山形地方裁判所鶴岡支部 昭和48年(ワ)38号 判決 1974年9月27日
原告 菅原成典
被告 国
訴訟代理人 榎本恒男 粟野勉 富塚民男 ほか一名
主文
一、 本件訴訟は昭和四九年五月一〇日訴えの取下げにより終了した。
二、 原告の訴え取下げ撤回並びに判決申立てにより生じた訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一、 原告は、本件口頭弁論終結後の昭和四九年五月一〇日書面を提出して本訴の取下げをなしたが(同月一三日取下書副本を被告に送達)、その後同年七月八日書面を提出して右訴えの取下げを撤回し判決を求める旨を申立てた。
第二(当事者双方の求める裁判及び主張関係)
原告は、「被告は、原告に対し、原告を被告人とする刑事訴訟である山形地方裁判所鶴岡支部昭和四三年(わ)第九八号、昭和四四年(わ)第一五七号、昭和四五年(わ)第四六号銃砲刀剣類所持等取締法違反、暴行、傷害被告事件につき、同裁判所が昭和四八年八月六日なした弁論の終結を取消し、弁論を再開せよ。」との判決を求め、その請求の原因として
一 原告を被告人とする前記刑事訴訟手続において、昭和四三年九月より昭和四八年八月六日までの間に二七回にわたり公判期日が開廷され、裁判官の交替により、同年六月二一日の第二六回公判期日以降の公判手続は谷澤忠弘裁判官が担当し、第二六回公判期日及び同年八月六日の第二七回公判期日の両期日にわたつて公判手続の更新がなされ、第二七回公判期日には弁論が終結されたが、右第二六、二七回の各公判期日において、原告は退廷命令を受けて退廷したので、原告の在廷しないまま手続が進められた結果、同年九月六日原告は有罪判決の宣告を受けたものである。
二 右刑事訴訟における谷澤裁判官の訴訟行為は、次のとおり、原告に対する不法行為である。
(1) 同裁判官の施行した公判手続の更新は、単に公判手続を更新する旨の宣言をしただけで、実質上の公判手続の更新は存しない。
(2) 同裁判官の担当以後において、被告人たる原告が在廷してなした口頭弁論は罪状認否のみであり、口頭弁論により審理をなすべき刑事訴訟の原則に反する。
(3) 公判調書に記載された取調済み証人の証言が偽証であることが明白なのに、同裁判官自身は証人の尋問を全くしないまま弁論を終結した。
(4) 右弁論の終結は、検察官との談合により演出されたものである。
以上の点において、同裁判官の訴訟行為は、裁判官の独立性を放棄して検察官に従属したこと、裁判公開の原則に反したこと、実質審理を行わないままの結審であることにより、公序良俗に反する行為である。また、原告は第二七回公判期日に裁判官忌避の申立てをなし、簡易却下されたが、右忌避事件の上訴審たる最高裁判所昭和四八年(ノ)第六五号決定のなされるより前に前記弁論終結及び判決がなされたものであるから、右訴訟行為は判決に関与できない裁判官によりなされた違法もある。
三 右不法行為により、原告は、憲法第三一条に定める権利を侵害され、刑事訴訟手続において主張を尽くし正当の審理を受ける機会を奪われた結果、誤つた有罪判決を受けて基本的人権を害される損害を被つている。
四 そこで、原告は本訴において、国家賠償法に基き、右損害を回復するため、前記弁論終結を取消し、弁論を再開するよう求めるものである。
なお、原告は金銭賠償を求めないものであるが、国家賠償法には、損害賠償の方法を金銭賠償に限る明文の規定は存しないので、本訴請求は適法である。
と述べた。
被告代理人は
一 本案前の答弁として、「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、「刑事訴訟事件において、弁論の再開は、弁論終結後、判決の宣告があるまでの間において、裁判所が適当と認める場合に、決定をもつてなされるものであるところ、本件刑事事件は、既に昭和四八年九月六日判決の宣告により終局しているので、弁論再開の余地はなく、また、弁論を再開するか否かは当該事件を審理した裁判所の裁量に属するのであるから(昭和三二年二月七日最高裁判所第一小法廷決定、刑集一一巻二号五二二頁参照)、民事訴訟によつてこれを請求することはできない。したがつて原告の本訴請求は不適法として却下されるべきである。」と述べ、
二 本案の答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、「原告主張の前記請求原因第一項の事実は認めるが、退廷命令は法廷の秩序維持のため発せられたのである。その余の原告主張は争う。」と述べた。
第三 (当裁判所の判断)
一 原告の本訴請求は、刑事訴訟の公判手続において公判裁判所がなした訴訟手続上の行為である弁論終結により、当該刑事訴訟の被告人たる原告が損害を被つたものとし、右弁論終結を取消し、弁論を再開すべきことを、被告国に対し訴求するものである。
しかし、公判手続において、弁論を終結するか否か及び終結した弁論を再開するか否かは、いずれも公判裁判所の裁量に属するものであり、当該刑事訴訟の当事者は、当該公判手続内において公判裁判所に対する刑訴法三一三条一項に定める請求手続によつてのみ、既に終結した弁論の再開を求めるべきものであつて、他のいかなる訴訟形態によるも、別個の訴えをもつて、弁論終結の取消しまたは弁論再開を請求することは許されないものである。弁論終結の当否については、結局は、終結された弁論に基く判決により不利益を受けた当事者が提起する上訴による訴訟手続において、上訴審裁判所により本案の審理に包含されて審理され、最終的に原審判決の当否の形で判断されるべきものである。
したがつて、原告の本訴請求は、既にこの点において、もともと不適法であり、本訴は却下を免れないものであつたところ、原告は昭和四九年五月一〇日に同日付書面を当裁判所に提出して本訴の取下げをなし、右取下書副本は同月一三日被告に送達されたものである。
二 被告は、本案の答弁に先立ち、本案前の答弁を提出し、原告の請求は不適法であると主張して「請求却下」の判決を求めたものであるところ、本件訴訟における原告の本案の請求は前記の不適法の請求のみであるから、被告の右申立ては、訴え自体の却下を求めるものにほかならない。
そして、訴訟の相手方たる被告が、本案の答弁に先立ち、訴えを不適法として本案前の却下の裁判を求めるときは、原告が裁判所に対し訴えの取下げの意思表示を提出することにより、直ちに、訴え取下げ、訴訟終了の効果を生じ、被告の同意を要しないものと解すべきであるから、本件訴訟は、同年五月一〇日原告が当裁判所に対し取下書を提出したとき、訴えの取下げにより終了したものというべきである。
三 ところが、原告は同年七日八日に至つて同月六日付「訴への取り下げのテツカイと判決の申立」と題する書面を当裁判所に提出し、前記の本訴の取下げを撤回し、既に結審されている本件訴訟につき判決されたい旨申立てたのであるが、訴えの取下げの撤回は許されないのが原則であり、本件訴訟は既に口頭弁論を終結した段階にあつて、本訴が不適法のため結局却下を免れないものである本件においては、訴訟係属の有無に関し口頭弁論を開いて審理するまでもなく、直ちに判決をもつて訴訟終了の宣言をなすべきものである。
よつて、民訴法九五条、八九条に則り、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺惺)