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岐阜地方裁判所 昭和52年(ワ)288号 判決 1984年3月26日

原告 山田太一

右訴訟代理人弁護士 平山雅也

被告 岐阜県

右代表者岐阜県知事 上松陽助

右訴訟代理人弁護士 土川修三

右同 南谷幸久

右同 南谷信子

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇万円を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、中日新聞紙上に別紙「謝罪広告(一)」記載の謝罪広告を、岐阜日日新聞紙上に同「謝罪広告(一)」及び同「謝罪広告(二)」記載の各謝罪広告を、いずれもその表題・掲載人名及び名宛人名については二号活字により、本文については五号活字によって、二回にわたり掲載せよ。

2  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告には、警察法に基づいて岐阜県警察が置かれ、さらにその組織として岐阜県警察本部(同法四七条)並びに岐阜北警察署(以下、「北署」という。)を初めとする同法五三条所定の警察署が設置されているところ、昭和五一年一〇月当時、奥田利夫は、北署署長として、同署管轄区域内における警察の事務を処理し、その所属の警察職員を指揮・監督していた者、竹中利男は、北署刑事課長として、同署管轄区域内における刑事事件の処理についてその所属の警察職員を指揮・監督していた者、土屋研二は、北署捜査第二係長、和田清は、北署捜査主任、小椋祥平は、北署暴力犯主任、山下文敬は、北署捜査係として、それぞれ北署に勤務していた警察官であり、また、中西徹武は、岐阜県警察本部刑事部捜査第二係長として右警察本部に勤務していた警察官であって、いずれも、原告を被疑者とする私文書偽造・同行使・公正証書原本不実記載被疑事件(原告がその所有にかかる普通乗用自動車プリムス((自動車登録番号岐三三・に・三三四四))の自動車登録申請手続に際し、右申請書使用者欄に無断で市川庄太郎の氏名を記入したうえ所轄陸運局に対しその旨登録申請をなし、これを該登録原簿に記載させた旨の被疑事件)及び恐喝被疑事件(甲野春子の亡父甲野太郎の遺産相続につき、原告が同女から右遺産の管理に当たる同女の実弟甲野一郎との交渉方を依頼されたことから、右交渉に藉口して、右一郎を脅迫して、同人から右春子に対し、恵那市長島町所在の山林三筆などの所有権を遺産分割名下に移転させて、これを喝取した旨の被疑事件)の捜査を担当する者であった(以下、説明の便宜のため、土屋、和田、小椋、山下の四名のことを「土屋ら」ともいう。)。

2  土屋らは、奥田及び竹中の指揮・監督のもとに、岐阜地方裁判所所属裁判官が発付した左記捜索差押許可状(以下、「本件令状」という。)に基づき、昭和五一年一〇月二八日、岐阜市正木九五二番地にある原告の居宅等において、原告の妻山田道子(以下、「道子」という。)の立会いを得て、捜索・押収を実施した。

(一) 被疑者氏名

山田太一

(二) 被疑事件

私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、恐喝

(三) 捜索すべき場所、身体又は物

(1) 岐阜市《番地省略》原告方居宅及び付属建物

(2) 原告所有の岐三三・に・三三四四車両

(四) 差し押えるべき物

(1) 岐三三・に・三三四四の車検証

(2) 右自動車の登録に関する書類、メモ、印鑑

(3) 甲野春子の遺産相続及び所有権移転登記に関する一切の書類、メモ、印鑑

3  捜索・押収の経緯

(一) 土屋らは、本件令状に基づき、前記原告の居宅内を捜索し、その結果発見したスクラップブック(新聞の切抜き記事が貼付されたもの)一冊を差し押えた。

(二) ついで、土屋らは、右原告の居宅北側空地に駐車中の普通乗用車ニッサンスカイライン(自動車登録番号岐五五・な・五九六一道子を使用者として自動車登録されたもの。以下、「スカイライン」という。)内を捜索し、同車トランクルーム内から左記(1)及び(2)の各物件を発見して、そのうちの左記(1)の物件を差し押え、また、左記(2)の物件を「書類(ダンボール箱入)一箱分」として一括押収した。

(1) 別紙内訳明細〔一〕記載の物件が納入された「甲野関係書類」と表示された茶封筒一袋

(2) 別紙内訳明細〔二〕記載の書類等(ダンボール箱入)

(以下、右の捜索・押収の経緯を総称して、「本件捜索・押収」ともいう。)

4  本件捜索・押収の違法性

土屋らは、前記各被疑事件の捜査に携わる司法警察職員として、所要の捜索・押収を実施するに当って、すべからく裁判官の発付した捜索差押許可状に記載されている「捜索すべき場所、身体又は物」並びに「差し押えるべき物」の限定を厳正に遵守すべき職務上の注意義務を負担していたものであり、また、奥田及び竹中両名は、土屋らによる捜索・押収が適正に行われるように指揮・監督すべき職務上の注意義務を負担していたものである。それにもかかわらず、右の土屋ら並びに奥田及び竹中がいずれも故意又は過失によりこれを怠ったために本件捜索・押収は、結局、刑訴法等による適正手続の保障に違背する違法なものとなった。以下、本件捜索・押収の違法性について敷衍して述べる。

(一) まず、前記スクラップブック一冊が本件令状記載にかかる「差し押えるべき物」のいずれにも該当しないことは明らかであって、ひっきょう土屋らは、差押許可状に基づかないで、違法にこれを差し押えたものというべきである。

(二) そして、前記スカイラインの車内が本件令状記載にかかる「捜索すべき場所」のいずれにも該当しないこともまた明らかであって、ひっきょう、土屋らは、捜索許可状に基づかないで、違法に右スカイラインの車内を捜索したものというべきである。

(三) そうとすれば、土屋らが右スカイラインの車内を捜索して発見した「甲野関係書類」と表示された前記茶封筒一袋を差し押えたこともまた、右違法な捜索と手段・結果の関係にある以上、これが違法たるの評価を免れえないのは勿論であるうえ、右茶封筒内に納入された物件中、前記内訳明細〔一〕の三、八ないし一一、一四、一五、一七ないし一九、二六、二八記載の各物件が本件令状記載の「差し押えるべき物」のいずれにも該当しないことは明らかであって、この観点からしても、土屋らが右茶封筒を一括して差し押えたことは違法であるといわざるを得ない。

(四) また、前記「書類(ダンボール箱入)一箱分」の押収については、なるほど、道子が捜査官に対して、これを任意に提出したかのごとき外観を呈する山田道子作成名義の任意提出書が存在するけれども、本件捜索・押収に立ち会った道子において、土屋らに対し、右「書類(ダンボール箱入)一箱分」を任意に提出したという事実もなければ、また右「書類(ダンボール箱入)一箱分」を任意に提出する旨の任意提出書に署名・捺印したという事実もないのである。そうとすれば、これが適法に領置されたものであるとはとうてい認められず、ひっきょう、その押収は、実質上の差押えとしての評価を免れることができず、土屋らにおいて右「書類(ダンボール箱入)一箱分」を差押許可状に基づかないで違法に押収したものであることはきわめて明らかというのほかはない。

仮に、道子において、土屋らに対し、右「書類(ダンボール箱入)一箱分」を提出したという事実が存在するとしても、右の提出が領置手続の前提となるべき任意提出に該当するものであるとはとうてい認められないものであることは、以下の状況に徴して明らかである。すなわち、強制捜索・押収の際に行われる領置手続に当っては、いやしくもこれが令状主義の潜説手段となることがないよう、捜査官は、提出者に対し、任意提出の意味と効果を十分に認識させたうえで、これが任意提出を受けるべきであるにもかかわらず、本件において、土屋らは、道子に対して、任意提出の意味、効果等について何らの説明もしなかったばかりでなく、ダンボール箱内に存在していた多種多様な書類の内容を識別させないままに、これを一括して押収したものであるから、このような状況にかんがみると、道子が、「書類(ダンボール箱入)一箱分」を捜査官に対して任意に提出したものと評価し得ないことはあまりにも明らかである。

5  新聞記者の捜索場所への同行並びに捜査官の取材活動への関与

土屋らは、前記各被疑事件の捜査に携わる司法警察員として、所要の捜索・押収を現実に執行する機会においても、被疑者のプライバシー及び名誉をできる限り保護するように諸般の配慮をすべきであって、その際、該捜査に関係のない第三者を被疑者の居宅に同行したり、あるいは、このような第三者をして被疑者の居宅内で写真撮影をさせたりなどすることを厳に慎むべき職務上の注意義務を負担していたものであり、また、奥田及び竹中の両名は、右のような捜索・押収の機会において、土屋らが前記のような職務上の注意義務を遵守するよう、土屋らを指揮・監督すべき職務上の注意義務を負担していたものである。それにもかかわらず、右土屋ら並びに奥田及び竹中が、いずれも故意又は過失により、これを怠ったために、土屋らにおいて、本件捜索・押収の機会に株式会社岐阜日日新聞(以下、「岐阜日日新聞社」という。)の記者を原告の居宅に同行して、同所に立ち入らせたうえ、前記山下において、原告の居宅床の間に飾られていた原告所有にかかる日本刀(昭和四六年六月一一日付けをもって岐阜県教育委員会において登録ずみのもの。登録番号岐阜県第三六八三〇号。)を抜刀し、この様子を右記者をして撮影せしめた。

6  権利侵害

(一) 名誉毀損

(1) 本件捜索・押収が行われた前記一〇月二八日の新聞紙には、本件に関連して以下のような記事が掲載された。

(イ) 中日新聞の同日付夕刊第一一面には「暴力団抗争許さぬ」、「全国一斉取締り」、「改造短銃など押収」、「岐阜県で20人逮捕」という見出しのもとに、「岐阜県警では二十八日午前七時から県下十署の警察官百五十人を動員し、(中略)岐阜市山吹町、広域暴力団稲川会系中島会下津組事務所など二十六ヶ所を家宅捜索、改造短銃二丁、脇差し一振りなど十点を押収した。(中略)岐阜北署は岐阜市《番地省略》、同会中島会相談役山田太一(四一)を私文書偽造、同行使、詐欺未遂などの疑いで逮捕。」という文面の記事が掲載された。

(ロ) 岐阜日日新聞の同日付夕刊第七面には、「県下でも暴力団狩り」、「幹部ら20人を逮捕」、「26ヵ所で家宅捜索、改造短銃など押収」という見出しのもとに、「県警の暴力団犯罪取締本部は、全国一斉の暴力団狩りに合わせ、県下十署で二八日朝、警察官約百五十人を動員、暴力団の一斉手入れを行い、(中略)暴力団稲川会系中島会金沢組事務所など二十六ヵ所を家宅捜索し、改造ピストル二丁、脇差し一本などを押収した。」という文面のリード記事及び「山田太一の自宅を捜索する岐阜北警察署員ら=岐阜市《番地省略》で」との写真説明とともに、山下が前記日本刀を抜刀している様子を撮影した写真が掲載された。

(2) 右(イ)及び(ロ)の各記事は、これを読んだ一般読者に対して、原告が暴力団の一味であるかのごとき印象を与えるものであり、特に右(1)の(ロ)の岐阜日日新聞の記事にいたっては、一般読者に対して、原告が無登録の日本刀を兇器として自宅内に隠しもっていたところこれが昭和五一年一〇月二八日の警察の捜索により発見され押収されたかのごとき印象を与えるもので、右のような記事が中日新聞と岐阜日日新聞にそれぞれ掲載されたために原告はその名誉を著しく毀損された。

(3) 右のような中日新聞と岐阜日日新聞の各新聞報道によって、原告はその名誉を著しく毀損されたのであるが、そのことは、とりもなおさず、土屋らの前記のごとき違法な捜索・押収に由来するものであり、さらに、また、土屋らが、その際、岐阜日日新聞社記者を原告の居宅に同行し、山下において原告所有にかかる前記日本刀を抜刀している様子を同記者をして撮影させた結果にほかならない。この点につき若干敷衍すれば、土屋らが、本件捜索・押収の執行に当って岐阜日日新聞社の記者を原告の居宅に同行し、しかも、その際、山下において原告所有にかかる右日本刀を抜刀している様子を同記者をして撮影させれば、岐阜日日新聞紙上に右(1)の(ロ)のような記事が掲載されるに至るであろうことは、通常、きわめて高度の蓋然性をもって予見しうるところであるから、右(1)の(ロ)記載の記事が岐阜日日新聞紙上に掲載されてこれが報道されたことによる原告に対する名誉毀損の結果と、土屋らの前記5記載の違法行為との間には、相当因果関係があり、しかも右のような結果招来について土屋らに故意又は過失があったことは明らかである。

(二) プライバシー侵害

土屋らが、前記のように違法な捜索・押収をし、しかもその機会に岐阜日日新聞の記者をして原告の居宅内に立ち入らせ、写真撮影等をさせた結果、原告はそのプライバシーの権利を著しく侵害された。とりわけ、土屋らが違法に押収した「甲野関係書類」と表示された前記茶封筒及び前記ダンボール箱には、いずれも原告の個人資産や取引に関する重要書類が納入されていたため、土屋らの右違法な捜索押収により原告が被ったプライバシー侵害による被害がきわめて甚大であることはあまりにも明らかである。

7  損害賠償

(一) 被告は、被告の公権力行使に当る公務員である土屋らによる違法な捜索・押収(違法な職務執行)の故に毀損された原告の名誉を回復するために、原告に対し、中日新聞及び岐阜日日新聞各紙上に別紙「謝罪広告(一)記載の謝罪広告」を、いずれも表題、掲載人名及び名宛人名については二号活字により、本文については五号活字によって二回にわたり掲載するとともに、右のような名誉毀損及びプライバシーの侵害によって原告の被った精神的苦痛を慰藉するために、金五〇〇万円の慰藉料を支払うべき義務がある。

(二) 被告は、右土屋らが本件捜索・押収の機会に、違法にも岐阜日日新聞社の記者を原告の居宅に同行し、同記者をして写真撮影等をなさしめたことの故に毀損された原告の名誉を回復するために、岐阜日日新聞紙上に別紙「謝罪広告(二)記載の謝罪広告」を、表題、掲載人名及び名宛人名については二号活字により、本文については五号活字によって二回にわたり掲載するとともに、右のような名誉毀損及びプライバシーの侵害によって原告の被った精神的苦痛を慰藉するために、金五〇〇万円の慰藉料を支払うべき義務がある。

8  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条、四条に基づき、請求の趣旨記載の謝罪広告の掲載及び合計金一〇〇〇万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

1  請求原因1の事実をすべて認める。

2  同2の事実を認める。

3  同3の(一)の事実を認める。

同3の(二)の冒頭の事実中、スカイラインが原告の居宅北側空地に駐車中であったとの点を否認し、その余の点を認める。ちなみに、スカイラインは、原告の居宅に接続して築造されたコンクリート造り車庫内に格納されていたものである。

同3の(二)の(1)の物件に関する事実関係を否認し、(2)の物件に関する事実関係を認める。

ちなみに、「甲野関係書類」と表示された前記茶封筒一袋は、同3の(二)の(2)記載のダンボール箱内に入っていたものであって、捜査官においては、これを「書類(ダンボール箱入)一箱分」として一括して道子から任意提出を受けて、領置したものである。

4  同4の冒頭の主張のうち、土屋ら並びに奥田及び竹中に原告主張のような注意義務があることは認めるが、その余の主張を争う。

同4の(一)の事実関係を否認し、その法的主張を争う。

ちなみに、前記スクラップブックは、原告が、本件令状記載の被疑事実である恐喝の犯行にあたり、その手段として相手方を脅迫する際に利用した物件であるから、このことを勘案しながら本件令状の記載を検討すれば、右スクラップブックが本件令状記載にかかる「差し押えるべき物」のうちの「甲野春子の遺産相続および所有権移転登記に関する一切の書類・メモ」の範疇に属するものであるというべきであって、これに対する差押えが適法であることはきわめて明らかである。

同4の(二)の事実関係を否認し、その法的主張を争う。

なお、前記コンクリート造り車庫が、その構造上、本件令状記載の「捜索すべき場所」のうちの「原告方居宅及び付属建物」に該当することはあまりにも明らかであって、右車庫内に格納されたスカイラインの車内は、本件令状に基づき適法に捜索しうべき場所である。

仮にしからずとするも、本件捜索・押収に従事していた中西においては、これに立ち会っていた道子から、スカイラインの車内を捜索することについて事前の承諾を得たのである。このような道子の承諾を得たうえで、土屋らは、スカイライン車内の捜索をしたのであるから、この捜索が管理者である道子の承諾に基づいて適法に実施されたものであることは明らかである。

同4の(三)の事実を否認し、その法的主張を争う。

同4の(四)の事実を否認し、その法的主張を争う。

ちなみに、土屋らは、別紙内訳明細〔二〕記載の書類等を道子から任意に提出されて、これらを適法に領置したものである。

5  同5の事実中、原告がその主張のように登録ずみの日本刀を所有し、しかも、これを原告の居宅の床の間に飾っていたこと、これを山下が抜刀したこと、その様子が岐阜日日新聞社の記者によって撮影されたこと、以上の諸点のみを認め、その余の事実関係にかかる諸点を否認し、その法的主張を争う。

ちなみに、山下においては、もっぱら右日本刀が登録ずみのものであるか否かを調査するためにこれを抜刀したところ、たまたま、その様子を土屋らの知らない間に原告の居宅内に立ち入って取材中であった岐阜日日新聞社の記者によって撮影されたにすぎない。このような状況下において、捜査機関である土屋らが、右記者の原告の居宅内への立入りを禁止し、ここからの退去を求め、あるいはその取材活動に制限を加えることは、憲法二一条に基づく報道のための取材の自由を侵害することにもなりかねない。したがって、捜索・押収に携わる司法警察職員が、その実施に当り、捜索場所である被疑者の居宅内への第三者の立入りや同所における第三者の写真撮影等をその第三者に対して一律に禁止すべき注意義務を負担するものであるとは、とうてい解し得ないところであって、土屋らが右記者の行動を禁止ないし制限しなかったことをもって、ただちにこれを違法視できないことは明らかである。

6  同6の(一)の(1)(イ)及び(ロ)の各事実はいずれも知らない。

同6の(一)の(2)の事実をすべて否認する。

仮に同6の(一)の(1)(イ)及び(ロ)記載の記事が、なんらかの理由で原告の名誉を毀損するものであっても、右の各記事は、そのいずれもが、暴力団犯罪の捜査という公共の利益に関する事項について、しかも、暴力団犯罪を追放しようという公益目的をもって、真実を報道しようとしたものであって、右各記事の報道による名誉毀損についてはその違法性が阻却される。

同6の(一)の(3)の主張を争う。およそ、捜査機関が報道機関による取材・報道活動に対して、指示・統制などの権限を全く有しないものであることは、近代自由主義社会における基本的かつ自明の原則であるから、捜査機関の行為と報道機関による報道によって生じた結果との間に法律的因果関係を認め得ないことは明らかである。

同6の(二)の事実関係を否認し、法的主張を争う。

そもそも、捜索・押収は、多かれ少なかれ、捜索・押収を受ける者に対するプライバシーの侵害を必然的に伴うものである。そして、本件のように、全体としてみれば、捜索・押収が捜索・差押許可状に基づいて適法に行われ、かつ、これに伴って不可避的に原告のプライバシーが侵害されたという場合にあっては、仮にその捜索・押収の手続に軽微な瑕疵(仮に、本件捜索・押収になんらかの違法があったとしても、これが単なる手続上の軽微な瑕疵というを妨げないことは明らかである。)があったとしても、そのような軽微な手続上の瑕疵の故に被疑者である原告のプライバシーが特段に侵害されたものと考える余地はないものというべきである。

7  同7の(一)及び(二)の主張をすべて争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2記載の事実は、いずれも当事者間に争いのないところである。

二  そして、請求原因3の(一)の事実は当事者間に争いがなく、また、同(二)の事実のうちの冒頭部分(但し、ニッサンスカイライン、自動車登録番号岐五五・な・五九六一が、本件捜索・押収の当時、原告の居宅北側の空地に駐車中であったとの点を除く。)と(2)の部分は、いずれも当事者間に争いがなく、さらに同3の(二)の(1)の部分は、《証拠省略》によってこれを認めるのに十分であり、この認定に反する取下げ前の被告土屋研二の供述部分は、右《証拠省略》に照らしただちに措信しがたく、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない(なお、別紙内訳明細〔二〕記載の書類等(ダンボール箱入)の押収をもって、差押えと評価すべきか、任意提出に基づく領置と評価すべきかの点については、後記において認定・説示する。)。

三  本件捜索・押収の適否について

そこで、本件捜索・押収当時における右スカイラインの駐車位置の点について検討を加えるのにさきだち(ちなみに、右スカイラインの駐車位置如何の問題は、後記の認定・説示により明らかなように本件捜索・押収の適否に関する当裁判所の判断に影響を及ぼすものではない。)、以下に、まず、本件捜索・押収の適否について判断する。

1  スクラップブック一冊の差押えについて

まず、土屋らが、本件令状に基づき、原告の居宅内を捜索した結果、スクラップブック(新聞の切抜き記事が貼付されたもの)一冊を発見して、これを差し押えた(この事実が当事者間に争いのないことは前判示のとおりである。)点の適否について検討してみるのに、本件令状の「差し押えるべき物」の欄には、(1)岐三三・に・三三四四の車検証、(2)右自動車の登録に関する書類、メモ、印鑑、(3)甲野春子の遺産相続及び所有権移転登記に関する一切の書類、メモ、印鑑と記載されていた(この事実が当事者間に争いのないこともまた前判示のとおりである。)ところ、右スクラップブックが右「差し押えるべき物」欄の(1)及び(2)記載の物件に該当しないことは、右記載自体と当該物件とを対比すれば一見して明らかであるというほかはない。そこで、右スクラップブックが同(3)記載の物件に該当するか否かについて検討すると、《証拠省略》によれば、本件令状に被疑事実として記載された恐喝事件においてその被害者とされている甲野一郎は、本件捜索・押収にさきだち、捜査機関に対し、「原告が、右恐喝の犯行に際し、同人(甲野一郎)に右スクラップブックに貼付された新聞記事を示しながら、自己(原告)が暴力団員であることを誇示した。」旨供述していたことが認められる。しかしながら、当該物件が、はたして捜索差押許可状記載の「差し押えるべき物」に該当するか否かは、もっぱら、その令状の記載自体と当該物件とを対比して、当該物件が、その名称、形状、内容等の諸点においてこれに該当するか否かを社会通念に従って判断すべきであって、右のように全く令状には記載されていない事情に依拠して令状の記載内容を拡張してこれを執行するというがごときことはとうてい許されないものといわねばならない。そして、《証拠省略》によれば、右のスクラップブックには、新聞の政治・経済・社会的諸事象に関する種々雑多な記事の切抜きが貼付してあったもので、それ自体は「甲野春子の遺産相続及び所有権移転登記」に関係する内容を含むものではないことが認められ、右認定を左右するに足りるような証拠はない。そうとすると、右スクラップブックが右(3)記載の物件に該当するものであるとはとうてい認め難いものというのほかはない。

されば、土屋らは、ひっきょう、差押許可状に基づかないで、右スクラップブック一冊を差し押えたものであるとの評価を免れることができず、右差押えが違法であることは明らかである。

2  スカイラインの車内の捜索について

つぎに、土屋らが、本件捜索・押収に際して、スカイライン(自動車登録番号岐五五・な・五九六一)の車内を捜索した(この事実が当事者間に争いのないことは前判示のとおりである。)点の適否について検討してみるのに、本件令状の「捜索すべき場所、身体又は物」の欄には、(1)岐阜市《番地省略》原告方居宅及び付属建物、(2)原告所有の岐三三・に・三三四四車両と記載されていた(この事実が当事者間に争いのないことも前判示のとおりである。)ところ、右スカイラインが右令状の「捜索すべき場所、身体又は物」欄に記載されている(1)及び(2)のうちのいずれにも該当しないものであることは明らかである。被告は、右スカイラインは、原告の居宅に接続して築造されたコンクリート造り車庫内に格納されていたのであるから、その車内は右(1)のうちの一部に該当する旨主張するけれども、右スカイラインの車内は、原告の居宅及びその付属建物とは別個の場所的独立性を有し、しかも、その管理権は道子に帰属していた(この事実は《証拠省略》によって認められる。)のであるから、右スカイラインが原告の居宅に接続して築造されたコンクリート造り車庫内に格納されていたか否かの点を問うまでもなく、右のスカイラインの車内が右(1)のうちの一部に該当するものとして、その車内を適法に捜索しうべき筋合は毫もないものというべきである。

ところで、さらに、被告は、右スカイラインの車内を捜索するに当っては、これにさきだち、本件捜索・押収に立ち会っていた道子の承諾を得た旨主張する。しかしながら、令状に依拠することなく、当該承諾権者の承諾に基づいて適法に捜索がなされたと認め得るためには、これを受ける相手方において、当該捜索の行われる意味や自己がこれをいつでも拒絶できる立場にあることを十分に理解したうえで、該捜索についての承諾を与えることを要するものと解するのが相当である。これを本件についてみるのに、なるほど、取下げ前の被告土屋研二及び中西徹信の各供述中には、「右土屋は、原告の居宅における捜索・押収を開始するのにさきだち、道子に対して、本件令状を手交した。そして、道子をして、令状の記載事項、なかんずく『捜索すべき場所、身体及び物』欄の記載事項を十分に検討・確認させた。しかも、右スカイラインの車内を捜索するに当っては、中西において、道子に対し、スカイラインの車内を捜索したい旨申し出たところ、これを承諾した道子は、スカイラインの鍵を手交してくれた。」旨の供述部分があるけれども、右各供述部分は、《証拠省略》に照らして、にわかに措信しがたく、他に、道子が、右スカイラインの車内を捜索されることの意味や自己(道子)がこれをいつでも拒絶できる立場にあることを十分に理解したうえで、該捜索についての承諾を与えたことを肯認するに足りるような証拠はない。したがって、土屋らが道子の承諾を得たうえで右スカイラインの車内を捜索した旨の被告の前記主張は、とうてい失当として排斥を免れない。

以上のとおりであるから、土屋らによって行われたスカイラインの車内に対する捜索行為は結局違法なものであったというのほかはない。

3  「甲野関係書類」と表示された茶封筒一袋の差押えの適否について

そこで、すすんで、土屋らにおいて、右スカイラインの車内を捜索した際、別紙内訳明細〔一〕記載の各物件が納入されている「甲野関係書類」と表示された茶封筒一袋を発見して、これを差し押えた点の適否について検討してみるのに、右捜索と差押えは同一の機会に行われた密接不可分の捜査行為であるから、前者の違法は直ちに後者の違法を招来するものといわざるを得ない。そうとすれば、その余の点についての判断を加えるまでもなく、「甲野関係書類」と表示された右茶封筒一袋を差し押えた土屋らの行為もまた、違法な差押えとしての評価を免れ得ないものであることは明らかである。

4  「書類(ダンボール箱入)一箱分」の一括押収の適否について

最後に、土屋らが、右スカイラインの車内を捜索し、同車トランクルーム内から発見された別紙内訳明細〔二〕記載の書類等(ダンボール箱入)を「書類(ダンボール箱入)一箱分」として一括して押収した(この事実が当事者間に争いのないことは前判示のとおりである。)ことの適否について検討する。

右書類(ダンボール箱入)が、本件令状記載の「差し押えるべき物」のいずれにも該当しないことは、右記載自体と当該物件とを対比すれば、一見して明白なところである。したがって、右書類(ダンボール箱入)を押収した捜査官の行為が適法であるためには、本件捜索・押収に立ち会った道子において、これを捜査官に対して任意に提出したことを要するものというべきである。そこでこの点について検討してみると、《証拠省略》によりその署名及びその名下の押印部分並びに提出物件欄内の記載が真正に成立したものと認められる甲第四号証の四(任意提出書)の提出物件欄の欄外には、「模造けん銃三丁」と「書類(ダンボール箱入)一箱」という記載があり、右提出物件欄の末尾の枠線上には、右欄外に前記のような追加記入が行われたことを示す趣旨の押印(この押印が、真正に成立したものと認められる前記道子名下の印影と同一の印章によって顕出されたものであることは、その双方を対比することによって明らかである。)がなされている。しかしながら、他方、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

(一)  道子は、自己が署名・押印した右甲第四号証の四の任意提出書の提出物件欄の欄外に、右のような記載がされていることを確認していないこと、

(二)  本件捜索・押収に関与した山下文敬及び後藤昌久の両司法警察員が、本件捜索・押収実施後の同年一一月二日に至って、再び原告の居宅を訪れ、道子をして、右任意提出書の道子名下に現れている印影を顕出した印章を(原告本人及び道子においてそれぞれ印鑑登録のしてあるいわゆる実印とともに)特段の合理的理由を示すこともなく(なお、この点について、右後藤証人は、原告に対する前判示の私文書偽造被疑事件の捜査に関し、該犯行にあたって原告の使用した印鑑の提出を求める必要があった旨供述するけれども、右供述部分は、右被疑事実との対比においてただちに措信しがたい。)、任意提出させ、しかも、これを同日中に道子に対して返還していること、

以上の事実が認められる。しかして、上記(一)及び(二)の事実に徴すると、甲第四号証の四(任意提出書)のうちの提出物件欄の欄外の記載部分は、後日、捜査機関によって書き加えられたのではないかという疑いを払拭することができず、前判示のように、同号証中の道子の署名・押印が真正に成立しているからといって、右欄外部分の記載もまた、これが真正に成立したものであるとは、にわかに推認することができない。もっとも、前掲土屋本人の供述中には、「同人は、右書類等(ダンボール箱入)が発見された際に、この名称等を右提出物件欄の欄外に記載し、これについても道子の確認を得た。そして、同女から、右任意提出書の道子名下の印影を顕出したものと同一の印章を借り受けて、同女の眼前で、前記の押印を施した。」旨の供述部分があるが、右供述部分は、《証拠省略》と対比して、にわかに措信しがたく、他に、甲第四号証の四の右欄外の記載部分が真正に成立したものと認めるに足りるような証拠はない。してみると、甲第四号証の四をもって、道子が前記書類等(ダンボール箱入)を捜査官に対して任意に提出したことを認めるに足りる決定的な証拠とすることはできず、他に該事実を肯認するに足りるような的確な証拠はない。

そうとすれば、右書類等(ダンボール箱入)が、任意提出の結果、適法に領置されたものであるとはとうてい認められず、これに対する押収は、実質上の差押えであるとの評価を免れることができない。したがって、これを差押許可状に基づかないで実質的に差し押えた土屋らの行為は、違法行為としての評価を免れない。

されば、土屋らは、捜索・押収に携わる司法警察職員として、これを実施するに当っては、裁判官の発付した捜索差押許可状記載の「捜索すべき場所、身体又は物」並びに「差し押えるべき物」の限定を厳正に遵守しなければならない職務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠った過失により、以上1ないし4に認定したような違法な捜索・押収を行ったものというべきである。

四  新聞記者の原告の居宅における取材活動にかかわる違法行為の有無について

さらに、すすんで、請求原因5の事実について判断するのに、同事実中、(1)本件捜索・押収の当時、原告が、昭和四六年六月一一日付けで岐阜県教育委員会に登録(登録番号岐阜県第三六八三〇号)した日本刀を所有し、これを原告の居宅居間の床の間に飾っていたこと、(2)この日本刀を本件捜索・押収に従事していた山下が抜刀したこと、(3)その様子を岐阜日日新聞社の記者が撮影したこと、以上の事実は当事者間に争いのないところである。そして、《証拠省略》中には、「右記者は土屋らとともに原告の居宅に立ち入った。山下は、右日本刀を抜刀して振り回わすなどしながら、右記者をしてその様子を撮影させようとして、記者に目くばせをした。」旨の供述部分があるが、右供述部分は、《証拠省略》に照らして、にわかに措信しがたい。しかしながら、《証拠省略》を総合すれば、右岐阜日日新聞社の記者は、しばしば北署に出入りして、土屋らとも顔見知りの関係にあった者で、本件当時、土屋らにおいては、(一)同記者が本件捜索・押収の状況等を原告方において取材中であったこと、(二)したがって、山下が原告所有の右日本刀を前認定のように抜刀すれば、その様子が右記者によって写真撮影されるであろうことを認識し又は認識しうべかりし状況にあったことを認めるのに十分であって、この認定を左右するに足りるような証拠はない。

以上の事実関係並びに前説示にかかる本件令状の記載事項を総合しながら、以下に山下が、原告所有の右日本刀を抜刀した点の違法性について検討してみることとする。およそ、捜索・押収の実施を担当する捜査機関が、その執行に際して、不必要に被疑者の名誉及びプライバシーを侵害することのないように配慮すべき職務上の注意義務を負担することは自明の理である。ところで、本件において、新聞記者が捜索場所である原告の居宅に立ち入って、捜索状況について取材活動を行うことを土屋らの責任において一律に禁止しなければならないという注意義務が土屋らにあったとまではにわかに解し得ない(もとより、新聞記者などの第三者が当然に捜索場所への立入り権限を有するものでないことは明らかであるが、これは、新聞記者などの第三者と捜索場所の管理権者との間の問題である。)ところではあるが、本件においては、原告所有の右日本刀が本件令状に基づく捜索・押収の目的物とは直接の関連のないものであることが明らかであるのに加えて、右(1)に判示したようなその所持の態様に徴しても、原告がこれを不法に所持していることが一見して明らかであるというような客観的状況はなかったものというべく、その他、本件の全証拠によっても、当時、これが犯罪にかかる物件であることを窺わせるような特段の事情があったという形跡は認められないから、このような状況に徴すると、山下が前記記者によって取材ないし写真撮影されるであろうことを予見し又は予見しうべかりしであったにもかかわらず、このことに対する特段の配慮を怠ったまま、右日本刀を抜刀した点において、山下は、被疑者の名誉及びプライバシーがいたずらに侵害されないように配慮すべき前記職務上の注意義務に違背したという非難を免れることができず、その限りにおいて、前判示のような状況下で、右日本刀を抜刀した山下の行為は違法な職務執行行為として、これを評価すべきものである。

五  違法行為と権利侵害ないしは損害発生との因果関係

以上に説示したように、被告の公務員である土屋らが被告の捜査機関としての公権力を行使するに当り、前記三及び四のような違法行為を故意又は過失によってしたことは明らかであるから、もし、土屋らが右のような違法行為によって原告の権利を侵害して原告に対して原告主張のような損害を与えていることが証明されるならば、被告が、原告に対して、その必要な限度において、これが損害賠償等の責任を免れないものであることは、国家賠償法一条、四条によって明らかというべきであるから、以下に、はたして右各違法行為によって、原告がその主張のような権利を侵害され、原告がその主張のような損害を被ったか否かの点について検討をすすめることとする。

1  名誉毀損について

(一)  まず、右各違法行為による名誉毀損の成否について検討してみるのに、請求原因6の(一)の(1)の(イ)記載の新聞記事が昭和五一年一〇月二八日付中日新聞夕刊第一一面に、また請求原因6の(一)の(1)の(ロ)記載の新聞記事が同日付岐阜日日新聞夕刊第七面に、それぞれ掲載されたことは、いずれも《証拠省略》によって、これを認めるのに十分である。

(二)  ところで、原告は、右の両記事が右両紙上に掲載されたのは、土屋らが前記三に認定したような違法な捜索・押収をした結果にほかならない旨主張するので、まずこの点について検討してみるのに、土屋らによる本件捜索・押収に違法な点のあったことは、なるほど、前記三に説示したとおりではあるけれども、土屋らが、裁判官の発付した捜索差押許可状に基づいてその捜索・差押えを実施する機会に前説示のごとき内容の違法行為をした、という本件においては、土屋らによる捜索・押収の際の前記三のような違法行為と右両記事の掲載内容との間になんらの因果関係も存在しないことは、土屋らによる捜索・押収の際の前記三のような違法行為の内容と右両記事の内容とを対比すれば、自ら明らかというべきである。

(三)  そこで、すすんで、山下の前記四認定のような違法行為によって原告の名誉が毀損されたか否かの点について検討してみるのに、およそ、新聞報道による名誉毀損の成否を判断するに当っては、当該報道記事が一般読者に与える印象を一般読者の注意力や読解力との関連において考究することを要するものというべきところ、《証拠省略》によれば、前記岐阜日日新聞の記事のうちのいわゆる本文記事は、たしかに、原告が銃砲刀剣類を不法に所持していたという事実を報道しているのではなく、原告が、前判示の私文書偽造・同行使等により逮捕された旨の客観的事実を報道しているにすぎないものではあるが、該本文記事を、右記事のうちでも一般読者に対して特に強い印象を与える前説示の「見出し」「リード記事」「写真及び写真説明」と一体として総合的に評価するならば、前記の記事が、一般読者に対し、「原告は兇器として日本刀を不法に所持していること、この兇器が原告の居宅の捜索によって発見され、押収された。」という印象を与えるものであることは否定することのできないところであって、該新聞報道により、適法に前記日本刀を所持していた原告が、その名誉を合理的な理由もないのに毀損されたことは明らかである。しかして、本件においては、前説示のように、本件捜索・押収の現場である原告の居宅で山下が右日本刀を抜刀している様子を岐阜日日新聞社の記者によって撮影されたのであるから、土屋らにおいては、該写真が原告の居宅における捜索・押収となんらかの関係のあるものとして報道されるであろうことを高度の蓋然性をもって予見しうべき筋合であったというべきである。そうであれば、本件においては、山下の前記のような違法行為の結果、原告の名誉が毀損されるに至ったものと認めるのに妨げはないものというべく、他にこの認定を左右するに足りるような証拠はない。

2  プライバシー侵害について

(一)  さらに、すすんで、請求原因6の(二)の事実について判断するに、《証拠省略》によれば、土屋らによって違法に押収された「甲野関係書類」と表示された前記茶封筒内の物件及び前記ダンボール箱内の書類等は、いずれも、原告の個人資産や取引に関する書類を含むものであって、これらが違法に押収されたことにより、原告のプライバシー(なかんずく、原告の取引関係、個人資産に関する秘密)が侵害されたことは明らかである。被告は、裁判官の発付した捜索差押許可状に基づいて、捜索・押収が適法に行われ、これに伴って、捜索・押収を受けた者のプライバシーが侵害されるという結果が付随的に生じたような場合には、仮に該捜索・押収の機会に捜査機関が軽微な手続上の過誤を犯したとしても、その軽微な手続上の過誤自体によって、捜索・押収を受けた者のプライバシーが侵害されたと考える余地はない旨主張するけれども、捜索差押許可状に「捜索すべき場所、身体又は物」、「差し押えるべき物」として記載された場所ないし物以外については、捜査官憲の捜索・押収から被疑者などのプライバシーが十分に保護されなければならないのは当然であって、捜査官憲といえどもこのようなプライバシーの侵害が許容される理由はなく、被告の右主張はとうてい失当として排斥を免れない。

(二)  ところで、原告は、さらに、岐阜日日新聞社の記者が原告の居宅へ立ち入って同所で写真撮影をしたことは、原告のプライバシー(なかんずく、住居の平隠)に対する侵害であるとし、このようなプライバシーの侵害もまた土屋らの前記のような捜索・押収の際における違法行為の結果である旨主張するのであるが、本件においては、土屋らがことさらに右記者を原告の居宅へ同行し、しかも同所において右記者をして積極的に写真撮影をさせたという事実を肯認するに足りる証拠がなく、そして、他方、本件捜索・押収に際して、原告の居宅に新聞記者が立ち入り、取材活動をすることを一律に禁止すべき職務上の注意義務が土屋らにあったとまでは解し得ないことはすでに説示したとおりである。そうとすれば、本件捜索・押収に際して、岐阜日日新聞社の記者が原告の居宅内に立ち入って写真撮影をしたことにより、原告のプライバシーないしは原告の居宅の平隠が仮に侵害されたとしても、このような原告の被害が土屋らの前記違法行為の結果であると断ずるを得ないことは明らかである。

六  損害賠償

以上のとおりであるから、被告は、国家賠償法一条に基づき、(1)さきに五の2の(一)に説示したように、土屋らの違法な捜索・押収によって原告のプライバシーが侵害されたこと、及び(2)さきに五の1の(三)に説示したように、山下の違法行為の結果、昭和五一年一〇月二八日付岐阜日日新聞夕刊第七面に前説示の報道記事が掲載され、そのことに基づいて原告の名誉が毀損されたこと、以上の二点によって原告が被った精神的苦痛を慰藉するに足りる相当額の金員を賠償すべき義務があるというべきところ、右各違法行為の態様、権利侵害の程度、その他、証拠上認められる諸般の事情を総合考量すれば、(1)土屋らの右のような違法な捜索・押収の故に原告のプライバシーが侵害され、かつ、このことによって原告の被った精神的苦痛に対する慰藉料額としては金二〇万円、(2)山下の右のような違法行為の故に原告の名誉が毀損され、かつ、このことによって原告の被った精神的苦痛に対する慰藉料額としては金一〇万円がそれぞれ相当であると認められる。したがって、被告は、原告に対し、右(1)と(2)の合計金三〇万円の慰藉料を支払うべき義務があるものというべきである。

そして、さらに、原告は、本訴において、被告に対して、慰藉料の外に、名誉毀損による損害を回復するために別紙「謝罪広告(二)」記載の謝罪広告を岐阜日日新聞紙上に掲載するよう請求しているが、上記認定のような名誉毀損の態様、程度及び右慰藉料の認定額等に徴すると、原告の該請求を必要かつ相当なものとして是認すべき事由は、いまだこれを見いだし得ない。

七  結論

以上に説示したように、原告の本訴請求は、そのうち、被告に対して金三〇万円の支払いを求める限度ではその理由があるから、これを正当として認容するが、その余は、すべてその理由がないから、これらを失当として棄却し、なお、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条・九二条本文を適用するほか、仮執行宣言の申立については、これを許容する必要がないものと認めて、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 服部正明 裁判官 熊田士朗 綿引万里子)

<以下省略>

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