岐阜地方裁判所 昭和51年(行ウ)4号 判決 1980年11月05日
原告 川島環境サービス興業株式会社
右代表者代表取締役 川島豪
右訴訟代理人弁護士 小出良熙
被告 岐阜市長蒔田浩
右訴訟代理人弁護士 土川修三
主文
一 被告が原告に対して昭和五〇年一一月二五日付でなしたし尿浄化槽清掃業の不許可処分を取消す。
二 原告が被告に対して昭和五〇年一二月一二日なした廃棄物処理法第九条に基づくし尿浄化槽清掃業許可申請につき被告がなんらの決定をしないのは違法であることを確認する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、し尿浄化槽の清掃及び維持管理等を目的とする株式会社であり、大垣市、羽島市、川島町、関ヶ原町、輪ノ内町及び安八町において、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下単に「法」という。)九条二項(昭和五一年法律六八号による改正前のもの。以下同じ。)の許可を受けた者である。
2 原告は被告に対し、昭和五〇年九月一日、法九条一項により岐阜市においてし尿浄化槽清掃業を行なうにつき許可申請(以下「本件申請一」という。)をなした。
3 被告は、本件申請一に対し、昭和五〇年一一月二五日付で左記の理由により不許可処分(岐阜市指令清清二第五号。以下「本件不許可処分」という。)をなした。
(一) 原告会社代表者が岐阜県環境整備事業協同組合(以下単に「組合」という。)の理事長であり、本件申請一は組合の定款、業務規定に違反している。
(二) 組合からも岐阜市に抗議があった。
4 しかし、右理由(一)は組合内部の問題であり、被告が関与すべき事柄ではない。結局本件不許可処分は右理由(二)の被告が組合の政治的圧力に屈した結果である。
5 原告は、本件不許可処分に対し、昭和五〇年一二月二〇日異議申立をなしたが、被告は、同五一年三月一九日これを棄却する決定をなした。
6 法九条二項は、許可の基準については覊束裁量としていると解されるから、被告は、原告が厚生省令で定める技術基準に適合していれば必らず許可をしなければならない。しかるところ、原告は、法九条二項の委任する廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(昭和四六年厚生省令第三五号、以下「厚生省令」という。)六条(昭和五三年八月一〇日厚生省令第五一号による改正前のもの)の定める技術上の基準に適合する設備、器材及び能力(以下「法九条所定の能力」という。)を有している。
7 したがって、被告は原告の申請に対し、当然法九条の定める許可をなすべきであったから、被告の本件不許可処分は法九条の許容する裁量の範囲をこえた違法な処分であり、取消されるべきである。
8 岐阜市においては、生活環境上支障が生じないうちにし尿を処分する義務が全うされておらず、し尿処理行政に欠陥があるが、その原因として、岐阜市におけるし尿浄化槽清掃業が一社に独占されているため、(一)価格面で高くなる、(二)市民サービスが低下する、(三)業者と官公庁がゆ着し監督の実が上りにくい、(四)一社だけでは岐阜市全体の処理が不可能であることがあげられる。したがって、仮に法九条の処分が被告の自由裁量処分であるとしても、被告の本件不許可処分は、右一社独占状態による弊害を持続、拡大、助長させるものであって、裁量権の範囲をこえているか又は裁量権の濫用にあたる。
9 原告は、本件申請一が3(一)の理由で不許可となったので、原告会社代表者が組合の理事を辞任し、その後の昭和五〇年一二月一二日、再度法九条一項による許可申請(以下「本件申請二」という。)をなしたが、被告はこれに対して相当期間の経過した今日に至るまで何らの処分をしない。
よって、原告は被告の本件不許可処分の取消及び右不作為が違法であることの確認を求める。
二 請求原因事実に対する認否
1 請求原因1及び2は認める。
2 同3のうち不許可処分をなしたことは認めるが、その理由は否認する。
3 同4は争う。
4 同5は認める。
5 同6ないし8は争う。
6 同9は認める。
三 被告の主張
1 原告は昭和五〇年一二月二日本件申請一を取下げた。したがって、結論がいずれであっても本件取消請求についての終局判決はその本来の効力を生ずる余地がないこととなるから、本件不許可処分取消の訴えは訴えの利益がない。
(本件不許可処分の適法性)
2 廃棄物の処理及び清掃は、地方自治法二条三項七号により地方自治体の責務とされており、地方自治体は右責務を自ら完全遂行できない事情がある場合、業者に代行させることが認められている。そして、法は浄化槽清掃の代行者たる業者について市町村長の許可制と規定し、九条に清掃業者の適格性について行政処分者の自由裁量に対する一定の制約をおいているものの、その余の点は市町村の処理計画、能力その他環境上の関係から自由裁量としている。
3 岐阜市の浄化槽設備の現状では、二業者に浄化槽の清掃を代行させることは、左記のとおり環境整備行政上問題があり、悪影響を及ぼす。
(一) 浄化槽汚でいの処理施設としては岐阜市が設置する二施設しかなく、同施設には汚でいとともにし尿も投入されているので、その投入順序、時間的制約、バキュームカーの市内運搬時間と投入時間との均衡及び秩序厳守が必要となるが、二業者に許可した場合、各業者が相互の連絡なしに行動すると混乱が生ずることは明白である。
(二) 海洋投棄による処理については、愛知県が従来岐阜県に開放していた桟橋の使用中止を求めてきたので、この方法による処理は今後は望めない。
4 原告は、左記の理由により法九条の要求する能力を有するとは認められない。
(一) 原告会社の適格従業員として、人格を異にする他会社の従業員まで申請書に記載されている。これは原告の設備、器具の技術的操作及び企業能力に専念する状態、原告申請にいう一日の作業能力三〇〇立方メートルという能力に疑念を抱かせる。
(二) 原告は、本件申請一と同日付で瑞浪市長に対しても同一内容の許可申請をしている。両市の原告に対する指示が重なる場合、原告が岐阜市においてどの程度の作業能力を有するか不明といわざるをえない。
(三) 原告は、「処分の別」について海洋投棄外(ほか)としているが、業者個人には桟橋使用権が認められていないから右は不可能な処分方法である。このことは、原告に法九条二項による厚生省令六条四号にいう専門知識及び技術経験が欠除していることを示すものである。
(不作為の適法性)
5 法九条の許可につき覊束裁量行為であるとの説が宣伝され、また原告の本件申請一を契機に、昭和五一年三月に至って一一清掃業者が岐阜市長に対し法九条の許可申請をなした。被告は、右業者全部の資格調査に従事しつつ、法九条の許可の法性を再研究し、この点につき厚生省の解釈を待ち続けていた。現在においては本件申請二に対する被告の調査は終了しているが、本件訴訟が提起されたことにより、本件申請一に対する本件不許可処分が判決により取消されるか否かが確定しなければ、本件申請二に対して被告が法律上正しく処理すること、すなわち却下、棄却又は許可の別に従った決定をすることは不可能となったため、許否の決定を留保しているのである。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 被告の主張1に対し
(一) 仮に被告主張の取下が有効であるとしても、被告は本件訴訟の初めから右取下行為の存在を承知していたのであるから、右主張は故意(少くとも重大な過失)により時機に遅れて提出された防禦方法にあたり、これが為訴訟の完結が遅延せしめられるから、この主張は民訴法一三九条一項により却下されるべきである。
(二) 被告が主張する申請の取下行為は当時の原告会社代表者川島二郎が不知の間になされたものであり、無効である。
(三) 許可申請に対する不許可処分がなされた後に右申請行為が取下げられても、当該行政処分の効果に消長をきたさないから、取下の効果は生じない。
(四) 被告は、本件不許可処分に対する不服申立を審査する手続の中では前記取下を無効と扱ってきながら、本訴において右取下を有効と主張するのは、信義誠実の原則、禁反言の法理に照らし許されない。
2 同4に対し
(一) 原告の岐南町、瑞浪市に対する許可申請は結局不許可となり、原告は同市町では作業をしないこととなったから、岐阜市の指示と重なることはない。
(二) 法九条の要求する「能力」とは質の問題であって、量の問題ではない。仕事が増加すればそれに応じて車両、人員を増加させれば足りる。
(三) 原告は本件不許可処分のなされた時点においては組合に加入していたから桟橋を使用できたし、厚生省令六条は汚でい処理能力まで要求しているものではない。
第三証拠《省略》
理由
第一本件不許可処分の取消請求について
一 請求原因1、2の事実、同3のうち被告が本件不許可処分をなしたこと及び同5の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二1 被告は、本件許可申請一は昭和五〇年一二月二日に取下げられているから、本件不許可処分取消の訴えには訴えの利益がないと主張する(被告の主張1)。
これに対し、原告は、右主張は時機に遅れた防禦方法にあたるとしてその却下を申立てるが、時機に遅れて提出するについて被告本人又はその訴訟代理人に故意又は重大な過失があったとまでは認められないから、原告の右申立は容れることができない。
2 そこで被告の右主張の当否を判断するが、許可処分の申請に対応する不許可処分がなされた後は、右申請の取下(撤回)は許されないと解すべきものである。
しかるところ、被告の主張によれば、本件申請一の取下時期は本件不許可処分のなされた昭和五〇年一一月二五日よりのちの同年一二月二日であるというのであるから、右申請の取下はその効力を生ずるに由なく、当該処分に対する取消訴訟の提起があっても右結論が左右されることはない。
したがって、その余の点につき判断を加えるまでもなく、被告の主張1は本件訴の利益を否定する事由たりえないことが明らかである。
三 行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り、裁判所においてその処分を取り消すことができるのであるから右裁量の踰越濫用の点を判断するにつき、まず、法九条によって市町村長に与えられた裁量の性質について検討する。
法は、一般廃棄物の収集、運搬、処分はいわゆる団体委任事務(地方自治法二条九項)であるが、市町村においてそのすべてを処理することは不可能なので、これを他の者に委託して行い、又は一般廃棄物処理業者に代行させることとしてその営業の許可をし、所要の監督を加えることとしているのである。これに対し、し尿浄化槽清掃業については、その業務の主な内容は、本来汚物をそれ自身で処理してしまう浄化槽の清掃等の維持、管理にあり、清掃等の結果、汚物が収集されるとしても付随的なものにとどまるのであり、法も一般廃棄物処理業と別建てとし、許可の基準も監督の態様も同業に比して著しく緩和しているといえるのである。
右のような規定の仕方からみると、法は、し尿浄化槽清掃業については、必ずしも自治体の事務の代行という性質が強くないものと考え、ただ、浄化槽の適正な維持、管理が区域内の衛生の保持に重大な影響を及ぼすことに鑑み、その行政目的から、一般的に右業務を許可制にしたものと解するのが相当である。
そのようにみてくると、し尿浄化槽清掃業の許可につき法九条によって市町村に与えられた裁量はいわゆる覊束裁量であって、自由裁量ではなく、申請者が法九条二項各号に適合している場合には、市町村長は必ず許可を与えなければならないものと解すべきである。
四 すすんで、本件不許可処分につき、裁量の踰越濫用の有無を検討する。
《証拠省略》によれば、被告は、訴外中衛工業株式会社一社にし尿浄化槽清掃業を許可しているが当面の処理に全く支障はなく、複数の業者に許可を与えると、被告としては浄化槽の清掃に際し収集される汚でいを被告が設置する処理場において処理をするについての調整その他環境衛生上の指導、監督が困難となること、清掃料の改訂に対する行政指導がゆきとどかなくなるおそれがあること、下水道の整備等に伴い生じうる許可業者に対する補償問題をできるだけ回避したいことなどから、被告としては、し尿浄化槽清掃業の許可は現行の一業者にとどめておくのが得策であるとの配慮に基づき、原告が法定の技術基準に適合するか否かを調査することなしに、本件不許可処分に及んだ次第であることが明らかである。
前記甲第二号証すなわち、本件不許可の原告宛通知書には、不許可の理由として、「原告会社代表者は、組合の理事長の職にある以上組合の定款、諸規定を遵守されるべきこと、本件申請一は右定款等に違背しているのみか業界の秩序を乱すがごときは理事長たる者のとるべき行為ではないなど組合から市に抗議もあり、市としては取扱に慎重を期していたこと、ついては本件のごとき権利付与の許可は行政面からの判断により不許可とする。」旨の記載がなされているところ、この点について、証人近藤慎及び同鬼頭成行は、組合の定款違背及び組合からの抗議自体は本件不許可の理由ではなく、「行政面からの判断」が不許可の理由であって、原告は法九条の要求する能力を有しないとの行政上の判断のあいまいな表現であると供述するが、にわかに措信できない。
2 被告が本件不許可処分をなすにあたり原告が法九条所定の能力を有するか否かの調査をしていないことは右に判断したとおりであるが、被告は、その主張4において原告の能力について触れているので、被告の主張する不許可の理由についても一応の検討を試みる。
被告の主張4の(一)及び(二)は原告の申請にいう原告の一日当り作業能力三〇〇立方メートルには疑念を抱かざるをえず原告の処理能力の程度が不明であるから法九条の要求する能力を有しないとするほかないというものと解されるが、被告が原告の処理能力の程度についての調査をしていないこと前記のとおりであり、被告において許可業者に要求される量的処理能力を措定していたわけではないうえ、そもそも法九条の許可は、し尿浄化槽清掃について同条所定の能力を具備するか否かのみにかかるもので、許可を与えた場合に現実にその業者が処理することのできる量を確定しなければ許可を与えることができないものではない。
また、被告の主張4の(三)は、原告には海洋投棄処分をするに必要な桟橋使用権が認められていないことを前提とするが、《証拠省略》によれば、本件不許可処分のなされた昭和五〇年一一月二五日当時は組合が桟橋使用権を有し、原告は右組合加入の組合員の立場で右権利を享受しえたことが認められるのである。
そうしてみると、被告の主張する事由はいずれも不許可処分の根拠、理由たりえないものであるといわざるをえない。
3 被告の主張3の事由は、法九条が被告に与えた裁量がいわゆる自由裁量であることを前提とする主張であって覊束裁量としての被告の裁量権の行使をしてその範囲を逸脱せしめないものたらしめる事由にあたらない。
4 被告の本件裁量判断の方法ないし過程、裁量権行使にいたる動機ないし考慮事項が以上認定のとおりであってみれば、前記第三項に認定の、法九条によって被告に与えられた裁量の性質、範囲に照らすとき、本件裁量権の行使は裁量権を認めた法の目的に反することが明らかである。したがって、本件不許可処分は、裁量の範囲を逸脱し裁量権の行使を誤った違法な処分として取消を免れず、この認定結果を覆すに足りる証拠資料はない。
第二本件不作為の違法確認請求について
一 請求原因9の本件申請二のなされたこと及びこれに対する被告の処分がなんらなされていないことは当事者間に争いがなく、右処分をするについての相当の期間が経過したことは被告において明らかに争わないところである。
二 被告は、昭和五〇年一二月一二日になされた本件申請二に対し何らの応答をしていない理由として、現在ではすでに必要な調査も終了し、本件申請二の内容についての審査も完了しているが、本件訴訟において、本件申請一に対する本件不許可処分の取消をも求められているから、この点についての判決が確定しなければ、本件申請に対して被告が法律上正しく却下、棄却もしくは許可の別に従った決定をすることが不可能であるとの理由を主張する。
しかし本件訴訟において本件申請一に対する本件不許可処分取消についての判決が確定するまでは二重申請という状態は存在しないのであり、本件申請二に対する被告の処分がなされた後、本件申請一に関する右判決が確定してもこれがため被告の処分の法律上の適否に影響を及ぼすものではない。
したがって、被告の右主張は失当であり、当該不作為を正当ならしめるものではない。
三 そうすると、本件申請二に対しいまだ被告がなんらの処分をなさないことは違法であると断ぜざるをえない。
第三まとめ
よって、原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官小島寿美江、同長谷川誠はいずれも転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官 秋元隆男)