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岐阜地方裁判所 昭和60年(わ)96号 判決 1985年7月19日

主文

被告人を懲役二年に処する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、広域暴力団山口組系足立会堀組の組長であったものであるが、

第一  前記堀組組長堀薫喜らが昭和五九年七月二〇日午後一一時三〇分ころ、岐阜市柳ヶ瀬所在のパブスナック「クーキー」において同店店長から入店を断られたことから口論中、偶然同店に来合わせた前記足立会河合組組長河合啓二(当時三三歳)から、追い払うような手振りで「おい、出ていけ。」などと言われたため、同人の態度が不遜であるとして憤激し、同人に対し制裁を加えるべく、前記堀薫喜ほか堀組組員など数名と共謀のうえ、同月二一日午前一時一五分ころ、岐阜市六条大溝三丁目七番二号コーポ鈴木二〇一号河合組事務所に赴き、即時同所において、傷害の意思をもって、前記河合啓二に対し被告人が所携の日本刀でその背後から斬りつけて全治約三週間を要する背部切創の傷害を負わせ、もって、刀剣類を用いて人の身体を傷害し、

第二  法定の除外事由がないのに、同日同時刻ころ、前記河合事務所において、刃渡り約五四・七センチメートルの日本刀一振を所持し、

第三  公安委員会の運転免許を受けないで、同年一二月一日午前八時五〇分ころ、静岡県熱海市熱海一二一九番地の一付近道路において、普通乗用自動車(沼津五五ろ六四五七号)を運転し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は暴力行為等処罰に関する法律一条の二、刑法六〇条に、判示第二の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の四第一号、三条一項に、判示第三の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条にそれぞれ該当するので、判示第二及び第三の各罪についてはいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内において被告人を懲役二年に処し、諸般の情状を考慮し、同法二五条一項一号を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、同法二五条の二第一項前段により右猶予期間中被告人を保護観察に付することとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、「(一)判示第一の事実につき、被告人は犯行当時暴力団足立会堀組の組員であり、組長の命令に従って本件に及んだものであるが、組長の命令には絶対服従せざるを得なかったから、適法行為の期待可能性がなく、無罪である。(二)判示第二の事実につき、判示第一の事実と同様であるほか、被告人は法定の除外事由がないことについて認識がなかったので、無罪である。」旨主張する。

二  そこで、まず期待可能性の有無について検討するに、前掲各証拠によれば、被告人は、広域暴力団山口組系足立会堀組の組員であり、組内においては若輩の地位にあって、容易には組長の命令を拒否できない立場にあったが、違法行為を組長ら幹部から命ぜられ、それを拒否すれば相当の制裁を受けるであろうことが十分予想される暴力団に任意に参加し、かつ、これに所属し続けていたのみならず、さらに、本件傷害事件に限定して考えてみても、被告人は堀組長らが前記認定のとおり河合啓二に対し憤激している事情を知っており、被告人が堀組長から河合を斬れと命じられたのが昭和五九年七月二一日午前零時ころであり、岐阜市本郷町所在の堀組事務所から前記河合組事務所まで赴き本件犯行に及んだのが同日午前一時一五分ころであること、その間被告人が常に組長ら幹部の監視下におかれていたわけではないことが認められることなどからすれば、被告人が堀組事務所ないし犯行現場から離脱して本件傷害の実行を避けるだけの時間的余裕ないし可能性がなかったものと認めることはできない。のみならず、右犯行における加勢状況として、被告人はかなり意気盛んな状態で積極的に本件犯行に及んだことが認められるのである。堀組長が粗暴な性格の人物で配下組員に対する絞めつけが厳しかったとしても、今まさに行われようとしている犯罪が本件のように重大なものであればあるほど、配下組員としてはこれを避けるべき義務は大きいといわなければならない。

以上を要するに、被告人は、本件犯行を避けようとすれば避けられるだけの機会は与えられていたのであり、また、それを担保するに足る警察制度の発達している今日の社会においては、暴力団の組長ないし幹部の命令であることの故をもって他に適法行為を期待し得ないとするが如き所論は、到底肯認することができない。

以上と同様の理由により、判示第二の事実についても期待可能性がなかったとの主張は、採用することができない。

三  次に、判示第二の事実について、法定の除外事由がないことの認識がなかったから無罪であるとの主張を検討するに、銃砲刀剣類所持等取締法三条一項各号に定める除外事由は、単に同条違反罪の成立を阻却するいわゆる違法性阻却事由にすぎないもので犯罪構成要件ではないと解すべきであるから、同法三一条の四第一号所定の犯罪の成立には、法定の除外事由がないことに対する認識を要せず、客観的に法定の除外事由がない以上、同罪は同法所定の刀剣類等を所持することによって直ちに成立するものと解すべきである。

なお、被告人は司法警察員に対する昭和六〇年二月二三日付供述調書及び当公判廷において「銃とか日本刀等を所持するときは、公の機関に届け出て所持許可を持たなくてはならず、それに違反すると罰せられるということは、社会常識でよく承知していた」旨供述しており、違法性の認識があったことは明らかである。また、被告人が本件日本刀につき所持許可があると誤信していた事実も認められない。従って、弁護人の右主張も採用しない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山川悦男)

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