岐阜地方裁判所 昭和52年(行ウ)19号 判決 1984年5月14日
原告 佐々一
被告 国
代理人 岡崎真喜次 塩谷紀夫 宮谷勇之進 渡辺光弥 ほか五名
主文
一 被告は、原告に対し、金一五万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一九日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一九日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、昭和四七年三月一六日、名古屋地方裁判所豊橋支部において、爆発物取締罰則違反・火薬類取締法違反・銃砲刀剣類所持等取締法違反の各罪により懲役八年に処する旨の判決を言い渡され、同判決が同月三一日に確定したため、昭和五二年一〇月一九日当時、岐阜刑務所で右刑の執行を受けていたものである。
(二) 被告は、法務省設置法一三条の三の定めるところに従い、監獄法一条所定の監獄として岐阜刑務所を設置しているものであるが、前記昭和五二年一〇月一九日当時、被告の公務員(国家公務員)である津田哲郎を同刑務所長の地位に就かせ、同人をして、同刑務所に収監されている受刑者及び未決拘禁者に対する文書・図画の閲読の許否を決めさせるなどして、被告(国)の公権力行使の任に当たらせていた(以下、右津田哲郎のことを便宜「津田刑務所長」という。)。
2 原告に対する文書閲読不許可処分
原告は、昭和五二年七月二七日、岐阜地方検察庁検察官から、傷害罪の公訴事実(その要旨は、「原告が、昭和五一年五月二八日午前九時五分ころ、岐阜市長良福光二〇七〇番所在の岐阜刑務所内第九工場において、当時同工場内で写真植字の作業に従事中であつたK・M及びR・Hに対し、順次鉄製丸椅子を頭上から振りおろして右両名の頭部を一回ずつ殴打し、よつて、右Kに対しては全治に約七日間を要する頭頂部打撲擦過傷と全治に約五日間を要する右前頭部打撲傷とを、また、右Rに対しては全治に約一〇日間を要する後頭部打撲傷を、それぞれ負わせた。」というのである。)により、岐阜地方裁判所に公訴を提起され、該被告事件(以下、同被告事件を便宜「本件刑事事件」という。)は、同裁判所昭和五二年(わ)第三三三号事件として同裁判所に係属し、その第一回公判期日が同年一〇月二五日と指定された。そこで、本件刑事事件についてかねてから原告の弁護人に選任されていた弁護士浅井正は、前記第一回公判期日にさきだつ同年一〇月一九日、本件刑事事件に関し、公判廷において検察官がその取調方を請求するであろうことの予定されていた証拠書類その他の写しである別紙物件目録一ないし二一記載の書類(以下、これを便宜「本件書類」という。)を被告人(原告)及び弁護人が右第一回公判期日においてするいわゆる罪状認否等のための事前打合せ(ちなみに、右の事前打合せは、原告と本件刑事事件の弁護人らとの間で同年一〇月二二日に行われることが予定されていた。)の資料として、岐阜刑務所内の原告宛に差し入れた。そして、原告は、同日(同年一〇月一九日)、津田刑務所長に対し、本件書類を舎房内で閲読したい旨、その閲読と閲読のための仮出しを許可するよう願い出た。ところが、これに対して、津田刑務所長は、同日、監獄法三一条二項・同法施行規則八六条一項に基づいて、本件書類の閲読及び閲読のための仮出しを許可しない旨の処分(以下、「本件処分」という。)をし、即日その処分結果を原告に告知した。
3 本件処分の違法性
ところで、本件処分が憲法三七条三項・刑訴法三九条二項・監獄法三一条二項、同法施行規則八六条一項の諸条項に違背・牴触する違憲・違法な処分に当たるものであることは、以下の説明によつてきわめて明らかである。すなわち、
(一) 弁護士浅井正から原告に対して行われた前記のような本件書類の差入行為は、いうまでもなく、憲法三七条三項・刑訴法三九条一項の各条項が刑事被告人に対して保障している被告人と弁護人との接見交通権に依拠したものである。けだし、憲法三七条三項の規定が身柄拘束中の刑事被告人に対して保障している弁護人依頼権の内容・範囲のうちには、当該被告人がすでに依頼・選任した弁護人と接見交通をすることによつてその弁護人との間に確固たる信頼関係を構築し、しかも、この信頼関係を基礎としてその弁護人から実質的な弁護を受けるという権利をも包含するものと解すべきだからである。このように、接見交通権は、身柄拘束中の被告人にとつて、まさに憲法上保障された権利というを妨げないのであつて、刑訴法は、その三九条一項においてこのことを明定するとともに、その同条二項において同項所定の事由の存在する場合に限つて接見交通権に基づく物の授受が制限されるべきことを定めているのである。
されば、憲法・刑訴法によつて保障された被告人と弁護人との間の接見交通権が監獄法三一条二項・同法施行規則八六条の各条項に優先することはきわめて明らかであつて、前記の接見交通権に依拠して弁護人と被告人との間に行われる物の授受行為が右の監獄法又は同法施行規則の定めるところに従つてなんらかの制約を受けなければならないという筋合は毫もないものというべく、したがつて、本件処分はすでにこの点において違憲・違法たるの評価を免れ得ない(ちなみに、本件書類の授受に関して刑訴法三九条二項所定の措置を必要とするような事由の毫も存在しないことは疑いの余地がない。)。
(二) 仮に、百歩を譲つて、「接見交通権に基づく物の授受に該当する場合であつても、同時にそれが在監者による文書・図画の閲読という意味ないしは効果を不可避的に有するという場合においては、接見交通権に基づく物の授受行為もまた監獄法三一条二項・同法施行規則八六条一項に基づいて一定の制約を受けるべきことはやむを得ないことである。」と解釈する余地があるとしても、拘禁目的の達成・監獄内の秩序維持ということを目的として行われる在監者に対するその権利・自由の制限は、拘禁目的の達成又は監獄内の秩序維持のためにやむを得ない必要最少限度の合理的制限であると認められるものでなければならないことは多言を要しない。そして、該制限が必要最少限度の合理的制限として是認されるかどうかは、制限を必要とするような諸般の状況とその制限の対象となる権利・自由の内容及び性質、さらには、加えらるべき具体的な制限の内容と程度をかれこれ比較考量して決せられるべきである。とくに、本件処分において、その根拠とせられている監獄法三一条二項・同法施行規則八六条一項は、必然的に在監者の「知る権利」の制限にもかかわるものであつて、「知る権利」が憲法二一条の保障する「表現の自由」の一内容として基本的人権の中でも優越的地位を占める権利であることに思いを致すと、監獄法及び同法施行規則の前記各条項に基づく文書・図画の閲読に対する制限が正当なものとして是認されるためには、在監者に対して当該閲読を許容することによつて、拘禁の目的、達成が阻まれ又は監獄内の秩序が害されるということについての一般的・抽象的な危険性があるというだけでは不十分であつて、当該在監者の性向・行状、監獄内の管理・保安の状況、当該図書等の内容、その他諸般の具体的事情のもとにおいて、もしも、当該在監者に対してその閲読を許容するときは、拘禁目的のの達成及び監獄内の秩序維持の観点から放置することのできない程度の重大な障害の発生することについて、明白かつ現在の危険が存在しているものと認められることが必要であり、しかも、その場合においてすら、右制限の程度は、右障害の発生を防止するために、必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものでなければならない。
以上の観点から本件を考察すると、本件処分は、その処分自体、原告の弁護人依頼権、なかんずく、その中核的内容ともいうべき接見交通権を侵害ないしは制限したものであるばかりでなく、さらに、本件書類が本件刑事事件において検察官から公判廷に提出されることの予定されていた証拠書類等の写しであつて、これを原告が事前に閲読・検討することは、同事件における原告の防禦活動の観点からしても原告にとつて必要不可欠のことであつたことをも併せ考えると、本件処分によつて侵害ないしは制限された原告の権利・自由の実質的重要性の程度は、これをいかに強調しても強調し過ぎることはないであろう。他方、本件において、仮に、津田刑務所長が、原告に対して、本件書類の閲読及び閲読のための仮出しを許容していたとしても、そのことによつて、拘禁目的の達成及び監獄内の秩序維持の観点から放置することのできない程度の重大な障害の発生することの蓋然性は全く存在しなかつたといつても過言ではない。ちなみに、原告は、本件処分当時、厳正独居拘禁の処分を受けて刑務官らの厳重な監視下におかれ、他の在監者との接触の機会も全く与えられていなかつたのであるから、この観点からしても、原告が本件書類を閲読することによつて、右刑務所内において前記のごとき重大な事態を招来させるに至るような危険な行動にでる可能性のなかつたことは余りにも明らかであろう。
以上の次第であるから、原告に対して、本件書類の閲読を全面的に不許可とする旨の処分をした本件処分が違憲・違法の評価を免れ得ないことはきわめて明らかである。
4 責任原因
津田刑務所長は、故意又はその職務上尽くすべき注意義務を怠つた過失により、本件処分を行つた。
5 権利侵害
本件処分によつて、原告が憲法三七条三項の保障している弁護人依頼権の中核的内容ともいうべき接見交通権を違法に侵害せられたことは明らかである。しかして、原告は、本件処分の結果、本件書類を閲読することができず、ひいては、本件刑事事件についてその弁護人との間に十分な事前打合せを遂げることが不可能な状況のもとに前記第一回公判期日を迎えるに至り、その当然の帰結として、右期日においては、当然該期日に行うべきいわゆる罪状認否等さえもこれを行うことができず、本件刑事事件について十分な防禦を尽くすべき機会を失つたのであるから、ひつきよう、原告は、違法な本件処分の故に、憲法三一条の定める適正手続の保障を受けることができず、これを違法に侵害されたものというのほかはない。
6 損害
(一) 慰藉料
原告が、違法な本件処分の故に、接見交通権を侵害され、ひいては適正手続の保障のもとに裁判を受けるべき権利を阻害されたことは、上記の説明によつて明らかである。しかして、原告が違法な本件処分の故に味わわざるを得なかつた精神的苦痛は決して軽視できないものがあつたから、原告の味わつた該精神的苦痛を慰藉するのには、本件処分の違法性の程度、本件処分により侵害された原告の権利の重要性、さらには、前記のような状態のもとで第一回公判期日を迎えざるを得なかつた原告の不安感等諸般の事情にかんがみ、被告は、原告に対して、その慰藉料として、少なくとも金二〇万円を支払うのが相当である。
(二) 弁護士費用
原告は、本件処分によつて原告の被つた損害の賠償方を請求するために本訴の提起を余儀なくされたところ、事案の性質にかんがみ、本訴の提起・追行を弁護士である原告訴訟代理人に依頼した。しかして、本訴の内容等に徴すると、原告は、右弁護士費用として金三〇万円を原告訴訟代理人に支払うのが相当であるから、該金員もまた、違法な本件処分と相当因果関係のある原告の損害というべきである。
7 よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、被告の公務員である津田刑務所長が行つた違法な本件処分の故に原告の被つた損害金五〇万円(6の(一)と(二)の合計金額)及びこれに対する本件処分の日である昭和五二年一〇月一九日以降支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否並びに被告の主張
1 請求原因第1項の各事実は、いずれもこれを認める。
2 同第2項の事実中、本件書類が差し入れられた目的・趣旨の点については知らないが、その余の諸点は、すべてこれを認める。
3 同第3項の主張は、その冒頭部分を含めて、すべてこれを争う。
本件処分が適法なものであることは、以下に述べるところによつて明らかである。すなわち、そもそも、刑罰としての懲役刑は、受刑者を社会から隔離してその自由を剥奪し、これに定役を課することによつて、犯罪に対する応報及び犯罪者の改善・教育を図ることを目的とするもので、その執行は、受刑者を監獄内に収容し、これを集団として管理して行うものである。かくのごとき懲役刑の目的の実現及びその円滑な執行を図るために、受刑者の権利・自由に対して必要かつ合理的な限度において制限を加えることは、憲法によつても容認されているところであるといわねばならない。そして、監獄法三一条二項・同法施行規則八六条の各条項は、受刑者の文書・図画の閲読の自由に対する憲法上容認された制限を明文化したものであることが明らかであつて、右法及び規則の運用の適正化を図るために、取扱規程(昭和四一年一二月一三日矯正甲第一三〇七号法務大臣訓令)及び運用通達(同月二〇日矯正甲第一三三〇号矯正局長依命通達)において、右制限に関する基準が定められているのである。ところで、右基準に従つた文書・図画の閲読の許否の判断は、刑務所が受刑者等を集団で管理して刑の執行を図る施設であるという特質にかんがみ、監獄内の実情に通暁し、直接その衝に当たる監獄の長による個々の場合の具体的状況のもとにおける裁量的判断にまつべき点が少なくはない。
そこで、懲役刑の目的の実現及びその円滑な執行に対する障害が発生する相当の蓋然性があり、しかも、これを防止するためには当該制限措置を講ずる必要があるとする監獄の長の判断に合理的な根拠がある限り、当該制限措置は、適法なものとして是認されるべきものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、本件においては、もしも、原告に対して本件書類の仮出し及び閲読を許可するとすれば、岐阜刑務所における懲役刑の目的の実現及びその円滑な執行を阻害するおそれのある具体的諸状況が存在したのであるから、津田刑務所長が監獄法三一条二項・同法施行規則八六条一項に基づいて(ちなみに、仮に、本件書類の差入れが、本件刑事事件における被告人と弁護人との間の接見交通権に基づいて行われたものであつたとしても、いやしくも、受刑者がこれを監獄内において閲読する以上、その閲読等について右法及び規則に基づく制限の及ぶことは明らかである。)、これを許可しなかつた本件処分には、右法及び規則に基づく処分としての裁量権の逸脱・濫用は毫もなく、これが適法であることは明らかである。
以下において、さらに、本件処分当時の岐阜刑務所内における具体的状況等を敷衍・説明する。
(一) 本件書類中、前記物件目録三記載の実況見分調書(写し)には、岐阜刑務所建物配置図が添付されており、右配置図には、岐阜刑務所内の建物・通路等の状況が具体的・正確かつ詳細に記載されていた。したがつて、もしも、かかる図面を原告に所持させた場合、原告自身がこれを参考として、逃走経路を認識して、その具体的方法を計画するに至ることの危険性が絶無ではなかつたのに加えて、さらに、原告から、舎房清掃・食事運搬等に従事する受刑者(原告が、本件処分当時、厳正独居拘禁中の身であつたことは、なるほど、原告主張のとおりであるが、原告が、厳正独居拘禁中の身であつたことの故に、右の役務に従事する受刑者との接触の機会を完全に失つたものでないことは明らかである。)を介して、右配置図又はその模写図面が他の在監者にひそかに授受され、その結果、これらを参考として逃走を図る在監者の発生するおそれを顧慮しないわけにはいかなかつた。かてて加えて、原告が右配置図を所持しているという事実が、もしも、前記の役務に従事する者を介して他の在監者に伝播すれば、そのことだけで、在監者のあいだに、岐阜刑務所の保安警備が弛緩しているという誤解が生じ、そのことが、警備上重大な支障となることは明らかであると思料された。
(二) 本件書類中、前記目録四ないし六記載のK・Mの各供述調書(写し)及び同目録八ないし一〇記載のR・Hの各供述調書(写し)には、本件刑事事件に関するK及びRの各供述が録取されておつて、それらの内容は、いずれも原告の供述内容と比較して重要な点において齟齬していた。したがつて、原告が右K及びRの供述内容を右各調書(写し)を閲読することによつて知るに至つた場合、原告の性格、行状に照らし、原告がこれを前記役務の従事者に対して歪曲して吹聴し、さらに、このことが他の在監者にも伝播することが予測された。そうなれば、右K及びRもまた心理的な動揺を受けて、同人らに対する刑の執行に重大な障害をきたすことになるばかりでなく、さらに、原告、右K及びRがそれぞれ相互に反目しあう異別の暴力団組織に所属している関係上、右各組織に関係する他の在監者の間においても対立抗争状態の発生する可能性も少なくはなく、ひいては、岐阜刑務所内の秩序維持に重大な支障の生ずるおそれがあつた。
(三) 本件書類中には、本件刑事事件に関する参考人の供述調書として、前記目録一二記載の在監者であるT・Yの供述調書(写し)が含まれていた。在監者は、自ら刑務所職員あるいは司法警察員に対して情報提供をする場合、該情報提供の事実を他の在監者に知られないことを前提としてこれを行うのが通例である。したがつて、もしも、原告に対して本件書類の閲読を許容すれば、原告から、前記役務の従事者を介して、右Tにおいて捜査官に情報を提供した旨の事実が他の在監者に伝播するおそれも少なくはなく、そのようなおそれが現実化すれば、右Tがいわゆる「密告者」として他の在監者から排斥・ぺつ視されるに至ることも容易に想像できるところである。しかして、このような事態が、岐阜刑務所内の秩序維持あるいは矯正目的の観点から決して好ましいものではないことはいうまでもない。さらに、このような事態が招来されれば、今後も右刑務所内で発生するであろう犯罪の捜査あるいは規律違反に関する事情聴取に対する在監者の協力が得られないというがごとき支障の生ずることも予測された。
4 同第4項の主張は、すべてこれを争う。
5 同第5項の各事実は、すべてこれを否認する。
ちなみに、岐阜刑務所には接見室(面会室)が設けられており、刑事被告人である在監者は、該接見室で、刑務所職員の立会いのない状態のもとで、自己の弁護人と自由に接見できるようになつている。原告も、本件刑事事件に関し、第一回公判期日以前には合計九回、その後も四回にわたつて、その弁護人との接見を重ねているのであるから、本件刑事事件における原告の弁護人依頼権、弁護人との間の原告の接見交通権、さらには、適正手続に依拠して裁判を受けるべき原告の権利は、毫も侵害されていないことがきわめて明らかである。
6 同第6項の主張は、すべてこれを争う。
第三証拠<略>
理由
一 請求原因第1項の各事実は、すべて当事者間に争いのないところである。
二 つぎに、請求原因第2項の点について検討してみると、同項の事実のうち、本件書類が岐阜刑務所内に在監中であつた原告に対して差し入れられた趣旨・目的の点を除くその余の諸点は、すべて当事者間に争いがなく、また、<証拠略>を総合すると、本件書類は、昭和五二年一〇月二五日と指定された本件刑事事件の第一回公判期日にそなえて、被告人(原告)と弁護人とが該公判期日においてするいわゆる罪状認否等の正確性を期するための事前打合せ(ちなみに、右の事前打合せは、原告と本件刑事事件の弁護人らとの間で同年一〇月二二日に行われるべきことが予定されていた。)の資料として差し入れられたものであることを認めるのに十分であり、この認定を左右するに足りるような証拠はない。
三 そこで、すすんで、請求原因第3項の点について検討してみると、まず、本件書類の差入れが、本件刑事事件の被告人である原告とその弁護人に選任せられていた弁護士浅井正との間のいわゆる接見交通権(刑訴法三九条一項所定の権利)に基づいて行われたものであることは、本件書類の内容自体及び前認定のごとき該書類差入れの趣旨・目的にかんがみ、きわめて明らかであつて、疑いを容れないところである。そして、しかも、接見交通権は、身柄を拘束されている被告人をして憲法三七条三項の保障する弁護人依頼権を実質的に享受させることをその存在理由とするものであつて、このような接見交通権が十分に尊重されなければならないことは、憲法三七条三項の趣旨に徴しても明らかというべきであろう。
しかしながら、他方、本件においては、原告が、本件処分にさきだつ昭和四七年三月一六日、名古屋地方裁判所豊橋支部において、爆発物取締罰則違反・火薬類取締法違反・銃砲刀剣類所持等取締法違反の各罪により、懲役八年に処せられ(同月三一日確定)、本件処分当時、岐阜刑務所において、該刑の執行を受けていたことは、前示のように当事者間に争いのないところである。しかして、このように、単なる身柄拘束中の刑事被告人としての立場にとどまらず、さらに前記の懲役刑についていわゆる既決囚としての立場にもあつた原告が、該懲役刑の執行を受けている岐阜刑務所内において、単なる身柄拘束中の刑事被告人に対比して、その権利・自由についてより多くの制限を加えられることを甘受せざるを得ない法律上の地位にあつたことは、以下の説示によつて自ら明らかであろう。すなわち、そもそも、刑罰としての現行の懲役刑は、受刑者を社会から隔離して、その自由を剥奪し、これに定役を課することによつて、犯罪に対する応報及び犯罪者の改善・教育を図ることを目的とするものであるから、この目的達成のために必要かつ合理的な範囲内において、受刑者の権利・自由が制限されるべきことは、現行の懲役刑という刑罰そのものの当然の内容として予定されているところである。しかも、また、その執行は、受刑者を監獄内に収容し、これを集団として管理することによつて実施されるのであるから、これを円滑に実行するためには、監獄内部における規律と秩序とを維持する必要があることは明らかというべく、監獄内部における規律と秩序とを維持するという観点から、受刑者の権利・自由に対して、必要かつ合理的な制限の加えられることもまた、やむを得ないところというべきである。しかして、受刑者の権利・自由に対する制限が必要かつ合理的な範囲にとどまるものとして是認されるか否かは、拘禁目的の達成あるいは監獄内部における規律と秩序とを維持するために、受刑者の権利・自由に対してある種の制限を加えるべきことを必要としている諸状況とその程度をはじめ、当該制限の対象となるべき権利・自由の内容と性質、加えられるべき具体的制限の内容・程度を比較考量して、決せられるべきものと解するのが相当である。
以上に説示したところは、本件におけるがごとき懲役刑の既決囚にかかわるあらたな刑事被告事件に関して、当該既決囚(あらたな刑事被告事件の被告人)に対して接見交通権が保障せられていることの故をもつて、当然に排除せらるべきものではないのであつて、本件書類の差入れは、前認定のごとく、なるほど、接見交通権に基づいてなされたものではあるが、受刑者である原告においてこれを監獄(岐阜刑務所)内で閲読しようとするにあたつては、本件刑事事件に関する限りその被告人の地位にあつた原告もまた、受刑者の文書・図画の閲読の自由に対する制限を定めた監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条の適用を適法に免れることはできなかつたものというのほかはない。したがつて、上記の説示に反し、もつぱら拘禁目的の達成及び監獄内部における規律と秩序の維持とを図るための監獄法及び同法施行規則に基づく一切の制限が接見交通権に対しては全く及ばないという趣旨に帰着する原告の主張は、独自の見解であつて、当裁判所のとうてい左祖しがたいところというのほかはない。
ところで、監獄法三一条二項は、在監者に対しては文書・図画を閲読することの自由を制限することができる旨を定めるとともに、その制限の具体的内容を命令に委任し、該委任に基づいて同法施行規則八六条がその制限の要件を定めている。さらに、<証拠略>によれば、右制限の取扱いと運用の適正化を図るために、取扱規程(昭和四一年一二月一三日矯正甲第一三〇七号法務大臣訓令)及び運用通達(同月二〇日矯正甲第一三三〇号矯正局長依命通達)によつて、右制限の範囲、方法等を定めていることが認められる。しかして、これらの規程・通達の内容を通覧するとき、その文言においては、それほど厳格ではない要件のもとに、在監者の文書・図画の閲読が制限できることとされており、しかも、これが許否の決定権者である監獄の長に対して、この点に関する広汎な裁量権を付与していることを認めることができる。しかしながら、右の規程・通達が監獄の長に対して付与している裁量権が、実質的に自由かつ無制約のそれであると解するのはもとより正当ではないのであつて、監獄の長が在監者に対して文書・図画を閲読することの自由を制限するにあたつては、その自由に対する制限が当該具体的状況のもとにおいて必要かつ合理的な範囲にとどまるものであることを要するものというべく、しかも、該制限が必要かつ合理的な範囲にとどまるものであるか否かは、前説示のように、拘禁目的の達成あるいは監獄内部における規律と秩序とを維持するために、受刑者の権利・自由に対してある種の制限を加えるべきことを必要としている諸状況とその程度をはじめ、当該制限の対象となるべき権利・自由の内容と性質、加えられるべき具体的制限の内容・程度を比較考量して、これを決すべきものと解するのが相当である。
しかして、本件刑事事件に関し前説示のごとき接見交通権に依拠して原告のために差し入れられた本件書類を閲読することが原告に対して許可されなかつたという本件においては、そのような本件処分が、適法な処分として評価され、是認されるためには、接見交通権が身柄を拘束されている被告人をして憲法の保障する弁護人依頼権を実質的に享受させることをもつてその存在理由としている重要な権利であることとの関係上、単に、本件書類の閲読を許容するときは、拘禁目的の達成が困難になるとか、あるいは、監獄内部における規律と秩序とが阻害されるとかの点について一般的・抽象的な危険性が存在するというだけでは明らかに不十分というべく、当該在監者(本件においては原告)の性行・行状、監獄内の管理・保安の状況、閲読許否処分の対象となる書類(本件においては本件書類)の内容その他諸般の具体的状況のもとにおいて、その閲読を許容するときは、拘禁目的の達成、監獄内部における規律と秩序との維持という観点から放置することのできないような障害が発生するに至るべき相当程度の蓋然性があると認められる場合であることを要し、かつ、この場合においても、加えるべき制限の程度は、右障害の発生を防止するために必要かつ合理的な範囲にとどめらるべきものと解するのが相当である。
そこで、すすんで、本件処分当時、はたして右のような障害発生の蓋然性があつたか否かの点について検討してみると、<証拠略>を総合すると、以下の諸事実が認められる。すなわち、
1 本件書類中、別紙物件目録三記載の実況見分調書(写し)には、岐阜刑務所建物配置図が添付されており、右配置図には同刑務所全体の建物・通路の位置関係が記載されていること、
2 本件書類中、同目録四ないし六記載のK・Mの各供述調書(写し)及び同目録八ないし一〇記載のR・Hの各供述調書(写し)には、本件刑事事件に関するK及びRの各供述が録取されていること、そして、右各供述内容は、本件刑事事件が発生するに至る経緯(ちなみに、この点が、本件刑事事件において最大の争点となつたことは、<証拠略>によつて明らかである。)及び犯行の態様の点について、原告の供述内容と少なからず相異するものであつたこと、
3 本件書類中には、本件刑事事件にかかる犯行の目撃状況について、受刑者であるT・Yの供述を録取した同目録一二記載の供述調書(写し)が含まれていること、
4 原告は、本件処分の当時、岐阜刑務所内の第三舎三六房において厳正独居拘禁中の身であつて、原告が右舎房を出て他の在監者と接する機会を持つようなことはほとんど皆無といつても過言ではなかつたこと、もつとも、当時、舎房清掃・食事運搬の役務に従事する受刑者が右舎房付近で作業をする際に、これらの受刑者と原告とが視察孔あるいは食器孔を通して、接触を保つことは必ずしも不可能でなかつたこと、
5 右4の後段に判示した作業の際には、担当看守の厳重な監視が行われていたこと、
以上の諸事実が認められ、該認定を左右するに足りるような証拠はない。
しかして、本件処分当時における原告の拘禁状態が上記4及び5に説示したような状況にあつたことを考慮すると、仮に、原告が右1ないし3に認定したような内容の本件刑事事件に関する捜査関係書類(写し)の仮出しを受けてこれらを閲読したとしても、これを契機として、原告が自ら逃走を計画し、あるいは、原告が、K、R、Tに対して、報復的行為に出るなどというがごとき危険性は、皆無であつたといつても過言ではないものというべきである。されば、仮に、原告が本件書類の仮出しを受けてこれを閲読しても、そのことによつて、原告自身に対する刑の執行が現実に困難になるとか、あるいは、原告自身が監獄内部における規律と秩序とを害するがごとき行為に出るとかの点についての相当程度の蓋然性の存在は、ひつきよう、これを肯認するに足りないものというのほかはなく、他に本件において右のごとき蓋然性の存在を認めるに足りるような証拠はない。さらに、また、仮に、本件処分当時、原告において本件書類の仮出しを受けてこれを閲読していたとすると、これらの書類の内容が、舎房清掃あるいは食事運搬の役務に従事する受刑者を介して、他の在監者に伝播するという可能性が全く存在しなかつたとまではにわかに速断することができないけれども、前認定の事実関係に徴すると、このような可能性が現実化するに至るであろう蓋然性はきわめて低いものであつたことを推認するのに十分であつて、該推認を覆すに足りるような証拠はない。してみると、仮に、本件処分当時、岐阜刑務所長が、原告に対して、本件書類の仮出しとこれが閲読とを許容したとしても、そのことによつて、本件書類の内容が他の在監者に伝播し、ひいては、岐阜刑務所における受刑者の拘禁目的の達成を困難ならしめたり、あるいは監獄内部における規律と秩序とが害されるに至るという相当程度の蓋然性があつたとは、とうてい認めるには足りないものというほかはない。
そうとすると、本件書類の閲読及び閲読のための仮出しの許可方を求めた原告の申請に対し、これを全面的に許容しなかつた津田刑務所長の本件処分は、在監者である原告の文書・図画を閲読することの自由を制限するにあたり、その制限の必要性の有無ないしは必要とされる制限の内容及び程度についての判断を誤つた違法な処分であるというほかはない。
四 そして、さらに、請求原因第4項の点について検討してみると、以上に説示した諸事実関係等に徴すれば、津田刑務所長は、監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条一項に依拠して在監者の文書・図画の閲読を制限するにあたつて、前説示のごとく右法及び規則の定める趣旨・目的に従い、当該具体的状況に応じて、在監者の文書・図画を閲読できる自由をその必要性の限度においてのみ制限し、いやしくもこの限度を超えて在監者の右自由を制限することのないように十分な配慮を尽くすべき職務上の注意義務があつたのにもかかわらず、本件においては、これを怠つた過失によつて、原告に対して違法な本件処分をしたものであるとの評価をとうてい免れることができない。
五 そこで、すすんで、請求原因第5項の点について検討してみると、本件書類の差入れが、本件刑事事件の被告人である原告とその弁護人に選任せられていた弁護士浅井正との間の接見交通権に基づくものであることは前説示のとおりであり、他方、本件処分の故に、原告が本件書類を仮出しして、これを閲読することを妨げられたこともまた前説示のとおりであるから、原告は、ひつきよう、違法な本件処分によつて、本件書類を仮出ししてこれを閲読することを妨げられたという限度において、右の接見交通権をも違法に侵害されたものというべきである。そして、原告は、違法な本件処分の故に、本件刑事事件の第一回公判期日にさきだつて本件書類を閲読・検討する方途を一時閉ざされたのであるから、原告が、もしも、この方途を一時的にもせよ閉ざされるというような事態に遭遇しなかつたならば、尽くすことができたであろう防禦権の行使を多少なりとも阻害されたこともまた、否定することのできないところである。したがつて、その限度において、原告は、本件刑事事件における防禦権を完全かつ十分に尽くすべき刑訴法上の権利を侵害されたものと認めるに足りるものというべく、以上の認定を左右するに足りるような証拠はない。
六 最後に、請求原因第6項について検討することとする。
1 以上に説示したとおりであるから、被告は、その違法な本件処分の故に、本件刑事事件の被告人であつた原告が弁護人との間の接見交通権ひいては該刑事事件の被告人としてその防禦権を完全かつ十分に尽くすべき刑訴法上の権利を侵害されたために味わわざるを得なかつた精神的苦痛を慰藉するのに足りる相当の金員を原告に対して支払うべき国家賠償法(一条)上の義務を免れ得ないものというべきである。そこで、つぎに、該慰藉料額の点について考察してみると、本件においては、前説示のような諸事実関係が存在するのであるが、他方、<証拠略>を総合すると、以下のような事実の存在することも認められる。すなわち、(1)原告は、前記第一回公判期日以前に合計九回、その後には四回、岐阜刑務所内の接見室で本件刑事事件の弁護人らと接見して、本件刑事事件に関する打合わせを行つていること、(2)津田刑務所長をはじめとする右刑務所の職員らにおいて、原告又は右弁護人らのした接見の申出を違法に制限ないし妨害したというがごとき形跡は全く見あたらないこと、(3)本件処分は、本件刑事事件の第一回公判期日以後でその第二回公判期日以前である昭和五二年一一月三〇日に至つて撤回され、そのころ、原告は、本件書類の閲読と閲読のための仮出しを許可されたこと、以上の事実関係を認めるのに十分であり、該認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、これまでに説示した本件に関するあらゆる事実関係をあれこれ総合考量すると、原告に対して被告が支払うべき慰藉料の額は、これを金一〇万円と認めるのが相当である。
2 そして、また、(1)原告が、被告に対し、違法な本件処分の故に原告の被つた損害の賠償方を求めるために本訴を提起・追行していること、(2)原告が本訴の提起並びに追行を弁護士在間正史に依頼したこと、以上の事実は、本件記録に徴して、明らかである。ところで、本件訴訟の事案の性質、第六項の1において認容した慰藉料の額、その他、本件記録に現れた本件訴訟の経過等を総合考量すると、原告が右弁護士に支払うべき弁護士費用のうち、違法な本件処分と相当因果関係にある原告の被害額は、金五万円であると認めるのが相当である。
七 結論
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、そのうち、原告が、被告に対して、右認定にかかる慰藉料金一〇万円(第六項の1)と弁護士費用金五万円(第六項の2)とを合計した金一五万円及びこれに対する本件処分が行われた日である昭和五二年一〇月一九日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度では、その理由があるから、これを正当として認容するが、右認容額を超える部分は理由がないから棄却することとし、なお、訴訟費用の負担について民訴法八九条・九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 服部正明 熊田士朗 綿引万里子)
物件目録
一 証拠等関係カード
二 法務事務官主任看守伊佐次勝美作成の報告書
三 司法警察員法務事務官副看守長渡辺圀靖作成の実況見分調書
四 K・Mの司法巡査に対する昭和五一年五月二九日付供述調書
五 K・Mの司法警察員に対する同年六月四日付供述調書
六 K・Mの検察官に対する同年七月一五日付供述調書
七 法務技官医師甲畑俊郎作成のK・Mに関する同年五月二八日付診断書
八 R・Hの司法巡査に対する同年五月三一日付供述調書
九 R・Hの司法警察員に対する同年六月四日付供述調書
一〇 R・Hの検察官に対する同年七月一四日付供述調書
一一 法務技官医師甲畑俊郎作成のR・Hに関する同年五月二八日付診断書
一二 K・Yの司法巡査に対する同年六月一日付供述調書
一三 法務事務官副看守長作業用品出納官河村義耿作成の任意提出書
一四 岡田一に関する身上調査照会書及びこれに対する回答書
一五 岡田一に関する前科照会書及びこれに対する回答書
一六 名古屋地方裁判所豊橋支部判決書謄本
一七 同地方裁判所同支部昭和四三年(わ)第二六〇号事件判決書謄本
一八 同地方裁判所同支部昭和四六年(わ)第一四七号、同第一五三号、同第一五七号、同第一六三号、同第一七一号、同第一七三号、同第一七四号、同第一八六号、同第一八七号、同第一九五号、同第一九六号、同第一九七号事件判決書謄本
一九 岐阜刑務所長作成の刑の執行状況と題する書面
二〇 原告の司法警察員に対する昭和四六年五月一四日付供述調書の謄本
二一 原告の司法警察員に対する同五一年五月三一日付供述調書以上一ないし二一の各写し