岐阜地方裁判所 平成8年(ワ)419号 判決 1998年5月14日
呼称
原告
氏名又は名称
藤澤光男
住所又は居所
岐阜県岐阜市前一色一丁目一番六号
代理人弁護士
後藤昌弘
輔佐人弁理士
広江武典
輔佐人弁理士
西尾章
呼称
被告
氏名又は名称
有限会社アイリス井上
住所又は居所
岐阜県岐阜市津島町二丁目一一番地
代理人弁護士
木村静之
代理人弁護士
臼井幹裕
輔佐人弁理士
後藤憲秋
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告は、別紙イ号物件目録記載の物件を、製造し、販売し、使用し、譲渡し、加工し、貸渡し、譲渡または貸渡しのために展示してはならない。
二 被告は、原告に対し、一二五万円及びこれに対する平成八年九月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
四 右二につき仮執行宣言
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 原告の権利
原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有している。
登録番号 第一八八四六一八号
考案の名称 化学繊維よりなる織布素材
出願日 昭和五八年六月九日
出願番号 六一―一七六八九八
公告日 平成三年一月三〇日
公告番号 〇三―〇〇三五九六
登録日 平成四年一月二七日
実用新案登録請求の範囲
化学繊維よりなる織布素材であって、前記化学繊維が周面に設けられた曲線状の裁断刃先とこの裁断刃先の両側に設けられた傾斜作用面とを有する加工ロールにより超音波溶融裁断されており、その裁断切口が超音波溶融された化学繊維により形成されたフイルム状の膜と、この膜から延びる傾斜を持ったほつれ止めとより構成されていることを特徴とする化学繊維よりなる織布素材
2 本件考案の構成要件は次のとおりである。
(一) 化学繊維よりなる織布素材であって、
(二) 前記化学繊維が周面に設けられた曲線状の裁断刃先とこの裁断刃先の両側に設けられた傾斜作用面とを有する加工ロールにより超音波溶融裁断されており、
(三) その裁断切口が超音波溶融された化学織維により形成されたフイルム状の膜とこの膜から延びる傾斜を持ったほつれ止めとより構成されている、
(四) ことを特徴とする化学繊維よりなる織布素材である。
3 被告は、業として、別紙イ号物件目録記載の物件(以下「イ号物件」という。)を製造、販売している。
二 原告の主張
1 イ号物件は本件考案のすべての構成要件を充たすものであるから、本件考案の技術的範囲に属する。
2 損害
(一) 原告は、本件実用新案権について、希望する業者に対して実施許諾を与えているが、特別な事情のない限り、契約条件は次のとおりである。
(1) 契約金 一〇〇万円
(2) 許諾者は指定したラベル(一枚二五円)を製品または半製品に貼付する。
(3) 許諾者は実施の有無に関わらず、毎年最低一万枚のラベルを原告から購入する。
(二) 被告は、原告の実施許諾を受けることなく、これまでに少なくとも三〇〇〇枚以上のイ号物件を製造してきた。
したがって、被告は、法律上の原因なく、契約金一〇〇万円及びラベル一万枚分の購入代金二五万円の合計一二五万円の利得を得ており、よって、原告は右同額の損害を被った。
3 よって、原告は、被告に対し、実用新案権に基づき、イ号物件の製造販売等の差止めを求めるとともに、不当利得による返還請求権に基づき、一二五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年九月六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 被告の主張
1 イ号物件は、ニット地(編み物)であるから、本件考案の構成要件(一)及び(四)のうち、「織布素材」という要件を満たさない。
2 イ号物件は裁断部が融点に達して溶けているものではないから、本件考案の構成要件(二)のうち、「超音波溶融裁断されてなる」という要件を満たさない。
3 イ号物件は、化学繊維の融液による均一なフイルム状の膜を有しておらず、フイルム状の膜を有しない以上、該皮膜が切り口から延びる傾斜面を覆ってほつれ止めを形成することもない。
したがって、イ号物件は本件考案の最も主要な構成要件である(三)を備えていない。
4 以上によれば、イ号物件は、本件考案の技術的範囲に属しない。
四 主要な争点
イ号物件が本件考案の構成要件(一)ないし(四)を充足するか否か。
第三 争点に対する判断
一 まず、本件考案の構成要件(三)の「フイルム状の膜」及び「この膜から延びる傾斜を持ったほつれ止め」の意味について検討する。
1 本件実用新案権にかかる実用新案公報(甲七)中の「実用新案登録請求の範囲」には、「裁断切口が超音波溶融された化学織維により形成されたフイルム状の膜とこの膜から延びる傾斜を持ったほつれ止めとより構成されている」との記載があり、右記載によれば、フイルム状の膜は、裁断切口に存在し、超音波溶融された化学繊維により形成され、裁断切口の反対側に向けて傾斜を持ったほつれ止めとつながっていることが認められる。
しかしながら、化学繊維がどの程度超音波溶融されたものをフイルム状の膜というのかは、右記載から一義的に明らかとなるものではない。
2 そこで、実用新案公報中の「考案の詳細な説明」を検討すると、以下の記載がある。
「この織布素材1は、切口5が均一なフイルム状の膜8により接続されたものを切口5から切り離したものであり、切口5がフイルム状の膜8とこの膜8より延設された傾斜を持ったほつれ止め7とより構成されているため、フイルム状の膜8がほつれ止め7、7を補強することとなって、強靭なほつれ止め7、7を有すると共に、切口5で分離する際にほつれ止め7に損傷を与えることなく容易に分離することができる。」
「織布素材1は超音波振動による熱溶融により裁断刃先3の形状である曲線状に裁断され、更に当該織布素材1は裁断線Aを中心にして切口5の両側が超音波振動により溶融される。この超音波溶融によって裁断線Aの両側には、第3図に示すような等しい幅L、Lのほつれ止め7、7が切口5に平行して連続的に構成される。」
「また、この際、ほつれ止め7、7の間には、ほつれ止め7、7による余剰の融液がフイルム状の膜8を均一の厚さ及び幅L1に形成しながらほつれ止め7、7の間を接続して残置する。つまり、曲線状に溶融裁断された切口5が超音波溶融された化学繊維よりなる均一なフイルム状の膜8により接続されると共に、その切口5の両側に超音波溶融によるほつれ止め7、7が同一傾斜角を持って均等の幅で切口5と平行に施される。」
「そして、裁断作業の終了後に裁断線Aから両方へ引張るように軽く力を加えると、フイルム状の膜8は裁断線Aを中心にほぼ等分に引き離されてほつれ止め7、7を少しも損傷させることなく分離される。」
右記載によれば、フイルム状の膜は、織布素材が裁断線を中心として切口の両側が超音波振動により溶融されることによって、右切口の両側に等しい幅のほつれ止めが形成される際、余剰の融液によって、均一な厚さ及び幅に各ほつれ止めの間に形成されるものということができる。
右のように、フイルム状の膜は、ほつれ止めの形成による「余剰の融液」により形成されるものであるから、化学繊維が超音波振動によって溶融されて液状になったものから形成されるのであって、同様に超音波振動によって溶融されて形成されるほつれ止めとは溶融の程度を異にし、明確に区別されるものと解される。
3 そして、乙一七(当庁平成三年(ワ)第四四三号・平成四年(ワ)第一三号・第四八七号・平成五年(ワ)二一〇号における証人渡辺明の証人調書)によれば、ポリエステル繊維は二五〇度C位で溶解して液状になり、そのまま温度が下がるとフイルム状又は固体状になって元の繊維の形態は残らないことが認められる。
4 以上によれば、フイルム状の膜は、完全に溶融して繊維としての形態を完全に失った薄膜状のものであると解するのが相当である。
二 そこで、イ号物件にフイルム状の膜があるかについて検討するのに、鑑定嘱託の結果(試験報告書中のイ号物件の電子顕微鏡写真)によれば、イ号物件の裁断切口端部には繊維状のものが認められるものの、ほつれ止めとは区別され、完全に溶融して繊維としての形態を完全に失ったフイルム状の膜の存在は確認することができない。
この点、原告は、「フイルム状の膜」は、肉眼及び触感で確認すればその存在が確認できるものであり、実用新案公報の実用新案登録請求の範囲には、電子顕微鏡写真による確認や膜の粗さ・堅さ・融液の量等の判断は必要とされていないのであるから、電子顕微鏡写真による判断は相当ではない旨主張する。
しかしながら、イ号物件(検甲一)を肉眼及び触感で確認してもフイルム状の膜の存否は明らかではないから、電子顕微鏡写真によって確認せざるを得ないものである上、電子顕微鏡写真によっても、その存在が認められないから、原告の右主張は採用できない。
三 以上によれば、イ号物件は、本件考案の構成要件(三)を充足しないから、本件考案の技術的範囲に属しない。
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 菅英昇 裁判官 倉澤千巌 裁判官 村上未来子)