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岐阜地方裁判所 平成元年(ワ)34号 判決 1989年8月24日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟の総費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

被告らは各自原告に対し金二〇〇〇万円を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨。

(請求原因)

一  事故の発生

(一)  日時 昭和五六年一二月一三日午後一時三〇分頃

(二)  場所 岐阜県本巣郡穂積町大字只越一〇五一番地の五先交差点

(三)  加害車両 被告松村運転の普通乗用自動車(岐55ほ七六六一)

(四)  被害車両 原告運転の軽四輪乗用車(岐50う五一一〇)

(五)  態様 原告が被害車両を運転し、穂積方面から北進中、本件交差点で赤信号に従い停止したところ、加害車両に追突された。

右追突のシヨツクで被害車両は大破し、後部左バンパーとタイヤが接触し、四つのドア全部が開閉不能となり、損傷はルーフにまで及び(修理代五六万円)後部座席に乗車していた原告の妻子は窓ガラスを開けて脱出し、タイヤ部分はジヤツキでこじあける結果となつた。

二  責任

(一)  被告松村は車間距離不保持等の過失により加害車両を被害車両に追突させたものであるから、民法七〇九条による責任がある。

(二)  訴外松村泉は、加害車両の保有者であるが、加害車両につき被告岐阜県共済農業協同組合連合会(以下「被告共済連」という。)と自動車損害賠償責任保険契約を、被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)と昭和五六年四月四日自家用自動車保険契約を、それぞれ締結した。

三  損害

(一)  原告は、本件事故のために頸椎捻挫等の傷害を受け、左頸部の組織がひどく破壊されて、頸部の骨は変形し組織は石灰化し、首の左への動きが極度に悪い。

事故当初は頸椎の痛みだけであつたが、二年目位からは視力の低下や舌のしびれ感も加わり、現在は首、頭、目、腰の痛みのみならず、肩や背部痛もあり、症状は悪化の一途をたどつており、後遺障害の程度は被告共済連の認定した一四級一〇号の等級にとどまるものでなく、この重篤な後遺症による生涯を通じての精神的、肉体的苦痛を慰謝するには金二〇〇〇万円が相当である。

(請求原因に対する認否)

被告ら

一  請求原因一項の(一)ないし(四)の事実は認める。同(五)の事実中加害車両が被害車両に追突した事実は認め、その余の事実は不知。

二  同二項の事実は認める。

三  同三項の事実は争う。但し、被告共済連が後遺障害等級を一四級一〇号と認定した事実は認める。

(抗弁)

一  被告共済連

本件については、昭和六〇年八月一二日、原告と被告松村との間の岐阜簡易裁判所昭和五九年(交)第六四号損害賠償調停事件において、被告松村が原告に対し既払金のほかに金二七〇万円を支払う旨の調停が成立し、既に右金員を支払済みであるから、これによつて被告共済連についても解決済みである。

二  被告松村及び同東京海上

被告共済連の右主張のとおりである。なお、右調停の経緯は次のとおりである。

(一)  原告は昭和五九年一二月一日症状固定と診断されたものであるが、原告はその後も通院し、将来の治療費を負担されたいということで話し合いができなかつたために、被告松村より同年同月調停申立に至つた。

(二)  原告の後遺症につき、事前認定手続をとつたところ、昭和六〇年二月一日後遺症の等級を一四級一〇号と認定された。

(三)  昭和六〇年三月一一日の調停期日で、被告松村より金一八五万円(慰謝料八〇万円、今後の治療費三〇万円、後遺症七五万円)を提示した。

これに対し、原告は納得できないということであつた。なお、原告は働きながら通院していたので休業損害はなかつた。

(四)  その後、原告は後遺症の前記認定について異議を申立てたが、異議は認められなかつた。

(五)  昭和六〇年八月一二日の調停期日において、調停主任裁判官が入り、既払金の他に金二七〇万円の調停案が出され、右案によつて同日調停成立に至つた。

(六)  調停条項に言う既払金は前記症状固定時(昭和五九年一二月一日)までの治療費金三〇四万三八五五円である。

(抗弁に対する認否)

被告松村及び同東京海上が「調停の経緯」として主張している事実、従つて、被告らが本件について調停が成立し、右調停において支払いを約した金二七〇万円が既に原告に対し支払われている事実はいずれも認める。

(再抗弁)

被告の主張の調停成立時、原告は全損害を正確に把握し難い状況にあつた。現在の原告の症状はその当時到底予想できなかつた程重いものであるからこれを請求することは妨げられない。

(再抗弁に対する認否)

再抗弁事実は否認する。

(証拠)

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因一項(一)ないし(四)の事実、同(五)のうち加害車両が被害車両に追突した事実並びに同二項の事実は当事者間に争いがない。

従つて、被告らは本件事故によつて原告が受傷したことによる損害を賠償する義務がある。

ところで、原告は重篤な後遺障害を負つた旨主張するが、その提出援用にかかる甲号各証(いずれも成立に争いはない)によつては、その事前認定があつたことにつき争いのない、昭和五九年一二月一日症状固定、後遺障害等級一四級一〇号の程度を超えていることについての立証はない。

そして、前記症状固定時において一四級の後遺障害の慰謝料は金七五万円が相当であつたと認められる。

二  抗弁について

本件事故につき昭和六〇年八月一二日、原告と被告松村との間の岐阜簡易裁判所損害賠償調停において、被告松村が原告に対し既払金の他金二七〇万円を支払う旨の調停が成立し、既に右金員の支払が終つているとの事実は当事者間に争いがない。

弁論の全趣旨によれば、右調停額は被告松村より提示された後遺症七五万円を含む総額一八五万円(既払治療費を除く)に対し、更に上積みされた金二七〇万円であるから、原告に対する後遺障害の慰謝料としては七五万円を下廻らない金額が算定されていたものと推認され、弁論の全趣旨によつて認められる原告が本件事故によつて休業はしていない事実、原告が右金額に合意している事実からみると、右調停額は相当であつたというべきである。

三  再抗弁について

原告は、右調停成立時、全損害を正確に把握し難い状況にあり、しかも、現在の症状はその当時予想できなかつた程重いものである旨主張する。

しかし、成立に争いのない甲第一号証によると、原告は、右調停成立前である昭和五九年一一月三〇日の安江医師の診断に際して、頭部、頸部、項部、両肩、背部の各痛み、頭重感、耳鳴り、舌の異常、記憶力、計算能力の低下を訴え、これに対し同医師は、原告の症状は前同日固定し、頸椎のX線検査、頭部CT検査、舌についての神経学的検査、いずれにおいても異常を認めない。原告の主訴にかかる症状は今後も続くと思われるとの診断をしていることが認められる。

また、成立に争いのない乙第一、第二号証によると、前記調停成立前の昭和五九年一二月六日及び昭和六〇年五月二四日の二度にわたり、下野医師の診断を受け、その際の原告の主訴又は自覚症状として、項部より後頭部、両肩にかけての疼痛、腰部痛、両側上肢、舌のしびれ感、視力低下、握力低下があり、症状は昭和五九年一二月一日固定したとの診断を受けたことが認められる。

右各事実に弁論の全趣旨を総合すると、右の各診断が前提となつて前記調停が成立したものと推認される。

ところで、右の原告の主訴又は自覚症状は、原告が本訴請求原因で主張する症状名と特に異なつていないものと認められる。そして原告の身体状況がその後予測できない程にまで悪化したものと認むべき証拠はない。

そうすると、原告については示談ないしは調停の成立後、特に救済をすべき状況にはなく、従つて、再抗弁は理由がないものと言わざるを得ない。

四  よつて、抗弁は理由があり、原告の被告らに対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田宏)

調停調書

<省略>

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