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岐阜地方裁判所 昭和44年(ワ)489号 判決 1971年10月22日

原告 野村恒夫

右訴訟代理人弁護士 堀郁郎

被告 後藤重弘

<ほか一名>

右訴訟代理人弁護士 棚橋隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は請求の趣旨として被告らは、連帯して原告に対し金五〇〇万円と、これに対する昭和四二年一二月二五日以降完済に至るまで年一割五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め(た。)≪省略≫

被告らは、主文と同旨の判決を求め(た。)≪以下事実省略≫

理由

原告と被告重弘との間においては、青山商店が東邦産業に対し売掛代金債権金六一八万七、六一五円を有し、右債権につき被告重弘が根保証をしたことは争いがない。

≪証拠省略≫によると、昭和四二年一〇月ごろ、右売掛代金債権は根保証債権とともに原告に譲渡されたことが認められ、さらに、右債権譲渡に対し同月二一日被告重弘は、異議を留めない承諾をしたことが認められる。

被告津多子は、甲第一号証については印影のみ認め、文書の真正な成立を否認しており、≪証拠省略≫によると、準消費貸借契約をする際に、被告津多子がその場に居合せたことは認められない。又、甲第一号証の津多子の名前は、被告重弘が勝手に書き入れ捺印したものであって、代理権に基づく代理行為であるとの事実は認められない。結局甲第一号証は被告重弘については真正に成立したものと認めることができるが、被告津多子との関係では、真正のものとは認め難い。従って右契約は被告津多子との関係では被告重弘のなした無権代理行為というべきである。そうすると同被告は何らの責任を負うものではない。≪証拠省略≫によると、原告と被告重弘との間に準消費貸借契約がなされたことが認められる。

≪証拠省略≫によると、被告重弘は原告に対し、昭和四四年九月一七日付内容証明郵便を以って債務の支払猶予を求めており時効の利益を放棄したものと認められる。≪証拠判断省略≫

次に、被告重弘は、訴外青山商店から売掛代金債務の免除を受けたとか、右債務は、自然債務となったとか主張するが、それらの事実があったと認められる証拠はない。

被告重弘の信託法違反の主張につき判断するに、≪証拠省略≫によると、

一、原告は昭和四一年ごろ既に金融業を営む一方、債権の取立、手形の売買等をしており、昭和四二年ごろの岐阜の繊維業界の不況の折には、二、三名の者と共に、「破産をかける。」等の威し文句を用いて債権の取立をしていたこと、

二、原告は当時、債権取立等に関係する弁護士法違反、横領等の刑事事件で懲役の実刑を受け、本訴提起の約二ヵ月前の昭和四四年一〇月一四日に出所したこと、

三、原告は、昭和四二年の秋ごろ、暴力団員風の男二名と共に、被告ら方に赴き、更に岐阜市内の華陽ホテルや名古屋のマンション等において被告重弘に対し、種々の脅迫的言辞を述べて債権譲渡の承認や準消費貸借の締結を強制したこと

が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

また、≪証拠省略≫によると

四、本件売掛代金債権の譲渡は、原告が岐阜市の繊維業界の不況の時に債権の取立に奔走し、前記刑事事件を起した頃になされたこと、

五、しかも本件売掛代金債権も、倒産している東邦産業に対する不良債権であること、

六、右債権の譲渡人である青山商店自身、右債権の支払のために振出された手形を紙屑同然と考えていたこと、

七、その際の代金も金三〇〇万円と主張されているが、代金の受領証、譲渡証等の作成や帳薄への記載すらなく、しかも金三〇〇万円は不良債権金六一八万余円の代金としては経済常識に反することを考えると、金銭の授受があったとしても極めて少額であったことが推認され(る。)≪証拠判断省略≫

以上の如く、一ないし七の各事実を総合すると、債権の売買というのは、形式に過ぎず、実質は、暴力的に債権取立をする原告をして、回収の不能もしくは著しく困難な債権を取立させるため青山商店は訴訟行為を為さしめることを主たる目的として、債権を信託的に移転したことが推認される。

債権の取立のために訴訟信託がなされる場合に限って、信託法第一一条の法意を考えるに、訴訟行為が最初から唯一絶対のものとして予定されている必要はなく、暴力団員風の者に債権の取立を依頼する様な場合、違法或は社会的相当性を欠いた手段が予想されるが右の手段は法律上是認されえないのであるからそこには、訴訟行為が唯一と言えなくても主たる手段としての意味が存在することになる。即ち訴訟行為をする前にたとえ、債権の取立行為があったとしても、それが違法ないし社会的妥当性を欠くものである以上債権の譲渡を訴訟信託として無効にすることの妨げとなるものではない。

本件譲渡は、右に該る場合と考えられ、その後準消費貸借契約がなされたとしても、旧債務が不存在であるから、これを前提とする右準消費貸借も無効である。

被告重弘は債権譲渡に対し、異議を留めない承諾をしているが、その承諾は強行法規違反であり、無効な行為を有効としたり、或は原告のもとに原始的に新たな債権を発生させたりする効力まで有するものとは解せられない。以上の次第であるから結局原告は被告らに対し何らの請求権を有しないので、その余の判断をまつまでもなく、原告の本訴請求は失当であり、棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川正夫)

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