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岐阜地方裁判所 昭和34年(ワ)52号 判決 1965年4月12日

主文

原告等の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(一)  原告〓島吉三外八名の主たる請求

原告訴訟代理人は「被告は

原告〓島吉三に対し金一六万五、一八〇円

同中切幸太郎に対し金七九五万六、三一六円

同上谷時郎に対し金三〇〇万一、三〇〇円

同日太建設株式会社に対し金四九七五万五、〇〇〇円

同高井宏司に対し金四八万五、二〇〇円

同和田圭市こと和田兼一に対し金三二六万三、九〇〇円

同中保辰男に対し金四五万四、七一〇円

同長瀬慶次郎に対し金一一二万五、一一〇円

同子安祝一に対し金四一万三、三〇〇円

及び右各金員に対する昭和三四年二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

(二)  原告〓島吉三外八名の予備的請求

原告訴訟代理人は「主たる請求が認められないときは、被告は、

原告〓島吉三に対し金一六万五、一八〇円

同中切幸太郎に対し金五二四万八、六六〇円

同上谷時郎に対し金二六九万四、三〇〇円

同日太建設株式会社に対し金二九七万五、〇〇〇円

同高井宏司に対し金四二万五、二〇〇円

同和田圭市こと和田兼一に対し金三六九万三、九〇〇円

同中保辰男に対し金四五万四、七一〇円

同長瀬慶次郎に対し金一一二万五、一一〇円

同子安祝一に対し金三一万三、三〇〇円

及び右各金員に対する昭和三四年二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

(三)  原告東洋ゴム北陸販売株式会社の申立

原告訴訟代理人は「被告は原告東洋ゴム北陸販売株式会社に対し金二二三万八、五六八円及びこれに対する昭和三三年八月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

(四)  被告の申立

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

(一)  原告〓島吉三外八名の主たる請求原因

(1)  原告等は昭和三三年一月一七日午前五時当時肩書地において、別紙第一ないし第九目録記載の建物及び同目録附属明細書記載の動産を所有し、それぞれの営業を営んでいた。

(2)  ところが、前記時刻頃岐阜県大野郡白川村字牧旅館「河辺」方(別紙図面の朱線に囲まれた中のA点)から火災が発生し、その後間もなく被告白川村の消防団長訴外小坂林松(以下小坂という)は同消防団を指揮して消火活動を開始した。そして右小坂は火災が前記別紙図面B点に拡大した際、同F点所在建物を株式会社間組所有の重量六〇トンのM型ブルトーザー二台を以て破壊したのを最初として別紙図面の青線で囲まれた建物及びその建物内の家財道具商品等の動産を左記イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ(符号は別紙図面の付号と同じ)の順序で損壊した。

イ、建物(訴外田中泰助所有一階建トタン葺家屋建坪一二坪空家)

ロ、建物及び同建物内所在動産(原告和田圭市こと和田兼一所有別紙第一目録記載の家屋及び同目録付属明細書記載の家財道具及び商品)

ハ、建物及び同建物内所在動産(原告長瀬慶次郎所有別紙第二目録記載の家屋及び同目録付属明細書記載の家財道具及び商品)

ニ、建物及び同建物内所在動産(原告東洋ゴム株式会社所有店舗兼居宅及び同建物に居住していた原告中保辰男所有別紙第三目録記載の家財道具並びに同建物に居住していた原告〓島吉三所有別紙第四目録記載の家財道具

ホ、車庫(訴外日下部富夫所有車庫)

ヘ、建物(原告日太建設株式会社所有飯場)

ト、建物及び同建物内所在動産(原告日太建設株式会社所有別紙第五目録記載の家屋及び同目録付属明細書記載の営業用什器類)

チ、建物及び建物内所在動産(原告高井宏司所有別紙第六目録記載の家屋並びに同目録付属明細書記載の家財道具及び営業用商品)

リ、建物及び同建物内所在の動産(原告上谷時郎所有別紙第七目録記載の家屋並びに同目録付属明細書記載の家財道具及び営業用什器並びに商品)

ヌ、建物及び付属冷蔵庫並びに同建物所在の動産(原告中切幸太郎所有別紙第八目録記載の家屋及び同家屋付属冷蔵庫並びに同目録付属明細書記載の家財道具商品類)

並びに原告子安祝一所有別紙第九目録記載の商品及び家財道具

(3)  ところで破壊消防行為は火勢、風向き、気候その他周囲の状況につき合理的判断をなした結果、延焼防止及び人命救助のためやむを得ないと認められた場合にのみ行うべきものであるから、消防団長が破壊消防行為をするに際しては、右行為による被害を最小限度に止めるため、破壊家屋の場所、破壊の時刻及び順序につき十分に注意をし、合理的に為さなければならないものである。然るに右小坂は以下述べる如く破壊消防行為を為す必要性がないにも拘らず不注意にもその必要性があるものと誤信した過失に基き前記(一)の(2)記載の建物及び動産を破壊したもので、右破壊行為は消防法第二九条にいわゆる大破壊消防行為の範囲を逸脱した違法行為であり、原告等に対する不法行為といわなければならない。

(4)  すなわち、(1)本件火災当時の全国の気圧状況は大陸性高気圧が蒙古にあり、一、〇四六ミリバールを示し、東に張り出し、九七五ミリバールの優勢な低気圧が北海道の北東海上を北東進しており、このため西高東低の気圧傾向は本邦付近では急となり、顕著な冬型の気圧配置となつて、本那全般に北西の季節風が卓絶しており、本件火災当時の当地(高山地方)の気象は、気圧は一、〇九六ミリバール、気温は零下五、三度ないの零下五、五度、風向きは南々東、風速は二、八メートルないし三、〇メートル、気候は出火当日の午前零時頃から俄雪、続いて雪で積雪六〇センチメートルないし七〇センチメートルであつた。

(Ⅱ) 本件火災現場付近の地形等延焼の虞のない事情は次のとおりである。別紙図面上F点とD点とを結ぶ線上には高さ三メートルないし七メートルの杉及び落葉樹の林があつて(右線の国道寄りは杉、反対側は落葉樹である)延焼及び飛火を防げる事情にあり、又前記のとおり各家屋の屋根の上には六〇センチメートルないし七〇センチメートルの積雪があつて飛火しても発火の虞がなかつたこと、別紙図面上のB点付近には消防自動車が一台、E点付近にはガソリンポンプ二台が配置されていずれも消防活動に従事し、且つE点付近には農業用水路があつて消防用水の供給の便もあり、そのうえ右B点以北の青線で囲まれている部分は同図面の朱線で囲まれている部分と異なり建物が国道沿いに一列に並んでいて仮りに延焼しても消火活動が容易であるため更に北部(別紙図面F→Eの方向)へ延焼する虞が少ないこと、更に風向きは前記のとおり南々東の方向であり、火勢は火が別紙図面B点ないしB点の北隣りに移る頃からB点の西方(別紙図面F→Dの方向)ないしA点の西方(同A→Iの方向)に移つて行つた。(Ⅲ)右のような状況のもとにおいて、前記各建物は別紙図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌの順に破壊されたのであるが、ト建物とイ建物とは六〇メートルも離れており又ル建物は既に破壊されて小規模のものであり炎上しても火勢は小さく、しかも(4)の(Ⅱ)記載の事情により右イないヌ建物への延焼の危険は極めて少くその他前記各建物を破壊しなければならぬ緊急の必要性は全くなかつたものであり、仮りに右各建物につき大破壊消防行為をなすにしてもその順序は概ね道路に沿つて北方へ、ト、チ、リ、ヌ、ニ、ハ、ロ、イの順に行うことが当然の措置でなければならなかつたのである。以上のとおり、右破壊消防行為は消防法第二九条のいわゆる大破壊消防行為を為す必要性がないにも拘らず、右小坂が興奮狼狽の揚句不注意にも大破壊消防行為をなす必要性があるものと誤信した過失に基くもので、原告等に対する不法行為といわなければならない。

(5)  しかして右破壊により原告等は別紙目録付属明細書記載のとおりの損害を受けた。

(6)  右は被告白川村の公務員である右小坂がその職務を行うにつき前記のとおり重大な過失により原告等に対しその所有する物件を破壊して損害を加えたものであるから被告白川村はこれを賠償する責任がある。

(7)  よつて、原告等は被告に対して国家賠償法第一条によりそれぞれ主たる請求記載のとおり損害賠償を求める次第である。

(二)  原告〓島吉三外八名の予備的請求の原因

仮に右小坂の右破壊行為が火勢、気象状況その他周囲の状況から判断して人命救助及び延焼防止のため必要やむを得ないものであつたとしたならば、被告は原告等に対し消防法第二九条第三項第四項によつてその損失を補償しなければならない。即ち、原告等所有の別紙目録記載の建物及び動産は、それ自体火災が発生し又は発生しようとしていた消防対象物ではなく、更に前記の如く延焼する虞のある消防対象物でもなかつたのであるが、右小坂は、火が別紙図面表示の(オ)建物からル建物に移つたとき別紙図面FDEFを結ぶ青線で表示した部分の建物等を破壊してこれを延焼防止線とし、それ以北への延焼を防止しようとして、まず同部分中火災現場から約六〇米離れて直接延焼の虞のないイ建物の破壊に着手して、以後ロ、ハ、ニの各建物及び右各建物在中の物件を破壊し、更に右各建物破壊後においてもヘ、ト、チ、リ、ヌの各建物は依然として延焼しておらず、火勢は既に別紙図面表示のA点の西方に移つていたにも拘らず右ヘ、ト、チ、リ、ヌの各建物及び右建物在中の物件を破壊したものである。これは、消防法第二九条第三項のいわゆる大破壊消防行為に該当する。原告等は右大破壊消防行為により別紙目録付属明細書記載の損害中それぞれ営業上の損失等得べかりし利益に相当する損害を差引いた金額の損失を受けた。

よつて、原告等は被告に対し、消防法第二九条第三項後段、第四項に基く損失の補償として、それぞれ予備的請求記載のとおりの金員の損失の補償を求める次第である。

(三)  東洋ゴム北陸販売株式会社の請求の原因

(1)  原告東洋ゴム北陸販売株式会社は別紙第一〇目録記載の建物及び商品等を所有してゴム製品販売業を営んでいた。

(2)  ところが昭和三三年一月一七日午前五時頃、岐阜県大野郡白川村大字牧字川原地内の火災に際し、被告白川村の消防団長である訴外小坂林松は火災が発生し又はしようとした事実も、更に延焼の虞もないのに拘らず右建物及び動産を破壊した。

(3)  右破壊により、原告は同目録記載のとおりの損害を受けた。

(4)  よつて、原告は被告に対し、消防法第二九条第三項後段、第四項に基く損失の補償として申立記載のとおりの金員の損失補償を求める次第である。

(四)  被告の抗弁に対する原告上谷時郎、同和田兼一、同長瀬慶次郎の答弁

右原告三名が被告主張の通り損害保険金を受領した事実は認めるが、その受領金額については争う。

(五)  被告の原告〓島吉三外八名の主たる請求の原因及び予備的請求原因に対する答弁および主張

原告等主張の日時場所において火災が発生したこと、被告白川村の消防団長訴外小坂林松が消防団を指揮して、原告等主張の各建物に対して破壊消防活動を為し右各建物を破壊したことは認める。(但し日太建設所有の建物は後記のとおり延焼により焼失したものである。)原告等がそれぞれ原告等主張の建物及び動産を所有していたこと及びその価格についてはいずれも不知。その余の事実は全て否認する。

本件破壊消防行為は延焼の虞がある建物に対し、延焼を防止するためやむを得ずしたものであつて消防法第二九条第二項に基く正当な行為である。即ち(Ⅰ)本件建物等が延焼の虞があつた事情は次のとおりである。発火直後別紙図面表示の畑田方、同郡上屋方に延焼し、更に当時I方向(西或は西南西)に吹いていた風のために右畑田方よりI方向の家屋に順次延焼し、その部分の建物が焼失したため、右焼失地区の空間が風道となり、強い熱風が未だ延焼せず冷却していたG方向(東或は東北方向)に強く流れてG方向の道路添いに存在する家々に押し寄せ寸時の間に訴外高橋富三、同田村悟、同武田志な等の家屋を焼き尽し、遂に料亭「昇月」(別紙図面(オ))に延焼するに至った。その頃から風速は一段と増加し火勢は益々拡大して一時に大火災となつて県道添いの家屋を焼き尽す勢いであり、特に右「昇月」は附近では最も大きな建物であつたため、その全館が燃え拡がつたことにより、到底附近家屋の延焼は免れず、しかも右昇月と隣接するG方向には、木造バラック式家屋が密集して建ち並んでいたので、前記風向、火勢からしてこれらの建物が瞬く間に延焼する虞が充分あ商、更にそれ以北には被告村の主要中心地で劇場、銀行、商店、住家が接続して街を形成し、その街並の内にガソリンスタンドが二ヶ所あつて、右のような風向、風速、火勢、街の地勢のもとで、被告村消防団は消火活動に当つたが、降雪のため行動が困難を極め、又冬期で水利の便も悪い上に少数の消防手と消防器具ではその全部の火災を消火する事は到底困難であつた。そこで被告村消防団長小坂林松は、前記昇月が延焼するに至つた際これに隣接し延焼の虞のある建物を破壊することによつて延焼を防止するほかないと判断し、本件破壊消防行為をなしたものである。(Ⅱ)その破壊の順序はル、イ、ロ、ハ、ニ、ヌ、リ、チ、ト、ホへの各建物の順序である。最初ル建物を破壊したが直ちに隣家の前記「昇月」の火が移つて焼失したので破壊消防線の最北端を当時空家であつたイ建物と定め、他の各建物の住居者に立退時間を与え、順次延焼中の家屋の方向に向つて破壊していつたのである。尚ヘ、ホの建物は延焼し倒壊する状況にあつたので消防手及び附近の住民が危険を防ぐため破壊したのであり、トの建物も破壊しかける以前に延焼して焼失していた。以上のとおり本件破壊消防行為は延焼の虞がある建物に対し、延焼を防止するためやむを得ず為したものであつて消防法第二九条第二項に基く正当な行為である。それ故右小坂の行為が原告等に対する不法行為となるものでもなければ、同法第三項、第四項によつて被告村が原告等に対し損失の補償をなす義務もない。

仮に原告等がその主張のとおり損害を受けたとしても(Ⅰ)原告上谷時郎はその所有の商品につき富士火災保険会社(下呂支所)と火災保険契約を締結し、保険金一五五万七、六三〇円を受領し、(Ⅱ)原告和田圭市こと和田兼一はその所有の本件建物、商品につき富士火災保険株式会社と保険金額合計一五〇万円の保険契約を締結し、本件火災により保険金一四五万円を受領し、(Ⅲ)原告長瀬慶次郎はその所有の本件物件につき富士火災保険株式会社と保険金額五〇万円の保険契約を締結し、本件火災により保険金四八万円を受領しているから、いずれも右各金額を損害額より控除しなければならないと述べた。

(六)  被告の原告東洋ゴム北陸販売株式会社の請求原因に対する答弁及び主張

原告主張事実のうち原告が原告主張の建物を所有していたこと、原告主張のとおり火災があつたことは認め、被告白川村の消防団長である訴外小坂林松が右建物に対し破壊消防行為をなしたとの点は否認し、その余の事実は不知と述べ、右建物は延焼のため焼失したものであると述べた。

第三、証拠関係(省略)

よつて、原告等の本訴請求はすべて理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を各適用して主文のとおり判決する。

別紙

第一目録(和田圭市)こと和田兼一

一、大野郡白川村字牧七十七番地所在

木造二階建トタン葺店舗兼居宅一棟

建坪一九坪外二階十五坪

第一目録附属明細書

一、家屋 金六拾万六百円也

二、営業用什器備品 金十四万七千八百円也

三、家財道具 金三十五万三千九十円也

四、商品 金二百五十九万九千九百五十円也

合計 金三百七十万一千四百四十円也

第八目録(中切幸太郎)

一、大野郡白川村字牧二十八番地所在

木造二階建亜鉛鉄板交葺

店舗兼居宅一棟

建坪二十四坪外二階十九坪七合五勺

附属鉄筋コンクリート製一階建冷蔵庫

建坪二坪(モーター器具扉式共)

第八目録附属明細書

一、破壊建物の仕様及び見積書

金二百四十五万一千円也

店舗兼家屋

百四万四千七百五十円也

冷蔵庫

百四十万六千二百五十円也

仕様明細は別紙の通り

第一〇目録(東洋ゴム北陸販売株式会社)

一、建物

岐阜県大野郡白川村大字牧字中川原一二六番の一五建在

木造板葺二階建倉庫及び店舗並びに住宅一棟

建坪 階下 四〇坪

二階 一四坪 七八万九、九八〇円

二、商品 一〇〇万四、〇八八円

三、備品 一〇万四、五〇〇円

内訳

単車スシタ号 一台 八万円

机      二脚 八、〇〇〇円

ストーブ   一個 四、五〇〇円

椅子     五脚 五、〇〇〇円

屋上看板      七、〇〇〇円

四、営業利益(得べかりし利益) 三〇万円

内訳 一ヶ月売上高一五〇万円以上 利潤一五万円

営業閉鎖期間(破壊後新築開店までの期間)二ヶ月

五、賃料(得べかりし利益) 四万円

内訳 一ヶ月賃料  二万円

収益不能期間 二ヶ月

その他の添付資料は省略する。

別紙

<省略>

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