が提起され、本件建物についてのみ竹野が敗訴し、その判決は確定した。
原告は、本件建物について竹野の承継者であるから、右敗訴判決の確定により、右仮登記の抹消を求めるすべがなくなり、右仮登記の負担ある本件建物を取得したことになった。
九、そこで原告は、昭和四四年一二月二〇日斎藤昭に対し金一三五万円を支払い、右仮登記の抹消を得た。
右金一三五万円は、斎藤悦雄が本件土地建物の売買契約成立後、直ちに原告に対する所有権移転登記手続をしたならば、支払いを要しなかったものである。
一〇、被告銀行の行員として原告に対する貸付事務を担当した斎藤悦雄は、本件土地建物について、荘内銀行のための根抵当権設定登記の抹消登記手続をすること、被告銀行のために根抵当権設定登記手続をすること、その前提として本件土地建物売買代金を支払って原告に対する所有権移転登記手続をすることを被告銀行の業務として行うこととなっていたのであり、斎藤悦雄及びその補助者たる杉山司法書士が手続を放置したことは、被告銀行の事業の執行につきなされた過失ある行為である。
一一、原告は、被告銀行の前記委任契約上の債務不履行により前記金一三五万円相当の損害を被ったものであり、また、同時に、被告銀行が使用する斎藤悦雄及びその補助者杉山司法書士の過失による不法行為により右同額の損害を被ったものである。
もと本件建物と本件土地は、ともに竹野十志子の所有であったがその当時に本件建物についてのみ斎藤昭のため抵当権が設定された(本件土地についても同時に仮登記がなされたが、後に、本件土地についての抵当権設定は無効として仮登記が抹消された)のであるから、本件建物のみが任意競売に付され競落されたときは法定地上権が生ずる。したがって、原告は、斎藤昭の仮登記を抹消するため出捐した前記金一三五万円相当の損害を被ったものであり、原告は本訴において被告に対し、債務不履行による損害賠償義務と使用者責任による損害賠償義務の各履行を択一的に請求するものである。年五分の割合による金員の請求は、原告の右金一三五万円出捐の日の翌日以降完済までの民法所定の遅延損害金請求である。
と述べた。
被告訴訟代理人は、訴訟関係についての法律上の主張として「原告は本訴において、はじめ委任契約上の債務の不履行を原因とする損害賠償を請求し、後に択一的請求として、被用者斎藤悦雄の過失による不法行為を原因とする使用者責任に基く損害賠償請求を追加するに至ったが、右両者は請求の基礎を全く異にするものである。
したがって、原告請求の追加責任なるものは、第一の請求原因が排斥される場合を予想して、予備的に請求原因事実を主張したものと見るべきである。すなわち、右二つの原因事実を同時にまたは択一的に主張することは理論的に矛盾するものと思料され、これは許さるべきではない。」と述べ、本案について、主文同旨の判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項の事実中、代金額の点は知らないが、その余の事実は認める。
二、請求原因第四項の事実は否認する。斎藤悦雄は被告銀行の一支店の下級行員にすぎず、被告を代表して原告主張のような委任契約を締結する権限を有しないものであり、また原告主張の契約は、その締結日時もあいまいであり、かつ契約内容も不明確である。そして、主張の契約については、なんらの証書も作成されていない。
三、斎藤悦雄は、被告銀行の取引先で日頃懇意にしていた原告のために、昭和四一年三月四日斎藤悦雄一個人の立場で、全くの好意から、原告ら関係者の依頼に応じ、関係登記書類を預り、老練の司法書士杉山幸太郎を紹介斡旋し、右書類を取次いで杉山に届けてやったことはある。
四、請求原因第七項の仮登記関係の事実その他竹野十志子と斎藤昭との間の事実関係は知らない。
五、昭和四一年四月二七日本件土地建物につき被告のための金五〇〇万円の根抵当権設定登記を受けたことは認めるが、原告に対する所有権移転登記の事実並びに原告の斎藤昭に対する金員の支払い及びこれによる仮登記の抹消の各事実は知らない。
六、斎藤悦雄の行為は、被告銀行の業務の執行につきなされた行為ではない。斎藤悦雄が行員としてなすべき業務は、上司の決裁を得て根抵当権の設定をなさしめて貸付をすることを内容とするものであり、担保に差入れるべき物件を原告の所有名義にすること及びこれに根抵当権設定の登記手続をすること自体は、本来、金員の貸付けを受けようとする原告自身がなすべき手続であり、斎藤悦雄が銀行業務としてなすべき行為ではないし、さらに、他行である荘内銀行の根抵当権の抹消登記の関係書類を取次いだ点からしても、斎藤悦雄の行為が被告の事業の執行につきなされたものでないことは明らかである。
七、斎藤悦雄の行為には過失がない。杉山司法書士は、酒田市内において多年司法書士としての職歴を有し、登記手続事務について従来斯界において最も信頼されていた練達の有資格者であるから杉山に登記手続を依頼したことになんらの過失もないし、その杉山が右手続を引受けた以上、悦雄がその後休暇をとって上京したため杉山に督促をしなかったとしても過失というには当らない。
八、杉山司法書士は斎藤悦雄の補助者ではない。すなわち、斎藤悦雄は被告銀行の一下級行員にすぎず、司法書士の資格もなく登記手続関係の事務についてはなんらの経験もない全くの素人であり老練の有資格者である杉山を補助者とするのは理論的にも実際上も本末を誤った見解である。
九、原告主張の損害の発生は争う。原告は昭和四四年一二月二〇日に斎藤昭に対して仮登記抹消のために金一三五万円を支払った旨主張するが、果して実際にその支払いがなされたか否かはきわめて疑問である。その理由は、次のとおりである。
(イ) 竹野十志子が昭和四〇年二月一二日に真実斎藤昭から金二〇〇万円を借受けて抵当権を設定したのであれば、即時設定登記を経由すべきであるのに、一年以上も放置しておき、昭和四一年三月一二日に至ってようやく仮登記仮処分により抵当権設定仮登記をしたのである。
(ロ) 原告が主張する確定判決の理由を見るに、竹野が斎藤昭のため抵当権を設定したことの証拠とされる借用証書において本件土地と本件建物とが一括して設定の目的物件とされているのに本件土地についてのみ竹野の設定の承諾が認められなかった複雑微妙な案件であり、抵当権により担保される債権の不存在は竹野の立証責任に属する旨の判示もなされていて、竹野が上訴してさらに詳細な主張と立証とをしたならば、本件建物についても仮登記の抹消を認める判決を得る十分な可能性があったのである。
しかるに、竹野は敢て控訴をせず、原告もこれを知りながら控訴申立をさせずに確定したのである。
(ハ) 原告の斎藤昭に対する支払いの基本となる約定の証拠として原告が提出している甲第二号証(約定証)には作成日付の記載がなく、また約定当事者の署名及び住所記載を除く筆跡と本件訴状の筆跡とが同一であることは、きわめて意味深長である。
(ニ) 原告代表者佐藤繁三の供述するところによれば、右甲第二号証の約定における支払金額の決定は、佐藤繁三と斎藤昭の両者のみの間で話し合って取り決めたものであり、その金額をもって、決定になんら関与していない斎藤悦雄の負担すべき損害額とすることは、原告と斎藤昭が腹を合わせて請求額を自由に水増しできることになり、不合理である。
(ホ) 斎藤昭が訴訟手続を経て仮登記を本登記に改めたうえで、その抵当権の実行として競売の申立をした場合、原告は、その主張の損害額より低額の代金で競落できたはずである。本件において損害額の基準があるとすれば、右競落価格ということになるが、本件建物の敷地は原告の所有であり、借地権もないから原告はきわめて安価に競落できたはずである。
もっとも、斎藤昭の有する登記は、仮登記にすぎないから法定地上権発生の要件はないし、前記確定判決の事件において控訴をして争ったならば抹消される十分な見込のあった登記であることは前記のとおりである。
と述べた。
(証拠関係)≪省略≫
理由
一、原告は、本件訴訟において、原被告間の委任契約上の被告の債務不履行を原因とする損害の賠償を請求する訴を提起し、後に至って、右請求と択一的関係に立つ請求として、被告の被用者斎藤悦雄及びその補助者司法書士杉山幸太郎の過失による不法行為を原因とする被告の使用者責任に基く損害賠償の請求を追加したものであるところ、被告は右両者の請求の基礎を異にする旨主張するものである。
しかし、右両者の賠償請求の目的たる各損害は、いずれも、本件建物を原告が買受取得した後その所有権取得の登記手続が遅延したため、その登記前に仮登記仮処分により訴外の第三者のための前所有者設定に係る抵当権設定の仮登記がなされた結果被った損害として、原告が右仮登記抹消のため仮登記権利者に支払うことを要したとする金一三五万円相当の損害であり、両者はそれ自体事実上同一のものであるとともに、被告に対する賠償請求の根拠とするものは、いずれも、相互銀行である被告に使用される従業員斎藤悦雄及びその補助者が本件建物に対する被告のための抵当権設定の担当業務に関連して右所有権取得登記の手続を担当するに当っての手続遅延の過失であるから、右両請求は原因たる事実関係を共通にし、その請求の基礎に変更がないものというべきであり、また、右請求の追加により著しく訴訟手続を遅延させる場合にも該らないものであり、原告のなした請求の追加的変更はこれを許すべきである。
さらに、被告は、右請求の追加は、予備的に請求原因事実を主張したものと見るべく、択一的に主張することは許されないと主張する。右被告主張は、右に関する原告の訴の追加的変更について、(訴訟物に関するいわゆる新理論の見解に立つものと思われるが)右訴の変更が請求の追加ではなく一個の請求についての請求原因の追加であるとする主張を含むものと解されるところ、両請求が同時に審判の対象となっている本件訴訟においては、この点に関する議論は実益を欠くので、当裁判所はここに従来の裁判実務の取扱いに従い請求の追加と認めることを明らかにするにとどめるものである。そして、本件における前記両者の請求については、実体上両者の請求権が同時に併存することも可能であり、二律背反の関係に立つものでないことは明らかであって、しかも一方の請求権が満足されることにより同時に他方の請求権も満足を受ける実体上の関係にあるものであるから、かような場合、請求当事者がいわゆる予備的請求の形で請求に対する裁判所の判断に順序を付することの可否は別として、両者を単純併合して請求するよりも択一的に請求するのがむしろ自然であり、択一的請求をなすことをもって手続上の違法または不当ということはできない。もっとも、通常の択一的請求は、一方の請求が認容されることを条件として他方の請求の取下をなすものであるが、この場合、原告が択一的請求として請求の追加をなしたのに対し、被告が異議を述べるときは、従来の請求の条件付取下には被告が同意しないものとしてその取下の効力を生じないことがあり、その場合に追加請求と従前の請求とを同時に認容することは原告のなす択一的請求の趣旨に反するから、裁判所は従来の請求から先に判断するのが相当となり、事実上予備的請求の追加と同じ取扱いがなされるのである。また、本件における債務不履行による損害賠償請求と使用者責任による損害賠償請求とが一個の請求であって、請求原因を追加したにすぎないものとする見解に立つとしても、両者の請求原因を択一的に主張することは、両者が矛盾する関係になく、また、いずれか一方が認められることにより請求の目的を達するものである以上、手続上違法または不当とすることはできない。
二、原告が訴外遠田邦弘から昭和四一年三月四日本件土地及び本件建物を買受けたこと、及び同年四月二七日本件土地建物につき被告が原告より根抵当権の設定登記を受けたことは当事者間に争いがない。
原告が本件土地建物の購入資金の融資方を被告銀行に申込み、昭和四一年二月二八日被告より原告に対し金七〇〇万円を貸付け、原告が取得すべき本件土地建物につき被告のため根抵当権を設定することが約されたが、右融資については、当時被告銀行中町支店に預金係として勤務していた被告銀行行員斎藤悦雄において、原告からの申込を受付け、貸付事務を担当したとの原告主張の各事実は、明らかに被告において争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきである。
三、≪証拠省略≫を綜合すると、訴外竹野十志子は、もと同人が所有し訴外株式会社荘内銀行のため二口の根抵当権を設定していた本件土地上に、家屋を所有していたが、昭和三九年中に、訴外遠田邦弘が竹野の同意を得てこの家屋を取りこわしたうえ、その跡に本件建物を建設したこと、本件建物については、遠田に資金を融通していた訴外斎藤昭を所有名義人として昭和四〇年二月五日所有権保存登記がなされ、さらに同年同月一三日斎藤昭から竹野に対する贈与を原因とする所有権移転登記がなされ、竹野は本件建物につき、荘内銀行に対し前記二口の根抵当権の追加担保として同年三月三日別紙根抵当権目録記載の根抵当権の各設定登記をなしたこと、斎藤昭の前記所有権保存登記及び竹野に対する所有権移転登記は遠田に無断でなされたものであったため、本件建物の所有権者であると主張する遠田は、羽吹成晃弁護士を訴訟代理人として同年六月二三日斎藤昭及び竹野の両名を被告として相手取り右各登記の抹消登記手続を請求する民事訴訟を当庁に提起し、同年(ワ)第二九号事件として係属するに至り、同月二四日裁判所の嘱託による右各登記抹消予告登記がなされ、右各予告登記は、昭和四一年三月二九日取下を登記上の原因として同年四月二日抹消されたこと、その後、本件土地及び本件建物につき昭和四一年四月二七日受付をもって、所有名義人竹野十志子の表示(住所)変更登記、原告に対する売買を原因とする所有権移転登記及び根抵当権者を被告、債務者を原告、元本極度額を金五〇〇万円とし、本件土地建物を共同担保とする根抵当権設定登記がなされたこと、これより前、本件土地建物について訴外斎藤昭の申請により、債務者を竹野十志子、債権額を金二〇〇万円、弁済期を昭和四一年一〇月三一日とし、斎藤昭を抵当権者とし、昭和四〇年二月一二日付金銭消費貸借並びに同日抵当権設定契約を原因とする当庁昭和四一年(モ)第一八号抵当権設定仮登記仮処分命令が昭和四一年三月一一日付で発せられ、これに基き同月一二日受付により原告主張の抵当権設定仮登記がなされたこと、これに対し、竹野が斎藤昭を被告として本件土地及び建物の両者について右仮登記の抹消登記手続を請求する訴訟(当庁昭和四一年(ワ)第三八号抵当権設定仮登記抹消登記手続請求事件)を提起し、右訴訟事件において昭和四四年三月二七日、本件土地について請求を認容し、本件建物について請求を棄却する旨の(本件建物については竹野敗訴の)判決が言渡され、右訴訟の当事者双方共に上訴することなく、右判決は確定したこと、本件建物については、その後昭和四四年一二月二二日受付をもって抵当権放棄を原因として右仮登記の抹消登記がなされたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。
四、以上の事実によると、原告は本件土地建物を昭和四一年三月四日遠田邦弘から買受け、登記上従前の所有名義人である竹野十志子から直接同年四月二七日所有権移転登記を受けたが、その間の同年三月一二日に斎藤昭申請による仮登記仮処分に基き竹野を債務者とする抵当権設定仮登記がなされたものであるところ、本件土地建物に関する原告の買受取得及びこれに関連する取引並びに登記申請手続関係の経緯については、前示各事実及び前掲各証拠のほか、≪証拠省略≫を綜合すれば、原告は従前から被告銀行と取引関係があり、斎藤悦雄は、外勤職員として被告銀行の顧客である原告との取引を担当していた関係で原告代表者佐藤繁三と懇意になり、また被告銀行に債務を負担していた遠田邦弘とも知り合いであったこと、遠田は、前記訴訟により所有権を争っていた相手の竹野から係争物件たる本件建物を名目上買い受ける形で右紛争を示談解決するとともに、敷地である本件土地を併せて竹野から買受け、一括して他に転売することにより利益を得ようと考えていたところ、斎藤悦雄が遠田を原告代表者に紹介して仲介した結果、遠田から原告に対し本件土地建物を売渡すこととなり、遠田は、売買目的物件たる本件土地建物についてのすべての負担を解消し、なんらの制限も負担もない所有権を原告に取得させることを約し、昭和四一年二月二一日原告より遠田に対し手附金五〇万円を支払ったこと、その頃原告より斎藤悦雄を通じて被告銀行に対し、右売買代金支払資金の融資申込みがなされ、原告が本件土地建物を取得したうえ第一順位の根抵当権を設定することを条件として、被告銀行から原告に金七〇〇万円を貸付けることを承諾し、内金一〇〇万円を定期預金に振替え、残金六〇〇万円を取引実行確保のため被告の管理下におく趣旨で被告銀行の原告名義当座預金口座に振込む方法により、同月二八日とりあえず金七〇〇万円の貸付けがなされたこと、一方それまでに遠田は竹野と示談交渉して竹野から、本件土地建物を代金四〇〇万円で遠田に売渡し、右代金を資金として竹野において荘内銀行に対する前記二口の根抵当債務を弁済することにより同銀行のための前記各根抵当権設定登記を抹消させることの約束を取りつけたこと、そこで右各取引に関し、当座預金の形で拘束されている被告銀行からの原告への貸付金の現実の払い出し、これにより決済されるべき原告から遠田に対する残代金の支払い、遠田から竹野に対する売買代金支払い、竹野から荘内銀行に対する根低当債務弁済金の支払いのすべてが同時に処理されなければならない取引上の必要を生じ、これらの支払いの実行と併せて荘内銀行の根抵当権解除を含む各取引の証書上の処理や登記手続用の書類の作成、交換のため、同年三月四日各取引関係者が被告銀行中町支店(旧名称内匠町支店)に参集することになり、同日同支店応接室において、竹野及びその附添人として竹野の父親と訴外富樫石太郎、遠田の代理人として訴外本間義雄、荘内銀行の担当職員並びに斎藤悦雄及びその上司で同支店次長森谷純一その他の被告銀行職員が会合したが、原告代表者はあらかじめ斎藤悦雄を通じ、当日の代金支払処理を代行されたい旨被告に申し入れていて、出席しなかったため、原告に代って被告銀行から同支店長振出の自己宛小切手二通が振出されて本間を経由して竹野に交付され、そのうち一通の荘内銀行に対する支払金相当金額の小切手がその場で同銀行担当職員に交付されるなどして各売買代金の授受及び荘内銀行への弁済を了し、その際、同銀行の根抵当権設定登記の抹消登記及び竹野から中間省略して原告への所有権移転登記の各申請手続用書類がととのへられ、上司の指示に基き、斎藤悦雄がこの書類を預ったうえ、これに被告銀行のための根抵当権設定登記用書類を含むあらかじめ原告から受領していた登記申請用の書類を加え一括して即日これを司法書士杉山幸太郎方に持参し、斎藤悦雄は、本件土地建物について竹野から原告に対する所有権移転、荘内銀行の根抵当権設定登記抹消及び原告の被告に対する根抵当権設定の各登記申請手続の代行を杉山に依頼し、当時普通に業務をしていた杉山は右委任を承諾して右各書類を受領したこと、なお、前記会合の際、当時羽吹弁護士事務所の事務員をしていた本間義雄から斎藤悦雄ら参集した各関係者に対し、前記予告登記の原因たる遠田から竹野及び斎藤昭に対する訴訟事件について訴取下書が当日裁判所に提出される旨が報告されたこと、斎藤悦雄は、杉山司法書士に前記の手続委任をした後その旨上司森谷に報告して事務引継ぎをしたうえ、休暇を得て上京し、同年三月末まで東京に滞在して酒田に帰り、杉山司法書士に手続の結果を問い合わせて登記申請未了を知り、同年四月一一日頃他の担当職員と共に杉山を訪ね、その時病床に就いていた杉山から前記登記申請用書類の返還を受けたうえ、即日杉山の紹介により訴外司法書士相蘇三郎に右書類を交付して登記手続の代行を依頼したこと、相蘇は同日酒田市長から登録税額算定資料として地方税法第四三六条による通知書の発行を受けるなど、直ちに登記申請手続の準備にかかったが、竹野がもと酒田市横道町乙五三番地に住所を有し、登記簿上の住所も印鑑登録住所も右同所であったのに、昭和四一年初頃酒田市から転出して鶴岡市五日町一三番地内二号に転入し、さらに同年四月一日住居表示制度が実施されて同市本町一丁目六番五号となっていたため、竹野から原告に対する所有権移転登記手続をするにはその前提として所有名義人竹野の表示(住所)変更の登記をする必要があり、あらたに同年四月二三日付鶴岡市長発行の竹野の印鑑証明書を入手したうえ最終的に同月二七日右表示変更登記と竹野から原告に対する所有権移転登記及び被告銀行のための根抵当権設定登記との各申請手続をしたこと、以上の各事実を認めることができ(る。)。≪証拠判断省略≫
五、≪証拠省略≫によれば、遠田から原告に対する本件土地建物の売買の代金額については、はじめ遠田は金五二〇万円程度を希望していたが、交渉の結果金四七〇万円と決定されたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(証人斎藤悦雄の第二回証言において、四五〇万円と述べているのは、同証人の記憶違いと認められる。)
六、原告が本訴債務不履行による損害賠償請求の原因として、原告代表者と斎藤悦雄との合意により成立したものと主張する委任契約は、被告銀行が原告の代理人となって、売主遠田と売買代金額を合意して売買契約を成立させ、右契約上の買主の義務の履行を代行し、売主の義務の全部の履行を受領して取引を完結するという包括的な内容のものである。
しかし、≪証拠省略≫によると、斎藤悦雄の被告銀行における職務上の地位は、いわゆる得意先係として、外勤業務の預金勧誘及び融資申込受付を担当し、これに関し上司の指揮を受けて末端の事務を行う下級職員であることが認められるところであり、斎藤悦雄が、被告銀行の機関として原告主張のような委任契約を締結する職務上の権限を有していたこともまた、被告銀行から特に原告との間に右のような委任契約を締結する代理権を授与されていたことも、いずれもこれを認めるに足りる証拠はないのみならず、斎藤悦雄と原告との間において原告主張の委任契約の合意がなされたことを認めるに足りる証拠もない。
当事者代表者尋問において原告代表者佐藤繁三は、斎藤悦雄から遠田との売買の仲介を受けた際に代金は五〇〇万円程度である旨告げられ、五〇万円の手附金を直接遠田に交付した後には、一切を斎藤悦雄にまかせ、決定された代金額も知らない旨供述しているけれども、証人遠田邦弘は、代金額五二〇万円位で売却して貰いたい旨依頼して本間義雄に売買契約締結の代理を委任したところ、後に本間から代金四七〇万円の約束で売買が成立した旨報告を受けたと供述し、証人斎藤悦雄(第一回)は、成立した売買の代金額が四七〇万円であることを、本間と佐藤繁三の両名から個別に知らされた旨供述していること、売主が五二〇万円を希望しているのにこれを四七〇万円まで減額させるには、買主側から或程度強い減額交渉がなされたものと推測されるのに、被告銀行からは原告に七〇〇万円の貸付けがなされたことは前示のとおりで、斎藤悦雄が原告と相談もなく四七〇万円にまで減額させる交渉をしたものとは考えられないこと、さらに、前認定の各取引代金支払決済の席に原告代表者があえて出席しなかったことは、当時すでに売買契約が成立し、原告において売買条件その他の契約内容や竹野その他の関係当事者間の取引の内容を確認していたものと推認させる事実でもあることを綜合すれば、前記原告代表者尋問の供述中の、斎藤悦雄と売買契約締結の委任の合意をした趣旨の供述部分は信用できない。
もっとも、昭和四一年三月四日に原告を除く各関係者が被告銀行中町支店応接室に参集した時、現実に被告が原告の代金支払いを代行し、所有権移転登記等申請手続用書類をととのえ、斎藤悦雄に指示して同日右書類を杉山司法書士に交付、手続委任をさせたことは前認定のとおりであり、また、事前に原告代表者から斎藤悦雄に当日の取引処理の依頼があったことも前示のとおりであるから、被告の右代金支払いの代行及び杉山に対する所有権移転登記申請手続依頼の代行等本来は原告のなすべき行為の代行については、斎藤悦雄を通じての原告からの依頼を、被告がその各行為を代行する都度、個別に承諾したものと認めるべきであるから法的には、被告が実行した各代行処理事務毎に個々の委任ないしは準委任の関係を生じたものと見ることができ、それらの各委任関係毎に受任者たる被告は善良なる管理者の注意をもって委任事務を処理すべきことになったものと解するのが相当である。その意味における所有権移転登記手続処理の代行委任に関し、被告が受任を承諾して委任関係を生じた受任事務は、登記申請はこれを司法書士に委任してなすのが一般社会活動における通常の実態であり、原告の依頼の趣旨もこれを含むものと認められるから、被告から原告に対し受任承諾の事務内容について特段の意思表示がなされたことの証拠がない本件においては、売買取引当事者双方から提出された登記申請用書類をとりまとめ、これを使用して登記申請手続の代行を司法書士に委任することを事務の内容及び範囲とするものと認めるべきである。そして、被告は、売買代金の支払いがなされるとともに関係者から申請用書類が集められた当日直ちに担当職員斎藤悦雄に命じて右書類を専門職である杉山司法書士に交付、手続委任をさせたのであるから、これにより、原告との間の当該委任の本旨に従った委任事務処理の履行を了したものというべきであるとともに、手続委任の相手方司法書士として特に杉山幸太郎を選んだことが当時の事情において不相当であったと認めるべき特別の事情も証拠上認められないので受任者としての注意義務の違反もないものというべきである。
以上の諸点において、原告主張の委任契約上の債務不履行を原因とする損害賠償請求は、すでにその前提を欠くので理由がない。
七、ところで、不法行為に関する使用者責任を原因とする損害賠償請求については、昭和四一年三月四日被告の担当職員斎藤悦雄が上司の指示を受けて、杉山司法書士に対し登記手続の委任をした後、手続未了を知って同年四月一一日頃同司法書士から書類の返還を受け、あらためて相蘇司法書士に委任するよりも前の同年三月一二日、斎藤昭からの仮処分による仮登記がなされてしまったのであるが、本件土地建物の売買取引は、同時に被告銀行から原告に対する資金貸付と原告の根抵当権設定の各取引を伴うものであり、本来原告が登記義務者(竹野)と共同してなすべき所有権移転登記申請の手続を、被告が代行したことについては、被告銀行の顧客(原告)に対する便宜供与(サービス)の趣旨を含むと同時に、被告が登記権利者として申請すべき第一順位とする約束のある根抵当権設定登記の前提となるものとして、被告固有の利益を確保するための手段となるものでもあって、一般に不動産取得登記及び担保権設定登記前に貸付金払渡しを要する場合の不動産担保金融取引においては、しばしばこのような方法が採られるのが実情であるから、原被告間の委任契約関係の有無にかかわらず、本件において、前示のように、被告が、取引の機会に関係者から、被告において選定する者に委任して右所有権移転登記申請の手続をすることが可能な登記申請手続用の書類を受取り、これを使用して右移転登記の申請手続を実行することは、客観的外形的に判断して、相互銀行である被告の事業の執行の範囲に属する業務と認めるべきである。
そして、右業務を担当した職員である斎藤悦雄の当該業務処理上の過失により原告の所有権取得登記手続が遅滞し、その結果原告が損害を被った場合には、被告は、不法行為に関する使用者責任に基き、相当因果関係ある限り損害賠償義務を負担するものというべきである。
しかし、斎藤悦雄は、上司の指示に従い即日、杉山司法書士に手続委任をして登記申請用書類を交付したのであるから、その行為自体になんらの過失を認めることはできないし、また、悦雄は上司の指示を受けて個々の事務処理行為を遂行していたにすぎないから、杉山への委任を上司に報告して事務引継ぎを了した以上その後休暇を得て上京したことをもって過失と認めることができないのは勿論のこと、休暇中のため、前記仮処分による仮登記がなされた同年三月一二日を経過するまでの間、上司からなんらの指示、命令を受けなかった以上、悦雄が杉山に対する督促その他の積極的な処置を措らなかったことについても、過失があるとはいえない。
八、前示のとおり、杉山司法書士が昭和四一年三月四日斎藤悦雄から書類を受領して登記事務の委託を受けてから、同年四月一一日右書類を返還するまで、一ヵ月以上を経過したのに登記申請がなされないままに終ったことは、すでに完成した取引に関する登記であるから、期間の点だけから見れば、遅きに失していることは明らかであるところ、原告は、杉山司法書士にも手続を放置した過失があり、同司法書士は斎藤悦雄の補助者である旨主張するので、この点について判断する。
前認定の事実関係においては、斎藤悦雄がなした杉山に対する手続委託の申込み行為は、被告の使者としての行為であり、これを杉山が承諾して登記申請書類の作成と申請の代行とを引受けたことにより、直ちに被告銀行と杉山との間に、被告のためその事務を杉山が代行する趣旨の委任関係が生じたものと認めるのが相当である。そこで杉山のなすべき本件登記手続に関する行為は、右委任に基く行為であって、斎藤の補助者としての行為ではないものというべきである。よって、杉山の過失を原因とする原告の請求は、この点の前提を欠くものである。(もっとも、被告のため杉山が登記事務を代行処理するについて、実質的に被告が杉山を指揮監督する関係にあったと認められる特段の場合に限り、被告は杉山の使用者として、杉山の右事務処理に当っての過失により原告に被らせた損害の賠償責任を負うことがあるが、この点は原告の主張立証しないところである。)
のみならず、原告主張の損害は、昭和四一年三月一二日斎藤昭の仮処分による仮登記がなされたことによるものであるから、杉山に相当因果関係の範囲内に属する過失があるか否かは、同人が同月四日委任を引受けてから、その八日後の同月一二日右仮登記申請がなされる前までに受任に係る竹野から原告に対する所有権移転登記の申請を完了しなかったことについて判断しなければならないが、一般に司法書士が登記事務を受任したときは、委任の趣旨に従い、登記の内容、手続の難易、関係者の協力の内容、程度その他の客観的事情に応じて判断される相当の期間内に、その事務を完了すべき注意義務を負うものというべきところ、本件において杉山司法書士が受任した登記事務は、単純な一個の登記手続ではなく、土地、建物各一筆について、二口の根抵当権設定登記の抹消登記、所有権移転登記及び根抵当権設定登記のそれぞれ当事者関係を異にする三種類の登記手続のほか、その前提として登記名義人の表示変更登記手続(竹野の住所変更)を併せて申請しなければならない事務であり、しかも杉山が受任した当時においては、委託者たる被告の関係職員及び他の登記当事者や取引関係者が右表示変更登記の必要なことを認識していた形跡は、証拠上これを認めることができず、したがって、杉山としては、あらためて右変更登記手続の必要を説明して竹野から申請代理委任状及び住所変更の証明書の交付を受けることを要したものと推測され、さらに≪証拠省略≫により認められるように、後に杉山と交替して相蘇司法書士が受任し、登記申請をなすに際し、竹野からあらためて鶴岡市長発行昭和四一年四月二三日付印鑑証明書の交付を受けて使用したものであるが、その理由については、不動産登記に関する印鑑証明書の有効期間が三ヵ月であることとか竹野の住所移転の時期や竹野、遠田間の取引の時期等と対照検討しても、必ずしも明らかではないけれども、相蘇司法書士が同年四月一一日頃受任して移転登記の申請を了した同月二七日まで約一七日を費していることに鑑み、前示裁判所嘱託に係る予告登記が存したことの関係を度外視しても、杉山の受任事務に関し、委任状や証明書類の完備、関係者の良好な協力状況等、当時杉山の受任後八日の期間内における登記申請の完了を相当とする客観的事情のもとにあったことを認めるに足りる証拠がない本件においては、杉山が右期間内に申請手続を完了しなかったことをもって、未だ事務遅滞の過失があるものと認めることはできない。
九、次に原告の本訴各請求に係る損害の点について判断する。
≪証拠省略≫によれば、竹野が斎藤昭を被告として提起した前記仮登記抹消登記手続請求を求める訴訟において、前記のように本件建物について請求を棄却する判決が確定した後、原告と斎藤昭とが交渉の結果示談が成立し、その約束に従い昭和四四年一二月二〇日原告より斎藤昭に対し、抵当権放棄の代償として、金一三五万円を支払い、右仮登記が抹消されたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、原告は、右金一三五万円相当の損害を被ったものとして本訴各請求をするものである。
しかし、一般に抵当不動産を買受けた第三者は、抵当権者の請求に応じてその代価を弁済して抵当権を消滅させたことにより所有権を保存したときは、売主に対し、その出捐の償還請求権を取得し、また、物上保証人として抵当債務の代位弁済をなしたときは、抵当債務者に対し求償権を取得するものであり、本件においては、原告は前記支払いをしたことにより、売主遠田及び抵当債務者竹野に対し、それぞれ求償権を取得したことになるから、右両名共に資力がないことその他右求償権の満足を受けることを不可能とする特段の事情を認めるに足りる証拠がない本件においては、未だ原告が前記支払金相当額の損害を被ったものと認めることはできない。
さらに、本件において、原告の前記金一三五万円の出捐をもって、相当因果関係ある損害と認めるためには、本件建物について斎藤昭が前記仮登記に係る抵当権を有効に取得したことを前提とするものである。しかし、本件口頭弁論の全趣旨によると、斎藤昭の抵当権取得の事実のみならず竹野の本件建物取得の事実をも被告においてこれを争うものと認められるところ、他に反証のない本件においては、≪証拠省略≫により、竹野と斎藤昭との間の話し合いによって昭和四〇年二月一二日、遠田が斎藤昭に対し負担する金二〇〇万円の債務を竹野において引受け、これを目的とする準消費貸借の契約をなし、その担保として本件建物に抵当権設定することを約したこと及び右契約を原因として本件仮登記が申請されたものであることが認められるけれども、所有関係については、本件建物は遠田がこれを建設したもので、竹野の所有権の登記は遠田に無断でなされた斎藤昭の保存登記に基く移転登記であったため、遠田から昭及び竹野の両名に対し訴訟により右各登記の抹消を請求していたものであることは、前認定のとおりであるから竹野が登記簿上の所有名義を有したことの一事により、直ちに竹野の所有権取得を認めることはできず、≪証拠省略≫によっても右所有権取得の点は明らかでなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすれば、所有者でない竹野が締結した前記抵当権設定契約によっては、斎藤昭は有効に抵当権を取得することができなかったものというべきである。(本件売買契約及び仮登記後に竹野と斎藤昭との間に係属した右仮登記抹消登記手続請求訴訟における竹野敗訴の確定判決は、竹野が抹消登記請求権を有することを否定したものであり、これにより抵当権の存在が確定されたものではないのみならず、原告は、口頭弁論終結後の竹野の承継人に該らないことが明らかであるから、右判決の既判力を受けることもない。)したがって、原告が所有権取得の登記の遅滞により、これに先立ち前記仮登記がなされた結果、前記支払金額相当の損害を被ったものとする原告の主張は、その前提を欠くものであるから、金額において相当であるか否かの判断に立入るまでもなく、理由がない。
一〇、以上のとおり、委任契約上の債務不履行及び不法行為上の使用者責任をそれぞれ原因とする原告の本訴各請求は、いずれも理由がないから、これを失当として棄却すべきものとし、民訴法八九条に則り、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺惺)