岐阜地方裁判所 昭和59年(行ウ)6号 判決 1985年9月18日
岐阜県本巣郡穂積一八七五番地の一
原告
井内孝子
右訴訟代理人弁護士
加堂正一
岐阜市千石町一丁目四番
被告
岐阜北税務署長
大澄忍
右指定代理人
岡崎眞喜次
右同
石嶋繁
右同
森岡澄男
右同
野村弘
右同
名倉長晴
右同
横山緑
右同
和田真
右同
柴田良平
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 港税務署長が原告に対して昭和五八年一月一一日付でなした昭和五六年度分所得税の更正ならびに重加算税賦課決定の各処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一請求原因
1 原告は、昭和五六年度分の所得税について、同年六月二九日に別紙目録(一)記載の原告所有建物と同(二)記載の同建物の敷地に対する賃借権(以下本件建物等という。)を訴外河村正夫に代価一九五〇万円で譲渡した件(以下本件譲渡という。)については、租税特別措置法(以下単に措置法という。)三五条一項所定の居住用財産の譲渡に該当するとして、分離長期譲渡所得の金額を〇円とし、港税務署長に対し確定申告をなした。
2 しかるに右税務署長は、右譲渡についての右法条の適用を否認し、昭和五八年一月一一日付で、本税の額(増差税額)を三三二万二七〇〇円と更正する処分及び重加算税九九万六六〇〇円の賦課決定処分をなした。
3 原告は、右各処分を不服として、右同年一月二一日右税務署長に異議の申立てをなしたが、同年五月一〇日付でこれを棄却され、更に同年六月八日名古屋国税不服審判所長に対し審査請求をなしたが、これについても同年一二月一五日付で棄却する旨の裁決がなされた。
なお、原告は、右同年三月一日付で肩書住所地に転居したので、被告税務署長が原処分庁となった。
4 しかしながら、本件建物等は、原告が昭和五三年三月上旬から本件譲渡に至るまでの間居住の用に供していた財産であり、これが譲渡につき措置法三五条一項の適用を否認してなされた本件各処分は、事実誤認に基づく違法な処分であって取消さるべきである。
因に、港税務署長は、右期間中原告は原告所有の別紙目録(三)記載の建物(以下単に小松荘という。)に居住していたと判断したが(異議決定書)、名古屋国税不服審判所長は、右当時原告は原告所有の右目録建物(以下単に弁天コーポという。)に居住していたと判断している(裁決書)。
二 請求原因に対する被告の答弁
1 請求原因1ないし3の名事実は認める。
2 同4中、後段「因に」以下の事実は認めるが、前段の主張は争う。
三 被告の主張
1 原告は、昭和五七年三月一三日昭和五六年度分の所得につき、総所得金額一三七万七七四八円、分離長期譲渡所得の金額〇円、所得金額から差し引かれる金額四二万四八〇五円、還付金の額に相当する税額三万〇九七二円とする確定申告書を港税務署長宛に提出した。
そして右確定申告書には、本件譲渡の事実とこれによる譲渡所得については措置法三五条一項を適用する旨記載し、原告の住所が昭和五五年五月二七日弁天コーポの住居表示である弁天二丁目一番地八‐八〇四号から本件建物の住居表示である市岡元町三丁目六番六号に移った旨記載された住民票写しが添付されていた。
2 しかし右税務署長は、昭和五八年一月一一日に、本件譲渡には措置法三五条一項の適用はないとして、原告の総所得金額を一三七万七七四八円(申告額どおり)、分離長期譲渡所得の金額を一六六一万九〇七二円、納付すべき税額を三二九万一八〇〇円とする更正処分及び重加算税の額を九九万六六〇〇円とする賦課決定処分をなした。
3 右譲渡所得金額の算出根拠は次のとおりである。
(一) 譲渡価額 一九五〇万円
(二) 取得価額 一三六万四九二八円
原告が昭和三七年四月七日訴外円谷一雄から取得した際の取得価額一七三万四〇〇〇円から建物の減価額三六万九〇七二円を控除した金額
(三) 譲渡費用 五一万六〇〇〇〇円
(四) 譲渡益 一七六一万九〇七二円
(五) 譲渡所得の特別控除 一〇〇〇万円
措置法三一条二項所定の特別控除額
(六) 右譲渡所得の金額 一六六一万九〇七二円
4 港税務署長が本件譲渡につき措置法三五条一項の適用を否認してなした本件各処分は、適法である。
(一) 本件譲渡には、右法条の適用はない。
右法条にいう「居住の用に供している家屋」とは、真に居住の意思をもって、客観的にもある程度の期間継続して生活の本拠としていた家屋と解すべきものであるところ(右法条の規定を受けた同法施行令によると、「その者がその居住の用に供している家屋を二以上有する場合にはそれらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋に限るものとする。」旨規定されている。)、港税務署長らにおいて調査した結果では、原告が本件建物に居住していたと主張する昭和五五年三月から本件譲渡に至るまでの間に、原告が本件建物において、日常生活を営む上で不可欠と解される水道、電気及び都市ガスを使用した事跡が認められない等の事情が判明した。これらの事情からして、本件建物等は、居住の用に供していたものとは認められない。
(二) しかるに原告は、措置三五条一項の適用を受けるため、前記のような住民票上の届出をして、あたかも本件建物等に居住していたかの如く仮装し、これに基づいて五六年度分の所得税の確定申告をなしたものである。
四 被告の主張に対する原告の答弁
1 被告の主張3中、(一)ないし(四)の事実は認めるが、(五)、(六)の主張は争う。
2 同主張4中、原告が被告主張のような住民票上の届出をなしたことは認めるが、その余の主張はすべて争う。
3 被告の主張に対する反論
原告が昭和五五年三月から本件譲渡に至るまでの間、本件建物に居住していたことは、右住民票上の記載の外、次の事実からも明らかである。
(一) 原告は、昭和三七年に本件建物を取得し、爾後同建物に居住していたが、昭和四七年に弁天コーポに転居し、本件建物は上村某に賃貸した。しかし昭和五一年頃から原告ともと夫であった井内君男との婚姻関係が破綻した、原告は同年八月弁天コーポを出て、爾来同コーポに居住する夫とは別居していたものであり、当初は西区土佐堀で経営していた飲食店内に居住していたが、五四年九月頃港区波除三丁目に所有していたアパート七福荘に移り、五五年二月に、五四年九月頃から家賃を滞納していた右上村に本件建物を明渡してもらい、その直後同建物に移り住んだ。五五年三月以降弁天コーポには、別居中の夫と娘が居住していたが、原告は居住していない。本件譲渡後、原告は小松荘に転居した。
(二) 原告は、弁天コーポの水道、電気、電話等の使用料の支払をしたことはない。固定資産税の納税通知書の送付先や勤務先等に届出の住所が弁天コーポとなっていたのは、従前の指定を変更せず放置していただけのことである。昭和五五年度の所得税の確定申告書や右七福荘の焼失にともなう罹災証明の願出書等には、本件建物所在地を住所として記載している。
(三) 原告は、別居中の夫に住所を知られたくないため、本件建物にひっそりと隠れ住み、独り病気療養生活をしていた。食事はほとんど外食であったから、水道、電気、ガスは殆んど使用しなかった。水道は、五五年三月上旬本件建物に転居のとき、掃除のため水が出るように工事してもらったが、掃除がすむと止水工事をしてもらい、爾後使用していない。電気は、殆んど使用せず、懐中電灯で用を達っしていた。たまに夜間遅く帰宅した折、就寝までの一寸の間点灯したことはがあるが、何故か使用量が累積されず、積算電力計に表示されなかったのである。都市ガスは使用しなかった。水道や電気の使用料の支払をしていないからといって、これらを使用しなかったわけではないし、又これらを使用しなかったからといって、生活ができなかったわけでもない。原告と交際のあった者は、原告が本件建物に居住していたことを知っている。
第三証拠
証拠に関するる事項は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1ないし3の事実及び被告の主張3の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがなく、被告の主張1、2の事実は、成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨により認められ、この認定に反する証拠はない。
二 よって、本件譲渡に措置法三五条一項の適用があるか否か、すなわち本件建物等が同法条所定の居住用財産に該当するか否かの点につき検討するに、原告が本件建物等を昭和三七年に取得したこと、原告が同建物の外に小松荘と弁天コーポをも所有していて、昭和五五年五月二七日付で弁天コーポから本件建物に転居をして、住民票にその旨記載されていること、原告が本件建物に居住していたと主張している昭和五五年三月から本件譲渡までの間、港税務署長は、原告が小松荘に居住していたと判断したが、名古屋国税不服審判所長は、弁天コーポに居住していたと判断していること、以上の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五ないし第一一号証、同第二六号証、同第四五号証の二、同第四八号証の一、乙第一ないし第四号証、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、本件建物の所在地は、旧表示大阪市港区辰巳町二丁目六番地で、昭和四三年九月一日住居表示の実施により、同市同区岡元町三丁目六番六号となったものであるが、原告は昭和三七年に店舗兼住宅の本件建物を購入して(敷地は大阪市からの借地)、同建物で一二才年下の男性と同棲を始め、同年一一月二二日に婚姻の届出をして、夫婦で原告の氏を称し、本件建物の所在地(旧表示)を本籍地としたもので、翌年二月一日長女が出生したこと、その後原告一家は、昭和四七年三月頃に原告が購入した分譲住宅弁天コーポに転移し、本件建物は上村某に賃貸されたこと、しかし上村は約六ヶ月家賃を滞納した上で、昭和五五年二月に本件建物から退云したこと、上村は右退云までの間本件建物で、大阪市水道局の供給する水道を使用し、関西電力から電気、大阪ガスから都市ガスの各供給を受けていたが、水道については、五五年二月二七日に一、二月分の使用料金が現金で支払われて、同日付で上村から中止届けが出され、その後は五六年七月八日河村正夫名義で使用変更の申出がなされて使用が開始されるまで、全く使用されていないこと、電気については、五五年二月二九日付で使用契約が解除され、同日の計量器の指示数は九四八〇で停止し、五六年七月七日付で河村正夫により使用開始の手続が認められるまで同一数値を示していて、その間に全く変動がないこと、都市ガスについても、五五年二月二五日上村の申出により閉栓がなされ、その後五六年九月四日河村より開栓の申込があるまで閉栓されたまま全く使用されていないこと(原告が本件建物において、水道は遅くとも五五年三月下旬以降は使用せず、都市ガスは全く使用していなかったことは、原告において自認するところである。)、原告は五五年五月二七日付で同日単身弁天コーポから本件建物所在地に転居した旨の届出をして、その旨住民票に記載されているが、原告宛の固定資産税の納税通知書の送付先更には娘の学校や原告自身の勤務先への届出の住所としては、弁天コーポを指定していたこと、原告は本件建物で単身病気療養中であった旨主張するけれども、本件建物は原告自身がその本人尋問結果中で、前の部分が店舗で用心が悪く、泥棒や空巣に入られ怖くなったので、弁天コーポに転居した旨述べていることからも明らかなとおり、病身女性が単身で居住するに適したものとは認められない上、健康者でももとよりのこと、病気療養中のものなら尚更のこと、水や電気、ガスを使用せず、就中水を全く使用せずに、一年以上も継続して特定の家屋で居住することが可能であるとは到底考えられないことであるにかかわらず、原告がその主張する期間中公営水道等の使用に代えて、他の方法で水や光熱源を確保していた形跡は全くなく、しかも当時原告は、保健会社の外務員として稼働していた上に、五五年四月に焼失した賃貸アパート七福荘の外に、一四室(外に管理人室一)からなる賃貸アパート小松荘を所有し、同アパートは右期間中全室に借手があったので、公営水道の料金も支払えない程に困窮していたわけではないこと、又原告は、当時夫(昭和五七年一二月二七日協議離婚の届出)に所在を知られるのを怖れて、本件建物に隠れ住んでいた等とも主張するのであるが、本件建物は、夫や娘の居住する弁天コーポとは徒歩で数分の距離にあって、一家でかつて一〇年間も居住していた処であり、しかも原告は前示のとおり同所への転居の届出もしていたのであるから、もし、前夫が原告の居所を知ろうとすれば、極めて容易に知り得たはずであるが、前夫が原告の居所を探索していたというような形跡はまったく認められないこと、当時原告の娘は高校三年生で、しかも大学入試を控えて試験勉強中であったから、このような年頃の娘を父親と二人で弁天コーポに居住させ、母親の原告が一人近くの空屋同然の建物で生活する等ということは極めて不自然で、考え難いこと、更に原告は、本件譲渡後小松荘に転居したと主張しているけれども、小松荘への転居の届出は、昭和五七年九月二五日になされていて、当時は既に港税務署長による原告の本件確定申告についての調査が開始されていて、付近での聞込調査等がなされていたものであったこと、以上の事実が認められる。
証人山本靖子の証言及び原本人尋問結果中の右認定に反する部分は措信できず、他に認定を覆すに足りる証拠はない。
右に認定したところによれば、原告が本件建物に居住していたと主張する昭和五五年三月から本件譲渡に至るまでの間、原告の生活の本拠は弁天コーポにあったものと解され、本件建物を居住の用に供していたことは認められない。
三 そうすると、本件建物等は措置法三五条一項所定の居住用財産に該当することは認められず、従って本件譲渡には同法条の適用はないことになるので、港税務署長が本件譲渡につき右規定の適用を否認して、本件譲渡による分離長期譲渡所得の金額を一六六一万九〇七二円としてなした本件更正処分は適法である。
そして原告は、本件建物を居住の用に供していなかったにかかわらず、昭和五五年五月二七日付で本件建物所在地への転居の届出をなした上で、その旨記載された住民票の写しを添付して本件五六年度分の所得税の確定申告をなし、本件譲渡につき措置法三五条一項の適用があるとして、納付すべき税額を過少に申告(還付される税額を三万〇九七二円とする還付申告)していたことは前記のとおりであるから、国税通則法六八条一項に該当し、これに基づき港税務署長がなした本件重加算税賦課の処分も適法である。
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺剛男 裁判官 大月妙子 裁判官 沼田寛)
目録
(一) 大阪市港区辰巳町二丁目六番地
(住居表示上同市同区市岡元町三丁目六番六号)
家屋番号一〇五番
木造瓦葺二階建建物延七二・九五平方メートル
(二) 右建物の敷地 五四・五四平方メートル
右に対する借地権
(三) 同市同区千代見町三丁目一二番地
(住居表示上同市同区弁天五丁目八番一七号)
二階建アパート小松荘
(四) 同市同区市場通二丁目一番一ノ一二五
(住居表示上同市同区弁天二丁目一番八‐八〇四号)
共同住宅弁天コーポ八階八〇四号 五一・九一平方メートル