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岐阜地方裁判所 平成7年(行ウ)1号 判決 1997年3月27日

岐阜県海津郡平田町三郷一七九〇番地

原告

早川金次郎

右訴訟代理人弁護士

横山文夫

右訴訟復代理人弁護士

浅井直美

岐阜県大垣市丸の内二丁目三〇番地

被告

大垣税務署長 三宅豊

右指定代理人

河瀬由美子

堀田輝

波多野昭良

安部幾男

小林富雄

千田孝博

大塚康光

高田延男

山下純

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、平成四年一月三一日付けでした昭和六三年分、平成元年分、平成二年分の所得税の各更正及び過少申告加算税の各賦課決定処分並びに平成二年分の消費税の更正及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事実の概要

本件は、川魚料理等の飲食業を含む原告が昭和六三年分から平成二年分まで(以下「係争年分」という。)の所得税について確定申告をしたところ、被告が同業者率を用いて原告の営業所得金額を推計し、それぞれ更正処分及び過少申告加算税の賦課決定並びに平成二年分の消費税の更正及び過少申告加算税の賦課決定を行ったのに対し、原告が、被告の右処分は推計の合理性を欠くものであり、原告の営業所得金額を過大に認定したものであるとして、右処分の取消を求めたものである。

一  争いのない事実

1  原告は、係争年分において、肩書住所地(お千代保稲荷神社の近辺)において川魚料理を主とする飲食店を営み、原告の妻と長男がその事業に専従していた。原告は、係争年分時点では、いわゆる白色申告者であったが、平成四年分から青色申告者である。

2  原告は、係争年分の所得税及び平成二年分の消費税につき、別表1の1、1の2の確定申告欄記載のとおり確定申告をした。

3  被告は原告に対し、原告の係争年分の営業所得金額を推計によって算定したうえ、平成四年一月三一日付けで、所得税につき、別表1の1の更正処分欄記載のとおり、その総所得金額及びこれに対する税額を更正する旨の処分(以下「所得税更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「所得税過少申告加算税賦課決定処分」という。)をし、消費税につき、別表1の2の更正処分欄記載のとおり、その課税標準額及びこれに対する税額を更正する旨の処分(以下「消費税更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「消費税過少申告加算税賦課決定処分」という。)をした(以下、「所得税更正処分」と「消費税更正処分」をあわせて「更正処分」といい、「所得税過少申告加算税賦課決定処分」と「消費税過少申告加算税賦課設定処分」をあわせて「過少申告加算税賦課決定処分」といい、「更正処分」と「過少申告加算税賦課決定処分」をあわけて「本件処分」という。)。

4  本件処分について、別表1の1、1の2の記載のとおり、異議申立て及び審査請求がされたが、いずれも棄却された。

二  被告の主張

1  所得税調査の経緯

被告は、原告の係争年分の所得金額を確認するため、被告係官をして、原告の所得金額等の調査を実施した。

原告は、係争年分に係る日々の売上を一万円単位で記載したノート(以下「売上ノート」という。)、平成元年四月分から平成二年一二月分までの仕入れ及び経費に係る領収書等(以下「仕入等領収書」という。)、係争年分に係る大垣共立銀行今尾支店の原告名義の普通預金の月中移動元帳、平成元年一月分から平成二年一二月分までの人件費に係るメモ(以下「人件費メモ」という。)を提示したものの、現金出納帳、売上に係る伝票、レジペーパー及び経費に係る帳簿又は領収書の提示はなかった。

しかも、提示があった売上ノートは、現金売上のみを一万円単位で記載しているもので、売上に係る伝票やレジペーパーによる裏付けがなく、その記載の正確性に欠けるものであり、仕入等領収証は、昭和六三年分がなく、平成元年及び同二年分についても一部紛失しているものが身受けられ、人件費メモも人件費の金額のみが記載されており、使用人の住所、氏名が明らかでなく、人件費の支払を裏付ける明細書等の書類の保管もされていなかった。

2  所得税更正処分の根拠について

原告の係争年分の所得税の総所得金額及び税額は別表2の1ないし2の3「被告主張額計算表」記載のとおりであり、その算出の根拠は以下のとおりである。

(一) 売上原価額

原告の係争年分の売上原価額は、別表3<1>の売上原価額欄記載のとおりである。

このうち、昭和六三年分と平成元年分の売上原価額は、被告が把握できた昭和六三年分、平成元年分の魚類(海老を除く。)及び酒等を含んだ飲料水(以下「魚類等」という。)の仕入金額(別表4の1)を基に原告の平成二年分の売上原価に占める魚類等の仕入れ比率〇・五四九一(別表4の2)、を除して算出したものである。

なお、仕入れに係る棚卸し金額は、棚卸明細表の提示がないため、期首・期末の棚卸し金額を同額として計算した。

(二) 営業所得に係る収入金額

原告の係争年分の営業所得に係る収入金額は、別表3の<3>の収入金額欄記載のとおりである。

右金額は、(一)の売上原価額を、別表3<2>、5の1ないし5の3記載の類似同業者の売上原価率(売上原価に対応する収入金額の割合)の平均値で除して算出したものである。

(三) 必要経費額

原告の係争年分の必要経費の合計額は、別表3<5>の必要経費額欄記載のとおりである。

右金額は、(二)の営業所得に係る収入金額に、別表3<4>、5の1ないし5の3記載の類似同業者の必要経費率の平均値を乗じて算出したものである。

(四) 営業所得金額

原告の係争年分の営業所得金額は、別表3の<7>の営業所得金額欄記載のとおりであり、(二)の営業所得に係る収入金額から(三)の必要経費額と別表3の<6>の事業専従者控除額欄記載の金額を差し引いた金額である。

(五) 総所得金額

原告の係争年分の総所得金額は、別表2の1ないし2の3の記載のとおりである。

昭和六三年分は、(四)の営業所得金額と別表2の1<3>の農業所得金額の合計額であり、平成元年分は、(四)の営業所得金額と別表2の2の<3>の農業所得金額、<4>の配当所得金額の合計額であり、平成二年分は、(四)の営業所得金額と別表2の3<3>の農業所得金額の合計額である。

3  本件消費税更正処分の根拠について

原告の平成二年一月一日から同年一二月三一日までの間の課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税の課税標準及び税額は別表6「被告主張額計算表」記載のとおりである。

(一) 課税標準額

原告の本件課税期間における課税標準額は、営業所得に係る収入金額八二八五万七五四一円(別表3の<3>)と別表7の記載のとおり算出した農業所得の収入金額四二万五九三九円との合計額から消費税額二四二万五七一〇円を除いたものである。

(二) 控除される仕入れに係る消費税額

原告は、消費税法三七条(平成三年法律第七三号による改正前のもの。)一項所定の「中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例」の届出書を提出しているため、前記消費税額の八〇パーセントの一九四万〇五六八円が控除される。

(三) 納付すべき税額

したがって、本件課税期間における納付すべき消費税額は、四八万五一〇〇円となる。

4  推計の合理性

被告が原告の係争年分の営業所得金額を推計するに当たって抽出した同業者は、別紙「同業者の選定基準」により機械的に選定されたものである。右基準は、原告の業種、業態との同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性を有し、選定基準としての合理性を有するものである。そして、抽出された類似同業者の青色事業専従者数が原告の事業専従者数(二名。妻及び長男)と異なるものについては、専従者数の違いが必要経費に含まれる使用人給与額に与える影響を考慮して、原告の事業専従者の従事状況に照らし別表5の1ないし5の3の計算根拠のとおり該当必要経費の額を改算しており、原告の事業との類似性を求めている。

したがって、右により算出された平均売上原価率及び平均必要経費率を用いて原告の係争年分の営業所得の金額を推計したことには合理性がある。

三  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  本件の処分に至る経緯

原告が係争年分の現金出納帳、売上に係る伝票又はレジペーパー及び経費に係る帳簿又は領収証等を記帳し保管していなかったことは認める。

2  所得税更正処分の根拠について

被告が主張する係争年分の売上価額、事業専従者控除額、農業所得額、所得控除額、配当控除額、源泉徴収税額はいずれも認める。

営業所得に係る収入金額は、売上ノートの記載内容がほぼ正確であるから売上ノートを重要な資料として算出すべきである。

3  消費税更正処分の根拠について

被告が主張する課税の計算方法については争わないが、本件課税期間における営業所得に係る収入金額は、その推計に合理性がない。

4  推計の合理性に対する反論

(一) 被告の選定した類似同業者のうち、原処分(あるいは、異議決定及び審査裁決)における同業者率の基礎となった同業者と共通している業者は、ニのみである。被告が当初選定していなかったイ、ロ、ハについて本訴において類似同業者として選定した理由の合理的な説明がないことに照らすと、被告の選定した類似同業者は原告と営業形態を異にしており類似性がないことを推測しえる。

(二) 被告の選定した類似同業者のうちハについては必要経費率が著しく低く、平成二年分はロと比べて約二〇パーセントの偏差がある。ハについては、原告と類似性があるといえず、被告の選定は、被告の主張する営業所得金額が更正処分時の算定営業所得金額を下回らないためになされた恣意的なものである。

(三) 原告の営業の特殊事情

原告は、他のお千代保稲荷神社近辺の川魚料理店と比較して次のとおりの特殊事情がある。

(1) 飲食と土産物の両方を扱っており、平均四年分の全売上に対する土産物の売上割合は約三割を占めている。しかし、被告が選定した類似同業者は、いずれも原告と異なり飲食のみ(土産物としてはもろこのみ)を扱う業者である。飲食と土産物とは売上に対する仕入原価の比率が異なるから、右のような営業形態の差異を捨象することは不合理である。

(2) 飲食代金が低額であり、売上原価率、必要経費率が高い。

(3) 原告は、平成元年ころに「なまず館」を新築したことなどにより、平成四年分の減価償却費は約五六五万円に達している。

5  本人率による推計

(一) 原告は、平成四年分から青色申告書による確定申告をしているところ、本件においては、原告本人の平成四年分の売上原価率及び必要経費率により原告の係争年分の所得金額を推計する方法が、より合理的な推計方法である。

(二) 本人率による推計の合理性

平成四年分と係争年分とは、時期的に近接しておりその間に営業の実態等よる特別の事情の変化はなく、青色申告書の記載及び基礎資料は正確なものである。

(三) 本人率による営業所得金額の推計

原告の平成四年分の青色申告決算書の計数に基づいて求めた売上原価率及び必要経費率により、係争年分の営業所得の金額を推計の方法によって算出すると、別表8のとおりとなる。

なお、売上原価額は、被告主張の売上原価額を認め、これを援用する。

(四) 右の結果、原告の係争年分の総所得金額は、別表8<10>記載のとおりとなり、所得税更正処分における総所得金額を下回るものとなるから、本件処分はすべて違法となる。

四  本人率による推計に対する被告の反論

1  経済状況等の変動による合理性の欠如

仕入価格やその他経費の価格は、各年の社会経済状況等に応じて変動するものであるから、係争年分と時間的隔たりのある時期における比率を推計計算の基礎として利用することは原則として相当ではないと考えられる。殊に、飲食店のような社会経済状況の影響を受けやすい業種の場合、こうした時間的隔たりは推計の合理性を損なう大きな要因になるといわざるを得ず、とりわけ、いわゆるバブル期である係争年分の売上原価率と、バブルがはじけた後である平成四年分の売上原価率とを同視することはできない。

2  基礎資料の正確性の欠如について

原告は、本訴において、平成四年分の青色申告決算書の基礎資料となる帳簿書類を一切提出しておらず、その計数の正確性、客観性を正しく立証していない。さらに、原告が右帳簿書類について全く知らないことなどからすると、青色申告決算書の記載内容は到底信用できない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四判断

一  推計の必要性について

1  原告が係争年分の現金出納帳、売上に係る伝票又はレジペーパー及び経費に係る帳簿又は領収証等を記帳し保管していなかったことは当事者間に争いがない。そして、証拠(証人安江、原告本人(ただし、後記採用できない部分を除く。以下「原告本人の一部」という。)によれば、被告主張の所得税調査の経緯の事実が認められる。

なお、原告は、売上ノートの記載内容がほぼ正確であり、営業所得に係る収入金額は、売上ノートを重要な資料として算出すべきである旨主張し、原告本人尋問の結果にはこれに沿うかのような部分があるが、他方で、原告自身、売上ノートが現金売上のみを一万円単位で記載しているものであるうえ、現金売上中から仕入金を支払った場合も、これを加算していない旨述べていることに照らすと、右証拠は採用できない。

2  以上によれば、原告から提示された帳簿書類は不完全でその記載内容も不正確なものであるから、被告は原告の所得金額の実額計算は不可能であったと認められる。

したがって、本件において推計課税の必要性を肯認できる。

二  同業者率による推計の合理性について

1  原告の事業内容、事業規模、事業所の所在地

原告が、係争年分において、肩書住所地(お千代保稲荷神社の近辺)において川魚料理を主とする飲食店を営んでいたこと、原告の妻と長男がその事業に専従していたことは、当事者間に争いがない。

2  類似同業者の選定基準及び選定方法

証拠(乙一、二の一ないし二の三、証人種村)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 名古屋国税局長は、原告の事業所の所在地を管轄する大垣税務署長に宛てて一般通達(乙一)を発し、次のいずれの条件にも該当する全ての者の係争年分の収入金額、売上原価、経費の合計額、必要経費の額、専従者の状況等を報告するように求めた。このうち、(3)ないし(5)の選定基準は、被告が把握ないし算定した係争年分の原告の売上原価額(昭和六三年分は二六二七万四六二〇円、平成元年分は三七七五万八二二〇円、平成二年分は三五七六万一三一五円)につき、その半分以上、二倍以内の範囲を画した基準(いわゆる倍半基準)である。なお、右報告に際しては、減価償却の金額が定率法による計算又は租税特別措置法の規定による割増償却の選択をしている場合には、これを定額法による計算又は普通償却により改算した数値に修正すること、青色申告書を提出する者について特に認められている各種引当金、準備金、青色事業専従者給与を含めないよう留意することなど、資料の統一化が図られている。

(1) 大垣税務署管内の海津郡において料理飲食業(川魚料理)を含む個人事業者であること

(2) 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること

(3) 昭和六三年分についでは、売上原価の金額が一三一三万七三一〇円以上五二五四万九二四〇円以下の範囲内にある者

(4) 平成元年分については、売上原価の金額が一八八七万九一一〇円以上七五五一万六四四〇円以下の範囲内にある者

(5) 平成二年分については、売上原価の金額が一七八八万〇六五七円以上七一五二万二六三〇円以下の範囲内にある者

(6) 昭和六三年一月一日から平成二年一二月三一日までの間の中途において開業、廃業、休業又は業態の変更をしたものでない者

(7) 更正処分又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間未経過並びに不服申立中又は訴訟中の者ではないこと

(8) 所得税の調査が行われている者ではないこと

(二) その結果、右税務署長から右の条件を満たす同業者として昭和六三年分、平成二年分については四名、平成元年分については三名の同業者が報告された(乙二の一ないし二の三)が、これらの同業者の事業所は、いずれも原告と同じお千代保稲荷神社付近に存在するものであった。

(三) 被告は、右報告に記載された数値をもとに平均売上原価率及び平均必要経費率を別表5の1ない5の3記載のとおり算定した。

右算定にあたり、被告は、類似同業者の青色事業専従者数が原告の事業専従者数(二名。妻と長男)と異なるものについては、原告の事業専従者の従事状況に照らし別表5の1ないし5の3のとおり該当必要経費の額を改算した。これは、専従者数の違いが必要経費に含まれる使用人給与額に与える影響を考慮したもので、原告の事業形態との類似性を図ったものである。

3  ところで、推計課税は、納税者に正確な帳簿書類の備え付けがなく、あるいは納税者に対する調査の協力が得られないため、その所得金額が直接資料によって把握することができない場合に、やむをえず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるところ、原告と選定した同業者の類似性を過度に要求することは、同業者率による推計が困難となり、他に適当な推計方法も存しない場合には、課税自体が不可能となって、正確な帳簿書類を備え付け、調査に協力する納税者との間の課税の公平にもとる結果を生ずることになる。

したがって、同業者の平均値によって算出した同業者率に基づいて当該納税者の所得金額を推計する場合には、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、右平均値に吸収され、捨象されるものとして扱い、業種及び業態、事業所の近接性、事業規模の類似性、同業者率算出過程の整合性等の推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、営業条件の差異が同業者率による推計を根本的に不当とするほどに顕著なものでないかぎり、同業者率に基づいて当該納税者の所得金額を推計することには合理性があるというべきである。

4  右1及び2に認定したところによれば、右基準により選定された者は、その業種、業態、事業規模の点において原告との類似性を有し、事業場所においては極めて近似しており、しかも帳簿書類の備え付けが義務付けられたいわゆる青色申告者であるから、その申告内容の正確性も担保されていると認められる。そして、その選定は、名古屋国税局長の発した一般通達によって機械的にされたものであるから、選定過程に被告の恣意が入る余地もないということができる。

また、被告は平均必要経費率の算定にあたり、類似同業者の青色事業専従者が原告の事業専従者数(二名。妻と長男)と異なるものについては、原告の事業専従者の従事状況に照らし別表5の1ないし5の3のとおり該当必要経費の額を改算しており、同業者率算出過程の整合性も図られている。

したがって、右の基準と方法によって選定された同業者の平均売上原価率及び平均必要経費率によって営業所得を推計することは、原告に右平均値に吸収され得ない同業者率による推計を根本的に不当とするほどに顕著な特殊事情が別途認定されない限り合理性を有すると言える。

5  原告の反論に対する検討

(一) 原告の反論(一)について

原告は、被告の選定した類似同業者のハは、他に比較して必要経費率が著しく低いから、ハについては、類似性があるといえず、被告の選定は恣意的である旨主張する。

確かに、証拠(乙二の一ないし二の三)によれば、同業者ハは、被告の選定した類似同業者の中で係争年分を通じて最も必要経費率が低く、必要経費率が最も高い業者との差は、昭和六三年分が一六・一六パーセント、平成元年分が一七・八三パーセント、平成二年分が一九・九九パーセントであることが認められる。

しかし、右の程度の差は、平均値をとることによって解消されるものであり、被告主張の推計の合理性が否定されるものではない。

また、原告は、自己の必要経費率が高いことを前提にして、必要経費率が最も低い同業者ハを除外すべき旨主張するが、後記のとおり、平成四年分の青色申告決算書に記載された数値により算出した必要経費率を根拠にすることはできないから、原告の必要経費率が高いことを前提とする主張は失当である。

また、同業者ハの事業規模、事業場所、事業内容は、前記認定説示のとおり原告と類似性が認められ、殊に、同業者ハは、その売上原価額が、被告の選定した類似同業者中で最も原告の売上原価額が近似しており、原告と同様もろこ以外の土産物も扱っていること(原告本人の一部)など、原告と事業規模、営業形態が極めて近似しているといえるから、特にハを類似同業者に加えることが被告の恣意に基づくものとは認められない。

したがって、原告の反論(一)は採用できない。

(二) 原告の反論(二)について

確かに、証拠(甲一〇、乙二の一ないし二の三)及び弁論の全趣旨によれば、本訴で被告の選定した類似同業者と本件処分(あるいは、異議決定及び審査裁決)における同業者率の基礎となった同業者の全てが共通ではないことが認められる。しかし、右事情から、本訴で被告の選定した類似同業者が原告との類似性を欠くことを推認することは到底できない。

したがって、原告の反論(二)も採用できない。

(三) 原告の反論(三)について

次に、原告の営業の特殊事情について検討する。

(1) まず、事情(1)についてみるに、証拠(証人種村、原告本人の一部)によれば、お千代保稲荷神社近辺の川魚料理店はその取扱品目等に多少の差異はあるものの、一般的に土産物を扱っていること(原告も被告の選定した類似同業者はいずれも土産物としてもろこを扱っていることを自認している。)、そのうちの類似同業者ハは原告と同様もろこ以外の土産物を扱っていることが認められるから、飲食と土産物の両方を扱っていることが原告の特殊事情であるとはいえない。

さらに、原告は、土産物と料理飲食業の売上割合及び土産物の売上原価率に関する客観的証拠を提出ておらず、この点に関する原告本人尋問の結果は曖昧で、他の証拠との整合性も欠き採用できない。

したがって、(1)の主張は採用できない。

(2) 次に事情(2)についてみるに、甲一六ないし一八号証(ただし、右証拠の商品単価は平成七年末ないし平成八年現在の価格であり、係争年分の商品単価を証明することができるか疑問はある。)により認められる原告と他の川魚料理店の商品単価の差異は、同業者率による推計を根本的に不当にするほどの顕著な差異であるとは認められない。

また、そもそも、売上原価率は売上価額と仕入価額との相対的な関係によって決定されるものであるから、商品単価が低額であることのみを売上原価率の高さの根拠とするのは理由がない、ましてや、商品単価が低額であることのみをもって必要経費率の高さの根拠とすることはできないから、(2)の主張は採用できない。

(3) さらに、事情(3)についてみるに、確かに、証拠(甲一一の一ないし一一の三、一八、乙四、原告本人の一部)によれば、原告は、昭和六三年一二月ころ、別館として「なまず館」を新築したこと、平成四年分の青色申告決算書に減価償却費として五六四万九七〇五円を計上していることが認められる。

しかし、原告がお千代保稲荷神社近辺の川魚料理店も近年建て替えを行ってきており、建物に関する減価償却費がかかることは原告と同様である旨述べていること、被告の選定した類似同業者の必要経費中に建物に関する減価償却費が含まれていないとは言えず、同業者ハについては、必要経費中に減価償却費が含まれていることが明確であること(乙一、二の一ないし二の三)平成七年分の損益計算書(乙四)によれば、平成四年分の五六四万九七〇五円の減価償却中、「なまず館」に関連する減価償却費は、その半額程度であることが認められる。

以上の諸事情に照らせば、原告が「なまず館」を新築したことにより類似同業者に比較して減価償却費が多額であるという事情は、同業者率による推計を根本的に不当とするほど顕著な特殊事情とは言えない。

6  以上によれば、原告の反論を考慮しても、なお、前記同業者率に基づく推計は合理性を有すると言うべきである。

三  本人率による推計の合理性について

一般に、本人率による推計方法は、比準年度と係争年分との間に、業界に共通の経済事情の変化や原告の事業内容、事業規模、事業場所等の変化など、推計すべき課税要件の算定に影響を与えるような事情の変化がなく、しかも、比準年度の帳簿書類の正確性が認められる場合には、合理的な推計方法であると認められる。

しかしながら、原告は、比準年度である平成四年分の青色申告決算書の基礎資料の正確性に疑問があることが窺われる(甲一〇、原告本人の一部)にもかかわらず、本訴において、平成四年分の青色申告決算書の基礎資料である帳簿書類を一切提出しておらず、その計数の正確性、客観性の立証をしていない。また、証拠(甲一一の一ないし、一四の四、一七)によれば、原告の平成四年から平成七年の間の売上原価率の開差が一〇・九二パーセント、必要経費率の開差が六・九一パーセントと、かなりの開きがあることが認められ、係争年分と比べて事業専従者が一名増加している(弁論の全趣旨)などに照らせば、平成四年分の青色申告決算書の計数に基づいて求めた売上原価率及び必要経費率により係争年分の営業所得の金額を推計する合理性に欠けると言わざるをえない。

したがって、原告の本人率による推計の主張は、理由がない。

四  以上によれば、原告の係争年分の総所得金額及び税額は、別表2の1ないし2の3の総所得金額欄(<1>)、申告納税額欄(<7>)記載のとおりとなり、いずれも所得税更正処分に係る総所得金額及び税額を下回るものではないから、所得税更正処分及び所得税過少申告加算税賦課決定処分はいずれも適法である。そして、本件課税期間における課税標準額は八〇八五万七〇〇〇円、納付すべき税額は四八万五一〇〇円となり消費税更正処分にかかる課税標準額及び税額を下回るものではないから、消費税更正処分及び消費税過少申告加算税賦課決定処分はいずれも適法である。

よって、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 管英昇 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 明石万起子)

別表1の1

課税の経緯表

<省略>

別表1の2

課税の経緯表

<省略>

別表2の1

被告主張額計算表(昭和六三年分)

<省略>

別表2の2

被告主張額計算表(平成元年分)

<省略>

別表2の3

被告主張額計算表(平成二年分)

<省略>

別表3

営業所得の金額の計算書

<省略>

別表4の1

昭和63年分の魚類等の仕入金額

<省略>

平成元年分の魚類等の仕入金額

<省略>

別表4の2

平成2年分の売上原価及び魚類等の仕入比率

<省略>

別表5の1

類似同業者比率表(昭和63年分)

<省略>

別表5の2

類似同業者比率表(平成元年分)

<省略>

別表5の3

類似同業者比率表(平成二年分)

<省略>

別表6

被告主張額計算表

<省略>

別表7

農業に係る総収入金額

<省略>

別表8

本人率による営業所得の金額計算書

<省略>

別紙

同業者の選定基準

同業者は、以下の選定基準に基づき、抽出されたものである。

対象者

大垣税務署管内の海津郡において、料理飲食業(川魚料理)を営む個人事業者のうち、所得税法一四三条(青色申告)の承認を受けて、昭和六三年分ないし平成二年分の所得税の確定申告について、青色申告書を提出している者で、次に該当する者

一 昭和六三年分については、売上原価の金額が一三一三万七三一〇円以上五二五四万九二四〇円以下の範囲内にある者

二 平成元年分については、売上原価の金額が一八八七万九一一〇円以上七五五一万六四四〇円以下の範囲内にある者

三 平成二年分については、売上原価の金額が一七八八万〇六五七円以上七一五二万二六三〇円以下の範囲内にある者

ただし、次のイないしハに該当する者を除く。

イ 昭和六三年一月一日から平成二年一二月三一日までの間の中途において、開業、廃業、休業又は業態の変更をした者

ロ 更正処分又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者並びに不服申立中又は訴訟中の者

ハ この報告書の作成日現在において、所得税の調査が行われている者

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