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岐阜地方裁判所 昭和26年(ワ)228号 判決

原告 奥田重義

被告 不破成隆

一、主  文

被告は原告に対し金二万円及びこれに対する昭和二十六年十月二十四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

この判決は原告において担保として金六千円を供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金五十万円及びこれに対する昭和二十六年十月二十四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、被告は肩書住居において医業を営んでいる。原告は被告方から五丁とは距つていない同村大字新井に居住し、被告の患家であり且原告の娘智子は昭和十八年四月頃から翌年四月頃迄一年間被告方に住込み、被告の業務を手伝いつつ被告方から岐阜市医師会館内産婆養成所に通学させて貰つていたことがある。原被告はこのような交際関係にあつた。而して昭和二十六年六月二日午前一時半頃被告方へ口に黒いマスクを掛け手にピストルを持つた男が強盗に押入り、被告に対しピストルを擬して金銭を強要したが、被告が煙草盆を引寄せ目つぶしを呉れる体制を構えたため、その権幕に辟易して逃走したという強盗未遂事件が発生したところ、被告は右犯人の人相風態等が原告に似示していると思い、犯人は原告ではなかろうかとの疑を抱いたが、犯人は顔の下半分をマスクで隠していたし又原告は日頃真面目な行状の持主なので、犯人が原告であるか否かについては半信半疑で断定できずにいたにも拘らず被告は所轄笠松町羽島地区警察署警察官の尋問に対し原告は前記強盗未遂事件の犯人なりと不実の事実を供述したがために原告は右強盗事件の被疑者として昭和二十六年六月十九日午後六時頃逮捕状に基き同署に留置され、引続き岐阜市鷹見町拘置所に勾留され、取調を受けた末同年七月十日嫌疑晴れて不起訴処分となり釈放されたが、右被告の供述により原告は逮捕勾留され、よつて名誉を侵害され精神上甚大な苦痛を受けた。しかのみならず、被告は昭和二十六年六月十三日訴外野口愛一に対し犯人の額の禿工合、背恰好、音声等を説明し被告方に侵入した強盗は原告に相違ないと不実の事実を告げ、同日原告の養子たる訴外奥田勇治に対し賊は原告に間違いないと不実の事実を告げ、同月十九日には訴外前田利行に対し六月二日被告方に押入つた強盗は原告である旨不実の事実を告げ、同月二十六日には訴外三須弘に対し六月二日の強盗犯人は原告である。電気の明りではつきり原告を見たと不実のことを述べ、同年七月三日には訴外近藤末吉、青山春一、安井某等集合の場所において「賊は原告に似ている」と言つたのに対し同人等が「原告はそんなことをするような人じやない」と答えたのを受けて被告は「気でも狂つて来たと自分も思う」という表現で同人等に対し六月二日被告方に侵入した強盗は原告が狂気して来たものであると不実の事実を告げ、更に原告が釈放された後も訴外今井田俊作に対し「原告が検察庁に勾留された時被告が警察の方に頼んで出して貰つた」という表現で暗に賊は原告である旨不実の事実を告げ以て原告の名誉を侵害し、原告に精神上の苦痛を与えた。よつて被告は不法行為者として原告の精神上の苦痛に対する相当の慰藉料を支払う義務がある。

ところで原告は前後十余年間居村の助役、収入役等を歴任し、世間の信用も篤いつもりでいるのに被告の右行為により国民の最も憎悪嫌忌すべき強盗の汚名を負わされ然もその被疑者としての取扱を受けるに及んで心神の苦痛はその極点に達し筆舌に尽し難いところである。これらの事情を綜合すると原告の精神的苦痛は金五十万円を得て慰藉されるものであるから、ここに原告は被告に対し慰藉料金五十万円及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和二十六年十月二十四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ、被告の答弁に対し被告は前記強盗事件当夜犯人は原告なりや否につき半信半疑であつたので、この疑を晴すため昭和二十六年六月十二日夜原告を自宅に招きその面前で前記強盗未遂事件の犯人は原告に間違いないと言つたところ、原告は被告とは懇意な関係にあり以前世話になつたこともあるので波立つ感情を制し低い声で「何を根拠にそのようなことを言うか」と答えたので被告は原告が犯人なりや否を確め得なかつた筈である。長島淳子は犯人が原告なることには否定的であり、以勢政次郎の見解は刑事意識というハンデキヤツプを保持する人の単なる主観にすぎず、この両名の意見により被告が犯人は原告なりと信じ得る筈はない。従つて被告は犯人は原告なりと信じていないに拘らず犯人は原告なりと供述したのであつて、これは被告の経験を越えたものであつて、違法性を阻却しない。仮に被告が犯人は原告なりと信じ込んでいたとしても、その根拠は原告の人相、風態などの外に原告が狂気しての行為であると独断思惟した点にある。然し原告は事前にも事後にも狂気したことはないのであるから、被告がかかる独断思惟を交えて似ているに過ぎない者を犯人だと早合点して犯人は原告に相違ないと供述したのは過失たるを免れない。又原告は昭和二十六年六月十九日羽島地区警察署に呼出され、警察官以勢政次郎から「不破の強盗の件だが何処で聞いても君だと言うものは居ないが放つて置く訳にはいかんから不破の証言に基いて来て貰つた」と因果を言い含められ、続いて逮捕勾留となつたのであつて、前記強盗未遂事件につき被告の供述を除いては確たる証拠なく被告の供述のために原告は逮捕、勾留されたのである。このような事情であるから被告に不法行為責任のあることは明白であると陳述した。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として原告主張事実中原被告が原告主張のような交際関係にあつたこと、原告主張の日にその主張のような強盗未遂事件が発生したこと、被告が羽島地区警察署警察官から参考人として尋問を受けたこと、原告が右強盗事件の被疑者として昭和二十六年六月十九日逮捕され、引続き勾留されて同年七月十日頃釈放されたことは認めるがその余の事実は否認する。被告は本件強盗未遂事件当夜から原告が侵入したものと思つていたが原告に対しては何等ふくむところはなかつたし又その交際のよしみから当初警察官にこれを言明するに忍びなかつたのである。然しその後諸般の事情から益々犯人は原告なりとの確信を深め、この確信は現在においても変りはない。これに加うるに事件当夜被告と一緒に寝ていた長島淳子も犯人は原告であると言つており又昭和二十六年六月十二日夜被告が原告を自宅に招き原告と対談した際その模様を隣室において窺つていた以勢野村の二警官も被告に対し犯人は原告に間違いないと言つているのであり、これらのことからも被告が犯人は原告であると推断するには相当の事由があるから被告が犯人は原告なりと信じ、信ずるところに従つて為した警察官に対する供述には何等の違法性がないから右供述は不法行為たり得ない。仮に右供述が違法であるとしても、この供述と逮捕、勾留との間には因果関係がない。即ちもし原告に疑を容れる他の事情例えばアリバイの不明確、原告が拳銃を所持していたと推定されること、強情で金銭に強欲なこと等がなければ、恐らく逮捕勾留に至らなかつたものである。仮に右被告の供述により原告が逮捕、勾留されたとしても、被告が犯人は原告なりと信ずるについては前記の如く相当の事由があるから、このように信ずるにつき被告には過失はない。従つて右供述により原告の名誉が侵害されたとしても被告には何等の不法行為責任はない。而して被告は右警察官に対するやむなき陳述の外に犯人は原告に間違いないとか犯人らしいとかいう趣旨のことは第三者に告げたことはない。仮に被告が原告主張のようなことを告げたとしてもその程度では社会通念上到底他人の名誉を害したというべくもない。即ち、野口愛一は原告が犯人であれば被告と何んとか円満に話をつけようとして被告方を訪れたのであつて、かかる用件で訪れた同人に被告がその確信に基いて犯人は原告に間違いないと言つたとしてもそれは自然の成り行きであり、然も被告はその際他言して貰つては困るとまで言つている。奥田勇治は被告方を訪れ相当の権幕で被告に対し興奮して激しい言葉を使つたことは推察に難からぬところであり、かかる事情の下で原告の養子である同人に対し被告が色々当夜の模様を説明したところ、同人があくまで父(原告)は絶対にしておらぬと言張るので、被告が「はつきりしている間違いない」と言つたとしてもこれ又事の成行上当然であろう。三須弘は被告の見違いではないか或は若し犯人が原告であれば何とか円満に解決できないものかと考えて被告方を訪ねたのであつて、これに対し被告がはつきり原告を見たと答えるのも当然である。近藤末吉、青山春一、安井某等は何れも被告方のいわゆる「お出入り」の者であつて、偶々農事の手伝に来ていて夕食の席上被告が同人等に対し「原告は気でも狂つて来たと思う」と言つたとしても現にその時は(七月三日頃)原告が勾留されているときであつてこれを以て原告の名誉が害されたとは言えない。今井田俊作に被告が原告主張のようなことを言つたとしても、それは同人が本件を隠かにすませるよう話をするために被告方に行つたときのことであろうと陳述した。<立証省略>

三、理  由

先ず被告の羽島地区警察署における供述を原因とする慰藉料請求の当否について判断する。原被告が原告主張のような交際関係にあつたこと、原告主張の日時、場所においてその主張のような強盗未遂事件が発生したこと、被告が羽島地区警察署警察官に参考人として供述したこと、原告が右事件の被疑者としてその主張の日に逮捕されその主張の日に釈放されたことは当事者間に争いなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、岐阜地方検察庁は昭和二十六年七月三十一日「被疑者(原告)は強盗の目的をもつて昭和二十六年六月二日頃の午前一時三十分頃岐阜県羽島郡正木村不破一色、不破成隆方屋内に侵入し、就床中の同人及び同居人長島淳子に対し拳銃様のものを突き付け、金を貸せ騒ぐと射つぞと申向けて脅迫したが、同人が大声を発し且つ別室の家人が騒ぎ出したため一物も得ずして逃走し、目的を遂げなかつたものである」との原告に対する被疑事実につき、原告の弁解を肯定する資料はあるが、これを覆すに足る証拠がないとの理由をもつて不起訴の裁定をしたことを認めることが出来る。

しかして成立に争いのない甲第四乃至第九号証、第十五号証に、証人長島淳子、同以勢政次郎(第一、二回)、同今井田俊作の各証言及び被告本人尋問の結果(第一、二回)の一部を綜合すると次の事実を認めることが出来る。即ち原被告は同村に育ちお互に人相、風態、音声等の特徴を良く知り合つた仲である。しかして昭和二十六年六月二日午前一時半頃被告方に押入つた前記強盗未遂事件の犯人は身体が大きくがつちりしていて、背が高く稍猫背でピストルを持つた手は人一倍大きく、「金を貸せ」という声は低い押しつけるような調子で額から前頭部にかけて禿げ上つた大きな頭を電気に光らしていた。被告はこの人相、風態を見、声を聞いた瞬間熟知の原告のそれに似ているのにぎよつとしたが、逃げ行く犯人の後姿も亦原告に似ており、このような人相、風態は余り類のないものであり、被告と同時に犯人を見た長島淳子も犯人の人相風態等は原告にそつくりだというので、この犯人は原告だろうと思つたが、原告は以前には村の助役、収入役、消防団副団長の職にあつたことがあり、至極真面目な性格であり、従来の素行に照らしてこのような破廉恥行為をするものとは思われず又右犯人は顔半分をマスクで隠していたので、その人相全部を見た訳でもないところから犯人は原告であるとの決断を下すに躊躇し半信半疑の気持であつたが、遂に原告に面会してこれを確めたい衝動にかられ、同月十二日娘信子をして原告を呼びにやらしたところ、帰つて来た信子から原告が嫌疑をかけられたことを非常に憤慨していると聞いたので間もなく訪ねて来た原告に対し、怒鳴り返えされるだろうと予想しながら「犯人はお前に違いない」旨言明したところ、案に相違して原告は「何を証拠にそのようなことを言うか」と低い元気のない声で顔もまともに上げずうつむいて答えるのみで、怒鳴り返えしもせず罪あるもののような態度を示し又原告は従来身綺麗にしていたに拘らずこの十日間位髭も剃らず不精髭を生やし心に屈托のあるような様子をしており、更に被告は原告の特徴のある人相、風態、音声が犯人のそれと極めて酷似することを再度確め、ここに被告は疑念を捨て原告が犯人だと推測し、これに確信を有するに至り、同月十四日被告は参考人として羽島地区警察署警察官に対しこの旨供述した。以上のことを認めることができる。

思うに刑事訴訟法上証人はその供述内容につき自己の実験した事実、これにより推測した事項を記憶に従い供述する義務があり、この義務のある所以は司法作用の適正を担保するにあると解せられる。同法第二百二十三条にいわゆる参考人は出頭義務、供述義務、宣誓義務なく、この点証人と趣を異にするが、参考人が任意に供述するときは、司法作用の適正を確保するため、自己の実験した事実とこれにより推測した事項を記憶に従い供述することを法律は期待しているものというべく(同法第二二六条第二二七条参照)、参考人の供述がこと更に記憶に反したものでない限り、該供述の結果がたとえ他人の名誉を侵害することがあつてもそれは前記法律の期待に添うものとして違法性を欠如し不法行為たることはないものと言わねばならぬ、蓋し右のような参考人の供述が他人の名誉を侵害するときは不法行為となり、その責任を負うべきものとすれば、何人も参考人としての供述を拒否するの結果を生じ捜査の機能は麻痺し、刑事司法の円滑適正なる運用は期し難いからである。本件について見るに、被告は犯人は原告なりと一応推測したものの原告の従来の素行と犯人の顔を半分しか見ていないことのためにこの推測に一抹の疑念を有していたが事件当夜犯人の人相、風態、音声から得た強烈な印象が原告のそれに極めて酷似せること及びかかる人相、風態は余り類のない特徴あるものであることを再度確め、原被告対談の時の原告の態度が案に相違して罪あるものの如き態度であつたこと、原告が日頃はない不精髭を生やしていたことを考え合わせ右疑念を捨て犯人は原告なりと推測し、これに確信を有するに至つたものであるから、このことは自己の実験せる事実に基き経験則に従い推測したものと言うべくこの旨被告が羽島地区警察署において供述したことは参考人として当然なすべきことをなしたに止まり、たとえこの供述の結果原告が逮捕勾留され原告の名誉が侵害されたとしても右は違法性を欠如し不法行為たり得ない。従つて右供述を原因とする慰藉料請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

次に被告の第三者に対する犯人は原告なる旨の言明を原因とする慰藉料請求の当否について判断する。

当事者間に成立に争いのない甲第十四号証、証人野口愛一、同岩田栄三郎、同三須弘、同近藤末吉、同今井田俊作の各証言原告本人尋問(第二回)、被告本人尋問(第一回)の各結果を綜合すると昭和二十六年六月十三日野口愛一は被告が原告に本件強盗未遂事件の犯人の嫌疑をかけているとの風評を聞き、原告が犯人なりや否を確めた上原被告間に円満な話合をつけようと考え、被告方を訪ね、同人に原告が犯人か何うか尋ねたところ、被告は右犯人の額の禿工合、背恰好等が原告のそれに酷似していることと、前記説明のような原被告の対談の模様から犯人は原告に間違いないと答え、同日頃奥田勇治(原告の養子)は被告が原告に右事件の犯人の嫌疑をかけているとのことを実父や山田勇等から聞いて立腹し、被告方を訪れ、被告に「私の父がお宅に泥棒に入つたと疑われているとのことですが何ういう風ですか」と詰寄つたので、被告は右事件の模様をこまごまと説明し、犯人の人相、風態、音声が原告のそれに全く良く似ていることと前記説明のような原被告間の対談の模様とから原告に犯人の嫌疑をかけている旨答え、同月十九日頃医師前田利行に右事件の犯人は原告であると告げ、同月二十六日頃三須弘は被告が原告に右事件の犯人の嫌疑をかけているとの噂を聞き、犯人が原告であるか否かを確めて円満な話合をつけようと考え、被告方を訪れ、「犯人が原告だというのは見間違いではないか」と尋ねたところ被告は「あの晩(右事件当夜)は犬が吠えていたし、仕事の都合で一睡もしなかつたから電気の明りではつきり原告を見た」と答え、近藤末吉、安田某、青山春一は農事の手伝で被告方へ出入している者であるが、同年七月三日頃田植の手伝に被告方へ行き夕食の接待を受けていたところ、同人等が何も尋ねないのに拘らず、被告は同人等に対し右事件の模様と犯人の人相、風態が原告のそれに似ている旨告げて原告が犯人なる旨暗示したので、同人等から「原告は気でも狂わなければそんなことをやるような人じやないが」と反駁を受けるや「自分も気でも狂つて来たと思う」と答え、被告は原告が勾留されていたとき岐阜地方検察庁の主任検事に原告の釈放方を懇願したことがあつたので、同年九月頃今井田俊作に対し勾留されている原告を検察当局に頼んで出して貰つた旨告げたことを認めることができ被告本人尋問(第二回)の結果により成立を認め得る乙第四号証の前記載内容中右認定に反する部分は措信しない。その他右認定を左右するに足る証拠はない。

右のように被告が今井田俊作に勾留中の原告を検察当局に頼んで出して貰つたと言つたことは認め得るが、これのみを以て直ちに被告が今井田に対し、犯人は原告である旨暗黙に告げたものと認定することは出来ないので、この点に関する原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

次に前記説明のような経過で犯人は原告なりと推測しこれにつき確信を有していた被告が野口愛一、三須弘に対し、犯人は原告であると明言するに至つたのは、右両名から原被告間に円満な話合をつける前提として犯人は原告なりやと問われたためであつて被告から好んで言つたものではないのみならず自宅で各別に言つたものである。このように特定の第三者から秘密裡に和解の目的を以て積極的に問われ、被告が事のなりゆき上その所信を表明したことは条理上これを責むべきものでないと解するを相当とする。蓋しかかる場合なお且黙秘すべきことは常通の事例において期待し得ない事柄だからである。故に被告の右言明が原告の名誉を害することがあつても違法性を欠如し、不法行為たることはないものと言わねばならぬ。従つてこの点に関する原告の請求も亦その理由がない。

奥田勇治に対し被告が原告に犯人の嫌疑をかけていると言明するに至つたのは前記認定のように立腹した奥田勇治から詰問されたからであり、その結果弁明のため所信を打明けることは、これ亦条理上責むべきものではないから、たとえその言が原告の名誉を侵害することがあつても、違法性を欠如し、不法行為たり得ない。従つて違法なることを前提とする原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

しかしながら前田利行と近藤末吉外二名に対し被告が犯人は原告なる旨明言したことは、原告の名誉を侵害し、その精神上に甚大な苦痛を与えたものと言わねばならぬ。蓋し何人も有罪判決が確定するまでは犯人に非ずとの名誉を有するからである。被告は被告が近藤末吉外二名に犯人は原告なる旨告げた当時は原告は勾留されていたからその名誉を侵害したことにはならぬと主張するが、勾留中の被疑者は犯罪の嫌疑をかけられているだけであつて、被疑者が犯人なりや否やは有罪判決の確定により始めて明白になるのであり勾留されたからといつて直ちに犯人であるとの社会的評価を受けていないのであるから、右被告の主張はまつたく理由がない。このように言葉の内容自体が原告の名誉を侵害するときは、特別の事情のない限り、被告は原告の名誉を侵害しよつて同人に精神上の苦痛を与えることを知り乍ら、少くとも不注意により知らずしてその挙に出たものと推定すべく、被告はこの点に関し不法行為の責任を負うべきである。従つて原告に対し慰藉料を支払う義務がある。

そこで慰藉料の額について考える。被告が医業を営んでいることは当事者間に争いなく、前記認定のように原告は現在農業に従事しているが、村の助役、収入役、消防団副団長等を歴任したことがあり、その性格は真面目で、証人今井田俊作の証言によると、原告に対する村民の評判も良好であつたことが認められ、これ等諸般の事情と前述の不法行為の態様とを綜合すると、原告の慰藉料は金二万円を相当と認める。

それで被告は原告に対し金二万円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十六年十月二十四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

そこで原告の本訴請求は右認定の限度において正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を夫々適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小渕連)

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