大判例

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岐阜地方裁判所 昭和57年(ワ)218号 判決

《目次》

当事者

主文

事実

(当事者の求めた裁判)

第一 請求の趣旨

第二 請求の趣旨に対する答弁

(当事者の主張)

《請求原因》

第一 当事者

一 原告ら

二 被告

第二 本件堰の建設事業

一 経過

二 本件事業の概要

1 河口堰

2 浚渫

3 承水路

第三 長良川流域(特に輪中地域における)の治水環境

一 輪中の形成

二 輪中地域の治水条件

三 高須輪中の概要

第四 本件堰の必要性

一 総論

二 河床浚渫の必要性について

1 当初の計画浚渫量とその後の河積増大

2 計画浚渫量の変化

3 現況河道(昭和六二年河道)の洪水流下能力

4 必要な浚渫量

三 塩害について

1 長良川の河床浚渫による塩水遡上

2 塩水遡上の影響

3 対策の比較

四 水需要について

1 木曽川水系水資源開発基本計画(平成五年変更前)

2 木曽川流域の都市用水の需要の動向

3 都市用水需要減少の原因と今後(ただし、昭和六〇年以降)の水需要の見通し

4 既開発水の利用実態と今後の見通しとの対比

5 木曽川水系新フルプラン

五 地元財政負担について

1 共同事業費割振り

2 費用負担者

3 過大な地元負担

第五 本件事業による権利侵害

一 地盤漏水による堤防の安全性の低下及び堤内地の湿地化

1 本件堰による湛水計画

2 湛水による地盤漏水の悪化

3 被告の施工する漏水対策工の概要

4 本件堰建設後の湛水による堤防への影響

5 本件堰建設後の湛水による堤内地の湿地化

6 原告らに対する権利侵害

二 高潮時の危険性

1 名古屋港高潮防波堤設置による高潮の危険の増大

2 高潮時の本件堰付近の波高の標高

3 高潮時の本件堰の危険性

4 原告らに対する権利侵害

三 津波時の危険性

四 浚渫により生ずる問題

1 浚渫上流端部より上流の堤防破堤・橋破壊の危険性

2 原告らに対する権利侵害

五 板取ダム建設により生ずる問題

1 板取ダムの目的

2 板取ダム建設の影響

3 原告らに対する権利侵害

六 環境への影響

1 現状

2 本件堰建設及び浚渫による影響

3 原告らに対する権利侵害

第六 まとめ

《請求原因に対する認否》

第一 請求原因第一について

第二 請求原因第二について

第三 請求原因第三について

第四 請求原因第四について

第五 請求原因第五について

《被告の主張》

第一 本件事業の概要

一 本件堰計画の成立に至るまでの経緯

1 長良川河口ダム構想

2 長良川河口堰計画

二 本件事業を被告が行う根拠

三 本件事業の概要

第二 本件事業の必要性

一 長良川の河床浚渫の必要性

1 長良川の改修計画

2 長良川の浚渫計画

二 本件浚渫による塩害の発生と本件事業

1 本件浚渫に伴う塩水の遡上

2 本件浚渫後における地下水への塩水の浸透予測

3 予想される塩害の発生

4 堰の代替案

三 水資源開発と本件事業

1 平成五年三月二六日の水資源開発基本計画全部変更の背景

2 前記水資源開発基本計画の想定する需要量

3 本件堰を水源とする供給事業

4 水需要の実情と渇水の発生

第三 本件堰の基本構造とゲート操作

一 本件堰の基本構造

1 構造の基本

2 ゲートの構造及びゲート操作設備

二 本件堰のゲート操作

1 非洪水時(堰地点流量が二〇〇m3/秒以下の場合)の操作

2 洪水移行時(堰地点流量が二〇〇m3/秒を超える場合)の操作

3 洪水時(堰地点流量が概ね八〇〇m3/秒を超える場合)の操作

三 ゲート操作の実施

第四 本件堰の安全性

一 地震時における安全性

1 耐震設計

2 地盤の液状化と地盤改良

3 第四紀断層と本件堰

二 洪水に対する安全性

1 洪水時のゲート操作

2 堰柱による堰上げ

3 流木の引っ掛かり

三 高潮に対する安全性

1 長良川の高潮計画

2 高潮時のゲート操作

3 堰柱による影響

4 名古屋港高潮防波堤の影響

四 津波に対する安全性

1 伊勢湾沿岸における津波の発生

2 津波時のゲート操作

3 ゲートが全開されなかった場合の影響

五 本件堰の揖斐川堤防への影響

第五 漏水対策

一 本件事業による堰上流水位の変化と漏水対策工の概要

二 長島輪中及び高須輪中の地質構造

1 長島輪中

2 高須輪中

三 漏水対策工

1 ブランケット工

2 平面排水対策工

四 漏水対策工の効果

1 被告の解析

2 解析対象断面の選定等

3 解析に当たって採用した定数等

4 解析の結果

5 ジャスティンの式に関する原告らの主張に対する反論

6 限界動水勾配に関する原告らの主張に対する反論

五 堤内地の湿地化及び長良川堤防の決壊の危険の増大について

第六 本件事業及び本件浚渫後の河床変動

一 河床変動の予測

1 予測方法

2 予測結果

二 河床の低下による危険の発生について

第七 本件事業及び本件浚渫の環境に対する影響

一 底質

二 水質

1 水質の予測

2 不快昆虫の発生について

三 汽水域

四 水産資源等に及ぼす影響と対策

1 本件堰の構造上の対策等

2 本件事業及び本件浚渫が水産資源に及ぼす影響

3 結論

五 環境権の主張について

第八 上流ダム

(証拠)

理由

第一 はじめに

第二 当事者

第三 本件堰建設の差止請求

一 差止請求の要件

1 一般原則

2 差止請求の根拠

二 争点及び主張立証

1 主要な争点

2 主張立証責任

3 科学裁判における立証の必要

第四 本件事業の概要等

一 長良川の概要

二 長良川の改修計画

1 長良川の治水の歴史

2 昭和三八年度以降直轄河川改修総体計画及び木曽川水系工事実施基本計画

三 本件堰建設計画の成立に至る経緯

四 本件事業を被告が行う根拠

五 本件事業の概要

第五 長良川の浚渫計画及び浚渫の効果

一 浚渫計画の変遷

二 現況河道(昭和六二年河道)の流下能力

三 浚渫の効果

四 その他の原告らの主張及び原告村瀬の供述について

第六 本件事業の目的

一 治水対策と本件浚渫

1 治水の必要

2 治水の方法

3 まとめ

二 本件浚渫による塩害の発生と本件堰

1 本件浚渫に伴う塩水の遡上

2 本件浚渫後における地下水への塩水の浸透予測

3 予想される塩害の発生

4 堰の代替案

5 まとめ

三 利水対策と本件事業

1 木曽川水系水資源開発基本計画の内容及び変遷

2 平成五年三月二六日の水資源開発基本計画見直しの背景

3 今後の水需要量の予測

4 本件堰による長良川導水事業等

5 水需給と渇水

6 地方自治体からの本件堰建設促進の要望

7 まとめ

四 結語

第七 本件堰の構造とゲート操作

一 本件堰の基本構造

二 ゲートの配置・構造

三 ゲートの操作設備

四 本件堰のゲート操作

1 操作方法

2 ゲート操作の実施

第八 本件堰の安全性

一 地震に対する安全性

1 本件堰地点の地質とその対策等

2 本件堰の耐震設計

3 まとめ

二 洪水に対する安全性

1 水位の低下

2 洪水移行時及び洪水時のゲート操作

3 本件堰による堰上げの影響

4 流木について

三 高潮に対する安全性

1 長良川の高潮計画

2 高潮時のゲート操作

3 高潮時に本件堰が堤防に及ぼす影響

4 名古屋港高潮防波堤設置の影響

5 揖斐川堤防への影響

四 津波に対する安全性

1 津波時のゲート操作

2 津波時に本件堰が堤防に及ぼす影響

3 揖斐川堤防への影響

第九 漏水対策

一 本件事業による堰上流水位の変化とその影響

二 漏水対策工

1 漏水対策工の施工

2 ブランケット工

3 平面排水対策工

三 漏水対策工の効果

1 漏水対策工の効果についての被告の解析

2 解析の前提条件の妥当性

3 漏水対策工の効果

四 堤内地の湿地化及び長良川堤防の決壊の危険の増大について

第一〇 河床浚渫による河床変動

第一一 板取ダム問題

第一二 環境問題

一 長良川のこれまでの環境

1 恵み豊かな河川環境

2 洪水をもたらす河川環境

3 長良川の二つの顔

二 本件堰及び本件浚渫による影響

1 自然性の喪失

2 汽水域の減少

3 水質の変化等

4 魚類への影響

三 環境保全対策

1 本件堰の構造上の対策

2 多自然型岸辺による浅瀬の造成(環境形成)

3 アユ、アマゴ等種苗の量産化等

四 環境影響評価の実施

1 環境に対する配慮

2 環境アセスメント

3 まとめ

五 結語

第一三 本件事業の位置付け

第一四 結論

【第一原告目録】

原告

安立宗正

森島輝雄

中島文雄

髙木紀男

山田満

中野清

渡邊良子

【第二原告目録】

原告

久徳髙文

田中秋男

長谷川順一

【第三原告目録】

原告

長屋政一

長屋墨之

【第四原告目録】

原告

松尾一子

郷浩

八竹昭夫

長岡昌彦

髙橋寛

山田桂

村瀬惣一

鈴木芙美子

原告ら訴訟代理人弁護士

在間正史

平野博史

水谷博昭

被告

水資源開発公団

右代表者総裁

川本正知

右訴訟代理人弁護士

片山欽司

右指定代理人

森本翅充

外七名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

第一  請求の趣旨

一  被告は、長良川河口堰(以下「本件堰」という。)を建設してはならない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

(当事者の主張)

《請求原因》

第一  当事者

一 原告ら

第一原告目録記載の原告らは岐阜県海津郡海津町(以下「海津町」といい、以下市町村名を表示するにつき、二回目以降は都道府県名又は郡の名称を省略することもある。)に、第二原告目録記載の原告らは三重県桑名市に、第三原告目録記載の原告らは岐阜県武儀郡板取村に、第四原告目録記載の原告らは岐阜県岐阜市にそれぞれ居住する住民である。

二 被告

被告は、水資源開発促進法の規定による水資源開発基本計画に基づく水資源の開発又は利用のための事業を実施すること等により、国民経済の成長と国民生活の向上に寄与することを目的として、水資源開発公団法(以下「公団法」という。)に基づき政府が資本金の全額を出資して設立した公団であり、現在長良川5.4粁地点(以下「粁(地点)」の表示は長良川又は揖斐川の各河川沿いに設けられた河口からの距離を示す距離標を基準とした河口からの距離を、「Km(地点)」の表示は河口からの実距離を指すものとする。)に本件堰を建設中の者である。

第二  本件堰の建設事業

一 経過

長良川に河口堰を建設する計画は、建設省中部地方建設局において、昭和三四年三月、専ら長良川からの利水を目的とする逆潮可動堰として提案され、昭和三五年一月「長良川河口ダム構想」として具体化されたのが発端であり、その後右構想は、被告による本件堰の建設事業(本件堰本体の建設事業のほか、これに付帯して被告が施工している事業を一括して、以下「本件事業」という。)とされることになった。

二 本件事業の概要

1 河口堰

本件事業の事業実施計画の概要は、次のとおりである。

Ⅰ 名称

この事業は、長良川河口堰建設事業と称する。

Ⅱ 目的

① 治水

本件堰の設置によって、河道浚渫を可能ならしめ、もって計画高水流量七五〇〇m3/秒を安全に流下せしめるとともに、河川の正常な機能を維持し、公利の増進と公害の除去を図るものとする。

② 都市用水

本件堰の設置によって、濃尾及び北伊勢地域の都市用水として22.5m3/秒の供給を可能ならしめるものとする。

Ⅲ 貯水、放流、取水又は導水に関する計画

本件堰は、洪水時においては門扉(以下「ゲート」という。)をすみやかに開扉して洪水の疎通をはかり、平常時においては堰上流側水位T.P.プラス1.30m(T.P.とは東京湾中等潮位をいい、以下「TP」と表示する。また、右潮位を基準として、これより高い水位を表示するときは「TPm」の、低い水位を表示するときは「TPマイナスm」とそれぞれ表示する。)を上限としてゲートの操作を行い、河川の正常な機能を維持するとともに、22.5m3/秒の都市用水の供給を可能ならしめるものとする。

なお、ゲートの操作は、堰上下流の水利及び水産業に及ぼす影響を極力小ならしめるよう行うものとする。

Ⅳ 施行区域

左岸  三重県桑名郡長島町

右岸  桑名市

Ⅴ 工事計画

この事業の工事計画の大要は、次のとおりとする。

① 堰

①−1 堰の型式及び規模

型式  可動堰

総延長  六六一m

可動部分  五五五m

固定部分  一〇六m

堰天端高  TP2.20m

①−2 堰の構造

A 可動部

主ゲート

型式 鋼製ローラーゲート

有効幅  三〇~四五m

敷高  TPマイナス1.50~TPマイナス6.00m

門数  一一門(うち一門はロック式魚道)

魚道

ロック式魚道 二か所(うち一か所は閘門兼用)

閘門  一か所(魚道兼用)

有効幅  一五m

長さ  四〇m

敷高  TPマイナス3.50m

床固め  一式

B 固定部

固定堰  一式

魚道

呼水式魚道 二か所

床固め  一式

①−3 その他

A 溢流堤  約四九五m

B 対策工  一式

② 管理設備

A 管理所

本件堰管理のための管理所及びこれに附帯する施設を設ける。

B 観測設備

水位及び水質観測設備等を設ける。

C 通信連絡設備

管理所と被告及び建設省等との間に所要の通信連絡網を設ける。

Ⅵ 費用及びその負担方式

① 事業に要する費用の概算額

約二三五億円

② 費用の負担

A 治水に係る費用の額は、建設に要する費用の額に一〇〇〇分の三七四を乗じて得た額とし、公団法二六条一項の規定により、被告は国から交付を受けるものとする。

B 都市用水に係る費用の額は、建設に要する費用の額に一〇〇〇分の六二六を乗じて得た額とし、被告において支弁するものとする。

ただし、被告は、公団法二九条の規定により、流水を都市用水の用に供する者にこれをそれぞれ負担させるものとする。

なお、本件堰の建設が完了するまでに物価の著しい変動その他重大な事情の変更がある場合には、前各号に掲げる用途別負担額等を変更することがある。

2 浚渫

本件堰建設にあわせて長良川30.2粁地点まで二四〇〇万m3の浚渫がされる(当初一三〇〇万m3の予定であったが、昭和四七年に三二〇〇万m3に、平成元年に二四〇〇万m3にそれぞれ変更された。)。

3 承水路

本件堰の建設と不可分一体のものとしてブランケット及び堤内地に承水路が設置される。承水路は、長良川からの浸透水をそこに集中させる目的のものである。

第三  長良川流域(特に輪中地域における)の治水環境

一 輪中の形成

長良川、揖斐川及び木曽川のいわゆる木曽三川は、洪水のたびに中・下流に土砂を堆積し、肥沃な沖積平野(濃尾平野)を形成したが、洪水毎に流路を変えることが多く、しかも、相互に絡み合って流下しているため、その間に河川に囲まれた島状の堆積地が生じ、更に、堆積地外延部に環状の自然堤防が、中央部に低地が形成されるに至った。

この堆積地は洪水により形成されたものであるため、常に洪水の危険にさらされていた。そこで、ここに定住した住民は、洪水防禦のために人工の堤防を自然堤防上に築くようになり、これが輪中堤となった。しかし、輪中堤の完成により中小規模の洪水は防禦できたが、河道が固定され、土砂の堆積が河道に集中し、その結果堤外地は堤内地よりも高くなり、輪中住民は内水排除が困難なことによる湿田化や、大規模な洪水時の破堤による浸水被害に悩まされてきた。

二 輪中地域の治水条件

輪中地域は、河川堆積物で組成されていることから、土粒子の粒径が比較的大きく、土粒子間の結合が弱く、同一層内では均等な粒径の地質構造をなしている。そのために一般的に透水性地盤となっており、河川からの漏水が生じやすい地域である。

また、輪中地域は、洪水毎の土砂堆積で形成されたことから、成層の地質構造をなし、各地層毎に透水性の程度が異なる上、堆積土砂の性状が洪水毎の堆積場所によって多様であるため、局所的に透水性の程度が大きい地質条件が形成され、これにより河川からの漏水が激しい箇所が存在している。

更に、堤防付替や河道締切などで河道上に築堤がなされると、透水性地盤の上に堤防が置かれることになるため、河川からの漏水が生じやすい地質条件となる。また、洪水によって破堤すると、在来地盤が先掘されたところに、洪水流量の減少に伴い、透水性土が決壊部に堆積することもあり、そうなれば、河川からの漏水が生じやすい地質条件となる。

洪水時、連続堤防の一部で破堤が生じるのは、以上のような透水性の程度が大きい地質条件の箇所であることが多い。

三 高須輪中の概要

1 高須輪中は、旧高須輪中、金廻輪中、福江輪中及び本阿弥輪中が合一してできた複合輪中であって、概ね岐阜県海津郡平田町今尾と海津町日原を結ぶ線を境として、北部が自然堤防・後背湿地地帯、南部がデルタ地帯(金廻輪中を除き、自然堤防が発達せず、微高地が低くかつ少ない。)となっており、その地盤高は、二五粁地点より下流部ではTP0.0~マイナス0.5mである。

2 木曽三川は、三川分流(明治改修)以前までは、海津町成戸付近で木曽川に長良川が合流し、また金廻輪中の南端でこの長良川が合流した木曽川と伊尾(揖斐)川が合流していた。慶長一四年(一六〇九年)木曽川左岸(尾張側)に犬山から弥富にかけて強固な連続堤防(「御囲堤」)が完成したため、木曽川右岸は洪水の脅威を大きく受けるようになった。中でも右の合流点に接する高須輪中は、右各合流により各河川の水位が高くなる結果、最も激しく洪水の影響を受け、各所で堤防決壊を繰り返した。

3 なお、高須輪中内の地下水は、長良川水位の上下に合わせて上下しており、長良川の影響を受けている。

第四  本件堰の必要性

一 総論

1 被告は、本件堰が次のように治水・利水両面から必要不可欠であるとする。

(一) 治水面からの必要性

長良川の計画高水流量(岐阜市忠節地点が基準とされる。以下同じ。)は、昭和二八年に策定された木曽川改修総体計画において四五〇〇m3/秒とされていたが、昭和三四年九月に七四〇〇m3/秒、昭和三五年八月に八〇〇〇m3/秒、昭和三六年六月に六七〇〇m3/秒という右計画高水流量を上回る大洪水に相次いで見舞われたことから、昭和三八年四月、昭和三八年度以降直轄河川改修総体計画において七五〇〇m3/秒(忠節地点の基本高水流量を八〇〇〇m3/秒とし、うち五〇〇m3/秒については上流部のダムにより調節する。)に改定された。しかし、現況河道のままで七五〇〇m3/秒を流下させると三〇粁地点までの間の水位が大幅に上昇して危険であるから、河床の大量の浚渫が必要となるが、右浚渫が行われると三〇粁地点付近まで塩水が遡上し、塩害が発生することになる。そこで、右浚渫を可能とするため、本件堰を建設し、塩水の遡上を防ぐことが不可欠である。

(二) 利水面からの必要性

増大する周辺地域の水需要に対処するため本件堰から22.5m3/秒の水の供給を計画しており、利水面からも本件堰を建設することが必要である。

2 ところで、本件堰の建設及びこれと不可分一体な承水路の建設、河床の浚渫及び上流ダムの建設によって後記第五のような多様な被害(不利益)が生じるから、本件堰の建設が許容されるには右被害を上回る利益ないし必要性が常時存在することが必要である。しかしながら、本件堰は、以下のとおり治水面からも利水面からも建設の必要性がない。

二 河床浚渫の必要性について

被告は、平成元年時点において河積増加のために合計約一四〇〇万m3(昭和四七年に揖斐川から長良川に計上換えされた約六〇〇万m3の河口部浚渫量を除く。以下同様である。)の浚渫が必要であるとするが、以下のとおり、必要な浚渫量はせいぜい三〇〇万m3であり、しかも、塩水遡上を現状以上に伸長させないで河積を確保することが可能である。したがって、塩水遡上防止のために本件堰を建設する必要性はない。

1 当初の計画浚渫量とその後の河積増大

被告は、計画高水流量である七五〇〇m3/秒の洪水を流下させるのに三〇粁地点より下流で河積が不足しており、昭和三八年において河積増加のために約一三〇〇万m3の浚渫が必要であるとする。

しかし、その後、長良川の河積は、地盤沈下等で増大し、昭和五二年までに約一一〇〇万m3増加している。これは、河積増加のため必要とされた浚渫量の大部分は満たされて、残された浚渫量は二〇〇万m3程度ということを意味している。

2 計画浚渫量の変化

(一) 昭和四七年に計画浚渫量が変更されたが、河積増加のための浚渫に関して増加したのは約六〇〇万m3であったから、計画浚渫量は合計約一九〇〇万m3となった。

(二) このような計画浚渫量変化の原因は、河口水位(出発水位)及び粗度係数(流水が河道を流下する際の抵抗の大きさを示す係数)の変更である。河口水位は、TP2.1m(昭和三八年)からTP2.5m(昭和四七年)に変更され、計画粗度係数は次のとおり変更された。

昭和三八年

マイナス0.6・~14粁地点0.022

一四~二四粁地点 0.025

24~30.2粁地点 0.028

昭和四七年

マイナス0.6~7.2粁地点0.025

7.2~18粁地点 0.027

18~30.2粁地点 0.027

(三) 一八粁地点より下流の計画粗度係数が0.025から0.027に変更された原因は、新たにブランケット(高水敷)を造成することにより粗度の増加が想定されるからである。しかしながら、ブランケットは、本件堰の建設により河川水位が上昇し漏水が激しくなるので、その対策として造成されるものであるから、本件堰がなければ、ブランケットは必要ではなく、それによる粗度の増加も生じないし、浚渫量の増量も必要ではない。

そうすると、必要とされた浚渫量は既に大部分が得られているのであるから、今後の大規模浚渫は必要ではない。

3 現況河道(昭和六二年河道)の洪水流下能力

(一) 七五〇〇万m3/秒の洪水が流れた場合、昭和五一年九月洪水第四波時の粗度係数によれば昭和六二年河道で二〇粁地点から上流にかけて、特に二四粁地点から上流にかけて洪水位が計画高水位を最大0.61m上回ることになるが、同第一波時の粗度係数では洪水位が計画高水位を上回ることはない。

右各粗度係数は次のとおりであるが、同第四波時の粗度係数は、一八粁地点から上流、特に24.3粁地点から上流の値がこれまでの洪水例や計画粗度係数と比べてかなり大きい。

昭和五一年九月洪水第一波時

6.2~18粁地点 0.020

18~30.2粁地点 0.027

同第四波時

6.2~18粁地点 0.025

18~24.3粁地点 0.030

24.3~30.2粁地点 0.032

(二) なお、昭和四七年改定の計画粗度係数を用いて、昭和六二年河道で七五〇〇m3/秒の洪水が流れたときの水位を求めると、計画高水位を最大で0.25m上回るだけである。

4 必要な浚渫量

(一) 昭和六二年河道を前提とすれば、昭和五一年九月洪水第四波時の粗度係数のように大幅に流れにくい粗度係数を用いても、一八粁地点より下流(粗度係数0.025の区間)の洪水位はほとんど計画高水位以下である。これに対し、二〇粁地点よりも上流、特に粗度係数が0.032とこれまでの例に比べて大幅に大きい値の区間で洪水位は計画高水位を上回るが、最大でも0.61m上回るにとどまる。

ところで、二〇~三〇粁地点の計画高水位での水面幅は四二〇~六〇〇m程度であるので、この区間の洪水位が計画高水位を上回っている部分は約一五〇~二〇〇万m3である。そして、この洪水位が計画高水位を特に上回る区間は、粗度係数が大幅に大きい値の二四粁地点から上流部分であって、この部分の粗度係数が大きい、つまり流れにくいとされていることがその原因の一つである。また、昭和三八年から昭和五二年までの河積増加をみると、二〇粁地点より上流は一五粁地点より下流に比べて増加量が少ない。結局、この洪水位が計画高水位を上回る原因は、二〇粁地点より上流、特に二四粁地点より上流の粗度係数を大幅に大きくしたことと、二〇粁地点より上流の河積増大が少ないためである。

そうすると、一八粁地点より上流の部分の浚渫をすれば、その部分の河積が増大し、また、河床整正による粗度の低下がもたらされて、洪水位を計画高水位以下にできることになる。その場合の浚渫量は、前記の不足河積一五〇~二〇〇万m3からみて、これを大幅に上回ることはないはずである。

なお、一八粁地点付近より上流の浚渫は、一五~一六粁地点付近の河床突起部を残した浚渫であって、塩水遡上を現状以上に伸長させない浚渫方法である。

(二) また、昭和四七年改定の計画粗度係数を用いた計算でも、昭和六二年河道を基準にした洪水位を計画高水位以下に収めるためには、約三〇〇万m3の河床浚渫が必要なだけである。

(三) 被告は平成元年時点において河積増加のために合計一四〇〇万m3の浚渫が必要であるとするが、以上のように、それは明らかに過大である。そして、塩水遡上を現状以上に伸長させないで河積確保のための浚渫を行うことが可能なのであるから、塩水遡上防止のために本件堰を建設する必要性はない。

三 塩害について

本件堰は、長良川の河積増大のための浚渫を行うと、塩水遡上距離が伸びて塩害を生じさせることになるので、それを防止するために塩水の遡上を止めることをその建設目的の一つとしている。しかしながら、以下のとおり、計画どおりに浚渫を行っても塩害は生じないし、また、仮に塩害が生ずるとしてもその防止については他に適切な代替案がある。

1 長良川の河床浚渫による塩水遡上

(一) 被告の河床浚渫後の塩水遡上距離及び河川水の平均塩素イオン(以下「cl-」と表示する。)濃度の予測

(1) 被告は、潮汐(大潮及び小潮の各三分の二潮位、平均潮位及びマイナス三分の二潮位による。)、河川流量(二八、四四、七一、一三〇、二五二及び五〇〇m3/秒)別の塩水遡上距離について解析を行っており、その結果は、別図8の1ないし6のとおりである。

そして、被告は、右解析結果から得られた河川平均cl-濃度、別表3のとおりの潮汐の確率、河川流量の確率の積の総和によって、河床浚渫後の長良川河川水の平均cl-濃度の予測を行っており、その結果は、別表4及び5のとおりである。

(2) なお、被告は、弱混合時(塩水楔形成時)の塩水遡上の解析において、潮位TP0.64m、河川流量二八m3/秒の下で塩水が約29.5粁地点まで遡上するとするが、右潮位は被告主張のような小潮平均満潮位ではなく、小潮最高満潮位、かつ、上下弦年平均満潮位の最高値(しかも、河川流量による水位増加の影響を受けている。)であり、右河川流量は渇水流量(一年のうち三五五日はこれを下回らない流量)であるから、右解析結果は弱混合時における塩水の河道への最大浸入長を予測したものであって、弱混合時における平均的な浸入長を予測したものではない。

また、強混合時の塩水遡上の解析において、潮差TP1.12~マイナス1.08mの場合の満潮時で、河川流量三〇m3/秒の場合に、二〇粁地点付近の河川水のcl-濃度が二〇〇mg/lであるとするが、これも潮差、潮位、河川流量ともに最も塩水遡上が生ずる条件下(潮差は最も大きいときのものであり、潮位は満潮、河川流量は渇水流量である。)での解析であって、強混合時における塩水の河道への最大浸入長を予測したものにほかならない。

右のような塩水遡上しやすい条件下における解析のみでは、塩水遡上の全体を把握することができないから、このような解析によっては正しい判断を得ることができない。

(二) 右(一)(2)の点を別としても、被告の河床浚渫後の塩水遡上距離及び河川水の平均cl-濃度の予測は、以下のように過大である。

(1) 塩水遡上距離

被告が予測した弱混合時(塩水楔形成時)の塩水遡上距離は大きすぎる。その原因は、塩水と淡水の境界面の抵抗係数fiのとり方に問題があるからである。

抵抗係数fiの式は、次のようになる。

fi=A・Ψ-n

=A(Re・Fri2)-n

fi:抵抗係数(フルード数)

Re:レイノルズ数

Fri:内部フルード数

A:常数

n:べき数

被告は、fiについて「fi=0.4(Re・Fri2)-2/3」の式を用いている。別図9は抵抗係数fiとΨ値との関係について実験値及び観測値を記載したものに被告の用いたfi−Ψの関係式(及び後記の林鑑定の用いたfi−Ψの関係式)を重ねたものであるが、被告の用いたfi−Ψの関係式は、Ψが105以下ではプロットされた点群から離れる傾向が明瞭であり、また、Ψが105~106では点群の下端部分に位置している。被告の用いたfi−Ψの関係式は、精度が悪く、それに基づく塩水遡上距離の解析結果は、より塩水遡上距離が長くなる傾向を示している。

これに対し、岐阜地方裁判所昭和四八年(ワ)第四五七号河口堰建設事業差止請求事件(以下「旧訴」という。)において林泰造教授が長良川の河床浚渫後の塩水遡上の程度について流量六〇m3/以下の場合を鑑定している(以下旧訴における同教授の鑑定を「林鑑定」という。)が、それによれば、弱混合時の塩水遡上距離は別表6のとおりである。なお、林鑑定は、fiについて「fi=0.2(Re・Fri2)-1/2」の式を用いているが、右関係式は、別図9において、プロットされた点群の中にあり、点群に近い傾きであるのでプロットされた点と直線の対応が認められるから、右の場合それなりに妥当な式と考えられる。

(2) 河川水の平均cl-濃度

ア 被告の河床浚渫後の河川水の平均cl-濃度の予測の前提となる潮汐、流量毎のcl-濃度は、強混合時においては別図8の1ないし3のとおりであり、弱混合時においては、塩淡境界線の上は〇mg/l、その下は一万八〇〇〇mg/lとして、水深方向の平均cl-濃度は、淡水濃度(〇mg/l)と塩水濃度(一万八〇〇〇mg/l)に淡水部及び塩水部の深さの各割合を乗じたものの和によって求め、水面から八割水深の位置でのcl-濃度は水面から八割水深の位置が淡水(〇mg/l)か塩水(一万八〇〇〇mg/l)のいずれかであるかによって求めたものである。

しかしながら、実際の弱混合時のcl-濃度分布は、淡水と塩水が境界面を境にして別れているのではなく、楔形を示しつつも、漸次淡水から高cl-濃度になっていくのであり、解析結果を利用して精度のよいcl-濃度分布を得るためには、解析結果を実測値分布に対応させて修正する必要がある。

イ 別図10は、弱混合時の塩淡水境界面の計算値と実測値の検証結果図であるが、右図の実測の等cl-濃度線に基づき河床のcl-濃度の変化を求める(ただし、各濃度線間の濃度変化は均等とする。)と、別図11のとおりになる。

別図8の解析結果に基づき、弱混合時については計算上の塩水楔先端からの右のようなcl-濃度変化に応じて修正した河床でのcl-濃度を水面から八割水深のcl-濃度に代替して(したがって、この数値は八割水深での濃度値よりも大きい値であり、塩害としては危険側の数値である。)、長良川一五、二〇、二五粁の地点毎の水面から八割水深のcl-濃度を求めると、別表7の1ないし3の各流況と潮汐とに応じたcl-濃度欄の上欄のとおりになる。

そして、別表3の確率に従って一五、二〇、二五粁の地点毎の水面から八割水深でのcl-濃度を求めると別表7の1ないし3の各合計欄のとおりとなる(これは、河川流量五〇m3/秒でも塩水楔が生じるとした場合の値であり、この場合を①とする。)。

なお、河川流量が低水量より大きくなるに従い、河川水流の乱れが大きくなるから、塩水の遡上形態としては弱混合形態をとる期間が短くなって、強混合形態をとる期間が長くなり、河川流量が更に大きくなると、弱混合形態をとる期間はなくなり、混合形態は月齢によって中混合と強混合との間を繰り返すようになるものと考えられるので、この点を考慮して、流量が、豊水流量(一三〇m3/秒)以上時は弱混合、強混合各二分の一となると想定した場合(この場合を②とする。)、豊水流量時は、弱混合、強混合各二分の一、三五日流量(二五二m3/秒)以上時は強混合となると想定した場合(この場合を③とする。)及び平水流量(七一m3/秒)時は弱混合、強混合各二分の一、豊水流量以上時は強混合となると想定した場合(この場合を④とする。)の各cl-濃度を求めると、別表7の各ケース合計欄のとおりとなる。

以上のcl-濃度の解析結果を被告の予測(別表5)と対比して整理すると、次のようになる。

ケース

一五粁地点

二〇粁地点

二五粁地点

被告の予測

一一、〇〇〇

一〇、〇〇〇

六、〇〇〇

四、四〇〇

二、四〇〇

六五〇

三、八〇〇

二、二〇〇

六一〇

三、四〇〇

二、一〇〇

六一〇

二、六〇〇

一、五〇〇

四七〇

〔単位・ mg/ℓ。

ただし、①~④については、別表7の1~3に基づく概数である。〕

このように、被告主張の別表3をそのまま使用しても(①の場合)、cl-濃度を実測に対応させてできる限り正しく修正した値で求めると、被告の予測の値は2.5~10倍も大きくなっている。しかも、弱混合が実際に発生する期間に応じて更に現実に合った修正を行うと(②ないし④の場合)、cl-濃度は一層低くなる。いずれにしても、被告の水面から八割水深での平均cl-濃度の予測は過大である。

2 塩水遡上の影響

(一) 取水障害

(1) 被告は、河床浚渫によって塩水遡上距離が伸びると長良川用水が取水できなくなり、高須輪中の約三〇〇〇haの農業に影響を与えるとしている。

長良川用水は、揖斐川の中江取水口(水利権最大取水量2.47m3/秒)、長良川の勝賀取水口(同3.75m3/秒)、新大江取水口(同6.40m3/秒)から取水される。各取水系統の灌漑面積は、中江が七六〇(水田七二〇)ha、勝賀が九七〇(水田八三〇)ha、新大江が一三七〇(水田一二七〇)haである。なお、新大江の6.40m3/秒のうち0.74m3/秒は、中江系統に補給されている。

(2) 揖斐川の中江取水口からの取水は、長良川の浚渫による影響を受けない。なお、同取水系統は、新大江からの取水による補給を受けているが、右補給水は、普通期には必要でないし、その量も、全最大取水量3.21m3/秒の二三%にすぎないので、長良川二五粁地点の塩分濃度の実態からみて塩水による影響は無視してよい。

(3) 勝賀取水口は長良川29.5粁地点にあり、常に塩水楔の上流にある。したがって、勝賀での取水は現状のままで常に可能であって、浚渫により取水障害を生じることはない。

(4) 新大江取水口は長良川25.1粁地点にある。しかしながら、長良川の塩水遡上は、以下のように、同地点での取水に影響を及ぼすものではない。

ア 長良川の浚渫後、二五粁地点近くまで塩水が遡上する形態は弱混合(塩水楔)の場合しかないが、長良川で弱混合が生じるのは、小潮後の三、四日なので、約一か月の月齢の一周期においては、これが二度生じることになる。

イ ところで、弱混合時の塩水遡上距離は、河口潮位と河川流量に影響され、河口潮位が高くなると塩水遡上距離は長くなり、河川流量が大きくなると塩水遡上距離は短くなる。林鑑定によれば、弱混合時の河口満潮位は塩水楔生成時が最も低く、TP0.35mであり、塩水楔破壊時が最も高く、TP0.64mである。

浚渫後においては、河口潮位TP0.64mの場合、塩水楔は流量六〇m3/秒のときに最先端だけが二五粁地点に達し、六〇m3/秒を超えると二五粁地点に達しなくなる。また、河口潮位TP0.35mの場合、河川流量が二五m3/秒(渇水流量)のときは塩水楔先端が二五粁地点よりも上流に達するが、河川流量三五m3/秒以上のときは塩水楔先端は二五粁地点以下の下流にある。河川流量二五m3/秒は三五五日流量であり、また、冬期に発生するのが常態なので無視してよい。

ウ 結局、新大江取水口のある二五粁地点にまで塩水が遡上すると考え得るのは、河川流量が六〇m3/秒以下のときと、河口満潮位TP0.35m以上の弱混合のとき(最大の場合であっても一潮汐について約三時間であり、一日に二回潮汐があるからこれが二回繰り返されることになる。)が重なった場合だけであり、その場合だけ取水をしなければよいのであるから、塩水遡上は、新大江取水口での取水に影響を及ぼすものではない。

(二) 高須輪中の地下水、土壌の塩水化と農業等への影響

(1) 塩水化の範囲及び塩水化過程

ア 被告は、高須輪中の地下水及び土壌が塩水化される範囲について、二五粁地点付近より下流では高須輪中の地下水面が長良川の平常時の水位より低いのでこの地域では地下水が長良川から涵養されており、また、高須輪中の地下水流動は高須輪中の中央部を流れる大江川に向かっているから、長良川の河川水が塩水化すれば二五粁地点から下流で、かつ、大江川より東の約一六〇〇haの地域の地下水及び土壌が塩水化すると予測する。

そして、地下水の塩水化過程を数値解析によって予測し、確認された「みずみち」だけを考慮した場合、最終的に塩水化されると予測される約一六〇〇haの約半分がおよそ一〇年以内に塩水の影響を受け、未確認の「みずみち」を考慮に入れると、約六割の地域がおよそ一〇年以内に塩水の影響を受けるおそれがあるとする。

イ しかしながら、被告の右予測は過大である。

二五粁地点付近より下流は年間を通じて常に地下水が長良川から堤内地に流れているのではなく、24.5粁地点より上流はかえって年間を通じて堤内地から長良川への流れとなっており、22~24.5粁地点は年間の半分の非灌漑期だけが長良川から堤内地への流れで、灌漑期には長良川から堤内地への流れはないのである。

また、被告は、長良川と堤内地下水との間の地下水の流れは河川横断方向であることを前提としている。しかし、河川縦断方向や長良川上流側からの流れもあるのであり、堤内上流側の塩水化していない地下水や長良川上流側からの塩水化していないか又はより塩水化していない河川水による地下水の流れがあるのである。

しかも、被告の予測は別表8の境界条件によっており、同表に示されている河川水cl-濃度は別表4の水深方向の平均値であるが、前記のように、被告の河川水の平均cl-濃度の予測値は実測を無視した解析のみによる過大な数値であり、その数字を前提とする被告の解析結果は正しくない。

(2) 地下水及び土壌が塩水化した場合のcl-濃度予測

ア 被告は、河川水、地下水、土壌のcl-濃度の観測結果を用い、河川水cl-濃度と地下水cl-濃度の関係図(別図13)及び地下水cl-濃度と土壌cl-濃度の関係図(別図14)を作成して、これらに長良川の河床浚渫後の河川cl-濃度の予測値を順次当てはめて、別表9のとおり河床浚渫後の高須輪中の地下水及び土壌のcl-濃度の予測をしている。

イ ところで、別図13で地下水のcl-濃度と対比されているのは水面から八割水深でのcl-濃度ではなく、水深方向の平均値であるから、同図には水深方向の平均値を当てはめるべきであるにもかかわらず、被告は、水面から八割水深でのcl-濃度を当てはめて地下水のcl-濃度の予測を行っている。水面から八割水深でのcl-濃度は水深方向の平均値よりも二、三倍大きいので、被告の地下水のcl-濃度の予測も過大になっている。

ウ また、仮に水面から八割水深でのcl-濃度を用いて予測するとしても、前記のように被告の用いた別表5の予測は正しくなく、前記1(二)(2)の①ないし④の数値以下に正しく修正して用いるべきである。これらの修正した数値を用いて、被告と同様の方法で予測すると、堤内地の地下水及び土壌のcl-濃度は、次のようになる。

ケース

一五粁地点

二〇粁地点

二五粁地点

被告の予測

七〇〇〇  六〇〇

五〇〇〇  五〇〇

一〇〇〇  一五〇

四〇〇  五〇

一五〇  三〇

七〇  一五

三〇〇  四〇

一五〇  三〇

七〇  一五

三〇〇  四〇

一五〇  三〇

七〇  一五

二〇〇  三〇

一五〇  三〇

六〇  一五

〔上の数値は地下水、下の数値は土壌単位・mg/ℓ〕

このように、河川水cl-濃度を河床での濃度とする大きめの数値を用いたとしても、被告の予測は、地下水では一四~三五倍、土壌では一〇~二〇倍も大きい数値なのである。

(3) 地下水、土壌の塩水化が農業等に与える影響

土壌塩分濃度が農業への影響として問題となるのは主に水稲被害であるが、水稲被害が生じ始めるとされている塩分濃度は、塩化ナトリウム濃度で一〇〇〇mg/cl-(l濃度で六〇〇mg/l)であるところ、長良川の河床浚渫後に土壌が塩水化した場合の濃度は前記の程度であるから、農業への影響はない。

また、地下水の塩水化の程度は前記のとおりであるから、地下水利用に実害を及ぼすものではない。しかも、海津町では水道がほぼ全戸に普及しており、この程度の塩分濃度の地下水は日常生活上問題とすべきものではないし、同町は塩水が常時遡上している揖斐川の大江川樋門(14.8粁地点付近)から灌漑用水を逆潮取水しているが、塩分濃度が右の程度に達していないため、塩害が発生していない。このことは揖斐川右岸の三重県桑名郡多度町及び岐阜県海津郡南濃町でも同様である。

このように、地下水及び土壌が塩水化した場合の塩分濃度は、高須輪中内の土地利用に何の制約を加えるものではない。

(4) ところで、長島町は、昭和三四年の伊勢湾台風により各所で破堤し、塩水が長期間湛水したため昭和三五年の水稲被害が著しかったが、その後、右被害は減少化傾向をたどり、昭和五八年以降はほとんどなくなって解決した。

長島町では従来長良川から灌漑用水を揚水取水していたが、これを深井戸に転換することにより塩害が著減し、更に昭和五八年から淡水である木曽川総合用水に完全転換されると塩害がほとんどなくなった。また、対策排水路により浸透水を排水することも塩害防止に効果的であった。このように、淡水を灌漑用水として供給し、塩水対策排水路を整備すれば塩害を防止し得るのである。

したがって、仮に高須輪中において地下水や土壌の塩水化が農業に影響を与える可能性があるとしても、同様の方法により塩害を防止することができるのである。そして、高須輪中の長良川用水は、最大取水量12.6m3/秒であり、塩害対策のための水量を含めた用水の供給が可能である(前記のとおり、浚渫後の塩水遡上があっても可能である。)。また、高須輪中では、平面排水対策工のような浸透水の排水対策工が整備されているから、これにより河川から浸透してきた塩水の速やかな排除が可能である。

3 対策の比較

浚渫による塩水遡上は農業等に影響を与えないので、その対策を必要としないが、なお、念のため被告が否定する以下の代替案を検討する。

(一) 淡水(アオ)取水案

被告は、長良川用水の勝賀取水口及び新大江取水口でのアオ取水(満潮時に塩水によって押し上げられた表層の淡水《アオ》を取水する方法)を否定する。

しかし、勝賀取水口(29.5粁地点)は、強混合時はもちろん、弱混合時の渇水流量(三五五日流量)でも塩水楔先端より上流にあるから、塩水遡上に関係なく常時淡水の取水が可能である。

また、新大江取水口(25.1粁地点)は、通常は淡水の取水が問題なく可能である。ただ、前記のように塩水楔先端が二五粁地点に達する場合があるが、それは短時間である上、水深断面のすべてが塩水ではないから、その取水に問題はないし、また、万一の場合はその間取水を中止すればよく、残りは取水できるから、問題はない。更に、取水の方法として、例外的に取水地点に塩水遡上があったときは塩水部分の上層の淡水又はcl-濃度の低い上層部分を選択取水する方法をとればよい(そのcl-濃度は水稲被害を生じさせない数値である。)。

(二) 取水施設上流移設案

被告は、長良川の勝賀取水口、新大江取水口及び北伊勢工業用水取水口を三五粁地点より上流に移設することを代替案として検討している。

しかしながら、北伊勢工業用水取水口は、現在使用されていないので移設を検討する必要もない。三重県の工業用水は大幅な水余り状態にあり、他の工業用水に転換することも可能である。

勝賀取水口は、常時取水が可能であり、移設する必要はない。

新大江取水口は、通常時は塩水の遡上がないが、例外的に塩水の遡上がある。このような場合の取水方法としては、例外的な場合のために上流の二八~二九粁地点で取水するか、又は勝賀取水口で取水する方法を取ればよい。

(三) 鋼矢板工案

長島町においては塩害対策は既に実施済みであって、塩害問題は解決されているので、浚渫による塩水遡上の伸長による影響を検討し、場合によってはその対策を考えなければならないのは高須輪中の一四~二五粁地点であるが、その区間の河川水の塩分濃度は対策を必要とする程度ではないので、鋼矢板工による対策を考えるとすれば、相対的にcl-濃度が高い一四~一五粁地点や部分的に河川からの浸透の大きい箇所だけである。したがって、鋼矢板工が実施される距離は一~三キロメートル程度であるから、現実的かつ効果的な方法である。

(四) マウンド残存案

マウンドを残存させても計画高水流量を計画高水位以下で流下させることができる。被告の主張に従えばマウンドを残存させると八粁地点で計画高水位を0.1~0.15m超えるが、その程度の洪水位の上昇は問題とするに足りない。

なお、残存マウンドは水中固定堰と同じ機能を持つものであるが、固定堰よりも勾配が小さく洗掘力が小さいから、河床の安定性は固定堰よりも高い上、床止め、護床工等を上下流に施工すればよいのであって、河床の安定性については既存の河川工学の知見で対処できる。また、残存マウンドによる洪水の乱れによる堤防への負担についても、護岸を適切に施工すればよいのであって、これについても既存の河川工学の知見で対処できるのである。

また、この案の場合、強混合の場合cl-濃度二〇〇mg/lでみると一八粁地点付近まで塩水が遡上するとされるが、それは流量三〇m3/秒の場合であり、一年間のうち一〇日程の例外的なときのものであるから、問題はない。

(五) 潜り堰案

潜り堰については、洪水上や維持管理上何の問題点もない。なお、塩水遡上の問題については、(四)と同様であり、問題とすべきことではない。

四 水需要について

1 木曽川水系水資源開発基本計画(平成五年変更前)

本件堰は、昭和四三年に閣議決定された木曽川水系水資源開発基本計画(以下、原告の主張においては、平成五年三月二六日変更前の同計画を「フルプラン」、変更後の同計画を「新フルプラン」という。)に基づくものである。

フルプランでは、愛知県の尾張地域、三重県の北伊勢地域、岐阜県及び長野県のごく一部の地域における昭和四七年から昭和六〇年までの新規水需要を、平均取水量として、都市用水計98.8m3/秒(水道用水39.1m3/秒、工業用水59.7m3/秒)、農業用水21.6m3/秒の合計120.4m3/秒と想定し、この新規の水需要に対し、岩屋ダム(木曽川総合用水)、三重用水、阿木川ダム、味噌川ダム、徳山ダム及び本件堰により水道、工業及び農業用水を供給する計画であった。

本件堰の開発水量は、最大取水量として工業用水14.80m3/秒(愛知県6.39m3/秒、三重県8.41m3/秒)、水道用水7.70m3/秒(愛知県2.86m3/秒、名古屋市2.00m3/秒、三重県2.84m3/秒)の合計22.50m3/秒で、平均取水量は約二一m3/秒である。

2 木曽川流域の都市用水の需要の動向

(一) 工業用水

愛知県の尾張地域、三重県の北伊勢地域及び岐阜県(以下「木曽川流域」という。)の工業用水(新規淡水補給量)につき、その需要が増え続けたのは高度成長時代の昭和四七年までである。同年の四〇九万m3/日をピークにして、その後はほぼ減少の一途をたどり、昭和六〇年には三一七万m3/日になっている。フルプランでは昭和四六年から昭和六〇年までの一四年間に工業用水が五一六万m3/日(59.7m3/秒)増えることになっていたが、現実には、右期間に約八三万m3/日減少している。

(二) 水道用水

水道用水の需要も、昭和四七年までは急速に増加し続けてきたが、同年以降は増加率が大幅に鈍化しており、昭和四一年から昭和四七年までの年間増加水量は一四万m3/日であるが、同年から昭和六〇年までの年間増加水量は四万m3/日である。フルプランでは昭和四六年から昭和六〇年の一四年間で三三八万m3/日(39.1m3/秒)増えることになっていたが、現実には、右期間の増加は七〇万m3/日強で、計画値の約五分の一にとどまっている。

(三) 都市用水合計(工業用水及び水道用水の合計)

都市用水の需要につき、フルプランの予測値と実際値を比較すると、予測値は、昭和四六年から昭和六〇年までの増加が八五四万m3/日であったが、実際は、右期間に五七二万m3/日から五六〇万m3/日へと一二万m3/日減少している。水道用水の微増を工業用水の大幅な減少が打ち消して、都市用水全体として減少をもたらしているのである。

このように、現実の水需要は、フルプランの予測と全く異なる動きを示してきたのである。

3 都市用水需要減少の原因と今後(ただし、昭和六〇年以降)の水需要の見通し

(一) 都市用水需要減少の原因

(1) 工業用水の需要減少の原因

ア 右の第一の原因は、化学工業、鉄鋼業、繊維工業といった用水型工業(工業用水需要全体の約六〇%を占めている。)の生産が頭打ちになり、自動車等の非用水型の加工組立型工業へと産業構造が変化してきたことや製品当たりの価格の高い高付加価値製品の製造に生産品目が移行し、淡水使用量の工業出荷額当たりの原単位(m3/日・億円)が減少した(昭和六〇年は14.4であったのが、平成二年には10.5となった。)ことにより、水需要を増加させる要因がなくなったことである。

イ もう一つの大きな原因は、排水規制の強化、地下水の揚水規制、工業水道料金の値上げなどを契機にして工場内での水使用合理化が徐々に進行してきたことである。

なお、水使用の合理化とは、単なる回収率の向上ではなく、それとともに生産工程における水使用量の減少等設備的になるべく水を使用しない方式に改善することによって水使用量を減少させることである。

(2) 水道用水の需要増加率低下の原因

ア 水道用水の増加率が低成長時代になってから大幅に低下してきた原因の一つは、水道用水の増加要因の働きが小さくなってきたことである。すなわち、水道用水の大半を占める家庭用水の増加要因としては、人口の増加、世帯の細分化(家庭用水には世帯人員に比例しない固定的な部分があるので、世帯が細分化すると、一人当たりの家庭用水が増えていく面がある。)、水洗トイレ及び自家用風呂の普及であるが、最近はこれらの伸びが鈍化し、頭打ちの傾向にある。

イ また、ビルなどが使う都市活動用水は減り気味である。都市活動用水の大半は家庭の外での生活用水というべきものであるから、ビルの延べ建築面積が増えても、勤務人口が増えない限り都市活動用水は増加しないが、勤務人口はさほど増加していない。勤務人口の増加率を上回る節水が進行したため、都市活動用水が減少してきたのである。

ウ 更に、水道用水の増加率が鈍化してきた原因として、漏水を中心とする無収水量の減少と節水の進行をあげることができる。

(二) 今後の水需要の見通し

(1) 工業用水

ア 用水型工業の状況は厳しく、今後再び生産量を増加し続けることはないと考えてよい。したがって、それによる用水需要の増加はないと考えられる。

イ 水使用合理化は、今後も進行するものと考えられる。

二〇年程前の用水型工業は、必要水量の三~五倍の水を使っていたところ、その後、排水規制の強化などを契機として水使用合理化が進んだが、過去の水使用合理化で是正された水浪費は全体の一部に過ぎず、水使用合理化を進める余地はまだ十分にある。

ウ 工業用水の淡水補給水量は、工業出荷額の上昇、回収率の頭打ちにもかかわらず、淡水使用量の工業出荷額当たりの原単位の低下により、横ばいである。それは、非用水型工業の生産増、高付加価値の製品の製造への移行及び使用水量を増加させない生産体制によってもたらされたものである。今後も、このような工業生産内容と生産体制が推進されることは確実であるから、淡水使用量原単位の低下、回収率の上昇は更に進むものとみなければならない。

エ 以上のように、工業用水需要は、今後も減少または横ばいの傾向が続いていくものと予測される。

(2) 水道用水

ア 水道用水の増加要因は徐々に限界値に近づいてきている。西暦二〇一一年頃に日本全体の人口がピークに達すること(厚生省人口問題研究所の推計による。)、中部地方への人口集中が今後はあまりないと予想されることから、木曽川流域の人口は近い将来頭打ちになると予想される。また、水洗トイレや自家用風呂の普及率は既にそれぞれ八〇%、九五%程度になっているため、あと一〇年程度で増加要因として寄与しなくなる。

イ 一方、水道用水の減少要因は、今後も働くと考えられる。愛知・三重・岐阜三県の有収率は、昭和五九年時点で八三%である。有収率が福岡市のように九〇%以上に達している例もあるから、木曽川流域の無収水量は、今後漏水対策が進められれば大幅に減少するはずである。また、節水の方は、もともとの節水可能率が家庭用水で三〇~四〇%、都市活動用水で四〇~五〇%あったと推定されるから、これからも節水を進める余地は十分にあり、上下水道料金の値上げで更に節水が進行していくはずである。

ウ 以上のように、水道用水の今後の需要増加量はさほど大きなものではないと予測されるが、増加率に変化が生じ始めた昭和五〇年頃から昭和六〇年頃までの平均年増加量約四万m3/日程度の増加が続くとすると、昭和六〇年から平成一二年までに五〇万~七〇万m3/日程度増加することが予測される。

(3) 都市用水合計

よって、都市用水合計としては、昭和六〇年から平成一二年までに五〇万~七〇万m3/日の需要増加が予想される。

4 既開発水の利用実態と今後の見通しとの対比

(一) 既開発水の利用実態

フルプランの水源施設のうち、岩屋ダム(木曽川総合用水、都市用水39.56m3/秒)は昭和五七年度に完成し、既に用水供給を行っており、また、阿木川ダム(都市用水4.00m3/秒)が平成二年度に完成した。この使用実態は、次のとおりである。

(1) 岩屋ダム

岩屋ダムによって供給される工業用水20.43m3/秒は、愛知県(6.30m3/秒)では名古屋臨海工業用水道第一期(配水能力二〇万m3/日)と尾張工業用水道第一期(同二九万m3/日)の水源とされ、また、三重県(9.00m3/秒)では北伊勢工業用水第四期(同七二万m3/日《前期・後期各三六万m3/日》)の水源とされている。なお、岐阜県(5.13m3/秒)ではこれによる工業用水道事業は行われていない。

これらの工業用水道のうち、名古屋臨海工業用水第一期と北伊勢工業用水第四期の後期は、配水施設が造られていないことなどから工業用水道として供給されていない。また、供給されている他の工業用水道もその利用率は五〇%程度である。

このように、岩屋ダムによる都市用水開発水量は三四二万m3/日=39.56m3/秒であるが、実績最大取水量は約一二六万m3/日=145.58m3/秒であり、開発水量の約六三%である二一六万m3/日=25.00m3/秒が余っているのである。

(2) 木曽川流域全体

木曽川流域全体としてみると、用水供給が行われている水量は、平成三年で七四八万m3/日(平均)、水源施設が完成した阿木川ダム、同着工がなされた味噌川ダムを含めると八一二万m3/日(平均)である。これに対し、水利用実績は、平成三年で六〇三万m3/日である。したがって、用水供給施設では一四五万m3/日(約二〇%)、水源手当施設も含めると二〇九万m3/日(約二五%)が余剰となっているのである。

(二) 今後の見通しとの対比

前記のとおり、昭和六〇年から平成一二年まで、都市用水全体で五〇万~七〇万m3/日の需要増加が予測されるが、木曽川流域の既設水源施設での余剰が岩屋ダムだけでも二〇〇万m3/日以上もあるから、この需要増加は右既設水源施設からの供給により賄うことが十分可能である。

(三) なお、被告は、地盤沈下対策代替用水の供給及び異常渇水対策としても本件堰を建設する必要がある旨主張するが、以下のように理由がない。

(1) 地盤沈下対策代替用水の供給について

ア 尾張地域を中心とする濃尾平野では、海抜五〇m以下の深層の被圧地下水を工業用水のため過剰に揚水したため、地下水位が低下して粘性土層が圧縮し、高度経済成長期の昭和四一年頃から地盤沈下が激しくなった。

イ このような地盤沈下の対策は、地下水の揚水規制をして地下水位を回復させることであり、そのため、条例による工業用地下水の揚水規制などの措置がとられた。その結果、濃尾平野の地下水揚水量が昭和四六年から減少し、地下水位が昭和四七年から年々上昇するようになり、これらに伴い、地盤沈下は昭和五九年までに鎮静化した。

ウ また、昭和六〇年四月、濃尾平野地盤沈下防止対策要綱が決定され、施行されることになった(ただし、前記のとおり、昭和五九年には既に地盤沈下は鎮静化してきており、同要綱の地盤沈下防止対策としての役割は小さい。)。

同要綱によれば、愛知県尾張、名古屋市及び三重県北伊勢を地下水揚水規制地域として、規制地域の揚水量を昭和五七年度から昭和六九年度までに1.4億m3/年(38.4万m3/日)削減することになっている。そして、そのための代替水供給に関する事業として、尾張工業用水道第一期(二九万m3/日)、名古屋市工業用水道(20.3万m3/日)、その他必要な代替水の供給に係る事業が掲げられ、また、代替水源の確保に係る事業として本件堰の建設が掲げられている。また、これらの代替水源への転換とともに節水及び水使用の合理化の促進により地下水揚水量の削減を図るとされている。

しかしながら、既設の水源、すなわち、尾張工業用水道第一期二九万m3/日、名古屋市工業用水道の余剰分一四万m3/日及び三重県の岩屋ダムの工業用水の大幅な余剰分により右代替水(38.4万m3/日)を供給することは容易であるし、水使用の合理化の手段も併用されるので、代替水の供給は右削減量よりも更に少なくて済む。

エ このように、本件堰等による地盤沈下対策代替用水の供給は必要とされないのである。

(2) 異常渇水対策

ア 被告は、近年小雨傾向にあり、木曽川水系に水供給を依存する地域においては昭和四八年以降毎年のように取水制限を余儀なくされ、市民生活等は大きな影響を受けており、特に昭和六一年の渇水ではそれが著しかったとして、本件堰の建設が必要であるとする。

イ ところで、水資源開発計画は、あらゆる渇水に対して水の供給ができるように計画されているわけではなく、一〇年に一回程度の渇水に対処できるように計画されている(右計画内で対処できる渇水を「通常渇水」という。)のであり、木曽川水系の場合も同様である。この規模を上回る渇水に対しては水資源開発計画は対処できず、「異常渇水」として計画対象外としている。

ウ 木曽川水系で昭和四八年から平成二年までの一八年間のうち異常渇水になったのは昭和五九年と昭和六一年だけであり、そのうち昭和五九年の異常渇水は牧尾ダムで生じたものである。また、近年の渇水によってなされた取水制限も、そのほとんどが牧尾ダムからのものである。しかし、牧尾ダムと本件堰は供給区域を共通にしておらず、牧尾ダムでの渇水は本件堰の渇水対策としての必要性に結びつかない。

エ なお、昭和六一年渇水は、同年一〇月~昭和六二年一月の間に生じているが、昭和六一年八~一二月の降水量が記録的に少なかったために、計画規模をはるかに超えた異常渇水となった(ダムが満水であっても、二か月間位河川流量が低下し、放流し続けるとゼロになってしまうので、渇水が生じるかどうか、またその程度がひどいかどうかは、二~三か月間の降水量によって左右される。)。それにもかかわらず、木曽川流域全体にわたり、すべての市民生活や生産活動に大きな影響を与えることはなかったし、渇水期間中も木曽川には大量の河川維持用水が流れており(馬飼地点下流で五〇m3/秒の流量があった。)、その確保量を小さくすれば取水制限なしで済ますこともできたのである。

オ このように、本件堰は、異常渇水対策としてもその建設の必要性はないのである。

5 木曽川水系新フルプラン

(一) 平成五年三月二六日、木曽川水系フルプランの全部変更(平成一二年に向けての新たな計画)が閣議決定された。

(二) 新フルプランでは、都市用水の木曽川水系依存量について、昭和六〇年の需要の実績37.0m3/秒に対し、平成一二年には83.0m3/秒の需要があると想定し、その間の想定需要増は46.0m3/秒(水道用水23.7m3/秒、工業用水22.3m3/秒)であるとしている。

しかしながら、右3(二)(3)のとおり、過去の実績等に基づくと昭和六〇年から平成一二年までの都市用水需要の増加量は、平均水量ベースで五〇万~七〇万m3/日(水道用水需要の増加量は五〇万~七〇万m3/日であり、工業用水需要の増加はない。なお、これを最大取水量に換算すると、約一〇m3/秒である。)と予測されるから、新フルプランの需要予測は過大である。

(三) 新フルプランでは、46.0m3/秒の需要増に対して、本件堰の外、阿木川ダム、味噌川ダム及び三重用水を完成させることにより、九五m3/秒の都市用水を供給をする計画である。

しかしながら、昭和六〇年実績で木曽川総合用水の未利用分が約二六m3/秒あり、阿木川ダム(四m3/秒)、三重用水(0.9m3/秒)及び味噌川ダム(四m3/秒)が完成すると、本件堰の供給分を除いても合計約三五m3/秒の供給力が見込まれるところ、右(二)のように昭和六〇年から平成一二年までの都市用水需要の増加量は最大取水量に換算すると約一〇m3/秒であるので、平成一二年に約二五m3/秒もの供給過剰が見込まれる。

したがって、本件堰は、水源として全く必要とされないものである。

(四) なお、新フルプランの需要予測が実績と乖離する理由は、以下のとおりである。

(1) 水道用水

ア 新フルプランでは、昭和六〇年から平成一二年までの間に木曽川流域で114.2万人の人口増加があると推計している。

しかし、我が国の人口予測において基本とすべきものは厚生省人口問題研究所の将来予測であり、平成四年一〇月のそれによれば、今後人口増加率は次第に小さくなり、木曽川流域でない愛知県三河地域、三重県南勢、伊賀地域等を含めた愛知、三重、岐阜三県全体でも昭和六〇年~平成一二年の期間の増加人口は83.3万人にとどまるとされ、かつ、昭和六〇年~平成三年の右三県の人口増加率は木曽川流域以外の地域の方が同流域よりも高いのであるから、新フルプランの木曽川流域の増加人口推計は明らかに過大である。

イ 新フルプランでは、一人一日当たり平均給水量が昭和六〇年から平成一二年までの一五年間に八五l増加する(三六四lから四四九l)と予測している。

しかし、愛知、三重、岐阜三県の昭和四九年~平成元年の一五年間の一人一日当たり平均給水量の増加は二〇l(三五九l~三七九l)にすぎず、右増加量予測値は、実績値に比べて四倍以上大きな値である。被告は、右予測が平成二年の三重県津市の実績値五五八l等と比べて特異ではないとするが、同市の右実績値こそ同年の名古屋市の実績値(四〇六l)等と比較して特異なものとなっており、地域全体ではなく給水量の多い特定の都市をとり上げて問題とする手法は誤っている。

ウ 新フルプランは、平成一二年の最大取水量/平均給水量の比を1.46(63.3/43.4。単位m3/秒)と見込んでいる。しかし、昭和六〇年のこの比の実績値は1.33(40.3/30.4)である。新フルプランの値は実績に比べて大きすぎる。

エ このように、新フルプランは給水人口、一人一日当たり給水量、最大取水量/平均給水量比の需要に影響する要因について、いずれも実績等と乖離し、これを無視した大きい数値を想定しており、これが平成一二年の需要予測が実績から乖離している理由である。

また、人口増、水洗トイレ普及率等の水需要増加要因が次第に頭打ちになると予想され、この需要に関する要因の点からも新フルプランの需要予測は過大である。

(2) 工業用水

新フルプランでは、平成一二年の工業出荷額(39.6兆円/年)を推定し、これに工業出荷額当たりの補給水原単位(12.6m3/日・億円)を乗じて補給水量(四九七万m3/日)を求めて工業用水取水量を推定する方法をとっている。その結果、昭和六〇年から平成一二年までの間に、工業用水の大幅な増加、すなわち、補給水量で一七七万m3/日、木曽川依存量で22.3m3/秒(最大水量ベース)の増加を予測している。

しかしながら、木曽川流域の岐阜県南部、愛知県尾張及び三重県北勢では、平成二年の補給水原単位(《m3/日》/《億円/年》)が10.5まで低下してきており、それは、新フルプランの12.6を既に下回っているのである。

なお、工業出荷額が増加していても、補給水原単位が減少しているので、工業用水は横ばいとなっていること、工業用水は今後も増加しないと予測されることは右3(二)(1)のとおりである。

五 地元財政負担について

1 共同事業費割振り

本件堰は、治水と利水を事業の目的にすることが事業実施計画で定められている治水、利水の共同事業である。共同事業の場合、各用途に応じて共同事業費割振り(コストアロケーション、以下「アロケーション」という。)がなされるが、本件堰の場合、アロケーション比は治水0.374、利水0.626である。そして、昭和六三年時点で堰建設費は一五〇〇億円とされているから、この時点での治水負担額は五六一億円、利水負担額は九三九億円となる。

2 費用負担者

アロケーションの対象となる堰等の共同施設建設費用は、被告がその負担責任を負うのではない。費用のうち治水関係用途(洪水調節、高潮防禦、灌漑その他流水の正常な機能の維持と増進)分については、治水関係用途により利益を受ける都道府県の負担金を加えて国から交付金を受ける。また、利水関係用途(水道、工業水道、特定灌漑)分については、各用途に供する者(都道府県、市町村、土地改良区)に負担させ、割賦又は一時支払の方法で、国からの補助金を控除して支払わせる。

本件堰の場合、治水関係用途分(37.4%、昭和六三年時点で五六一億円)は、国の交付金(六〇%)の外に岐阜県及び三重県が負担し、利水関係用途分(62.6%、同年時点で九三九億円)は、国の補助金(工業用水三〇%、水道用水三分の一)の外に愛知県、三重県及び名古屋市が利水権量に応じて負担する

治水関係用途分は毎年度毎に被告に交付されるもので、岐阜県及び三重県は、毎年度一般会計から負担金を支払わなければならない。利水関係用途分は、国の補助金を控除した額の七〇%につき、その三〇%を建設期間中に、残り七〇%は公団が借入金等で立替払し、これを元金として、事業完了後約二三年間で元利均等払で愛知県、三重県及び名古屋市が各企業会計として料金収入でこの元利を償還する方法がとられている。以上は本件堰建設費についてであり、これとは別に、本件堰の維持管理費、利水関係の専用施設費の負担が各県市にはある。

3 過大な地元負担

(一) 利水関係

本件堰の愛知県、三重県及び名古屋市の建設費についての負担額は、昭和六三年時点の一五〇〇億円の建設費を前提とする試算でも約二〇〇〇億円であり、維持管理費まで含めると約二五〇〇億円となる。そして、右各県市は、本件堰とは別に工業用水道や水道の専用施設の建設費の負担が必要であり、その負担額を合わせると、六三〇〇億円~八五〇〇億円の負担をしなければならない。

本件堰を建設しても、利水用途がなく、料金収入が見込まれないのに、右各県市は、このように高額の負担をしなければならず、結局償還財源を欠くことになり、償還のための起債や一般会計からの補填などの無意味な負担を、過大に負うことになる。

(二) 治水関係

本件堰は、洪水調節や高潮防禦の機能がなく、その目的は取水障害その他による農業塩害の防止であるが、塩害が発生するか否かは疑問であり、仮に発生したとしても、その被害は内容、金額とも軽微であり、本件堰建設費とは比較にならない額のはずである。更に、右三3掲記の本件堰建設以外の塩害対策の方が低コストである。本件堰は、塩害防止の妥当投資額に比べてその建設費があまりにも高すぎる。

第五  本件事業による権利侵害

一 地盤漏水による堤防の安全性の低下及び堤内地の湿地化

本件堰が建設されると、堰上流側河川水位が現状よりも上昇することになるが、河川水位の上昇は、以下のように、高須輪中及び長島輪中の堤防の安全性を低下させるので危険であるし、また、堤内地の湿地化をもたらし、住民に重い負担を負わせることになる。

1 本件堰による湛水計画

本件堰は、塩水の遡上を完全に遮断する堰である。

被告は、朔望平均満潮位がTP1.2mであるので、堰上流水位をTP1.3mを上限としてTP0.8mとの間で管理すると説明しているところ、昭和一〇年以降の本件堰地点の最高満潮位はTP2.15m、年最高満潮位平均はTP2.1mであり、本件堰はこれらの潮位時でも海水の遡上を遮断する必要があるので、堰上流水位がTP1.3mを超えてTP2.2mの高さとなることも生じ得ることになり、現に、昭和一〇~三八年の二九年間の朔望日の満潮位回数一一二八回のうち約三五%に当たる三九二回について満潮位がTP1.3mを超えている。したがって、本件堰上流水位がTP1.3mを超えるよう管理されることは少なくなく、むしろそのように管理されることが平常の形態であるともいい得る。

ところで、現状において、本件堰地点より上流の水位変動は、月齢、河川流量、地点により変化があるが、二七~三〇粁地点まで水位の変化があり、一六粁地点を例にとれば、中間的な潮位である中潮時では、河川流量五〇m3/秒での水位は概ねTP1.0~マイナス0.3mの間であり、平均水位はTP0.3m程度である。

したがって、本件堰建設後は、堰上流側の河川水位が現状よりも上昇することになる。

ところが、長島輪中の地盤高はTPマイナス1.0~マイナス2.0m、高須輪中の地盤高は二五粁地点より下流部ではTP0.0~マイナス0.5mであるから、本件堰建設後は、堤内地盤高よりも河川水位の高い状態が継続することになる。

2 湛水による地盤漏水の悪化

旧訴において、鑑定人日野幹雄(以下「日野鑑定人」という。)が本件堰が建設されて堰上流側に湛水がなされた場合の堤内地(右岸一六粁地点)の地下水圧について鑑定している(以下右鑑定を「日野鑑定」という。)。

日野鑑定によれば、現状の地下水圧の解析結果は別図24(ただし、地下水圧はTP基準の数値である。本判決中に地下水圧を地表面《TPマイナス0.5m》を基準とする数値で記載した図面も出てくるので、以下、TP基準の数値のものを括弧書きで「TP基準」、地表面基準の数値のものを括弧書きで「地表面基準」と表示する。)のとおりであり、建設後に漏水対策工を施工しない場合の地下水圧の解析結果は別図25(TP基準)のとおりである。漏水対策工を施工しない場合、堤脚部の位置で、地中では地下水圧が約0.7m、倍率にして2.2倍現状よりも高くなり、また、堤脚部の地表近くでは地下水圧は0.5m、倍率にして2.3倍現状よりも高くなって、等地下水圧線は堤脚部で密になっている。すなわち、地下水の流れが速くなる上、等地下水圧線が堤脚部で閉じられ、その中心に向かう地下水の流れが生じるという解析結果である。

したがって、現状の地下水圧分布と比較すれば、堰完成後何らかの漏水対策工を施さなければ、堤内地の地下水圧は増加し、特に堤防基部の地下水圧の上昇は、ガマ(自噴水)の増加と堤体の力学的強度の低下をもたらすことになる。

このように治水上問題を生じる場合、本件堰は建設できないのが原則であり、右建設が許されるのは、その必要性が特にあり、右必要を満たす方法が他になく、他に適切な場所がないなどやむを得ない事情があり、かつ、堤内地盤に特別の措置を講じて、地下水圧が少なくとも現状より高くならない状態を湛水期間中(半永久的となろう。)維持することができる場合に限られるものというべきである。

3 被告の施工する漏水対策工の概要

(一) 被告の施工する漏水対策工は、堤外地にブランケット工を施工し、堤内地に平面排水対策工(その内容は(二)のとおりである。)を施工するというものである。その概念図(ただし、湧水処理工を除く。)は別図17のとおりである。

(二) 平面排水対策工は、次のように説明されている。

① 第一線承水路  その構造は別図18のとおりであり、その水位はTPマイナス0.8mで管理される。

② 暗渠排水管  管径五〇mmで一〇m間隔で網目状に田面下0.65mの深さに埋設されて、その上方0.5m、左右0.1mを籾がらで覆ったフィルターが設けられる構造(別図20及び21のとおり)である。

③ 堤脚水路  堤防法先が過湿潤化し堤防の安定を図る必要があるところに設けるもので、第一線承水路と同様の構造をもち、同様の管理を行う。

④ 湧水処理工  湧水の生じるところに設けるものであり、その構造は別図21のとおりである。

(三) 高須輪中における右平面排水対策工の建設は、岐阜県が同県営圃場整備事業と合併させて行い、被告が費用負担をする。そして、施設の維持管理は、被告の補償に基づいて地元の土地改良区がその責任により行うこととされている。

(四) なお、高須輪中においては、ブランケット工及び平面排水対策工のすべてが施工されているが、長島輪中においては、ブランケット工の外は第一線承水路に類似する第三号幹線用水路が松之木~千倉間にあるだけで、千倉~松ケ島間にはないし、暗渠排水管は設置されていない。

4 本件堰建設後の湛水による堤防への影響

(一) 被告は、右の漏水対策工の効果について浸透流解析によって地下水圧分布を調べ、最終的に別図28(地表面基準)の地下水圧分布図を示している。また、その地下水圧分布に基づいて地下水流速を求め、その流速をジャスティンの式による限界流速(水で飽和された土中の土粒子が地下水流で動き出す最小流速)と比較して、地下水流速は限界流速よりも速く、土粒子は流出しないとしている。

しかしながら、被告が解析のために選定した地点に問題があると同時にその地点の解析モデルが現実のものとは合っておらず、解析結果の精度も悪い。また、限界流速を導き出したジャスティンの式にも問題がある。したがって、これらに基づく検討は無意味である。また、そもそも被告の実施する漏水対策工は、被告の期待するような効果を発揮するものではない。

(二) 解析のために選定した地点の問題点

被告は、解析のために一六粁地点右岸を代表地点に選定している。しかしながら、漏水対策工の効果の解析は5.4粁地点から二五粁地点までの間で最も地下水流の条件が最悪の場所でのものでなければ意味がない。しかるに、被告は一六粁地点が最悪の場所であることを明らかにしていない。

(三) 被告の解析モデル及び解析結果の精度の悪さ

被告の一六粁地点右岸の解析モデルは耕作土の下を「シルト質細砂層」としているが、現実には「砂層」であるから、右解析モデルは現実の地盤状態と合致していない。

また、浸透流解析は、現実の地層分布、透水係数を単純化した解析モデルに基づいて数値解析が行われる。したがって、解析結果が現実の地下水の状態を表現していないこともあり得るので、解析結果は実測値と比較検討することが必須であり、その解析結果が実測値に符合していて初めて精度がよいことが認められ、その利用価値が生じる。しかしながら、現状の地下水圧分布の解析結果と実測値を比較すると、被告の解析結果は精度が悪く、それも地下水圧が早く低下し、結果的に漏水対策工による地下水圧の低下が実際よりも生じるように見せる方向で精度が悪い。

したがって、被告の解析結果は利用価値がない。

(四) ジャスティンの式の問題点

(1) ジャスティンの式

ジャスティンは、アースダムの基礎地盤を通り抜ける水の理論的な粒子を洗い流す流速は、種々の粒子の有効重量(水中における重さ)に打ち勝つのに必要な噴流作用に基づく圧力を計算することによって見出され得ると言い、次の式を提案する。

(2) ジャスティンの式の適用限界

ジャスティンは、右のように、圧力は粒子の有効重量に打ち勝つ、あるいは釣り合うといい、粒子の重量、つまり鉛直下方に向かう力に打ち勝ち釣り合う圧力を考えているので、ジャスティンの式は、鉛直上向きの浸透水の流れにおいて、土粒子がその流れで動かされようとする限界流速を求めようという式なのであり、鉛直上向きの浸透水に関してのみ適用し得るものである。

しかしながら、後記(七)のように現状において土粒子は水平方向に移動しており、求めるべきは、水平方向に関する流速であり、限界流速であるので、鉛直上昇浸透流に関するジャスティンの式は役立たない。

(3) ジャスティンの式の誤り

また、ジャスティンの式の分子の定数である「2」は正しくなく、抗力係数(CD)を用いるべきである。抗力係数(CD)はレイノルズ数(Re)の値に応じて変化するが、レイノルズ数(Re)の式は、

Re=Ud/ν

U:流体の速度

d:流体の直径

ν:流体の動粘性係数

であり、レイノルズ数(Re)は物体の直径に応じて変化することになる。結局、ジャスティンの式は、その式から明らかなように理想的な単一粒子の運動則を表すものである(その定数「2」は、粒径0.5mmの土粒子についての抗力係数に当たる。)が、現実の土は単一粒子で構成されているのではなく、粒径の異なった土粒子で構成されており、現実に合致しない。ジャスティンの式は限界流速が過大になり、実験結果より一〇〇倍以上大きくなることが判明している。したがって、それに基づいて土粒子の移動、流出を評価することはできない。

(五) 漏水対策工の実際の効果

(1) 第一線承水路は、一本の、線的に施工されている開渠方式のものであって、その水位が地表下数メートルではなく、大江川水位(TPマイナス0.8m)でしかないから、地下水圧を低下させる機能は大きくない。

また、第一線承水路の構造は別図18のとおりであるが、底部はコンクリート枠にコンクリート底版が設置されており、透水部分がほとんどない上、コンクリート底の下部は土木シートがあるだけでフィルターが設置されていないから、下方から地下水を集水する構造になっていない。更に、側面はコンクリートブロック積みで、透水部分はブロックの隙間だけであるから、透水部分はわずかしかなく、側面からの集水機能も大きくない。このように第一線承水路は、地下水、特に下方の地下水を集水する構造になっていない。

(2) 右のように、第一線承水路の持つ地下水圧低下機能が大きくないことから、本件河口堰建設後地下水圧を低下させることができるかは、暗渠排水管の地下水集水機能にかかっている。

暗渠排水システムが機能するためには、それが地下水を集水する構造になっていることと、排水管やその周辺の目詰まりにより集水機能が働かなくなると排水システムが機能不全を起こすので、目詰まりを起こさないよう、適切なフィルターを設置し、適切な維持管理をしていくことが必要である。しかしながら、次のように、被告の設置する暗渠排水管は、そのいずれにおいても欠陥を有している。

ア 暗渠排水管の構造

暗渠排水管の構造は別図20のとおりである。暗渠排水管の上部には籾がらフィルターが設けられているが、排水管の下部にはフィルターは存在しない。そもそも暗渠排水管の目的は田の作土部(田面)の残留水の排水をすることであり、そのために田の作土部直下から排水管まで籾がらで透水部をつくり、作土部から排水管へ集水しようというものであって、下方から地下水を集めるものではない。

また、難透水性の耕作土の層厚は0.5mであるから、排水管は透水性のシルト質細砂層には0.15mしか貫入しておらず、透水層の地下水を集水し地下水圧を低下させるには貫入深さが小さすぎる。

このように、暗渠排水管も地下水、特に下方の地下水を集水する構造になっていないのである。

イ フィルター

フィルター設置の際、その材料は対象土の粒土組成に応じて慎重に決定されるのが通常であるが、被告の設置する籾がらフィルターは、大量に安価に材料を入手できるという点から選ばれたものであって、当該対象土の粒子組成から適切であるという点で選ばれたものではない。また、籾がらは有機物であって、土粒子のような無機物ではないから、その腐食によるフィルター材としての劣化は長期的には避けることができない。

ウ 維持管理

暗渠排水管は、一〇m間隔で網目状に長良川と大江川との間約一〇〇〇mの範囲で二五粁地点までの区間に埋設されるが、このような地中の広い範囲のわずかな部分の変状の発見は不可能である。その上、その維持管理は土地改良区が行うが、用水管理団体にすぎない土地改良区がその変状を発見することは、なおさら不可能である。

(3) 結局、暗渠排水管は、やがては各所で目詰まり等による機能不全を起こし、暗渠排水システムがないのと同じ状態になる。平面排水対策工の効果は暗渠排水管によるところが大きいので、暗渠排水管が機能しなくなると、漏水対策工はブランケット工のみが施工された場合と同じ状態になる。

(六) 本件堰建設後の湛水による地下水圧の変化

日野鑑定によれば、本件堰建設後漏水対策工としてブランケット工のみが施工された場合の地下水圧分布は別図26(TP基準)のとおりであり、本件堰建設後漏水対策工を施工しない場合の地下水圧分布は別図25(TP基準)のとおりである。これらを比較すると、ブランケット工のみを施工した場合、漏水対策工を施工しなかった場合に比し、地下水圧値が0.1m低下するだけで、等地下水圧線の状況や堤脚基部で等地下水圧線が閉じる形は同じである。別図26の地下水圧分布と現状の地下水圧分布(別図24《TP基準》)とを比較すると、地下水圧は、堤脚部の位置で約0.6m(二倍)、また、地表近くでは0.4m(二倍)それぞれ現状よりも高くなり、また、等地下水圧線が密になって動水勾配が大きくなり地下水の流れが速くなる上、等地下水圧線が堤脚部で閉じられ、その中心点に向かって地下水の流れが集中する結果となる。この状態は、本件堰建設後漏水対策工を施工しなかった場合とほとんど同じである。したがって、堤脚基部の地下水圧の上昇により、ガマ(自噴水)の増加と堤体の力学的強度の低下がもたらされることになる。

(七) 本件堰建設後の湛水による土粒子の移動

(1) 限界流速に関して

ア 現状の長良川の地下水圧分布は、被告の浸透流解析によれば別図27(地表面基準)のとおりである。これによれば、堤脚部の地下水流の水平方向の動水勾配は0.05(A−A1)である。

これに対し、本件堰建設後の地下水圧分布は、被告の浸透流解析によれば別図28(地表面基準)のとおりである。それによれば、堤脚部では、地下水流の水平方向の動水勾配は、堤脚水路から長良川側への距離に応じ、0.1(B−B1)、0.075(B−B2)、0.071(B−B3)である。地下水の流出点に近いところほど動水勾配が大きく流速が速い。また、その動水勾配値は、現状と比べて1.5倍程度、堤脚水路付近では二倍程度大きい。本件堰建設後は、漏水対策工を実施し、それが被告の期待する効果を発揮したとしても、堤脚部では動水勾配が現状よりも1.5~2倍大きくなる。

イ 更に、暗渠排水管が機能しなくなると、より深刻なことになる。暗渠排水管が機能しなくなると、右(五)(3)のように、ブランケット工のみの対策の場合と同じ状態になるが、その場合の地下水分布は、別図26(TP基準)のとおりである。これによれば、堤脚部では地下水流の水平方向の動水勾配は0.1(C−C1)である。右は約八mの区間の平均動水勾配であり、別図28(地表面基準)の距離/動水勾配に比例させると、等水圧線中心付近一mの動水勾配は八mの平均動水勾配の1.5倍の約0.15となって、現状に比べ二倍以上大きくなる。

ウ ところで、現状の長良川の平常時の水位においても、堤脚部や承水路には土粒子が地下浸透流によって移動し、堆積しているが、これらは主に地下浸透流の水平方向の動きによるものである。土粒子の移動は地下浸透水の流速が限界流速を超えたとき生じるから、現状で平常時の長良川水位において土粒子の移動が生じていることは、既に現状において限界流速を超えているということである。

地下浸透水の流速は、動水勾配に比例して変化する(ダルシーの法則の適用)。したがって、本件堰建設後は、漏水対策工が被告の期待する効果を発揮したとしても、現状より動水勾配が1.5~2倍大きくなるので、地下浸透流も1.5~2倍速くなる。また、暗渠排水管が機能しなくなると動水勾配は二倍以上大きくなるので、地下浸透流も二倍以上速くなる。しかるに、現状でも平常時において地下浸透流により土粒子が動いているのであるから、本件堰建設後は地下浸透水流速が右のように速くなる結果、土粒子が一層移動されやすくなり、堤防の安全性が現状よりも低下するのである。

(2) 限界動水勾配に関して

鉛直方向に土が移動するか否かを検討するには限界動水勾配(ic)の方法がある。

堤防基盤の透水性層が不透水性の表土で覆われているとき、川側から透水性層を通って伝わってきた浸透水が堤内側の表土を突き破って土砂を洗い出すが、これは表土を上側に向かう浸透流の動水勾配がある値(限界動水勾配)を超えたとき生じる。長良川では現状で限界動水勾配が0.2~0.6であることが観測されている。

堰建設後の湛水で鉛直方向の動水勾配が0.2以上となる区間が生じるから、そこで表土を突き破ってガマが生じ、土砂を移動させる事態が生じ得る。

(八) 結論

本件堰を建設すると堰上流側河川水位が現状よりも上昇することになるが、以上のとおり、被告の施工する漏水対策工は十分には機能せず、結局はブランケット工をのみを施工した場合と同様の状態となってしまい、堤脚基部の地下水圧の上昇により、ガマ(自噴水)が増加し、堤体の力学的強度が低下すると同時に、堤脚基部で動水勾配が大きくなるため、現在ですら限界流速を超えている地下水の流速が更に増加して土粒子を移動させ、あるいは、動水勾配が限界動水勾配を超えて土粒子を移動させ、堤防の安全性が現状よりも低下することになる。したがって、本件堰の建設は、高須輪中や長島輪中の堤防の安全性を低下させることになるので、危険である。

5 本件堰建設後の湛水による堤内地の湿地化

右4のとおり、本件堰が建設されて湛水が始まると、長良川から堤内地への浸透水がその量・範囲とも拡大し、かつ常時浸透することになって、堤内地の湿地化が不可避となり、田の湿田化を招来する。そして、現在でも困難となっている内水排除が一層困難となり、住民に重い負担を負わせ続けることになる。

6 原告らに対する権利侵害

(一) 第一原告目録記載の原告らは、いずれも高須輪中内の肩書地(TPマイナス0.4~0.3mの低地にある。)に自宅を所有している。高須輪中では、長良川の堤防の一か所でも破堤すれば、その全域が水没することは過去の洪水の歴史から明らかであるところ、以上のように堤防の安全性が低下しているところへ洪水が押し寄せると高須輪中の長良川の堤防が決壊する危険性が高く、その場合、右原告らの自宅には激しい洪水流が押し寄せ浸入し、自宅が浸水する。これにより家屋や家財道具が損壊され、原告ら及びその家族の生命身体も危殆に瀕することになり、その結果原告らは極めて甚大な損害を被ることになる。

(二) 第一原告目録記載の原告のうち原告安立宗正及び同中島文雄は、それぞれ自宅周辺に農地を所有している。高須輪中では農地の湿地化により、再度土地改良事業を行う必要がある。そのため、右原告らは耕作者負担金を支払わなければならず、また減歩による耕地の減少という被害を生ずることになる。

二 高潮時の危険性

昭和三四年九月の伊勢湾台風の後、名古屋港高潮防波堤(以下「高潮防波堤」ともいう。)が設置されたため、木曽三川河口部は伊勢湾の最奥部となり、高潮による危険が増大した。しかるに、本件堰が建設されると、高潮時に高潮がゲートに打ちつけられ、波高が高まることになり、大変危険である。詳細は、以下のとおりである。

1 名古屋港高潮防波堤設置による高潮の危険の増大

伊勢湾台風後、名古屋港高潮防波堤を愛知県海部郡弥富町鍋田から同県東海市古見へ建設することが計画された。その際、伊勢湾台風をモデルとした高潮時に、高潮防波堤の設置により潮位(気象潮位)の分布がどのように変わるかがコンピューターを用いて数値解析された(数値解析において用いられた海岸形のモデルは、別図37の太実線のとおりである。)。

別図38は、高潮防波堤がない場合の最高潮位(気象潮位による。出現潮位と天体潮位との差、すなわち偏差である。)の解析結果であり、別図39は、高潮防波堤がある場合(ただし、これに幅五〇〇mの開口部がある場合)の最高潮位の解析結果である。これらを比較すると、高潮防波堤の外側域では、防波堤がある場合の方がない場合よりも潮位が低いが、最奥部である別図37のJ10、11、I16、17によって囲まれた部分(以下「J10−11・I16−17」と表示し、他の部分についても同様の方法で表示する。)は、防波堤がある場合には唯一高くなり、しかも急激に潮位が高くなっている。それは、高潮防波堤があることにより、防波堤外側では湾奥に向かう流量が大きくなり、湾口側は潮位が低くなる一方、湾奥部で急激に潮位が高くなったものと推測される。

ところで、右地形モデルにおいて、木曽三川河口部に最も近い潮位計算点はJ11−12・I15−16である(そこに「木曽川口」が記載されている。)。しかしながら、自然の海岸形からいうと、木曽三川河口の海岸部はJ11−12・I17にあり、木曽三川河口部に最も近い潮位計算点はJ11−12・I16−17となるはずであるが、その部分は、解析から除外されている。高潮防波堤がある場合(ただし、これに幅五〇〇mの開口部がある場合)の最高潮位は、J11−12がJ10−11よりも潮位が全て高く、しかも湾口側から湾奥側(I12−13からI15−16)へと移るに従って潮位が高くなっていることに鑑みると、最奥部である木曽三川河口部(J11−12・I16−17)の潮位は最も急激に上昇し、J10−11・I16−17の潮位を上回るはずである。

しかも、右数値解析においては、高潮防波堤に沿う流量が存在しないとの仮定に立っているが、水深のない自然の海岸ではなく、水深のある高潮防波堤で防波堤に沿う流量が全くないというのは無理な仮定であり、実際には別図37のJ12に沿った北向きの流れがあるから、最奥部である木曽三川河口部(J11−12・I16−17)の潮位は更に高くなる。

このように、名古屋港高潮防波堤の設置により、木曽三川河口部は、高潮による危険が増大した。

2 高潮時の本件堰付近の波高の標高

(一) 伊勢湾台風の際、長良川を遡上、伝播した風波が伊勢大橋(長良川5.8粁地点)のトラスに激しく打ちつけ、トラスに打ちつけた波が堤防側へと跳ね返り、それが堤防を越えて破堤した。トラスの標高は少なくともTP六~八mはあるので、波高の標高も同程度であったはずである。伊勢湾台風時の最高潮位(名古屋港)はTP3.9mであったので、伊勢大橋地点の波高は二~四mはあったことになる。

(二) そして、右1のように、名古屋港高潮防波堤の設置により、高潮時における木曽三川河口部の潮位は右防波堤がない場合に比べて著しく上昇することになったのであるから、伊勢湾台風時と同程度の高潮が本件堰を襲った場合、波高の標高は、伊勢湾台風の際に実際に発生した波のそれよりも更に高くなることになる。

(三) なお、旧訴において、名古屋工業大学工学部教授細井正延(以下「細井教授」という。)が伊勢湾台風を念頭に置いて、同台風時の風速分布に従い、木曽三川河口部の潮位をTP4.50m、同部の波高を3.00mとして、右の風波が長良川を遡上、伝播した場合の本件堰付近の波高を模型実験等に基づいて検討している。

右検討では、五、5.6、六粁各地点(なお、本件堰は、5.4粁地点にある。)の波高は、最大の場合(波の入射方向が南の場合)で、河道波高(実際に河道に出現する波高)が1.03~1.07m、深海波高(その地点の河道断面での、計画潮位のときの水深に基づく波高)が1.13~1.17m、うち上げ波高(その地点での堤防への波のうち上げ高)が0.70~0.72mとなり、各地点の計画潮位はいずれもTP4.8mであるので、河道波高の標高はTP5.83~5.87m、深海波高の標高はTP5.93~5.97m、うち上げ波高の標高はTP5.50~5.52mになるとされる。

しかしながら、右検討における潮位条件は、計画高潮位(木曽三川河口部においてTP4.50m)であり、それは、伊勢湾台風時の最高潮位TP3.9m(名古屋港)よりも波高が高くなる条件であるにもかかわらず、伊勢湾台風時に実際に発生した波の波高よりも、小さな値となっている。したがって、右検討は、精度が悪く、利用価値に乏しい。

3 高潮時の本件堰の危険性

(一) ゲートを全開した場合

高潮時には、本件堰のゲートは全て上げられる(全開)ことになっている。ゲートを上げたときのゲート下限はTP5.80m(計画堤防天端高)である。ゲート高は3.5~5.0mであるので、ゲートを上げたときにはTP5.80~11mのゲートによる壁が河道空間を遮断することになる。そうすると、伊勢湾台風と同程度の高潮の際の波高の標高は少なくともTP六~八mはあるので、これが河道空間を遮断しているゲートの壁にまともに打ちつけて、堤防側に跳ね返ることになる。

(二) ゲートを全開することができなかった場合

(1) 台風による高潮は台風の通過によって生じるものであるから、高潮発生の場合は台風等による降雨による洪水が発生する場合でもある。したがって、台風による高潮時の本件堰のゲート操作には、洪水移行時や洪水時のゲート操作も適用されることになる。

高潮時(堰下流水位がTP1.20mを超える場合)と洪水移行時(堰地点流量が二〇〇~八〇〇m3/秒の場合)が重なった場合、被告は、「非洪水時における高潮時の操作に準じるが、堰上流水位が堰下流水位より高く塩水の浸入が生じない場合には、下流への放流はアンダーフロー操作を基本とする。ただし、堰下流水位が最高満潮位を超える場合には、基本として全開操作とする。」と説明している。潮位つまり堰下流水位がTP2.10mに達するまではゲートは全閉され、場合により少なくともアンダーフロー操作(上段ゲート閉、下段ゲート開操作。以下同じ。)がなされるのである。また、被告は、洪水時(堰地点流量が概ね八〇〇m3/秒を超える場合)には、高潮時であっても「洪水の迅速な流下を図るため全開操作を行う。」と説明している。しかしながら、別図3は被告が堰の操作についてシミュレーションを行った結果であるが、それによれば、堰地点流量が八〇〇m3/秒を超えても、ゲート全開による堰下流の急激な水位の上昇を防ぐため、流量が三四〇〇m3/秒程度になるまではアンダーフローで操作されるのである。

(2) ところで、台風による高潮の場合、台風の通過に伴う潮位の上昇は短時間のうちに急激に生じるものであり、伊勢湾台風時には、潮位も、実測潮位と天体潮位との差である潮位偏差(気象潮位)も、最高潮位に達する一時間程度前から急激に約二m上昇している(ちなみに、最高潮位の一時間前の潮位はTP2.1mである)。

ところが、右のとおり、堰下流側水位(潮位)がTP2.1mに達するまでは堰地点流量が八〇〇m3/秒に至るまでゲートは原則として全閉するとされ、例外的なときでもアンダーフロー操作を基本とするとされており、このゲート操作を伊勢湾台風での潮位変化に対応させると、急激な潮位上昇が生じ始めるころまで、ゲートは原則として全閉、例外的なときでもアンダーフロー操作がなされ、ゲートは閉じられている状態にある。

更に、堰地点流量が八〇〇m3/秒を超えても、しばらくはゲートはアンダーフロー操作がされることになっている。台風による高潮と洪水の重なりの関係は、まず高潮による水位の上昇があり、その後に洪水による河川水位の上昇がある。伊勢湾台風の場合、高潮時の長良川の流量は一〇〇〇m3/秒程度であったが、それは、ゲートが全閉からアンダーフロー操作に移行しつつある流量ということになる。

そうすると、高潮で最高潮位に向けて潮位が急激に上昇しつつあるとき、ゲートは全閉か少なくともアンダーフローで閉じられている状態なのである。

(3) しかも、ゲートの主電動機による開閉速度は、0.3m/分であるが、本件河口堰は、河床がTPマイナス6.00m、計画堤防天端高(ゲート引上げ位置)がTP5.80m、上段ゲートがTP2.2mまで引き上げられたときの上段ゲート下端はTPマイナス2.8mの高さであるから、ゲートを完全に引き上げるためには、ゲート全閉の場合は約四〇分、アンダーフローの場合は約三〇分を要することになる。

(4) そうすると、高潮で最高潮位に向けて急激に上昇しつつあるときに、三〇~四〇分の操作時間を要するゲートの完全引き上げを行わなければならないことになる。潮位の動きが予め判明していればゲート引上げの時期は決められるであろうが、実際の高潮時には潮位の見通しを瞬時に判断し、ゲート引き上げを決定するのは不可能に近い。

したがって、最高潮位に向けて急激に潮位が上昇しているときに、ゲートの引上げ途中で高潮波とゲートとがぶつかることは十分に考えられる。

(5) 更に、高潮時は、停電も予想しなければならない。そうすると、商用電源から予備発電機への時間的ロスも考えなければならない。また、予備発電機が一基故障すると、ゲート引上げには二倍の時間を要する。

このような操作ロスによるゲート引上げ時間の増大は、ゲート引上げ途中にゲートに高潮波がぶつかる危険性を一層増幅することになる。

(三) ゲートが故障した場合

故障により、高潮時に本件河口堰のゲートが引き上げられなかったときは、ゲートにより反射波が発生する。

旧訴において、細井教授が、計画高潮時にゲートが故障して全ゲートが河床に降ろされた場合、波がゲート上を通過する際に生じる反射波がいかなる影響を与えるかについて、右2(三)の波高を前提として、津波の波状段波の場合(後記三1(二))と同じ手法で検討している。

それによれば、河道出現波高に反射波高を加えた重複波高が本件堰直下流側における波高であるとし、河道出現波と津波の場合の波状段波とは同じものであるという前提に立って反射波高を0.176mと求め、これに河道出現波高1.07mを加えて、重複波高1.25mを得た上、この重複波高1.25mにうち上げ係数0.615を乗じたうち上げ波高0.769mに計画潮位TP4.8mを加えて、波高の標高をTP5.57mとし、これが計画堤防天端高TP5.8mを下回ることから、ゲートによる風波の反射は堤防に支障がないとしている。

しかしながら、右うち上げ係数の根拠は不明であり、これがないとすれば、重複波高1.25mに潮位TP4.8mを加えて波高の波高標高はTP6.05mになり、波は計画堤防を越えることになる。

また、右2のように、伊勢湾台風で実際に生じた風波の波高の標高は細井教授が前提とする波高の標高よりも更に高かった。そうすると、波は一層大きく計画堤防を越えることになる。

(四) 結論

以上のように、名古屋港高潮防波堤の設置により、木曽三川河口部は高潮による危険が増大したが、本件堰が建設されると、高潮時に高潮がゲートに打ちつけられ、波高が高まることになり、大変危険である。

4 原告らに対する権利侵害

第一及び第二原告目録記載の原告らは、すべて揖斐川沿いの地域に居住している。本件堰が建設されると、高潮時の揖斐川の負担が過大になり、揖斐川堤防が溢水、高波等で決壊する危険が増大する。右決壊の場合は、揖斐川沿いの地域に居住する右原告らの自宅や家財道具が損壊し、右原告ら及びその家族の生命身体が危険にさらされる等の損害を、右原告らが被ることになる。

三 津波時の危険性

本件堰は津波に襲われた場合波高を高めることになり、波が堤防を越えるおそれがあるので危険である。詳細は、以下のとおりである。

1 旧訴において、細井教授が、津波時の本件堰の安全性について検討している。右検討においては、木曽三川河口付近の段波津波の高さを二m、ゲートの天端高を平時の状態での最高値であるTP1.16mとして、発生した段波津波が変形せずにそのまま本件堰に衝突する理想段波の場合と段波津波が河道を遡上するに従い変形して波状段波(分散波)となって本件堰に衝突する場合に分けて検討し、次のような結果を出している。

(一) 理想段波の場合

堰がない場合よりも堰直下流の波高が1.17m高くなる(堰上げ波高)だけで、波高の標高はTP4.33mであるので、堤防に対して支障を及ぼさない。

(二) 波状段波(分散波)の場合

分散波高は理想段波高の二倍になるので、分散波高は四mとなる。この分散波が本件堰を通過するとき反射波を生じるが、その波高は1.2mである。堰の下流側には5.2mの重複波が生じることになる。

ところで、波状段波のときの静水面の標高は理想段波の標高と同じであるので、TP3.16mである。本件堰には、TP2.2mのブランケット(高水敷)が設けられることになっているので、ブランケットでの静水深は0.96mとなり、非常に浅いから、5.2mの重複波は完全に砕波されて著しく小さくなり、静水面上のうち上げ高さは0.88mとなる。したがって、堤防への波のうち上げ高の標高はTP4.04m(TP3.16m+0.88m)である。この波のうち上げ高の標高に比べて、計画堤防天端高TP5.8mは大きな余裕があるので、本件堰によって生じる反射波高は堤防に支障を及ぼさない。

2 しかしながら、細井教授は、右解析の条件となる木曽三川河口付近の段波津波(理想段波)高を東南海津波、安政津波、宝永津波での津波高から二mとしているが、これは妥当ではない。

細井教授は、「熱田は伊勢湾の最奥部にあるので、桑名よりも津波の高さは大きい」として最奥部の方が津波高は大きいと考えているのであるから、名古屋港高潮防波堤完成後は木曽三川河口部が伊勢湾最奥部になったことにより、右河口部の津波高は最奥部の例によることになるはずである。また、安政津波での津と熱田の津波高、宝永津波での四日市と熱田の津波高を比較すると、伊勢湾最奥部の熱田の津波高の方が高いわけではない。津波の高さは、津波の伊勢湾への入射方向に関係しているようであり、津波の伊勢湾への入射方向によっては、木曽三川河口も過去の津波での四日市や熱田の波高となる可能性は十分にある。

したがって、段波津波の高さが二mというのは過小であり、熱田の過去の津波高である三~四mを参考にして、安全性の検討としては、津波高は比較的危険性の高い値である四mを採用すべきである。

3 理想段波の波高を四mとした場合の本件堰の影響は次のとおりである。

(一) 理想段波の場合

本件河口堰がない場合の段波の標高は、朔望平均満潮位TP1.16mに波高四mを加えたTP5.16mである。したがって、本件堰がある場合の波高の標高は、TP5.16mに堰がある場合の堰上げ波高1.17mを加えたTP6.33m以上となる。

本件堰地点の堤防標高は、計画ではTP5.8m、実績ではTP5.3mである。これらと右波高の標高とを比較すると、本件堰がなければ実績堤防でも津波が堤防を越えることはないが、本件堰があると、津波は、実績堤防はもちろん、計画堤防をも越えることになる。

(二) 波状段波(分散波)の場合

細井教授と同様の方法で試算すると、次のとおりである。

分散波の波高は八m、反射波の波高は1.96mであり、重複波高は分散波高と反射波高の和であるから9.96mとなる。

ところで、静水面標高はTP5.16mであるから、ブランケット(標高TP2.2m)での水深は2.96mであって、十分に水深があり重複波は砕波されないので、標高TP11.12mの重複波(朔望平均満潮位TP1.16mに重複波高9.96mを加えた高さである。)は、その高さのまま堤防に打ち当たることになる。

本件堰地点の堤防標高は、計画ではTP5.8m、実績ではTP5.3mである。本件堰がなくとも計画堤防天端高を三m越える波が打ち上げるのに、本件堰があるとそれを更に二mも上回る五mを越える波が堤防に打ち上がり、更に危険なものとなる。

4 第一及び第二原告目録記載の原告らは、全て揖斐川沿いの地域に居住している。本件堰が建設されると、津波時の揖斐川の負担が過大になり、揖斐川堤防が溢水高波等で決壊する危険が増大する。その場合は、揖斐川沿いの地域に居住する右原告らの自宅や家財道具が損壊し、右原告ら及びその家族の生命身体が危険にさらされる等の損害を、右原告らが被ることになる。

四 浚渫により生ずる問題

1 浚渫上流端部より上流の堤防破堤・橋破壊の危険性

30.2粁地点までの河床浚渫により浚渫上流端部より上流の河床が安定を失い、堆積土砂が浚渫部に向けて流下する。その結果、右上流において、河床が沈下し、特に予測困難な局所的河床の沈下により、堤防護岸・水制の基礎の破壊、橋脚基礎の破壊を招来し、堤防破堤・橋破壊の危険が生ずる。

2 原告に対する権利侵害

第四原告目録記載の原告らは、いずれも岐阜市に住居を有する者である。岐阜市内又はその近接上流部の長良川が決壊した場合は、その洪水流によって右原告らの家屋や家財道具が損壊し、右原告ら及びその家族の生命身体も危殆に瀕することになり、その結果右原告らは甚大な人的物的損害を被ることになる。

五 板取ダム建設により生ずる問題

1 板取ダムの目的

本件堰は貯水して毎秒22.5m3取水しなければならないが、渇水期には22.5m3の取水が不可能となることがある。そのため上流に貯水用ダムを設置し、渇水期にはこのダムから貯水を放流し、本件堰における毎秒22.5m3の取水を可能とする必要がある。この目的で設置されるのが板取ダムであり、同ダムは本件堰と不可分一体の関係にある。

2 板取ダム建設の影響

(一) 板取村民に対する影響

板取ダムは、板取村と岐阜県武儀郡洞戸村の境界付近に建設される予定であり、板取ダムが建設されれば、板取川沿いの標高三五〇m位まで水没することになる結果、約六〇〇戸の住宅や田畑が水没し、山林の一部にも水没あるいは管理不能により放棄を余儀なくされるものも生じてくる。そのため、板取村民は、その所有財産に重大な侵害を受けるとともに、離村分散しなければならず、長年培われてきた村落結合が破壊され、日常生活に重大な変化を被り、生活利益を著しく侵害されることになる。

(二) ダム下流域に対する影響

また、ダムにより流出土砂が堰止められてダム下流に流出しなくなるため、ダム下流域では土砂の供給量が著しく減少する。その結果、中流に堆積する土砂は減少し、河床洗掘が生じ、堤防等水防施設及び橋脚の基礎を弱化させる。

3 原告らに対する権利侵害

(一) 第三原告目録記載の原告らは、板取村の住民であって、他の住民とともに村落共同体を構成し、水没予定地域に住居を所有し、更に農地山林をも所有しているので、板取ダムの建設により右原告らの従前享有してきた平穏な日常生活及び財産権が侵害されることになる。

(二) 第四原告目録記載の原告らは、いずれも岐阜市に住居を有する者である。岐阜市内又はその近接上流部の長良川が決壊した場合は、その洪水流によって右原告ら所有の家屋や家財道具が損壊し、右原告ら及びその家族の生命身体も危殆に瀕することになり、その結果右原告らは甚大な人的物的損害を被ることになる。

六 環境への影響

1 現状

(一) 長良川の自然環境及び自然的文化環境

長良川は、源流近くまで河谷平野が開け、集落が発達し、清流を利用した諸産業が盛んであったため、ダム等流水を遮断する大規模な人工工作物がなく、また、河川改修による河川の人工物化や流域の開発が全川にわたっては実施されておらず、一級河川としては日本で数少ない自然の残った河川の一つである。すなわち、自然河川であるためには、汚染されていない流水が、人工遮断物なく、河原、瀬及び渕の変化に富んで流れていることが重要であるが、全国の主要河川がこれらを失っていく中で、長良川は今もなお右の姿を留めている。

(二) 汽水域の存在

(1) 長良川の三〇粁地点付近より下流は、海の影響を受けている。

河川水の海水との混合という汽水性に直結する塩水遡上の点からみると、現状では、強混合を示す大潮の満潮時に塩水の最大遡上がみられるが、その距離は二〇粁地点付近である。そして、汽水域や塩分濃度分布は、河川の流量、月齢、潮汐により上流側と下流側との間で上下や変化を繰り返している(以下、河川水と海水の混合がみられる区域を「汽水域」という。)。

また、潮汐の影響は河川水位の上下変動をもたらし、潮汐変動に合わせて三〇粁地点付近より下流では河川水位が上下している(以下、海の影響を受けている区域を「広義の汽水域」という。)。

(2) 広義の汽水域は、多種多様な生物の生息を可能にする物理的、化学的環境であり、多種多様な生物の生息の場となり、かつ、これらの生物は特徴的な生態系を形成している。

この汽水域には、カニ、ヤマトシジミ、ゴカイ等の汽水性の底生動物が無数に生息している。これらの底生動物は、有機物の分解に大きな役割を果たしている。そして、その幼生(動物プランクトン)は、この汽水域と伊勢湾とを回遊するものがほとんどであるが、生態系上は、稚魚に食物として摂取され、他方、自らは植物プランクトンを摂取して赤潮の原因となる植物プランクトンを減少させている。

次に、この汽水域は、潮汐の影響により、河原が干出と水没を繰り返し、干潟や浅水域を形成している。この浅水域は、ヤマトシジミ等の貝類の生息の場である。また、この干潟や浅水域では、葦原等のヨシ、ヤナギ等の大規模な植物群落が形成されている。そこは、カニ等の生息場所であり、魚類の産卵場でもある。また、野鳥、昆虫の生息の場所でもある。そして、これらの植物群落は、栄養塩類を吸収固定し、水中の栄養塩類を減少する役割も果たしている。

(三) 水質

長良川の三〇粁地点付近より下流の現状の水質は、昭和四九年から昭和六三年の東海大橋地点における測定結果によれば次のとおりである。

まず、生物化学的酸素要求量(以下「BOD」という。)(年平均値)は、当初は二mg/l程度であったが、最近は一mg/l前後と減少している。他方、化学的酸素要求量(以下「COD」という。)(年平均値)は増加傾向にある。

栄養塩類(年平均値)は、総窒素が1.2~1.6mg/l、総リンが0.8~0.16mg/lとほぼ横ばい傾向にある。この栄養塩類の濃度は富栄養化による水質汚濁で有名な諏訪湖の濃度とほぼ等しい。これだけの栄養塩類量があれば、夏季の湖沼では表層の藻類量がクロロフィルa量として一〇〇μg/l位になり得、それはBOD二五mg/lに相当する。この栄養塩類の濃度は、長良川でも渇水が続けば藻類の増殖を可能にする値である。実際、伊勢大橋地点では、夏の諏訪湖の藻類量(クロロフィルaとして約一〇〇μg/l)の三分の一~三分の二の藻類量が測定されている。

このように、長良川下流の水質は、BOD指標では汚れも少なく、改善されてきているが、その他のCOD、栄養塩類は汚濁傾向にあり、改善されていない。栄養塩類は、汚濁を生じさせ得る濃度にあり、現状での水の流れの状態、生態系により、何とか汚濁を免れているのが現状である。

(四) 魚類

長良川の三〇粁地点付近より下流の広義の汽水域には、アユ、サツキマスの外にも多種の魚類が生息しており、これらの魚類には、汽水性魚、回遊性魚、淡水性魚、沿岸魚と多様な生態的特徴のものが含まれている。このような多種の魚類相がみられるのは、この区域がこのような汽水域であり、しかもこの汽水域には動物プランクトン、水辺植物群落の存在等、魚類の産卵、成育、生息に適した条件があるからである。

2 本件堰建設及び浚渫による影響

(一) 自然性の喪失

河床を浚渫し、ブランケット工を施工すると、水深が一様化し、低水路の流路が直線化されることにより、水深及び流速に変化があるという多種多様な生物の生息条件が失われてしまうし、河道内に存した水溜まりや池沼が消失し、高水敷上の被覆植物が除去されることになり、河道内に自然に成立した植生が消滅することになる。これらのため、現在自然河川として直接間接、有形無形の恩恵を流域住民に与えている長良川は単なる水路と化し、その自然性を喪失してしまう結果となる。

(二) 汽水域(広義の汽水域を含む。)の破壊

(1) 本件堰は5.4粁地点に建設され、そこで堰により塩水の遡上を止め、堰上流を淡水にしてしまう。また、堰上流側水位は、TP1.3m以上に固定される。

本件堰建設により、現状では二〇粁地点付近まで存在している汽水域が5.4粁地点で分断され、その地点より上流は淡水化されて汽水域が破壊される。また、現状では上流から下流へと段階的に塩分濃度が大きくなっていたのが、5.4粁地点で、淡水から高塩分濃度水に急激に変化することになる。そして、河川の流量、月齢、潮汐により汽水域が上流側と下流側との間を上下し、また、塩分濃度も変化していたのが、5.4粁地点で淡水と高塩分濃度水の急変状態に固定されることになる。更に、堰下流では、堰止め、取水により塩分濃度値が大きくなる。

更に、現状では三〇粁地点付近まで潮汐に併せて河川水位が上下しているが、ほぼ大潮の満潮時の水位のTP1.3m以下のところは常時水没してしまうことになる。また、堰下流への流量が減少することになる。

(2) 長良川の広義の汽水域での物理的、化学的環境の改変・破壊は、前記の多種多様な生物の成育環境の破壊であり、これらの生態系の破壊である。そのため、カニ、ゴカイ、ヤマトシジミ等の底生動物や動物プランクトンを絶滅させ、ヨシ等の植物群落を著減させ、そこを産卵、育成の場とする魚、野鳥、昆虫を滅ぼしてしまう。

また、そこに成育していた生物によってもたらされていた栄養塩類の減少等の環境保全機能も失われることになる。

(三) 水質の悪化

(1) 藻類の大発生による水質の悪化

藻類の増殖は、現状でも時々みられるが、本件堰の建設後は約三〇粁地点まで湛水域となり、特に渇水期の流量の少ない時は水の淀む湛水域となるため、その増殖は、期間、量とも増大する。

既設河口堰で発生している藻類については、広島県の芦田川河口堰では流量が減少した時期に二〇〇μg/l(これは、夏の諏訪湖の二倍の量である。)、福岡県の遠賀川河口堰では一〇〇μg/lのクロロフィルa量であった。そして、両河口堰で出現したのはケイ藻類であって、その優占種は、長良川で大量に出現したものと同じキクロテラ・メネギニアーナであった。本件堰建設後は、長良川で、このケイ藻が渇水期に大発生する可能性は著しく高い。

また、既設の河口堰で、冬季にはこのケイ藻、夏季にはラン藻類と、優占種が交代する現象が認められている。長良川でも、本件堰建設後は、夏季に湛水域でラン藻類が発生する可能性が十分にある。

既設の河口堰では、湛水域で藻類が発生した場合は、湛水域のBOD値は増加している。したがって、本件堰でも湛水域で藻類が発生したときは、BOD値も増加することが予想される。

以上のとおり、本件堰建設後は、堰上流の湛水域では藻類の大発生による各種の水質の悪化が予想される。そして、これにより、水道水にカビ臭や泥臭が生じたり、浄水処理過程における濾過閉塞等の障害も発生する。

(2) 死水域の形成

本件堰が設置されると、本件堰上流部に約三〇〇〇万m3の水が貯水される。そのため、本件堰地点から約三〇粁地点まで河川水の流速が現状に比して低下することになる。特に、本件堰を越流しない流水下層部で流速減少が顕著となる。

その結果、微小浮遊物質(SS)が一層沈下堆積を促進される。滞留及び沈下堆積した汚染物質(流域内工場及び生活排水によってもたらされる有機物質・微小浮遊物質)の酸化分解に多量の酸素が消費され、流水底部に低酸素域が形成され、未分解物質、化学物質及び重金属はいわゆるヘドロとなって堆積を重ね、併せて長良川底部に死水域が形成されることになる。

(四) 魚貝類への影響

(1) 本件堰建設により、長良川は、流水の遮断、堰上げ落差、堰上流の流速低下、堰下流への流量の減少、取水、淡塩水の急激な変化、汽水域の破壊とそれによる生物相の変化、湛水域の水質悪化等がもたらされる。これらにより、魚貝類の生息は悪影響を受ける。

(2) 長良川の汽水域には、マアナゴ、イシガレイ、クルマエビ、フナ、コイ、ボラ、スズキ、シラウオ、アサリ、ハマグリ、ヤマトシジミなどの魚貝類が生息している。

これらの中で最も大きな影響を受けると予測されているのがヤマトシジミである。その生息密度は底質が泥よりも砂地のところで高く、分布の中心はJR関西線鉄橋付近から揖斐長良大橋付近までの汽水域であり、主として淡水性のケイ藻類、鞭毛藻類、緑藻類を餌としている。しかし、河口堰がヤマトシジミの主分布域を分断し、上流側の汽水域は消滅すること、下流側も下層の塩分濃度が上昇し、底質も悪化すると予想されることなどの理由により、ヤマトシジミは激減する可能性が高い。

(3) 回遊性魚類に対する影響

ア 長良川の回遊性魚類には、アユ、サツキマス、ウナギ、ボラ、スズキ、チチブ、ヨシノボリ、カマキリ、カジカなどがある。

イ アユは、岐阜市下流部の長良川で秋に産卵し、仔魚は、数日で海に下り、冬を主に伊勢湾で過ごす。数センチに成長した稚魚は、春から初夏にかけて長良川を遡上する。長良川を遡上したアユは、岐阜市から上流で夏を過ごし、十数~二十数センチに成長して、岐阜市周辺まで下りて産卵して一年の生涯を終える。このアユの生態に河口堰はさまざまな面で影響を及ぼす。

まず、堰による湛水によって産卵後海に降りるまでの時間が長くなるが、アユは海に降りるまで卵黄で生活するので、この時間が長くなると死亡する仔魚が増加する。また、仔魚の遊泳力は弱いので、取水地点で、取水量に比例して取水口に取り込まれて浄水場へ送られることになる。更に、堰からの落下衝撃により仔魚が死亡する確率が著しく高くなる。

幸いにして海に降りたとしても、遡上時にまたいくつかの障害が待ち受けている。アユの稚魚は、春先になると長良川から伊勢湾に流入する水によって河口に集まってくるが、取水によって長良川から伊勢湾に流入する水量は減少するので、長良川が稚アユを引きつける力はそれだけ弱くなる。

河口に集まり遡上してきたアユは、次に堰に会う。堰には二種類の魚道が設けられることになっているが、それらが十分な効果を発揮する保証は全くない。

堰を遡上したとしても、堰上約二〇Kmの湛水区間はブランケットと湛水によって河岸・水際の植生や地形的多様性が消失し、隠れる場所が減少するので、魚食魚や野鳥に捕食される危険が増大する。

これらの障害が総合され、またそれが何年も続いたとき、長良川のアユは、深刻な影響を受けることになる。

ウ アユ以外の回遊性魚類についても、例えばボラの幼魚は潮汐に伴う遡上・降河が不可能になるので、淡水への馴致に支障をきたして、淡水域への遡上ができなくなるので、それぞれの生態に応じた悪影響が生じることは必至と予測される。

また、サツキマスは、日本のみに生息し、しかも今では漁業対象となる程の数が生息し、自然に降海、遡上を繰り返しているのは長良川だけであるという点で貴重である。しかし、長良川と他の河川との明白な違いは長良川には本流に源流近くまで遡上の障害となるようなダムや堰がないことであることを考えると、河口堰ができれば、その生息にかなりの悪影響を及ぼす可能性が高い。

エ 堰、ダムのある河川では、回遊性魚であるアユ、カジカ類、サツキマスの遡上が殆どない。長良川も、本件堰の建設により回遊性魚類の遡上がなくなり、それらの量が著しく減少するものと予想される。

なお、アユ、サツキマスの減少の影響の軽減対策として人工種苗生産による放流が考えられている。しかし、人工生産は、限られた親からの再生産であるから遺伝子変異幅の減少を招きやすく、天然魚のもつ遺伝子の多様性に代替できるものではない。また、人工種苗生産等による放流は、アユ、サツキマスの再生産に寄与しないと予測される。

(五) 不快、有害昆虫の発生

本件堰建設による堰上流域の淡水化と流速低下、更に富栄養化による水質悪化により、ユスリカ等の止水性の淡水昆虫の大量発生が予測される(既設の芦田川河口堰、木曽川大堰では、ユスリカの大発生がみられている。)。これらの昆虫は、不快昆虫であるだけでなく、アレルギー疾患の重要な抗原(アレルゲン)の一つでもあり、ユスリカの大量発生により、長良川下流の環境、特に医学的環境が悪化することになる。

3 原告らに対する権利侵害

原告らは、いずれも1に挙げた環境質を享受しているところ、右環境は本件堰建設及び河床の浚渫により破壊されることになり、原告らの環境権が侵害されることになる。

第六  まとめ

よって、原告らは、第一、第二及び第四原告目録記載の原告らについては①生命、身体に対する人格権、②主として治水上安全な生活を営む権利であって、生命、身体に関する人格権と財産権を包摂する権利又は③環境権に基づき、第三原告目録記載の原告らについては①財産権、②村落共同体において生活を営む権利であって、人格権と財産権を包摂する権利又は③環境権に基づき、それぞれ被告の本件事業の差止めを求める。

《請求原因に対する認否》

第一  請求原因第一について

認める。

第二  請求原因第二について

一 一について

本件堰の構想が建設省中部地方建設局において昭和三四年三月提唱されたこと及び昭和三五年一月右提唱が「長良川河口ダム構想」(正確には「伊勢湾地域綜合開発長良川河口ダムの構想」である。)に発展したことは認め、その余は否認する。

右構想は、長良川の河口に可動堰を設けて長島町の塩害を防止し、長良川の取水を容易にして水需要に対処し、地下水の汲み上げの増加を阻止して地盤沈下の防止に役立てることにあった。また、右構想がそのまま本件事業になったわけではない。

二 二について

1 1は認める。

ただし、原告らが主張する本件事業の内容は、被告が昭和四八年七月三一日付けをもって建設大臣の許可を受けた本件事業に関する事業実施計画によるものであり、その後一部変更されている。

2 2は否認する。

本件事業において被告は浚渫を行うことを予定しているが、それは本件堰設置に伴う堰付近における約六〇〇万m3の浚渫と、本件堰付近から二五粁地点付近までの間において、右区間に施工されるブランケット工等に使用される土砂を確保するための約四〇〇万m3の浚渫のみであって、河口から30.2粁地点までの間の河積拡大のために行われる浚渫は、建設大臣が木曽川水系工事実施基本計画に基づいて実施するものである。

3 3のうち、ブランケット及び堤内側に承水路が設置されることは認め、その余は否認する。

ブランケット工及び承水路設置は、本件堰設置に関連して、漏水対策工として採用されたもので、承水路は長良川からの浸透水を集水するためのものである。

第三  請求原因第三について

一 一について

長良川、揖斐川及び木曽川のいわゆる木曽三川が洪水の度に土砂を堆積し、沖積平野(濃尾平野)を形成したこと、その間に河川に囲まれた島状の堆積地が生じたこと、この堆積地は、洪水により形成されたものであるため、常に洪水の危険にさらされていたこと、輪中住民は内水排除が困難なことによる湿田化や大規模な洪水時の破堤による浸水被害に悩まされてきたことは認め、その余は知らない。

二 二について

輪中地域が洪水毎の土砂堆積で形成されたことから、地質は一般に沖積層に属し、水平に層序をなしており、各地層毎に透水性の程度が異なる上、堆積土砂の性状が洪水毎の堆積場所によって多様であるため局所的に透水性の程度に差がある地質条件が形成されたことは認め、輪中地域の土粒子の粒径が比較的大きく、土粒子間の結合が弱く、同一層内では均等な粒径の地質構造をなしているとの点、そのため輪中地域が一般的には透水性地盤となっており、河川からの漏水が生じやすい地域であるとの点は知らず、その余は否認する。

三 三について

1 1のうち、高須輪中が複合輪中であること、その地盤高が二五粁地点より下流部ではTP0.0~マイナス0.5mであることは認め、その余は知らない。

2 2のうち、高須輪中が最も洪水の影響を受け、各所で堤防決壊を繰り返したとの点は知らず、その余は認める。

3 3は認める。

第四  請求原因第四について

一 一について

1 1は認める。

2 2は争う。

二 二について

1 冒頭部分のうち、平成元年時点で河積増大のために合計約一四〇〇万m3(河口部浚渫量を除く。)の浚渫量が必要であることは認め、その余は争う。

2 1のうち、長良川で地盤沈下が生じたことは認め、その余は否認する。

原告らは、長良川の河積増加のために必要とされている浚渫量は地盤沈下等によって河積が増大したため、昭和五二年までに右浚渫量の大部分は満たされていると主張するが、昭和四七年、平成元年に河道計画の見直しや地盤沈下等による河積の増大などを踏まえ、浚渫量の見直しがなされているのであるから、浚渫量について昭和三八年を基準に論ずることは全く無意味である。

3 2のうち、計画浚渫量が原告ら主張のとおり変更されたことは認め、その余は争う。

原告らは、本件堰がなければブランケット工は必要なく、したがって、粗度の増加も生ぜず、浚渫量の増量も必要ないと主張するが、我が国の河川の特徴として河状係数(最大流量と最小流量の比)が大きいことが挙げられ、このような河川を安定した河道として維持するためには、平野部においては常時流水が流下する部分(低水路)と洪水時のみ流水が流れる部分(ブランケット《高水敷》)とからなる複断面の河道とすることが原則とされており、本件堰が設置されるか否かにかかわらず、ブランケットを設置する必要があるのである。

4 3のうち、昭和五一年九月洪水第四波時の粗度係数では昭和六二年河道で洪水位が計画高水位を上回ることは認め(ただし、最大で六七cmである。)、その余は争う。

5 4は争う。

原告らは、計画高水位を上回る区間のみを浚渫すればよく、その場合マウンドを残置したものにすることができると主張するが、河川におけるある区間の水位は、当該区間の河道状況のみならず、下流の河道状況の影響をも受けるものであり、洪水位が計画高水位を上回る区間のみの浚渫を行えば計画高水流量が計画高水位以下で安全に流下するとは到底いえず、また、マウンドを残しても、流水の浸食作用によってマウンドは変形するから、将来にわたってこれを安定維持することは困難である。

三 三について

1 冒頭部分のうち、本件堰の建設目的については認め、その余は争う。

2 1のうち、被告の解析の方法及びその結果は認め、その余は争う。

3 2のうち、被告の主張及び解析結果は認め、その余は争う。

なお、塩害とは、原告らが主張するような農業被害、殊に水稲塩害のみを指すものではない。また、長島町で水稲被害が減少したのは、排水路の整備と淡水の供給のみならず、塩害の激しい水田を養殖池や宅地などに転用したり、休耕地にしたりしたことによるものである。

4 4は争う。

四 四について

争う。

利水面からも本件堰は必要不可欠なものである。

五 五について

1 1のうち、本件事業が共同事業であることは否認し、その余は認める。

本件事業は公団法に基づき、治水と利水の目的を有する多目的事業(単一事業)として、被告が実施するものである。

2 2の第一段のうち、共同施設建設費用について被告が負担責任を負わないことは否認し、その余は認める。当該施設の建設費用は被告が負担するものであり、その原資となるべき額を、被告は、公団法の規定に基づき国又は関係利水者等から交付又は納付を受けているのである。

第二段は認める。ただし、本件堰の場合、治水関係用途分は公団法の規定に基づき被告が国から交付を受けるものであり、この交付金は、国費と地方費によって構成されており、地方費は愛知県、三重県及び岐阜県が負担する。

第三段のうち、治水関係用途分が毎年度毎に被告に交付されることは認め、その余は否認する。治水関係用途分については前記のとおりである。利水関係用途分については、国の補助金を控除した額を被告が建設期間中に借り入れして施工し、この借入金は、通例として建設事業完了後に愛知県、三重県及び名古屋市が割賦負担を行うのである。ただし、工業用水道にかかわる用途分については、国の補助金を控除した額の三〇%については、毎年度の建設負担金として被告が受け入れることになっている。

3 3は争う。

第五  請求原因第五について

一 一について

本件堰が建設されると、堰上流水位が現状よりも上昇すること、その場合何らかの対策を講じなければ長良川から堤内地への浸透水の量が増加し、長島・高須輪中で堤防への影響や堤内地の湿潤化が懸念されること、被告が右の懸念に対処するため漏水対策工を行うことにしており、その基本が、堤防の外側(川側)にブランケット工を施工し、堤内地には平面排水対策工を施工するものであること、高須輪中において施工する平面排水対策工が第一線承水路、堤脚水路、暗渠排水管及び湧水処理工であり、その概念図(湧水処理工を除く。)が別図17のとおりであること、旧訴において日野鑑定人が鑑定を行っていることは認め、その余は争う。

二 二について

旧訴において細井教授が原告ら主張の検討を行っていることは認め、その余は争う。

本件堰は、堰下流水位がTP2.1mを超える高潮時には全開操作を行うことになるので、高潮に対しても安全である。

三 三について

旧訴において細井教授が原告ら主張の検討を行っていることは認め、その余は争う。

本件堰は、津波時には全開操作を行うことになるし、仮にゲートを全開できなくともその反射波は左右の堤防で十分対応できるので、本件堰は津波に対しても安全である。

四 四について

争う。

本件事業において被告が浚渫を予定しているのは右第二の二2に掲記した範囲であり、河積拡大のための浚渫は建設大臣が実施するもので、本件事業とは別個の事業として実施されるものである。したがって、右浚渫による被害を理由として本件堰建設の差止めを求めることはできない。

また、浚渫区間の上流端付近において局所的な河床変動が生ずると予測されるが、それは上下流の流砂量の差によって生じるものであり、その区間の河床勾配が上流区間のそれに等しくなればそれ以上の河床低下は生ぜず、また、第四原告目録記載の原告らの居住する岐阜市付近では河床低下は生じない。

五 五について

長良川の上流にダムを建設する予定があることは認め、その余は争う。

長良川の計画高水流量七五〇〇m3/秒を定めるに当たって五〇〇m3/秒調節するダムを上流に設置することが予定されていることは確かであるが、そのダムを長良川上流のどの位置に設置するのか、設置するとしてどのような構造にするのか、どの機関がその事業主体となって実施するのか等、その具体的な計画は未定の段階である。

また、右ダムの建設事業は、本件堰建設事業とは別の事業として実施されるものであるから、その被害を主張して本件堰建設の差止めの理由とすることはできない。

六 六について

争う。

被告及び建設省は、長良川の河川環境を保全し、併せて水産資源の保護を目的として各種の対策を講じ、本件事業及び河床浚渫による河川環境等への影響を軽減するようにしている。

ただし、本件事業及び河床浚渫の実施が堰上流に生息するヤマトシジミや一部の魚類に影響することが考えられるので、該当する漁業者に対しては適正な補償をもって対処している。

《被告の主張》

第一  本件事業の概要

一 本件堰計画の成立に至るまでの経緯

1 長良川河口ダム構想

昭和三五年一月、中部地方建設局企画室において、「長良川河口ダムの構想」が公表された。これは、長良川の河口に逆潮堰を設けて、長島町の塩害を防止し、また、当時深刻化していた三重県及び愛知県の用水問題に根本的解決を与えるとともに、昭和三四年九月の伊勢湾台風の襲来によって発生した濃尾平野臨海部の大災害が、地下水の揚水によって招来された地盤沈下により臨海部の土地が海面より低くなっていたことに起因するものであったことから、地下水のくみ上げ量の増加を阻止して地盤沈下の防止に役立てることを目的とするものであった。この構想においては、河口ダム設置点は揖斐川河口上流2.6Km地点とされ、計画取水量は二五m3/秒とされていた。

2 長良川河口堰計画

しかし、昭和三四年九月(伊勢湾台風)の洪水及び昭和三五年八月の洪水が従前の計画高水流量四五〇〇m3/秒を大幅に上回ることが明らかになってきたことから、計画高水流量を再検討する必要が生じ、昭和三六年八月、建設省は、長良川下流部において大規模な河床浚渫によって河積を拡大し、洪水が安全に流れるようにする一方、浚渫により潮汐の影響が内陸奥深くまで達するために浚渫計画は逆潮堰なしには実行不可能であることから、逆潮堰を設けて浚渫に基づく海水の遡上、塩害の発生を防止し、かつ、増大する水需要に対処し、地盤沈下を防止するという治水・利水を総合した長良川河口堰建設事業計画をとりまとめた。

その後、昭和三八年に、長良川の基本高水のピーク流量が八〇〇〇m3/秒、計画高水流量が七五〇〇m3/秒とされた。また、地質、河床変動等の調査や構造物の設計、取水計画等につき種々の検討が加えられた結果、現在被告が実施中の本件事業となった。

二 本件事業を被告が行う根拠

1 内閣総理大臣は、水資源開発促進法三条一項、二項の規定に基づき、関係行政機関の長に協議し、かつ、関係都道府県知事及び水資源開発審議会の意見を聴いた上、閣議決定を経て、昭和四〇年六月二五日、木曽川水系を水資源開発水系として指定し、同月二九日、これを公示した(同年総理府告示第二四号)。そして、内閣総理大臣は、昭和四三年一〇月一五日、右水系指定に伴い「木曽川水系における水資源開発基本計画」(以下「水資源開発基本計画」という。)を決定し、同月一八日これを公示した(同年総理府告示第三五号)。水資源開発基本計画は、その後、昭和四八年三月二三日、昭和五七年三月二六日及び平成五年三月二六日にそれぞれ変更されたが、その変遷は、以下のとおりである。

(一) 当初の水資源開発基本計画

(1) 当初の水資源開発基本計画は、昭和五〇年度における木曽川水系の水の用途別の新規需要の見通し及び供給の目標を次のとおり定めている。

ア 水需要の見通し

上水道用水については、この水系の流域内の諸地域並びに流域外の岐阜県、愛知県及び三重県の一部の地域における上水道整備に伴う必要水量の見込みは、約二五m3/秒である。

工業用水については、右地域における工業開発に伴う必要水量の見込みは、約四二m3/秒である。

農業用水については、木曽川右岸地区、三重用水地区等の開発及び下流部地域等における広域的な農業基盤の整備その他農業近代化施策に伴い、この水系に関連する地域に発生する必要水量の見込みは、約六m3/秒である。

イ 供給の目標

これらの新規水需要に対処するため上流のダム群、中・下流部の堰、多目的用水路、専用用水路等の水資源の開発又は利用の合理化を図る施設を建設するとともに、これらの施設との関連における既存施設の有効利用等、水資源の合理的な利用を図る措置を講じて約七三m3/秒を供給する見込みである。

(2) 右基本計画は、右目標を達成するため取りあえず必要な施設(施設能力約六五m3/秒)として本件事業外二事業を行うこととしているが、右のうち、本件事業の基本的事項は、次のとおりである。

名称  長良川河口堰

事業目的  この事業は長良川における治水のため上流部に建設するダムと合わせて、下流部における浚渫に対処して塩害を防除するとともに、流水の正常な機能を維持しつつ、濃尾及び北伊勢地域の上水道用水及び工業用水を確保するものとする。

事業主体    被告

河川名     長良川本川

堰の天端標高  TP約二m

予定工期  昭和四三年度から。ただし、水産業及び長良川沿岸の水位変化による内水等に及ぼす影響調査に基づいて、具体的な措置を決定の上、工事に着手するものとする。

(二) 昭和四八年三月二三日の水資源開発基本計画の全部変更

(1) 右変更された基本計画は、昭和六〇年度における木曽川水系の水の用途別の新規需要の見通し及び供給の目標を次のとおり定めている。

ア 水需要の見通し

水道用水については、この水系の流域内の諸地域並びに流域外の岐阜県、愛知県及び三重県の一部の地域における水道整備に伴う必要水量の見込みは、約四〇m3/秒である。

工業用水については、右地域における工業生産の増大及び地盤沈下防止のための地下水転換に伴う必要水量の見込みは、約六〇m3/秒である。

農業用水については、木曽川右岸地区、三重用水地区等の開発及び農業基盤の整備その他農業近代化施策に伴い、この水系に関連する地域に発生する必要水量の見込みは、約二二m3/秒である。

イ 供給の目標

これらの新規水需要に対処するため上流のダム群、中・下流部の堰、多目的用水路、専用用水路等の水資源の開発又は利用のための施設を建設するとともに、これらの施設との関連における既存施設の有効利用等、水資源の合理的な利用を図る措置を講じて約一二一m3/秒を供給する見込みである。

(2) 右全部変更された基本計画は、右目標を達成するため必要な施設のうち、取りあえず新規利水量約八六m3/秒の確保を目途として、本件事業外五事業を行うこととしているが、右のうち、本件事業に関する基本的事項は、次のとおりである。

名称、事業主体及び堰の天端標高は、変更前と同じ。

事業目的  この事業は長良川における治水のため上流部に建設するダムと合わせて、下流部における浚渫に対処して塩害を防除するとともに、流水の正常な機能を維持しつつ、濃尾及び北伊勢地域の上水道用水及び工業用水を確保するものとする。なお、この事業の実施に当たっては、水産業及び長良川沿岸の水位変化による内水等に及ぼす影響について十分配慮するものとする。

河川名   長良川

予定工期  昭和四三年度から昭和五一年度まで

(三) 昭和五七年三月二六日の水資源開発基本計画の一部変更

変更された部分の内容は、次のとおりである。

(1) 取りあえず確保を目途とする新規利水量を約八三m3/秒と改め、そのための事業を本件事業外六事業に改める。

(2) 本件事業の予定工期を「昭和四三年度から」に改める。

(四) 平成五年三月二六日の水資源開発基本計画の全部変更

(1) 右変更された基本計画は、昭和六一年度から平成一二年度までを目途とする水の用途別の新規需要の見通し及びより長期的な見通し並びにこれらを踏まえた供給の目標を次のとおり定めている。

ア 水需要の見通し

昭和六一年度から平成一二年度までを目途とする水の用途別の需要の見通しは、計画的な生活・産業基盤の整備、地盤沈下対策としての地下水の転換、不安定な取水の安定化、合理的な水利用、この水系に係る供給可能量等を考慮し、概ね次のとおりとする。

水道用水については、この水系の流域内の諸地域並びに流域外の岐阜県、愛知県及び三重県の一部の地域における水道整備に伴う必要水量の見込みは、約一四m3/秒である。

工業用水については、右地域における工業用水道整備に伴う必要水量の見込みは、約六m3/秒である。

農業用水については、右地域における農業基盤の整備その他農業近代化施策の実施に伴う必要水量の見込みは、約一四m3/秒である。

また、平成一三年度以降においても、更に必要水量が発生する見込みである。

イ 供給の目標

これらの需要に対処するための供給の目標は、平成一二年度において約三四m3/秒とし、併せて平成一三年度以降の需要の発生に対処するため計画的な水資源開発を推進するものとする。

このため(後記(2)の本件事業外六事業の)ダム、堰、多目的用水路、専用用水路その他の水資源の開発又は利用のための施設の建設を促進するとともに、新たな上流ダム群等の開発及び利用の合理化のための調査を推進し、その具体化を図るものとする。

(2) 右全部変更された基本計画は、右目標を達成するため必要な施設のうち、取りあえず、平成一二年度における新規利水量毎秒約三四m3の確保及び平成一三年度以降に発生する需要への計画的な対処を目途として、本件事業外六事業(三重用水事業、阿木川ダム建設事業、徳山ダム建設事業、味噌川ダム建設事業、愛知用水二期事業、長良導水事業)を行うこととしているが、右のうち、本件事業の基本的事項については名称、事業目的、事業主体及び河川名は、変更前と同じであるが、「堰の天端標高 TP約二m」が「堰上流水位 TP約0.80~1.30m」に、予定工期が「昭和四三年度」から「昭和四三年度から平成六年度まで」にそれぞれ変更された。

2 内閣総理大臣は、前記のとおり、昭和四三年一〇月一五日に水資源開発基本計画を定めたが、同月一八日、それとともに本件事業の主務大臣を建設大臣とする旨を公示した(同年総理府告示第三七号)。

建設大臣は、公団法一九条一項の規定により本件事業に関する事業実施方針を定め、昭和四六年一二月二七日被告に指示した。その概要は、施設の概要、施設の設置の目的である事項に関する基本方針、建設に要する費用、その他事業の基本となるべき事項である。建設大臣から右指示を受けた被告は、公団法二〇条一項の規定により本件事業に関する事業実施計画を作成し、昭和四八年七月三一日、建設大臣からその認可(建設省資河開発第四二号の二)を受けた。

その後、建設大臣は、昭和六三年一二月二八日、右実施方針の一部を変更し、同日被告に指示し、被告は、右変更の趣旨に副うように事業実施計画の一部を変更し、平成元年二月一三日、建設大臣からその認可(建設省資河開発第四号)を受けた。

三 本件事業の概要

本件事業の事業実施計画の内容は、右変更により、次のとおり一部変更されたほかは原告ら主張(請求原因第二の二)のとおりである。

(一) 主ゲートの敷高が「TPマイナス1.50~TPマイナス6.00m」から「TPマイナス2.50~TPマイナス6.00m」に変更された。

(二) 閘門の長さが「四〇m」から「八〇m」に変更された。

(三) 溢流堤の長さが「約四九五m」から「約五六〇m」に変更された。

(四) 工期が「着手・昭和四三年一〇月、完了・昭和五二年三月の予定」から「着手・昭和四三年度、完了・平成六年度の予定」に変更された。

(五) 事業に要する費用の概算額が「約二三五億円」から「約一五〇〇億円」に変更された。

第二  本件事業の必要性

一 長良川の河床浚渫の必要性

1 長良川の改修計画

(一) 長良川の治水の歴史

わが国最大のゼロメートル地帯を擁する濃尾平野を貫流する木曽三川沿川は、古くから洪水との闘いを宿命としてきた地域である。

木曽三川は、出水時差が大きく、地形が東高西低となっていること等に加え、江戸時代に行われた宝暦治水以前には三川は網目状になっていたため、大雨が降ると揖斐川が増水し、続いて長良川が増水して揖斐川の水位を上昇させ、その後更に木曽川が増水して長良川及び揖斐川の水位を上昇させた結果、洪水の継続時間が極めて長時間に及び、また、水流が入り乱れ、洪水の度に流路が変化するという状況であった。

この地域の人々は、集落や耕地を洪水から守るため、地域ごとにその全域を取り囲むように堤防(輪中堤)を造ったが、輪中堤では洪水を十分に防げず、輪中地帯は水害に悩まされ続けていた。

そのため、宝暦四年(一七五四年)から翌年にかけて、木曽三川の分流を目標として油島締切工事、大榑川洗堰工事、逆川洗堰工事等の木曽三川治水工事が行われた(宝暦治水)が、水害は依然として減少しなかった。

明治に入り、この地域の洪水被害の軽減を図るため、宝暦治水では達成できなかった木曽三川の完全な分流工事を始めとする本格的な治水工事(明治改修)が行われ、明治二〇年に着手され同四五年に竣工した。この治水計画は、計画区間の計画高水流量を毎秒一五万立方尺(約四一七〇m3/秒)としたものであり、その主な工事として、河道の拡幅、浚渫、築堤のほか、木曽・長良背割堤の築造を始めとする三川分流工事、船頭平閘門の築造、木曽川及び揖斐川の河口の導流堤築造が行われた。

明治改修の結果、木曽三川下流部の洪水被害は相当軽減されたが、上流部は依然として洪水被害に悩まされていたことから、引き続き大正一〇年から木曽川上流改修(大正改修)が着手され、その主な工事として、河道の拡幅、築堤、掘削をはじめ、派川の古川、古古川の締切り、古川合流点の締切り等が行われた。

また、木曽川三川下流部についても、明治改修後もしばしば大洪水による被害が発生したため、昭和一一年から木曽川下流改修増補工事が着手され、この工事において長良川の計画高水流量が四五〇〇m3/秒に増加された上、堤防補強、河道掘削等が行われた。

(二) 昭和三八年度以降直轄河川改修総体計画

ところで、昭和三四年九月、昭和三五年八月、昭和三六年六月と大洪水(以下この三洪水を合わせて、「昭和三大洪水」という。)が三年連続して発生し、いずれも破堤などにより大災害が発生した。その規模は、当時の計画高水流量四五〇〇m3/秒を大幅に上回るものであり、岐阜市忠節において、昭和三四年九月洪水・実績値五五六〇m3/秒、氾濫補正値約七四〇〇m3/秒、昭和三五年八月洪水・実績値六七一三m3/秒、氾濫補正値約八〇〇〇m3/秒、昭和三六年六月洪水・実績値六二六八m3/秒、氾濫補正値約六七〇〇m3/秒であり、いずれも忠節地点より下流で、計画高水位を超えている。

建設省においては、昭和三大洪水が激甚な被害をもたらし、また、忠節地点の流量が実績値、氾濫補正値とも従前の計画高水流量四五〇〇m3/秒を大幅に上回ったため、昭和三八年度に新たな改修計画(昭和三八年度以降直轄河川改修総体計画)を策定した。同計画は、忠節地点において、基本高水のピーク流量を既往最大洪水流量である昭和三五年八月洪水の氾濫補正値に相当する八〇〇〇m3/秒とし、うち、五〇〇m3/秒を上流ダムで調節し、河道の計画高水流量を七五〇〇m3/秒とするものである(なお、右の基本高水のピーク流量は、九〇年間に一回程度の頻度で発生する可能性のある洪水の規模に相当するものであるが、全国の主要な河川の計画規模は、現在では一五〇~二〇〇年間に一回の頻度で発生する可能性のある洪水の規模としていることから、将来的には計画規模を大きくしていくことが必要な状況にある。)。

しかしながら、昭和三大洪水においては、その実績流量でさえ計画高水位を超えたことから、これを上回る計画高水流量七五〇〇m3/秒を当時の河積で安全に流下させることができないことは明らかであり、長良川下流部では水位が大幅に上昇して危険な状態になるため、河積を増大させる必要性が生じた。

(三) 河積拡大の方法

河積を拡大する方法としては、一般に、堤防と堤防との間の川幅を拡げる引堤案、洪水位を高くして、これに合わせて堤防を高くするという嵩上げ案、河底を掘削、浚渫する河道浚渫案があるが、浚渫案は、引堤案のように川沿いの貴重な土地、家屋を犠牲にすることなく、かつ、嵩上げ案のように計画高水位を引き上げることによる被害ポテンシャルを増加させることなく、計画高水流量を安全に流下させるものであり、長良川のような低平地を流れる河川における計画としては最も適切な方法であるとともに、他の二案に比べて経済的にもはるかに合理的であることから、建設省は右の三案のうち浚渫案を採用し、長良川三〇粁地点より下流で土砂を浚渫して河床を掘り下げることとした(以下建設省が実施する河積拡大のための浚渫を「本件浚渫」という。)。

しかし、河床の浚渫を行うと新たな問題が生ずることになる。すなわち、現在、長良川で塩水が遡上する範囲をcl-濃度二〇〇mg/lでみると、一四~一八粁地点にマウンド(上下流の河床に比べ河床の高い部分。以下同じ。)があることから、一五粁地点付近で塩水の遡上がほぼ止められているが、浚渫を行うと塩水が更に上流部まで遡上し、後記二のように塩害を発生させることになる。そのため、建設省は、潮止堰を設置して浚渫に伴う塩水遡上に対処することにした。

2 長良川の浚渫計画

(一) 浚渫計画の変遷

長良川下流部における大規模な浚渫計画が定められたのは、昭和三八年度であり、その当時の計画浚渫量は約一三〇〇万m3と見積もられたが、これにはマイナス0.6粁地点から2.8粁地点までのもの(揖斐川の浚渫として計上)及びブランケット造成のためのものは含まれておらず、河積増大分(2.8粁地点から30.2粁地点まで)のみであった。

右浚渫量は、昭和四七年度に昭和四五年度の河床をもとに変更された。すなわち、揖斐川に計上されていたマイナス0.6粁地点から2.8粁地点までの計画浚渫量を長良川に計上したこと(約六〇〇万m3増)、ブランケットを計画したこと(約七〇〇万m3増)及び河道計画を見直したこと(約六〇〇万m3増)による増加分と先の約一三〇〇万m3を合せた約三二〇〇万m3と見積もられた。その後、ブランケット幅の変更など河道計画の見直しをしたこと(約五〇〇万m3減)及び地盤沈下などの自然現象があったこと(約三〇〇万m3減)から、必要とされる計画浚渫量は平成元年時点で約二四〇〇万m3となった。右のうち、昭和六三年度までに実施された浚渫量は約九〇〇万m3であり、平成元年度以降の浚渫量は約一五〇〇万m3である。

(二) 現況河道(昭和六二年河道)の洪水流下能力

(1) 昭和六二年度河道を基に、河口の出発水位をTP2.5mとして、昭和五一年九月洪水における第四番目の洪水のピーク(以下「《昭和五一年九月洪水》第四波という。)時の粗度係数(同洪水において最高水位に達した時の粗度係数)を用いて、計画高水位以下の河積で流し得る最大流量を、堤防の強度等の条件を考慮せず、単純に水理学的に求めると、約六四〇〇m3/秒となる。その場合、二五粁地点付近から三〇粁地点付近で計算水位と計画高水位がほぼ等しくなるから、これより規模の大きい計画高水流量七五〇〇m3/秒を、計画高水位以下で流下させることはできない。

(2) この点に関し、原告らは、「①昭和五一年九月洪水第四波時の粗度係数は、一八粁地点から上流、特に24.3粁地点から上流の値がこれまでの洪水例や計画粗度係数と比べてかなり大きい、②昭和六二年河道について昭和五一年九月洪水における第一番目の洪水のピーク(以下「《昭和五一年九月洪水》第一波という。)時の粗度係数を用いると、計画高水流量七五〇〇m3/秒が流れた場合の洪水位は計画高水位以下となる、③右河道について昭和四七年改定の計画粗度係数を用いると、計画高水流量七五〇〇m3/秒の洪水が流れた場合の水位は、計画高水位を最大で0.25m上回るにすぎない。」旨主張する。

しかし、現在の河道の流下能力を求める場合に用いる粗度係数は、現在の河道の状況をできるだけ反映できるものとして、計画高水位近くまで実際に水位が上昇したような、最近の大規模洪水時の記録から推定された粗度係数を基本とし、安全側に考えて設定する必要がある。この観点から、現在の長良川の流下能力の評価に当たっては、昭和五一年九月洪水第四波時の粗度係数を用いるのが相当である。また右粗度係数は、長良川下流部と同じような河道の状況における粗度係数の範囲内のものであるし、昭和三大洪水の粗度係数とほぼ同程度となっている(他方、それらの粗度係数の値に比べて昭和五一年九月洪水第一波時の粗度係数は全般的に小さなものとなっている。)。したがって、昭和五一年九月洪水第四波時の粗度係数がこれまでのものと比べてかなり大きいとする原告らの主張は失当である。

なお、河道計画を立案する際に用いる粗度係数は、河道改修後の河川状況を想定したものであり、現在の河道状況に対応するものではないから、現在の河道の流下能力を評価するのに、これを用いるのは不適切である。

(三) 本件浚渫の効果

本件浚渫が実施されると、計画高水流量七五〇〇m3/秒を、計画高水位を超えることなく流下させることができ、右計画高水流量の流下時には、本件浚渫を行わなかった場合に比べ、本件堰付近では約0.8m、南濃大橋付近(約二八粁地点)では最大約1.5m水位が低下し、この水位低下効果は本件浚渫区間のみならず本件浚渫区間の上流の四五粁地点付近まで及ぶ。これにより、長良川に合流している境川、荒田川等の諸支川の排水が容易になり、内水排除にもその効果を発揮することになる。

また、浚渫による水位低下は、堤防の安全度の向上にも好ましいものである。すなわち、堤防の法面勾配(高さ一に対し横二)を考慮すると、洪水位を一m下げれば、現在の堤防のままで堤防拡幅を四m行ったことに匹敵することから、洪水位を下げることにより、広い範囲において洪水に対する堤防の安全性が格段に向上することになる。

二 本件浚渫による塩害の発生と本件事業

1 本件浚渫に伴う塩水の遡上

長良川下流部を含む木曽三川下流部は、いわゆるゼロメートル地帯であり、古くから塩害に悩まされてきたところである。現在、長良川では一五粁地点付近でマウンドの存在により塩水の遡上が止まっているが、長良川下流部で大規模浚渫が行われると、以下のように、塩水が更に上流部まで遡上し、これによって高須輪中等がその影響を受けることになる。

(一) 塩水遡上の形態

(1) 塩水遡上は、常に同じ形態をとるものではなく、河川の流量、河道の状況と潮位、潮位差などの種々の影響を受けるのであるが、遡上の形態は、弱混合(塩水楔)、強混合及び緩混合に分類される。

ア 弱混合(塩水楔)

弱混合(塩水楔)とは、海水と淡水の混合がなく、塩水が楔状に淡水の下をくぐって河道内に浸入する形態であり、小潮時に生ずる。そのときの浸入長は、三形態のうち最大となり、また、塩水楔は一度形成されると余り移動しない。

イ 強混合

強混合とは、塩水と淡水が上下に混じり合って、塩分濃度は川底も表面もあまり変らないが、河口部の方がより濃く、上流に行くに従いそれが薄くなる状態であり、このような形態をとるのは大潮のときであり、浸入長は一番短い。

ウ 緩混合

緩混合は、弱混合、強混合の中間的な形態であり、大潮と小潮の中間で生ずる。

(2) 長良川における平常時の塩水混合形態は、大潮前後の五~六日間が強混合、小潮後の三~四日間が弱混合(塩水楔)で、その他の期間が緩混合となっている。しかし、実際には弱混合時でも、塩水と淡水が明確に分れているわけではなく、表層にも塩分が混じっており、緩混合に近い弱混合という形態である。

(二) 本件浚渫後の塩水遡上

(1) 本件浚渫後の塩水遡上の予測

塩水の遡上は、河川の流量、河道の状況、潮位、潮位差などによって変化するものであり、被告は、これらを考慮しつつ塩水遡上距離を検討した。

ア 弱混合の場合

河川流量については渇水流量に相当する三〇m3/秒、潮位については小潮時の年平均満潮位の最高値TP0.64mを用いて検討すると、三〇粁付近まで遡上するものと予測される。なお、河川流量が豊水流量(一年間を通じて九五日はこれを下らない流量)一三〇m3/秒となったときでも、遡上距離に大きな変化はなく、両者の差は二Km程度である。

イ 強混合の場合

河川流量については渇水流量相当の三〇m3/秒、潮位についてはTP1.12からマイナス1.08mまでを周期一二時間二五分の単弦振動しているとして検討すると、cl-濃度二〇〇mg/lのものが二〇粁地点付近まで遡上するものと予測され、また、豊水流量時について検討しても、cl-濃度二〇〇mg/lのものが一四粁地点付近まで遡上するものと予測される。

(2) 塩水遡上の予測の妥当性

ア 本件浚渫後の塩水遡上の検討にあたって用いた式は一般に用いられている式(弱混合の場合は古川らの、強混合の場合はサッチャー−ハーレーマンのもの)であり、パラメータについても、長良川における塩分遡上の実態と、あるパラメータの値をとったときの結果を比較し、実態と結果が整合していることを確認している(以上の計算式及び計算条件設定の詳細は別紙「計算式1」のとおりである。)ので、右予測の妥当性は裏付けられている。

イ なお、河口水位として桑名市吉之丸観測所の昭和一〇年から昭和三八年までの小潮時(上下弦)の年平均満潮位の最高年の値であるTP0.64mを採用したのは、右検討が浚渫をして仮に堰を設置しないとすれば、塩水がどこまで遡上するか、また、それによって取水がどのような影響を受けるのかを目的としたもので、このような場合には悪条件を想定する必要があるからである。

ウ また、境界面の抵抗(摩擦)係数fiは、密度の異なる流体が運動する場合に、両者の境界面に働く摩擦抵抗を算定するための係数で、レイノルズ数(Re)と内部フィールド数(Fr)の関数fi=α(Re・Fr2)-βとして示される(なお、Re・Fr2をクーリガン数《Ψ》という。)が、このfiについて、被告はfi=0.4Ψ-2/3とした。

この点について、原告らは、被告の用いたfi−Ψ式の精度が悪いと主張する。しかしながら、別図9に示されるように、塩水楔は、さまざまな河川や実験水路において観測されているが、塩水遡上状況は、潮位の変化、河床の状態等によりそれぞれ異なり、境界面の抵抗係数fiについても、河川や水路の特徴により異なっている(したがって、原告ら主張のようにfi−Ψ式が条件が異なる河川や実験水路での観測値の中央に位置しなければならないというものではない。)ところ、被告の解析は長良川の塩水遡上距離をよく再現しており妥当である。

(三) 本件浚渫後の長良川の塩分濃度予測

(1) 河川水の塩水化によって生じる塩害を論じるに当たり、河川から堤内地に浸透した塩水によって堤内地の地下水が塩水化したり土壌が塩分によって汚染されることがないかについても検討する必要があるから、被告は、右(二)の塩水遡上距離の予測とは別に、河床浚渫後の平均cl-濃度の予測も行った。

(2) 河川に浸入する塩水は、河川流量や潮汐の影響を受けてその塩分濃度も変化するが、河川流量と潮汐との変化は、自然現象としてみると各々独立した事象である。そこで、被告は、両者の組合せの結果として生ずる河川水のcl-濃度について、河川流量を六つの流量で、潮汐変化に伴う潮位を大潮及び小潮における各々三つの潮位で代表させ、河川流量と潮位を組合せた三六通りについて塩水の遡上状況を求め、更に、その河川流量と潮位の生起確率を考慮して、各地点毎の年間の平均cl-濃度を期待値として求めた。

この結果によれば、何らの対策も行わずに本件浚渫を行った場合には、年間を通じての長良川の河川水の平均cl-濃度の水深方向に平均した値は、一五粁地点付近で約五六〇〇mg/l、二〇粁地点付近で約四一〇〇mg/l、二五粁地点付近で約二〇〇〇mg/l程度となり、また、同様の手法で、平常時の流量における八割水深の位置のcl-濃度を求めると、一五粁地点付近で約一万一〇〇〇mg/l、二〇粁地点付近で約一万mg/l、二五粁地点付近で約六〇〇〇mg/l程度となる。

(3) なお、原告らは、塩淡境界線上は〇mg/l、その下は一万八〇〇〇mg/lを前提とする被告の弱混合時の塩分濃度の予測につき、実態を正確に表していないとして、、別図10だけから常に下層の塩水が楔先端において相当薄められるとの前提の下に塩分濃度を予測している。しかしながら、河床低下がある場合、下層水深の増加と下層密度の上昇があり、塩水楔の規模の拡大及び安定化が促進されることが知られているから、本件浚渫後における塩水の遡上についても同様の事態が十分に予想されるのであり、原告らの主張は科学的根拠のないものである。

また、原告らは、河川流量が低水量より大きくなるに従い、河川水流の乱れが大きくなるから、塩水の遡上形態としては弱混合形態をとる期間が短くなって強混合形態をとる期間が長くなり、河川流量が更に大きくなると、弱混合形態をとる期間はなくなり、混合形態は月齢によって中混合と強混合との間を繰り返すようになるものと考えられると主張するが、長良川では、流量五〇〇m3/秒以下程度であれば塩水楔が形成される確率は変わらない。

2 本件浚渫後における地下水への塩水の浸透予測

(一) 塩水化の範囲

高須輪中の地下水面は、二五粁地点付近から下流では、長良川の平常時の水位より低い。このため、この地域では、長良川から高須輪中の中央部を流れる大江川に向かって地下水が涵養されている。したがって、長良川の河川水が塩水化すれば、高須輪中においては、二五粁地点から下流で、かつ、大江川より東の約一六〇〇haの地域の地下水が塩水化することになる。

(二) 地下水が塩水化した場合の濃度予測

本件浚渫を行った場合の高須輪中の地下水のcl-濃度については、既に地下水が塩水化している長島輪中における河川水と地下水の濃度の相関関係から予測する手法と、地下水の塩水化過程を数値計算によって予測する手法とがあるので、この両手法による検討を行う。

(1) 河川水、地下水のcl-濃度相関による予測

長良川下流部の河川水、地下水、土壌のcl-濃度の最近の観測結果によれば、長良川下流部では、平常時の流量における八割水深の位置の河川水のcl-濃度は別図12のとおりであり、また、長良川下流部における河川水のcl-濃度と地下水のcl-濃度との関係及び地下水のcl-濃度と土壌のcl-濃度との関係は、それぞれ別図13及び14のとおりである(なお、別図13の河川水のcl-濃度は水面から八割水深の位置の濃度である。)。これらの図から、長良川下流部の河川水のcl-濃度と地下水のcl-濃度及び土壌のcl-濃度との間には一定の相関を認めることができ、高須輪中についてその関係を当てはめることにより、浚渫後の河川水のcl-濃度から高須輪中の地下水及び土壌のcl-濃度を予測すると、本件浚渫後における地下水のcl-濃度と土壌のcl-濃度は、それぞれ、一五粁地点付近で七〇〇〇mg/l、六〇〇mg/kg、二〇粁地点付近で五〇〇〇mg/l、五〇〇mg/kg、二五粁地点付近で一〇〇〇mg/l、一五〇mg/kg程度と予測される(別表9のとおり)。

(2) 数値計算による予測

高須輪中の地下水面は、二五粁地点付近から下流では、長良川の平常時の水位より低いので、塩水化した河川水は、堤内地盤に浸透し続け、輪中中央部の大江川に達するまで進み、その先で、揖斐川から浸透してくる流れに対して塩水楔を形成して平衡に達する。このような地下水の塩水化は、ダルシーの法則に則った浸透流と塩分の移流分散を合わせた現象として取り扱われる。そして、高須輪中の帯水層の中には、旧河道、埋積河畔砂丘などの透水性の高い「みずみち」が数多く存在すると推定され、この「みずみち」を通して塩水は急速に浸透し、「みずみち」から更にその周辺に浸透していくことになる。

右を基本条件とし、別紙「計算式2」に従って数値計算を行うと、確認された「みずみち」だけを考慮した場合、最終的に塩水化すると予測される約一六〇〇haの地域の約半分が、およそ一〇年以内に塩水の影響を受けることとなる。

また、未確認の旧河道跡やより細部構造の「みずみち」が存在することを考慮するために、観測結果から推定できる透水係数の幅の中から粗粒のものの透水係数を用いて予測を行うと、最終的に塩水化すると予測される約一六〇〇haの地域の内、約六割の地域のどこかで、おおよそ一〇年以内に塩水の影響を受けるおそれがあることとなった。

3 予想される塩害の発生

(一) 塩害とは

本件浚渫を行うと塩水が三〇粁地点付近まで遡上することは、右1(二)のとおりである。そして、これに何らの対策も講じないとすれば、河川水が塩水化し、現在長良川の河川水を利用している工業用水、農業用水の取水が困難となり、また、長良川の河川水によって涵養されている堤内地の地下水及び土壌が塩分によって汚染される(しかも、いったん塩分によって汚染されると、その影響を脱するには極めて長年月を要する。)など陸水環境が悪化し、地下水が利用できなくなるとともに農作物に被害が生じるほか、土地利用等に支障を与え、この地域の将来の発展の可能性を大幅に制約することとなるのであり、これらを総称して、塩害というのである。

したがって、塩害とは、原告らが主張するような農業被害、殊に水稲塩害のみを指すものではない。

(二) 塩水の遡上による影響

何らの対策も行わずに本件浚渫を行った場合に予測される塩水による影響は、次のとおりである。

(1) 取水障害

ア 高須輪中の農業用水は、長良川の勝賀及び新大江、揖斐川の中江の各揚水機場で取水して補給することとされており、このうち長良川から補給される灌漑面積は、約三〇〇〇haであり、本件浚渫を行って何らの対策も講じないとすれば、塩水の遡上により勝賀及び新大江各揚水機場での安定的な取水は困難となる。

なお、揖斐川の中江揚水機場を取水口とする七六〇haの農地についても、長良川の新大江揚水機場(25.1粁地点)を取水口とする0.74m3/秒を補給水としており、右地点の平均cl-濃度が二〇〇〇mg/lと高濃度であるので、稲の育成被害が生じることになる。

イ 更に、北伊勢工業用水は、12.0粁地点付近に第一取水口、17.7粁地点付近に第二取水口がある。本件浚渫を行って何らの対策も講じないと、当該取水口付近の年平均のcl-濃度は、一五粁地点付近で五六〇〇mg/l、二〇粁地点付近で四一〇〇mg/lと予測されるが、工業用水は、比較的低いcl-濃度(二〇mg/l)で利用に影響が生じるとされているため、北伊勢工業用水が取水できなくなり、約六〇社、約七〇工場に影響が出て、広く経済活動に影響が生じるとともに、数万人の従業員の生活に支障を与えることになる。なお、北伊勢工業用水は、地盤沈下の進行等による塩水遡上により現在年間を通した安定的な取水ができなくなっており、取水できない日には現在は若干の余裕ある木曽川大堰からの取水で何とかしのいでいるにすぎない。

ウ なお、動力による取水も困難である。塩水が河川に浸入する形態は右1(一)(1)のとおりであるが、真の意味の弱混合又は強混合の状態というのは存在しないのであって、表層にもある程度塩分が混入していることが多いため、淡水のみを取水することは困難であるし、仮に表層部が淡水の場合でも、ポンプによって強制的に水を吸い込むため、必然的に底の方の塩水を吸い込むことになってしまうからである。

(2) 地下水の利用困難

長良川に塩水が浸入すれば、長良川から高須輪中内に浸透して、大江川より東の約一六〇〇haの地域の地下水が塩分で汚染され、多数の井戸が塩水の浸入により使用不能となる。

(3) 農業被害

長良川用水の取水が困難になるとともに、地下水及び土壌の塩分化により農地としての使用に影響が出る。

(4) 土地利用の制約

土壌の塩分濃度が増加して、土地利用等に支障を与え、将来の地域の発展の可能性を大幅に制約することにつながる。

4 堰の代替案

本件浚渫を行うと、その結果塩水が遡上して塩害が生ずることは前記のとおりであるが、本件堰の建設に代替する案は、以下のように採用できない。

(一) マウンドを残す案

この案は、長良川において現在の塩水の遡上がマウンドでほぼ止まっていることから、このマウンド部分を残そうという案である。

しかし、この案では、マウンドのない場合に比べて洪水時の水位が上昇し、計画高水位を越える箇所が出現すると考えられ、計画高水流量を流下させることが困難である。また、マウンドの存在により流れが乱れて堤防に負担をかけ、危険である。このようにマウンドの前後が治水上の弱点となるため、この案は採用できない。

また、マウンドの構成材料がルーズな細砂及び中砂であるため、仮に、マウンドだけを残しても、流水の浸食作用によってマウンドが変形するため、河床高を維持することは難しいと推定されるなど、将来にわたってマウンドを安定維持することは困難である。

なお、この案では、本件堰の建設により開発する計画である新規の利水の確保ができない。

(二) 潜り堰(転倒堰等)を建設する案

この案は、現在の塩水の遡上がマウンドでほぼ止まっていることから、マウンドの高さ程度の潜り堰(転倒堰等)をマウンドのある位置に建設しようとする案である。

潜り堰は、干潮時にも常に越流の状態で堰下流へ水を流下させるものでなければならないが、そのためには堰の天端高を大潮時の干潮位程度のTPマイナス一mとしなければならない。この場合、強混合時には、cl-濃度二〇〇mg/lでみると、二〇粁地点付近まで塩水が遡上する。したがって、潜り堰(転倒堰等)では塩水の遡上を防止できず、塩水の遡上を完全に止めるには、天端高が水面以上(朔望平均満潮位+余裕高)の堰が必要となる。すなわち、これは実質的に河口堰を建設することと同じこととなる。

なお、この案では、本件堰の建設により開発する計画である新規の利水の確保ができない。

(三) 取水施設を上流に移設する案

この案は、本件浚渫による塩水遡上域の増大によって取水できなくなる取水口を上流に移設しようとするものである。

長良川の下流部には、既設の取水口として合計一三m3/秒の水利権がある。これらの取水に塩水が取り込まれないようにするには、最小流量時でかつ塩水が最も上流まで遡上する小潮満潮位の場合でも塩水の影響がない位置、すなわち、三五粁地点より上流に取水口を移さなければならない。しかし、この付近の平常時の水深は0.5m程度しかないから、安定して取水するためには、木曽川大堰と同等の取水堰の建設が必要となり、更に既存の施設へ結ぶ導水路の建設も必要である。

これらの建設に必要な費用は、新たな取水堰及び既設施設への導水路の建設費のみでも、本件堰の事業費を上回る。しかも、浚渫及び取水堰から下流での流量の減少による塩水遡上域の増大の結果、高須輪中の約一六〇〇haの地域の地下水が塩水化する等、長良川及びその周辺の陸水環境は悪化する。

(四) 矢板工案

堤内地への塩水浸入を、矢板等を不透水層(下部粘性土層)まで打ち込むことによって防止しようとすることは、長期的な塩水の浸透に対して不安が残り、また、堤内地の地下水流動を遮断することとなって、陸水環境を悪化させるため、二五Kmにも及ぶ長大な区間では採用できない。

なお、この案でも、本件堰の建設により開発する計画である新規の利水の確保ができない。

(五) 淡水(アオ)取水による案

淡水(アオ)取水は、満潮時に塩水によって押し上げられた表層の淡水(アオ)を取水する方法であるが、これを長良川の既得用水で実施しようとしても、高須輪中の長良川用水は取水量が約一〇m3/秒近くにも及ぶため、潮位の高い時の一日に八時間取水できたと仮定しても、八時間で一日分を取水するためには、取水量は三倍となり、長良川の渇水流量(約三〇m3/秒)と同程度になる。淡水取水は、すぐ近くにある塩水を混入しないように細心の注意を払いながら行う取水であり、もともと河川流量に比べて取水量が少ない時にのみ可能な方法であるから、このように取水量が河川流量全量にも及ぶ場合には、必ず高塩分濃度の塩水を混入して取水することとなってしまう。

また、仮に取水ができたとしても、取水した水を一時的に貯留しておくために、貴重な農地を潰して貯留施設を設けることが必要となる。更に、この取水管理に必要な人的体制を確保することは、昼夜を分かたず、満潮時間に取水施設を操作する必要があるので、農家にこれまで必要のなかった多大な負担を強いることとなり、極めて現実的でない。

他方、工業用水は、許容塩分濃度が小さいため、淡水(アオ)取水によることは不可能であり、また、連続した取水を前提に施設が設計されているから、仮に、淡水(アオ)取水をとるとすれば、大規模な貯留施設が必要になる。

以上のことから、淡水取水は極めて現実的でない。なお、この案でも、本件堰の建設により開発する計画である新規の利水の確保ができない。

三 水資源開発と本件事業

1 平成五年三月二六日の水資源開発基本計画全部変更の背景

平成五年三月に変更される前の水資源開発基本計画は、昭和六〇年度を水需給計画における目途として、昭和四八年三月に決定され、この計画に基づき、水資源の開発又は利用のための諸事業が実施されてきた。昭和四八年当時は、重化学・機械工業を中心に、経済の高度成長が強く期待され、また、それに伴いこの地域の人口の増大が大きく見込まれていたため、それに合わせて昭和六〇年度の水需要量が定められたが、その後、二度にわたるオイルショックに見舞われ、それと深く関連しながら、産業構造の急激な変化が生じ、水需要の実績は、右当時の見通しを大幅に下回ることになった。平成五年三月に全部が変更された水資源開発基本計画は、このような社会状況の変化を踏まえて決定されたものである。

新計画は、昭和六二年六月に策定された「第四次全国総合開発計画」及び同年一〇月に策定された「全国総合水資源計画(ウォータープラン二〇〇〇)」と整合を図りつつ、各県の長期計画等を尊重して策定されたものである。

2 前記水資源開発基本計画の想定する需要量

(一) 需要量の想定

変更された需要量の想定は次のとおりである。

(1) 水道用水について

ア 水道用水の需要は、人口の増加、生活水準の向上、都市化の進展等を考慮して、水道整備に伴う必要水量が推定されている。この必要水量については、給水人口と一人一日当たりの平均給水量をもとに推定が行われる。

木曽川水系に水を依存する地域の総人口は、昭和六〇年度の約七六四万人から平成一二年度には約八四五万人に増加すると設定された(この年平均の伸び率《0.7%》は、近年《昭和五五~六〇年》における年平均伸び率の実績である0.7%と同程度である。)。このような総人口の増加に加えて、水道普及率の計画的な向上を図る(昭和六〇年度94.3%→平成一二年度98.8%)ことから、この地域の給水人口は、昭和六〇年度の約七二一万人から平成一二年度までに約一一四万人(15.8%)増加すると設定された。

また、一人一日当たりの平均給水量は、今後も下水道整備に伴う水洗トイレ化の進展などの生活水準の向上に加えて、オフィスやホテルの整備などに伴う都市活動の活発化により、着実に増大していくものと考えられる。平成一二年度における一人一日当たりの平均給水量は四四九lと見込まれているが、これは近畿圏の淀川水系の値(四七三l)より小さく、首都圏の利根川・荒川水系の値(四四三l)とほぼ同じである。また、水系内の主要都市の値(名古屋市四〇六l、岐阜市四三九l、津市五五八l、いずれも平成二年度値)と比較しても特異なものでない。

以上の結果、水道用水の平成一二年度の需要量は、約63.3m3/秒になると見込まれている。このうち、平成一二年度における木曽川水系以外からの取水量及び地下水依存量並びに昭和六〇年度に既に水源手当てがなされている水量の約49.5m3/秒を控除した約13.8m3/秒が、水資源開発基本計画に計上されている需要量である。

イ 原告らは、基本計画では昭和六〇年から平成一二年までに114.2万人の人口増を推定しているが、厚生省人口問題研究所の推計では、東海三県の増加人口は83.3万人で、明らかに過大であると主張する。しかしながら、基本計画の対象地域は、名古屋都市圏を中心とする主として東海三県の都市化の著しい地域であるので、需要想定の根拠となる人口予測に際し、過疎地域を含む東海三県全体の値をそのまま用いることは適切ではない。また、被告は、厚生省人口問題研究所の人口推計が用いた資料のみならず、各県の長期計画を尊重し、その地域の将来のあるべき姿などを考慮して人口予測を行っているものである。なお、原告らは、地域内の総人口と給水人口を意図的に混同して用いている。

また、原告らは、基本計画での水道用水の一人一日当たり平均給水量の昭和六〇年から平成一二年までの増加見込量八五lにつき、昭和四九年から平成元年までの一五年間で二〇lしか伸びていないにもかかわらず、実績に比べて四倍以上の伸びを見込んでいると主張する。しかし、水道用水には、家庭用水だけでなく都市活動用水や工場用水(水道水を工業生産目的に利用しているもの)が含まれているが、昭和五〇年代前半には、家庭用水は増大していたものの、回収率の向上等により工場用水等が減少したことなどの事情により、一人一日当たり平均給水量は減少した。その後、工場用水が横ばいから増加傾向となり、家庭用水や都市活動用水が着実に増大していることにより、昭和五五年から平成二年までの一〇年間に四一l/人・日増加しており、これからも増加するものと考えられる。原告らの主張は右昭和五〇年代前半の平均給水量の減少期間をも含めた増加量に立脚したものであり、最近の状況の変化を無視したもので、失当である。

更に、原告らは、基本計画での平成一二年における最大取水量/平均取水量の比を1.46とする設定が昭和六〇年時点の1.33に比べて過大であると主張している。しかしながら、水道用水の最大取水量は、平均給水量に対する季節による変動(負荷率:平均給水量/最大給水量)及び河川からの導水等に伴うロス(利用量率:最大給水量/最大取水量)を考慮して算出されるところ、基本計画において、負荷率は水道用水の季別の需要変動に対して安定的な供給確保ができるようにするため、近年の実績の最低値を考慮して設定され、また、利用量率については厚生省監修の「水道施設設計指針・同解説」で一〇%程度の余裕を見込んで計画するように示されているので、このような事情を考慮して、平成一二年度における最大取水量/平均取水量の比が1.46と設定されているのである(ちなみに、この数値は平成二年度における名古屋市の実績の比にほぼ一致する。)。また、この最大取水量/平均取水量の比は年によって変動するものであるため、単に昭和六〇年の実績の比が1.33であるからといって、これをそのまま計画値として採用できるものではない。

(2) 工業用水について

ア 工業用水の需要は、産業の発展、産業構造の変化、循環利用等を考慮して、工業用水道整備に伴う必要水量を推定している。その必要水量の推定については、工業出荷額と補給水原単位をもとに行われる。

木曽川水系に水を依存する地域の工業出荷額は、これまでも着実に増加してきているが、更に、この地域は我が国を代表する産業技術集積地域としての発展が期待されている中部圏の中枢をなす地域であり、今後も産業活動の発展が見込まれ、平成一二年度には約39.6兆円になると見込まれている。

補給水原単位は、産業構造の変化や回収率の向上等により、昭和四五年から昭和五〇年代半ばにかけて急激に減少してきたが、その後、産業構造の変化が緩やかになるとともに、回収率が既に高い水準にあって(昭和六〇年度の回収率は76.7%であるが、全国平均は74.6%である。)、近年横ばいの傾向となっていることなどから、右減少の傾向は緩やかなものになっている。

今後の補給水原単位については、基礎資材型、生活関連型を中心とした業種構成から加工組立型の業種構成へと緩やかに移行していくものの、この地域では産業構造の大きな変化はないと考えられる(この地域の産業構造については、国の第四次全国総合開発計画及び各県等の地方自治体の長期計画の目指す地域の発展の動向に左右されるものである。)こと、更には、右のように、近年回収率が横ばい傾向になっているなどのことから、昭和六〇年度の補給水原単位約18.1m3/日・億円をもとに、平成一二年度では約12.6m3/日・億円と見込まれている。

このように、回収率の頭打ち傾向等により、補給水原単位の低下が更に緩やかとなり、工業出荷額の増大とともに工業用水は増大することが予想され、平成一二年度の補給水量は、日量約496.8万m3(約57.5m3/秒)になると推定されている。このうち、工業用水道に依存する水量は、約37.5m3/秒であり、この工業用水道に依存する水量のうち、平成一二年度における木曽川水系以外からの取水量及び地下水依存量並びに昭和六〇年度に既に水源手当てがなされている水量の約31.5m3/秒を控除した約6.0m3/秒が、水資源開発基本計画に計上されている需要量である。

イ なお、原告らは、木曽川流域の岐阜県南部、愛知県尾張及び三重県北伊勢では、平成二年の補給水原単位が10.5(m3/日・億円)になっており、基本計画における平成一二年度の予測値12.6を既に下回っていると主張するが、平成二年は、工業出荷額が二三兆八七八九億円、補給水量が三二六万m3/日であるから、補給水原単位は13.7(m3/日・億円)である。

また、原告らは、工業出荷額が増加していても補給水原単位が減少しているので、工業用水は横ばいであると主張しているが、現実には、昭和六〇年から平成二年までの五年間に六万五〇〇〇m3/日、平成二年から平成三年にかけては一年間に五万四〇〇〇m3/日も増加しており、右主張は失当である。

(3) 農業用水について

農業用水の需要は、農業基盤の整備その他農業近代化施策の実施に伴い、平成一二年度までに新たに必要となる水量として約13.3m3/秒を見込んでいる。

(二) 平成一二年度における都市用水の水需給バランス

(1) 以上のような需要予測の結果、昭和六〇年度以降平成一二年度までに新たに必要となる水量は、水道用水約一四m3/秒、工業用水約六m3/秒及び農業用水約一四m3/秒の合計約三四m3/秒が見込まれている。

(2) このうち、水道用水及び工業用水を合わせた都市用水についての水需給のバランスをみると、平成一二年度時点においてこの地域で必要となる都市用水の全体の総需要量は約一二一m3/秒で、このうち木曽川水系に依存する水量は約八三m3/秒である。このうち、昭和六〇年度までに自流、牧尾ダム(愛知用水)、岩屋ダムで手当て済の約六三m3/秒を控除した約二〇m3/秒が、昭和六〇年度以降新たに供給すべき水量となっている。そのための施設として、三重用水事業、阿木川ダム建設事業及び本件事業等が水資源開発施設として水資源開発基本計画に掲上されている。

(3) なお、水資源開発基本計画に掲上された右水資源開発施設による都市用水の開発水量の合計は、約三二m3/秒であるが、平成一二年度までに発生する見込みの右約二〇m3/秒を控除したその余の開発水量は、平成一二年度以降に完成する水資源開発施設による開発水量と併せて平成一三年度以降に発生する水需要に対応することとなっている。

(4) 原告らは、岩屋ダムの開発水量が余っているので、今後の新たな水資源開発は不要であると主張するが、右(2)の新たに供給すべき水量約二〇m3/秒は、同ダムの未利用分を今後すべて使い切るという見通しに立っての数値になっているのである。すなわち、同ダムの未利用分のうち、水道用水については、愛知県、岐阜県及び名古屋市のそれぞれの供給区域の今後の需要増に対応し、工業用水については、愛知県の名古屋南部及び西部臨海工業地域、三重県の北伊勢地域、岐阜県の可児地域及び岐阜地域における今後の需要増に対応するものである。このように、これらの地域では、同ダムの未利用分をすべて使い切った上で新たな水需要が発生するとともに、それ以外の地域でも新たな水需要が発生し、これらを合わせたものが右の約二〇m3/秒である。

3 本件堰を水源とする供給事業

愛知県の水のひっ迫している地域に対して、本件堰を水源とする水道用水(2.86m3/秒)を供給するための「長良導水事業」が、水資源開発基本計画に新たに掲上された。右事業により、主に愛知県半田市、常滑市、東海市、知多市などの愛知用水地域に安定した水道用水が供給されることになる。

また、三重県の津市を中心とする地域は、近年の生活水準の向上、都市活動の活発化等により水需要が増大していることから、新たに本件堰を水源の一つとする北部広域圏中勢ブロック広域的水道整備計画が三重県議会において同意され、水資源開発基本計画の変更に当たって計画対象区域に組み入れられ、事業実施の認可を受けて、平成五年度から中勢水道用水供給事業(第二次拡張)の実施への着手がなされた。

これらの用水供給事業に加え、愛知県及び三重県は水需要の増加に対応するために不可欠な施設として本件事業を位置づけているのであり、愛知県議会及び三重県議会においても本件事業の必要性が説かれている。

4 水需要の実状と渇水の発生

(一) 水資源は、気象等自然条件の影響を強く受ける不安定な要素を持った資源である。近年、我が国は少雨傾向にあり、木曽川水系においても、昭和四八年、五二年、五三年、五四年、五七年、五九年、六一年、六二年、平成二年、四年、五年と毎年のように取水制限を余儀なくされ、市民生活、経済活動は大きな影響を受けている(なお、昭和五九年と昭和六一年の渇水以外は通常渇水であるが、計画を超えるような渇水が発生するおそれは常に存在し、当該渇水がこのような渇水かダム枯渇に至らず解決する渇水かを予め知ることは不可能であるため、流域におけるその時点での気象、水象、利水状況及びダムの供給能力等に応じて取水制限等の渇水調節を講じざるを得ないので、ダム等による水量の確保と水源の複数化などによって流域の安全度を高めることにより、このような渇水調節措置をとらなくても済むように努めることが重要なのである。原告らの主張は、渇水被害の発生を最小限にするための様々な対策がとられたことを軽視し、その結果重大な渇水被害を発生させずに済んだという結果のみに基づく主張である。)。

また、近年、水の使用形態は、都市用水需要の割合が高まっていること、農業用水も冬期間の水の使用が増えていることなどの理由から、年間を通して水を利用するように変化してきている。このような水の使用形態の変化を反映して、木曽川水系の渇水は、夏期のみならず、冬期にも発生するようになってきている。

(二) 昭和六一年の渇水時には、木曽川水系の既設水源である牧尾ダム、岩屋ダムに依存する地域は、約五か月にわたり取水制限を余儀なくされ、とりわけ最も厳しい時期には、水道用水では二〇%、工業用水及び農業用水ではいずれも三〇~四〇%の厳しい取水制限が約一か月に及んだが、それにもかかわらず、牧尾ダム及び岩屋ダムとも貯水量がほとんどなくなってしまった。

このようなこともあって、昭和六一年渇水時には、水道の出水不良、一時断水などが延べ約九万世帯にも及び、更に、工場においても生産調整、作業能率の低下、品質低下の被害が発生し、農業生産においても野菜等の被害が発生するなど、社会的に大きな影響があった(この渇水の影響区域は基本計画対象地域のほぼ全域に及んだ。)。なお、昭和六一年の年降水量は、明治二八年から昭和六三年までの九四年間中、少ない方から一二番目であり、気象状況からみると、必ずしもまれな少雨ではなかった。

(三) なお、原告らは、木曽三川の流域に含まれない平野部である名古屋という特定の地点の、それも八~一一月の降水量の確率年が二〇〇〇年であるとして、あたかも昭和六一年が計画規模をはるかに超えた異常渇水であったかの如く主張するが、非科学的であり妥当でない。ある渇水を評価するに当たっては、流域における降水量の地域的分布、時間的分布及び水利用状況の地域的、季節的変動の要因を包括した河川の流況について、渇水により補給する時期のみを対象とするのではなく、当該年初めのダム貯水量の残量や貯水池の貯水が降雨により回復する期間も含めて総合的に評価する必要がある。

また、原告らは、渇水時には木曽川の河川の維持用水を転用することにより対応が可能であると主張している。しかしながら、本来河川の維持流量は、舟運、漁業、流水の清潔の保持、河口閉塞の防止等河川を利用していくため、更には地下水の維持、魚類をはじめとした動植物の保護、環境保全など様々な機能の維持のために必要な最小限の流量を定めているものである。したがって、渇水であるからといって、安易にこれを利水に利用することは、例えば、木曽川下流の塩分濃度が上がり地下水の塩水化の危険性が高まることや生態系への影響など、環境上の影響を及ぼすおそれがあるため、基本的には避けるべきものである。

第三  本件堰の基本構造とゲート操作

一 本件堰の基本構造

1 構造の基本

(一) 本件堰は、径間長(隣合う堰柱の中心線間の距離をいう。)五〇m(堰柱間の内幅は四五m)の一〇門の主ゲートと左右岸に各二門の魚道(右岸一門は閘門兼用)を有する延長六六一mの可動堰であり、被告は、河川管理施設等構造令(以下「構造令」という。)等に基づき、これを以下の構造とした。

(1) 所定の水位の流水の作用に対して安全な構造

(2) 洪水や高潮の支障とならない構造

(3) 塩水遡上を防止する構造

(二) 一般に、河道の流下断面内に工作物を設置した場合には、当該工作物によって河積が阻害され、流水が河道を流下するに当たり何らかの影響が及ぶこととなる。そこで、被告は、河道計画との整合を図りつつ、特に以下の点に配慮して本件堰の基本構造を決定した。

(1) 堰の河川横断方向の線形は、洪水の流下に対して最も影響を小さくするため、洪水の流心方向に直角の直線形とした。

(2) 堰柱幅は、ゲートの規模、堰柱の高さ、地盤の土質条件等を考慮して、技術的に無理のない範囲で極力小さくし、五mとした。

(3) 堰柱の断面形状については、洪水時の流水抵抗を少なくするため、上下流に円弧を入れた小判型とした。

(4) 堰の可動部の径間長は、洪水の流下に対して極力障害とならないよう、また、堰柱によって流木等による閉塞が生じないようにするため、堰柱間の内幅を四五mとした。

(5) ゲートは、洪水や高潮の支障とならないよう、計画堤防天端高以上の高さに引き上げられる構造とした。

(三) その結果、本件堰は、所定の水位以下の洪水や高潮の支障とならず、付近の堤防などの河川管理施設に対しても支障を及ぼさない構造となっている。

2 ゲートの構造及びゲート操作設備

(一) ゲートの配置と構造

ゲートは、別図1のとおり、中央部に設けられた主ゲート一〇門と左右岸に設けられたロック式魚道ゲート(右岸側の一門は、閘門を兼用)からなり、さらに、ロック式魚道の両側寄りに呼び水式魚道を有している。この内、主ゲートは、河床高に応じて、主ゲートⅠ型(扉高8.2m)七門、主ゲートⅡ型(扉高5.7m)一門及び主ゲートⅢ型(扉高4.7m)二門の三型式に分けられる。

ゲート構造は、別図2のとおり、確実できめの細い操作を可能とするため、オーバーフロー操作(上段ゲート開、下段ゲート閉操作。以下同じ。)及びアンダーフロー操作が可能な越流型シェル構造二段式ローラーゲート(引上げ式ゲート)とした。さらに、ゲートは、洪水や高潮の支障とならないよう、いつでも全ゲートを計画堤防天端高(TP5.80m)以上の高さに引き上げられる構造とした。

(二) ゲート操作設備

(1) 開閉装置

堰のゲートは、構造令四〇条一項及び一〇条二項に基づき、その開閉を確実に行うことができる構造としている。そのために、以下の設備を備えることとしている。

上段ゲートと下段ゲートのそれぞれに開閉装置を設け、同時にゲートの開閉操作を行うことも可能となっている。ゲートの開閉は、常時は主電動機によって行い、主電動機が使用できないときには予備電動機によって行うこととし、いずれも商用電源及び管理所内予備発電機による駆動を可能としている。また、各ゲートに設置された機側予備発電機では、予備電動機の駆動を可能としている。

(2) 電力供給設備

本件堰では、停電時等においても適切な操作を行う必要があるため、商用電源のほかに、管理所内予備発電機(二基)による電源と機側予備発電機(各ゲート毎に一基設置)による電源を備えることとしているなど、多重の安全機構を備えているので、停電時はもちろん、その他の非常時においても確実な操作が可能である。

二 本件堰のゲート操作

本件堰完成後のゲート操作は、平常時においては塩水の遡上を防止すること、洪水時においては洪水が安全に流下すること、高潮に対しては本件堰が支障とならないこと等を基本に行うこととしている。なお、最終的には、公団法二一条、二二条の手続きを経て決定されるものである。

1 非洪水時(堰地点流量が二〇〇m3/秒以下の場合)の操作

平常時には、本件堰上流水位は、TP1.30mを上限としTP0.80mとの間で、オーバーフロー操作で管理することを基本とする。

なお、本件堰下流水位がTP1.20mを超える場合には全閉操作とする。

また、後記2の場合も含め、本件堰下流水位がTP2.1m(最高満潮位)を超える場合には、基本としてゲートを全開し、ゲートを計画堤防天端高より高く引き上げることとする。

2 洪水移行時(堰地点流量が二〇〇m3/秒を超える場合)の操作

洪水の安全な流下を図るため、下流への放流はアンダーフロー操作を基本とする。なお、本件堰下流水位がTP1.20mを超える場合には、塩水を堰上流に浸入させないために全閉操作とするが、この場合においても、本件堰上流水位が本件堰下流水位より高く塩水の浸入が生じない場合には、下流に放流することとし、その操作はアンダーフロー操作により行うことを基本とする。

3 洪水時(堰地点流量が概ね八〇〇m3/秒を超える場合)の操作

洪水の安全な流下を図るため、全開操作(主ゲート及び閘門)を行うこととする。なお、全開した場合、ゲートは計画堤防天端高より高く引き上げられるため、川の中には堰柱が残るだけとなり、洪水の流下の支障となることはない。

三 ゲート操作の実施

本件堰の管理に当たっては、本件堰に隣接して設けられる管理所の操作室における遠隔操作により、リアルタイムのゲート操作を実施する。そのため、長良川流域の雨量・水位等の観測データをテレメータ等により情報収集するとともに、レーダ雨量計を用いて降雨の状況を把握することにより、本件堰地点の洪水流量や水位の予測を行い、十分余裕を持ってゲート操作を行うことができるようにする。

また、本件堰やゲートについては、その機能が適切に発揮されることを確認するため、点検等の維持管理を定期的に実施する。

第四  本件堰の安全性

一 地震時における安全性

1 耐震設計

(一) 本件堰のような重要な構造物は、地震によってその機能が損なわれるようなことはあってはならない。したがって、本件堰の耐震設計に当たっては、構造物の特性、構造物を設置する場所の地形・地質といった地盤条件や、地震の履歴などを総合的に考慮して、全体にバランスのとれた耐震性のある構造物とする必要がある。

そして、堰の設計に用いる荷重は、自重、静水圧、揚圧力、地震時慣性力、地震時動水圧などであり、設計に当たりどのような荷重を採用すべきか、またその設定方法はどのようにすべきかは、建設省河川砂防技術基準(案)で定められている。

(二) 本件堰の耐震設計は、震度法により行われている。

震度法とは、右荷重のうち、地震時の水平慣性力(地震による振動が構造物に伝わり、その際構造物の重さに振動波が加わることによって生ずる力)について、構造物の重量にある係数(これを設計震度という。)を乗じて求め、構造物を設計する方法である。

本件堰での設計震度は0.3としているが、これは本件堰の重要性を考慮して標準設計震度0.2に地域別補正係数1.0、地盤別補正係数1.2を乗じた後、重要度別補正係数1.25を乗じたものであるから、十分安全性が考慮されている。

右のような震度法によって設計された堰柱の応力度と許容応力度とを比べると、堰柱に発生する応力度は許容応力度より小さく安全であることが確認されている。

(三) また、ゲートについても、堰柱と同様に耐震設計を行い、発生した応力度が許容応力度を超えないように設計され、その計算結果から安全であることが確認されている。

(四) 本件堰の耐震性については、一般に行われている右の震度法による設計を行った後、「応答スペクトル法による動的解析」及び「地震時保有水平耐力」により照査を行った。

応答スペクトル法による解析結果は、震度法により求めた曲げモーメント・せん断力を下回り、本件堰が地震に対して十分安全であることが確認された。

地震時保有水平耐力による方法では、関東大震災クラス(関東大震災の際の地盤の加速度約二九〇~三九〇ガルは、堰地点における濃尾地震時の地盤の加速度の推定値約二二〇ガルより大きい。)の地震が発生したとしても、その慣性力は四一三九重量トンであり、地震時保有水平耐力四一七七重量トンを下回るので、これによっても本件堰が安全であることが確認されている。

(五) 本件堰では、堰柱の下部及び上下流の水叩床版の下部に鋼管杭(堰柱一基当たり六三本・直径九〇cm、水叩床版下では直径七〇cm)を洪積層の礫層まで到達するよう打設しているが、これは、堰柱などにかかる力を深度TPマイナス五〇mにある第一礫層に伝達するために打設しているのであり、その打設も後記2の地盤改良を行った後に行っている。

2 地盤の液状化と地盤改良

地盤の液状化とは、「水で飽和したゆる詰めの砂が地震動によって激しく繰返しせん断されると、過剰間隙水圧が上昇し、有効応力が消失する。このとき砂は剛性とせん断強度を失って、あたかも砂粒子が水中を漂っているような状態になる。」ことをいい、液状化現象は、一般に深層では生じないとされている。

ところで、本件堰付近の地質構造は地表面からTPマイナス五〇m程度までは河川の堆積作用によって形成された沖積層であり、この沖積層のうちTP約一五m以浅の細砂層及びシルト層は地震時に地盤の液状化の可能性があると判断して地盤の液状化対策を実施した。液状化対策としては、施工実績、施工性等からサンドコンパクションパイル工法(SCP工法)(砂層に荷重を加えて砂杭を圧入し、これによる締固め効果で地盤の間隙比《砂粒子間のすき間》を減少させ、密度を増して強度を高める工法である。)を採用した。

本件堰におけるSCP工法の施工範囲は、川の横断方向では左右岸に設けられる呼び水式魚道敷まで、縦断方向では水叩床版の下までであり、その砂杭の間隔は約2.3mで、打数総数は約一万本である。そして、右工法の施工により、N値(標準貫入試験による値)が大きくなり、FL(液状化に対する抵抗率)も1.0より大きくなっており、液状化が生じないように改良されていることが確認されている。

したがって、液状化の心配は、全くない。

3 第四紀断層と本件堰

構造物付近の断層について検討することは、構造物の地震に対する安全性を確認するうえで重要な項目であるため、本件堰についても、以下のとおり第四紀断層に対する安全性の確認を行った。

約二〇〇万年前から現在までを地質年代として第四紀と呼んでおり、この間に活動した断層のことを第四紀断層と定義しており、本件堰付近に存在する可能性のある断層として、木曽岬線、弥富線、桑名断層系及び養老断層が考えられるが、前二者については、地形・地質的に注意を要する第四紀断層としての可能性は薄く、後二者については、第四紀断層としての可能性が残されているが、いずれも本件堰地点から二Km以上離れており、方向性からみても堰近傍には及ばない。

右のように、本件堰の直下に第四紀断層は存在しないため、断層の変位が直接本件堰に影響を及ぼすものでないから、断層の変位が本件堰の安全性を損うことになるものではない。

二 洪水に対する安全性

1 洪水時のゲート操作

(一) 右第三の二3のとおり、本件堰は、堰地点の流量が概ね八〇〇m3/秒を超える場合には、洪水の安全な流下を図るため全開操作を行い、ゲートは計画堤防天端高より高く引き上げられることになる。

(二) この点に関し、原告らは、被告が堰の操作についてシミュレーションを行った結果を示した別図3につき、堰地点流量が八〇〇m3/秒を超えてもしばらくはアンダーフロー操作がなされることになると主張する。

確かに、同図は被告が流量が急激に立ち上がっている洪水についてシミュレーションを行ったものであるが、被告は同図のとおりゲート操作を行うのではなく、気象情報及び雨量、水位、流量に関するデータを入手し、洪水の予測をしてゲート操作に入り、堰地点流量が八〇〇m3/秒でゲートが全開になるような操作を検討している。

(三) なお、右ゲート操作は、最終的には、公団法二一条、二二条の手続きを経て決定される。

2 堰柱による堰上げ

ゲートを全開した場合、ゲートは計画堤防天端高より高く引き上げられ、川の中には堰柱だけが残ることになる。計画高水流量(七五〇〇m3/秒)が流下する際の堰柱による堰上げ量は、各種計算式の中で最大値となるドォブュイッソンの式においてもわずか六cmである。

しかも、被告は、この堰柱による水位の堰上げ量を吸収するための河道浚渫を計画の中に織り込むとともに、堰の建設位置についても川幅の広い所を選定している。具体的には、浚渫幅について、堰上流の二七〇mに比べて堰地点では三五〇mにし、堰下流でも三三〇~三五〇mにして河積の増大を図っている。このように堰柱の堰上げ量は、河道計画の中で十分考慮されているから、堰柱の存在が洪水時に支障となることはない。

したがって、本件堰の堰柱による堰上げ量は僅少であり、また、そのための対策もとられているのであるから、堰上流の堤防に悪影響が出ることはなく、むしろ本件浚渫により洪水時の水位は低下し(本件堰付近では、本件浚渫によって、計画高水流量が流下する際本件事業及び本件浚渫に着手した昭和四六年度時点に比較し約0.8m洪水時の水位が低下する。)、安全性が高まるのである。

3 流木の引っ掛かり

本件堰のゲートは、洪水時に計画堤防天端高より高く引き上げられるので、ゲートが洪水の流下に支障となるものではなく、まして、ゲートに流木が引っ掛かることはない。また、堰柱と堰柱との内幅間は構造令三八条に基づき四五mとしているので、流木が引っ掛かることはない。

三 高潮に対する安全性

1 長良川の高潮計画

(一) 一般に、低平地を流れる河川の河口部では、洪水より高潮による外力が卓越する区間が生じる。このような区間の堤防は、高潮による外力に対して安全であるような規格・構造の堤防(高潮堤防)とし、それ以外の区間では、洪水による外力に対応する堤防(一般堤防)としてそれぞれ整備する必要がある。そのため、長良川及び揖斐川の下流部のうち、洪水より高潮による外力が卓越する河口からJR関西本線橋梁までを高潮堤防として整備することとされている。

(二) 伊勢湾台風後に設置された伊勢湾等高潮対策協議会では、高潮堤防計画の基本となる水理諸元、地区別堤防高等の高潮対策の計画について、①計画対象の気象及び海象条件としては、潮位偏差及び波浪は伊勢湾台風のものを、天体潮位は台風期(七~一〇月)の平均満潮位をとる、②計画堤防高は、この気象及び海象条件を基礎とし、背後地の条件等を考慮して定める、③堤防の構造については、波浪により堤防を越波した場合であっても破堤しないように、堤防の天端及び裏法面にコンクリート等の被覆工を施し、三面張とするとの基本方針が決定され、これに基づき伊勢湾沿岸の各海岸の計画堤防高が決定されている。

(三) この協議会で定められた高潮計画の基本的な事項を受けて、長良川下流部の高潮計画は、計画高潮位が、伊勢湾台風の高潮時における河道内のピーク水位の水面勾配をもとに、河口の計画高潮位TP4.52mを下流端として、上流部に向かって漸増するように設定され、また、計画堤防高が、計画高潮位に堤防への波のうち上げ高及び余裕高を加えて決定された。

右高潮計画に基づく高潮堤防は、昭和三七年度に完成したが、その後の地盤沈下により防災機能が著しく低下したことから、これに対処するため高潮堤防補強計画が策定された(これに基づく高潮堤防の横断形は別図30のとおりである。)。

なお、高潮堤防補強計画策定後も依然として堤防の沈下が治まる兆しがみえなかったため、緊急対策として波返し工(パラペット)による堤防の緊急嵩上げを昭和五〇年度から実施し、早期に高潮に対する安全度の回復を図ることとし、右事業は昭和六三年度に完了した。これにより、現在は伊勢湾台風が再来しても耐え得る高さの堤防となっている。

しかも、右の高潮堤防補強計画に従い、本件堰の完成までに高水敷の設置あるいは消波工を実施し、引き続き波返し工を緊急に施工することにしている。

(四) なお、原告らは、伊勢湾台風時に長良川を遡上、伝播した風波が伊勢大橋のトラスに激しく打ちつけ、トラスに打ちつけた波が堤防側へと跳ね返り、それが堤防を越えて破堤したと主張するが、その証拠はない上、伊勢湾台風当時の長島町の堤防は、高さTP四m程度の土堤で越波に対しては脆弱な構造であり、伊勢湾台風時の実績高潮位TP3.89mに波浪が加わって随所で越波破堤したもので、長島町内においては伊勢大橋の下流地点二〇〇mのほか一四か所と至るところで破堤しており、伊勢大橋の存在と破堤との間に特別な因果関係があるとはいえない。

2 高潮時のゲート操作

(一) 右第三の二4のとおり、本件堰は、堰下流水位がTP2.1m(最高満潮位)を超える高潮時には、全開操作を行い、ゲートは計画堤防天端高より高く引き上げられることになる。

(二) この点に関し、原告らは、「堰下流側水位がTP2.1mに達するまでは堰地点流量が八〇〇m3/秒に至るまでゲートは原則として全閉する(例外的なときでもアンダーフロー操作をする)とされ、このゲート操作を伊勢湾台風での潮位変化に対応させると、急激な潮位上昇が生じ始めるころまで、ゲートは原則として全閉か、少なくともアンダーフローで閉じられている状態である。そして、実際の高潮時に潮位の見通しを瞬時に判断し、ゲート引上げを決定するのは不可能に近いから、最高潮位に向けて急激に潮位が上昇している時にゲートの引き上げがなされ、その結果、ゲートに高潮がぶつかる危険性を一層増幅する。」旨の主張をする。

しかしながら、昭和三四年の洪水(伊勢湾台風)においては、潮位の急激な上昇が生じる以前に流量は八〇〇m3/秒を超えており、潮位の急激な上昇以前に既にゲートは全開されるのである。また、大きな高潮が予想される場合というのは、伊勢湾台風などの大規模な台風時に限られるのであり、このような場合における予想気圧、予想風速は、気象庁からも事前に公表されるし、当然潮位についても予測が可能であるから、ゲートを全開する時間的余裕は十分あるのであって、原告らの主張は杞憂に過ぎない。

被告は、どのような潮位の形態においても堰下流水位がTP2.1mを超える時点においてゲートが全開となるように検討を行っており、右のように高潮の予測は可能であるから、十分対応ができる。

(三) なお、ゲート操作は、最終的には、公団法二一条、二二条の手続きを経て決定される。

3 堰柱による影響

ゲートを全開した場合、ゲートは計画堤防天端高より高く引き上げられ、川の中には堰柱だけが残ることになるが、堰柱が高潮時に長良川左岸堤及び揖斐川右岸堤に及ぼす影響については、水理模型実験及び数値シミュレーションにより検討されている。

水理模型実験の結果によれば、別図32のとおり、河道内の横断方向の波高分布及び波のうち上げ高分布は、堰柱の有無にかかわらずほぼ同程度の値となっていることから、高潮時における本件堰の影響は小さい。また、数値シミュレーション計算の結果でも、別図33のとおり、堰柱の有無によって波のうち上げ高にほとんど差がないことから、高潮時における本件堰の影響は小さいことが再確認されている。

4 名古屋港高潮防波堤の影響

原告らは、伊勢湾台風後、名古屋港高潮防波堤が設置されたため、高潮時木曽三川河口部が伊勢湾の最奥部となって高潮の危険が増大したと主張するが、原告らの右危惧は杞憂にすぎない。

高潮防波堤の設置にあたって、名古屋港港湾管理者は、気象庁などの協力を得て、伊勢湾台風規模の台風が来襲した場合防波堤の存在がその外側の潮位・流動にどのような影響を与えるかについて検討しているが、右検討の結果によると、高潮防波堤によって湾奥を完全に締切った場合でも、高潮防波堤の外側での潮位や流動の変化はわずかにすぎず、潮位に数cm程度の差があるにすぎないとされている。また、高潮防波堤に幅五〇〇m及び三〇〇mの開口部が二箇所ある場合の検討でも、防波堤の外側の潮の状況は、右とほとんど変わらないとされている。

この点に関し、原告らは、右検討において高潮防波堤がある場合最奥部である別図37のJ10−11・I16−17の潮位が唯一高くなり、しかも急激に潮位が高くなっているところ、木曽三川河口部であるJ11−12・I16−17の潮位を解析したならば、J10−11・I16−17の潮位を更に上回るはずであると主張する。しかしながら、原告らの根拠とする「名古屋港港湾計画資料、伊勢湾高潮の綜合調査報告」(乙第一四〇号証)は「気象庁技術報告、伊勢湾高潮の総合調査報告」(乙第二〇〇号証)を資料とするところ、右資料では、高潮防波堤を設置しない場合や、開口部の大きさを変えて高潮防波堤を設置した場合の種々のケースごとに、各ポイントにおける気象潮(潮汐の干満による海面の高さの変動を除いた気圧などの気象じょう乱によって潮位が上昇する値)の時間的な変化を求めているが、各ケースごとにほとんど差がなく、高潮防波堤の設置による高潮の影響は木曽三川河口に及ばないことが明らかである。

したがって、高潮防波堤が設置されたことにより、高潮が木曽三川河口域に集中すること等はあり得ず、高潮の危険が増大したわけではない。

四 津波に対する安全性

1 伊勢湾沿岸における津波の発生

過去伊勢湾内に比較的大きな津波をもたらした地震は、宝永地震(一七〇七年)、安政地震(一八五四年)、チリ地震(一九六〇年)等で、その震源はいずれも伊勢湾外の外洋で発生したものである。また、伊勢湾内を震源とする地震では、大きな津波が発生することはないと考えられる。

2 津波時のゲート操作

地震が発生し、津波警報が出され、本件堰付近に大きな津波の到達が予測される場合には、本件堰のゲートを計画堤防天端高より高く引き上げることとしている。したがって、ゲートによる堤防への影響はない。

3 ゲートが全開されなかった場合の影響

(一) 仮に本件堰のゲートが全開されず、ゲートの天端高が平常時のTP1.16mの状態において、木曽三川河口付近に二mの津波があったという場合を想定しても、細井教授の検討によれば、ゲートによる津波の堰上げ高、反射波は、ともに小さく、現計画の堤防で十分対応できるとされている。

なお、細井教授が前提とした二mの津波高は、一四九八年に発生した明応津波以降今日までの約四八〇年間で一番大きい津波である。しかも、右検討の前提として問題となるのは揖斐川沖合の津波高であるが、古い過去の津波の記録は海岸と陸地の境目か、若干陸地に入ったところでの目測に基づく記録であり、その値は沖合より高くなることから、揖斐川沖合の津波高を二mとするのは、実際に起こるより少し大きめのものであり、安全ということを考えて採用された値でもある。

(二) これに対し、原告らは、湾奥部の方が津波の波高が大きくなり、高潮防波堤完成後は木曽三川河口部が湾奥となるから、検討の前提となる木曽三川河口部での津波の波高については、過去の記録から湾奥部である熱田での津波の波高の四mを採用すべきであると主張する。

しかしながら、一般に津波の波高は、V字形の湾奥で高くなるものであり、熱田においても湾の形がV字形となっていることから津波が大きくなっているものと推定できる。木曽三川河口部の地形の条件は、熱田付近と大きく異なっており、単に高潮防波堤完成(昭和三九年完成)後において木曽三川河口が湾奥となったから熱田の記録を採用すべきとする原告らの主張は、地形条件の違いと、それに伴う波高の変化を全く無視しているものである。

なお、細井教授の検討は、高潮防波堤完成後一〇年以上を経過した時点で実施されたものであり、高潮防波堤が存在していることをも考慮してなされたものと考えられ、細井教授の専門家としての知見に基づくものとして尊重されるべきものである。

五 本件堰の揖斐川堤防への影響

第一及び第二原告目録記載の原告らは、全て揖斐川沿いの地域に居住している者であるが、本件差止の根拠として、本件堰が建設されると、高潮時あるいは津波時の揖斐川の負担が過大になり、揖斐川堤防が溢水・高波等で決壊する危険が増大する旨を主張している。

しかしながら、前記各検討結果からすれば、高潮や津波の場合における本件堰の揖斐川堤防への影響は小さく、問題視されるものではない。また、第一原告目録記載の原告らの住居は本件堰地点より一二Km以上も上流にあり、高潮時あるいは津波時の揖斐川堤防決壊の被害と無関係であることは明らかである。

第五  漏水対策

一 本件事業による堰上流水位の変化と漏水対策工の概要

本件堰建設後は、平常時には、堰上流水位はTP1.3mを上限としTP0.8mとの間で管理されることとなる(なお、原告らは本件堰上流水位はTP2.8mを上限としてTP1.3mとの間で管理されるのが平常の形態となるともいい得ると主張するが、潮位がTP1.2mを超える頻度は0.7~0.8%程度であり、潮位についてTP1.2mを基準にそれ以下を平常時として取り扱うことは適切な判断といえる。)ため、長島輪中及び高須輪中で堤防へ影響や堤内地の湿潤化が懸念される。

被告は、その対策として漏水対策工を行うこととし、その基本は、堤防の外側(川側)にブランケット工を施工し、堤防の内側には、平面排水対策工を施工するものである(その概要は、別図17のとおりである)。

二 長島輪中及び高須輪中の地質構造

1 長島輪中

長島輪中の地質は、概ね、別図15のとおり、地表から0.5mが耕作土、その下位に層厚0.5~2mの最上部砂層、層厚1.5~4mの最上部粘性土層、層厚一〇~一五mの上部砂層が続き、その下位に層厚二〇m余の下部粘性土層が存在し、最上部砂層及び上部砂層が浅層の帯水層となっている。

2 高須輪中

高須輪中は、長良川二〇粁地点と揖斐川二六粁地点とを結ぶ線より北側は後背湿地であり、南側は三角洲である。これらの地質は、別図16のとおり、三角洲に当たる地域は長島輪中のそれとほぼ同じであり、後背湿地に当たる地域では、上部砂層の中に中砂層及び砂混り礫層が挾まって地下水が流動し易くなっており、また、高須輪中北部の長良川右岸には、上部砂層の上面がTPマイナス二~マイナス三mまで高まる地帯があるが、これは、上部砂層の堆積後の弥生海退期に形成された埋積河畔砂丘と同種のものと考えられ、この部分の砂は粗粒で、透水性が高い。

三 漏水対策工

1 ブランケット工

(一) ブランケット工は、浸透水量を減少させるために、堤防の外側(川側)に盛土し、浸透路長を長くすることにより地下水の圧力水頭を低下させるものであり、河床土砂を幅0.5~0.7m程度に盛土し、その表層を厚さ0.6m程度の粘性土の層で覆い、川側の流れに接する部分には低水路護岸を施す構造としている。

(二) ブランケット工を施すと、浸透水が抑制されるほか、特に洪水時においては、ブランケット工の表層に粘性土が張られているため、この上に水が乗っても格段に高い防水機能を発揮し、更に、堤防の法先付近の水深を浅くすることによって、その付近の流速が低下するため、堤防が流水によって浸食されることを防ぎ、堤防本体の根元を幅広く保護するので、堤防の安全性は現状より著しく向上する。

2 平面排水対策工

(一) 目的

堤内地側に施す漏水対策工は、平常時の長良川水位の上昇による浸透水を計画的に静かに抜いて堤内地の地下水圧を減少させて湿潤化を防止し、併せて堤防裏法先付近の過湿化を防止して堤防本体の安全性を確保することを目的として施工されるものである。

(二) 高須輪中の平面排水対策工

高須輪中の平面対策工は、堤脚水路、第一線承水路、排水路、暗渠排水管等で構成されているものであり、それらの各構造物は、以下のように、それぞれの役割をもっている。

(1) 第一線承水路・排水路

地元の圃場整備事業と整合させるため、地区内に設けられていた排水路を十分な断面と強度を備えた構造に整備・改修し、特に堤防沿いに連続する排水路(第一線承水路)は、周囲をフィルターで取り囲み承水機能を有した構造に改良することにした。

第一線承水路は、長良川からの浸透水の相当部分を排水して堤脚付近の地下水位を確実に低下させ、堤防裏法先付近の過湿化を防止して堤防の安全性の向上に寄与するとともに、堤内地の湿潤化を防除する機能を持つ主要な施設であり、排水路とともに排水系統全体の中で主要な役割を果たすものである。これらにより排水路水位を現状の管理水位よりも約三〇cm低下させ、現状の地下水面以下に保持することとしている。

第一線承水路の構造は、別図19のとおりであり、水路周辺には土粒子の吸い出しを防ぐための吸い出し防止材(化学繊維系)を敷設し、その内側には適当な粒度分布を有する砂利・砂等からなるフィルターを設け、側壁はコンクリートブロックを空積みし、水路底はコンクリート板で押えるようになっており、浸透水を静かに抜く承水機能を十分有している。

原告らは、第一線承水路は底部から浸透水を集水する構造になっていないと主張するが、別図19のとおり、フィルター及び吸い出し防止材が底部の全面に布設されているのであり、このうちフィルター部(A−A断面)は、承水路底面の全面で受ける浸透水を直接水路に浸出させる役割を果たしているのであるから、原告らの右主張は失当である。

なお、フィルターは、承水路周辺の土層が崩れないようにこれを物理的に指示するとともに、承水路に向かう地下水の通過を容易にするため、承水路周辺の土層の性状に応じた適切な粒度分布を有する材料で施工されている。したがって、承水路が目詰まりを起してその機能を喪失することはなく、その機能は永続的に保持し得るものである。

(2) 堤脚水路

堤脚水路は、第一線承水路が堤防から遠く離れた、堤内地盤の低い一部の地区において、第一線承水路と併せて堤防裏法先付近の過湿化を防止するために設けるものであり、第一線承水路と同様の構造を持つものである。堤脚水路によって堤防付近の地下水位の低下が図られる。

(3) 暗渠排水管

田面下には籾がらのフィルターで周囲を防護した暗渠排水管(直径五cm)を網目状に埋設することにより、田面を中心とする地表面付近における地下水位の低下を図ることにしている。

なお、原告らは、暗渠排水管の下部にはフィルターが存在せず、下方の地下水を集水する構造になっていないので、これにより地下水を集水することはできず、その位置も地表面下0.6mと浅く、透水層の地下水を集水し地下水圧を低下させるためには貫入深さが小さすぎる旨主張する。しかしながら、暗渠排水管は田面を中心とする地表面付近における地下水位の低下に対する役割を担っていることから別図20のような構造となっているところ、これは土地改良事業によって一般的に用いられている構造であり、その機能を十分に果たすために何の障害もない。仮に原告らが主張するように暗渠排水管の貫入深さを大きくしたとしても、その暗渠排水管設置位置鉛直上方の地下水位を暗渠排水管と連絡している排水路の管理水位以下に低下させることができないばかりか、地表面から離れることによって地表面付近の地下水の流れに対する支配力が小さくなってしまい、本来の効果を減ずるだけのものになってしまうから、原告らの右主張は失当である。

また、暗渠排水管の周囲には、周辺の土粒子を吸い出すことなく地下水のみを集水するためにフィルター材として籾がらを入れることとしているが、フィルター材として籾がらを使用したのは、籾がらは透水性が大きく(水を通しやすく)、しかも土粒子を現位置から動かさないという性格を持っていること及び腐蝕しにくく、耐久性にすぐれているため、広くあらゆる土壌のフィルター材として用いられており、その有用性、実用性は現に十分に実証されているからである。したがって、暗渠排水管がやがて各所で目詰まり等による機能不全を起こし、暗渠排水システムがないのと同じ状態になるとの原告らの主張は失当である。

(4) 湧水処理工

堤内地のうち、第一線承水路より川側の土地は、河川からの浸透の影響を強く受けるために湿潤化し易いので、局所的な対策として湧水処理工を設けることにした。その構造は、別図21のとおり、集水桝を設けて多孔管により集水して、これを第一線承水路に排水するというものである。

(三) 長島輪中の平面排水対策工

長島輪中では、用水路・排水路の分離がなされ、しかも、排水系統の整備後相当の年数が経過しており、既に水田を中心とした地域の排水形態と排水路とが相互に円滑に機能していた。このため、長島輪中における平面排水対策工としては、第一線承水路と、これに連絡する既設の排水路網を整備・改修するとともに、排水ポンプを整備し運転することによって第一線承水路、排水路等の水位を適切に管理することにより対応することにした。

具体的には、堰完成後においても堤内地における地下水の状態を現状と同じ状態に保つため、排水路の管理水位を現状の管理水位より五〇cm下げるようにしたもので、その場合においても現状と同様の流下能力が得られるように、排水路の敷高を五〇cm下げるよう改修するとともに、第一線承水路を別図19と同様の構造に整備することにした。

なお、原告らは、長島輪中では、ブランケット工の外は第一線承水路に類似する第三号幹線用水路が松之木~千倉間にあるだけで、千倉~松ケ島間にはないし、暗渠排水管は設置されていないと主張する。なるほど、暗渠排水管が設置されていないことは事実であるが、第一線承水路は設置されているし、高須輪中及び長島輪中とも現状の排水系統を十分に踏まえて、それぞれの地域に適した方法を採用しているのであって、両者の平面排水対策工としての機能・効用には何ら差異がない。

四 漏水対策工の効果

1 被告の解析

被告は、本件事業に伴う漏水対策工の効果を確認するため、本件事業完成後の地下水の状況を予測し、湿潤化の可能性について検討を行った。なお、堤内地の地下水面が河川水位より低いところでは、河川から堤内地へ向って地下水流が生ずるが、この現象は地下水流に関するダルシーの法則に従っており、検討にあたっては、リチャーズの式を用いて、有限要素法(FEM)により解析した。

2 解析対象断面の選定等

右検討では、解析対象断面として、長島輪中の堰上流区域で代表的な9.8粁地点付近の断面及び高須輪中で最も低平地で過去ガマが発生した一六粁地点付近の断面を選定した。

3 解析に当たって採用した定数等

(一) 本件堰建設前の河川水位をTP0.2m(河川の平均水位)、建設後のそれをTP1.3mとし、現状での堤内地の排水路等の水位は、長島輪中の9.8粁地点付近ではTPマイナス1.8m程度、高須輪中の一六粁地点付近ではTPマイナス0.5m程度で管理されており、本件堰建設後は、それぞれTPマイナス2.3m程度、TPマイナス0.8m程度に管理されるので、右の各数値を境界条件として解析した。なお、解析に用いた土質定数等は、ボーリング結果を基に定めた(以上、リチャーズの式及び定数の選定等に関する詳細は別紙「計算式3」のとおりである。)。

(二) ところで、原告らは、被告の数値計算による地下水圧分布が実測値による地下水圧と差が大きく、結果的に漏水対策工による地下水圧の低下が実際よりも生じるように見せる方向で精度が悪いと主張している。

しかしながら、地下水流の基礎方程式を有限要素法により求める方法は一般的な手法である。また、地質モデルの設定については、地質ボーリング等の調査結果等を基に適切な透水係数を定めたものであり、このモデルによる地下水流の数値計算を行った結果、観測値と計算値はよい一致をみているのである。

なお、別図27(地表面基準)は、現状における解析結果を示したものであるが、観測井No.2において、観測値0.47mに対して計算値は0.37mとなっている。このことは、堤防付近に流れが集中し、圧力が堤防付近で開放されるという状況とは正反対の現象を示すものであり、この対象断面付近では、計算で示される地下水圧よりやや遠くまで、緩やかに伝播することを示すものである。しかし、計算値と観測値の差はわずかであり、特にコンターが密になったり集中したりすることが見られないのに対し、平面排水対策工は排水対策の必要な大江川等(地下水圧が一定にコントロールされる地点)に至るまでの十分広い範囲にわたって施工されており、僅かに地下水圧が高くとも輪中内における漏水対策工の有効性が問題となることはない。一方、堤脚付近における土粒子の移動を考えた場合、計算値は観測値よりも堤脚付近において等水圧線が密になっているため、堤脚付近の土粒子に及ぼす負荷を大きめに評価しており、それでも問題がないことから、実際はむしろ安全側となる。よって、原告らの主張は事実と正反対の錯誤に基づく推定に過ぎない。

4 解析の結果

解析結果は、別図29(a)(b)に示すとおりである。これにより、堤外地にブランケット工を施工し、堤内地に堤脚水路、承水路、排水路等を整備するとともに、排水ポンプを整備し運転することによって承水路、排水路等の水位を適切に管理することにより、堤防基部の地下水面を十分安全に保持できることが明らかとなり、堤防の安全性が損なわれないことが確認された。

右の検討で、ブランケット工及び承水路の双方を施工した場合の承水路付近の地下水流速は、0.5×10-4cm/秒となり、我が国のダムの結成基準等に採用され、実務上も広く用いられ、基本的な指標となっているジャスティンの式により検討した土粒子が地下水流によって動きだす際の流速、すなわち限界流速0.73cm/秒に比較して極めて小さいので、パイピング発生のおそれはなく、堤防の安全性は全く損なわれることがないことが確認された。

また、仮に原告らが主張するように堤防の基盤が全て砂であった(透水性が大きく影響を受け易い。)としても、堤防基盤の地下水流速は水平方向で0.5×10-3cm/秒、鉛直方向で1.7×10-4cm/秒であり、この場合でも、ジャスティンの式による限界流速と比べ、オーダー的に十分小さく土粒子が動くことはなく、堤防基部の粒子が地下水流によって流されて堤防の安全が損なわれることはない。

ところで、この解析に用いられた土粒子の粒径は0.005mm(5×10-4cm)のものを用いているが、これは、ジャスティンがシルトの場合に用いるべきであるとする土粒子の粒径0.01mmの二分の一である。すなわち、この粒径はジャスティンが用いるべきとする粒径をジャスティンの式に代入した場合よりも、より土粒子を動かす限界流速は小さくなる(1/倍)が、それでも安全であることが検証されている。

なお、原告らは、現状の長良川の平常時の水位においても堤脚部や承水路に土粒子が地下浸透流によって移動し、堆積していると主張するが、このような事実はない。

5 ジャスティンの式に関する原告らの主張に対する反論

(一) 原告らは、「ジャスティンの式は、鉛直上昇流に対して土粒子が上昇方向に動き出すときの流速を求める理論式であるが、現状では土粒子が水平方向に動いているので、求めるべきは水平方向に関する流速であり、限界流速であるので、被告はその適用を誤っている。」と主張する。

しかし、ジャスティンは、基礎地盤中の土粒子を動かす力を噴流(JET)作用に基づく圧力であるとし、この噴流について、特に方向性(例えば鉛直上向きの方向性を持った噴流といったようなもの)を考えていないのであり、堤体あるいは基礎地盤を通り抜ける水の流れの流速を式としたものである。しかも、被告はジャスティンの式による検証を行うに当たっては、第一線承水路付近の最大の流速を用いて検討を行っているから、原告らの主張は失当である。

(二) また、原告らは、ジャスティンの式の分子の定数である「2」は正しくなく、抗力係数(CD)を用いるべきであると主張する。

しかしながら、抗力係数(CD)は等速運動をしているときの抵抗を表すもので、動いている物体に対する抵抗を対象としていると考えられるのに対し、ジャスティンの式が示しているのは、静止した土粒子が噴流によって動き出すときの力を対象としており、基本的に考え方を異にするのであり、抗力係数(CD)を使う必要性は全くない。

(三) 更に、原告らは、「ジャスティンの式は、理想的な単一粒子の運動則を表すものであるが、現実の土は単一粒子で構成されているのではなく、粒径の異なった土粒子によって構成されているから、現実に合致しない上、限界流速が過大となり、実験結果より約一〇〇倍以上大きくなることが判明している。」と主張するが、必ずしもそうとはいえない。また、仮に、限界流速が一〇〇分の一として検討しても、地下水流速は限界流速に比して十分小さく、土粒子は移動しない(V=0.50×10-4《cm/秒》

(四) なお、右4のとおり、ジャスティンの式は、我が国のダムの設計基準等に採用され、実務上も広く用いられ、基本的な指標となっているものではあるが、被告では、現実の構造物の設計に当たって、対象となる基礎地盤についての不確定な要素の存在をも考慮して、土粒子の吸い出しを防止するための機能・構造を有する第一線承水路を設けて、万全を期しているのである。

6 限界動水勾配に関する原告らの主張に対する反論

原告らは、鉛直方向に土粒子が移動するか否かを検討するには限界動水勾配(ic)による方法もあり、これによれば本件堰建設後の湛水で土粒子が移動すると主張する。

しかしながら、地下水が表土(耕作土=不透水層)を突き破って土砂を洗い流すには鉛直上昇流が生じなければならないが、本件堰建設後における表土の下の地下水圧は地表面に比してマイナスを示しており、また、漏水対策工の実施によって、地下水は堤内地に平面的に配置された第一線承水路を中心とする排水路に向かって流れ(地下水流)が形成されるのであって、原告らが主張する「上側に向かう浸透流」は生じ得ず、まして「表土を突き破ってガマが生じ、土砂を移動させることが生じ得る」ことはない。

五 堤内地の湿地化及び長良川堤防の決壊の危険の増大について

第一原告目録記載の原告らは、「本件堰が建設されると、堰上流水位が現状よりも上昇することになり、堤内地地下水位が上昇して堤内地の湿地化を招来する。」、あるいは、「堰上流水位の上昇により、長良川から堤内地への浸透水圧が常に高くなり、地盤漏水が増大し、堤防から堤内地にかけて地下水流も現状より増大し、堤防基盤の土粒子を流出させて、堤防基盤を弱めることになり、洪水時に長良川からの浸透水により堤防が決壊する危険が高くなる。」と主張して、本件堰の建設の差止めを求めている。

しかしながら、本件事業及び浚渫の完成後においてゲート操作により平常時の長良川の水位がTP1.3mを上限としてTP0.8mとの間で保たれても、漏水対策工として、堤外地にブランケット工を設け、堤内地には平面排水対策工を施工し、浸透水を静かに抜くことにしているので、堤内地の湿潤化を来すことはなく、また、堤防の安全性を損なうこともないので、右原告らの主張は失当である。

また、右原告らの住居は、長良川沿いではなく、長良川から約三~四Km離れた揖斐川沿いにあり、その間には一級河川大江川が存在しているのであり、長良川から堤内地への浸透水は大江川によって遮断される(大江川の水位は本件堰完成後は地下水位より低く管理されるため、浸透水は大江川で遮断される。)ため、本件堰上流の水位の変動による影響は揖斐川沿いの土地(大江川より西の土地)に及ばないから、右原告らの主張は、この点からも失当である。

第六  本件事業及び本件浚渫後の河床変動

一 河床変動の予測

本件堰建設とあわせて、河口から上流約三〇粁地点までの区間については本件浚渫を行うこととしているので、被告は、次のように本件浚渫区間の河床変動について検討した。

1 予測方法

(一) 河床変動解析の基礎式

河川等を流下する土砂は、その移動の形態から、河床上を転がったり小跳躍を繰り返しながら移動する掃流砂と、流水中を浮遊して移動する浮遊砂とに分けられる。なおこの他に、微細な粒径の土砂で、沈降することなく流下するウォッシュロードと呼ばれるものがあるが、通常河床変動には直接関係しない。これらを合わせて流砂量と呼んでいるが、いま、上下流にとった二つの断面を考えた場合、下流側断面を通る流砂量が上流側断面を通る流砂量より少なければ、この二断面の間で平均して堆積が起こっており、その逆の場合は洗掘され河床が低下することとなる。

このように、流砂量が場所によって異なることにより河床の変動が生ずることになり、これを計算によって求めようとするのが河床変動計算である。その解析に当たっては、流量が場所によって変化しないことを示す流れの連続式、流れの運動を表す運動方程式、流砂量の差し引きから河床の変動量を計算する流砂の連続式及び流速や水深といった流れの諸量から流砂量を計算する流砂量公式が基礎式とされている(別紙「計算式4」)。

(二) 流砂量公式

流砂量公式については種々の式が提案されているが、一般に使われ、また、実際に木曽三川下流部の河床変動計算において、実測結果と良好な適合度を持つことが確認されているものを選定した。

掃流砂量については、佐藤・吉川・芦田の式(別紙「計算式5」)を適用した。この式は、建設省土木研究所での検討をもとに提案されているもので、多くの河川での実測値や河床変動との対比でその実用性が認められており、また、木曽三川下流部の河床変動計算に使われ、実測結果と良く合うことが確かめられている。

浮遊砂量についてはロールセン公式(別紙「計算式6」)をもとに算定した。ロールセン公式は全流砂量に関する式であるが、浮遊砂量を分離して計算できることから、浮遊砂量のみを求める場合にも使われており、また、木曽三川下流部の河床変動計算に使われ、実測結果と良く合うことが確かめられていることから、選定した。

2 予測結果

1の基礎式を用い、本件事業及び本件浚渫の完了後の河道条件について、数値計算を行った。計算に当たっては、墨俣観測所の昭和五四年から昭和六三年までの一〇年間の流量記録を用いた。その結果は、別図40のとおりである。これによれば、本件浚渫区間の上流端においてその上流部が洗掘され、下流部に堆積する傾向がみられる。この現象は、本件浚渫の影響がその付近の掃流力を変化させ、局部的な河床の変動を生じさせたものである。このような変動は上下流の流砂量の差によって生ずるものであり、その区間の河床勾配が上流区間の河床勾配に等しくなればそれ以上の河床低下は生ぜず、岐阜市付近では河床低下は生じない。

二 河床の低下による危険の発生について

第四原告目録記載の原告らは、本件浚渫によって浚渫上流端より上流の河床が安定を失い、堆積土砂が浚渫部に向けて流下し、その結果、河床が沈下し、特に予測困難な局所的河床の沈下により、堤防護岸・水制の基礎の破壊、橋脚基礎の破壊を招来し、堤防破堤・橋破壊の危険が生ずると主張して、本件堰の建設の差止めを求めている。

しかしながら、右一のとおり、本件事業及び本件浚渫の完了後も長良川の河床はほとんど変化がなく維持されるのであるから、原告らの主張は失当である。

また、請求原因に対する認否第二の二2のとおり、本件浚渫は建設大臣が木曽川水系工事実施基本計画に基づいて実施するものであり、右浚渫は、本件事業とは別個の事業として実施されるものであるから、これによる被害を理由として本件堰の建設の差止めを求めることは許されない。

第七  本件事業及び本件浚渫の環境に対する影響

一 底質

本件堰が設置されると、堰上流域においては順流方向の流れのみとなり、その流速は、現状に比べ、四〇粁地点から上流では変わらず、三〇粁地点~四〇粁地点ではほとんど変化がなく、堰上流域三〇粁地点までが平常時減少するが、それでも渇水時の平均で約二cm/秒が確保される。他方、堰上流域に流入してくるであろう有機物の洗掘、再浮上の状態が維持される限界流速は一cm/秒以下であるから、堰上流域における渇水時の右流速でも浮遊有機物は沈降せず、浮遊状態で流下すると考えられる。

仮に河床に有機物が沈降したとしても、比重が水とほぼ同等であることから、年間平均八〇日生じる流量一五〇m3/秒、流速約一〇cm/秒の出水によって掃流されて再浮上し、浮遊流下すると考えられる。

更に、現実には考えられないが、沈澱した有機物が河床の細粒分と混じり合い、圧密を受けた場合でも、堰地点の流量が約二〇〇m3/秒以上のときには、ゲートを引き上げる操作が行われるため、その際の堰上流水位の低下に伴う流量増(約四〇〇m3/秒)により合計約六〇〇m3/秒の流量となるので、十分移動すると考えられる。

したがって、堰上流に有機物が累積して蓄積されることはない。

二 水質

1 水質の予測

被告及び建設省は、本件堰が設置された場合の堰上流水域の水質を、①既設類似堰のデータに基づく本件堰建設後の水質予測、②数値シミュレーション手法による本件堰建設後の水質予測により、次のとおり予測した。

(一) 既設類似堰のデータに基づく本件堰建設後の水質予測

既設類似堰の堰上流水域のBOD七五%値は、流入水のBOD七五%値と比較しても若干の変化しか見られないことから、本件堰においても同様の関係が成り立つものと考えられるところ、長良川の流入水のBOD七五%値の一二年間の最大値は1.9mg/lであるから、当該水域の環境基準による基準値(以下「環境基準値」という。)三mg/l以下に比べると、これを下回り基準値を満足するものと予測される。また、既設類似堰の年平均総窒素と年平均総リンについて、堰上流水域と流入水との関係は、流入水に比して同等か堰上流水域が小さい傾向にあるため、本件堰においても、同様の傾向になると予測される。

堰上流水域における藻類の異常増殖による集積現象(アオコ)は、既設類似堰では流動速度(流入水によって堰上流域の水の入れ替わる速さ)が一cm/秒以下という非常に小さい時しか発生していないが、本件堰においては、昭和五四年から平成二年までの一二年間の七月~九月における流況では、最低でも流動速度が約二cm/秒あるので、その発生の可能性は小さいと予測される。

(二) 数値シミュレーション手法による本件堰建設後の水質予測

数値シミュレーションにより、夏期の流況が平均的な年であった昭和六三年と最も厳しい渇水年であった昭和六一年の各流況を本件堰建設後の堰直上流地点の水質予測を行った結果は左記のとおりであり、本件堰建設後の水質はBOD(CODより小さい値を示す関係にある。)及び表層のDO(溶存酸素量)については環境基準値(それぞれ三mg/l以下、五mg/l以上)を満足し、底層のDOについてもほとんど環境基準値を満足するものと予測される。また、藻類全体の量を検討する指標としてクロロフィルaの値も、昭和六一年の流況で、年最大値が23.7μg/lで、数日間二〇μg/lを超えるが、これは特に留意が必要な値でもなく一時的な増加である。そして、昭和六一年流況及び昭和六三年流況ともに冬期のクロロフィルaの値は五μg/l以下であるから、藻類が大発生するという可能性は小さく、概ね良好な状況であると判断できる。

昭和六三年 昭和六一年COD七五%値 2.6mg/l 2.6mg/l

表層DO

年平均値 8.4mg/l 8.6mg/l

年最小値 5.9mg/l 5.3mg/l

底層DO

年平均値 8.2mg/l 8.3mg/l

年最小値 5.0mg/l 4.3mg/lクロロフィルa

年平均値 2.2μg/l 3.9μg/g

年最大値 23.7μg/l

2 不快昆虫の発生について

なお、原告らは、本件堰建設による堰上流域の淡水化と流速低下、更に富栄養化による水質悪化により、ユスリカ等の止水性の淡水昆虫の大量発生が予想され、長良川下流の環境、特に医学的環境を悪化させると主張する。

しかし、本件堰完成後、底質及び水質が大きく変化することは考えられないことから、これらを原因とするユスリカの大発生はないものと判断できる。

また、仮に何らかの原因によってユスリカの大量発生が生じたとしても、トラップをかけて誘殺する等の方法により対処できる。

三 汽水域

本件堰の完成後は、塩水の遡上が本件堰によって防止され、堰上流水域では淡水となるが、堰下流域は現在と同様に汽水域が形成される。

また、長良川における汽水域は、昭和一〇年ころまでは長島輪中南部の伊曽島地区(約四粁地点より下流)までであったが、その後地下水の多量の汲み上げによる地盤沈下等により汽水域が拡大されて現在の状態になっているのであり、もともと固有の汽水域というものが長良川に存在しているわけではなく、本件堰の設置により昭和一〇年ころの状態に戻るにすぎない。

四 水産資源等に及ぼす影響と対策

被告及び建設省は、長良川の河川環境を保全し、併せて水産資源の保護を目的として各種の対策を講じ、本件事業及び本件浚渫による河川環境等への影響が軽減するようにしている。その内容は、以下のとおりである。

1 本件堰の構造上の対策等

本件堰の構造は前記のとおりであるが、アユ等の遡河性魚類等に対する影響を軽減するための魚道等については、十分な対策と配慮を行っている。

(一) 呼び水式魚道

本件堰の左右岸には呼び水式魚道を設置する。左岸側呼び水式魚道には、中央部に幅一m及び幅二mの二連の呼び水水路を配し、その両側に有効幅3.0m、長さ約八〇mの魚梯(階段)部を設け、右岸側呼び水式魚道には、中央部に幅各一mの二連の呼び水水路を配し、その両側に有効幅2.5m、長さ約八〇mの魚梯部を設けることとしている。そして、堰上流の水位が変動しても、呼び水水路に必要な流量・流速が得られるように流量調節ゲートを設け、魚梯部には遡河性魚類の習性に適した流量・流速に調整できるように上流部に一〇連のスライドゲートを設けるとともに各隔壁間の段差は、本件堰が河口に近く稚アユが小さいことを考慮して、一〇cmとし、遡河性魚類の遡上を容易にしている。

このように、中央部の呼び水水路から稚アユの選考流速(四〇~六〇cm/秒)の二倍以上の流速で河川水を流下させ、その呼び水の効果により稚アユを魚道入口に集め、一方、魚梯部には稚アユの選考流速で通水し、遡上に適した流れを形成し、これにより魚梯部を順次遡上させるものである。

このような呼び水式魚道は、既に木曽川大堰や筑後大堰で実用化され、大量の稚アユの遡上が確認されているものである。

更に、これまでの調査結果等を踏まえ、多様な魚種に対し魚道の遡上効果や遡上環境のより一層の向上を図るため、以下の対策を講ずることとしている。

(1) 四本の魚梯部には底生魚やエビ・カニ類の休息行動や逃避行動に有効と考えられ玉石を敷き、さらに、魚梯部のうち一本を遊泳力の比較的小さな底生魚などが遡上し易いようプール内(隔壁間)に玉石を深く敷きつめた玉石魚道に改造する。これは魚道の隔壁間に玉石を入れて浅い水路を造り、底生魚が遡上し易いよう改造するもので、玉石の持つ休息行動や逃避行動に対する効果により、遡上は一層容易になるものと期待される。

(2) 四本設置する呼び水水路のうちの一本に、アユ等の他遊泳力の比較的小さな底生魚などの遡上が期待できるデニール式魚道を設置する。

(3) 本件堰付近ではモクズガニの稚ガニの遡上や親ガニの降下が考えられるが、モクズガニは河岸近くを遡上・降下することが知られており、多くのものが本件堰の両岸に隣接して設置する呼び水式魚道に行き着くと推定される。本件堰では、呼び水式魚道の側壁に凹凸をつけるとともに、筑後大堰で効果が確認されているマニラロープを魚道に取りつけることなどによって、稚ガニの遡上がより効果的に行われるよう対策することとしており、稚ガニの遡上や親ガニの降下に大きな影響はないと判断される。

(二) ロック式魚道(閘門式魚道)

ロック式魚道は、運河の閘門で船を通すのと同じような仕組みで魚類を遡上させるもので、上下流それぞれにゲートを配置し、このゲートを操作することによりロック内の水位を調節して魚類等を遡上させるものである。このロック式魚道のゲートは、二段式ゲートを採用し、多様な魚種が遡上できるよう、オーバーフロー、アンダーフローいずれの操作も可能としている。

更に、これまでの調査結果等を踏まえ、多様な魚種に対し魚道の遡上効果や遡上環境のより一層の向上を図るため、以下の対策を講ずることとしている。

(1) カジカ類は夜間も魚道を遡上するものと推測され、また、ウナギも夜間に遡上することから、昼間だけでなく夜間においても魚道を操作する。

(2) カジカ類を含む底生魚やエビ・カニ類等の休息行動や逃避行動に有効と考えられる植石を魚道内に行う。

(三) せせらぎ魚道

(一)及び(二)の魚道のほか、本件堰の右岸側にせせらぎ魚道を設置することとしている。

せせらぎ魚道は、水路底に粗石を設置することにより、水路内の水の流れを様々に変化させて多様な流速が生じるように配慮し、自然界の小河川で一般的に見られる流れの状態を再現するものである。これにより、底生魚をはじめとする泳力の小さい魚類やモクズガニ、テナガエビなどのエビ・カニ類、更には泳力の強いアユなどの多様な魚類等の遡上が期待される。

(四) 多自然型岸辺による浅瀬の確保

本件堰上流水域では、ブランケット工の施工や本件浚渫及び本件堰の建設による河川水位の変化により、ヨシ帯や浅瀬の一部が消失することとなる。このため、魚類の産卵場や回遊性魚類等の遡上環境に対する影響が考えられ、この影響を軽減する対策として、治水上支障なく可能なところについて、高水敷の前面の捨石部を基礎にして、石積みなどにより浅瀬を設け、陸側に向かっては、浚渫土により緩い勾配に埋め立てて、ヨシ等の植栽を行う多自然型岸辺を造成する。

浅瀬は、岸辺近くを遡上する回遊性魚等が大型魚に捕食されることを防ぐなど安全な通り道の役目を果たすとともに、ヨシ等の植栽は、水際に生息する魚類や遡上・降下する魚類に対し、遮蔽の役目を果たす。さらに、数年の後には、ヨシは水際や水中にも拡大して生育するものと推測され、浅瀬とあわせて淡水域に生息する魚類の産卵場としても利用されるものと考えられる。なお、この浅瀬やヨシ帯は魚類や昆虫類等の生息の場としても広く活用されるものと推測できる。

2 本件事業及び本件浚渫が水産資源に及ぼす影響

(一) 遡河性魚類

長良川に生息する遡河(回遊)性魚類としては、アユ、サツキマス(カワマス)等が考えられるが、本件事業及び本件浚渫がこれらの遡河性魚類に及ぼす影響は、次のとおりである。

(1) アユについて

ア 降下時について

アユは、長良川の中下流域(主として四二~五〇粁)で九月中旬から一〇月下旬にかけて産卵を行い、ふ化した仔魚は直ちに降下して海域に入り、伊勢湾内で成長し稚アユとなり、主として翌春の四、五月ころに海域から河川に遡上する。

仔アユの降下時の影響のうち、海域への降下時間の延長による影響については、平均的な河川流況時には、仔アユは絶食生残日数内に降下を終えるので影響はないと判断できる。また、利根川や木曽川の既設堰の上流淡水域では、摂餌している仔アユが確認されており、渇水時において絶食生残日数を超える場合が生じても、堰上流淡水域での仔アユの摂餌によってその影響は軽減されると推測できる。

取水口への迷入については、仔アユの遊泳力が小さいため、一部の迷入は避けられないが、できる限りこれを防止するための対策を講ずるよう引続き検討していく。堰の越流落下時の衝撃や塩分濃度の急激な変化については、実験によっていずれも影響のないことが確認されている。

イ 遡上時について

取水に伴う河川流量の減少による稚アユの来遊量への影響については、遡上盛期における本件堰からの取水量は長良川の流量に対してさほど大きくない上、取水後においても長良川と揖斐川とがほぼ同じ流量であることから、影響は小さいと判断される。また、稚アユは河岸近くを遡上することが知られており、多くのものが魚道に行き着くと推定される。

魚道の遡上については、既設堰に設置された呼び水式魚道での遡上調査で大量の稚アユの遡上が確認されており、本件堰では、これらの堰よりさらに優れた魚道を設置することから、ほとんどの稚アユは魚道を利用して遡上すると推定される。

取水口への迷入については、稚アユは流れに逆らって遡上するので影響は小さいと推測できる上、取水流速を小さくするとともに、迷入防止施設を設置することとしていることから、影響は極めて小さいと判断できる。

(2) サツキマス(カワマス)について

ア 降下時について

サツキマス(カワマス)は、河川の上流に生息するアマゴの一部が、ふ化後一年を経過した秋に銀毛化して川を降下し、海域に入り急速に成長し、翌春に再び河川に遡上してくるものの呼称である。

降下時の影響のうち、取水口への迷入については、銀毛アマゴの泳力が強い上、取水流速を小さくするとともに、適切な迷入防止施設を設置することとしていることから、影響は小さいと判断できる。

河口堰による降下への影響のないことは木曽川大堰で実証的に確かめられており、本件堰においても影響は小さいと判断できる。

塩分濃度の急激な変化については、銀毛化したアマゴが塩分耐性を有することが実験的に確かめられており、影響はないと判断できる。

イ 遡上時について

取水に伴う河川流量の減少によるサツキマスの来遊量への影響については、遡上期における本件堰からの取水量が長良川の流量に対してさほど大きくないうえ、サツキマスはサケ科特有の母川回帰性があることから、影響は極めて小さいと判断できる。また、サツキマスは河岸近くを遡上すると言われており、多くのものが魚道に行き着くと推定できる。

魚道の遡上については、サツキマスは強い泳力を有し、現在でも長良川にある固定堰を越えて上流域の郡上地方に遡上していること、木曽川や太田川の堰の魚道を遡上していることなどから、魚道を利用してほとんどが遡上すると推定できる。

本件堰上流域における取水口への迷入については、サツキマスの泳力が強い上、流れに逆らって遡上するので影響は小さいと推測でき、更に迷入防止施設を設置することとしていることから、影響は極めて小さいと判断できる。

(二) 汽水性魚類等(ボラ、スズキ、コイ、フナ等)

ボラ・スズキは、淡水でも生息するといわれているが、本来が海水性であるので、本件堰の設置による堰上流域の淡水化により、堰上流域は生息に適さなくなる。しかし、温水性の淡水魚(コイ・フナ等)は、淡水域の拡大により増加が見込まれる。

(三) 貝類

(1) ヤマトシジミ

現在、河口マイナス一粁地点から上流一二粁地点付近までの区域は、ヤマトシジミの好漁場となっているが、本件堰の設置により、堰の上流域は淡水となるため生息に適さなくなる。また、下流域についても、堰直下まで底層に高塩分の海水が通常的に滞留する可能性が強く、ヤマトシジミの生息に適する塩分濃度を上回ることも予測されるので、ヤマトシジミは減産する。

(2) アサリ・ハマグリ

長良川流域におけるアサリ・ハマグリの漁場は、河口の一粁地点付近から下流の沖合マイナス三ないしマイナス四粁地点付近までの河口陸棚域である。ところで、原告らは、本件堰が建設されると、本件堰下流域では汽水域が消滅し、平常時の土砂供給量が激減し、死水域が堰操作に伴って本件堰下流に拡大することなどの結果、砂堆積の減少、砂率の減少などを招来し、ハマグリの生産量を大きく減少させる旨主張する。

しかし、堰下流域は現在と同様に汽水域が形成されるし、長良川の流量が二〇〇m3/秒以上のときゲートは開放操作に入ることにしており、長良川からは従前と変わりなく流送土砂が供給されるので、本件堰建設により河口域のアサリ・ハマグリの生息に与える影響は少ないと考えられる。

3 結論

被告及び建設省は、以上のように、本件事業及び本件浚渫の実施に当たり、長良川流域の水産資源に及ぼす影響を軽減するため最大限の配慮をしているところであるが、遡河性魚類で最も注目されるアユ漁業について考えた場合、本件事業及び本件浚渫は、アユの産卵場及び主漁場とされる長良川の上流域に直接影響を及ぼすものでなく、仔アユの降下と稚アユの遡上についても、種々の対策により影響が大きく軽減されるものと考えられる。

ところで、長良川におけるアユ漁業は、長良川沿川の関係漁業協同組合による大量の増殖(放流)努力によって成立している(内水面漁業にあっては、漁業権の免許に当たり、資源保護の立場から漁業権者に増殖《放流》義務が課せられている。)のであり、いわゆる天然魚(海からの遡上魚)のみにゆだねられているのではない。したがって、仮に本件事業及び本件浚渫によって、長良川におけるアユの生息量に影響があったとしても、アユ種苗を放流することによって、アユ漁業は従前どおり営まれるのである。

また、被告は、アユ、アマゴ等の種苗の生産試験研究を通じてアユ等種苗の量産化技術を確立し、長良川流域の魚類の保護のために大きく貢献してきている。

なお、本件事業と本件浚渫の実施が本件堰地点の上下流域に生息するヤマトシジミや、些少とはいえ一部の魚類に影響することが考えられるため、被告は、これらの影響については、該当する漁業者に対して適正な補償をもって対処しているのである。

五 環境権の主張について

原告らは、いずれも環境権の侵害を理由に本件堰の建設の差止めを求めているが、以下の理由によりその主張は失当である。

1 環境権は、これを私法上の権利として認める明文の規定がなく(なお、環境基本法は、環境の保全という公益を実現しようとするものであり、私人等の権利主体に私法上の権利を与えるものではない。)、また、その概念、成立・存続・消滅の条件、その効力・作動方式・適用領域等の法律効果、他の権利との優劣など、いずれの点についても一義的に確定したものがないのであって、このような不明確な権利は到底私法上の権利として認められるものではない。まして、差止請求は、損害賠償等公平の原則に基づいた量的な利害調整を図る場合とは異なり、相手方の社会的活動を一方的・絶対的に禁止してしまうという重大な不利益を相手方に甘受させることから、これを認めるためには、重要で、かつ、非代替的な排他性・絶対性を備えた権利に基づくものであることが必須の条件となるものというべきであるから、環境権は、差止請求を根拠づける権利とは到底なり得ないものである。

2 しかも、前記のとおり、本件堰及び本件浚渫が環境に与える影響は少なく、また、生ずる影響についても適切な影響軽減対策を行うこととしているのであって、環境に対する影響として原告らの主張するところは根拠がない。

3 第三及び第四原告目録記載の原告らは、板取村又は岐阜市に居住する者であるから、本件堰及び本件浚渫がその居住環境に影響を及ぼすことはない。

また、第一及び第二原告らは、その居住がすべて揖斐川沿いであるから、本件堰及び本件浚渫が右原告らの居住環境に影響を及ぼすことはほとんどないといえるし、仮に若干の影響があったとしても、その程度は軽微であって問題となるようなものではない。

第八  上流ダム

一 木曽川水系工事実施基本計画においては、長良川の基本高水のピーク流量は、基準地点忠節において八〇〇〇m3/秒とされ、上流のダムにより五〇〇m3/秒を調節し、河道への配分流量を七五〇〇m3/秒とすることが定められているが、右ダムは、あくまでも洪水調節を目的とするものである。

この洪水調節用のダムについても長良川のどの位置に設置するか、また、設置するとしたならばどのような構造か等々、その具体的な計画は未定である。

二 なお、付言するに、木曽川水系における水資源開発基本計画では、本件事業の目的として、「長良川における治水のため上流部に建設するダムと併せて下流部における浚渫に対処して塩害を防除するとともに、流水の正常な機能を維持しつつ、愛知県及び三重県の水道用水及び工業用水を確保するものとする。」とされているが、この「上流部に建設するダム」は、右の洪水調節用のダムを示すものであって、上流に建設されるダムから本件堰で取水する水が補給されることが前提ではないのである。

原告らは、本件堰に水を補給するための施設として、板取ダムが計画されており、同ダムと本件堰とは密接な関連がある旨を主張するが、右のとおり、本件事業は、上流ダムからの水の補給を前提とするものでなく、本件事業はそれ自体で、治水上、利水上の目的や機能が定められており、事業が完了したとすれば、本件堰のみでその役割を果すことができるのであって、上流の、今後行なわれるダム事業とは無関係の事業である。

三 以上のように、上流ダムの具体的な計画は未定である上、本件事業と上流ダムとは別の事業であるから、ダムによる被害を理由に本件事業の差止めを求める第三及び第四原告目録記載の原告らの主張は失当である。

(証拠)

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  はじめに

本判決の理由において援用した書証の成立に関する判断は、別紙「書証の成立についての目録」記載のとおりであり、理由中においてその都度成立関係について説示をすることはしない。

第二  当事者

第一原告目録記載の原告らが海津町に、第二原告目録記載の原告らが桑名市に、第三原告目録記載の原告らが板取村に、第四原告目録記載の原告らが岐阜市にそれぞれ居住する住民であること、被告が、水資源開発促進法の規定による水資源開発基本計画に基づく水資源の開発又は利用のための事業を実施すること等により、国民経済の成長と国民生活の向上に寄与することを目的として、公団法に基づき政府が資本金の全額を出資して設立した公団であり、現在長良川5.4粁地点に本件堰を建設中の者であることは、いずれも当事者間に争いがない。

第三  本件堰建設の差止請求

一  差止請求の要件

1  一般原則

原告らは、本件堰建設の差止めを求めている。

およそ、公共的な目的を有する事業の差止請求が認容されるためには、差止めの対象とされた事業の実施によって、請求者の排他的な権利が侵害され、又は将来侵害されるおそれがあり、その侵害行為によって請求者に回復し難い明白かつ重大な損害が生じ、その損害の程度が、当該事業によってもたらされるべき公共の利益を上回る程のものであって、その権利を保全することがその事業を差止めることによってのみ実現されることを高度の蓋然性をもって立証することを要するものと解すべきである。

しかも、当該事業によってもたらされる公共の利益を犠牲にしても、なおかつその事業を差止めることによって請求者の権利を保全することが、社会、公共の見地からも容認されるものであることをも必要とすると解するのが相当である。

2  差止請求の根拠

原告らの主張するところによれば、原告らは、財産権、人格権又は環境権に基づいて、本件堰の建設差止めを求めるものである。

(一) 物権及び人格権等

まず、財産権(物権)はもとより、人格権(生命、身体、自由、名誉等の重大な人格的利益に関する権利)も、排他性を有する権利であるから、これらの権利を侵害された者は、当該権利に基づいて、侵害者に対し、右のような一定の要件の下に、現在及び将来の侵害行為の排除、差止めを求めることができることは明らかである。

なお、原告らは、これらに加え、治水上安全な生活を営む権利であって人格権と財産権を包摂する権利、あるいは村落共同体において生活を営む権利であって人格権と財産権を包摂する権利といったものをも差止請求権の根拠として主張している。しかしながら、これらは、実体法上明文の根拠を欠く上、これらを人格権や財産権を離れた別個の権利として認めるべき実質的理由も見出し難いから、差止請求の根拠としての私法上の権利として認めることはできない。

(二) 環境権

(1)  原告らの環境権に関する主張の要旨は、請求原因第五の六1のとおり、現在、長良川が一級河川としては日本で数少ない自然の残った河川であって、その水質が比較的良好であること、広範な汽水域の存在等によって多種多様な生物の生息が可能になっていること等により、流域住民が長良川から多くの恩恵を受けているとの前提の下に、このような良好な自然環境を享受し得る利益を、環境権として、その侵害に対して差止めという形での法的保護を認めるべきであるというのである。

(2)  このような、原告ら主張の環境権について、実体法上明文の規定がないことは、被告の指摘するとおりである。差止めは、相手方に作為又は不作為を命じてその権利の行使を直接制約するという強力な手段であることにかんがみれば、憲法一三条及び二五条並びに環境基本法(平成五年法律第九一号)三条及び八条をもって、環境権を私法上の権利として認める根拠とすることはできない。すなわち、憲法一三条及び二五条の規定は、いずれも国の国民一般に対する責務を宣言した綱領的規定であって、個々の国民に対して直接に具体的権利を賦与したものと解することはできない。また、環境基本法は、環境の保全の基本理念を宣言した上(三条)、この理念に則り、国及び地方公共団体の行う環境の保全のための施策について総合的な指針及び枠組みを示すことを目的とする基本法であって、同法八条の規定も、事業者に対し、右理念に則って、一般的、抽象的な責務(社会的責任)を負わせたものにすぎず、これにより個々の国民に対して直接に事業者に対する具体的権利を賦与したものではないと解するのが相当だからである。

(3)  なお、環境の破壊とみられるような行為については、これにより、住民の生命、身体の安全に関する利益が侵害され、又は侵害されるおそれのある場合には、前示のような一定の要件の下に人格権に基づく右行為の差止めを求めることができると解すべきであるから、当該住民は、私法上は、この限度において環境の保全の目的を達し得るものということができる。

二  争点及び主張立証

1  主要な争点

以上一の見地に立って、財産権又は人格権に基づく原告らの本件差止請求の当否を検討するとして、その主要な争点は、次のとおりである。すなわち、

(一) 本件事業の目的(本件堰建設にかかる本件事業がもたらす公共の利益はどのようなものか。)

(二) 本件堰の安全性(本件堰の安全性に欠ける点があり、これにより原告らの権利が侵害されるおそれがあるか否か、あるとすればその程度はどうか。)

(三) 本件堰の環境への影響(本件堰の建設により、原告らの享受する環境を破壊するか否か、本件堰建設による環境への影響の程度はどうか。)

2  主張立証責任

そして、人格権等に基づく本件堰の建設差止訴訟においても、前掲差止めの要件について、その主張立証責任は、人格権等に基づく差止訴訟一般の原則により原告らが負うものと解する。

3  科学裁判における立証の必要

他方、河川工学等諸科学の粋を集めた本件堰の安全性を問い、その建設の差止めを求める本件訴訟は、未来予測にかかわる科学裁判の性質を有するものであり、右安全性について、現在の科学的、専門技術的知見に基づく合理的な判断がなされなければならない。しかも、本件堰の安全性に関する立証資料は、被告側がこれを保持していることを考慮すると、公平の見地から、本件堰の安全性については、被告において、まず、その安全性に欠ける点がないこと(原告ら主張の危険ないし被害発生のおそれが存在しないこと、これらが存在する場合には、これらを防止するための対策が実施されていること)を相当の根拠及び資料に基づき立証する必要があるものと解すべきである。

そして、被告において、本件堰の安全性について必要とされる立証を尽くさない場合には、本件堰には安全性に欠ける点があることが事実上推定されるものというべきである。

また、被告において、本件堰の安全性について必要とされる立証を尽くした場合には、安全性に欠ける点があることについての事実上の推定が破れ、原告らにおいて、安全性に欠ける点があることについて更に立証しなければならないものと解する。

第四  本件事業の概要等

一  長良川の概要

甲第六一号証、第九三号証の二、乙第一九、第三〇、第六三、第一二八及び第一四一号証、証人今岡亮二(以下証人及び原告本人を表示するにつき、二回目以降は名を省略する。)の証言並びに弁論の全趣旨によれば、長良川は、木曽川水系に属する河川で、木曽川及び揖斐川と合わせて通称木曽三川といわれていること、この木曽三川の流域は、東西約一三〇Km、南北約七〇Kmの東西に広がった矩形をし、その流域面積は四国の半分以上にあたる約九一〇〇km2に及んでおり、それぞれの河口は流域の西側に集中して伊勢湾に注いでいる、そのうち長良川は、岐阜県郡上郡高鷲村地先大日岳(標高一七〇九m)の蛭ケ野にその源を発し、途中同郡八幡町において吉田川及び亀尾島川を、同県美濃市において板取川を、同県関市及び岐阜市の市境付近において武儀川及び津保川をそれぞれ合流し、岐阜市を経て濃尾平野を南下し、海津町成戸からは木曽川と平行に流下し、同町油島からは揖斐川と平行に流下し、桑名市において揖斐川と合流して伊勢湾に注ぐ、流域面積一九八五km2、幹線流路延長約一五八ないし一六六Kmの河川であることがそれぞれ認められる。

二  長良川の改修計画

木曽三川が洪水のたびに土砂を堆積し、沖積平野(濃尾平野)を形成したこと、その間に河川に囲まれた島状の堆積地が生じたこと、この堆積地は、洪水により形成されたものであるため、常に洪水の危険にさらされていたこと、輪中住民は、内水排水が困難なことによる湿田化や大規模な洪水時の破堤による浸水被害に悩まされてきたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、甲第七一号証、第九一及び第九二号証の各一及び二、第九三号証の一ないし四、第一四九号証、乙第一六一、第一六四及び第一八三号証、証人今岡の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、更に次の事実が認められる。

1 長良川の治水の歴史

木曽三川下流域は、我が国最大のゼロメートル地帯を擁する濃尾平野であり、その沿川住民は古くから洪水との闘いを余儀なくされてきた。

木曽三川では、流域の地勢や形状の特性、降雨の傾向等から、まず揖斐川が洪水を迎え、それに遅れて長良川が、最後に木曽川が洪水になる傾向にある。このように洪水の出水時差が大きいことに加え、地形が東高西低となっていることや後記の宝暦治水以前には木曽三川が網目状になっていたことから、大雨が降ると揖斐川が増水し、続いて長良川が増水して揖斐川の水位を上昇させ、その後更に木曽川が増水して長良川及び揖斐川の水位を上昇させた結果、洪水の継続時間が極めて長時間に及び、また、水流が入り乱れ、洪水の度に流路が変化するという状況であった。

(一)  住民は、古来から自らの土地は自分で守ることを旨として、生活の知恵から編み出した「輪中」という独特の治水工法を発達させた。

木曽三川の治水は、奈良時代に輪中堤の築造という形で行われたのが最初であり、その後次々と輪中が形成されていき、江戸時代初めに犬山から弥富までの木曽川左岸に御囲堤が築造されたことにより、輪中形成は大きく促進された。しかし、輪中堤では洪水を十分に防げず、輪中地帯は水害に悩まされ続けていた。

(二)  そのため、宝暦四年(一七五四年)から翌年にかけて、木曽三川の分流を目標として油島締切工事、大榑川洗堰工事、逆川洗堰工事等の木曽三川治水工事が行われた(宝暦治水)が、水害は依然として減少しなかった。

(三)  明治に入り、この地域の洪水被害の軽減を図るため、宝暦治水では達成できなかった木曽三川の完全な分流工事をはじめとする本格的な治水工事(明治改修)がオランダ人技師ヨハネス・デ・レーケの提言により行われ、明治二〇年に着手され明治四五年に竣工した。明治改修における治水計画は、計画区間の計画高水流量(計画の対象となる洪水流量)を毎秒一五万立方尺(約四一七〇m3/秒)としたものであり、その主な工事として、河道の拡幅、浚渫、築堤のほか、木曽・長良背割堤の築造をはじめとする三川分流工事、船頭平閘門の築造、木曽川及び揖斐川の河口の導流堤築造が行われた。

(四)  明治改修後も、木曽三川上流部は依然として洪水被害に悩まされていたことから、引き続き大正一〇年から木曽川上流改修(大正改修)が開始され、その主な工事として、河道の拡幅、築堤、掘削をはじめ、派川の古川、古古川の締切り、古川合流点の締切り等が行われた。

(五)  明治改修の結果、木曽三川下流部の洪水被害は相当程度軽減されたものの、その後もしばしば大洪水による被害が発生した。このため昭和一一年から木曽三川下流改修増補工事が開始された。この工事において長良川の計画高水流量が毎秒一五万立方尺(約四一七〇m3/秒)から四五〇〇m3/秒に増加された上、堤防補強、河道掘削等が行われた。

2 昭和三八年度以降直轄河川改修総体計画及び木曽川水系工事実施基本計画

(一)  その後、昭和三四年九月、昭和三五年八月、昭和三六年六月と大洪水が三年連続して発生し(昭和三大洪水)、いずれも破堤などにより大災害が発生した。その規模は、当時の計画高水流量四五〇〇m3/秒を大幅に上回るものであり、岐阜市忠節において、昭和三四年九月洪水・実績値五五六〇m3/秒、氾濫補正値(上流で氾濫を生じなかったと仮定した場合に下流に流れたと推定される流量)約七四〇〇m3/秒、昭和三五年八月洪水・実績値六七一三m3/秒、氾濫補正値約八〇〇〇m3/秒、昭和三六年六月洪水・実績値六二六八m3/秒、氾濫補正値約六七〇〇m3/秒であった。

建設省においては、昭和三大洪水が激甚な被害をもたらし、また、忠誠地点の流量が実績値、氾濫補正値とも従前の計画高水流量四五〇〇m3/秒を大幅に上回ったため、昭和三八年度に新たな改修計画(昭和三八年度以降直轄河川改修総体計画)を策定した。同計画は、基準地点の忠節における基本高水のピーク流量を既往最大洪水流量である昭和三五年八月洪水の氾濫補正値に相当する八〇〇〇m3/秒とし、そのうち五〇〇m3/秒を上流ダムで調節し、河道の計画高水流量を七五〇〇m3/秒とするものであった。なお、右基本高水のピーク流量は九〇年に一回程度の頻度で発生する可能性のある洪水の規模に相当する。

しかしながら、計画高水流量七五〇〇m3/秒を当時の河積で安全に流下させることができないことが明らかであったことから、河積を増大させる必要性が生じた。一般に、河積を増大させる方法としては、引堤、堤防の嵩上げ、河道の浚渫が考えられるが、長良川においては、背後に全国最大のゼロメートル地帯を擁していること等から、計画高水位を高く設定するのは極めて危険であること、沿川に数多くの民家があり、川幅を大幅に拡げることが困難であること等から、大規模な河道浚渫を行い、洪水をできるだけ低い水位で流下させるという改修方針をとることとした。

(二)  次いで、建設大臣は、河川法一六条に基づき木曽川水系工事実施基本計画(昭和四〇年四月二八日建設大臣決定)を定め、同水系全域にわたり治水事業を総合的に実施することとしたのであるが、右(一)の昭和三八年度以降直轄河川改修総体計画は同基本計画に引き継がれ、同基本計画では計画高水流量を七五〇〇m3/秒と定め、右流量を安全に流下させるため下流部(岐阜県安八郡輪之内町大薮から揖斐川合流点まで)の全区域にわたり浚渫等を実施して河積の拡大を図ることとした(この点に関し、原告らは長良川下流域の河床浚渫をすべて被告が行うかのような主張をしているが、後記のように、被告が浚渫を実施することを予定しているのは、本件堰建設に伴う堰付近における浚渫と本件堰付近から二五粁地点付近までの間において同区間に設置されるブランケット工等に使用される土砂を確保するための浚渫のみであり、その他河口から約三〇粁地点付近まで行われる河積増加のための浚渫は、建設大臣が木曽川水系工事実施基本計画に基づいて実施するものであるから、右主張は当を得たものではない。)。

この間昭和五一年九月にも、長良川本川堤防決壊という激甚な被害が発生しており、抜本的な治水対策が最重要かつ緊急の課題となっている。

三  本件堰建設計画の成立に至る経緯

右二2の事実に、乙第一八、第一九、第五二、第六二及び第六三号証、証人小寺隆夫の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  昭和三四年三月、建設省中部地方建設局企画室において、長良川の河口に逆潮堰を設ける構想が提唱された。それは、当時その発展が期待されていた伊勢湾臨海工業地帯の将来のために、深刻化する工業用水問題に対する根本的な解決を与え、それとともに長島町の塩害の防止を図ることを目的とするものであった。そして、同年九月の伊勢湾台風の来襲によって発生した濃尾平野臨海部の大災害が、地下水の揚水によって招来された地盤沈下により臨海部の土地が海面より低くなっていたことに起因するものであったことから、地下水の代替水源として地盤沈下の防止を図る目的をも加え、昭和三五年一月、「長良川河口ダムの構想」として公表された。右構想は、長良川2.6粁地点に逆潮堰を設けるものであり、計画取水量として三重県四日市市側12.5m3/秒、名古屋市側12.5m3/秒を計画していた。

2  しかしながら、前示のとおり昭和三四年九月及び昭和三五年八月の洪水が従前の計画高水流量四五〇〇m3/秒を大幅に上回ることが明らかになってきたことから、計画高水流量を再検討する必要が生じ、昭和三六年八月、建設省は、長良川下流部において大規模な河床浚渫を行って河積を拡大し、洪水が安全に流れるようにする一方、浚渫により潮汐の影響が内陸奥深くまで達することにより塩害を生じさせるため、浚渫計画は逆潮堰なしには実行不可能であるとして、長良川2.6粁地点に可動堰を設け、浚渫に基づく海水の遡上を防ぎ、併せて増大する水需要に対処し、地盤沈下を防止するという治水・利水を総合した長良川河口堰建設事業計画を取りまとめた。

3  その後、昭和三八年に、長良川の基本高水のピーク流量が八〇〇〇m3/秒、計画高水流量が七五〇〇m3/秒とされ、また、本件堰の建設地点、構造等につき検討が加えられた結果、本件事業が実施されることとなった。

四  本件事業を被告が行う根拠

乙第一ないし第八号証(第六及び第七号証については枝番を含む。)、第一九五号証、第一九六号証の一及び二、第二一三号証によれば、次の事実が認められる。

1  内閣総理大臣は、水資源開発促進法三条一項、二項の規定に基づき、関係行政機関の長に協議し、かつ、関係県知事及び水資源開発審議会の意見を聴いた上、閣議決定を経て、昭和四〇年六月二五日、木曽川水系を水資源開発水系として指定し、同月二九日、これを公示した(同年総理府告示第二四号)。そして、内閣総理大臣は、昭和四三年一〇月一五日、右水系指定に伴う水資源開発基本計画を決定し、同月一八日これを公示した(同年総理府告示第三五号)。

水資源開発基本計画は、その後、昭和四八年三月二三日、昭和五七年三月二六日及び平成五年三月二六日にそれぞれ変更されたが、その変遷は、以下のとおりである。

(一) 当初の水資源開発基本計画

(1) 当初の水資源開発基本計画は、昭和五〇年度における木曽川水系の水の用途別の新規需要の見通し及び供給の目標を次のとおり定めている。

ア 水需要の見通し

上水道用水については、この水系の流域内の諸地域並びに流域外の岐阜県、愛知県及び三重県の一部の地域における上水道整備に伴う必要水量の見込みは、約二五m3/秒である。

工業用水については、右地域における工業開発に伴う必要水量の見込みは、約四二m3/秒である。

農業用水については、木曽川右岸地区、三重用水地区等の開発及び下流部地域等における広域的な農業基盤の整備その他農業近代化施策に伴い、この水系に関連する地域に発生する必要水量の見込みは、約六m3/秒である。

イ 供給の目標

これらの新規水需要に対処するため上流のダム群、中・下流部の堰、多目的用水路、専用用水路等の水資源の開発又は利用の合理化を図る施設を建設するとともに、これらの施設との関連における既存施設の有効利用等、水資源の合理的な利用を図る措置を講じて約七三m3/秒を供給する見込みである。

(2) そして、右基本計画は、右目標を達成するため取りあえず必要な施設(施設能力約六五m3/秒)として本件事業外二事業を行うこととしているが、右のうち、本件事業の基本的事項は、次のとおりである。

名称    長良川河口堰

事業目的  この事業は長良川における治水のため上流部に建設するダムと合わせて、下流部における浚渫に対処して塩害を防除するとともに、流水の正常な機能を維持しつつ、濃尾及び北伊勢地域の上水道用水及び工業用水を確保するものとする。

事業主体    被告

河川名     長良川本川

堰の天端標高  TP約二m

予定工期    昭和四三年度から。ただし、水産業及び長良川沿岸の水位変化による内水等に及ぼす影響調査に基づいて、具体的な措置を決定の上、工事に着手するものとする。

(二) 昭和四八年三月二三日の水資源開発基本計画の全部変更

(1) 右変更された基本計画は、昭和六〇年度における木曽川水系の水の用途別の新規需要の見通し及び供給の目標を次のとおり定めている。

ア 水需要の見通し

水道用水については、この水系の流域内の諸地域並びに流域外の岐阜県、愛知県及び三重県の一部の地域における水道整備に伴う必要水量の見込みは、約四〇m3/秒である。

工業用水については、右地域における工業生産の増大及び地盤沈下防止のための地下水転換に伴う必要水量の見込みは、約六〇m3/秒である。

農業用水については、木曽川右岸地区、三重用水地区等の開発及び農業基盤の整備その他農業近代化施策に伴い、この水系に関連する地域に発生する必要水量の見込みは、約二二m3/秒である。

イ 供給の目標

これらの新規水需要に対処するため上流のダム群、中・下流部の堰、多目的用水路、専用用水路等の水資源の開発又は利用のための施設を建設するとともに、これらの施設との関連における既存施設の有効利用等、水資源の合理的な利用を図る措置を講じて約一二一m3/秒を供給する見込みである。

(2) そして、右全部変更された基本計画は、右目標を達成するため必要な施設のうち、取りあえず新規利水量約八六m3/秒の確保を目途として、本件事業外五事業を行うこととしているが、右のうち、本件事業に関する基本的事項は、次のとおりである。

名称、事業主体及び堰の天端標高は、変更前と同じ。

事業目的  この事業は長良川における治水のため上流部に建設するダムと合わせて、下流部における浚渫に対処して塩害を防除するとともに、流水の正常な機能を維持しつつ、濃尾及び北伊勢地域の水道用水及び工業用水を確保するものとする。なお、この事業の実施に当たっては、水産業及び長良川沿岸の水位変化による内水等に及ぼす影響について十分配慮するものとする。

河川名   長良川

予定工期  昭和四三年度から昭和五一年度まで

(三) 昭和五七年三月二六日の水資源開発基本計画の一部変更

変更された部分の内容は、次のとおりである。

(1) 取りあえず確保を目途とする新規利水量を約八三m3/秒と改め、そのための事業を本件事業外六事業に改める。

(2) 本件事業の予定工期を「昭和四三年度から」に改める。

(四) 平成五年三月二六日の水資源開発基本計画の全部変更

(1) 右変更された基本計画は、昭和六一年度から平成一二年度までを目途とする水の用途別の新規需要の見通し及びより長期的な見通し並びにこれを踏まえた供給の目標を次のとおり定めている。

ア 水需要の見通し

昭和六一年度から平成一二年度までを目途とする水の用途別の需要の見通しは、計画的な生活・産業基盤の整備、地盤沈下対策としての地下水の転換、不安定な取水の安定化、合理的な水利用、この水系に係る供給可能量等を考慮し、概ね次のとおりとする。

水道用水については、この水系の流域内の諸地域並びに流域外の岐阜県、愛知県及び三重県の一部の地域における水道整備に伴う必要水量の見込みは、約一四m3/秒である。

工業用水については、右地域における工業用水道整備に伴う必要水量の見込みは、約六m3/秒である。

農業用水については、右地域における農業基盤の整備その他農業近代化施策の実施に伴う必要水量の見込みは、約一四m3/秒である。

また、平成一三年度以降においても、更に必要水量が発生する見込みである。

イ 供給の目標

これらの需要に対処するための供給の目標は、平成一二年度において約三四m3/秒とし、併せて平成一三年度以降の需要の発生に対処するため計画的な水資源開発を推進するものとする。

このため(後記の本件事業外六事業の)ダム、堰、多目的用水路、専用用水路その他の水資源の開発又は利用のための施設の建設を促進するとともに、新たな上流ダム群等の開発及び利用の合理化のための調査を推進し、その具体化を図るものとする。

(2) そして、右全部変更された基本計画は、右目標を達成するため必要な施設のうち、取りあえず、平成一二年度における新規利水量約三四m3/秒の確保及び平成一三年度以降に発生する需要への計画的な対処を目途として、本件事業外六事業(三重用水事業、阿木川ダム建設事業、徳山ダム建設事業、味噌川ダム建設事業、愛知用水二期事業、長良導水事業)を行うこととしているが、右のうち、本件事業の基本的事項については、名称、事業目的、事業主体及び河川名は、変更前と同じであるが、「堰の天端標高 TP約二m」が「堰上流水位 TP約0.80~1.30m」に、予定工期が「昭和四三年度」から「昭和四三年度から平成六年度まで」にそれぞれ変更された。

2  内閣総理大臣は、前示のとおり昭和四三年一〇月一五日に水資源開発基本計画を定めたが、同日一八日、それとともに本件事業の主務大臣を建設大臣とする旨を公示した(同年総理府告示第三七号)。

建設大臣は、公団法一九条一項の規定により本件事業に関する事業実施方針を定め、昭和四六年一二月二七日被告に指示した。その概要は、施設の概要、施設の設置の目的である事項に関する基本方針、建設に要する費用、予定工期その他事業の実施に関し基本となるべき事項である。建設大臣から右指示を受けた被告は、公団法二〇条一項の規定により本件事業に関する事業実施計画を作成し、昭和四八年七月三一日、建設大臣からその認可(建設省資河開発第四二号の二)を受けた。

その後、建設大臣は、昭和六三年一二月二八日、右実施方針の一部を変更し、同日被告に指示し、被告は、右変更の趣旨に副うように事業実施計画の一部を変更し、平成元年二月一三日、建設大臣からその認可(建設省資河開発第四号)を受けた。

五  本件事業の概要

1  本件事業の事業実施計画(現行のもの)の内容は、堰の主ゲートの敷高、閘門の長さ、溢流堤の長さ、工期及び事業に要する費用の概算額を除き当事者間に争いがなく、右堰の主ゲートの敷高等については、乙第一九六号証の一及び二並びに弁論の全趣旨により認められる。その内容は、以下のとおりである。

Ⅰ 名称

この事業は、長良川河口堰建設事業と称する。

Ⅱ 目的

① 治水

本件堰の設置によって、河道浚渫を可能ならしめ、もって計画高水流量七五〇〇m3/秒を安全に流下せしめるとともに、河川の正常な機能を維持し、公利の増進と公害の除去を図るものとする。

② 都市用水

本件堰の設置によって、濃尾及び北伊勢地域の都市用水として22.5m3/秒の供給を可能ならしめるものとする。

Ⅲ 貯水、放流、取水又は導水に関する計画

本件堰は、洪水時においてはゲートを速やかに開扉して洪水の疎通を図り、平常時においては堰上流側水位TP1.30mを上限としてゲートの操作を行い、河川の正常な機能を維持するとともに、22.5m3/秒の都市用水の供給を可能ならしめるものとする。

なお、ゲートの操作は、堰上下流の水利及び水産業に及ぼす影響を極力小ならしめるよう行うものである。

Ⅳ 施行区域

左岸  長島町

右岸  桑名市

Ⅴ 工事計画

この事業の工事計画の大要は、次のとおりとする。

① 堰

①−1 堰の型式及び規模

型式  可動堰

総延長 六六一m

可動部分  五五五m

固定部分  一〇六m

堰天端高  TP2.20m

①−2 堰の構造

A 可動部

主ゲート

型式  鋼製ローラーゲート

有効幅   三〇~四五m

敷高  TPマイナス2.50~TPマイナス6.00m

門数  一一門(うち一門はロック式魚道)

魚道

ロック式魚道 二か所(うち一か所は閘門兼用)

閘門  一か所(魚道兼用)

有効幅  一五m

長さ  八〇m

敷高  TPマイナス3.50m

床固め  一式

B 固定部

固定堰  一式

魚道

呼水式魚道  二か所

床固め  一式

①−3 その他

A 溢流堤  約五六〇m

B 対策工  一式

② 管理設備

A 管理所

本件堰管理のための管理所及びこれに付帯する施設を設ける。

B 観測設備

水位及び水質観測設備等を設ける。

C 通信連絡設備

管理所と被告及び建設省等との間に所要の通信連絡網を設ける。

Ⅵ 工期

着手 昭和四三年度

完了 平成六年度の予定

Ⅶ 費用及びその負担方法

① 事業に要する費用の概算額

約一五〇〇億円

② 費用の負担

A 治水に係る費用の額は、建設に要する費用の額に一〇〇〇分の三七四を乗じて得た額とし、公団法二六条一項の規定により、被告は国から交付を受けるものとする。

B 都市用水に係る費用の額は、建設に要する費用の額に一〇〇〇分の六二六を乗じて得た額とし、被告において支弁するものとする。

ただし、被告は、公団法二九条の規定により、流水を都市用水の用に供する者にこれをそれぞれ負担させるものとする。

なお、本件堰の建設が完了するまでに物価の著しい変動その他重大な事情の変更がある場合には、前各号に掲げる用途別負担額等を変更することがある。

2  なお、被告が本件堰建設に伴い堤外地にブランケット工を施工し、堤内地に平面排水対策工を施工することは後記のとおり当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右はⅤ「工事計画」の①−3に定める「対策工」として実施されるものであることが認められる(その内容及び効果は、後記のとおりである。)。

第五  長良川の浚渫計画及び浚渫の効果

一  浚渫計画の変遷

乙第一三九、第一六九及び第一八三号証、証人今岡の証言並びに弁論の全趣旨によれば、長良川の浚渫計画は、次のように変遷したことが認められる。

1  長良川下流部における大規模な浚渫計画が定められたのは、昭和三八年度であり、その当時の計画浚渫量は約一三〇〇万m3と見積もられたが、これにはマイナス0.6粁地点から2.8粁地点までのもの(揖斐川の浚渫として計上)及びブランケット造成のためのものは含まれておらず、河積増大分(2.8粁地点から30.2粁地点まで)のみであった。

2  右浚渫年量は、昭和四七年に昭和四五年の河床をもとに変更された。すなわち、揖斐川に計上されていたマイナス0.6粁地点から2.8粁地点までの浚渫計画量を長良川に計上したこと(約六〇〇万m3増)、河口堰の設置による平水位上昇に対応するためのブランケット(高水敷)を計画したこと(約七〇〇万m3増)及び河道計画を見直したこと(約六〇〇万m3増)により、必要な浚渫計画量は約三二〇〇万m3と見積もられた。

3  その後、ブランケット幅を変更したこと(約三〇〇万m3減)、河道計画を見直したこと(約二〇〇万m3減)及び地盤沈下などの自然現象があったこと(約三〇〇万m3減)により、必要とされる浚渫計画量が減少し、平成元年時点では約二四〇〇万m3となった。このうち、昭和六三年度までに実施された浚渫量は約九〇〇万m3であり、平成元年度以降必要とされる浚渫の残量は約一五〇〇万m3である。

なお、右約一五〇〇万m3については、本件堰の完成までに約九五〇万m3の浚渫を行い、残りの約五五〇万m3(マウンド部等)は、堰が完成して潮止めが可能になってから速やかに実施することが予定されている。

二  現況河道(昭和六二年河道)の流下能力

1  乙第一八二、第一八三、第一九一及び第二四八号証、証人今岡の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 河道の流下能力とは、河道の全域にわたって流水を計画高水位以下の水位で安全に流下させ得る最大流量である。

(二) 計画高水位は、その水位以下の流水の通常の作用に対して計画高水流量を安全に流下させるものとして定められている水位であり、一般に既往の最高水位を目安として定められている。すなわち、計画高水位を既往の最高水位よりも高く設定すると、堤防や地盤に未知の外力を加えることになり、破堤等に対する潜在的な危険性を増大させることになるため、計画高水位は、これが沿川の地盤高を上回る高さを極力小さくし、できれば既往洪水の最高水位以下になるように設定することが望ましい。

長良川の場合においても、地盤沈下が著しく、水位を高めることが危険性を増大させることから、計画高水位は既往の最高水位を超えないように設定されている。この計画高水位は、昭和三大洪水の際の最高水位を超えない水位に相当している。

2  そして、乙第一八三及び第一九一号証、証人今岡の証言並びに弁論の全趣旨によれば、昭和六二年河道をもとに、河口の出発水位をTP2.5mとして、昭和五一年九月洪水第四波時の粗度係数(別表15の末段のとおり)を用いて、計画高水位以下の水位で流し得る最大流量を、堤防の強度等の条件を考慮せず、後記3(一)(1)の不等流計算に基づき、単純に水理学的に求めると約六四〇〇m3/秒になることが認められる。

3  この点に関し、原告らは、「第四波時の粗度係数は一八粁地点より上流の値がこれまでの洪水例や計画粗度係数と比べてかなり大きく、昭和五一年九月洪水第一波時の粗度係数では計画高水流量の洪水が流下しても洪水位が計画高水位を上回ることはないし、昭和四七年改定の計画粗度係数では計画高水流量が流下しても洪水位は計画高水位を最大で0.25m上回るだけである。」旨批判しているので、第四波時の粗度係数を用いることの適否について検討する。

(一) 乙第一八三、第一八四及び第一九一号証並びに証人今岡の証言によれば、次の事実が認められる。

(1) 河道内の洪水時の水位を計算するための水理計算手法には種々あるが、長良川のような大河川では、いわゆる不等流計算を用いることが標準的な方法となっており(その基礎方程式は、別紙「計算式7」のとおりである。)、この不等流計算においては、粗度係数をどのように設定するかが重要となる。

(2) 粗度係数とは、流水が河道を流下する際の抵抗の大きさを示す係数であるが、それは、基準となる幾つかの地点で洪水流量を実測し、洪水期間中の最大流量を求め、また、洪水直後に河岸に残っている洪水流の痕跡の高さを調べ、最大流量時の縦断水面形を求めた上、これらから求めていかなければならないものである。

この粗度係数は、洪水現象に含まれる様々な不明確な要素によって、別表15のとおり、洪水毎にあるいは同一洪水中においても値が変化する。この不明確な要素としては、実際の洪水の流れが三次元的現象であること、土砂の混入による密度変化の影響を受けていること、河床変動により洪水発生中も絶えず河積が変化していること等がある。

(3) このように、粗度係数は固定した一つの値として求まるものではなく、ある幅を有するものとなる。したがって、現在の河道の流下能力を求める場合に用いる粗度係数としては、現在の河道の状態を可能な限り反映できるものとして、計算高水位近くまで実際に水位が上昇したような最近の大規模な洪水時の記録から推定された粗度係数を基本とし、安全側に考えた数値を設定する必要がある。

(二) ところで、乙第一八三、第二五六及び第二五七号証によれば、第四波時の粗度係数は昭和三大洪水時の粗度係数と比べて特に大きいものではなく、しかも、長良川下流部と同じような河道の状況における粗度係数の範囲内にあることが認められる。また、乙第一八三及び第一九一号証、証人今岡の証言並びに弁論の全趣旨によれば、長良川下流部における最近の大きな洪水としては、昭和五一年九月の洪水があるが、この洪水は、墨俣地点で警戒水位を上回る時間が九一時間と非常に長く、洪水のピークが四回(本川破堤時以前)も現れたが、そのうち第四波時が最も水位が高く、近年経験した最も水位の高い洪水流であり、しかも、第四波は痕跡水位が密に測定されていることから粗度係数を的確に判断し得ること(第一波の痕跡は第四波によって消されて測定できず、第一波の水位は推定である。)がそれぞれ認められる。したがって、現況河道の流下能力を予測する場合に用いる粗度係数として第四波時のものを用いるのは相当である。

(三) なお、乙第一八三及び第一九一号証によれば、河道計画を立案する際に用いる粗度係数(計画粗度係数)は河道改修後の河川状況を想定したものであり、現在の河道状況に対応するものではないことが認められる。したがって、現況河道の流下能力を評価するのに計画粗度係数を用いることは不適切である。

4  このように、現況河道(昭和六二年河道)の流下能力は約六四〇〇m3/秒であり、現況河道で計画高水流量の七五〇〇m3/秒を安全に流下させることはできない。

ちなみに、乙第一八三号証によれば、約六四〇〇m3/秒が流下した場合の水位縦断図は別図4のとおりであり、二五キロ地点付近から三〇粁地点付近で計算水位と計画高水位がほぼ等しくなることが認められる。また、乙第二四六号証の三によれば、現況河道で七五〇〇m3/秒が流下した場合の水位縦断図は別図5のとおりであり、洪水の水位が計画高水位を最大六七cm上回ることが認められる。

三  浚渫の効果

1  乙第一八三号証及び証人今岡の証言によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件浚渫による河床整正によって全体として粗度の低下が予想されること、約一八粁地点より上流側は既存のブランケットを整正することにより粗度の低下が予想される一方、下流側は新たにブランケットを造成することにより粗度の増加が予想されること等を総合的に勘案すると、約一八粁地点より下流の粗度は昭和三大洪水から推定された粗度係数とほぼ同程度あるいは若干増加し、上流の粗度は若干低下し、結局別表1のようになると予想される。

(二) 浚渫後の計画河床において計画高水流量である七五〇〇m3/秒が流下した場合の計算水位を求めると、別表1の各ケースにより別図6のとおりになる。これを昭和四五年河床で七五〇〇m3/秒が流下した場合の計算水位と比較すると、水位縦断比較の結果は別図7のとおりになり、水位低下効果は別表2のとおりになる。

このように、本件浚渫が実施されると、本件浚渫区間では計画高水流量七五〇〇m3/秒が流下しても、計画高水位を超えることなく流下させることができ、しかも、水位低下効果は本件浚渫区間のみならず本件浚渫区間の上流の四五粁地点付近まで及ぶものである。なお、七五〇〇m3/秒が流下した場合の水位低下は、南濃大橋(約二八粁地点)付近で最大(約1.5m)になり、本件堰付近においても約0.7mになる。

(三) ところで、堤防の法面勾配を考慮すると、堤防を一m嵩上げするには堤防を四m拡幅することが必要であることから、洪水位を一m下げることは現在の堤防のままで堤防拡幅を四m行ったことに匹敵する。したがって、洪水位を下げることにより、広い範囲において洪水に対する堤防の安全性が格段に向上することになる。

また、長良川本川の水位を低下させることは、境川、荒田川、論田川等の本川に流入する諸支川の洪水位の低下をもたらし、本川のみならず支川の治水安全度を向上させるとともに、低地からのポンプ排水による内水排除を効果的に行う上でも非常に有効である。

2  なお、原告村瀬惣一は、海に近いところは浚渫をしても水位は下がらないと供述するが、乙第一六八号証の一及び二によれば、海面下の河床の浚渫であっても水位低下効果があることが認められるから、原告村瀬の右供述は採用できない。

四  その他の原告らの主張及び原告村瀬の供述について

これまで挙げた以外にも、原告らは必要な浚渫量や現在の流下能力等に関し様々な主張や供述を行っているので、それらについて逐一判断する。

1  原告らは、「長良川の河積増加のために必要とされている浚渫量は昭和三八年において一三〇〇万m3であったが、その後、長良川の河積は地盤沈下等によって増大したため、昭和五二年までに右浚渫量の大部分は満たされており、残された浚渫量は二〇〇万m3程度である。」旨主張する。

しかしながら、前示のように河道の流下能力は「河道の全域」にわたって流水を計画高水位以下の水位で安全に流し得る最大流量であるので、その一部において必要な河積が確保されていたとしても、他の区間において必要な河積に達していない断面がある場合には、計画高水流量を安全に流下させるための河積が確保されたことにはならないし、また、河川の流下能力を考える場合粗度係数が重要となるが、前示のように粗度係数は一定なものではなく、河床変動等により変化しているものであるので、単純に全体の区間の容積の増加量をもって現況河道の流下能力を判断することはできない。

また、乙第一八三号証、証人今岡の証言及び弁論の全趣旨によれば、昭和三八年時点において必要とされた約一三〇〇万m3の浚渫量は昭和三七年頃の断面を基準とするものであるが、昭和四七年に昭和四五年断面をもとにブランケットを計画して複断面河道とし、低水路幅を拡げるなどの河道計画の変更がなされ、更に平成元年に昭和六二年断面をもとに再度の見直しがなされていることが認められるから、昭和三七年頃の断面を基準に長良川の流下能力を論ずる原告らの主張は理由がない。

2  原告らは、「昭和四七年の計画浚渫量の変更の際に一八粁地点より下流で計画粗度係数が0.025から0.027に変更されたのは、新たにブランケットを造成することによるものであるが、ブランケット造成は、本件事業の一環として行われるものであるから、粗度係数の増加は、本件事業に起因するもので、本件堰がなければブランケット工は必要なく、粗度の増加も生ぜず、浚渫量の増量も必要ない。」旨主張する。

しかしながら、乙第一八三及び第二六一号証によれば、日本の河川の特徴として最大流量と最小流量の比(いわゆる河状係数)が大きく、このような河川を安定した河道として維持するためには、平野部においては常時流水が流下する部分(低水路)と洪水時のみ流水が流れる部分(ブランケット)とからなる複断面の河道とすることを原則としていることが認められるのであって、本件堰が設置されるか否かにかかわらず、ブランケットを設置する必要があるのであるから、原告らの右主張は理由がない。

3  原告らは、「昭和六二年河道で昭和五一年九月洪水第四波時の粗度係数を用いるとしても、洪水位が計画高水位を上回る区間のみを浚渫すればよく、その場合マウンドを残置したものにすることができ、塩水の遡上を現状以上にさせないことが可能である。」旨主張する。

しかしながら、乙第二四六号証の三によれば、現況河道(昭和六二年河道)で計画高水流量が流下した場合、昭和五一年九月洪水第四波時の粗度係数を用いると、約7.5粁地点より上流では約15.5粁地点から約一八粁地点を除き洪水位が計画高水位を上回ることになるのでマウンドを残すことはできないことが認められるし、乙第一八三及び第一九一号証によれば、仮にマウンドを残すことになると、流れが乱れて堤防の負担になり、また、マウンドの構成材料がルーズな細砂及び中砂から成っているため、流水の浸食作用によりマウンドが変形し、将来にわたってこれを安定維持することは困難であることが認められるのであって、原告らの右主張は理由がない。

4  原告村瀬は、「昭和五一年九月洪水の忠節地点の最高水位は5.55mであるが、これを昭和四二年の忠節地点のHQ曲線を用いて右洪水の流量を求めると七六〇〇m3/秒になり、河床を浚渫しないでも計画高水流量七五〇〇m3/秒を流下させることは可能であるから、河床の浚渫は不要である。」、あるいは、「昭和三四、三五、三六年の忠節地点のHQ曲線を用いると水位5.55mの場合の流量は六五〇〇m3/秒になるが、右HQ曲線と昭和四二年のHQ曲線を比較すると昭和四二年のHQ曲線の方が水位二mのところで七〇〇m3/秒流量が増加しており、流量が多くなれば更に流量の増加量が多くなるので、同年の河道で水位5.55mの流量は七二〇〇m3/秒以上になる。同年から昭和五一年までの間に長良川の河積は更に増大しているので、昭和五一年九月洪水では七二〇〇m3/秒以上流れたことになるが、昭和五一年九月洪水の最高水位は計画高水位までなお0.6~1.2mの余裕があるから、計画高水位以下で計画高水流量である七五〇〇m3/秒以上の流量を低下させることができ、河床の浚渫は不要である。」旨供述する。

ところで、甲第七四号証、乙第一三三及び第一三四号証並びに証人今岡の証言によれば、HQ曲線は観測された水位(H)と流量(Q)との関係を示す曲線をいうが、それは、河川流量を水位のように連続して測定することが困難である(河川流量は、その地点の水の流速と河川の断面積を測定して求めることになる。)ことから、流下断面の大きさや河床勾配等の河道の状態が同じであれば水位と流量の間にある一定の相関関係がみられることを利用して、連続して測定することができる水位から流量を算出するために作成されるものであること、したがって、HQ曲線は河道の状態が変わらない範囲で使用することが可能であるが、河道の状況は時間とともに変化していくので、通常一つのHQ曲線を用いることができるのは長くても一年であることがそれぞれ認められるのであって、昭和四二年のHQ曲線あるいは昭和三四、三五、三六年のHQ曲線から昭和五一年九月の洪水の流量を推定する原告村瀬の供述は当を得たものではない。

証人今岡の証言によれば、乙第一六七号証の一記載の曲線は昭和五一年のHQ曲線であることが認められるが、それによれば同年九月の洪水の忠節地点の流量は約六四〇〇m3/秒であることが認められるのである。

第六  本件事業の目的

原告らは、当初の計画では利水のみが目的とされたが、その後の経済情勢等の変化で水需要が減少したために、治水目的に置き換えて本件事業が進められており、原告らの主張する被害を上回る本件堰建設の利益はないと主張する。

そこで、本件事業のもたらす公共の利益について検討する。

一  治水対策と本件浚渫

乙第一八三及び第一九一号証並びに今岡証人の証言によれば、次の事実が認められる。

1  治水の必要

長良川において抜本的な治水対策が必要であることは、前示第四の二(長良川の改修計画)において認定したとおりである。

2 治水の方法

治水対策としては、次の方法が考えられる。

(一)  まず、治水効果の極めて高い施設としては、洪水調節ダムがある。しかしながら、長良川においては、上流に狭窄部が少なく、かつ、長良川流域は、相当上流部まで沿岸地帯が、よく開発されているため、大規模なダムの適地がない。

(二)  そこで、これに代わる手段として、前示計画高水流量七五〇〇m3/秒の洪水を安全に海へ流下させるように河積を拡大する方法を考えなければならない。それには、①堤防を高くする(堤防の嵩上案)、②堤防を引いて川幅を拡げる(引堤案)、③川底を浚渫して掘り下げる(河道の浚渫案)という三つの方法がある。

この三つの方法の詳しい比較は、別表13のとおりである。

この三つの方法について検討された結果、河道の浚渫案による治水対策が長良川の場合には、最も有効、適切であるとの結論が出されたものである。

すなわち、嵩上案によると、一七個所の橋(東海道新幹線の橋梁を含む。)の架け替えが必要であり(それに伴い岐阜羽島駅の改造も必要となる。)、また、洪水時に、現在より高い水位で大量の水を流すことになり、万一堤防が決壊すれば、一層大きな災害を引き起こす危険がある。しかも、長良川の堤防は、既に現在でも非常に高い上に、堤内地がゼロメートル地帯であることを考えると、嵩上案が採用されなかったのは妥当である。

次に、引堤案によると、川幅を拡げるために三三〇万m2もの膨大な土地が必要である上に、約一二〇〇棟(計画時)の家屋移転や道路の付け替えをしなければならないという難点がある。しかも、沿岸の開発が進み、昭和五九年当時では移転が必要な家屋数は一六〇〇棟に増え、その後も増加を続けていることなどからみても、引堤案をとることが困難であるとして採用されなかったのも当然である。

結局、残された唯一の方法は、河道の浚渫案ということになり、これが、長良川における治水対策としては、最も有効、適切であるとともに、経済的にも合理的であると判断して、建設大臣が河道の浚渫案を採用した。

3 まとめ

しかしながら、後記二において検討するとおり、河床を浚渫すると、塩水が遡上して、新たな塩害を生じることになる。そこで、塩害を防止し、大規模な浚渫を可能にする本件堰が必要になるのである。

二  本件浚渫による塩害の発生と本件堰

原告らは、計画どおりに河床を浚渫しても、塩害は生じないし、また、仮に生じたとしても、その防止については、他に適切な代替案があると主張する。

しかしながら、甲第三〇号証の一、乙第一六一号証、第一七〇号証の一ないし三、第一七一ないし第一七三号証、第一七四号証の一及び二、第一七五ないし第一七九、第一八三及び第一八五号証、第一八六号証の一ないし五、第一九一、第一九三、第一九四及び第二〇〇ないし第二〇八号証、第二一一号証の一ないし三、第二一二号証、第二四六号証の一ないし三、第二四七号証並びに証人今岡の証言によれば、次の事実が認められる。

1  本件浚渫に伴う塩水の遡上

濃尾平野に位置する長良川下流部は、海水面より地盤が低いゼロメートル地帯である。このため、長島輪中、高須輪中等の沿川地域の地下水は、その水面が海水面や近傍の河川水位より低いため、長良川から堤内地側へ向けて河川水により涵養される仕組みとなっている。

長良川は、現在、河口から約一五粁地点付近に、上下流の河床高に比べて河床の高い、いわゆるマウンドと呼ばれる部分があり、塩水の遡上はほぼこの地点で止まっていた。このため、高須輪中は現在、塩分による影響をほとんど受けない状態となっている。

他方、長良川は、洪水を安全に流下させるために必要な川の断面積が不足しており、川底を浚渫することによってこれを拡げ、洪水疎通能力の増大を図ることになった。

この場合、塩水の遡上をほぼ止めているマウンドを取り除くこととなるために、塩水の遡上距離が増大し、これに伴いこの区間で取水している各種用水に塩水が混入し、また、高須輪中の地下水及び土壌が塩分で汚染されるおそれがある。被告は、長良川下流部の浚渫に伴って発生する塩水の河川水、地下水及び土壌への影響について以下のとおり予測を行った。

(一) 塩水遡上の形態

(1) 塩水遡上は、常に同じ形態をとるものではなく、河川の流量、河道の状況と潮位、潮位差などの種々の影響を受けるのであるが、遡上の形態は、弱混合(塩水楔、海水と淡水の混合がなく塩水が楔状に淡水の下をくぐって河道内に浸入する形態であり、小潮時に生ずる。そのときの浸入長は、三形態のうち最大となり、また、塩水楔が一度形成されると、あまり移動しない。)、強混合(塩水と淡水が上下に混合し、塩分濃度は川底も表面もあまり変化がないが、河口部がより濃く、上流に向かって徐々に薄くなる状態で、大潮のときに生じ、浸入長は一番短い。)及び緩混合(弱混合、強混合の中間的な形態であり、大潮と小潮の中間で生ずる。)に分類される。

(2) 長良川における平常時の塩水混合形態は、大潮前後の五日から六日間が強混合、小潮後の三日から四日間が弱混合(塩水楔)で、その他の期間が緩混合となっている。しかし、実際には弱混合時でも、塩水と淡水が明確に分かれているわけではなく、表層にも塩分が混じっており、緩混合に近い弱混合という形態である。

(二) 本件浚渫後の塩水遡上

(1) 本件浚渫後の塩水遡上の予測

被告は、次のとおり、本件浚渫後の塩水遡上距離を予測した。

ア 弱混合の場合

河川流量については渇水流量に相当する三〇m3/秒、潮位については小潮時の年平均満潮位の最高値TP0.64mを用いて、数値解析をした結果、三〇粁地点付近まで遡上するものと予測した。なお、河川流量が豊水流量(一年間を通じて九五日はこれを下らない流量)一三〇m3/秒となったときでも、遡上距離に大きな変化はなく、渇水流量と豊水流量の差は二Km程度である。

イ 強混合の場合

河川流量については渇水流量に相当する三〇m3/秒、潮位についてはTP1.12からマイナス1.08mまでを周期一二時間二五分の単弦振動しているとして検討すると、cl-濃度二〇〇mg/lのものが二〇粁地点付近まで遡上するものと予測し、豊水流量時にも、cl-濃度二〇〇mg/lのものが一四粁地点付近まで遡上すると予測した。

(2) 塩水遡上の予測の妥当性

ア 本件浚渫後の塩水遡上の検討にあたって用いた式は、弱混合の場合につき古川らの、強混合の場合につきサッチャー−ハーレマンのものであり、パラメータについても、長良川における塩水遡上の実態と、あるパラメータの値をとったときの結果を比較し、実態と結果が整合していることを確認している(以上の計算式及び計算条件設定の詳細は別紙「計算式1」のとおりである。)ので、右予測の妥当性は裏付けられているといえる。

イ なお、河口水位はTP0.64mを採用しているが、右の値は、桑名市吉之丸観測所の昭和一〇年から昭和三八年までの小潮時(上下弦)の年平均満潮位最高年の値である。被告が、塩水遡上の検討に当たり、右数値を採用したのは、浚渫をして仮に堰を設置しないとすれば、どこまで遡上するか、また、それによって取水がどのような影響を受けるのかを目的としての検討であり、そのような場合には悪条件下での検討が必要であったからである。

ウ また、境界面の抵抗(摩擦)係数fiとは、密度の異なる流体が運動する場合に、両者の境界面に働く摩擦抵抗を算定するための係数で、レイノルズ数(Re)と内部フルード数(Fr)の関数fi=α(Re・Fr2)-βとして示される(なお、Fe・Fr2をクーリガン数《Ψ》という。)が、このfiについて、被告はfi=0.4Ψ-2/3とした。

これに対して、林鑑定は、fi=0.2Ψ-1/2として数値解析し、被告の塩水遡上距離より約二Km短く予測した。fi=0.2Ψ-1/2は多数の実験値(条件が異なる河川での観測値)の平均値を採用したものといえるが、採用の根拠に合理性がない。

エ しかしながら、塩水遡上の機構については、種々の因子(潮位、潮位差、河川流量、河口の状況、河道内の状態等)によって変化することから、その細部は依然として未解明であり、研究の余地が残されている。

更に、このような防災上の問題は、最悪の場合を想定して、安全側に対処しなければならないところ、本件浚渫後、相当量の濃度の塩水が三〇粁地点にまで到達する可能性があると判断されているのは、妥当な推論といえる。

オ ちなみに、長良川の河川流量がゼロとなった場合には、塩水は、三五ないし三六粁地点まで遡上するものと推測される。

なお、長良川の水底に存在する複数のマウンドは、渇水時に塩水楔の遡上を防止する能力はほとんどない。それは、マウンドの高さが低いために渇水時に塩水楔が容易にマウンドを乗り越えるからである。これについても、河川流量がゼロになった場合、マウンドは、それが海水面より高くない限り、海水の遡上を防げないことを考えれば明らかなことである。

(三) 本件浚渫後の長良川の塩分濃度予測

(1) 被告は、河床浚渫後の塩水遡上による堤防内の地下水及び土壌の塩分化についても検討し、河床浚渫後の平均cl-濃度を予測した。

(2) 河川に浸入する塩水は、河川流量や潮汐の影響を受けてその塩分濃度も変化するが、河川流量と潮汐との変化は、自然現象としてみると各々独立した事象である。そこで、被告は、両者の組合せの結果として生ずる河川水のcl-濃度について、河川流量を六つの流量で、潮汐変化に伴う潮位を大潮・小潮で各々三つの潮位で代表させ、河川流量と潮位を組合せた三六通りについて塩水の遡上状況を求め、更に、その河川流量と潮位の生起確率を考慮して、各地点毎の年間の平均cl-濃度を期待値として求めた。

この結果によれば、何らの対策も行わずに本件浚渫を行った場合には、年間を通じての長良川の河川水の平均cl-濃度の水深方向に平均した値は、一五粁地点付近で約五六〇〇mg/l、二〇粁地点付近で約四一〇〇mg/l、二五粁地点付近で約二〇〇〇mg/l程度となり、また、同様な手法で、平常時の流量における八割水深の位置のcl-濃度を求めると、一五粁地点付近で約一万一〇〇〇mg/l、二〇粁地点付近で約一万mg/l、二五粁地点付近で約六〇〇〇mg/l程度となる。

(3) なお、塩淡境界線上は〇mg/l、その下は一万八〇〇〇mg/lを前提として被告が弱混合時の塩分濃度を予測したのは、河床低下がある場合、下層水深の増加と下層密度の上昇があり、塩水楔の規模の拡大及び安定化が促進されることを考慮してのことであり、妥当である。

林鑑定は、河川流量が六〇m3/秒より小さい場合に生じ得る塩水楔の検討をしたものであるが、これは、河川流量が六〇m3/秒より大きい場合には塩水楔が生じないことを結論付けているものではない。長良川では、河川流量一三〇m3/秒で塩水楔が形成されたことが観測されている。

2  本件浚渫後における地下水への塩水の浸透予測

(一) 塩水化の範囲

高須輪中の地下水面は、二五粁地点付近から下流では、長良川の平常時の水位より低い。このため、海水と地下水(地下帯水層)とが連続しており、地下水は河川水の影響を受けることになる。特に、異常乾燥気象の場合には、地下水の塩分化が急激に進行する危険がある。そして、長良川の河川水が塩水化すれば、二五粁地点付近から下流で、かつ、大江川より東の約一六〇〇haの地域の地下水が塩水化することになる。

(二) 地下水が塩水化した場合の濃度予測

予測に関する手法には、既に地下水が塩水化している長島輪中における河川水と地下水の濃度の相関関係から予測する手法と、地下水の塩水化過程を数値計算によって予測する手法とがあり、この両手法による検討を行い、本件浚渫を行った場合の高須輪中の地下水の塩水化の予測を行った。

(1) 河川水、地下水のcl-濃度相関による予測

長良川下流部の河川水、地下水及び土壌のcl-濃度の最近の観測結果によれば、長良川下流部では、平常時の流量における八割水深の位置の河川水のcl-濃度は別図12のとおりであり、また、長良川下流部における河川水のcl-濃度と地下水のcl-濃度との関係及び地下水のcl-濃度と土壌のcl-濃度との関係は、それぞれ別図13及び14のとおりである(なお、別図13の河川水のcl-濃度は水面から八割水深の位置の濃度である。)。これらの図から、長良川下流部の河川水のcl-濃度と地下水のcl-濃度及び土壌のcl-濃度との間には一定の相関を認めることができ、高須輪中についてその関係を当てはめることにより、浚渫後の河川水のcl-濃度から高須輪中の地下水及び土壌のcl-濃度を予測すると、本件浚渫後における地下水のcl-濃度と土壌のcl-濃度は別表9のとおり、それぞれ、一五粁地点付近で七〇〇〇mg/l、六〇〇mg/kg、二〇粁地点付近で五〇〇〇mg/l、五〇〇mg/kg、二五粁地点付近で一〇〇〇mg/l、一五〇mg/kg程度と予測される。

(2) 数値計算による予測

高須輪中の地下水面は、二五粁地点付近から下流では、長良川の平常時の水位より低いので、塩水化した河川水は、堤内地盤に浸透し続け、輪中中央部の大江川に達するまで進み、その先で、揖斐川から浸透してくる流れに対して塩水楔を形成して平衡に達する。

このような地下水の塩水化は、ダルシーの法則に則った浸透流と塩分の移流分散を合わせた現象として取り扱われる。そして、高須輪中の帯水層の中には旧河道、埋積河畔砂丘などの透水性の高い「みずみち」が数多く存在すると推定され、この「みずみち」を通して塩水は急速に浸透し、「みずみち」から更にその周辺に浸透していくこととなる。

右を基本条件とし、別紙「計算式2」に従って数値計算を行うと、確認された「みずみち」だけを考慮した場合、最終的に塩水化すると予測される約一六〇〇haの地域の約半分が、およそ一〇年以内に塩水の影響を受けることとなる。

また、未確認の旧河道跡やより細部構造の「みずみち」が存在することを考慮するために、観測結果から推定できる透水係数の幅の中から粗粒のものの透水係数を用いて予測を行うと、最終的に塩水化すると予測される約一六〇〇haの地域の内、約六割の地域のどこかで、おおよそ一〇年以内に塩水の影響を受けるおそれがあることとなった。

(三) 地下水が塩水化した場合の濃度予測の妥当性

以上の定量的手法及び数値解析的手法は、現在の河川工学的知見に照らして、信頼性が高いものである。したがって、河川水、地下水及び土壌の塩分化が発生する予測は過大ではなく、妥当である。

3  予想される塩害の発生

予想される塩害は、原告らが主張するような農業被害、殊に水稲塩害のみではなく、何らの対策を行わずに本件浚渫を行った場合には、右のほか、被告主張(第二の二3)のとおりの取水障害、地下水の利用困難、農業被害及び土地利用の制約が生じる。

4  堰の代替案

長良川の河口部に潮止めのための堰を建設し、塩水遡上を防止することにより大規模浚渫が可能となり、洪水疎通能力が増大する。なお、塩水遡上のおそれのない洪水時はゲートを全開する。

また、本件堰を建設することにより、本件堰上流域は淡水となり、水資源の開発が可能となる。

なお、このような潮止め機能を有する施設は、全国一〇九の一級水系において、既に五三か所に建設されている。

本件堰の建設に代替する塩水遡上防止案には次のとおりのものがあるが、これらについては、以下に検討するとおり採用することができない。

(一) マウンドを残す案

この案によれば、塩水遡上を防止する役割を果たす筈のマウンドが、逆に洪水時の水の流れを妨げ、前示のとおり、計画高水位を超える箇所を出現させたり、堤防に負担をかけたりして危険なものとなる上、変形により将来にわたってのその安定維持も困難である。

更に、浚渫によりマウンド下流の水深が深くなるために強混合の場合にはcl-濃度二〇〇mg/lでみると一八粁地点まで塩水が遡上する。したがって、マウンドを残しても塩水の遡上を防止できない。また、マウンドの上流に遡上した塩水が、マウンドの上流側で底層部分が嫌気性となり水質環境が悪化するおそれがある。

なお、この案では、本件堰の建設により開発する計画の新規利水の確保ができない。

(二) マウンドの高さ程度の潜り堰(転倒堰等)を建設する案

潜り堰は、干潮時にも、常に越流の状態で堰下流へ水が流れる必要があるが、このためには潜り堰の天端高は大潮時の干潮位程度のTPマイナス一mとしなければならない。この場合、強混合時には、cl-濃度二〇〇mg/lでみると、二〇粁地点付近まで塩水が遡上する。したがって、潜り堰(転倒堰等)では塩水の遡上を防止できず、塩水の遡上を完全に止めるには、天端高は水面以上(朔望平均満潮位+余裕高)の堰が必要となる。すなわち、これは実質的に河口堰を建設することと同じこととなる。

なお、この案では、本件堰の建設により開発する計画の新規の利水の確保ができない。

(三) 取水施設を上流に移設する案

長良川の下流部には、既設の取水口として合計約一三m3/秒の水利権がある。これらの取水を塩水が遡上しない上流に移設するには、最小流量時でかつ塩水が最も上流まで遡上する小潮満潮位の場合でも塩水の影響がない位置に取水施設を設ける必要があり、三五粁地点より上流に移さなければならない。この付近の河道状況をみると平常時の水深は0.5m程度しかなく、安定して取水するためには、木曽川大堰と同等の取水堰の建設及び既存の施設へ結ぶ導水路の建設も必要となり、これらの建設費用が必要となる。

更に、浚渫及び取水堰から下流での流量の減少による塩水遡上域の増大の結果、高須輪中の約一六〇〇haの地域の地下水が塩水化する等、長良川及びその周辺の陸水環境は悪化する。

(四) 矢板工案

堤内地への塩水浸入を、矢板等を不透水層(下部粘性土層)まで打ち込むことによって防止することは、長期的な塩水の浸透に対して不安が残り、また、堤内地の地下水流動を遮断することとなり、陸水環境を悪化させるため、二五Kmにも及ぶ長大な区間では採用できない。

なお、この案では、本件堰の建設により開発する計画の新規の水資源開発はできない。

(五) 淡水(アオ)取水による案

淡水(アオ)取水は、満潮時に、塩水によって押し上げられた表層の淡水(アオ)を取水する方法である。これを長良川の既得用水で実施しようとしても、高須輪中の長良川用水は取水量が約一〇m3/秒近くにも及ぶため、仮に、潮位の高い時の一日に八時間取水できたと仮定しても、八時間で一日分を取水するためには、取水量は三倍となり、長良川の渇水流量(約三〇m3/秒)と同程度になる。淡水取水は、すぐ近くにある塩水を混入しないように細心の注意を払いながら行わなければならず、河川流量に比べて取水量が少ない時にのみ可能である。取水量が河川流量全量に相当する場合には、高塩分濃度の塩水を混入して取水する可能性がある。更に取水した水を一時的に、貯留しておく貯留施設を設けること及び取水管理に必要な人的体制を確保することが必要となる。

なお、淡水取水で有名な筑後川下流域でも、上流に建設された筑後大堰からの取水に転換されつつある。

他方、工業用水は、許容塩分濃度が小さいため淡水取水は不可能である。

なお、この案では、本件堰の建設により開発する計画の新規利水の確保ができない。

以上検討したとおりであって、右各代替案では、塩水の遡上を防止するという目的を十分に達成することができず、不適切であり採用することはできないのである。

5 まとめ

以上1ないし4に認定の事実を総合すれば、治水・利水の両面を充足させるためには本件堰による塩水遡上の防止対策が最も有効適切なものとして採用されたことには、合理性がある。

三  利水対策と本件事業

甲第一二六ないし第一三八、第一四六及び第一七〇号証、乙第一五二ないし第一五八号証、第二二〇号証の一ないし四、第二二一及び第二二二号証の各一及び二、第二二三及び第二二四号証、第二二五号証の一及び二、第二二六及び第二二七号証、第二二八号証の一及び二、第二二九号証、第二四九号証の一ないし三、第二五〇ないし第二五三号証、第二五八及び第二五九号証の各一及び二、証人嶋津暉之の証言、原告村瀬本人尋問の結果、弁論の全趣旨並びに公知の事実によれば、次の事実が認められる。

1  木曽川水系水資源開発基本計画の内容及び変遷

これについては、前示第四の四(本件事業を被告が行う根拠)において認定したとおりである。

2  平成五年三月二六日の水資源開発基本計画見直しの背景

平成五年三月に変更される前の水資源開発基本計画は、昭和六〇年度を水需給計画における目途として、昭和四八年三月に決定され、この計画に基づき、水資源の開発又は利用のための諸事業が実施されてきた。その後、石油危機を契機として産業構造の急激な変化等が生じ、水需要の見通しが、昭和四八年当時のそれを大幅に下回ることになった。平成五年三月に全部が変更された水資源開発基本計画は、このような社会状況の変化を踏まえて決定されたものといえる。

なお、昭和六二年六月に策定された「第四次全国総合開発計画」によれば、名古屋圏を中核とする中部は、世界的な産業技術中枢圏域として位置付けられており、また、同年一〇月に策定された「全国総合水資源計画(ウォータープラン二〇〇〇)」によれば、東海ブロックは、今後我が国の代表的な産業技術集積地域として期待されており、研究開発等の強化が図られるとされている。

3  今後の水需要量の予測

(一) 水道用水の需要は、人口の増加、生活水準の向上、都市化の進展等を考慮して、水道整備に伴う必要水量が推定されている。この必要水量について、給水人口と一人一日当たりの平均給水量をもとに推定が行われる。

新基本計画では、木曽川水系に水を依存している地域の総人口は、昭和六〇年度の約七六四万人から平成一二年度には約八四五万人と一五年間で約八一万人増加すると設定されている。これに対して、原告らの依拠する厚生省人口問題研究所による東海三県の総人口は、約一〇二三万人から平成一二年には約一一〇七万人と右約八一万人より多い約八四万人の増加が見込まれている。

このような総人口の増加に加えて、新基本計画では、水道普及率の計画的な向上を図ることから(昭和六〇年度94.3%から平成一二年度98.8%)、この地域の給水人口(総人口ではない)は、昭和六〇年度から平成一二年度までに約一一四万人増加すると見込んだのである。

新基本計画では、厚生省人口問題研究所の人口推計が用いた資料だけではなく、各県の長期計画を尊重し、その地域の将来のあるべき姿などを考慮して人口予測を行っている。

ちなみに、東海三県の総人口は、厚生省人口問題研究所の予測では、平成二年から平成七年の五年間に、年間平均五万一〇〇〇人増加するとしているが、実績では、平成二年から平成五年までの三年間に、年間平均六万七〇〇〇人増加しており、厚生省人口問題研究所の予測を上回る増加となっているのである。

のみならず、水道用水には、単に家庭用水だけでなく、都市活動用水(水道水をオフィスやホテルなど業務活動目的に利用しているもの)や工場用水(水道水を工業生産目的に利用しているもの)が含まれており、それが一人一日当たり平均給水量に含まれている。したがって、一人一日当たり平均給水量は、今後、下水道整備に伴う水洗トレイ化の進展などの生活水準の向上に加えてオフィスやホテルなどの都市活動の活発化により、着実に増大していくものとした。

昭和五〇年代前半には、家庭用水は増大していたものの、回収率の向上等により工場用水等が減少したことなどがあり、一人一日当たりの平均給水量は減少した。その後、工場用水が横ばいから増加傾向となり、家庭用水や都市活動用水が着実に増大していることにより、昭和五五年から平成二年までの一〇年間に四一l/人・日(昭和五五から六〇年までの五年間で一八l/人・日、昭和六〇年から平成二年までの五年間で二三l/人・日)増加し、これからも増加するものと予測した。

このようにして、平成一二年度における一人一日当たりの給水量は、四四九lと見込んでいるのである。これは、淀川水系の四七三l、利根川・荒川水系の四四三lと比較しても、合理的な数値といえる。

以上の結果、水道用水の平成一二年度の需要量は、約63.3m3/秒になると見込まれている。このうち、平成一二年度における木曽川水系以外からの取水量及び地下水依存量並びに昭和六〇年度に既に水源手当てがなされている水量の約49.5m3/秒を控除した約13.8m3/秒が、新基本計画に計上されている需要量である。

また、水道用水の最大取水量は、平均給水量に対して季節による変動(負荷率:平均給水量/最大給水量)及び河川からの導水等に伴うロス(利用量率:最大給水量/最大取水量)を考慮して算出される。

最大取水量/平均給水量=(1/負荷率)×(1/利用量率)

基本計画において負荷率は、水道用水の季別の需要変動に対して安定的な供給確保ができるようにするため、近年の実績の最低値を考慮して設定されており、また、利用量率については、厚生省監修の「水道施設設計指針・同解説」によると一〇%程度の余裕を見込んで計画するように示されており、このようなことを考慮し、平成一二年度における最大取水量/平均給水量の比(年によって変動するもので原告らの依拠する昭和六〇年の実績比一・三三をそのまま採用することはできない。)を一・四六と設定しているのである。

ちなみに、平成二年度の水道統計によれば、例えば、名古屋市における一人一日当たり最大給水量は五三三l、一人一日当たり平均給水量は四〇六lで負荷率が〇・七六二となる。これに導水ロス等を一〇%(利用量率約0.9)とすれば、最大取水量/平均給水量は一・四六程度となるのであり、新基本計画で用いられている一・四六は特異な数値ではない。

(二) 工業用水の需要は、産業の発展、産業構造の変化、循環利用等を考慮し、工業用水道整備に伴う必要水量が推定されている。その必要水量について、工業出荷額と補給水原単位をもとに推定が行われる。

木曽川水系に水を依存する地域の工業出荷額は、これまでも着実に増加してきているが、更に、この地域は我が国を代表する産業技術集積地域としての発展が期待されている中部圏の中枢をなす地域であり、今後も産業活動の発展が見込まれ、工業出荷額は、平成一二年度には約39.6兆円になると見込まれている。

補給水原単位は、産業構造の変化や、回収率の向上等により、昭和四五年から昭和五〇年代半ばにかけて急激に減少してきたが、その後、産業構造の変化が緩やかになるとともに、回収率の向上についても、既に高い水準にある(昭和六〇年度の回収率は76.7%であるが、全国平均は74.6%である。)こともあって、近年横ばいの傾向となっていることなどから、減少傾向は緩やかになっているとしている。

今後の補給水原単位については、基礎資材型、生活関連型の業種を中心とした構成から加工組立型の業種構成へと緩やかに移行していくものの、この地域では産業構造の大きな変化はないと考えられる(この地域の産業構造については、国の第四次全国総合開発計画及び各県等の地方自治体の長期計画の目指す地域の発展の動向に左右されるものである。)こと、更には、右のように、近年回収率が横ばい傾向になっているなどのことから、昭和六〇年度の補給水原単位約18.1m3/日・億円を基に、平成一二年度では約12.6m3/日・億円と見込まれている。

このように、回収率の頭打ち傾向等により、補給水原単位の低下が更に緩やかとなり、工業出荷額の増大とともに工業用水は増大(現実に、昭和六〇年から平成二年までの五年間に六万五〇〇〇m3/日、平成二年から平成三年までの一年間に五万四〇〇〇m3/日増大)することが予想され、平成一二年度の補給水量は、日量約496.8万m3(約57.5m3/秒)になると推定されている。このうちで、工業用水道に依存する水量は、約37.5m3/秒であり、この工業用水道に依存する水量のうち、平成一二年度における木曽川水系以外からの取水量及び地下水依存量並びに昭和六〇年度に既に水源手当てがなされている水量の約31.5m3/秒を控除した約6.0m3/秒が、新水資源開発基本計画に計上されている需要量である。

(三) 農業用水の需要は、農業基盤の整備その他農業近代化施策の実施に伴い、平成一二年度までに新たに必要となる水量として約13.3m3/秒を見込んでいる。

(四) 以上のような需要予測の結果、昭和六〇年度以降平成一二年度までに新たに必要となる水量は、水道用水約一四m3/秒、工業用水約六m3/秒及び農業用水約一四m3/秒の合計約三四m3/秒が見込まれている。

このうち、水道用水及び工業用水を合わせた都市用水についての水需要のバランスをみると、平成一二年度時点においてこの地域で必要となる都市用水の全体の総需要量は約一二一m3/秒で、この中で木曽川水系に依存する水量は、約八三m3/秒である。このうち、昭和六〇年度までに自流、牧尾ダム(愛知用水)、岩屋ダムで手当て済みの約六三m3/秒を控除した約二〇m3/秒が、昭和六〇年度以降新たに供給すべき水量となっている。そのための施設として、三重用水事業、阿木川ダム建設事業及び本件事業等が水資源開発施設として水資源開発基本計画に掲げられている。

なお、右水資源開発施設による都市用水の開発水量の合計は、約三二m3/秒であるが、平成一二年度までに発生する見込みの右約二〇m3/秒を控除したその余の開発水量は、平成一二年度以降に完成する水資源開発施設による開発水量と合わせて、平成一三年度以降に発生する水需要に対応することとなっている。

また、岩屋ダムの未利用分のうち、水道用水については、愛知県、岐阜県及び名古屋市のそれぞれの供給区域の今後の需要増に対応し、工業用水については、愛知県の名古屋南部及び西部臨海工業地域、三重県の北伊勢地域並びに岐阜県の可児地域及び岐阜地域における今後の需要増に対応するものである。このように、これらの地域では、同ダムの未利用分をすべて使い切った上で(岩屋ダムには余分の開発水量はない。)、新たな水需要が発生するとともに、それ以外の地域でも新たな水需要が発生し、これらを合わせたものが右の約二〇m3/秒である。

4  本件堰による長良川導水事業等

愛知県の水のひっ迫している地域に対し、本件堰を水源とする水道用水(2.86m3/秒)を供給するための長良導水事業が、水資源開発基本計画に新たに掲げられた。右事業により、主に、愛知県半田市、常滑市、東海市、知多市などの愛知用水地域に安定した水道用水が供給されることになる。また、三重県の津市を中心とする地域では、近年の生活水準の向上、都市活動の活発化等により水需要が増大していることから、新たに本件堰を水源の一つとする北部広域圏中勢ブロック広域的水道整備計画が三重県議会において同意され、水資源開発基本計画の変更に当たって、計画対象区域に組み入れられることになり、事業実施の認可を受けて、平成五年度から中勢水道用水供給事業(第二次拡張)に着手しているのである。

5  水需給と渇水

(一) 水資源は、気象等自然条件の影響を強く受ける不安定な要素を持った資源である。近年、我が国は少雨傾向にあり、木曽川水系においても、昭和四八年以降毎年のように取水制限を余儀なくされ、市民生活、経済活動は大きな影響を受けている。

また、近年、水の使用形態は、都市用水需要の割合が高まっていること、農業用水も冬期間の水の使用(ハウス栽培用等)が増えていることなどの理由から、年間を通して水を利用するように変化してきている。このため、木曽川水系の渇水は、夏期のみならず、冬期にも発生するようになってきている。

(二) 昭和六一年の渇水時には、木曽川水系の既設水源である牧尾ダム、岩屋ダムに依存する地域は、約五か月にわたり取水制限を余儀なくされ、水道の出水不良、一時断水などが延べ約九万世帯にも及び、更に、工場においても生産調整、作業能率の低下、品質低下の被害が発生し、農業生産においても野菜等の被害が発生するなど、社会的に大きな影響を受けた(この渇水の影響区域は基本計画対象地域のほぼ全域に及んだ。)。

現に、最近においても、少雨により、右地域は、節水を強化し、取水制限を余儀なくされている。

(三) また、河川管理者は、河川法一条に基づいて「河川の流れの正常な流れを維持するように、これを総合的に管理する」義務があり、渇水時において、これだけの流量は維持しなければならないという「維持流量」が定められている。河川の維持流量は、舟運、漁業、流水の清潔の保持、河口閉塞の防止等河川を利用していくため、更には地下水の維持、魚類を始めとした動植物の保護、環境保全等のために必要な最小限の流量を定めているものである。

したがって、渇水時に、原告ら指摘のような木曽川の河川の維持用水を転用することは、避けなければならない。

6  地方自治体からの本件堰建設促進の要望

平成二年一二月に愛知県知事及び三重県知事、平成三年八月及び平成四年一二月に岐阜県知事、愛知県知事、三重県知事及び名古屋市長は、建設大臣に対し、本件堰の建設促進について、要望書を提出した。これらの要望書は、右各首長が代表する各地方自治体の住民の多数の要望に裏付けられたものとみることができる。

7  まとめ

以上認定の1ないし6の事実を総合すれば、新基本計画は、石油危機を契機に産業構造が変化し、省資源、省エネルギーによる節約型社会に移行したこと(原告らの指摘するとおりである。)に即応して従来の計画を見直した上で、今後の産業構造の展望(先端技術産業は、従来型産業に比べて水使用量が膨大化する。)、生活水準の向上(清潔で快適な健康志向型生活の普及)、節水技術の限界等を踏まえて、長期的、大局的観点から策定されたものということができる。しかし、新基本計画の修正の経緯や原告らの分析からも明らかなように、水をめぐる社会、経済、技術等の変化は著しいから、水需要の予測精度には万全を期し難い面があるものの、次に説示する①、②及び③の点を併せて考えると、新基本計画の策定が著しく不当で、策定に当たって、人権に受忍限度を越える重大な侵害をもたらすような裁量権の逸脱があったとは到底認めることができないのである。

すなわち、①前示のとおり、長良川流域には洪水調節ダムを造る適地がなく、また水資源開発には長い年月を要するため、水が必要になった段階で直ちに対策を講じることは困難であるから、長期的な視野に立って先行して開発する必要があり、ある程度の誤差は許されること、②前示のとおり、治水対策上、河積拡大のため河道浚渫の必要性があり、その結果たまる水資源を副次的に開発利用しようとするものであって、経済的な観点からも合理性が是認できること、③河川事業は河川の安全度や効率のみで計られないのは当然であるが、後記認定のとおり、環境対策も講じられていることをも考慮すべきである。

四  結語

以上一ないし三に認定の事実を総合すれば、本件堰の建設を含む本件事業は、洪水調節及び水資源開発という治水・利水を目的とする公共の利益をもたらすものであるということができる。

第七  本件堰の構造とゲート操作

一  本件堰の基本構造

第四の五の判示事実に乙第一八三号証を総合すれば、本件堰は、径間長(隣合う堰柱の中心線間の距離をいう。)五〇m(堰柱間の内幅は四五m)の一〇門の主ゲートと左右岸に各二門の魚道(右岸一門は閘門兼用)を有する延長六六一mの可動堰であること、河道の流下断面内に工作物を設置すると、当該工作物によって河積が阻害され、流水が河道を流下する際に何らかの影響が及ぶこととなるため、本件堰では、河道計画との整合を図りつつ、特に次の点に配慮して基本構造を決定したことがそれぞれ認められる。

1  堰の河川横断方向の線形は、洪水の流下に対し最も影響を小さくするため、洪水の流心方向に直角の直線形(直堰)とした。

2  堰柱幅は、ゲートの規模、堰柱の高さ、地盤の土質条件等を考慮して、技術的に無理のない範囲で極力小さくし、五mとした。

3  堰柱の断面形状については、洪水時の流水抵抗を少なくするため、上下流に円弧を入れた小判型とした。

4  堰の可動部の径間長は、洪水の流下に対して極力障害とならないよう、また、堰柱によって流木等による閉塞が生じないようにするため、堰柱間の内幅を四五mとした。

5  ゲートは、洪水や高潮の支障とならないよう、計画堤防天端高以上の高さに引き上げられる構造とした。

二  ゲートの配置・構造

乙第一八三号証によれば、ゲートは、別図1のとおり、中央部に設けられた主ゲート一〇門と左右岸に設けられたロック式魚道ゲート(右岸側の一門は、閘門を兼用)から成り、更に、ロック式魚道の両側寄りに呼び水式魚道を有していること、このうち、主ゲートは、別図2のとおり、河床高に応じて主ゲートⅠ型(扉高8.2m)七門、主ゲートⅡ型(扉高5.7m)一門及び主ゲートⅢ型(扉高4.7m)二門の三型式に分けられるが、各ゲートとも、オーバーフロー操作及びアンダーフロー操作が可能な越流型シェル構造二段式ローラーゲート(引上げ式ゲート)とされたこと、ゲートは、洪水や高潮の支障とならないよう、いつでも全ゲートを計画堤防天端高(TP5.80m)以上の高さに引き上げられる構造とされたことがそれぞれ認められる。

三  ゲート操作設備

1  乙第一八三号証及び証人中村稔の証言によれば、次の事実が認められる。

(一) 上段ゲートと下段ゲートのそれぞれにワイヤロープウインチ式の開閉装置を設け、同時にゲートの開閉操作を行うことも可能となっている。

ゲートの開閉は、平常時は主電動機によって、主電動機が使用できないという非常時には予備電動機によって行うこととされ、いずれも商用電源又は管理所内予備発電機(後記のとおり)で駆動が可能であり、また、各ゲートに設置された機側予備発電機(後記のとおり)では、予備電動機の駆動が可能である。ただし、右のように構造的には予備電動機の駆動は商用電源、管理所内予備発電機及び機側予備発電機のいずれによっても可能であるが、実際の運用においては、電源切替えによるトラブルを可及的に防止するため予備電動機は機側予備発電機で駆動させることが予定されている。

なお、主電動機によるゲートの開閉速度は三〇cm/分であるが、予備電動機によるゲートの開閉速度は一〇cm/分以下である。

(二) 本件堰では、停電時等においても適切なゲート操作を行う必要があるため、商用電源のほかに管理所内予備発電機(二基)による電源と機側予備発電機(各ゲート毎に一基設置)による電源を備えることとしている。

通常は、管理所において商用電源を高圧(六六〇〇ボルト)で受電し、左右岸にある変電所に送電する。変電所は、高圧で受けた電気を低圧(四四〇ボルト)に変換し、これによりゲート操作を行う。左右岸二か所への配線ルートは、万一の断線に備えて予備配線を確保している。

一方、停電時は、管理所の二基の予備発電機で対応する。商用電源から右予備発電機への切替えは自動切替えである。また、右予備発電機はディーゼルエンジンによる発電機であり、作動開始直後に一〇〇%の発電状態にすることが可能である。右予備発電機により得られる電圧も商用電源同様六六〇〇ボルトで、これを変電所で四四〇ボルトに変換してゲート操作を行う。なお、予備発電機のうちの一基が仮に故障しても、操作時間は要する(ただし、二基でゲート操作する場合の二倍の時間までは要しない。)が全門のゲート操作が可能である。

万一、管理所内の予備発電機が二基とも故障した場合、あるいは、主電動機を使用できず予備電動機を使用する必要が生じた場合には、各ゲートに設置された機側の予備発電機(電圧四四〇ボルト)により予備発電機を駆動させてゲート操作を行う。その場合、管理所内の予備発電機から機側の予備発電機への切替え及び主電動機から予備電動機への切替えは、管理所の職員が実際に各ゲートまで行って行うことになるが、切替え自体は容易であり、概ね十数分以内のうちにはこれを行うことができる。

2  以上のように、本件堰の操作設備(開閉装置及び電力供給設備)は多重安全機構を備えているが、乙第一九一号証によれば、それは現在の技術水準からみて最大限の安全機構であることが認められる。

四  本件堰のゲート操作

1  操作方法

(一) 乙第一八三号証及び証人中村の証言によれば、被告は、本件堰完成後のゲート操作につき、平常時においては塩水の遡上を防止すること、洪水時においては洪水を安全に流下させること、高潮に対しては本件堰が支障とならないようにすること等を基本に、堰地点流量を基準として、非洪水時、洪水移行時及び洪水時の操作に区分し、それぞれの堰下流水位に応じて、以下のようなゲート操作を行うことを予定しており、右操作方法は、最終的には公団法二一条、二二条の手続きを経て決定されることが認められる。

(1) 非洪水時(堰地点流量が二〇〇m3/秒以下の場合)の操作

ア 堰下流水位がTP1.20m以下の場合(平常時)の操作

堰下流水位がTP1.20m以下の場合には、以下の条件を配慮しつつ、堰上流水位を安定水位に保ち、オーバーフローを基本として操作を行う。

① 堰上流水位は、TP1.30mを上限とし、TP0.80mとの間で管理する。

② 堰上流水位は、原則として堰下流水位以上とする。

③ 魚道放流量は、常に確保することを基本とする。

④ 塩水を堰上流に浸入させないためのゲート操作を行う。

イ 堰下流水位がTP1.20mを超える場合(高潮時)の操作

潮位条件及び低気圧の接近等により堰下流水位がTP1.20mを超える場合は、高潮時操作として、塩水を堰上流に浸入させないための全閉操作を行う。ただし、堰下流水位が最高満潮位(TP2.10m)を超える場合には、基本として全開操作とする。

(2) 洪水移行時(堰地点流量が二〇〇m3/秒を超える場合)の操作

ア 堰下流水位がTP1.20m以下の場合の操作

堰上流水位に急激な変化を与えることなく、洪水の安全な流下を図るため、下流への放流はアンダーフロー操作を基本とする。

イ 堰下流水位がTP1.20mを超える場合(高潮時)の操作

非洪水時における高潮時の操作に準じるが、堰上流水位が堰下流水位より高く塩水の浸入が生じない場合には、下流への放流はアンダーフロー操作を基本とする。ただし、堰下流水位が最高満潮位(TP2.10m)を超える場合には、基本として全開操作とする。

(3) 洪水時(堰地点流量が概ね八〇〇m3/秒を超える場合)の操作

本件堰地点流量が概ね八〇〇m3/秒を超える場合は、洪水の迅速な流下を図るため全開操作(主ゲート及び閘門)を行う。この場合、ゲートは、計画堤防天端高より高く引き上げられることになる。

(二) なお、原告らは、被告は、「昭和一〇年以降の本件堰地点の最高満潮位はTP2.15m、年最高満潮位平均はTP2.1mであり、本件堰はこれらの潮位時でも海水の遡上を遮断する必要があるので、堰上流水位がTP1.3mを超えてTP2.2mの高さとなることも生じ得ることになり、現に、昭和一〇~三八年の二九年間の朔望日の満潮位回数一一二八回のうち約三五%に当たる三九二回について満潮位がTP1.3mを超えているから、本件堰上流水位がTP1.3mを超えるよう管理されることは少なくなく、むしろそのように管理されることが平常の形態である。」旨主張する。

確かに、堰下流水位がTP1.2m(朔望平均満潮位)を超えてもTP2.1m(最高満潮位)までは海水の遡上を遮断するためにゲートを閉じることになる(ただし、洪水移行時において、堰上流水位が堰下流水位より高く塩水の浸入が生じない場合には、下流への放流はアンダーフロー操作を基本とし、洪水時には全開される。)。

しかしながら、乙第一八三号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は「平常時の操作」として右のように説明していることが認められるところ、乙第二五四号証の二及び証人中村の証言によれば、堰下流水位がTP1.20mを超えている時間は、昭和五四年から昭和六三年までの間、年平均にして0.1ないし2.0%、通算して0.8%にすぎないことが認められるのであるから、堰下流水位TP1.2mを基準にそれ以下を平常時として取り扱うことは何らおかしなことではない。

2  ゲート操作の実施

乙第一八三号証及び証人中村の証言によれば、本件堰の管理に当たっては、本件堰に隣接して設けられる管理所の操作室における遠隔操作及び非常時の機側操作により、リアルタイムのゲート操作を実施すること、そのため、長良川流域の雨量・水位等の観測データをテレメータ等により情報収集するとともに、レーダ雨量計を用いて雨域や雨量の状況を事前に把握することにより本件堰地点の洪水流量や水位の予測を行い、あるいは気象庁からの情報提供を受けて津波や高潮の予測を行ってゲート操作を行うこと(なお、洪水時、高潮時及び津波時の実際のゲート操作については、項目を分けて後に更に詳論する。)、ゲート操作の様子はITV(監視用カメラ)を用いて常時監視して管理の確実性を向上させるとともに、管理所には職員を配置し、管理の万全を期していること、本件堰やゲートについては、その機能が適切に発揮されることを確認するため、点検等の維持管理を定期的に実施することにしていることがそれぞれ認められる。

第八  本件堰の安全性

一  地震に対する安全性

1  本件堰地点の地質とその対策等

乙第一三一及び第一八三号証、第一九六号証の二並びに証人中村の証言によれば、次の事実が認められる。

(一) 地盤改良による液状化対策

本件堰が位置する濃尾平野の地層は、沖積層と洪積層からなる。洪積層以深は杭の支持層となる礫層であり、沖積層の南陽層は一万年前以降に堆積した地盤である。

本件堰地点は、沖積層がTP約マイナス五〇m以浅に分布しており、この沖積層のうちTP約マイナス一五m以浅の細砂層及びシルト層は地震時に地盤の液状化の可能性があることから、被告は、液状化対策として、施工実績、施工性等からサンドコンパクションパイル工法(SCP工法)による地盤改良を行った。

地盤の液状化とは、水で飽和したゆる詰めの砂が地震動によって激しく繰り返しせん断されると、過剰間隙水圧が上昇し、有効応力が消失するが、その際、砂が剛性とせん断強度を失ってあたかも砂粒子が水中を漂っているような状態になることをいう。

SCP工法とは、砂層に荷重を加えて砂杭を圧入し、これによる締固め効果で地盤の間隙比(砂粒子間のすき間)を減少させ、密度を増して強度を高める工法である。本件堰におけるSCP工法の施工範囲は、川の横断方向では左右岸に設けられる呼び水式魚道敷まで、縦断方向では水叩床版の下までであり、その砂杭の間隔は、約2.3mで総数は約一万本打設している。

右工法の施工により、N値(後記のとおり、これは、土の硬軟、締まりぐあいの相対値を知るための数値であり、重量63.5kgfのハンマーを七五cm自由落下させ、標準貫入試験用サンプラーを三〇cm打ち込むのに要する打撃数をいう。)が大きくなり、FL(液状化に対する抵抗率)も1.0より大きくなっており、液状化が生じないように改良されていることが確認されている。

(二) 鋼管杭の打設

前示のとおり、本件堰地点は沖積層がTPマイナス五〇m以浅に分布しているが、沖積層は堰柱を支える地盤たりえないので、堰の基礎工はTPマイナス五〇m以深のN値五〇以上の第一礫層を基盤とする鋼管杭とし(これにより、堰柱などにかかる力を第一礫層に伝達する。)、これを堰柱の下部及び上下流の水叩床版の下部に打設した。堰柱では直径九〇cmのものを一基当たり六三本打設し、水叩床版下には直径七〇cmのものを打設した。

そして、堰柱基礎の安定計算を行った結果、平常時においても地震時においても杭の応力及び変位が許容値の範囲内にあることが確認されている。

(三) 本件堰付近の第四紀断層

なお、構造物の地震に対する安全性を確認する上で構造物付近の断層の有無は重要なことである。本件堰の安全性を考える場合、第四紀断層(約二〇〇万年前から現在までの間に活動した断層をいう。)を対象にすればよいと考えられるところ、本件堰付近に存在する可能性のある断層としては、木曽岬線、弥富線、桑名断層系及び養老断層が考えられるが、前二者については、地形・地質的に注意を要する第四紀断層としての可能性は薄く、後二者については、第四紀断層としての可能性が残されている。しかしながら、いずれも本件堰地点から二Km以上離れており、方向性からみても堰近傍には及ばない。このように、本件堰の直下に第四紀断層は存在しないため、断層の変位が直接本件堰に影響を及ぼすものでないから、断層の変位が本件堰の安全性を損うことになるものではない。

2  本件堰の耐震設計

乙第一八三、第一九八及び第二六一号証並びに証人中村の証言によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件堰のような重要な構造物は、地震によってその機能が損なわれるようなことはあってはならない。したがって、本件堰の耐震設計に当たっては、構造物の特性、構造物を設置する場所の地形・地質といった地盤条件や、地震の履歴などを総合的に考慮して、全体にバランスのとれた耐震性のある構造物とする必要がある。川の中に造る構造物は、建設省河川砂防技術基準(案)(以下「技術基準案」という。)によって設計することになっているが、この基準の中に耐震設計の考え方が組み込まれている。本件堰も技術基準案等の基準により設計されている。

(二) 本件堰の耐震設計は、震度法により行われている。

震度法とは、地震時の水平慣性力(地震による振動が構造物に伝わり、その際構造物の重さに振動波が加わることによって生ずる力)について、構造物の重量に設計震度を乗じて求め、構造物を設計する方法である。

技術基準案では、標準設計深度(0.2)に地域別補正係数、地盤別補正係数及び重要度別補正係数を乗じて設計震度を求めることになる。本件堰では、技術基準案に従い、地域別補正係数として「強震帯地域」の補正係数である1.0を、地盤別補正係数として「4種」の補正係数である1.2を乗じ、また、本件堰は特に大規模でかつ影響の著しいものに該当するということで1.25の重要度別補正係数を乗じて、設計震度を0.3としている。この地域別補正係数、地盤別補正係数及び重要度別補正係数は、いずれも技術基準案が定める最高の数値である。

(三) 堰柱は右のような震度法によって設計されているが、その応力度(外力によって構造物の中に発生する力)と許容応力度(その構造物の持っている強さ)を比較すると、常時においても地震時においても堰柱に発生する応力度は許容応力度より小さいことが確認されている。

また、ゲートについても、堰柱と同様に耐震設計が行われ、発生した応力度が許容応力度を超えないように設計されており、設計計算の結果から、引張応力度、圧縮応力度、たわみのいずれも許容範囲内にあることが確認されている。

なお、ゲートの設計に当たっては、ゲートと堰本体との間には十分なクリアランスをとり、地震時に堰本体に変異が発生しても十分に対応できる構造とされ、更に、ゲートと堰の間隔を制御するサイドローラーについては、設計震度を超えた荷重が作用した場合、ゲートとの取り付け部のボルトが破断し衝撃を吸収できるようにし、ゲートに支障のない構造とされている。

また、扉体を全開にした状態で地震を受け、コンクリートに埋設されていない上部戸当り部が座屈した事例など、過去の被災事例も参考に戸当り部の設計が行われている。

(四) 本件堰の耐震性については、一般に行われている右の震度法による設計が行われた後、応答スペクトル法による動的解析及び地震時保有水平耐力による照査が行われている。

応答スペクトル法による解析結果では、震度法により求めた曲げモーメント・せん断力を下回っていることが確認されている。

地震時保有水平耐力による照査は、震度法により耐震設計を行った鉄筋コンクリート構造物を対象として、設計水平震度を上回る地震力を受けてもぜい性的な破壊により、橋梁における落橋のような致命的な破壊が生じないようにすることを目的として行うものであり、設計水平震度は関東大震災クラスの地震を想定して定められている。関東大震災の際の地盤の加速度は約二九〇~三九〇ガルと推定されているところ、それは、本件堰地点に影響を及ぼした地震のうち既往最大の濃尾地震による堰地点における地震時の地盤の加速度(約二二〇ガル)よりも大きいが、それでもその慣性力は四一三九重量トンであり、本件堰の地震時保有水平耐力四一七七重量トンを下回っている。

3  まとめ

以上のように、被告は本件堰地点の地盤に応じた対策をとると同時に、本件堰本体についても耐震設計をし、それぞれの効果を確認している。

なお、原告村瀬は、本件堰の地震時の危険性を危惧する供述をしているが、それは具体的な根拠に基づくものではなく、抽象的な危惧の域を出ていない。

二  洪水に対する安全性

1  水位の低下

前示のとおり、計画高水流量(七五〇〇m3/秒)が流下する際の本件堰付近の水位は、本件浚渫によって現状(ただし、本件事業及び本件浚渫に着手した昭和四六年度時点の状況である。)に比べて約七〇cm低下することになる。なお、堤防の法面勾配を考慮すると、洪水位を約七〇cm下げることは、堤防拡幅を約二m八〇cm行ったことに匹敵することは、前示のとおりである。

2  洪水移行時及び洪水時のゲート操作

(一) 前示のとおり、洪水移行時(堰地点流量が二〇〇m3/秒を超える場合)は、堰上流水位に急激な変化を与えることなく、洪水の安全な流下を図るため、下流への放流はアンダーフロー操作を基本とし、洪水時(堰地点流量が概ね八〇〇m3/秒を超える場合)は、洪水の迅速な流下を図るため全開操作を行うこととしている。

なお、乙第一八三号証及び証人中村の証言によれば、別図3は、被告が過去に実際に発生した洪水(昭和五七年七月ないし九月頃に発生した洪水)を例に堰のゲート操作についてシミュレーションを行った結果であること、右シミュレーションでは、堰地点流量が二〇〇m3/秒になるまで(一日目二〇時まで)オーバーフロー操作を行い、堰地点流量が三四〇〇m3/秒になるまで(一日目二四時まで)アンダーフロー操作を行って、その後全開操作に移行しており、前示の基本操作と異なり堰地点流量が八〇〇m3/秒を超えても暫くはアンダーフロー操作がなされているが、それは、堰地点流量が八〇〇m3/秒になった時点でゲートを全開すると堰下流の水位が急激に上昇するので、それを防止しつつ上流から入ってくる洪水を貯留することなく流していくためであることがそれぞれ認められる。他方において、右証拠によれば、右シミュレーションは技術報告書(乙第一八三号証)作成時のものにすぎず、その後被告内部で検討が加えられ、現時点においては事前に洪水の予測を行って堰地点流量が概ね八〇〇m3/秒を超えた場合には全開操作ができるようにゲート操作を行うことにしており(右操作方法は公団法二一条、二二条の手続きを経て正式に決定されることになる。)、ゲートの基本操作には何の変更もないことが認められる。

(二) ところで、右のようなゲート操作を行うためには、的確に洪水を予測し、確実にゲートを操作することが不可欠となってくるが、乙第一八三号証及び証人中村の証言によれば、被告は、長良川流域の雨量、水位、流量等の観測データをテレメータ等により情報収集する(本件堰は長良川の河口付近《5.4粁地点》に位置し、洪水が本件堰地点まで到達するには相当の時間を要するため、上流部での洪水の情報を十分な時間的な余裕をもって入手することが可能である。)とともに、日本全域をカバーしているレーダ雨量計を用いて雨域や雨量の状況を事前に把握することにより本件堰地点の洪水流量や水位の予測を行うことにしていることが認められるのであり、前示のように、被告においては、本件堰に隣接して設けられる管理所の操作室における遠隔操作(及び非常時の機側操作)によりリアルタイムのゲート操作を行い、その様子はITV(監視用カメラ)を用いて常時監視してゲート操作の確実性を図るとともに、管理所に職員を配置して管理の万全を期していること、本件堰の操作設備(開閉装置及び電力供給設備)が多重の安全機構を有していることを併せ考えると、的確なゲート操作ができない事態というのは考え難い。

3  本件堰による堰上げの影響

(一) 堰柱による堰上げの影響

本件堰完成後は、洪水時にはゲートが全開されて計画堤防天端高より高く引き上げられることになるため、幅五mの堰柱一三本が河川内に残ることになる。そこで、洪水時には右堰柱による水位の上昇現象(堰上げ)が発生することが予想されるが、乙第四四及び第一二六号証、第一二七号証の一ないし三、第一八三及び第一九一号証によれば、計画高水流量(七五〇〇m3/秒)が流下する際の堰柱による堰上げ量は一〇cm未満にすぎず、仮に、すべての堰柱に樹木等が付着して堰柱幅が1.5倍になり、疎通能力が極端に悪くなり、しかも、堰柱の上下流方向に対して流れが偏って流入するという最悪な条件下であっても、堰柱による堰上げ量は二〇cmに過ぎないこと、現在の河道計画は浚渫と本件堰の設置が一体となった計画であり、この堰柱による水位の堰上げ量を吸収するための河道浚渫が計画の中に織り込まれているとともに、堰の建設位置についても川幅の広い所を選定している(具体的には、浚渫幅が、堰上流においては二七〇mであるのに対し、堰地点では三五〇m、堰下流でも三三〇~三五〇mとされて河積の増大が図られている。)ことがそれぞれ認められるのであって、堰柱による堰上げ量はわずかである上、堰柱による堰上げは河道計画の中で十分考慮されているから、堰柱の存在が洪水時に支障となることはないものというべきである。

(二) ゲートを全開することができなかった場合の堰上げの影響

(1) 前示のように、的確なゲート操作ができない事態というのは考え難いが、防災対策としてはゲート操作が不完全な事態であっても安全性が確保されていることを目指すのが望ましいと考えられるところから、なお念のため、かかる事態が生じた場合の堰上げの影響について検討する。

(2) 乙第四四号証(旧訴における鑑定人足立昭平《以下「足立鑑定人」という。》の鑑定書《以下右鑑定を「足立鑑定」という。》)によれば、本件堰地点の水深断面が別図34(これは、右書証の表2による。)のとおりであり、計画高水流量七五〇〇m3/秒が流下したときの本件堰下流側水位がTP3.50mという前提条件の下で、仮に別図1のNo.3~No.7のゲートのうちの三門のゲートしか引き上げることができなかったとしても、堰上流側水位がTP4.2mに堰上げられるので、三門のゲートの開放だけで七〇〇〇m3/秒以上を流すことが可能であり、操作不能のゲートも溢流可能な構造に設計されているから八〇〇〇m3/秒程度の流量も楽に疎通させることができることが認められる。

これに対し、原告村瀬は、「ゲートが全開された場合の洪水の流下断面積と足立鑑定人が想定した場合の洪水の流下断面積(故障したゲートの分流下断面積が減り、ゲートによる堰上げ分流下断面積が増加することになる。)を比較すると、後者の方が前者に比べて約三分の一少ないので、洪水が支障なく流下するとは考え難い。また、足立鑑定人は三門のゲートしか開放できない場合について検討しているが、それは、水深が深く流下断面積が大きいゲートが三門が開いている場合、すなわち比較的安全な場合を想定しているものであり、現実にはゲートが障害になって洪水を安全に流下させることはできない。」旨足立鑑定を批判している。

しかしながら、右第五(長良川の浚渫計画及び浚渫の効果)で認定したところから明らかなように、洪水の流下能力は単純に流下断面積のみによって判断できるものではない。また、以下のとおり、足立鑑定はかなり危険側のケースを想定しているといえるし、その後の本件堰の構造の変更により洪水に対する安全性はより高められているのであるから、原告村瀬の右批判は採用することができない。

ア 足立鑑定人は、一〇門のうち三門のゲートしか全開できない場合を想定している。しかしながら、開閉装置についても電力供給設備についても多重の安全機構を備えている本件堰において、ゲートが故障で操作できない事態は考え難く、仮にかかる事態が発生したとしても、本件堰のゲートはゲート毎の開閉装置によってゲートが開閉されることになるから、三門のゲートだけしか全開できないということ自体極めて希有なことである。

イ 足立鑑定人は、計画高水流量七五〇〇m3/秒が流下したときの本件堰下流側水位がTP3.50mになるという前提で鑑定を行っている。

ところで、乙第一八三及び第一九一号証によれば、洪水流の流下形態は一般に不等流計算によって求められるが、河口潮位、すなわち出発水位は不等流計算を行う上で必要な境界条件であることが認められる。乙第四四号証によれば、足立鑑定人が前提にした本件堰下流側水位TP3.50mは河口潮位(出発水位)がTP2.50mであることを前提とした数値であることが認められるが、乙第一八三及び第一九一号証によれば、河口潮位2.50mは長良川河口部に位置する城南水位観測所の年洪水時最高水位の一〇〇分の一確率水位であるTP2.46mとほぼ同じ数値であることが認められるのであり、かなり危険側の数値であるということができる。

また、本件堰下流側水位TP3.50mは本件堰地点の水深断面が別図34のとおりであることを前提とするものであるが、乙第一八三号証によれば、現在の計画では本件堰地点の河川断面は別図35のとおりで、No.1、2のゲート部分の河床はTPマイナス2.50mに、No.3~9のゲート部分の河床はTPマイナス6.00mに、No.10のゲート部分の河床はTPマイナス3.50mになっており、このように河床が低くなった関係で、計画高水流量流下時の本件堰下流側の水位もTP約3.06m(これも河口潮位《出発水位》を2.50mとした場合の数値である。)に低下していることが認められるのであって、現在の計画では、計画高水流量が流下した場合の河川水位は足立鑑定人の前提としたTP3.50mよりも四〇cm以上も低くなり、しかも、「水深が深く流下面積の大きいゲート」は五門から七門へと増えているのであるから、洪水に対する安全性が向上したということができる。

ウ 更に、足立鑑定は故障したゲートの高さが平常時の最高位であるTP1.3mであることを前提にして検討しているものと思われるが(甲第二二八号証の記載からすれば、原告らも同様に理解しているようである。)、証人小寺の証言によれば、本件堰のゲートは万一の場合ロックを外すことによって河床に自然落下させることが可能であることが認められ、乙第一八三号証によれば、各ゲートはいずれも上段側ゲートの方が高く、その上段側のゲートの高さは、No.1、2のゲートが3.2m、No.3~9のゲートが5.0m、No.10のゲートの高さが3.7mであるから、結局、ゲートを落下させた場合の各ゲートの上端の高さは、No.1、2のゲートがTP0.7m、No.3~9のゲートがTPマイナス1.0m、No.10のゲートの高さがTP0.2mとなることが認められるのであるから、足立鑑定人が想定した場合に比較し、実際には故障したゲートの上端高はかなり低くなり、洪水が流下できるスペースもかなり大きくなることになる。

4  流木について

なお、原告村瀬は、本件堰の堰柱に流木が引っ掛かると供述するが、本件堰のゲートは洪水時には計画堤防天端高より高く引き上げられることになっており、その場合堰柱と堰柱との内幅間は四五mあるので、先に最悪の条件として掲げた以上に流木が引っ掛かるといった事態は考え難い(その場合の堰柱による堰上げ高は前示のとおりである。)。

三  高潮に対する安全性

1  長良川の高潮計画

乙第一三九、第一八三、第一八九及び第一九〇号証、証人中村及び同今岡の各証言によれば、次の事実が認められる。

(一) 長良川下流部を含む木曽三川河口域は、伊勢湾台風によって大きな被害を受けたが、その被害のほとんどは高潮によるものであった。当時の長良川の堤防の高さはTP四m程度であり、一方、名古屋港の最高潮位がTP3.89mであったことから、ほぼ堤防天端すれすれの高さまで水面が上昇し、風による波浪が大量に堤防を越波したものと推定される。当時の堤防は、本質的に土堤であり、現在のようにコンクリート等により堤防法面が被覆され、越波に対して配慮された三面構造でなかったことから、破堤したものである。このことから、長良川及び揖斐川の下流部のうち、洪水より高潮による外力が卓越する河口からJR関西本線橋梁(7.2粁地点)までの堤防は、高潮堤防として整備することとされた。

(二) 木曽三川を含む現在の伊勢湾の高潮計画は、伊勢湾台風の後に設置された伊勢湾等高潮対策協議会(以下「協議会」という。)で定められた高潮計画の基本的な事項に基づき決定されている。

まず、協議会では、高潮堤防計画の基本となる水理諸元、地区別堤防高等の高潮対策の計画について討議が行われ、①計画対象の気象及び海象条件としては、潮位偏差及び波浪は伊勢湾台風のものを、天体潮位は台風期(七~一〇月)の平均満潮位をとる、②計画堤防高は、この気象及び海象条件を基礎とし、背後地の条件等を考慮して定める、③堤防の構造については、波浪により堤防を越波した場合であっても破堤しないように、堤防の天端及び裏法面にコンクリート等の被覆工を施し、三面張とするとの基本方針が決定され、これに基づき伊勢湾沿岸の各海岸の計画堤防高が決定されている。

なお、計画諸元は別表10のとおりである。

(三) この協議会で定められた高潮計画の基本的な事項を受けて、長良川下流部の高潮計画は、次のとおり定められている。

(1) 計画高潮位

河道内の計画潮位は、伊勢湾台風の高潮時における河道内のピーク水位の水面勾配をもとに、河口の計画高潮位TP4.52mを下流端として、上流部に向かって漸増するよう階段上に設定されている。その縦断図は、別図31のとおりである。

(2) 計画堤防高

計画堤防高は、計画高潮位に堤防への波のうち上げ高と余裕高を加えて決定されている。波のうち上げ高を求めるため、まず台風時の風による沖波波高を、伊勢湾台風時の伊勢湾各地の実績資料から風速三五m/秒、吹送時間二時間の風を計算に用い、一般的な波浪推算法であるS・M・B法により方向別に推算し、この沖波を沖合から河川に浸入させ、河道の形状も考慮し、波が堤防に衝突した時の波の打上げ高が求められている。こうして得られた長良川の高潮計画の縦断図は、別図31のとおりである。

(3) 堤体構造

堤体構造は、従来の堤体構造との関連及び安定性等を考慮し法勾配を二割とするが、堤体全体をコンクリート等で被覆する三面張構造とし、高潮計画に用いる波を越える大きさの波が堤防を越波した場合であっても、堤体が侵食されたり、崩壊したりしない構造とした。

なお、高潮計画に用いる波の波高は、発生するすべての波の最大値ではなく、観測時間内に記録された多数の波の波高を大きい方から並べ、上位三分の一を取り出して算術平均したものであり(これを「有義波」という。)、有義波の波高を越える大きさの波は、頻度は少ないが当然発生するものであり、一般に一〇〇波につき約一四波程度は有義波より大きい波となる。

(四) この高潮堤防は、昭和三七年度に完成したが、その後の地盤沈下により防災機能が著しく低下したため、これに対処するため高潮堤防補強計画が策定された。この計画は、災害復旧事業で築かれた堤防の前面に、消波機能を兼ね備えた前小段を造成して消波効果を高めるとともに、この前小段を利用して高潮堤防の嵩上げを行うものである。その横断形は別図30のとおりである。

なお、高潮堤防補強計画策定後も依然として堤防の沈下がおさまる兆しがみえなかったため、緊急対策として波返し工(パラペット)による堤防の緊急嵩上げを昭和五〇年度から実施し、早期に高潮に対する安全度の回復を図ることとし、昭和六三年度に完了した。これにより、現在は伊勢湾台風が再来しても耐え得る高さの堤防となっている(暫定完成)。

そして、右の高潮堤防補強計画に従い、本件堰の完成までにブランケット工あるいは消波工を実施し、引き続き本件堰完成後概ね一〇年間で波返し工を施工することにしている。

(五) なお、高潮堤防補強計画による計画堤防断面は、水理模型実験及び数値シミュレーションにより、計画堤防高以内に波のうち上げ高が収まることが確認されている。

2  高潮時のゲート操作

(一) 前示のように、本件堰は、堰下流水位がTP2.10m(最高満潮位)を超える高潮時には、堰が高潮の支障とならないよう全開操作を行い、ゲートは計画堤防天端高より高く引き上げられることになっているが、証人中村の証言によれば、被告では、堰下流水位がTP2.10mを超えてからゲートの全開操作を始めるのではなく、事前に高潮を予測して、堰下流水位がTP2.10mを超える時点でゲートが全開となるよう検討を行っていることが認められる。

なお、右証言によれば、右ゲート操作は、最終的には公団法二一条、二二条の手続きを経て決定されるものであることが認められる。

(二) この点に関し、原告らは、別図3のシミュレーションでの操作(前示のとおり、ゲートの基本操作方法とは異なり、堰地点流量が八〇〇m3/秒を超えてもすぐには全開されず、暫くの間アンダーフロー操作がなされているものである。)を伊勢湾台風時に当てはめ、高潮で最高潮位に向けて潮位が急激に上昇しつつあるとき、ゲートは全閉か少なくともアンダーフローで閉じられている状態であると主張している。

しかしながら、証人中村の証言によれば、右シミュレーションは、過去に実際に起こった洪水を基に行ったものであるが、被告が当該洪水をシミュレーションの対象として選択した理由は、当該洪水が、晴天のときに急に雨が降り出して下流域で河川流量が急激に多くなった洪水であるので、ゲート操作のシミュレーションとして適切であるとされたことにあることが認められるのであり、そのことと、被告が河川流量・堰下流水位別に区分してゲート操作を行うことにしていること、それにもかかわらず、右シミュレーションにおいては河川流量とゲート操作の対応関係だけが記載され、堰下流水位の記載が全くないことに鑑みると、右シミュレーションはあくまでも河川流量との関係でゲート操作をシミュレートしたものにすぎないことが認められるのであり、それと高潮時の操作を重ね合わせる原告らの主張は当を得たものではない。

また、前示のように、被告では右シミュレーションでの操作に検討を加え、事前に洪水の予測を行って堰地点流量が概ね八〇〇m3/秒を超えた場合には全開操作ができるようにゲート操作を行うことにしているのであるから、右シミュレーションでの操作を前提とする原告らの主張は、その点からも理由がない。

(三) ところで、事前に高潮を予測して、堰下流水位がTP2.10mを超える時点でゲートが全開となるようなゲート操作を行うためには、的確に高潮を予測し、確実にゲートを操作することが不可欠となってくるが、乙第二七、第五〇及び第一八三号証、証人中村の証言並びに弁論の全趣旨によれば、大きな高潮が予想される場合というのは伊勢湾台風などの大規模な台風時に限られ、このような場合における予想気圧、予想風速は、気象庁からも事前に公表されており、当然潮位についても予測が可能であることが認められるのであり、前示のように、被告においては、本件堰に隣接して設けられる管理所の操作室における遠隔操作(及び非常時の機側操作)によりリアルタイムのゲート操作を行い、その様子はITV(監視用カメラ)を用いて常時監視してゲート操作の確実性を図るとともに、管理所に職員を配置して管理の万全を期していること、本件堰の操作設備(開閉装置及び電力供給設備)が多重の安全機構を有していることを併せ考えると、的確なゲート操作ができない事態というのは考え難い。

3  高潮時に本件堰が堤防に及ぼす影響

(一) ゲート全開時の影響

(1) 本件堰は、堰下流水位がTP2.10m(最高満潮位)を超える高潮時には、全開操作を行い、ゲートは計画堤防天端高より高く引き上げられることになる。その場合、川の中には幅五mの堰柱一三本が残ることになる。

(2) 乙第一八三号証によれば、高潮時に堰柱が長良川左岸堤防及び揖斐川右岸堤防に及ぼす影響について、被告が水理模型実験及び数値シミュレーションにより検討しているが、水理模型実験では河道内の横断方向の波高分布及び波のうち上げ高分布は別図32のとおりとなり、堰柱の有無にかかわらずほぼ同程度の値となっており、数値シミュレーション計算でも波のうち上げ高分布は別図33のとおりであり、堰柱の有無によって波のうち上げ高にほとんど差がなく、高潮時に堰柱が堤防に及ぼす影響は小さいことが認められる。

(二) ゲートを全開することができなかった場合の影響

(1) 前示のように、的確なゲート操作ができない事態というのは考え難いが、防災対策としてはゲート操作が不完全な事態であっても安全性が確保されていることを目指すのが望ましいと考えられるところから、なお念のため、かかる事態が生じた場合に本件堰が堤防に及ぼす影響について検討する。

(2) 乙第一八三号証及び弁論の全趣旨によれば、計画高潮とは、前記高潮計画の水理諸元に基づく高潮であることが認められるが、乙第二七号証(旧訴における細井教授の検討書)及び第五〇号証(細井教授に対する証人尋問調書)によれば、計画高潮が発生した場合に本件堰(ただし、本件堰地点のゲートを落下させたときの水深断面が別図36のとおりであることを前提とする。)が及ぼす影響は次のとおりであることが認められる。

ア 計画高潮のときの潮位に対する本件堰の影響

揖斐川マイナス0.6~32粁、長良川4.0~38粁の区域において、右区域の下流端(河口)で伊勢湾台風のときの横満蔵量水標(木曽川河口から2.5Km)の観測水位を河口部での計画高潮位(TP4.52m)に引き延ばした水位を与え、また、上流端では伊勢湾台風のときの河口での最高潮位の前後に現れた流量として長良川一〇〇〇m3/秒、揖斐川五〇〇m3/秒を与え、河道断面は揖斐川のマイナス0.6~2.0粁及び長良川の4.0~30.0粁の区間は低水路を浚渫した計画断面として河川水位を求めると、ゲート全開の場合と、ゲートが故障し、ゲートを河床に落下させて水深断面が別図36のようになった場合(前示のとおり、本件堰のゲートは万一の場合ロックを外すことによって河床に自然落下させることが可能である。)の水位は別表11のとおりであり、ゲート全開の場合とゲートが故障してゲートを河床に落下させた場合とでは水位がほとんど変わらず、ゲートが全門故障した場合でも計画高潮時の水位に対して影響を与えることはない。

イ 計画高潮のときの風波に対する本件堰の影響

潮位としては長良川河口部における計画潮位であるTP4.50mを与え、波の入射方向はS、S12°E、SSE、SSWの四種類とし、いずれも河口部での現地波高を3.00m、波の周期を7.50秒とし、河道断面は計画断面(マイナス0.6粁から揖斐川・長良川合流点の間は低水路幅五〇〇m、合流点から上流の長良川は三〇〇m、敷高はTPマイナス6.00m)とし、堤防の断面は広い前小段を設けた計画断面形を用いた模型実験(これは、伊勢湾の計画高潮に対する対策の策定のために建設省土木研究所が行ったものである。)によれば、波の入射方向S12°E及びSの場合に河道内波高が大きくなり、河口堰付近の4.0~6.0粁の区間の波高、周期、堤防へのうち上げ高など(実験値を現地の値に換算したもの)は別表12のようになる。

このとき、故障によりゲートを引き上げることができず、ゲートを河床に自然落下させて水深断面が別図36のようになった状態で波がゲート上を通過すれば、その通過の際にゲートにより0.176mの反射波が生じることが予想される。これに河道出現波高1.07mを加えて、堰のすぐ下流側における重複波高は約1.25mとなる。しかし、0.176mの反射波高は、堰から下流へ遠くなるほど逆風の作用と河床摩擦の影響を受けて減少する。堰のすぐ下流側での波の左岸堤防へのうち上げ係数として別表12の0.615を用いると、1.25mの重複波高に対してうち上げ高は0.769m(1.25m×0.615)となる。したがって、それに本件堰地点付近の計画潮位TP4.80mを加えると、左岸堤防へうち上げる風波の波高標高はTP5.57mとなる。

ところで、この付近の計画堤防高はTP5.8mであるから、堤防天端まではなお余裕が残っており、堰の設置による風波の反射は左岸に支障を与えない。また、堰の位置から右岸までの距離が非常に長いので、反射波は逆風と河床摩擦の影響を受けて減衰し、右岸に達したときには反射波高はほとんど零になると予想される。したがって、右岸に対しては反射波の影響は全くない。

(3) ところで、細井教授の検討は、本件堰地点の水深断面が別図36のとおりであることを前提とするものである。現時点の計画では本件堰地点の水深断面は別図35のとおりである(前示のとおり)が、別図36と別図35を比較すれば、細井教授が前提とした本件堰地点の水深断面に比べ、現状の方が高潮に対して障害にならないことは明らかである。したがって、現状の水深断面においても、本件堰が高潮時の潮位に対して影響を与えることはなく、また本件堰によって生ずる反射波も左右の堤防に支障を与えるものではないということができる。

(4) なお、原告らは、「伊勢湾台風の際、長良川を遡上、伝播した風波が伊勢大橋(長良川5.8粁地点)のトラスに激しく打ちつけ、トラスに打ちつけた波が堤防側へと跳ね返り、それが堤防を超えて破堤したが、細井教授の検討における潮位条件は計画潮位(木曽三川河口部においてTP4.52m)であり、それは、伊勢湾台風時の最高潮位TP3.9m(名古屋港)よりも波高が高くなる条件であるにもかかわらず、右検討における波高は伊勢湾台風時に実際に発生した波の波高よりの小さな値になっている。」旨主張する。

しかしながら、前示のように、伊勢湾台風当時の長島町の堤防は、高さTP四m程度の土堤で、越波に対しては脆弱な構造であり、伊勢湾台風時の実績高潮位TP3.89mに波浪が加わって随所で越波破堤したものであり、乙第一三九号証によれば、長島町内においては伊勢大橋の二〇〇m下流地点のほか一四か所と至るところで破堤したことが認められるのであって、伊勢大橋と破堤との間に特別な因果関係があるとはいえない。また、伊勢湾台風時に高潮が伊勢大橋のトラスに激しく打ちつけたことを認めるに足りる証拠もない。

また、原告らは、細井検討で用いられたうち上げ係数の根拠が不明である旨主張する。しかしながら、乙第二七号証によれば、右うち上げ係数は前示の建設省土木研究所が行った模型実験の結果河道内波高が最も大きくなる波の入射方向Sの場合の各地点の波高等から合理的に推定された値であることが認められるのであり、その根拠が不明であるとする原告らの主張は理由がない。

4  名古屋港高潮防波堤設置の影響

原告らは、伊勢湾台風後名古屋港高潮防波堤が設置され、木曽三川河口部は伊勢湾の最奥部となって高潮の危険が増大した旨主張するので、この点について検討する。

(一) 乙第一四〇、第二〇〇及び第二〇一号証並びに証人中村の証言によれば、高潮防波堤の設置に当たり、名古屋港港湾管理者は気象庁などの協力を得、伊勢湾台風規模の台風が来襲した場合高潮防波堤の存在がその外側の潮位・流動にどのような影響を与えるかについて、別図37のとおりに地形(海岸形、水深)モデルを設定して解析していること、右解析の結果によると、高潮防波堤によって湾奥を完全に締切った場合でも、高潮防波堤の外側での潮位や流動の変化はわずかにすぎず、潮位に数cm程度の差があるにすぎないこと、また、開口部が五〇〇m及び三〇〇mの二箇所ある場合(これが現在設置されている高潮防波堤に一番近い。)の検討でも、高潮防波堤の外側の潮の状況は、右とほとんど変わらないことがそれぞれ認められる。

(二)(1) この点に関し、原告らは、「乙第一四〇号証(『名古屋港港湾計画資料、伊勢湾高潮の綜合調査報告』)では高潮防波堤がある場合最奥部である別紙37のJ10−11・I16−17の潮位が唯一高くなり、しかも急激に潮位が高くなっているところ、木曽三川河口部であるJ11−12・I16−17の潮位を解析したならば、J10−11・I16−17の潮位を更に上回るはずである、しかも、右解析においては高潮防波堤に沿う流量が存在しないとの仮定に立っているが、水深のない自然の海岸ではなく、水深のある高潮防波堤でそれに沿う流量が全くないというのは無理な仮定であり、実際にはJ12に沿った北向きの流れがあるから、最奥部である木曽三川河口部(J11−12・I16−17)の潮位は更に高くなる。」旨主張する。

(2) 確かに、乙第一四〇号証では、高潮防波堤がない場合の気象潮(潮汐の干満による海面の高さの変動を除いた気圧などの気象じょう乱によって潮位が上昇する値)の最大偏差の分布図(別図38である。)と幅五〇〇mの開口部を設けた高潮防波堤を設置した場合の気象潮の最大偏差の分布図(別図39である。)を比較すると、高潮防波堤の外側域では、高潮防波堤がある場合の方がない場合よりも全般的に気象潮の潮位が低いが、J10−11・I16−17だけは、高潮防波堤がある場合の方がない場合よりも唯一高くなっている。

しかしながら、乙第二〇〇号証及び乙第一四〇号証の体裁及び内容並びに証人中村の証言によれば、乙第一四〇号証は乙第二〇〇号証(「気象庁技術報告、伊勢湾高潮の総合調査報告」)を資料としていることが明らかであり、乙二〇〇号証の数値を信頼すべきである。乙第一四〇号証が乙第二〇〇号証を資料としていること、別図39のJ10−11・J16−17の「二八六」の数値が乙第一四〇号証本文の記載内容と矛盾することに鑑みると、右数値は、乙第二〇〇号証の付図4gのJ10−11・I16−17の「二五六」の数値を引用する際の転記ミスによるものと思われる。

なお、原告は、転記ミスではないと主張し、その理由として、①別図39では「二八六」という数値を前提とした等潮位線が描かれていること、②乙第二〇〇号証によれば、高潮防波堤の最直近外側のJ11−12、10−11では高潮防波堤がある場合の方がない場合よりも潮位が低くなっていて、高くなっているところはないが、J9−10では湾奥部で高潮防波堤がある方が潮位が高くなっているものがあり(付図3g)、これを整合性よく説明するためにはJ11−12、10−11では最奥部はより潮位が高くなるので湾口部は潮位が低くなると考えるのが合理的であり、別図39のようになると考えざるを得ないことを挙げる。

しかしながら、等潮位線は数値を前提として引かれるものであると考えられるから、数値の転記ミスと等潮位線の存在は矛盾しないので、右理由の①は失当である。また、右理由の②も、乙第一四〇号証が乙第二〇〇号証を資料としていることと相容れないことであり、また、乙第一四〇号証の本文の記載内容とも矛盾することになるので、失当である。

(3) また、乙第二〇〇号証では、解析の境界条件のうち「海岸の条件」として、防潮堤、護岸のような人工的な直立境界ではそれに沿う流れはないとしているだけであって、高潮防波堤に沿う流量が存在しないとしているわけではない。したがって、本件解析は高潮防波堤に沿う流量が全くないとの仮定に立っているとする原告らの主張は失当である。

(三) 以上のとおりであって、名古屋港高潮防波堤が設置されたことにより、木曽三川河口部は高潮の危険が増大したと認めることはできない。

5  揖斐川堤防への影響

第一及び第二原告目録記載の原告らは、本件堰が設置されると、高潮時の揖斐川の負担が過大になり、揖斐川堤防が溢水・高波等で決壊すると主張している。

しかしながら、本件堰付近の堤防は高潮堤防として整備されており(少なくとも暫定完成して、十分な高さを備えている。)、本件堰のゲートが全開されればその堤防に与える影響は小さく、仮にゲートを操作できず河床に自然落下させたとしても、右高潮堤防で十分対処できることになるので、本件堰が設置されると、高潮時の揖斐川の負担が過大になり、揖斐川堤防が溢水・高波等で決壊することになるとは認められず、原告らの右主張は理由がない。

四  津波に対する安全性

1  津波時のゲート操作

(一) 乙第二〇四号証及び証人中村の証言によれば、地震が発生し、本件堰付近に大きな津波の到達が予測される場合には、本件堰のゲートを計画堤防天端高より高く引き上げることとしていること、右ゲート操作は、最終的には公団法二一条、二二条の手続きを経て決定されるのであることがそれぞれ認められる。

(二) ところで、右のようなゲート操作を行うためには、的確に津波を予測し、確実にゲートを操作することができることが不可欠となってくる。

日本で地震が発生した場合は、地震や津波の情報は直ちに気象庁から発表されることになり、チリ地震(一九六〇年)のように日本国外で発生した津波が日本に到達するような場合にも事前に情報を収集することが可能であるから、津波の予測に関しては特に問題はない。しかし、洪水や高潮の場合と異なり、津波の場合にはその性質上十分な時間的余裕をもって対策をたてることが困難な場合も考えられるので、被告が地震や津波の情報を入手してから実際にゲート操作を完了するまでの時間的な余裕があるかどうかについて検討する。

乙第二七、第五〇及び第二〇四号証並びに証人中村の証言によれば、過去伊勢湾内に比較的大きな津波をもたらした地震は、宝永地震(一七〇七年)、安政地震(一八五四年)、東南海地震(一九四四年)、チリ地震等で、その震源はいずれも伊勢湾外の外洋で発生したものであり、また、伊勢湾内の地震では大きな津波が発生することはないとみて差し支えないものと認められ、したがって、気を付けなければならないのは伊勢湾外の外洋で発生する地震ということになるが、乙第二七号証及び証人中村の証言によれば、伊勢湾口から木曽三川河口部まで津波が到達するのに二時間弱かかることが認められる。

前示のように、主電動機械によるゲートの開閉速度は0.3m/秒であるから、下段ゲートをTPマイナス6.0mの河床からTP5.8mの計画堤防天端高まで引き上げるのに要する時間は約四〇分である。

商用電源を使用する場合には他に時間を費やすものがないし、商用電源が使用できず、管理所内の二機の予備発電機を使用するとしても、その切替えは自動切替えで、しかも、右予備発電機はほとんど瞬時に一〇〇%の発電状態にすることが可能であり、仮に右予備発電機のうちの一機が故障したとしても、操作時間は二機の予備発電機の電源で動かす場合の二倍はかからないから、商用電源あるいは管理所内の予備発電機を使用することができるときには津波が到達する前にゲートを全開することが可能である。したがって、通常の場合には、ゲートを全開させることが可能であるといえる。

ただし、予備発電機が二機とも故障した場合、あるいは、主電動機が故障した場合には、各ゲートに設置された機側の予備発電機により予備電動機を駆動させてゲートを引き上げることになる。その場合、管理所内の予備発電機から機側の予備発電機への切替え及び主電動機から予備電動機への切替え自体は容易であるが、それぞれの切替えは管理所の職員が実際に各ゲートまで行って行うことになるため、それに要する時間があり、また、予備電動機によるゲートの開閉速度は一〇cm/秒以下であるため、ゲートを全開させることができない事態も起こり得る。

そこで、2において、ゲートを全開できた場合とできなかった場合に分けて本件堰が左右堤防に対して及ぼす影響について検討する。

なお、本件堰は耐震設計をされており、耐震性を有していることは、前示のとおりである。

2  津波時に本件堰が堤防に及ぼす影響

(一) ゲート全開時の影響

本件堰のゲートが計画堤防天端高より高く引き上げられると、川の中には幅五mの堰柱一三本が残ることになるが、前示のとおり洪水や高潮の際に堰柱による堰上げが堤防に及ぼす影響はほとんどなく、その事実と乙第五〇号証を総合すれば、津波の際にも堰柱による堰上げが堤防に及ぼす影響はほとんどないことが認められる。

(二) ゲートを全開することができなかった場合の影響

(1) 前示のとおり、津波が到達する前にゲートを全開することができない場合も考えられなくはなく、また、防災対策としてはゲート操作が不完全な事態であっても安全性が確保されていることを目指すのが望ましいと考えられるので、ゲートを全開することができなかった場合に本件堰が堤防に対していかなる影響を及ぼすかについて検討する。

(2) 旧訴において細井教授が右観点から検討を行っていることは当事者間に争いがなく、乙第二七号証(同教授の検討書)及び第五〇号証(同教授に対する証人尋問調書)によれば、次の事実が認められる。

木曽三川河口の段波津波の高さを一四九八年に発生した明応津波以降今日までで最大の津波高である二m(ただし、検討の前提として問題となるのは揖斐川沖合の津波高であるが、古い過去の津波の記録は海岸と陸地の境目か、若干陸地に入ったところでの目測に基づく記録であり、その値は沖合より高くなることから、揖斐川沖合の津波高を二mとするのは、実際に起こるより少し大きめのものといえる。)、堰下流水位を年間の朔望平均満潮位であるTP1.16m、ゲートの天端高を平常時の最高標高に近いTP1.16mとして(これは、細井教授が検討を行う際に設定した条件である。本件堰のゲートは、平常時は堰上流水位を安定水位に保ち、オーバーフローを基本として操作を行うため、堰下流水位がTP1.16mであればゲートの天端高はそれよりも高いことになるが、この検討は、ゲート操作についてのものではなく、ゲートが全開されなかった場合に本件堰が堤防にいかなる影響を与えるかについての数値解析であるので、右の点は、検討の支障になるものではない。)、発生した段波津波が本件堰のゲートに衝突すると、次のようになる。

ア 段波津波が変形せずにそのまま本件堰に衝突する理想段波の場合

(ア) 堰直下流の水位

段波津波が主ゲートⅠ型のゲート(別紙1のNo.3ないし9のゲートで、河床の水深はTPマイナス6.00mである。)に衝突した場合、水深が10.33m、したがって、水位はTP4.33mとなる。堰がない場合の水深は9.16m(6.00m+1.16m+2.00m)であるので、堰があることによって水位が1.17m高くなる。

次に、段波津波が主ゲートⅡ型のゲート(別紙1のNo.10のゲートで、河床の水深はTPマイナス3.50mである。)に衝突した場合、水深が7.80m、したがって、水位はTP4.30mとなり、段波津波が主ゲートⅠ型のゲートに衝突した場合の水位(TP4.33m)とほぼ同じ高さとなる。

なお、細井教授が検討の前提とした本件堰の構造と現在の構造が若干異なる(前示のとおり)ため、乙第二七号証には段波津波が主ゲートⅢ型のゲート(別紙1のNo.1及び2のゲートで、河床の水深はTPマイナス2.50mである。)に衝突した場合の数値解析の結果がないが、主ゲートⅠ型及びⅡ型のゲートに衝突した場合の数値解析の結果に鑑みると、ほぼ同様の水位となると考えられる。

したがって、堰直下流の水位はTP約4.3mになる。

(イ) 堤防への影響

左岸側には、堤防との間に高さTP2.2m、幅三五mのブランケットが存在し、この上には段波を止めるような障害物は何もない。したがって、堰のゲートで反射したときの段波の高さは堰がない場合に比べて約1.17mだけ高くなるが、この堰上げられた段波は、幅三五mのブランケット上に拡がるので、堤防の位置における段波の高まりは1.17mよりも小さくなる。すなわち、段波津波が堰で止められても、その水面高はTP4.33m以下であって、計画高潮位の4.80mよりも低いので、左岸堤防に対して堰の存在は何ら支障を及ぼさない。

また、右岸側には、揖斐川の河道幅員が約五〇〇mもあるから、堰による段波の高まりの影響は右岸堤防の位置では非常に小さくなるので、水面高はTP4.8mよりも低くなる。したがって、右岸堤防に対して堰の存在は何ら支障を及ぼさない。

イ 段波津波が河道を遡上するに従い変形して分散波(波状段波)となってゲートに衝突する場合

分散波の波高は、理想段波の波高の二倍になるので、二mの理想段波の場合分散波の波高は四mとなる。この分散波が堰を通過すると反射波が生ずるが、その波高は1.2mである。したがって、堰の下流側には5.2m(4m+1.2m)の重複波が生ずることになる。

ところで、堰の左岸側にはTP2.2m、幅三五mのブランケットが設けられているが、四mの波状段波のときの静水面はTP3.16m(TP1.16mに波状段波の高さの二分の一を加えた高さである。)であるので、ブランケット上の水深は0.96m(TP3.16m―TP2.2m)で非常に浅く、5.2mの前記重複波はブランケット上で完全に砕波して著しく小さくなり、静水面上のうち上げ高は0.88mとなる。したがって、堤防へのうち上げた波の波高標高はTP4.04m(TP3.16m+0.88m)となる。堤防天端高TP5.80mまでは大きな余裕があるので、堰によって生じる反射波は左岸堤防には何ら支障を及ぼさない。

また、右岸側に対しては、堰から右岸堤防までの距離が非常に長く、しかも、その途中にはTP2.2mの溢流堤や揖斐川の右岸のブランケットなど水深が浅い場所があるので、反射波が右岸に向かって伝播する間に、砕波や河床摩擦の作用を受けて、右岸の位置では反射波の波高は零と考えてよく、堰の設置は右岸堤防に何ら支障を及ぼさない。

(3) ところで、前示のとおり、本件堰のゲートは万一の場合ロックを外すことによって河床に自然落下させることが可能であり、このような操作を行うことができた場合、ゲートの天端高は別図35のようにTP1.16mよりもかなり低くなるから、本件堰による反射波が小さくなることは明らかであり、本件堰の影響は更に小さくなることになる。

(4) なお、原告らは、湾奥部の方が波高が大きくなるところ、名古屋港高潮防波堤完成後は木曽三川河口部が湾奥となることから、木曽三川河口部での津波の波高については、過去の記録から湾奥部である熱田での津波の波高の四mを採用すべきであると主張している。

しかしながら、乙第二五五号証によれば、名古屋港高潮防波堤は昭和三九年に完成していることが認められるところ、乙第二七号証によれば細井教授が本件検討を行ったのはそれから一〇年以上も経過した昭和五二年であることが認められるから、本件検討は高潮防波堤が存在していることも考慮してなされたものと考えられるし、また、乙第二六〇号証によれば、木曽三川河口部の地形の条件は熱田付近と大きく異なっていることが認められるのであって、単に名古屋港高潮防波堤完成後において木曽三川河口が湾奥となったから熱田の記録を採用すべきとする原告らの主張は、地形条件の違いと、それに伴う波高の変化を全く無視するものである。

したがって、四mの波高を採用すべきであるとする原告らの主張は理由がない。

3  揖斐川堤防への影響

第一及び第二原告目録記載の原告らは、本件堰が設置されると、津波時の揖斐川の負担が過大になり、揖斐川堤防が溢水・高波等で決壊すると主張している。

しかしながら、本件堰のゲートが全開されればその堤防に与える影響は小さく、仮にゲートを操作できなかったとしてもゲートによる反射波は左右の堤防に支障を及ぼすことはないから、本件堰が設置されると、津波時の揖斐川の負担が過大になり、揖斐川堤防が溢水・高波等で決壊することになるとは認められず、原告らの右主張は理由がない。

第九  漏水対策

一  本件事業による堰上流水位の変化とその影響

本件事業完成後は、平常時には、堰上流水位はTP1.3mを上限としTP0.8mとの間で管理されることは前記認定のとおりである。

本件堰が建設されると、堰上流水位が現状よりも上昇することは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、甲第三〇号証の一、乙第二五、第一三二及び第一八三号証、証人小寺及び同中村の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、現在本件堰地点の潮位は、最高満潮位がTP約2.1m、朔望平均満潮位がTP約1.2m、平均潮位がTP約0.2m、朔望平均干潮位がTP約マイナス0.8m、最低干潮位がTP約マイナス1.3mであり、長良川の水位も河口から上流三〇粁地点付近まではこの潮汐の影響を受けて変動しているが、本件事業が完成し、平常時において堰上流水位をTP1.3mを上限として管理することになると、本件堰から上流では潮汐による河川水位の変動がなくなり、本件堰地点から二五粁地点付近までの河川水位は現況の平均水位より上昇することになることが認められる。

ところで、現在この区域の沿川にある長島・高須の両輪中の堤内地は、いわゆるゼロメートル地帯(高須輪中の地盤高が二五粁地点より下流部ではTP0.0~マイナス0.5mであることは当事者間に争いがなく、乙第一八三号証によれば、長島輪中の農地等の大部分の地盤高がTPマイナス1.0~マイナス2.0mであることが認められる。)であり、後記認定のとおり、表面が透水性の極めて低い耕土で薄く覆われ、その下に厚さ数メートルの比較的透水性の低いシルト質細砂の層が分布していることから、地下水は強い被圧状態となっていて、平常時においても湿地化の状態にあり、かねてよりその対策が要請されている地域である。

このような地域において、本件事業完成後、堰上流水位がTP1.3mを上限として保たれることになると、何らかの対策を講じなければ、長良川から堤内地への浸透水の量が増加することになり、長島・高須輪中で堤防への影響や堤内地の湿潤化が懸念されることになる(このことは、当事者間に争いがない。)。

二  漏水対策工

1  漏水対策工の施工

右一のとおり、堰上流水位の上昇により長島輪中や高須輪中の堤防への影響や堤内地の湿地化が懸念されることから、被告は、その対策として漏水対策工を行うことにしており、その基本は、堤防の外側(川側)にブランケット工を施工し、堤内地には平面排水対策工を施工するものであること、高須輪中において施工する平面排水対策工は、第一線承水路、堤脚水路、暗渠排水管及び湧水処理工であり、その概念図(ただし、湧水処理工を除く。)が別図17のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  ブランケット工

右1の事実に、甲第二七、第二九、第四五及び第四六号証、乙第二三号証の六、第九三、第九五及び第一八三号証、証人小寺及び同中村の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) ブランケット工は、一般に堤防からの浸透水を低減させるために、堤防の前面を盛土・造成し、浸透流路を長くすることにより地下水面勾配を緩くして、地下水の浸透を緩和する目的でなされる工法である。

被告が現在施工しているブランケット工は、別図17のとおり、川表に河床土砂を幅五〇から七〇m程度に盛土し、その表層は厚さ六〇cm程度の粘性土の層で覆い(この際、ブランケットの高さが、TP2.2mになるようにする。)、表面には原則として芝を植え、川の方向に排水のための勾配を付け、更に川側の流れに接する部分には低水路護岸を施工し(根固めブロックを設置する。)、護岸の下にはTP1.3mから下方に約一〇mの鋼矢板を打つ構造としている。

本件事業が完成し、平常時において堰上流水位をTP1.3mを上限として管理すると、本件堰から二五粁地点付近までの長良川水位は現況の平均水位より上昇することになることから、被告は、本件堰から右地点までブランケット工を施工することにしている。

(二) ブランケット工を施すと、地下水の浸透が緩和されるほか、特に洪水時においては、ブランケット工の表層に粘性土が張られているため、この上に水が乗っても格段に高い防水機能を発揮し、更に、堤防の法先付近の水深を浅くすることによってその付近の流速が低下するため、堤防が流水によって浸食されることを防ぎ、堤防本体の根元を幅広く保護する(すなわち、河川の断面形は、低水断面とブランケット《高水敷》の二断面の複断面形を形成することになるが、河川水の流速は大体水深に比例し、水深が深いところほど流速が速くなり、水深が浅いと流速も小さくなるので、洪水時、低水断面では流速が速く多くの洪水を流すことができる一方、ブランケットのところは水深が浅いので流速が小さくなり、堤防本体の根元を幅広く保護することになる。)ので、堤防の安全性は現状より著しく向上する。

(三) なお、高須輪中の一六粁地点付近におけるブランケット工の施工前後の堤内地の地下水面を比較すると、ブランケット工の施工前における堤内地の平常時の地下水面は、潮汐による河川水位の変動に伴い変化していたが、ブランケット工の施工後は、その変化がほとんどなくなった。

また、この地区は、従前の洪水時にガマ(自噴水)の発生がみられたが、ブランケット工の効果により平成二年九月の台風一九号による洪水時にはガマの発生がみられなかった。

3  平面排水対策工(ただし、原告らの中には長島輪中に居住する者がいないので、高須輪中に施工するものについて論ずる。後記の「漏水対策工の効果」についても同様である。)

(一) 概要

乙第四八及び第九五号証、証人小寺及び同中村の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 堤内地側に施す漏水対策工は、平常時の長良川水位の上昇による浸透水を計画的に静かに抜いて堤内地の地下水圧を減少させて湿地化を防止し、併せて堤防裏法先付近の過湿化を防止して堤防本体の安全性を確保することを目的として設置されるものである。

(2) 堤内地側に施す一般的な漏水対策工としては、堤防沿いの深部に暗渠式承水路を設置し、承水路水位を地下二~三m程度にコントロールして、付近の地下水位を下げることにより対処する方法と、浸透水による影響が予想される区域の既設排水路網を整備・改修するとともに堤防沿いに開水路を設け、排水路の水位を現状より低下させてコントロールするとともに、田面下に暗渠排水管を埋設して、地下水位の上昇に面的に対処する方法(平面排水対策工)とがある。

被告は、当初暗渠式承水路を施工する予定であったが、別途事業で圃場整備の事業計画が検討されることになり、地元関係者が被告の施工する漏水対策工とその圃場整備事業との整合性を望んだことや、水路の施工及び維持・管理が開水路では容易であること、浸透層が厚い場合には堤体下部の深層を浸透した地下水は堤防から遠く離れた区域まで到達することなどを勘案し、平面排水対策工を採用することとした。

(二) 第一線承水路・排水路

(1) 乙第六九、第九五及び第一八三号証、第二五四号証の二、証人小寺及び同中村の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 被告は、前示のように高須輪中で実施される圃場整備事業との整合性をもたせるため、地区内に設けられている農業用排水路を十分な断面と強度を備えた構造に整備・改修し、特に堤防沿いに連続する水路は、周囲をフィルターで取り囲み承水機能を有した構造に改良する(これが「第一線承水路」である。)とともに、排水路水位は、現況の排水系統を利用し、現在よりも常時三〇cm程度低下させて管理を行う予定である(現在、高須輪中の一六粁地点付近では堤内地の排水路等の水位はTPマイナス0.5m程度で管理されているが、将来はそれを約三〇cm低下させ、TPマイナス0.8mで管理する予定である。)。

第一線承水路は、長良川からの浸透水の相当部分を排水して堤脚付近の地下水位を確実に低下させ、堤防裏法先の過湿化を防止して堤防の安全性の向上に寄与するとともに、堤内地の湿潤化を防除する機能を持つ主要な施設であり、排水路とともに排水系統全体の中で主要な役割を果たすものである。

イ 第一線承水路は、地下浸透水を集めて排水するものであるから、地下浸透水を集める能力と排水路として堅固で安定した構造物であるという二つの機能をバランスよく併せ持つ必要がある。したがって、その構造は、別図19のとおりとされている。すなわち、水路周辺には土粒子の吸い出しを防ぐための吸い出し防止材として化学繊維系の土木シートを敷設し、土木シートの内側には適当な粒度分布を有する砂利・砂等からなるフィルターを設け、側壁はコンクリートブロックを空積みし、水路底はコンクリート底版で押え、浸透水を静かに抜く構造としている。

この土木シートは、土粒子を抑え、水を通す機能を有するものであるが、どういう土に対してどういう規格の土木シートを使用すれば目詰まりを起こさないかという試験法(目詰まりテスト)が確立されていることから、周囲の土に適合したものを使用する限り目詰まりの不安はないとされている。また、その内側に設けられる砂利・砂等からなるフィルターは、承水路周辺の土層の性状に応じた適切な粒度分布を有する材料で施工されることになっている。これらのフィルターシステムは、承水路周辺の土層が崩れないように物理的に支持するとともに、承水路に向かう地下水の通過を容易にする構造を有するものであり、機能を永続的に保持し得る構造になっている。

(2) ところで、原告らは、被告が施工する第一線承水路につき、①底部はコンクリート枠にコンクリート底版が設置されており、透水部分がほとんどない上、コンクリート底の下部は土木シートがあるだけでフィルターが設置されていないから、下方から地下水を集水する構造になっていない、②側面はコンクリートブロック積みで、透水部分はブロックの隙間だけであるから、透水部分はわずかしかなく、側面からの集水機能も大きくない、③第一線承水路は、一本の、線的に施工されている開渠方式のものであって、その水位が地表下数メートルではなく、大江川水位(TPマイナス0.8m)でしかないから、地下水圧を低下させる機能は大きくないとそれぞれ主張する。

しかしながら、第一線承水路の底部は、その全面に土木シート及び砂利・砂等からなるフィルター材が敷設されてフィルターとして機能するようになっており、しかも、別図19のフィルター部(A―A断面)においては、コンクリート底版の周りに直接フィルター材が出ており、承水路底面の全面で受ける浸透水を直接水路に浸出させる構造を有している。また、第一線承水路の横方向からはブロックの隙間から水が入ってくることになるが、証人小寺の証言によれば、隙間の面積そのものは少なくても、フィルター材には相当粗い砂礫を使用しているので透水係数が非常に大きく、十分に浸透水量を水路に向かって浸出させることが可能であることが認められる。更に、乙第九四号証及び証人小寺の証言によれば、広島県福山市にある芦田川河口堰においては、堰本体完成後の昭和五二年ころ試験湛水を実施したところ、堤脚水路を施工していない箇所で漏水被害が生じたので、当該箇所に堤脚水路等を施工したところ漏水問題が解消されたことが認められるが、後記認定のとおり、堤脚水路は第一線承水路と同一の構造を持つものである。

結局、原告らの右主張は、第一線承水路の構造、その効果に関する解析結果及びその実績を看過するものであり、理由がない。

(三) 堤脚水路

乙第九五及び第一八三号証、証人小寺及び同中村の各証言によれば、被告は、第一線承水路が堤防から遠く離れた堤内地盤の低い一部の地区において、堤脚付近の地下水位を低下させ、堤防裏法先付近の過湿化を防止して堤防の安全性を向上させるため、必要に応じて堤脚水路を設置することにしていること、堤脚水路は第一線承水路と水路で連結されること、堤脚水路は、第一線承水路と同一の構造を有する(ただし、規模はこれより小さい。)ことがそれぞれ認められる。

後記のように、堤脚水路には第一線承水路同様長良川からの浸透水が集中することになるが、第一線承水路と構造が同一であるので、やはり周辺の土層が崩れないように物理的に支持するとともに、堤脚水路に向かう地下水の通過を容易にする構造を有しており、機能を永続的に保持し得る構造になっているということができる。

(四) 暗渠排水管

(1) 乙第九五及び第九六号証、証人小寺及び同中村の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、耕作土の下約一五cmの位置(耕作土の厚さが約五〇cmあるので、暗渠排水管の位置は地表面下約六五cmのところになる。)に籾がらのフィルターで周囲を防護した暗渠排水管(管径五〇mmの多孔管)を網目状に埋設することにより、耕作土層を中心とする地表面付近の地下水位の低下を図ることにしていること、暗渠排水管は別図20及び21のように設置されるが、それは耕作土層の残留水を排除すると同時に、長良川から浸透してくる水が耕作土層内に水分を補給して湿地化を招来することからその元となる浸透水を排除することによって耕作土層の湿地化を防ぐことになること、暗渠排水管に集水された水は排水路に排水されることがそれぞれ認められる。

(2) ところで、原告らは、暗渠排水管について様々な主張をしているので、それらについて検討する。

ア 原告らは、暗渠排水管は下方の地下水を集水する構造になっていないと主張する。

しかしながら、暗渠排水管の設置の仕方をみると、別図20のA、D、E、Hの各点を順次結んで囲まれた範囲(すなわち、籾がらフィルターを詰めたところ)に浸透してくる水を暗渠排水管を通じて排水するシステムになっていることは明らかである。すなわち、B点及びG点はTPマイナス0.8mであり、本件事業完成後の排水路等の管理水位の高さであるが、その上の余分な水はもとより、それより低い部分から浸透してくる水(BC辺及びFG辺の耕作土から浸透してくる水及びその下の層のCD辺、DE辺、EF辺の部分から浸透してくる水)を集水する機能を有していることになる。

イ また、原告らは、暗渠排水管の位置が地表面下六五cmと浅く、透水層の地下水を集水し地下水圧を低下させるためには貫入深さが小さすぎると主張する。

しかしながら、前示のように堤内地の地下水位を低下させる主要な施設は第一線承水路及び排水路であり、暗渠排水管は耕作土層を中心とする地表面付近の地下水位の低下に対する役割を担っているにすぎないのであるから、その機能を果たすためには右のような設置方法をとっても、何ら障害はない。

また、前示のように暗渠排水管で集めた水は排水路に排水されることになるため、仮に原告らが主張するように暗渠排水管の貫入深さを大きくすると暗渠排水管で集めた水を排水路に排水できない事態となってしまうし、地表面から離れることによって地表面付近の地下水の流れに対する支配力が小さくなってしまい、本来の効果を減ずることになってしまう。

ウ 更に、原告らは、「フィルターの材料は対象土の粒土組成に応じて慎重に決定されるのが通常であるが、被告の設置する籾がらフィルターは、大量に安価に材料を入手できるという点から選ばれたものであって、当該対象土の粒土組成から適切であるという点で選ばれたものではなく、また、籾がらは有機物であって土粒子のような無機物ではないから、その腐食によるフィルター材としての劣化は長期的には避けることがでない。」旨主張する。

しかしながら、乙第七四号証、証人小寺の証言及び弁論の全趣旨によれば、フィルターは、透水性が大きく、しかも土粒子を動かさない機能を有することが不可欠であるところ、籾がらは、透水性が大きく、しかも土粒子を現位置から動かさないという性格を持っていて、更に他の有機物と比較して腐蝕が進行しにくく耐久性にすぐれているため、広くあらゆる土壌のフィルター材として用いられており、その有用性、実用性が十分に実証されていることが認められる。

仮に相当の長期間の経過により、籾がらの薄い部分から土粒子が混入したり、籾がらの腐食によって暗渠排水管が目詰まりを起こしたとしても、前示のとおり、地下水位を低下させる主要な施設は第一線承水路及び排水路であり、暗渠排水管は耕作土層を中心とする地表面付近の地下水位の低下に対する役割を担っているにすぎないのであるから、堤防の安全性を害することにはならない。また、暗渠排水管が目詰まりを起こせば、その周辺の地表面が湿潤化するからその発見は可能であり、その場合、暗渠排水管は地表面近くに埋設されているので、その対策もたてやすいことになる。したがって、原告らの右各主張はいずれも理由がない。

(五) 湧水処理工

乙第一四六号証の一及び二、証人小寺及び同中村の各証言によれば、堤内地の土地のうち第一線承水路より川側の土地は、河川からの浸透水の影響を強く受けるため湿潤化しやすいので、被告は、局所的な対策として湧水処理工を設けることにしていること、湧水処理工の設置を予定しているのは、既に湿潤化しており、利用の面から問題がある場所であること、湧水処理工の構造は、別図21のとおりであり、3.5m四方の穴を掘り、その中に割栗石を入れ、その周りを土木シート等で覆って土粒子が流れ込まずに水だけが抜ける構造の集水枡を作り、その中に多孔管を入れて浸透水を第一線承水路に排水することになることがそれぞれ認められる。

三  漏水対策工の効果

1  漏水対策工の効果についての被告の解析

被告がその実施する漏水対策工の効果について解析を行っていること、被告の解析は、長良川沿いのある一定の地点を代表地点に選定した上で、右地点の地質及びその透水係数の解析モデルをもとに数値解析によって現状あるいは堰完成後の地下水圧分布を求める方法によってなされたものであることは、乙第九五号証及び弁論の全趣旨により明らかである(以下この乙第九五号証の解析をこの「三」において「被告の解析」という。)。

2  解析の前提条件の妥当性

ところで、ある解析の結果が信頼し得るものであるためには、その解析の前提となる条件が妥当なものであることが必要であるが、原告らは、被告の解析のための対象地点選定の妥当性(つまり、その地点での解析を一般化できるかどうか)及び選定した地点の地質・透水係数の解析モデルの妥当性を問題にしているので、それらの点を含め、まず、被告が採用した前提条件の妥当性について検討する。

(一) 解析理論(基礎微分方程式及びその計算方法)の妥当性

甲第二七号証、乙第二三号証の六、第九五号証及び証人小寺の証言によれば、被告は、長良川下流部沿岸の各地層がほぼ水平に分布していることから漏水現象は二次元の問題として取り扱うことができ、二次元定常浸透がダルシー(Darcy)の法則(滲透層内の見掛けの流速《多孔質媒体中の空隙を通る実際の流速ではなく、媒体全体を水が通るとみなした場合の流速》は流れの方向の圧力勾配に比例するという法則である。)に従うことから、浸透流場を支配する基礎微分方程式は、

であるとし、その計算は有限要素法(FEM)によって行ったこと、右解析理論は一般に用いられているものであり、しかも、技術計算の理論・方法と計算手法・計算機の発達した今日では右解析理論には問題がないことがそれぞれ認められる。

(二) 解析対象地点選定の妥当性

(1) 被告が長良川一六粁地点右岸を解析のための対象地点に選定したことは、当事者間に争いがない。

ところで、乙第七五号証、第一一七ないし第一二二号証(第一一八号証については枝番を含む。)、第一二四、第一二五及び第一八三号証並びに証人小寺の証言によれば、次の事実が認められる。

ア 木曽三川下流部デルタ地帯に位置する高須輪中の地質特性

臨海沖積平野におけるデルタ地帯(三角州平野)においては、地質は、地表から頂置層、前置層、底置層の順に平面的な広がりをもって層序をなしているが、高須輪中の存在する木曽三川下流部一帯は、この典型的なデルタ地帯である。

底置層とは、後氷期(氷河時代の後)の縄文海進(紀元前九〇〇〇~六〇〇〇年)と呼ばれる海面上昇期に海底に沈澱堆積して形成された海成粘土層である。この層は圧密が進行しておらず軟弱でN値(後記のとおり)も小さい。また、実質的に不透水層とみなされる。高須輪中の場合、底置層の上面は地表面下約一五mに達している。

前置層とは、縄文海進の高頂期(海面の上昇速度が小さくなり、ゼロとなり、更にわずかながら低下し始める時期)の紀元前六〇〇〇~五〇〇〇年から現在までの間に、河口から沖合の海に向かって、その前面すなわち前置傾斜が海底から海面まで安息角程度の急勾配で水深一〇m程度の内湾奥部の浅海に堆積しながら前進し底置層を覆うように形成された海成砂層である。実質的に透水層である。木曽三川下流部についていえば、奥行きは約四〇Kmで、その前進速度は八m/年程度であったと推定されており、その前縁は現在の海岸線から一ないし二Kmの沖合に達している。

頂置層とは、前置層の上面を流れる河川が氾濫した際に、その氾濫水に含まれる懸濁物質が沈澱堆積して形成されたシルトを含む細砂あるいは粘土を介在する河成層であり、その終縁は海岸線である。木曽三川下流部についてみると、この終縁は長島輪中を東西に横切る線にある。頂置層は海面の高さ以上に形成される河成層である。海成層と異なりこの層には浮力が働いていないので、下位の地層に比較的大きな荷重となる。下位の層、ことに底置層は圧密しやすい層なので、頂置層は、その厚みを増すとともに沈下していく。高須輪中についていえば、頂置層の下面は海面下約五m程度に達する。頂置層は河川の氾濫堆積層であり、最下流部では極く細粒の土粒子が広範囲に薄く連続して水平に沈澱堆積して形成されている。実質的に半透水層あるいは難透水層である。ただし、河川の流路にあったところ、すなわち、現河道低水路や旧河道澪筋では流水の力が大きいので頂置層は流出し砂の前置層が露出したり掃流砂が堆積するが、高須輪中の二五粁地点より下流の長良川右岸堤防敷(堤防基礎地盤)及び同堤防沿いの堤内地には旧河道がほとんどないので、頂置層は連続して形成されている。

イ 長良川右岸地質透水性断面図

乙第一一七号証の長良川右岸地質透水性断面図(長良川右岸の約六粁地点から約二六粁地点までのものである。以下「本件地質透水性断面図」という。)は、建設省木曽川下流工事事務所が、本件堰建設に伴う漏水問題に対する対策のための基礎資料とするため訴外株式会社応用地質調査事務所に委託して作成したものであり、前示の高須輪中の地質特性及び次に掲げる調査データを参考として作成されている。

(ア) 地質柱状図

地質柱状図は、ボーリングの際に採取される地質のサンプルを肉眼及び手触りで判定して作成される。

ただし、透水性に最も影響を与えるのは有効径(後記のとおり)といわれているので、その透水性を地質柱状図の地質名表記によってのみ決定することはできない。

(イ) N値

N値とは、土の硬軟、締まり具合の相対値を知るための数値であり、重量63.5kgfのハンマーを七五cm自由落下させ、標準貫入試験用サンプラーを三〇cm打ち込むのに要する打撃数をいう。N値は、ボーリングの際に深度一~二m毎に測定が行われる。

地表面に極く近いところに平均的に薄く堆積しているデルタの地層のように、締まり具合も緩く、かつ、ほぼ一様と考えられる場合には、N値の変化は地質の変化を予想させる。一般に、N値は砂礫層(粒径二〇〇〇ミクロン以上)、砂層(粒径二〇〇〇~七四ミクロン)、シルト層(粒径七四~五ミクロン)、粘土層(粒径五~一ミクロン)の順に小さくなる。同じ砂層でもシルト分、粘土分の含有率が多くなるとN値は小さくなる。したがって、N値の変化を注意深く見ることにより地質区分を判断資料にすることができる。

(ウ) 粒度試験

粒度試験とは、採取した土をふるい分け試験(粒径七四ミクロン以上の土粒子に用いる。)及び沈降分析(粒径七四ミクロン未満の土粒子に用いる。)によって土粒子の粒径を分析し、その粒径の分布から土の透水性を求めるものである。これには幾つかの式があるが、ハーゼンの式が一般的であり、本件地質透水性断面図の作成に当たってもハーゼンの式が用いられている。ハーゼンの式とは、粒度試験結果から有効径(一〇%径)、すなわち、一〇%はこれより小さな粒径が含まれているという粒径を求め、そこから透水係数を推定するものである。

ただし、粒度試験のための試料は地層全体からみれば平面的にも、深度方向にも極く限られたポイント的試料であるから、粒度試験結果のみから広範囲の地層の地質が一義的に決定されるというものではない。

(エ) 透水試験

透水試験には、現場と室内におけるものとがある。現場における透水試験は、ボーリングしてある地層に達したときに、水をそこに注入してどれだけ減っていくかをみる方法(揚水法)、あるいは、水を汲み上げてそれがどのように回復していくかをみる方法(回復法)によって、透水係数を測定する方法である。室内における透水試験は、ボーリングの結果得られたサンプルをそのままの状態で透水試験器にかけて透水係数を測定し、サンプルが乱れている場合にはそれを容器に詰め直して透水試験器で透水係数を測定する方法である。

ただし、現場透水試験は現地の地層の透水係数を理論的に確定できるわけではない。また、室内透水試験のための試料は地層全体からみれば平面的にも、深度方向にも極く限られたポイント的試料であるから、室内透水試験の結果のみから広範囲の地層の地質が一義的に決定されるというものではない。

(オ) 電気探査

電気探査とは、一般に地層の比抵抗値がその層の構成材料によって変化するとされている(砂礫、砂、シルト、粘土の順に比抵抗値が小さくなる。)ことから、現地において電気を地層に流して測定することによって地質を判断する方法である。

しかし、これも種々の条件により変動するものであり、これによって一義的に地質区分がなされるというものではない。

(2) このような、高須輪中の地質特性及びそれと前記各試験の結果を斟酌して作成された本件地質透水性断面図によれば、長良川一六粁地点右岸の地質・透水係数と高須輪中の他の地点のそれとでは本質的な差がないことが認められる(なお、右地点の地質及び透水係数の詳細は、後記のとおりである。)。そして、乙第九五及び第一八三号証、第一八六号証の一ないし五並びに証人小寺の証言によれば、建設省あるいは被告は本件事業を始める前から高須輪中の地下水圧の観測等を継続的に行ってきたものであるが、一六粁地点付近は高須輪中の中で最も低平地であるとともに、漏水が最も激しいところであり、過去にガマが発生したことがあることから、一六粁地点を被告の実施する漏水対策工の効果について解析するための対象地点に選定したことが認められる。

そうすると、一六粁地点を解析のための対象地点に選定したことには十分な合理性があり、妥当なものであるということができる。

なお、湛水区間中の堤防の基礎地盤は全体的に層序をなしているものの、必ずしも均一であるとは限らないので、後記のように、被告は、堰完成最終年度(平成六年度)に湛水試験を行い、漏水対策工の効果及び堤防に与える影響など全体的な検証を行うことにより万全を期すことにしている。

(三) 長良川一六粁地点右岸の地質及びその透水係数の解析モデルの妥当性

(1) 乙第一一七号証、第一一八号証の四、第一二一号証及び証人小寺の証言によれば、長良川一六粁地点右岸の地質及び水平方向の透水係数は次のとおりであることが認められる。

ア TPマイナス0.4~マイナス6.2mの5.8mの厚さの地層が頂置層に属する。その内訳は、TPマイナス0.4~マイナス0.9mは表土、TPマイナス0.9~マイナス5.4mは中砂あるいは細砂(ただし、シルトあるいは粘土も存在している。)、TPマイナス5.4~マイナス5.8mはシルト、TPマイナス5.8~マイナス6.2mは小礫混じり中砂(ただし、少量のシルトを含んでいる。)である。

そして、その水平方向の透水係数は、TPマイナス0.4~マイナス0.9mの表土では1.0×10-6~1.0×10-5cm/秒、TPマイナス0.9~マイナス6.2mの部分では1.0×10-3~1.0×10-5cm/秒である。

イ TPマイナス6.2~マイナス14.7mは前置層に属し、その地質は小礫混じり中砂、中砂あるいは細中砂であり、その水平方向の透水係数は1.0×10-3cm/秒以上である。

ウ TPマイナス14.7m以深は底置層に属し、その地質はシルト質粘土であり、不透水層である。

(2) そして、乙第九五及び第一二一号証、証人小寺の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告は右の地層及びその透水係数をモデル化して別図22のような解析モデルを設定したことが認められる(ただし、乙第七九号証、証人小寺の証言及び弁論の全趣旨によれば、一般に沖積層の普通の地層では鉛直方向の透水係数は水平方向のそれに比べて一桁小さいことから、右解析モデルの鉛直方向の透水係数は水平方向の透水係数をもとに設定されたことが認められる。)。

なお、右解析モデルでは堤防基礎地盤及び耕作土層直下は「シルト質細砂層」が存在しているとしている。しかしながら、前示の被告の採用した解析理論から明らかなように、被告の漏水対策工の効果についての解析に当たり、地質の名称が重要なのではなく、その地質の透水係数が問題なのであるから、堤防基礎地盤及び表土の下から約五mを一括して「シルト質細砂層」と表示したこと自体は何ら問題にはならない。

(3) ところで、乙第九五号証及び証人小寺の証言によれば、被告が設定した右解析モデルを前提にして堤内地の現状の地下水圧分布を解析した結果が別図27(地表面基準)のとおりであることが認められる。

右各証拠によれば、被告が堤防法先から三mの地点で深さTPマイナス七mのところ(以下「観測井No.1」という。)と堤防法先から八七mの地点で深さTPマイナス七mのところ(以下「観測井No.2」という。)にそれぞれストレーナー(地下水圧を測定する機器である。)を設置して、昭和四八年五月から昭和四九年一月までの間右各観測井での地下水圧を観測した結果が別図23(地表面基準)であること、解析による観測井No.1及びNo.2の地下水圧の計算値は、それぞれ0.54m、0.37m(ただし、地表面《TPマイナス0.5m》に対する数値である。)であることがそれぞれ認められるところ、計算値と観測値を比較すると、計算値は観測値の中央値と比較しても0.1m程度の差しかなく、しかも、観測値の変動の範囲内に収まっており、被告の設定した解析モデルは妥当であるということができる。

ただ、解析による計算値が実測値の中央値に比べて数値が低いことは確かである。しかしながら、それは、解析によって示される地下水圧よりも実際には地下水圧が若干高い場合が多いこと、すなわち、解析による計算よりも地下水の圧力勾配が若干緩く、地下水が緩やかに伝播していることを示すものであり、堤防付近に流れが集中し、圧力が堤防付近で開放されるという状況とは正反対の現象を示すものである。そして、乙第二五四号証の二によれば、平面排水対策工は排水対策の必要な大江川等に至るまでの十分広い範囲にわたって施工されていることが認められるのであり、わずかに地下水圧が高くとも輪中内における漏水対策工の有効性が問題となることはない。一方、堤脚付近における土粒子の移動を考えた場合、計算値は観測値よりも堤脚付近において等地下水圧線が密になっているため、堤脚付近の土粒子に及ぼす負荷を大きめに評価しており、実際はむしろ安全側となる。

(四) 結論

以上のとおりであり、被告が解析のために採用した前提条件は、解析理論(基礎微分方程式及びその計算方法)についても、解析対象地点の選定についても、その地点の地質・透水係数の解析モデルの設定についても、妥当性を認めることができる。

したがって、その前提条件をもとに被告の実施する漏水対策工の効果について検討する。

3  漏水対策工の効果

(一) 地下水圧分布の変化

甲第二七、第四五及び第四六号証、乙第九五、第一八三及び第一九一号証、証人小寺及び同中村の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 長良川一六粁地点右岸の現状(漏水対策工施工前、河川水位TP0.3m)の地下水圧分布について被告が解析を行った結果は、別図27(地表面基準)のとおりである。堤内地の地下水は、不透水層であるTP約マイナス一五m以深の地層と難透水層である表土に囲まれ、その水圧は堤内地の地盤高よりも高いので被圧された状態(圧力を受けている状態)にある。そのために、堤内地は湿地化しやすく、またガマ(自噴水)が見られることがある。

(2) ところで、旧訴で日野鑑定人が漏水対策工の効果について解析を行っており(その前提条件は、被告の解析と全く同一である。)、漏水対策工を施工することなく堰上流水位をTP1.3mに上昇させた場合の地下水圧分布の解析結果は、別図25(TP基準)のとおりである。同鑑定人の現状の地下水圧分布の解析結果である別図24(TP基準。なお、縮尺は違うが被告の行った解析結果である別図27と同一の解析結果である。)と比較すると、現状に比べて地下水圧が上昇し、しかも動水勾配が大きくなるため地下水の流速が速くなるとともに、堤防基部の地下水位(この線より上には飽和地下水の流れはないことになる。)が上昇している。

(3) それに対し、漏水対策工(ブランケット工及び平面排水対策工)を施工した上で堰上流水位をTP1.3mにした場合の地下水圧分布について被告が解析を行った結果は、別図28(地表面基準)のとおりである。

堰完成後は、現状に比べて堤防基部で地下水圧が上昇し、しかも動水勾配が大きくなるため地下水の流速が速くなるものの、漏水対策工を施工しない場合に比べて地下水圧の上昇が抑えられ、0.6~0.7m程度低くなる。

また、堤防基部の地下水位は、漏水対策工を施工しない場合よりも低く抑えられ、現状とほとんど変わらないことになる。すなわち、堰完成後河川水位が上昇しても堤外地にブランケット工を施工し、堤内地に平面排水対策工を施工するとともに排水ポンプを整備し運転して承水路、排水路等の水位を適切に管理することにより、堤防基部の地下水面を現状より上昇しないように保持することが可能である。

他方、地下水は等水圧線に直角に流れることになる(甲第一四四号証の一及び二、乙第四一号証並びに弁論の全趣旨により認められる。)が、等水圧線は堤脚水路及び第一線承水路に向かって閉じているから、地下水の相当部分は堤脚水路及び第一線承水路に集中し、そこから排除されることになる。そのため、現状に比べて堤内地の地下水圧が著しく低下して被圧状態が解消されることになる。

(二) 地下水圧分布の変化に伴い検討すべき問題点

ところで、原告らは、「第一線承水路は地下水を集水する構造になっておらず、暗渠排水管も地下水を集水する構造になっていない上、やがては各所で目詰まり等による機能不全を起こすことになるから、結局漏水対策工はブランケット工のみの場合と同じ状態になるが、その場合、堤脚基部の地下水圧の上昇によりガマ(自噴水)の増加と堤体の力学的強度の低下がもたらされ、また、動水勾配が大きくなることから、現在ですら限界流速を超えている地下水の流速が更に増加して土粒子を移動させ、あるいは、動水勾配が限界動水勾配(後記のとおり)を超えて土粒子を移動させて、堤防の安全性を低下させる。」旨主張する。

第一線承水路及び暗渠排水管に関する原告らの主張が失当であることは前示のとおりである。しかしながら、堰完成後に堤防基部で地下水圧が上昇し、また動水勾配が大きくなることは確かであるので、かかる地下水圧分布の変化が堤防の強度に影響を及ぼすことになるか否かについて検討する必要がある。

甲第二七、第四五及び第四六号証、第一四二、第一四三及び第一四五号証の各一及び二、乙第七六、第七七、第一八三及び第一九一号証、証人小寺の証言並びに弁論の全趣旨によれば、一般に、浸透水による堤防に対する影響を考える場合、地下水位の上昇の有無と浸透水によって土中の土粒子の移動が生じ、いわゆるパイピング現象が発生するか否かを検討する必要があることが認められる。ただし、本件においては、前示のように地下水位の変化はほとんどないから、前者は問題にならない。

なお、甲第二七号証(旧訴における日野鑑定人の鑑定書)には、「堰完成後何らかの漏水対策工を施さなければ、堤内地の地下水圧は上昇する。なかんずく堤防基部の地下水圧の上昇はガマ(自噴水)の増加と堤体の力学的強度の低下をもたらす。」との記載があり、原告らは右記載を引用して主張を構成するとともに、土粒子の移動について別異に論じているが、同鑑定書の他の記載、同鑑定人に対する証人尋問調書(甲第四五及び第四六号証)、同鑑定人が執筆した「堰上流水位の上昇による堤防への影響」(乙第一九一号証)によれば、右記載は浸透水の増大に伴う土中の土粒子の移動のことを問題にしていることが認められる。

したがって、堰完成後に浸透水によって土中の土粒子の移動が生じ、いわゆるパイピング現象が発生するか否かを検討する。

(三) パイピング現象の危険性の有無

(1) パイピング現象とその判断基準

甲第一四二、第一四三及び第一四五号証の各一及び二、乙第七六、第七七及び第一一六号証、証人小寺の証言並びに弁論の全趣旨によれば、パイピング現象とは、浸透水により土粒子が流出して地盤内にパイプ状の水道(みずみち)ができる現象であって、堤体及び基礎地盤にとっては非常に危険な現象であること、フィルダム(土、砂礫及びロック材料を盛立て材料として築造するダムという。)におけるパイピング現象発生に関する判定基準として、限界流速あるいは限界動水勾配が用いられる場合が多いが、河川堤防とフィルダムは同じ土の構造物であり、堤防の安全を考えるうえでも同様に適用してパイピング現象の危険性の有無を判断することが可能であることがそれぞれ認められる。

そこで、本件においても限界流速及び限界動水勾配によりパイピング現象の危険性の有無を判断する。

(2) 限界流速による検討

ア 甲第一四二号証の一及び二、乙第一五、第七六、第七七、第一一五及び第一一六号証並びに証人小寺の証言によれば、限界流速とは水で飽和された土の中にある土粒子が動き出す際の流速をいうこと、この限界流速を算出する式がジャスティン(Justin)の式であるが、それは、我が国のフィルダムの設計基準等に採用され、実務上も広く用いられ、基本的な指標となっていること、ジャスティンは、水で飽和された土の中にある土粒子が地下水流によって動きだす最小の流速、すなわち限界流速は、

の式で求めることができ、したがって、限界流速(υ)を表す式は

になるとしていることがそれぞれ認められる。

別図28によれば、堰建設後、地下水流速は現状と比較し堤防の下あるいは堤脚水路付近で大きくなることになるが、このジャスティンの式を用いて右地点においてシルト(粒径七四~五ミクロン)の中で最小の五ミクロンの土粒子が地下水流によって動き出す際の流速、すなわち限界流速を求めると、0.73cm/秒となる。

なお、ジャスティンの式から明らかなように、土粒子の水中重量が小さいほど(すなわち、土粒子の粒径が小さいほど)限界流速は小さくなる関係がある。乙第一一五号証によれば、ジャスティンはシルトの場合一〇ミクロンの粒径を用いるべきであるとしていることが認められるが、五ミクロンはその二分の一の値であり、より慎重な検討であるということができる。

イ ところで、甲第一四二号証の一及び二、乙第九七号証の一及び二、第九八号証、証人小寺の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) ダルシーの法則とは、前示のように滲透層内の見掛けの流速(多孔質媒体中の空隙を通る実際の流速ではなく、媒体全体を水が通るとみなした場合の流速)は流れの方向の圧力勾配に比例するという法則であるが、地下水の見掛けの流速は、ダルシーの法則を適用して次式で求められる。

(イ) 堤防基部(大体中央部)の地下水の流速をダルシーの法則に従って求めると、現状では、別図27(地表面基準)のDD1間の距離が一九m、水頭差が0.1m(0.7m―0.6m)、したがって動水勾配が5.0×10-3、透水係数が1.0×10-3cm/秒なので、地下水の見掛けの流速は5.0×10-6cm/秒となり、堰完成後は、別図28(地表面基準)のEE1間の距離が一八m、水頭差が0.3m(1.1m―0.8m)、したがって動水勾配が1.7×10-2、透水係数が1.0×10-3cm/秒なので、地下水の見掛けの流速は1.7×10-5cm/秒となる。したがって、堰建設後の堤防基底部分の地下水の見掛けの流速は現状に比較し約3.4倍速くなる。そして、土中の間隙を流れる水の実際の流速(実流速)は、ダルシーの法則によって求められる見掛けの流速を面積空隙率で除した値になるが、堰の建設前後で面積空隙率は同一であるから、堰の建設後、堤防基底部分の地下水の実流速も約3.4倍速くなることになる。

また、堰建設後に地下水流速が最も速くなるところは、別図28から明らかなように堤脚水路付近であるが、その流速をダルシーの法則に従って求めると、BB1間の距離が1.0m、水頭差が0.1m(マイナス0.2m―マイナス0.3m)、したがって動水勾配が0.1、透水係数が1.0×10-3cm/秒なので、地下水の見掛けの流速は1.0×10-4cm/秒となる。

ウ このように、堰建設後の堤防基部の地下水の見掛けの流速は1.7×10-5cm/秒、堤脚水路付近の地下水の見掛けの流速は1.0×10-4cm/秒であるが、甲第一四二号証の一及び二によれば、ジャスティンの式で用いられる水の流速(υ)は実流速であることが認められるところ、弁論の全趣旨によれば、長良川下流域の沖積砂層の土砂の面積空隙率が0.4~0.6であることが認められるので、堰建設後の堤防基部の地下水の実流速は2.8×10-5~4.3×10-5cm/秒、堤脚水路付近の地下水の実流速は1.7×10-4~2.5×10-4cm/秒となる。これに対してシルトの中での最も粒径の小さな土粒子が地下水流によって動き出す際の流速、すなわち限界流速は0.73cm/秒であるから、堰完成後地下水流速が最も速くなる堤脚水路付近の地下水流速でさえジャスティンの式により求められる限界流速に比較して極めて小さな値となる。

なお、乙第一二三号証の一ないし四及び証人小寺の証言によれば、仮に堤防の基盤が全て砂であったとしても、堰完成後地下水流速が最も速くなる堤脚水路付近の地下水の見掛けの流速は5.0×10-4cm/秒、したがって実流速は0.8×10-3~1.3×10-3cm/秒であるから、その場合でも、ジャスティンの式により求められる限界流速と比較して極めて小さい値となる。

エ なお、原告らはジャスティンの式に関して種々主張をしているが、次のようにいずれも理由がない。

(ア) 原告らは、ジャスティンの式は鉛直上向きの浸透水の流れにおいて土粒子がその流れで動かされようとする限界流速を求めようという式であり、鉛直上向きの浸透水に関してのみ適用し得るものであると主張する。

しかしながら、乙第一一五及び第一一六号証並びに証人小寺の証言によれば、ジャスティンは、基礎地盤中の土粒子を動かす力を噴流(JET)作用に基づく圧力であるとし、この噴流について特に方向性を考えておらず、堤体あるいは基礎地盤を通り抜ける水の流れの流速がジャスティンの式によって求められる限界流速の対象となっていること、ジャスティンの式では水の単位体積重量(g)が使用されているが、それはジャスティンが噴流に抵抗する力として土粒子の水中重量と等しい大きさの力を考えているからであり、噴流の方向性とは関係がないことがそれぞれ認められるのであり、原告らの右主張は理由がない。

(イ) また、原告らは、ジャスティンの式の分子の定数である「2」は正しくなく、抗力係数(CD)を用いるべきであると主張する。

ところで、甲第一九六号証によれば、抗力係数(CD)はレイノルズ数(Re)の値に応じて変化すること、レイノルズ数(Re)の式は

Re=Ud/υ

U:流体の速度

d:物体の直径

υ:流体の動粘性係数

であり、レイノルズ数(Re)は物体の直径に応じて変化するものであることがそれぞれ認められる。

しかしながら、甲第一九六号証、乙第一一五及び第一一六号証並びに証人小寺の証言によれば、抗力係数(CD)は、等速運動しているときの抵抗を表すものであり、動いている物体に対する抵抗を対象としていると考えられるのに対し、ジャスティンの式は静止した土粒子が噴流によって動き出すときの力を対象としており、基本的な考え方を異にしていることが認められるのであり、原告の右主張は理由がない。

(ウ) 更に、原告らは、右(イ)の主張との関連で、「ジャスティンの式は理想的な単一粒子の運動則を表すものであるが、現実の土は単一粒子で構成されているのではなく、粒径の異なった土粒子で構成されているので、ジャスティンの式は現実に合致せず、それによって求められる限界流速は過大になり、実験結果よりも一〇〇倍大きくなることが判明している。」旨主張する。

ところで、原告らが、「ジャスティンの式によって求められる限界流速は過大になり、実験結果よりも一〇〇倍大きくなることが判明している」とする根拠は、甲第一四二及び第一四三号証の各一及び二の論文である。それらは久保田敬一教授(以下「久保田教授」という。)及びコスロヴァ(Koslova)の実験結果を前提とするものであるが、乙第七八号証の一及び二によれば、実験を行った久保田教授は、均等性(粒径が大小混合の状態にあること)の高い材料についてその適確な値を求めることは困難であり、その中でも特に平均粒径の小さな材料については、その実測はほとんど不可能に近いとして、一様性(粒径がそろった状態にあること)の極めて高い材料について実測したことが認められるのであって、少なくとも右実験の結果によってジャスティンの式による限界流速が現実の土の状態での土粒子の限界流速の一〇〇倍大きくなっているということは困難であるし、また、コスロヴァの実験については甲第一四二号証の二にグラフがあるだけで、どのような材料についてどのような実験を行ったのかが全く不明であって、直ちに原告らの主張を認めることはできない。

また、仮に、ジャスティンの式による限界流速が現実の限界流速の一〇〇倍大きくなるとしても、堰建設後に最も地下水流速の速くなる堤脚水路付近において、その流速は、原告らの主張するように耕作土層の下が砂層でありその水平方向の透水係数を1.0×10-2(cm/秒)とした場合の最大値でさえ1.3×10-3cm/秒(なお、実際には、前述のように耕作土層の下の地層の水平方向の透水係数が1.0×10-3《cm/秒》程度であり、その場合の最大流速は2.5×10-4cm/秒である。)であり、ジャスティンの式で求められた0.73cm/秒の一〇〇分の一の値である7.3×10-3cm/秒よりもかなり小さいのである。

したがって、原告らの右主張は理由がない。

オ 以上のとおりであって、堰完成後に地下水流が限界流速を超えて土粒子を移動させ、パイピング現象が発生するおそれがあるとは認められない。

(3) 限界動水勾配による検討

甲第一四五号証の一及び二、乙第一〇〇号証、証人小寺の証言及び弁論の全趣旨によれば、堤防基礎基盤の透水層が不透水性ないしは半透水性の表土で覆われているときに、川側から透水層を通って伝わってきた浸透水が堤防の堤内側法尻付近の表層を突き破って、土砂を洗い流す現象が起こること、右現象は、表層の一番弱い個所に浸透水が集中し、激しく砂を噴き出し、地盤に大きな孔を開けて、堤体の安定性を著しく低下させるものであること、右現象は、表土を上向きに向かって流れる浸透流の動水勾配がある一定値(これを「限界動水勾配」という。)を超えたときに生ずるものであることがそれぞれ認められる。

ところで、乙第一〇〇号証及び証人小寺の証言によれば、地下水が表土を突き破って土砂を洗い流すためには、表土の下の地下水圧が地表面を超える水圧でなければならないことが認められる。しかるに、漏水対策工を施工した場合の堤内地の地下水圧分布は別図28のとおりであって、表土の下の地下水圧はマイナスとなるから、右現象が発生して砂を噴き出すとは考え難い。

ただし、前示のとおり、堰完成後は堤脚水路及び第一線承水路に地下水の相当部分が排水されることになるが、別図19のとおり第一線承水路のフィルターの底は地表面下2.5mで表土の下にあり、堤脚水路は第一線承水路よりも小さいとはいえ、そのフィルターの底は厚さ五〇cmの表土の下になることは明らかであり、難透水性の表土に覆われているわけではない。また、堤脚水路及び第一線承水路は、前示のとおり吸い出し防止材、コンクリート底版、フィルター、コンクリートブロックの空積み等による補強が行われているのであるから、砂を噴き出すことは考え難い。

なお、甲第一四五号証の一及び二によれば、長良川では実際に限界動水勾配の超過による砂の噴出現象が発生していたことが認められるが、それは漏水対策工実施前の状態、すなわち、地下水が被圧され、しかも水路が整備されていなかったときのものである。

(4) 現状での土粒子移動の有無

原告らは、現状の長良川の平常時の水位においても地下浸透水の流速が限界流速を超えているため土粒子を移動させている旨主張し、それを証するため幾つかの書証を提出している。

しかしながら、右書証をもって現状において地下浸透水の流速が限界流速を超えて土粒子を移動させているとすることはできない。理由は、以下のとおりである。

ア 甲第一二四号証(A、B)、第一二五及び第一五九号証、第一六六号証の一ないし七、第二〇〇号証(A4、5、「写真説明」)、乙第七一号証、証人小寺の証言並びに原告森島輝雄及び同村瀬各本人尋問の結果によれば、甲第一二四号証のA、B、第一五九号証、第一六六号証の一ないし六、第二〇〇号証のA4、5の各写真はいずれも第一線承水路(甲第一二四号証のAは海津町古中島地区、その余は同町角山地区である。)の写真であること、いずれについてもその長良川側に設置された排水管から第一線承水路側に土が流出していたことがそれぞれ認められる。原告らは、右排水管から土が流出したのは、地下浸透水の流速が限界流速を超えて土粒子を移動させていたからであるとするが、疑問である。

前記各証拠、乙第一四六号証の一及び二並びに証人中村の証言によれば、第一線承水路より川側の土地が河川からの浸透水の影響を強く受け湿潤化しやすいので、被告は局所的な対策として湧水処理工の設置をすることにしているが、右排水管は、その湧水処理工設置予定場所に予め設置された約四mの排水管であること、右排水管から土が出ていた原因は、いまだ湧水処理工の集水升を設置していないことから本来であれば排水管の川側の先端に蓋をしておかなければならなかったにもかかわらず、施工ミスによりそれをしなかったためであること、被告が右排水管の川側の先端に蓋をしたところ土が流出しなくなったことがそれぞれ認められる。

ところで、原告森島本人尋問の結果によれば、右排水管のうち、少なくとも甲第一二四号証のB1の写真の奥の排水管と第一六六号証の一ないし六の写真の第一線承水路に設置されている排水管の川側の先端付近には明らかに窪みがあったことが認められ、その原因は、排水管の先端が前示のようにむき出しであったため、その周辺の土砂が浸透水の影響で崩れて、浸透水と一緒に排水管に流入したためであると思われる。他の排水管についても、その先端がむき出しになっていたことは同様であること、原告森島の供述によっても他の排水管の先端付近に窪みがあったか否かが必ずしも明らかでないこと、排水管の先端付近の土砂が多少流出しても、その土砂の流出の状況や土質等により必ずしも窪みができるとは限らないと思われること、いずれも湧水処理工用の排水管からの土砂の流出という共通の現象であることなどを勘案すると、他の排水管からの土の流出の原因も、排水管の先端がむき出しであったため、その周辺の土砂が浸透水の影響で崩れて、浸透水と一緒に排水管に流入したためである可能性が極めて高い。

なお、甲第一六八号証の一及び二の写真も第一線承水路に湧水処理工用の排水管から土砂が流出した様子を写したものであると思われるが、それらも右と同様に考えられる。

イ 甲第一二四号証(C)、第一二五号証及び原告森島本人尋問の結果によれば、甲第一二四号証のCの写真は海津町古中島地区の旧排水路のものであり、それを原告森島が昭和五五年七月三一日に撮影したものであることが認められる。

ところで、原告らは右写真をもって現状の地下浸透水の流速が限界流速を超えて土粒子を移動させている証拠であるとする。しかしながら、甲第一二五号証によれば、右日時においてはいまだ第一線承水路ができていなかったことが認められるところ、甲第二七号証によれば、現状の水位(TP0.3m)でブランケット工のみを施工した場合には堤内地の地下水が被圧されていることが認められるのであって(甲第二七号証の図6はTP基準の数値であり、堤内地の地下水圧が堤内地の地盤標高であるTPマイナス0.5mよりも高い。)、甲第一二四号証のCの写真の様子は、被圧され出口を求めている水が単に出口周辺の泥を巻き上げているか(土でできた排水路から湧いているため、砂が出ているのか、単に水が周辺の泥を巻き上げているのか分からない。)、あるいは、前示のように長良川では従来から限界動水勾配を超えて砂の噴出しが生じていることが観測されており、そこでも同様の現象が起こったに過ぎない可能性が高い。

仮に、被圧され出口を求めている水が単に出口周辺の泥を巻き上げたものであれば、土粒子の移動はないことになる。限界動水勾配を超えたことによって砂が噴き出したものであれば、前示のように漏水対策工の実施により堤内地の地下水の被圧状態は解消されるのであるから、堤内地において砂の噴き出しはなくなることになるし、堤脚水路及び第一線承水路においても、前示のように砂を噴き出すことは考え難い。

ウ 甲第一二四号証(D)、第一二五号証、第一六五号証の一ないし三、原告森島及び同村瀬各本人尋問の結果によれば、甲第一二四号証のD、第一六五号証の一の写真は海津町角山地区において排水路の改修工事をするため既存の排水路を掘り下げたときの写真であり、いずれも同一場所を撮影したものであること、右写真を撮影した時点で右排水路の川側に幾つかの孔があったことがそれぞれ認められる。

原告らは、右は現状の地下浸透水の流速が限界流速を超えて土粒子を移動させている証拠であるとし、原告森島及び同村瀬も、従前から地中に細かい水路ができていて、排水路を掘り下げたときにそれが露出したものであると供述する。

しかしながら、乙第一八〇号証、第一八一号証の一及び二、原告森島及び同村瀬各本人尋問の結果によれば、右各写真は排水路を掘り下げたばかりのときに撮影されたものではなく、その後暫く経ってから撮影された(それまで、鋼矢版、フェルト、シートのようなものでカバーされていたので見えなかった。)ことが認められるのであって、掘削した後に浸透水の影響で掘削面付近の土砂が押し出された可能性があり、それをもって現状の地下浸透水の流速が限界流速を超えて土粒子を移動させている証拠であるとすることはできない。

なお、原告村瀬は、同森島が甲第一二四号証のD及び第一六五号証の一の写真に写されている孔以外にも無数の孔があったことを確認していると供述するが、乙第一八〇号証、第一八一号証の一及び二によれば、原告森島は甲第一二四号証のDが証拠として使用された別件訴訟(名古屋高等裁判所昭和五七年(ネ)第六八七号事件等)の証人尋問において右各写真に写っている場所の左右はフェルトが張りめぐらしてあって見ることができなかったと明確に証言していることが認められるのであって、原告村瀬の右供述は採用することができない。

エ 原告らは、甲第一二四号証のE、F、第二〇〇号証のA3の写真をもって現状の地下浸透水の流速が限界流速を超えて土粒子を移動させている証拠であるとするが、右各写真から土粒子の移動を窺うことは不可能である。

なお、甲第一二四号証(E1)、第一二五号証及び原告森島本人尋問の結果によれば、甲第一二四号証のE1の写真は海津町角山地区の堤脚水路工事中のものであり、右水路の底に丸い孔が開いているが、その孔は人為的に開けたものであることが認められるのであって、土砂の流出とは関係がない。

また、甲第一二四号証(E2)、第一二五号証、第二〇〇号証(A3、「写真説明」)及び原告森島本人尋問の結果によれば、甲第一二四号証のE2の写真は完成後の右堤脚水路であり、甲第二〇〇号証のA3の写真は海津町金廻地区の堤脚水路であることが認められるが、そもそも堤脚水路は堤防付近の地下水位の低下を図るために浸透水を抜くことを目的として設置されるものであり、右写真の状況は堤脚水路がその目的を果たしていることを証するものにほかならない。

更に、甲第一二四号証(F)、第一二五号証及び原告森島本人尋問の結果によれば、甲第一二四号証のFの写真は、岐阜県海津郡平田町幡長地区にある民家の周りを昭和五五年七月九日に撮影したことが認められるが、前示のように当時漏水対策工は完成されておらず、堤内地の地下水は被圧された状態にあったのであるから、水が湧いていたとしても不思議なことではない。

(四) 残された課題

(1) 以上のとおり、被告の実施する漏水対策工は解析によってその効果が認められるものであるが、湛水区間中の堤防の基礎地盤が必ずしも均一であるとは限らない。また、被告の実施する漏水対策工がその効果を十分に発揮するためには、漏水対策工の施工が確実になされていること及び漏水対策工が機能不全等を起こさず、その機能を長い期間に渡って保持できることが必要となる。

(2) そこで、被告では、次のとおり、平面排水対策工の施工及び維持・管理が容易になるような配慮をすると同時に、堰完成後に試験湛水を実施して漏水対策工の効果を確認することにしている。

ア 平面排水対策工の採用

前示のとおり、堤内地側に施す一般的な漏水対策工としては、堤防沿いの深部に暗渠式承水路を設置し、承水路水位を地下二ないし三m程度にコントロールして、付近の地下水位を下げることにより対処する方法と、浸透水による影響が予想される区域の既設排水路網を整備・改修するとともに堤防沿いに開水路を設け、排水路の水位を現状より低下させてコントロールすることにより堤内地の地下水圧を低下させる方法(平面排水対策工)とがあるが、被告では、施工及び維持・管理の容易な平面排水対策工を採用した。

イ 試験湛水

乙第九四号証、証人小寺の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告は、湛水区間中の堤防の基礎地盤が必ずしも均一であるとは限らないし、漏水対策工が完全に設計どおりに施工されていることを確認する必要があるので、堰完成最終年度(平成六年度)に堰上流側水位をTP1.3mまで徐々に上げて、地下水圧がどのように変化するかを確認する(前示のとおり、被告《あるいは建設省》では従前より堤内地の地下水圧を継続的に行ってきた。)と同時に、漏水の状況等を調査することにしており、その結果漏水対策工に不都合なところが見つかれば、それに応じた対策を施す(非常に特殊な場所があって、透水性の高い場合には止水矢板を打つことなど)ことにしていること、前記芦田川河口堰では実際に試験湛水によって不都合な点を是正して、それ以後漏水問題が完全に解消されたことがそれぞれ認められるのであって、本件においてもその効果を期待することができる。

(3) したがって、本件事業においては、右(1)で述べた点についての配慮がなされているということができる。

(五) 結論

以上のとおりであって、本件堰完成後に平常時の長良川の水位がTP1.3mを上限としてTP0.8mとの間で保たれたとしても、漏水対策工としてのブランケット工及び平面排水対策工を施工することにより、堤内地の地下水圧が著しく低下して、被圧状態が解消されることになる。

また、堤防基部では、地下水圧が上昇し、また動水勾配が大きくなるため地下水の流速が速くなるものの、地下水面は現状より上昇せず、しかも浸透水による土粒子の移動の危険性も認められないから、堤防の安全性が現状よりも低下するとはいえない。

四  堤内地の湿地化及び長良川堤防の決壊の危険の増大について

第一原告目録記載の原告らは、本件堰が建設され堰上流側の河川水位が現状よりも上昇すると、長良川からの浸透水の影響で高須輪中の堤防の安全性が低下すると同時に堤内地の湿潤化がもたらされると主張しているが、以上のように、河川水位の上昇によって堤防の安全性が低下すること及び堤内地の湿潤化がもたらされることを認めることはできないから、原告らの右主張は理由がない。

第一〇  河床浚渫による河床変動

一  浚渫区間(マイナス0.6~30.2粁地点)よりも上流である岐阜市(ちなみに、忠節地点は約50.2粁地点にある。)に居住する第四原告目録記載の原告らは、30.2粁地点までの河床浚渫により浚渫上流端部より上流の河床が安定を失い、堆積土砂が浚渫部に向けて流下し、その結果、河床が沈下し、特に予測困難な局所的河床の沈下により、堤防護岸・水制の基礎の破壊、橋脚基礎の破壊を招来し、堤防破堤・橋破壊の危険性が生じると主張している。

二  しかしながら、甲第二八号証、乙第二三号証の五、第二四、第四五、第一八三及び第一九一号証並びに証人今岡の証言によれば、次の事実が認められる。

河川等を流下する土砂は、その移動の形態から河床上を転がったり小跳躍を繰り返したりしながら移動する掃流砂と流水中を浮遊して移動する浮遊砂とがあり(なお、この他に、微細な粒径の土砂で沈降することなく流下するウォッシュロードと呼ばれるものがあるが、通常河床変動には直接関係しない。)、これらを合わせて流砂量というが、上下流にとった二つの断面において、下流側断面を通る流砂量が上流側断面を通る流砂量より少なければこの二断面の間で平均して堆積が起こっており、その逆の場合は洗掘され河床が低下することになる。このように、流砂量が場所によって異なることにより河床の変動が生じることになるが、これを計算によって求めようとするのが河床変動計算である。その解析に当たっては、流量が場所によって変化しないことを示す流れの連続式、流れの運動を表す運動方程式、流砂量の差引きから河床の変動量を計算する流砂の連続式及び流速や水深といった流れの諸量から流砂量を計算する流砂量公式が基礎式とされている。その基礎式を用い、浚渫直後と浚渫してから一〇年後の河床の状況を数値計算すると別図40のようになる。これによれば30.2粁地点までの浚渫により浚渫区間の上流端においてその上流部が洗掘され下流部に堆積することになるが、それは、浚渫の影響がその付近の掃流力を変化させ、局所的な河床の変動を生じさせたものであり、そのような変動は上下流の流砂量の差によって生じるものであるから、その区間の河床勾配が上流区間の河床勾配に等しくなればそれ以上の河床低下は生じない。なお、右原告らの居住する岐阜市付近では河床低下は生じない。

以上の事実が認められるのであり、原告らの右主張は理由がない。

三  また、本件事業と併せて河口から30.2粁地点までの区間について河積増大のため行われる浚渫は、前示のように建設大臣において実施するものであり、被告にその差止めを求めることはできないから、この点からも原告らの右主張は理由がない。

第一一  板取ダム問題

一  第三及び第四原告目録記載の原告らは、渇水期に本件堰から22.5m3・秒の取水を可能にするため、長良川上流に貯水用ダムとして板取ダムが建設されるが、第三原告目録記載の原告らは、同ダムの建設によってこれまで享受してきた平穏な日常生活及び財産権が侵害されると主張し、更に、第四原告目録記載の原告らは、同ダムにより流出土砂がせき止められ、ダム下流には流出しなくなるため、ダム下流域では土砂の供給量が著しく減少し、その結果、中流に堆積する土砂が減少し、河床洗掘が生じ、堤防等水防施設及び橋脚の基礎を弱化させ、岐阜市内又はその近接上流部の長良川が決壊する危険があると主張している。

二  確かに、甲第七一号証、乙第一六一号証及び弁論の全趣旨によれば、木曽川水系工事実施基本計画(昭和四〇年四月二八日建設大臣決定、昭和四四年三月二八日及び昭和六三年三月二三日改定)の「河川工事の実施の基本となるべき計画に関する事項」の中には、長良川の「基本高水のピーク流量は、昭和三四年九月洪水及び同三五年八月洪水を主要な対象洪水として、基準地点忠節地点において八〇〇〇m3/秒とし、上流のダムにより五〇〇m3/秒を調節して、河道への配分流量を七五〇〇m3/秒とする。」、「長良川の計画高水流量は、忠節において七五〇〇m3/秒とし、揖斐川の合流点まで同流量とする。」と定められており、したがって、長良川の計画高水流量七五〇〇m3/秒を定めるに当たって五〇〇m3/秒を調節するダムを上流に設置することが予定されていたことが認められ、また、甲第二一七号証の一ないし四、原告村瀬本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、その上流ダムの設置場所の候補地として板取村が挙げられていることが認められる。

三  しかしながら、証人今岡の証言によれば、その上流ダムを長良川上流のどの位置に設置するのか、設置するとしてどのような構造にするのか、どの機関がその事業主体になり実施するのか等、その具体的な計画は未定な段階であることが認められるのであり、右認定を覆すに足りる証拠はない。とすれば、第三及び第四原告目録記載の原告らは、未だ具体的な計画の決定されていないダム建設による被害を理由にその救済を求めているのであって、その主張は理由がない。

四  また、本件事業と長良川上流に建設が予定されているダムとは長良川の治水事業の一環としてそれぞれ木曽川水系工事実施基本計画において定められているが、被告が本件事業を実施する法的根拠は前示のとおりであり、その実施する事業の範囲は、被告が平成元年二月一三日に建設大臣から認可を受けた「長良川河口堰建設事業に関する事業実施計画(変更)」(乙第一九六号証の二)の範囲に限られるのであり、長良川上流ダムの建設事業は本件事業とは別の事業として実施されるものであるため、本件事業の差止めによって上流ダム建設事業が差し止められるものではないから、上流ダム建設による被害を主張して本件事業の差止めの理由とすることはできないのであり、この点からも原告らの右主張は理由がない。

第一二  環境問題

環境権を私法上の権利として認めることができないことは前示のとおりであるが、本件堰の建設により重大な環境破壊を生じるときは、場合により人格権に基づく本件堰建設の差止めもあり得ることは前掲説示のとおりであるから、以下環境破壊の有無及びその程度について判断することとする。

一  長良川のこれまでの環境

甲第九三号証の一ないし四、乙第一三九、第一四一、第一六〇及び第一六二号証、第一六三号証の一ないし一二、第一六四、第一八三、第一九四及び第二四二号証、証人今岡及び同中村の各証言、弁論の全趣旨並びに公知の事実によれば、次の事実が認められる。

1  恵み豊かな河川環境

(一) 自然環境

前示第四の一(長良川の概要)で認定したとおり、長良川は、大日岳の懐深いところ蛭ケ野を発し、濃尾平野をゆったりと下る。長良川は、河原、瀬及び淵の変化に富んで流れており、四国の四万十川(渡川)とともに、豊かな自然を残した一級河川である。長良川の自然は人々に心の安らぎを与えている。

また、長良川は、源流近くの山奥まで溪谷平野が開け、集落が発達して、清流を利用した諸産業が栄えてきた。そのために、木曽川や揖斐川とは異なり、長良川の本川には、これまで、河口から約一四〇粁地点の高鷲村にある砂防ダムを含めて小さなダム(六個)と固定堰(一四個)があるのみで、河川を横断する大規模な構造物は存在しなかった。

(二) 汽水域の存在

長良川における汽水域(河川水と海水との混合がみられる区域)は、昭和一〇年ころまでは、長島輪中南部の伊曽島地区(約四粁地点より下流)までであったが、その後地下水の多量の汲み上げによる地盤沈下等により、汽水域が拡大されて約一五粁地点までとなった。

また、潮汐の影響は河川水位の上下変動をもたらし、潮汐変動に合わせて三〇粁地点付近より下流では河川水位が上下している(以下、海の影響を受けている区域を「広義の汽水域」という。)。

広義の汽水域は、多種多様な生物の生息を可能にする物理的、化学的環境であり、多種多様な生物の生息の場となり、かつ、これらの生物は特徴的な生態系を形成している。

この汽水域には、カニ、ヤマトシジミ、ゴカイ等の汽水性の底生動物が無数に生息している。これらの底生動物は、有機物の分解に大きな役割を果たしている。そして、その幼生(動物プランクトン)は、この汽水域と伊勢湾とを回遊するものが殆どであるが、生態系上は、稚魚に食物として摂取される一方、自らは植物プランクトンを摂取して赤潮の原因となる植物プランクトンを減らしている。

次に、この汽水域は、潮汐の影響により、河原が干出と水没を繰り返し、干潟や浅水域を形成している。この浅水域は、ヤマトシジミ等の貝類の生息の場である。また、この干潟や浅水域では、葦原等のヨシ、ヤナギ等の大規模な植物群落が形成されている。そこは、カニ、野鳥、昆虫等の生息場所であり、魚類の産卵場でもある。そして、これらの植物群落は、栄養塩類を吸収固定し、水中の栄養塩類を減少する役割も果たしている。

(三) 水質

長良川の水質は、長良大橋(39.2粁地点)で昭和三五年から、伊勢大橋(5.8粁地点)で昭和三三年から、東海大橋(22.6粁地点)で昭和四九年から調査されている。この三地点の昭和五四年から平成二年までの一二年間の平均水質は、別表14のとおりである。これらの調査は、都道府県知事が国の地方行政機関の長と協議して作成する公共用水域の水質測定計画に基づき実施されている。

水質観測結果をみると、健康項目については、全項目とも測定値が検出限界以下(N・D)であり、環境基準を達成している。生活環境項目については、代表的な汚濁指数であるBODでみると、各年とも環境基準を達成している。

また、本件堰完成後の流入水の水質を代表すると考えられる東海大橋の測定値は、別表14のとおりであり、BOD、総リンはやや減少傾向にあり、表層DO、総窒素は横ばい状態で推移している。

以上のように、長良川下流部の水質は、現在、一応良好に保たれている。

また今後も、工業排水規制の強化やブルーリバー作戦(岐阜県が推進している生活排水対策)の展開での改善も期待されている状態である。

(四) 魚類

長良川の三〇粁地点付近より下流の広義の汽水域には、アユ、サツキマスの外にも多種の魚類が生息しており、これらの魚類には、汽水性魚、回遊性魚、淡水性魚、沿岸魚と多様な生態的特徴のものが含まれている。このような多種の魚類相がみられるのは、この区域がこのような汽水域であり、しかもこの汽水域には動物プランクトン、水辺植物群落の存在等、魚類の産卵、成育、生息に適した条件があるからである。

2  洪水をもたらす河川環境

(一) 天井川

長良川は、岐阜市に入ると、鵜飼が行われる金華山麓辺りに出る。川辺には旅館、ホテルが立ち並んでいる。大体、岐阜市街地辺りでは、長良川の堤防の高さがビル三階の机面位に当たるから、河床はかなり高いといえる。長良川は、中流で、早くも天井川になっている。

更に下ると、約五〇粁地点に長良川の流速を測る「忠節」測量所がある。この地点を通過する流量で、すべての洪水調整及び治水事業の規模決定がなされている。下流に入れば、デルタ河口のゼロメートル地帯を進む。

なお、岐阜市役所前には、岐阜市が長良橋水位表示塔(ここの地盤高TP14.28m、長良橋が通れなくなる水の高さTP19.36m、伊勢湾台風時の水の高さ21.41m、計画の水の高さ21.79m、堤防の高さ23.79m、)を設置し、この塔によって、長良川の長良橋右岸の水位が標高(TP)で刻々と表示されている。これは、長良川を襲った大洪水についての記憶を新たにし、治水の大切さを知らせるとともに、洪水に備えているものである。

(二) 洪水との闘い

長良川が増水すると、堤防が横に揺れ、更に増水すると、川の真ん中が盛り上がって流れるようになる。また、増水すると堤防の内側の水田に下から水が吹き出る「ガマ」という現象が起きる。

最近では、昭和三四年九月(伊勢湾台風)、昭和三五年八月(一一・一二号台風)、昭和三六年六月(梅雨前線豪雨)及び昭和五一年九月(一七号台風、安八・墨俣住民の国に対する破堤水害による損害賠償請求の提訴)の大洪水の際多くの貴重な人命や財産が失われた。長良川の流域住民は長良川による洪水との闘いを宿命としてきた。

3  長良川の二つの顔

恵み豊かな長良川は、その恵みによって流域を潤し、多くの人々に知られ、親しまれてきたのである。

そして、長良川の洪水被害の及ぶ流域に住む人々は、天井川としての長良川の真の恐ろしさを知っているのである。

二  本件堰及び本件浚渫による影響

原告らは、被告の本件事業実施により前示第一二の一1(恵み豊かな河川環境)において認定した長良川の環境の質に重大な影響が生じ、環境が破壊されると主張する。

そこで、本件堰及び本件浚渫が、長良川の環境に与える影響について、検討する。

乙第一三九、第一四一、第一八三、第一九四及び第二三〇ないし二三二号証、第二三四号証の一及び二、第二三五ないし第二四二号証、第二四四号証の一及び二、証人中村及び同山内克典の各証言並びに原告村瀬本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  自然性の喪失

河床を浚渫してブランケット工を施工すると、低水路が直線化することにより、河川水位が一様化し、ヨシ帯(原)や浅瀬の一部が消失することになる。このため、隠れる場所が減り、岸辺近くを遡上、降下する回遊性魚類や水際に生息する魚類に、大型魚や野鳥によって捕食される危険が増大する。

2  汽水域の減少

本件堰が建設されると、塩水の遡上を止め、河川水(淡水)と海水とは分断され、堰下流のみが汽水域となる。長良川の汽水域は、5.4粁地点(昭和一〇年ころは約四粁地点より下流)までに減少する。これまでは、上流から下流へと段階的に塩分濃度が高くなっていたのが、5.4粁地点で淡水から高塩分濃度水に急激に変化することになる。そして、河川の流量、月齢、潮汐により汽水域が上流側と下流側との間を上下し、また塩分濃度も変化していたのが、5.4粁地点で淡水から高塩分濃度水に急変する状態に固定することになる。

更に、これまでは、三〇粁地点付近まで潮汐により河川水位が上下していたのが、ほぼ大潮の満潮時の水位TP1.3m以下のところは、常時水没してしまうことになる。

このような汽水域の変化は、前記の多種多様な生物にとっては、生存にかかわる成育環境の変化であり、カニ、ゴカイ、ヤマトシジミ等の底生動物や動物プランクトン、ヨシ等の植物群落、そこを産卵、成育の場所とする魚、鳥、昆虫等に影響を与える。

3  水質の変化等

(一) 水質の予測

被告及び建設省は、本件堰が建設された場合の堰上流における水質を、被告主張(第七の二水質)のとおり予測した。

(1) 既設類似堰のデータに基づく堰建設後の水質予測は、被告及び建設省が近年築造された規模や環境条件の異なる多目的可動堰(利根川、芦田川及び遠賀川河口堰)について、水質観測、日常的な観察、地域住民からの情報等綿密なデータを整理解析して予測したもので、河川工学的、湖沼工学的知見から合理性が認められる。

右の結果によれば、堰上流水域における藻類の異常増殖による集積現象(アオコ)は、既設類似堰では、流動速度(流入水によって堰上流域の水の入れ替わる速さ)が一cm/秒以下という非常に小さい時しか発生していないが、本件堰においては、昭和五四年から平成二年までの一二年間の七月から九月の間における流况では、最低でも流動速度が約二cm/秒あるので、その発生の可能性は小さいと予測される。

(2) 数値シミュレーション手法による水質予測は、被告及び建設省が学識経験者の指導によりながら、数値シミュレーションを実施した結果をまとめたものである。この手法は、水量、水温、各種物質の濃度等水質に影響する要因の変化について数式で表現し、計算により予測する方法である。

特に、ダムや湖における冷濁水等については、数多くの事例研究が重ねられ、現象がほぼ解明されており、かなりの精度の数値シミュレーション手法が確立されているといえる。しかしながら、これらの数式は、複雑な水質・生態系をできるだけ単純化して表現していること、未解明の現象(富栄養化に伴う水質・生態系変動)が残されていることから、数値シミュレーション手法による水質の予測結果については、上下に幅をもって理解されるべきである。

右の結果によって、本件堰完成後、原告ら指摘の藻類大発生の可能性は小さいと予測できる。

なお、今後の不測の局所的、一時的な水質汚濁に備え、水質管理に万全を期するため、水質管理の強化、充実等の対策が必要である。

(二) 底質の予測

長良川上流部の砂は、平均0.5mm程度の細砂及び中砂によって構成されている。これらの砂は、年平均一二日発生している五〇〇m3/秒以上の出水によって、長さ三〇から五〇cmの砂漣を形成しながら河床を激しく移動するのである。また、昭和五四年から六三年までの一〇年間についてみると、毎年一回以上生じている一四〇〇m3/秒の規模の洪水では、長さ一〇から二〇m程度の大きな砂漣が形成されながら河床を激しく移動するのである。

他方、下水道汚泥の沈殿池設計時に利用されている科学的知見によれば、浮遊有機物の洗掘、再浮上の状態が維持される限界流速は一cm/秒程度である。したがって、堰上流における渇水時の平均流速二cm/秒では、浮遊有機物は沈降せず、浮遊状態で流下するのである。

河床に有機物が沈降したとしても、年間八〇日生じる流量一五〇m3/秒、流速約一〇cm/秒の出水によって掃流されて再浮上し、浮遊しながら降下すると予測される。また、堰地点の流量が、約二〇〇m3/秒以上のときには、ゲートが引き上げられるが、その際には堰上流水位の低下に伴う流量増(約四〇〇m3/秒)により合計約六〇〇m3/秒となる。この頻度は、年平均数十日間もあるため、ヘドロがたまるなどという事態は起こり難い。

したがって、流水底部にヘドロなどが堆積して、原告ら指摘の死水域が形成される可能性は高くない。

万一、堆積が生じても、現在も行われているように、上流からの土砂を掘り除く浚渫作業によって死水域を消滅させることが可能である。

しかしながら、渇水期に流量が少なく流水底部で流速減少が顕著な場合やゲート閉鎖直後堰上流底部に比重の重い塩水が取り残されることによって水が対流しにくくなる場合等には水面から川底へ酸素が供給されにくい状態となるおそれがある。このような場合には、長期間にわたって低酸素域が形成されないよう配慮し、酸素を含む上層と底層との対流をよくするなどの措置を講じることによって、川底へ酸素を供給することができる。

(三) 不快昆虫の発生

右(一)及び(二)のとおり、本件堰完成後、水質及び底質が大きく変化することがないことを前提に、原告ら指摘の止水性の淡水昆虫(ユスリカ等)の大量発生は避けられる可能性が高く、仮に発生したとしてもトラップをかけて誘殺する等の方法で対処することができる。

4  魚貝類への影響

長良川には、アユ、サツキマス(カワマス)等の回遊(遡河)性魚類、汽水性魚類及び貝類が生息している。

(一) アユ

アユは、長良川の中下流域(主として四二~五〇粁地点)で九月中旬から一一月初旬に産卵し、ふ化した仔アユ(生まれたばかりのアユ)は、餌を食べない(黄卵を持って生まれ、これを吸収しつつ生き、絶食生残状態)で流水に乗って降下して海域に入る。そして、伊勢湾内でプランクトンを食べて数cmに成長した稚アユは、翌年二月下旬から七月ころまでに海域から河川に遡上する。遡上盛期は、年によって変動するが、多くの場合は四月から五月ころである。

長良川に遡上したアユは、岐阜市から上流で夏を過ごし、一〇数cmから二〇数cmに成長し、岐阜市周辺まで下りて産卵して一年の生涯を終える。本件堰に関連する浚渫は30.2粁までの区間で実施するので、アユの生息域である四二粁地点より上流の河川に影響はなく、ここに生息している限りのアユには直接の影響はない。

(降下時の影響)

(1) 堰上流の流速が小さくなるため、仔アユの海域への降下時間が延長されることについては、平均的な河川流況時には、仔アユは絶食生残日数内に降下を終えることができるので問題はない。すなわち、三重県立大学水産学部の学者の研究によれば、①仔アユの絶食生残日数は九月中旬河川水温二〇度Cで五日、一〇月河川水温一七度Cで六ないし七日、一一月上旬河川水温一五度Cで八日程度であり、②仔アユが河川内を河川の平均的な流速と同様の速度で降下すると仮定して、主産卵場上限の五〇粁地点から堰下流の汽水域まで降下する時間を推算すると、九月下旬で2.5日、一〇月で五日、一一月上旬で6.5日程度となる。

仮に、渇水期に降下時間が絶食生残時間より長くなっても、餌を食べて生き延びることができることが実証(利根川や木曽川の既設堰の上流淡水域で約二〇~三〇%の仔アユが摂餌していることを確認)されており、仔アユにそれほど大きい影響は与えないと推測される。

(2) 取水口への迷入については、仔アユの遊泳力(三cm/秒程度)が小さいため、一部の迷入は避けられないが、迷入防止対策を専門家が検討中であり、更に本件堰においては仔アユのふ化施設が建設され、これを活用することによって流下する仔アユの量が確保できる。

(3) 堰の越流落下時の衝撃や塩分濃度の急激な変化(堰上流淡水域から堰下流汽水域へ急激に入ること)については、既にこのような現象は、急流河川の河口部で一般に生じており、支障がないことが実証されている。

更に、アユ、サツキマス等については、実験の結果、それらが右落下時の衝撃や塩分濃度の激変によって影響されないことが確認されている。

すなわち、堰上流の水位と下流の水位との差が概ね0.10~2.2mの範囲で、仔アユは、越流状態で落下し、堰下流の汽水域へと入ることとなる。堰下流の最深部の河床の標高はTPマイナス6.0mであり、堰下流は常時五ないし七mの水深が維持されているため、仔アユは越流水脈に包まれながら、水深の大きな堰下流に落下する。落下水は、水中で次第に拡がって、流速は徐々に減少するので、仔アユにはそれほど大きな影響はないものと推測される。また、種苗生産でふ化した仔アユを用いた落下実験の結果、落下させたものと落下させなかったものと死亡率で有意な差は生じなかった。KST調査や種苗生産の研究等によれば、仔アユはふ化直後においても塩分耐性を有することが確認されている。

(遡上時の影響)

(1) 取水によって長良川から伊勢湾に流入する河川流量が減少し、長良川が稚アユを引きつける力を弱くすることが懸念されるが、遡上盛期における本件堰からの取水量はさほど大きくない上に、取水後においても長良川と揖斐川とがほぼ同じ流量であることから、その影響は小さいものと推測される。また、稚アユは、河岸近くを遡上することで知られており、多くのものが魚道に行き着くと推定される。

(2) 魚道の遡上については、既設堰に設置された降水式魚道での遡上調査で大量の稚アユの遡上が確認されており、本件堰では、既設堰より更に改良された魚道を設置することから、ほとんどの稚アユは魚道を利用して遡上すると推定される。

(3) 取水口への迷入については、稚アユは、流水に逆らって遡上するので、影響は小さいと推測される。更に、取水流速を小さくし、迷入防止施設も設置することとされているので、影響は小さくなると推定される。

(二) サツキマス(カワマス)

サツキマスは、河川の上流に生息するアマゴの一部がふ化後一年を経過した秋に、銀毛化(スモルト化、サケ・マス類は、降海に先立って銀毛化という変態を行う。)して川を降下し、海域に入って急速に成長し、翌春サツキの花咲くころに再び河川に遡上してくるものの呼称である。アマゴは、降海せず、川に残留して生育するものをいう。アマゴの銀毛化の割合は、地域によって差があり、雌の銀毛化率が高く、雄の占める割合は、銀毛化したもののうち二〇~三〇%程度である。

長良川におけるサツキマスの生息域は、一〇〇粁地点より上流と推定される。

本件堰に関連する浚渫は30.2粁地点までの区間で実施するので、サツキマスの生息域である一〇〇粁地点より上流の河川に影響はなく、ここに生息している限りのサツキマスには直接の影響はない。

(降下時の影響)

(1) 取水口への迷入については、銀毛アマゴの遊泳力が強い上に、取水流速を小さくするとともに、適切な迷入防止施設を設置することとしていることから、影響は小さいものと推測される。

(2) 堰の越流落下時の衝撃や塩分濃度の急激な変化については、実験(昭和五三年岐阜県水産試験場の銀毛アマゴの放流実験等)的に、銀毛アマゴは塩分耐性を有し、落下時の影響も小さいと推測されている。

(遡上時の影響)

アユの場合と同様であり、特にサツキマスは、サケ科特有の母川回帰性があることから、多くのものが魚道に行き着き、魚道を利用して遡上すると推定される。

(三) 汽水性魚類

ボラ、スズキは、淡水でも生息するといわれているが、本来が海水性であるので、本件堰による堰上流域の淡水化により、堰上流域は生息に適さなくなる。ボラ、スズキもある程度成長すれば、五月から七月ころには、魚道やゲート越流水から遡上することができるようになる。

コイ、フナ等の淡水魚は淡水域の拡大により、むしろ増加が見込まれるのである。

(四) 貝類

ヤマトシジミは、現在、河口マイナス一粁地点から上流一二粁地点付近までの区域に生息し、この区域は、ヤマトシジミの好漁場となっているが、本件堰の設置により、堰の上流域は淡水となるため生息に適さなくなる。また、下流域についても、堰直下まで底層に高塩分の海水が通常的に滞留する可能性が強く、ヤマトシジミの生息に適する塩分濃度を上回ることも予測されるので、ヤマトシジミは減産することが予測される。ただし、被告は、該当する漁業者に対しては、適正な補償をもって対処する用意があるとしている。

アサリ・ハマグリは、長良川流域における河口の一粁地点付近から下流の沖合マイナス三~マイナス四粁地点付近までの河口陸棚域で生息している。堰下流域は堰建設後も建設前と同様に汽水域が形成されるし、長良川の流量が二〇〇m3/秒以上のときゲートは開放操作に入ることになっており、長良川からは従前と変わりなく流送土砂が供給されるので、本件堰建設により河口域のアサリ・ハマグリの生息に与える影響は、それほど大きくないと推測される。

三  環境保全対策

乙第一三九、第一八三及び第一九四号証、証人中村の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件堰の構造上の対策

本件堰には、木曽三川河口資源調査団(KST)の提案をもとに、その後も専門家の指導を得て、改良した魚道(別図41、42、43のとおり)を設置することにしている。魚類は、主として川岸付近を遡上するから、魚道を両岸に配置した。また、遡上してきた魚類が堰直下流に滞留しないよう魚道入口を堰から下流に突出させずに主ゲートと一線に並ぶように配置した。

被告及び建設省は、水産資源の保護を目的として、河川環境等への影響が軽減するよう、特に魚道等について次のような配慮をしている。

(一) 呼び水式魚道

本件堰の両岸には呼び水式魚道を設置する。左岸側呼び水式魚道には、中央部に幅一m及び幅二mの二連の呼び水水路を配し、その両側に有効幅3.0m、長さ約八〇mの魚梯(階段)部を設ける。右岸側呼び水式魚道には、中央部に幅各一mの二連の呼び水水路を配し、その両側に有効幅2.5m、長さ約八〇mの魚梯部を設ける。そして、堰上流の水位が変動しても、呼び水水路に必要な流量・流速が得られるように流量調節ゲートを設け、魚梯部には遡河性魚類の習性に適した流量・流速に調整できるように上流部に一〇連のスライドゲートを設けるとともに各隔壁間の段差は、本件堰が河口に近く稚アユが小さいことを考慮して、一〇cmとし、遡河性魚類の遡上を容易にしている。

このように、中央部の呼び水水路から稚アユの選好流速(四〇~六〇cm/秒)の二倍以上の早い流速で河川水を流下させ、これを堰下流部に拡散させることによって、魚類の走淡水性(淡水にひかれて泳ぐ性質)と走流性(流れに向かって泳ぐ性質)を発揚させる。この呼び水の効果により稚アユを魚道入口に集め、一方、魚梯部には稚アユの選好流速で通水し、遡上に適した流れを形成し、これにより魚梯部を順次遡上させるものである。

このような呼び水式魚道は、既に木曽川大堰や筑後大堰で実用化され、大量の稚アユの遡上が確認されているものである。

更に、これまでの調査結果等を踏まえ、以下の対策を講ずることとしている。

(1) 四本の魚梯部には底生魚やエビ・カニ類の休息行動や逃避行動に有効と考えられる玉石を敷き、更に、魚梯部のうち一本を遊泳力の比較的小さな底生魚などが遡上しやすいようプール内(隔壁間)に玉石を深く敷きつめた玉石魚道に改造する。これは魚道の隔壁間に玉石を入れた浅い水路を設置し、底生魚が遡上し易いよう改造する。

(2) 四本設置する呼び水水路のうちの一本に、アユ等の他、遊泳力の比較的小さな底生魚等の遡上が期待できるデニール式魚道を設置する。

(3) 本件堰付近ではモクズガニの稚ガニの遡上や親ガニの降下が考えられるが、モクズガニは両岸近くを遡上・降下することが知られており、多くのものが本件堰の両岸に隣接して設置する呼び水式魚道に行き着くと推定される。本件堰では、呼び水式魚道の側壁に凹凸をつけるとともに、筑後大堰で効果が確認されているマニラロープを魚道に取りつけること等によって、稚ガニの遡上がより効果的に行われるよう対策することとしており、稚ガニの遡上や親ガニの降下に大きな影響はないと推測される。

(二) ロック式魚道(閘門式魚道)

ロック式魚道は、運河の閘門で船を通すのと同じような仕組みで魚類を遡上させるもので、上下流それぞれにゲートを配置し、このゲートを操作することにより、ロック内の水位を調節して魚類等を遡上させるものである。このロック式魚道のゲートは、二段式ゲートを採用し、多様な魚種が遡上できるよう、オーバーフロー、アンダーフローいずれの操作も可能としている。更に、これまでの調査結果等を踏まえ、以下の対策を講ずることとしている。

(1) カジカ類は夜間も魚道を遡上するものと推測され、また、ウナギも夜間に遡上することから、昼間だけでなく夜間においても魚道を操作する。

(2) カジカ類を含む底生魚やエビ・カニ類等の休息行動や逃避行動に有効と考えられる植石を魚道内に行う。

(三) せせらぎ魚道

(一)及び(二)の魚道のほか、本件堰の右岸側にせせらぎ魚道を設置する。

せせらぎ魚道は、水路底に粗石を配置することにより、水路内の水の流れを様々に変化させて多様な流速が生じるように配慮し、自然界の小河川で一般的に見られる流れの状態を再現するものである。これによって、底生魚をはじめとする泳力の小さい魚類やモクズガニ、テナガエビなどのエビ・カニ類、更には泳力の強いアユなどの多様な魚類等の遡上が期待される。

2  多自然型岸辺による浅瀬の造成(環境形成)

本件堰上流水域においては、ブランケット(高水敷)工の実施や本件浚渫及び本件堰建設による河川水位の変化により、魚類の産卵場や回遊性魚類等の遡上環境に対する影響が生じる。この影響軽減対策として、川の中のヨシ原は、大水の安全な流下に支障がない範囲で、可能な限り残すとともに、高水敷の前面の捨石部を基礎にして石積などにより浅瀬を設け、陸側に向かっては、浚渫土を利用して緩い勾配に埋め立て、ヨシ等の植栽を行い、植物群落の復元を図る。このようにして、魚類の餌場、休息、避難場所等に配慮した環境が形成され、多自然型岸辺が確保される。

3  アユ、アマゴ等種苗の量産化等

被告及び建設省は、岐阜県水産試験場と共同で既に稚アユ種苗の量産化技術を研究、実用化している。その成果を踏まえて、財団法人岐阜県魚苗センターが設立され、最近では年間約五〇〇万尾の放流用稚アユが育成されている。この稚アユは長良川にも放流されている。

長良川のサツキマスは、昭和三〇年から四〇年代には激減した。そのため、昭和三〇年代後半から岐阜県水産試験場によって、天然アマゴの親魚を用いてアマゴの種苗生産に関する試験研究が開始され、基礎的技術が確立された。昭和四四年に、被告は、岐阜県水産試験場と共同で郡上郡大和村(現大和町)に試験施設を設置し、アマゴ種苗の量産化技術を確立した。その後、この技術は民間にも普及し、漁業協同組合は、最近では、アマゴの稚魚約一〇〇万尾を上流に放流し、下流では銀毛アマゴ約三万尾を放流している。

四  環境影響評価の実施

1  環境に対する配慮

環境は一旦破壊されると、その対策に多大の費用と歳月とを要し、また、完全な再生、復元は困難となる。したがって、環境に大きな影響をもたらす事業を実施するに当たって、当該事業を行う者は、それに先立って環境調査を実施し、環境に及ぼす影響を配慮して最善の選択を行い、環境に償いがたい被害を与えることを回避するよう努める社会的な責務があるものというべきである。

2  環境アセスメント

ところで、環境影響評価(環境アセスメント)とは、事業活動が環境に及ぼす影響について、事前に調査、予測及び評価を行い、必要に応じ、環境保全上の措置を講ずるよう配慮することを通じて、環境の破壊を未然に防止しようとする手法である。

そこで、本件事業について、環境影響評価(環境アセスメント)が適正に行われたかどうかを検討する。

乙第一三九及び第一四一号証、第一四九号証の一及び二、第一五一、第一八三、第一九四及び第二〇四号証、証人今岡及び同中村の各証言、弁論の全趣旨並びに公知の事実によれば、次の事実が認められる。

(一) 地域の特色

木曽三川下流部では、三重県に属する地域が「水郷県立公園」の指定を受け、油島の千本松原を中心とした揖斐・長良背割堤を含む地域が岐阜県より「千本松原県立自然公園」の指定を受けている。そして、この地域は、人と川とのかかわりの文化環境が重視され、建設省が国営木曽三川公園として管理している。このように、この地域においては、既に、人間生活と調和する自然の保全と創造を目指す多自然型川づくりが実施されている。

(二) 建設計画の確定以前の調査

まだ、本件堰の計画が検討されている段階の昭和三八年一二月、建設省の主宰により木曽三川河口資源調査団(KST)が結成されて、大学教授小泉清明を団長とし、全国的に幅広く、各分野の専門家を団員として、アユ生態班、アユ養殖放流班、水産班、環境班、生物班及び物理環境班の総勢約九〇名によって、本件堰を建設すれば、生態系にいかなる影響を与えるかなどの予測調査が行われた。

この調査は、昭和四四年三月に至るまで、現地調査のみならず、実験解析をはじめ、長良川以外の河川での実態調査など含めて、魚類等の水生生物、水質、底質、物理環境など広範囲にわたるものであった。各項目調査の終了毎に、膨大な報告書が作成され、最終的に「木曽三川資源調査結論報告書」(乙第二九号証)が作成され、公表された。

(三) 建設計画の確定以後の調査

その後も、被告及び建設省は、本件事業の進行に応じて、継続的、定期的に環境調査を実施した。

被告及び建設省は、ブランケット工の着工前後(昭和四〇年代後半から五〇年代前半にかけて)、堰本体着工前(昭和五〇年代後半から六〇年代前半にかけて)等に環境への影響についての一般的調査を実施した。魚類等に対する影響軽減対策に関する調査研究は、岐阜県水産試験場、岐阜大学等に委託し、実施された。

(四) 環境保全対策の基本方針

長良川は、古くから、鵜飼に代表されるアユを始めとする水産業が盛んな河川であり、自然環境の保全特に水産資源の保全は、重要な課題であった。被告及び建設省は、KST調査等の成果を踏まえて、魚道及び人口河辺の開発、アユ、アマゴの人工種苗の量産化技術の確立等必要な環境保全対策を講じてきた。

また、ブランケットについては、地方自治体との協議を経て策定した木曽川水系河川環境基本計画において、環境保全と利用に関するゾーンを設定した。この計画に基づいて、背割堤など自然環境が保全されている区域については、大きな改変をせず、自然利用ゾーンとし、整備ゾーンについては、地方自治体との調整を図りつつ、環境を形成することとした。

(五) 漁業補償等

この間、旧訴が提起されたが、漁業補償等がなされ、旧訴は取り下げにより終了した。

こうして、本件堰は、昭和六三年三月にようやく着工された。

(六) 環境庁及び建設省の合意による追加調査

被告及び建設省は、平成二年一〇月に「長良川河口堰について」(乙第一三九号証)を作成し、公表した。

ところが、環境庁長官は、平成二年一二月に水質の変化や魚類などへの影響についての追加調査が必要であるとの見解を示し、環境庁及び建設省は、①水質シミュレーション、②カジカ類、③高水敷の動植物の三項目について補足的な調査を実施することを合意した。この合意に基づいて、平成三年度に一年間をかけて、建設省及び被告は調査検討し、平成四年三月に「長良川河口堰に関する追加調査報告書」(乙第一九四号証)として取りまとめ、公表した。

なお、右追加調査は、環境庁と協議の上、実施されたものであり、現地調査については、財団法人ダム水源地環境整備センターに委託して実施され、各分野の専門的知見を有する学識経験者一五名に全情報を提示して指導を受けながら調査検討されたものである。

右ダム水源地環境整備センターは、ダム水源地環境の総合的調査研究、技術開発等を実施することにより、自然環境とバランスのとれた河川整備を推進することを目的として設立された財団法人であり、河川事業と環境との関係について高度な専門的知見を有する技術者を多数擁している。

また、調査方法の策定や調査検討過程の各段階において、環境庁と十分な連絡が取られており、環境庁は、右追加調査の結果について、対策の適切な実施によって環境保全上著しい影響は避けられる旨の見解を示した。

被告及び建設省は、平成四年四月に本件堰の技術的事項について「長良川河口堰に関する技術報告」(乙第一八三号証)を取りまとめ、公表した。

(七) 被告及び建設省は、これまでの調査の内容については、住民が閲覧できるように、地元市町村役場等に報告書を展示するほか、説明会を開催するなどして住民に知らせ、情報を公開した。

(八) 今後の方針

現在、被告及び建設省は、本件事業の問題点について、専門家による河口堰問題調査委員会において検討中である。

また、建設省は、長良川の大橋から揖斐長良大橋間(約三〇粁)に、水質の自動監視装置を六基設置し、長良川における水質の監視を強化する予定である。

なお、被告及び建設省は、本件堰の設置及びこれに関連する工事が環境全般に与える影響を極力小さくするための諸対策の効果については、堰完成後にモニタリングを実施し、更なる対策を講じることとしている。

このように、事前の環境調査のみならず、その結果とのずれを是正するための事後的な影響モニタリングも行う用意がなされている。

(九) 原告らの活動

原告ら及び自然保護団体等は、各自の立場において、本件事業の河川生態系への影響等を調査し、その結果に基づいて鋭い意見を発表した。

これによって、被告及び建設省の調査検討も、慎重、綿密の度を加えるに至り、資料等も公開されたということができる。

(一〇) その他

ちなみに、現在、環境影響評価に関する法律は制定されていない。環境影響評価が政府の施策として実施されるようになったのは、昭和四七年の「各種公共事業にかかる環境保全対策について」の閣議了解からである。それ以来、環境影響評価の事例が積み重ねられてきた。そして、政府は、昭和五九年八月二八日には「環境影響評価の実施について」の閣議決定を行い、国の関与する大規模な事業に関して、統一的な実地要綱に基づく環境アセスメントを実施することにした。ところが、右対象事業の中には河口堰は入っていないのである。

3  まとめ

以上2に認定した事実を総合すれば、本件事業に関して、現実には、事前の調査手続とこれを公開して住民の同意、納得を得るための手続とが実施されたものと評価することができる。このように、被告及び建設省は、実質的に適正な環境アセスメントを実施していたものといえるし、本件堰完成後においても環境影響(事後)評価を実施して行く予定であるということができる。

したがって、被告は、本件事業を実施するに当たって、環境への配慮を十分に行っているものと認められる。

五  結語

以上一ないし四に認定した事実によれば、本件堰及び本件浚渫が環境に与える影響は前掲認定のとおりであり、環境を破壊する程度のものとは認め難く、仮にこれをもって環境破壊というとしても、前示認定の本件堰のもたらす公共の利益に比較すれば、これを凌駕する程の重大なものとは到底いえない。また、生じることが予想される影響については、これを軽減する適切な対策が講じられているものということができる。したがって、被告は、本件事業を実施するに当たって、環境への配慮を十分に行っているものと認められる。

しかも、第一及び第二目録記載の原告らは、揖斐川沿いに居住し、第三及び第四目録記載の原告らは、板取村又は岐阜市に居住しており、いずれも本件堰及び本件浚渫が、その居住環境に重大な影響を及ぼすとは考え難いものである。

したがって、環境に重大な影響を受けることを前提とした原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことは明らかである。

第一三  本件事業の位置付け

一  原告らは、当初の計画では利水のみが目的とされたが、その後の経済情勢等の変化で水需要が減少したために、治水目的に置き換えて本件事業が進められていると主張する。

しかしながら、以上、認定、説示してきたように、本件堰計画は、昭和三五年公表の建設省の「長良川河口ダム」の構想に端を発し、多角的に検討された結果、昭和三六年八月に取りまとめられた治水・利水両面を総合した長良川河口堰建設事業計画として事業化に向けた第一歩を踏み出した。その後、本件堰は、国の河川改修計画(河川法に基づき建設大臣が昭和四〇年四月に決定した木曽川水系工事実施基本計画等)及び水資源開発計画(水資源開発促進法に基づき内閣総理大臣が昭和四三年一〇月に決定した木曽川水系水資源開発基本計画―その後の数次にわたる変更後のものを含め、被告の本件事業の実施根拠となっているものである―等)において一貫して、治水・利水双方を目的とした多目的施設として位置付けられている。右治水目的とは、本件堰の設置により、塩水遡上による塩害発生を防止し、長良川の河道浚渫を可能にさせ、もって計画高水流量七五〇〇m3/秒を安全に流下させるというものであり、右利水目的とは、本件堰の設置により、濃尾及び北伊勢地域の都市用水として22.5m3/秒の取水・供給を可能にさせるというものである。

二 なお前示認定のとおり、昭和四八年三月の水資源開発基本計画においては、事業目的に「この事業の実施に当たっては、水産業及び長良川沿岸の水位変化による内水等に及ぼす影響について十分配慮する」旨が加わるに至っている。

本来、河川には、治水、利水及び親水の機能があるといわれている。人間が尊厳を保って生存していく上で、洪水から、その生命、身体、財産を守るための治水は、第一に考えなければならない最重要課題である。また、生活及び経済活動に必要な水を確保するための利水も、重要な課題である。毎日海に流し捨てられる豊かな水資源を、有効に利用し、自然の恵みを人間の文明に利用していく努力も必要である。更に、人間が健康で文化的な生活を送るため、河川の自然環境を保全し、川に親しむという親水は、現在における重要かつ緊急の課題となっているものである。我々は、かけがえのない地球環境を将来の世代を含めて共有していることを認識し、環境保全については、地球規模で考え、社会経済活動による環境への負荷は、できる限り低減するよう努めなければならないのである。このように環境への保全の支障が未然に防止されるよう努めなければならないことは、自然環境保全法により宣言されたところである。したがって、長良川の河口堰建設は、治水(洪水調節)、利水(水資源開発)及び親水(河川環境保全)の施策の間の整合性を図りつつ、総合的かつ一体的に実施すべきものであるところ、本件事業は、前示認定の事実を総合すれば、これらの施策の調和を図りながら、進められていると認めることができる。

第一四  結論

一 以上に判示したところに基づいて、本件の主要な争点に対する当裁判所の判断をまとめると、次のとおりである。

1 本件事業の公共性

本件堰の建設を含む本件事業は、治水・利水を目的とする公共の利益(洪水調節及び水資源開発)をもたらすものである。前示認定のとおり、河道浚渫の方法により洪水疎通能力の拡大を図る計画、河道浚渫の結果塩水遡上による塩害発生があるとの予測、都市用水の取水・供給を必要とする水需要の予測は、いずれも相当の合理性を有するものであり、これらを前提として本件堰を建設することに、その差止めを認めなければならないような違法は何ら認められない。

2 本件堰の安全性

本件堰には、構造上及びゲート操作上、平常時において、また、地震、洪水、高潮及び津波時においても、現在の科学的、専門技術的知見に照らし、安全性に欠ける点は認めることができないから、本件堰建設による原告らの具体的権利の侵害のおそれは認められない。

3 本件堰の環境への影響

環境権を私法上の権利として認めることはできない上、本件堰の建設により、長良川の自然環境に与える影響は、前示認定の程度であり、環境を破壊する程度のものとは認め難く、また、生じることが予測される影響については、被告において、これを軽減する適切な対策を講じており、環境に対する配慮も行っているものと認めることができる。この点からも、本件堰の建設を差止めなければならないような違法は認められない。

二  以上の次第であって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官日髙千之 裁判官鍬田則仁 裁判官伊藤繁)

別紙書証の成立についての目録<省略>

図8の1ないし6<省略>

図9ないし16<省略>

図20ないし29<省略>

図37ないし40<省略>

表1ないし12<省略>

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