大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

岐阜地方裁判所多治見支部 昭和47年(ワ)39号 判決 1974年9月06日

原告

福田久江

ほか三名

被告

川合原料有限会社

ほか一名

主文

被告川合原料有限会社は原告福田久江、原告福田洋行及び原告福田和彦に対し金一、二三〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告川合原料有限会社は原告らに対し金二、六〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告川合原料有限会社に対するその他の請求及び被告有限会社共栄陸運に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告らと被告有限会社共栄陸運との間では全部原告らの負担とし、原告らと被告川合原料有限会社との間では各自の負担とする。

この判決は第一、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは連帯して、原告福田久江(以下「原告久江」という。)、原告福田洋行(以下「原告洋行」という。)及び原告福田和彦(以下「原告和彦」という。)に対し金四、六四一、〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。被告らは連帯して、原告らに対し金三、五二〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」旨の判決並びに金員支払請求について仮執行の宣言を求めた。

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」旨の判決を求めた。

原告ら訴訟代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

1  福田正彦(以下「正彦」という。)は、ダンプカーの運転手として被告有限会社共栄陸運(以下「被告共栄陸運」という。)に雇用されていたものであるが、昭和四六年一一月一三日の朝被告共栄陸運の指示によりダンプカーを運転して岐阜県多治見市小名田町の被告共栄陸運事務所から同県美濃市松森地内の被告川合原料有限会社(以下「被告川合原料」という。)の所有する陶石採掘現場(以下「本件採掘現場」という。)へ陶石の運搬のために赴き、同日午前八時半ころ右現場へ到着したところ、右現場には右ダンプカーに陶石を積込む作業を行う大型シヨベルカー(小松8D20、以下「本件シヨベルカー」という。)の専用運転手である松並二が来ておらず、そのためにやむなく自分で本件シヨベルカーを操作して、現場にいた松並茂とともに陶石を前記ダンプカーに積込む作業に従事したが、その作業中右シヨベルカーが突然急坂を下り出したため、右シヨベルカーの下敷きとなつて即死した(以下これを「本件事故」という。)。

2  被告川合原料は本件採掘現場とその一帯の陶石を含有する山を所有し、同所において自ら陶石を採掘し、これを本件シヨベルカーにてクラツシヤーに投入して粉砕したうえ、被告共栄陸運に右粉砕した陶石の運送を委ねていた。

3  被告川合原料の企業施設場となつている本件事故現場は平均約二〇度の勾配を有する傾斜面となり、作業する本件シヨベルカーの後輪は常時この斜面上におかれなくてはならないという不安定な状況にあつた。そして本件シヨベルカーは大型車であるうえ、運転台へ乗降するステツプが小さく不完全なものであつたから、右シヨベルカーが一度斜面をすべり出すときは運転台に乗つてこれを停止させることは不可能であつた。正彦は、本件シヨベルカーを操作して自己の運転してきたダンプカーへ陶石を積込む作業をしていたが、エンジンを始動させたまま右シヨベルカーを停車させて、そのかたわらでクラツシヤーを操作していたところ、右シヨベルカーは突然前記傾斜面を後退暴走しはじめた。そこで正彦は右シヨベルカーの谷底への転落を防ぐために前記ステツプにとび乗つたまま身を挺して右シヨベルカーのハンドル操作をしたが及ばず、右傾斜面を三メートルほど後退し、さらに約一メートルの落差のある地点に右シヨベルカーもろとも転落してふりおとされ、右シヨベルカー前部のバケツトの下敷きとなり、肺破裂、肋骨骨折、右前胸部手掌大陥没により即死した。

4  被告川合原料には本件事故発生について次のような過失があつたものである。

(一)  被告川合原料は本件採掘現場を所有する企業主であるが、前記3記載のような危険な状態の作業場において危険の予想されうるシヨベルカーを労働作業に使用するにあたつては、その専用運転者を選任しこれをその現場に専従させるべき注意義務があるのに、これを怠つたうえ、陶石運搬に従事するダンプカーの運転手に対して右シヨベルカーの運転をさせて放置していた過失がある。

(二)  被告川合原料は本件採掘現場のうちの本件シヨベルカーが作業中に移動する場所を平均勾配〇度であるような平面として、そこにおいて作業する労務者の身体の安全を確保すべき注意義務があるのに、これを怠り、右場所を前記3記載のとおり平均勾配約二〇度を有する傾斜面としたままにして労務者をしてここで本件シヨベルカーを操作させた過失がある。

(三)  被告川合原料は、本件採掘場所を所有する企業主としてその企業設備、機械等の欠陥によつて労務者の生命、身体を危険にさらさないよう対策を講ずべき注意義務があるのにこれを怠つた過失がある。

5  本件事故現場は前記3記載のとおり平均約二〇度の傾斜面をなし、その上に本件シヨベルカーを運行させるものであり、したがつて本件事故現場の傾斜面を含むその周辺の施設は土地の工作物というべきものである。そして右工作物には前記3記載のとおりその設置又は保存に瑕疵があつたものである。被告川合原料は右工作物を占有する者である。

6  被告川合原料は本件シヨベルカーを保有し、これを自己のために運行の用に供していたものであり、本件事故は右シヨベルカーの運行中に発生したものであつて、被告川合原料はその運行支配及び利益を有していた。

7  被告共栄陸運は正彦をダンプカーの運転手として雇用したものであるが、正彦ら労務者に対する指揮、命令によつてその労務を実現させることによりその労務の結果をすべて収得していたのであり、しかも正彦がシヨベルカーの運転免許を有していないにもかかわらず、本件採掘現場において正彦にシヨベルカーの運転操作までもさせて利益を得ていたものであるから、正彦を右採掘現場へ陶石の運搬に行くよう指揮命令するにあたり、危険なシヨベルカーの操作について被告川合原料にまかせるよう指示するなど適切な処置をとるとともに右採掘現場にシヨベルカーの専用運転手がいるか否かを確認すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失がある。

8  原告らは本件事故によつて次のとおりの損害を被つた。

(一)  (正彦の得べかりし利益の喪失による損害)

金六、六三〇、〇〇〇円

正彦は本件事故前の三か月間に平均して日額金三、二四九円の収入を得ていたから、これを一年間にすると金一、一八五、八八五円となる。これに対して正彦の一か月の必要生活費は金一八、〇〇〇円であるから、一年間には金二一六、〇〇〇円となる。また正彦のボーナスはすべて同人の必要生活費に充てられるものとする。そうすれば、正彦の一年間の純収入は金九六九、八八五円である。原告久江、原告洋行及び原告和彦は遺族補償年金五九二、九四二円を支給されているからこれを前記金九六九、八八五円から控除すれば、金三七六、九四三円となる。正彦は本件事故当時三四才であつたからその後の就労可能年数を二九年とし、前記金三七六、九四三円にホフマン係数一七・六二九を乗ずると、その得べかりし利益は金六、六三〇、〇〇〇円となる。

(二)  (原告久江、原告洋行及び原告和彦の相続)

原告久江は正彦の妻であり、原告洋行及び原告和彦は正彦の子として、同原告ら三名は正彦の相続人であるから同人の死亡により各三分の一あて同人の前記金六、六三〇、〇〇〇円の損害賠償債権を承継取得したものである。

(三)  (原告らの慰藉料)

金五、〇〇〇、〇〇〇円

原告久江は正彦の妻であり、原告洋行及び原告和彦はその子であり、原告福田ゑつゑはその母であるが、原告らは働きざかりで自分たち一家の支柱であつた正彦を失つたものであり、その精神的苦痛に対する慰藉料は各金一、二五〇、〇〇〇円、合計金五、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

9  しかるに本件事故発生について正彦にも若干の過失があるからその過失を斟酌すれば、得べかりし利益の喪失による損害については金四、六四一、〇〇〇円をもつて、慰藉料については金三、五二〇、〇〇〇円をもつて被告らの責を負うべき損害額というべきである。

10  よつて、原告らは、被告川合原料が不法行為の加害者、土地の工作物の占有者又は本件シヨベルカーの運行供用者として、被告共栄陸運が不法行為の加害者として連帯して、原告久江、原告洋行及び原告和彦に対し前記9の損害金四、六四一、〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和四六年一一月一四日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、原告らに対し前記9の損害金三、五二〇、〇〇〇円及びこれに対する右昭和四六年一一月一四日から支払済みまで右年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

被告ら訴訟代理人は請求の原因に対する答弁として次のとおり述べた。

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち被告川合原料が本件採掘現場を所有し、同所において自ら陶石を採掘し、被告共栄陸運に右陶石の運送を委ねていたことは認める。

3  同3の事実のうち正彦が本件シヨベルカーを操作して自己の運転してきたダンプカーへ陶石を積込む作業をしていたが、エンジンを始動させたまま右シヨベルカーを停車させていたこと、右シヨベルカーが突然傾斜面を後退暴走しはじめたこと、正彦が後退する右シヨベルカーにとび乗ろうとしてシヨベルカーの下敷きとなつて死亡したことは認める。

4  同4の主張は争う。

(一)  同(一)の事実のうち被告川合原料が本件採掘現場を所有していることは認め、その他の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

(三)  同(三)の事実のうち被告川合原料が本件採掘現場を所有することは認め、その他の事実は否認する。

5  請求の原因5の事実は否認する。

6  同6の事実のうち被告川合原料が本件シヨベルカーを所有していることは認めるが、その他の事実は否認する。

7  同7の事実のうち被告共栄陸運が正彦をダンプカーの運転手として雇用したことは認めるが、その他の事実は否認する。

8  同8の事実は知らない。

9  同9の事実のうち本件事故発生について正彦に過失があることは認めるが、その他の主張は争う。

10  同10の主張は争う。

被告ら訴訟代理人は抗弁として次のとおり述べた。

正彦において本件事故発生について次のような過失があるから、本件事故による損害額を算定するにあたつてこの過失が斟酌されるべきである。すなわち、正彦は、本件シヨベルカーの専用運転手である松並二が休んでいたため、倉庫より無断で右シヨベルカーのキーを持ち出して右シヨベルカーを操作しはじめ、その途中において一時右シヨベルカーから下車したのであるが、その際サイドブレーキをかけず、またエンジンも停止させなかつたため、右シヨベルカーが後退を開始してその転落の危険が生じた。そこで正彦は後退しつつある本件シヨベルカーを停止させようとしてこれにとび乗ろうとしたところ、足をふみはずして転倒しその車輪の下敷きとなつたものである。

原告ら訴訟代理人は抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

抗弁事実のうち、正彦は本件シヨベルカーの専用運転手である松並二が休んでいたため代つて右シヨベルカーを操作したこと、右シヨベルカーが後退を開始してその転落の危険が生じたこと、正彦は右シヨベルカーを停止させようとしてその下敷きとなつたこと並びに本件事故発生について正彦に若干の過失があつたことは認めるが、その他の事実は否認する。

(証拠)〔略〕

理由

一  次の事実は当事者間に争いがない。

1  正彦はダンプカーの運転手として被告共栄陸運に雇用されていたものであるが、昭和四六年一一月一三日の朝被告共栄陸運の指示によりダンプカーを運転して岐阜県多治見市小名田町の被告共栄陸運事務所から同県美濃市松森地内の被告川合原料の所有する本件採掘現場へ陶石の運搬のために赴き、同日午前八時半ころ右現場へ到着したところ、右現場には右ダンプカーに陶石を積込む作業を行う本件シヨベルカーの専用運転手である松並二が来ておらず、そのためにやむなく自分で本件シヨベルカーを操作して、現場にいた松並茂とともに陶石を前記ダンプカーに積込む作業に従事したが、その作業中右シヨベルカーが突然急坂を下り出したため右シヨベルカーの下敷きとなつて即死するという本件事故が発生した。正彦は本件シヨベルカーを操作して作業している途中、エンジンを始動させたまま右シヨベルカーを停車させていたが、そのとき右シヨベルカーは突然傾斜面を後退暴走しはじめたので、右後退するシヨベルカーにとび乗ろうとして右シヨベルカーの下敷きとなつたものである。

2  被告川合原料は本件採掘現場を所有し、同所において自ら陶石を採掘し、被告共栄陸運に右陶石の運送を委ねていた。

二  〔証拠略〕を総合すれば次の事実が認められ、この認定を妨げる証拠はない。

1  被告川合原料は昭和三四年に設立された有限会社であるが、本件採掘現場を含むその一帯の山を所有し、そのころからここにおいて自ら陶石を採掘したうえこれをタイル製造業者に販売することを営業としており、当初は採掘した陶石を自己の従業員をして販売先まで運搬させていたが、昭和四五年末ころから右陶石の販売先への運搬を被告共栄陸運に専属的に請負わせるようになつた。被告共栄陸運は運送業を営なむ有限会社であるが、約八名の運転手を有し、陶石等の運搬をしており、正彦はその運転手の一人であつた。

2  被告川合原料は本件採掘現場より陶石を採掘、選鉱したうえこれを搬出していたが、昭和四二年ころ右現場にクラツシヤーを設置し、このクラツシヤーで右陶石を粉砕したうえ、ベルトコンベヤーをもつて自動的に運搬用ダンプカーに積込みが可能とする施設を有する積荷作業場を建設した。右積荷作業場は、約三・七五メートルの落差のある崖で接する二つの土地平面を利用し、西側の高い位置にある平面上にして、その東側の低い位置にある平面との境界の崖のところに右クラツシヤーを取付け、この上部平面から陶石を右クラツシヤーに投入すると、この陶石が粉砕されたうえ右クラツシヤーに連結されたベルトコンベヤーに乗り下部平面に停車させておくダンプカーの荷台の上へと自動的に運ばれる方式になつていた。右上部の平面はおよそ七メートル平方の正方形をなし、ここが運搬されてきた陶石の置場であり、又東側の端にある前記クラツシヤーへ陶石を投入する作業場であつた。またこの上部作業場は、この場所へ陶石を運搬してきたり、この陶石を右クラツシヤーへ投入したりする本件シヨベルカーが作業する場所となつていた。また前記下部の平面は右上部作業場の平面よりやや大きい正方形をなし、ここは陶石を積込むためにダンプカーを停車させたり、右シヨベルカーを格納したりする下部作業場となつていた。そして右上部及び下部作業場は簡単な鉄柱によつて支えられる西から東へやや傾斜する片流れ屋根によつて上部をおおわれていた。そして本件積荷作業場から約五〇メートル離れたところに陶石の採掘場があり、ここで採掘された陶石は本件シヨベルカーに乗せられて上部作業場の前記クラツシヤーの前まで運搬されるのであるが、右作業場が高い位置にあるため、右シヨベルカーはここへ北方から幅員約四メートル、長さ約一四メートル、一五度ないし二〇度の勾配を有する傾斜面を上つて到達しうるようになつていた。

3  本件シヨベルカーは、左右の前輪の外側端の間を測ると幅二・三メートルあり、また前部バケツトの先端から車体後端部までの長さは四・七メートルあるため、上部作業場で陶石の荷おろしやクラツシヤーへの投入等の作業をする際に上部作業場の床平面上に入りきることができず、その車体の後半部は常に右作業場の外、すなわち前記傾斜面上にはみ出さざるをえず、したがつてその後輪は右傾斜面上におかれていた。そのため陶石を積載していると否とにかかわらず、作業上の必要から本件作業場に本件シヨベルカーを停車させて運転手が降車するときは必ず何らかの滑り止めを施さないかぎり、右シヨベルカーは長さ一四メートルの右傾斜面をころがり落ちる危険があつた。また、右傾斜面の幅員が約四メートルしかないこと及び上部作業場が狭いことからして、一度右傾斜面を前進して上つたシヨベルカーが方向転換とすることも困難な状態であつた。

4  ところで陶石の採掘場から本件積荷作業場まで本件シヨベルカーを運転して採掘した陶石を運搬する作業は被告川合原料の従業員である松並二が専ら担当していたのであるが、同人は兼業として農業をも営んでいたため農繁期などには時折り欠勤することがあり、そのような場合には被告川合原料代表者である川合良明が代つて本件シヨベルカーの運転をすることもあつた。そして被告共栄陸運が本件採掘現場の陶石を運搬することを請負うようになつてからは、本件シヨベルカーの専用運転手たる松並二が欠勤しているとき、陶石運搬のためダンプカーを運転して右現場に赴いた被告共栄陸運の運転手が空車のまま帰るのを嫌つて自ら右シヨベルカーを運転して本件積荷作業場まで陶石を運搬することもあつた。そしてこれらの場合、本件シヨベルカーを運転した者は前記傾斜面を上つて上部作業場へ達したとき、右シヨベルカーを止めてこれから降車する際には、サイドブレーキをかけたうえ、通常その場に置いてある長さ約三〇センチメートルの四寸角材若しくはコンクリート・ブロツクをもつて車輪の下へ歯止めを施すことにしていた。しかしこのとき、すぐにまた本件シヨベルカーの操作をするときにはエンジンを停止させないことが多かつた。

5  正彦は本件事故の当日本件採掘現場に赴いたが、本件シヨベルカーの専用運転手である松並二が農繁期のために出勤して来ておらず、しかも他に右シヨベルカーを操作しうる者がいない状態であるが、空車で多治見へ帰ることを避けるため、自ら右シヨベルカーを操作して本件積荷作業場と約五〇メートルはなれた採掘場との間を三往復して陶石を運搬してきたのち、下部作業場に停車させておいたダンプカーの荷台にベルトコンベヤーから均等に陶石が積載されるように右ダンプカーを前方へ移動させるべく、上部作業場とそれに接続する傾斜面上に本件シヨベルカーをエンジンを始動させたまま車体の半分を前記傾斜面上にかけて停車させたうえ、サイドブレーキをかけて降車したが、その車輪への歯止めを施すことなく右シヨベルカーの傍らを離れ、ダンプカーを移動させたのち再び右シヨベルカーの傍へもどつてきて、第四回目の運搬のため右シヨベルカーに乗ろうとしたところ、突然右シヨベルカーが前記傾斜面を後退しはじめたためあわてて右シヨベルカーの左側にある小さなステツプに片足をかけてハンドルを握りこれを操作しようとしたが、かなわず右シヨベルカーに乗つたまま右傾斜面を約一五メートルすべり落ちたうえ、右シヨベルカーから転落してその下敷きとなつて即死した。

三  前記二確定事実によれば、本件積荷作業場は下部作業場、上部作業場及び上部作業場へ接続する長さ約一四メートルの傾斜面より構成され、一体となつた工場施設として、ここにおいて本件シヨベルカーからの陶石の荷おろし、陶石の貯蔵、粉砕、ダンプカーへの積込み等の作業が順次連続して行われるべく、その目的に合致しうるように設備が施されているものであり、したがつて上部作業場とそれに接続する傾斜面も右の目的に合致するよう企業主によつて人工的作業が加えられたところの民法第七一七条第一項所定の土地の工作物であると認められる。

そして、前記二判示のとおり、上部作業場において本件シヨベルカーが作業をするには、その場所が狭すぎ、したがつて常に右シヨベルカーの車体の一部が前記傾斜面上におかれざるをえず、そのため右シヨベルカーが上部作業場における作業の途中において停車するときはサイドブレーキをかけ、更に車輪に歯止めが施されないかぎり右シヨベルカーが右傾斜面を転落して行く危険にさらされていたのであるが、この上部作業場における作業の状況によつては常に必ず本件シヨベルカーの運転手が車輪への歯止めを施すことを期待しえない状態であつた。本件積荷場において操業する企業主としては本件シヨベルカーをもつてその場所においてかなり複雑な作業をすることが要求される上部作業場をそこにおいて右シヨベルカーが安全かつ自由に作動しうる程度の広さに拡張するか、右作業場とそれに接続する傾斜面のうち右作業場に近い一部分との間の勾配をなくするとかの措置を講じて本件シヨベルカーの車輪への歯止めが施されなくともこれがすべり出すことのないような設備を設ける義務があつたものといわなければならない。したがつて上部作業場及びそれに接続する傾斜面に右のような設備が施されていなかつたことは、土地の工作物の設置又は保存の瑕疵というべきである。

そして、前記一及び二確定事実によれば、本件事故が右瑕疵に基因するものであること及び本件積荷作業場の占有者が被告川合原料であることが明らかであるから、被告川合原料は民法第七一七条第一項の規定により土地の工作物の占有者として本件事故による原告らの損害を賠償する義務があるといわざるをえない。

四  次に被告共栄陸運の過失の有無について検討する。

被告共栄陸運が正彦をダンプカーの運転手として雇用していたこと、被告共栄陸運が被告川合原料から陶石の運搬を請負つてダンプカーを本件採掘現場に派遣しており、正彦もそのダンプカーの運転手であつたこと、被告共栄陸運の右ダンプカーの運転手のなかには本件積荷作業場において自分が運転してきたダンプカーへ陶石を積込むために自ら本件シヨベルカーを運転若しくは操作したものがあつたこと、正彦もこれと同様右シヨベルカーを運転していた際に本件事故に遭遇したものであることは前記一及び二に判示したとおりである。そして本件シヨベルカーの専用運転手がいないためダンプカーへの陶石の積込みができないとき、ダンプカーの運転手が自ら本件シヨベルカーを操作してその積込みをなし、空車で会社事務所まで帰つてくることを避けるような処置をとつたことにより被告共栄陸運が利益を得たであろうことは推認される。しかし被告共栄陸運が本件採掘現場へ赴くダンプカーの運転手に対して本件シヨベルカーを操作するよう指示ないし要請したこと、また右シヨベルカーの運転操作が危険である事情を認識していたことは、〔証拠略〕によるもこれを認めるに足りない。したがつて、被告共栄陸運が本件採掘現場へ赴くダンプカーの運転手に対し本件シヨベルカーの操作をしないように指示するとか、右採掘現場のシヨベルカーの専用運転手の有無を確認すべき注意義務があり、これを怠つた過失があるとの原告らの主張は採用しえない。

よつて、被告共栄陸運に対しその過失による本件事故の加害者としてその損害賠償を求める原告らの請求は理由がないものといわざるをえない。

五  本件事故によつて生じた原告らの損害について検討する。

1  (正彦の得べかりし利益の喪失による損害)

(一)  〔証拠略〕を総合すれば、正彦は、昭和一三年六月一〇日生れであり、本件事故当時三三才であつたこと、被告共栄陸運に雇用されて一か月平均少くとも金九六、九〇〇円、一年間金一、一六二、八〇〇円の給与を支給されていたこと、正彦は本件事故に遭遇しなければその後六三才に達するまでの三〇年間就労することが可能であつたことが認められる。

(二)  正彦が前記金一、一六二、八〇〇円の収入を得るに必要な生活費をその収入額の三割とするのが相当であるから、これを右収入額から控除した額金八一三、九六〇円が当該年間における正彦の得べかりし利益の喪失による損害となる。

(三)  〔証拠略〕によれば、原告らは正彦の死亡によつて毎年労働者災害補償保険から遺族補償年金四九六、一六三円、厚生年金及び母子年金二一四、八九三円、合計金七一一、〇五六円を受領していることが認められるから、各年間について右金七一一、〇五六円を前記(二)の金八一三、九六〇円から控除すれば、その残額は金一〇二、九〇四円となる。

(四)  そこで右金一〇二、九〇四円が本件事故のときから三〇年間毎年喪失した正彦の得べかりし利益額として、その喪失による損害額を一時払額に換算するためにホフマン式計算法に従い年毎に民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すれば、

102904×18.02931362=1,855,288円

として金一、八五五、二八八円となる。

(五)  したがつて正彦は金一、八五五、二八八円の得べかりし利益を一時に喪失し、右同額の損害を被つたものというべきである。

2  (被告川合原料の過失相殺の抗弁について)

前記一及び二確定事実によれば、本件事故の発生について正彦においても本件シヨベルカーを上部作業場及びこれと接続する傾斜面上に停車させる際にエンジンを始動させたまま右シヨベルカーを降車したのにその車輪の下に歯止めを施さないまま右シヨベルカーからはなれた過失があると認められるので、この過失を斟酌すれば正彦の得べかりし利益の喪失による損害金一、八五五、二八八円のうち金一、二三〇、〇〇〇円をもつて被告川合原料の責を負うべき損害額と定める。

3  (原告久江、原告洋行及び原告和彦の相続)

〔証拠略〕によれば、正彦に対して、原告久江は妻、原告洋行及び原告和彦は子としていずれも正彦の相続人であることが認められるから、原告久江、原告洋行及び原告和彦は正彦の前記の2の金一、二三〇、〇〇〇円の損害賠償債権をその相続分にしたがい各三分の一あて取得したものというべきである。したがつて右原告ら三名の相続した損害賠償債権は各金四一〇、〇〇〇円となる。

4  (原告らの慰藉料)

原告久江が正彦の妻であり、原告洋行及び原告和彦が正彦の子であることは前記3判示のとおりであり、原告福田ゑつゑは正彦の母であることは〔証拠略〕によつて認められる。

これまでに判示した事実及び本件事故の原因、態様など諸般の事情を斟酌すれば、本件事故による正彦の死亡によつて原告らの被つた精神的苦痛に対する慰藉料は各金六五〇、〇〇〇円、合計金二、六〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

5  そうすると、原告久江、原告洋行及び原告和彦はいずれも前記3及び4の合計金一、〇六〇、〇〇〇円の、原告福田ゑつゑは前記4の金六五〇、〇〇〇円の損害賠償債権を有しているものというべきである。

六  以上のとおりであるから、被告川合原料は、民法第七一七条第一項の規定により土地の工作物の占有者として、原告久江、原告洋行及び原告和彦に対して前記五3の損害金一、二三〇、〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和四六年一一月一四日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、また、原告ら四名に対し前記五4の損害金二、六〇〇、〇〇〇円及びこれに対する右と同様の昭和四六年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべきである。

しかし、前記四判示のとおり原告らの被告共栄陸運に対する本訴請求は理由がないものといわざるをえない。

七  よつて、原告らの被告川合原料に対する本訴請求は前記六判示の限度で正当として認容すべきであるが、被告川合原料に対するその他の請求及び被告共栄陸運に対する本訴請求は失当として棄却すべきである。訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下沢悦夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例