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岐阜地方裁判所 昭和42年(ワ)446号 判決 1970年5月08日

原告 株式会社宮川

被告 岐阜商工信用組合

主文

原告会社が被告組合に対して昭和三五年一〇月三一日付金銭消費貸借契約に基づく金七五〇万円の債務を負担していないことを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、被告組合は、昭和三五年一〇月三一日、原告会社に対して訴外宮川一雄、同宮川松枝、同村手敏雄、同水野覚久、同川瀬松太郎ら連帯保証の下に、金七五〇万円を、弁済期昭和三八年八月三〇日、利息日歩四銭、遅延損害金日歩八銭の割合にて貸付けたとして、昭和三六年三月七日名古屋法務局所属公証人森浦藤郎作成第六万六、九七八号金銭消費貸借契約公正証書が作成されている。

二、しかしながら、右金銭消費貸借契約は無効である。すなわち

(一) 被告組合は、原告会社に右金員を貸付けるに際し、訴外宮川松枝所有の土地および建物(価格約一、〇二六万円)および訴外村手敏雄所有の田、畑(価格約一、四〇〇万円)につき根抵当権を設定し、資産信用のある前記五名の連帯保証人(訴外村手敏雄の資産は宅地、建物、田、畑見積り計金二〇〇万円余、訴外水野覚久の資産は宅地、建物、田、畑見積り計約二五〇万円、訴外川瀬松太郎の資産は宅地、建物見積り計約一五〇万円で、右訴外人らは何れも見るべき負債とては存在しなかつた)をつけた上に、(1) 利息又は割引料として金二三万六、二五〇円(2) 調査その他手数料として金一、五〇〇円(3) 確定日付料として金三九〇円(4) 公正証書作成料として金三、一九〇円(5) 印紙代として金九八〇円(6) 設定費用として金六万円(7) 火災保険料として金一万一、八四〇円(8) 組合出資金として金五〇万円(9) 定期積金として金一四万円(10)定期預金として金二〇〇万円(11)むつみ定期預金という四〇〇万円の仮装預金をさせその証書を担保に同額を手形貸付することとしその貸付金の利息の名義で金一〇万円、以上合計金三〇五万四、一五〇円を天引控除し、原告会社にはその残額金四四四万五、八五〇円を渡したに過ぎない。

(二) 被告組合は、右(1) ないし(11)の控除のすべてを承諾しなければ原告会社に金員を貸付けない旨強要し、原告会社が多額の負債に苦しみ金策に腐心し、被告組合より金員を借入れる以外にその方途無く困窮の状況下にあるのに乗じ原告会社に承諾を余儀なくさせた。被告組合としては担保価値のある物件を担保に取り資産信用のある連帯保証人をつけているのであるから、原告会社に対しその申出の七五〇万円を貸与しても他日回収不能となり不測の損害を蒙る危険性は豪もなかつたものであるから右の(8) ないし(11)に至つては全くその必要性もないものといえる。

(三)  結局右消費貸借契約は経済的優者である被告組合が自己の取引上の地位を利用し、正常な商慣習を無視し、経済的弱者の地位にある原告会社に対し不当にして不利益な取引条件を強制して締結するに至らしめて暴利を得たものでありその内容は正義に悖り公序良俗に反するものであつて民法九〇条によつて無効のものであるばかりでなく、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下私的独占禁止法という)二条七項の不公正な取引方法であつて公正な競争を阻害するおそれがあり同項五号および公正取引委員会の一般指定(昭和二八年九月一日公正取引委員会告示第一一号)の一〇に牴触し、同法一九条により当然無効の法律行為と謂わざるをえない。

三、そこで、原告会社が被告組合に対し前記金銭消費貸借契約に基づく金七五〇万円の債務を負担していないことの確認を求める。

と述べ、被告の主張に対し

被告主張一、の事実中被告組合が中小企業等協同組合法によつて設立されたものであることは認めるが、その余の主張は争う。独占禁止法二四条但書によれば、不公正な取引方法を用いる場合はこの限りではないとされているから、本件の場合被告組合が同法の適用を受けることは当然である。

同二、の事実は認めるが、原告は無効を追認したことはない。

同三、の主張は争う。

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訟訴費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

請求原因一、の事実は認める。

同二、の(一)の事実は認める。(二)の事実は否認する。原告主張の控除は本件金銭消費貸借契約の際双方合意の上なされたものであつて被告組合において強要した事実はない。(三)の主張は争う。

ところで、被告組合に加入し組合員たらんとする者は先ずもつて被告組合に出資した上で被告組合の組合員たる資格を獲得しなければならないし、組合の運営に必要な経費等も分担しなければならないことは当然であるから出資金については何ら不当な金員を支払わせたものではない。定期積金、定期預金については、原告会社の債務弁済を確保するため話合いの結果原告が任意になすに至つたものであつて、爾後原告会社の被告組合に対する債権として存続するものであるから、別段これがため原告会社に不利益を齋齎すものでは決してない。

と述べ、更に

一、被告組合は、中小企業等協同組合法に基づいて中小規模の事業者、勤労者等を対象としこれらの者が相互扶助の精神に基づき協同して事業を行い、これらの者がその経済的活動に必要とする資金を互に融通することを目的として設立された組合であつて、被告組合は同組合法七条、私的独占禁止法二四条、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外等に関する法律(昭和二二年法律第一三八号)(以下独占禁止法の適用を除外する法律という)によつて私的独占禁止法の適用を受けない。従つて私的独占禁止法の適用のあることを前提とする原告の主張は理由がない。

仮に然らずとするも私的独占禁止法第一九条は単なる禁止規定であつて同条に違反する行為があつた場合は公正取引委員会がその行為の差止を命じ得るに止ることは同法二〇条の規定に照らして明らかであるから本件金銭消費貸借契約が同法一九条によつて当然無効である旨の原告の主張は何らの根拠のないものというべきである。

二、原告会社は、本件契約について債務を履行しなかつたので、被告組合は前記公正証書の執行力ある正本に基づき昭和三六年七月二八日岐阜地方裁判所に原告会社の連帯保証人であつてその代表取締役である訴外宮川松枝に対し強制競売の申立をなし(同裁判所昭和三六年(ヌ)第五五号不動産競売事件)、同裁判所は同日別紙目録記載の土地および建物に対し強制競売開始決定をなし、同年一一月一五日被告組合を競落人とする競落許可決定をし同決定は昭和三七年六月一三日確定し、右土地および建物は被告組合の所有となり、右競売によつて得た競落代金は当時本件契約による債務の一部として被告組合に支払われたが、原告会社は何ら異議の申立もしなかつた。

三、原告会社において本件契約が無効であると主張するのであれば、被告組合が右強制競売の申立をなした当時において異議によつて主張すべきであるのに、当時何らの主張もせず本訴において主張するのは時機を逸し不当なものであつて許さるべきでない。

と主張した。

(証拠)<省略>

理由

請求原因一、の事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証の二、三、第二号証の一、二、第二三号証の一ないし八、第二四号証の一、二、第二五号証の三、四、第二六号証の二、三、第二七号証の一ないし三、証人宮川一雄の証言(第三回)によつて成立を認めうる甲第二四号証の二、三、第二五号証の一、二、五、第二六号証の一に証人宮川一雄の証言(第一ないし第三回)を綜合すれば、原告主張の請求原因二、の(一)の事実ならびに(1) ないし(11)の控除を承諾しなければ、原告会社に一銭も融資をしないとの被告組合の態度であつたため原告会社は負債に苦しみ金策に苦慮していた矢先であつたためこれらの控除を承諾した事実が認められる。

右事実によると被告組合は相当の担保物件を供させ五人の連帯保証人のうち三名は相当な資産のある者であるのに、定期積金一四万円、定期預金二〇〇万円仮装のむつみ定期預金四〇〇万円をさせて不当に一〇万円の利息をとつており、被告組合のかかる行為は取引上の優越した地位(被告組合が原告会社に対し経済的優者の地位にあることは明らかである)を利用し、正常な商慣習に照して原告会社に不利益な条件で取引するものであつて、昭和二八年公正取引委員会告示第一一号の一〇に該当し私的独占禁止法一九条に違反するものといわざるをえない。

被告組合は私的独占禁止法の適用を受けない旨主張するけれども、私的独占禁止法二四条但書によれば不公正な取引方法を用いる場合はこの限りではないとされているから本件の場合被告組合が同法の適用を受けるべきことは当然である。

ところで私的独占禁止法一九条に違反した行為のあつた場合公正取引委員会が法定の排除手続を執ることができることはもちろんであるが、かかる行為を私法上評価すれば正しく当然無効をもつて断ずべきであると思料する。

そうとすれば、本件金銭消費貸借契約は前記被告の当然無効の行為と不可分一体のものとみうる故、当然無効のものというべく、従つて、原告会社は右契約に基づく金七五〇万円の債務を被告に負担していないものというべきである。

被告主張二、の事実は当事者間に争いがないが、原告会社が本訴において右契約の当然無効を主張するのが許されなくなる法理は存しないものと考える。

以上の次第で、原告の本訴請求を正当として認容することとし、民訴法八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山武夫)

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