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岐阜地方裁判所御嵩支部 昭和28年(わ)29号 判決 1958年5月14日

被告人 野田繁松

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実は「被告人は中部電力株式会社上麻生発電所の所長であり同所に於ける水力発電機の運転竝に保修の責任者として其の業務に従事して居るものであるが、昭和二十七年八月二十日頃同所第一号発電機(一万百二十五キロボルトアンペア六千六百ボルト)のコイル巻替工事が完了したので、同月二十三日同機の試運転を実施し同日午後六時頃より相回転方向検出試験に取掛つたものであるが、其の試験に使用する計器用変成器(以下変成器と称する)は、其の前年九月十四日同所に於て使用後使用又は手入れが行われて居ないので、吸湿して絶縁が劣化して居る虞れがあるので、第二種電気主任技術者の資格を有する被告人としては其の使用前に於て予め

第一  変成器に対し電気乾燥を行い湿気を除去すること

第二  変成器に対し使用電圧の一、五倍の電圧を十分間印加して絶縁耐力試験を行うこと

第三  其の他変成器の構造機能を詳細点検すること

等事故を未然に防止するに必要な注意を払い其の安全なことを確めてより試験を実施すべき業務上の注意義務があるのに、之を怠り前年九月十四日頃同変成器を使用し同所第二号発電機の試験に成功したこと等より、多分大丈夫であろうと速断して実施した過失により、同六時十三分頃変成器の吸湿に起因する絶縁劣化により層間短絡を惹起してスパークしそれが火焔になり附近の空気が高熱の為イオン化して六千六百ボルトの母線がアークショートし、因つて其の附近に於て該試験に従事し又は立会して居た佐金一夫外九名に対し、治療四ヶ月乃至四週間を要するの火傷を負うに至らしめ、富田木実生に対しては其の火傷により翌二十四日死に至らしめた」というのである。

二、けだし、前記上麻生発電所は西南面の本館が間口一九、八間奥行九間の七階(地下五階、地上二階)の鉄筋コンクリート建物で五階には発電気室、六階には母線室、配電盤室、変圧機室があり発電機室には三相交流の発電機(米国ゼネラル、エレクトリック会社製三相一〇、一二五キロボルトアンペア、六、六〇〇ボルト発電機)三基(第一号、第二号、第三号)が併設されてあり、母線室内には長さ七間余、巾一、五間余の長方形の母線架設装置があり、この周囲は東側五尺弱、北側四尺五寸弱西側二尺余南側七尺五寸弱の巾ある廻り廊下で、北側は四箇所に硝子窓のあるコンクリート壁であり、この母線架設装置には前記三基の発電機より母線が連つており、本件事故発生現場は右母線架設装置と北側壁との間の四尺五寸弱巾の廊下であつて、第一号発電機母線の対側である。当時第一号発電機のコイル巻替え修理が完了したので、性能試験の一環として第一号発電機の相回転方向と現に送電中の第二号、第三号発電機の相回転方向を符合させるため、昭和二十七年八月二十三日午後六時頃右母線室において相回転方向検出試験を実施したものである。相回転方向検出試験は検相器を用い電流の相を検出するものであるが検相器に給電するには、計器用変成器により母線の六、六〇〇ボルトの電圧を一一〇ボルトに低下せしむる必要がある。のみならず右試験は並列に運転せんとする各発電機につき行うべきであり、三基の発電機は母線室における断路器のみによつて相互間の接続の断続が可能であるところ、当時渇水期に際会して電力不足の事情から第二号及び第三号発電機の運転を停止せず六、六〇〇ボルト母線に相回転検出用の計器用変成器の導入線を挿入するためには、断路器と油入遮断器との間の母線部分を両者の遮断によつて無電圧になし、これに右導入線を接続することが唯一の方法であつたのである。しかく、導入線を接続して油入遮断器を開いて断路器を投入すれば第二号又は第三号発電機の相回転方向を検出しうべく、次に、断路器を開いて油入遮断器を投入すれば第一号発電機の相回転方向を検出しうべきである。かくて各発電機の相回転方向を検出すべき場所は自ら母線室に限定されるのであるから、被告人等は前記事故発生現場たる廊下にドラム罐を台にし一次六、六〇〇ボルト二次一一〇ボルト計器用変成器を置き、廊下床上に検相器を備えて夫々母線との接続準備を完了したのである。よつて、所長である被告人の指揮監督の下に岐阜支店係員細江忠雄同富田木実生が立会し、川辺保修所長小林多三郎、上麻生発電所員井戸京三が操作を、同発電所技術員佐金一夫が検相を担当して相回転方向検出作業に著手し、母線と第一号発電機用油入遮断器とを接続すべき断路器の非充電側に接続せる前記変成器に給電するため小林多三郎がヂスコン棒母線に向い左側より順次右断路器を投入中、二本を無事投入し得て井戸京三が三本目を投入せる瞬間計器用変成器が爆発し、同時に断路器相互間竝に断路器とコンクリート壁間に電孤短絡を生じ、その発生熱のため右試験を見学していた者其の他を含めて被告人外十名が治療四週間乃至四ヶ月を要する火傷を負い、富田木実生は火傷により翌二十四日午後七時五十分加茂郡太田町二千八百五十五番地太田病院において死亡するに至つた事実は本件記録殊に被告人の当公廷におけるその旨の供述に徴してこれを認めることが出来る。

三、謂うまでもなく、被告人は電気技術上の知識経験に富み、第二種電気主任技術者の資格を有し、既に三十数年間に亘り電気技術の職域に専従し来れるのみならず、その地位、職業において上麻生発電所の長であるからには、本件相回転方向検出試験を実施するに当つては、その知識、経験、技能、資格、地位、職業等に応ずる洞察力、判断力、第六感(勘)等の力量を傾けて、事態の現実に対する全体的見透しの下に指揮監督を適時に行い、危害の発生を未然に防止すべき注意をなすことを期待されている筈である。換言すれば、被告人の知識、経験、技能、資格、地位、職業等に在る者として社会通念上要求せられる程度の注意を欠くにおいては、過失の責任を免れ得べきものではない。然らば、被告人は公訴事実に見える「其の試験に使用する計器用変成器(以下変成器と称する)は其の前年九月十四日同所に於て使用後使用又は手入れが行われて居ないので汲湿して絶縁が劣化して居る虞れがあるので……其の使用前に於て予め、第一、変成器に対し電気乾燥を行い湿気を除去すること、第二、変成器に対し使用電圧の一、五倍の電圧を十分間印加して絶縁耐力試験を行うこと、第三、其の他変成器の構造機能を詳細点検すること等事故を未然に防止するに必要な注意を払い其の安全なことを確めてより試験を実施すべき業務上の注意義務がある」との断定をなしうるか。

(1)  けだし本件相回転方向検出試験に使用せる「この型の電位変成器のこの種の事故は他にも余り例がないものと思料せられる。」(鑑定人大久保達郎の鑑定書記載なお(弁六)本件計器用変成器に関する回答書)ところではあるが、その関与員の生命に危険を及ぼすことは職域周知の事実である。従つて苟しくも本件変成器につき、「吸湿して絶縁が劣化して居る虞れがある。」と認められる事情の存する以上、特に意識したる高度の注意緊張の要求せられることは当然であり、前記第一乃至第三を含む事故防止の注意をなすことは社会通念上被告人の注意義務の内容としてこれを要求せざるを得ないものである。

(2)  然らば、本件の場合、当該変成器につき、「吸湿して絶縁が劣化している虞れがある」客観的状態の存在を肯定うるものであるか。けだし、本件記録殊に各検証の結果(記録一一四頁以下二〇五頁以下)によれば本件変成器の防湿保管につき特に注意を欠けるものと認むべき事実はなく、証人新田一二三等の証言によれば、本件変成器自体も防湿のため頑丈な函(乾式密閉型の容器)に入つているから、仮りに防湿設備のない倉庫に保管されてあつたとしても、湿気を帯びるものではないことが窺われる。のみならず鑑定人中野義映の鑑定書によれば、本件変成器を約一年間使用せず記録一一四頁記載の第一号倉庫内の特別施設の格納庫内に保管した点につき、「問題となる程の吸湿するものとは考えられないこの電位変成器の保管場所が特に雨もり、その他水滴等が浸入する室でない限り、層間捲回間の耐電圧が低下するものでないことは実験により証明されている。」とし、また、鑑定人大久保達郎の鑑定書によれば、「事故を起せし電位変成器の高圧側の捲線に就いて当方にて試験せる結果によれば、(イ)層間の絶縁耐力を測定するに最高二千二百ボルト最低千二百ボルト平均千七百ボルトまでの耐力あり、常時この層間には約百八十ボルトより電圧が加つていないのであるから、充分な安全率あり、又捲線の表面に水を浸して試験しても、最高二千百ボルト最低千百ボルト平均千六百ボルトまでの耐力あり、前述の場合と殆んど変らず、この状態に於ても充分な安全率があるものと認められる。特に極端な試験として、捲線を水深百粍の水中(水道水)に十分間浸し、これを取り出した直後湿潤の状態で試験しても、二百四十ボルトで破壊せず、常時の使用電圧約百八十ボルトに耐え得る結果を得た。(ロ)ターン間の絶縁耐力を測定するに捲線の表面に水を浸して試験しても、最高三百ボルト最低八十ボルト平均二百ボルトまでの耐力あり、これを室内に放置しても廿一時間後には既に最高二千三百ボルト最低九百ボルト平均千三百ボルトまで回復し常時このターン間には僅かに〇・六ボルトより電圧が加つていないのであるから、充分な安全率あり、右の結果より本事故は捲線の全面的な絶縁の劣化がその原因ではなく、又捲線に湿気を含んでいたためでもないと確信することが出来る。」というのである。

これ等の証拠を綜合商量するに、本件変成器につき、「吸湿して絶縁が劣化している虞れがある。」と認むべき事情はなかりしものと認定するに難くはなく、この客観的状態において、本件相回転方向検出試験につき要求せらるる被告人の注意義務の内容なるものは、電気技術上普通に用いられる注意を以つて足るべきであり、特に意識したる高度の注意緊張を要求すべきでないことは勿論である。敍上の審究過程にして謬りなしとすれば、鑑定人竹上武雄の鑑定書における「事故発生の計器用変成器は約一ヶ年倉庫に保管されていたから、その間に吸湿して一時的に絶縁が劣化していたかも知れない。」という全く実験の根拠を欠くところの蓋然性憶測従つて、実質的には証明力のない鑑定の結果に依拠して、這般の吸湿の虞れある事情を肯定し、進みて被告人の注意義務の内容は前記第一乃至第三を含む事故防止の注意であると高度の注意緊張を措定するが如きことは到底許されるものではない。

(3)  然らば、本件の場合、被告人に要求すべき電気技術上普通に用いられる注意を内容とする注意義務とは具体的には何を指すものであるか。けだし、本件事故は前記変成器の層間短絡によるものであり、その層間短絡は絶縁の劣化によるものであり、右絶縁の劣化は吸湿によるのではなく、捲線に使用した〇・二四ミリの銅線が短絡箇所において製作上の欠陥を有していたことによるものであり、それが製作後年月を経ると共に酸化腐蝕の形で進展し事件の発生までの間に切断接触若しくは切断に近い状態になつていたものであることは、前示各検証の結果及び証人新田一二三の証言に更に鑑定人中野、同大久保の各鑑定書の記載を綜合省察してこれを認むることが出来る。然らば、右認定の結果から溯源し前段所説の客観的状態において相回転方向検出試験につき被告人の注意義務として要求せられるところのものは、本件変成器の安全性確認であり、この確認の方法は一般事例における原則に従えば足るものであり、この原則なるものは昭和二十六年中部電力保修規定による五百ボルドメガーテストなる絶縁抵抗試験(証人細江忠雄の証言、記録一五四頁)であると言うべきである。

(4)  而して、本件事故の前日(昭和二十七年八月二十二日)被告人は係員佐金一夫をして本件変成器につき、右五百ボルトメガーテストを施行せしめ、その結果、低圧側とケース間は五・五メゴーム(五百ボルト以下の電圧に耐える能力を示す。)であり、他の二個所(低圧側と高圧側間高圧側とケース間)はインフ(無限大即ち絶縁の完全なることを示す。)であることを確認している(証人佐金一夫の証言記録一三二頁証人竹上武雄の証言記録一二四頁、証人細江忠雄の証言一五二頁)しかも右テスト数値が本件変成器の安全性を示す点については、本件記録特に各証言に徴して何等疑いの存しないものである。かように、五百ボルトメガーテストにおいて電位変成器の安全なることが確認せらるる以上、電気乾燥乃至耐圧試験を行う必要なきことは電気技術の職域的常識であり(証人泉貞次郎の証言記録一四五頁)また電位変成器は使用休止期間が二年に亘るもこれが使用時に際し絶縁抵抗試験をなし、その結果安全性の有無を判断すれば足り、敢えて絶縁耐力試験乃至層間絶縁試験を行う必要はなくこれは世界共通の事実に属する(証人大久保達郎の証言)のである。従つて、本件事故は被告人が注意義務を尽せるに拘らず偶発せるものであつて被告人には過失の責任なきものと断定すべきである。

四、更らに、本件事故につき、別個の視点から審究すべきものに、本件事故に対する大久保及び中野の両鑑定の結果を通して看取せらるるものではあるが、抑々本件事故は被告人の注意義務とは全く無関係であるか、尠くとも因果関係を確定しえざるにあらざるかの問題点がある。けだし大久保鑑定書における「試験の結果によれば、たとえ倦線に局部的に湿気を含んでいたとしても、その絶縁耐力は印加電圧に対して充分な余裕あり、従つて本件の層間又はターン間の絶縁破壊は湿気を含んでいたためではなく、絶縁破壊を起せし原因は他にあり、たとえ乾燥しても、この場合絶縁の破壊は免れなかつたであろう。」「その上、この場合、絶縁の低下していたのは捲線の層間又はターン間であつて低圧とケース間高圧とケース間又は低圧と高圧間ではないのであるから、たとえ低圧及び高圧の捲線に使用電圧の一・五倍の電圧を十分間印加して絶縁耐力試験を行つても、この試験では層間又はターン間の絶縁を試験するものではないから、この種の絶縁不良個所を見出すことは不可能である。」殊に、「現行の法規では現場に於ける層間絶縁試験は一切行わないことになつている。蓋し層間短絡試験を行うためには特殊の装置を必要とし、これを現場に設けることは困難なのみならず、簡単な装置では満足な結果を期待出来ないことも原因している」との記載及び中野鑑定書における「問題の電位変成器のコイルの断線接触または断線に近い状態ではその欠陥は、1、使用に先きだつて電気乾燥を行い湿気の除去を試みる。2、変成器に対し使用電圧の一・五倍の電圧を十分間印加して絶縁耐力試験を行うことを実施するも発見出来ない。勿論メガー試験により発見不可能である。この種の欠陥はその発見が困難であり、層間絶縁耐力試験を行うも発見出来ない。また抵抗測定によるもかかる電位変成器の高圧側捲線は長い細線で(この場合一二〇〇オームもあり)完全断線以外は発見が困難である。」との記載(因みに、証人竹上武雄(鑑定人)の供述調書には「変成器を乾燥した上絶縁抵抗、絶縁耐力試験をやり、それでも絶縁劣化している事が判らねば、不可抗力だと思います。」との記載がある。)を綜合して認められる客観的事情の下にありては、(1)先ず、被告人の注意義務の内容が絶縁抵抗試験を実施して本件変成器の安全性を確認すべき注意に尽きるものとする立場からすれば、本件事故の発生は被告人の注意を以つてするも、予見し得べかりし場合に属するものではなく、被告人が右注意義務を遵守すると否とに拘らず、全く被告人の関知せざる客観的因子(即ち、コイルの断線接触)に基因するものであり、被告人にとりては全く不可抗力に帰すべきものである。(2)次に被告人の注意義務の内容が公訴事実に見える第一乃至第三を含む事故防止の注意であるとする立場に従えば、本件事故の発生は被告人の注意を以つてすれば、必ずしも、予見し得べかりし場合に属しないとは断定し難いものであると認められる。然し、被告人にこの注意義務の懈怠なかりせば本件事故は発生せざりしなるべしとの関係が、最高度の蓋然性を以つて確定されるものとは、到底認められうるものではない。従つて、右いずれの立場から論ずるも、本件事故につき、被告人に対する刑事責任の問題に立ち入る余地なきものと言うべきである。(3)なお、敍上の審究に関連して、検討すべきものに、二つの論点がある。(イ)一は(旧)電気工作物規程(昭和二十四年十二月二十九日号外通商産業省令第七十六号)第三十条の解釈である。けだし、電気工作物相互間等における障害防止のため必要なる施設に関する事項は、電気事業法(昭和六年四月二日法律第六十一号)第十三条により、(旧)電気工作物規程に譲られ同規程第三十条は「電路に設置した……計器用変成器」等につき、絶縁耐力試験による安全性確認の基準を示している。従つて、電気事業者は計器用変成器を電路に設置して使用するには、同条による絶縁耐力試験による該変成器の安全性を確認すべき義務を負うものであることは言うまでもない。然し、右電気工作物規程の立法趣旨竝に絶縁耐力試験の目的に従えば電気事業者において、電路に常時設置して使用する定著用の変成器については、電路に設置するまでに、また本件変成器の如く、電路に一時接続して使用する移動用の変成器については、その用途に供するまでに、所定の絶縁耐力試験による変成器の安全性を確認すれば、当該変成器は同条所定の条件を充足せるものと認むべきものである。従つて前示の如く、吸湿による絶縁劣化の虞れすら認められない本件の場合、被告人が本件変成器につき、自ら事前に絶縁耐力試験を実施せざる事実を捉えて、直ちに、同条に違反するものと断定し得るものではなく、また、同条に依拠して被告人の注意義務の内容を拡張するが如きは、徒らに、事態の紛更を招くに過ぎぬものである。けだし、仮りに、被告人は本件変成器につき絶縁耐力試験を実施すべき義務があるとの立場を認めても、前示の如く、大久保及び中野の両鑑定の結果に従えば、絶縁耐力試験を以つてしては、本件事故の核心的基点である絶縁不良の箇所を発見し得ざるものであるから、畢竟、本件事故は被告人の注意義務とは全く無関係であるか、尠くとも、因果関係を確定し得ざることに帰著し、本件の場合、刑事責任の問題に立入ることは到底許されないものである。(ロ)二は、ヒューズの装置による事故防止可能性を概括的に肯定する電力常識論の批判である。けだし、本件の場合、ヒューズ使用の効果につき細江及竹上の両鑑定は事故防止の可能性を示唆するに対して、大久保及中野の両鑑定は事故発生の不可避性を肯定している。然し、細江鑑定書は抽象的に、「方法としては例へば事故回路に安全装置(例へばヒューズの如き)を入れることにより、この種の事故を防ぎ得ようか、技術的に困難であろう。」と述べ、また、竹上鑑定書は仮言的条件を含む立場から「……事前に挿入回路に対して充分検討を加えて使用電線の太さに対して適合したヒューズを使用したならば、被害が断路器相互間の内絡にまで波及することを防止し得たであろう。」と言及するに止まる。これに対して、大久保鑑定書は「……一般に電位変成器に使用せられる程度フユーズでは遮断能力が不足勝であつて……フユーズのみ附した場合、フユーズは遮断能力不足のため、矢張、爆発して負傷者を出していたのみならず、この種の事故も未然に防止し得たか疑問である。」とし、また、中野鑑定書は、「……十分な遮断耐量を有するヒューズは、かかる電位変成器の套管に取付けられる程小型のものは製作されておらず、市場にあるヒューズでは遮断耐量の不足から却つて危険であるため、最近取付けられないことが多くなつた。」として、その記述するところは、いづれも具体的にして即事的であることが看取される。従つて、事実認定の客観的合理性を目指す限りにおいては採証法則の要請として、大久保及中野の両鑑定の結果に俟つべきものである。而して、大久保鑑定によれば、被告人においてフューズの装置をしたりせば、本件事故は発生せざりしなかるべしとの関係が最高度の蓋然性を以つて確定されるものとは認められないものであり、また、中野鑑定によれば、被告人において、ヒューズの装置をなしたると否とに拘らず、本件事故の発生は免れず、被告人にとりては全く不可抗力に帰すべきものであることが窺はれる。けだし、這般の電力常識論なるものは、専門的知見の批判にたえぬものであり、これに依拠して刑事責任の問題に踏み入ることは軽卒であると言はざるを得ない。

五、最後に審究すべきものに、大久保鑑定書における「本件の場合、電位変成器の低圧側に定格の百拾ボルトを印加し、高圧側に定格の六千六百ボルトを誘起して使用状態における電圧にして試験すれば、結果論ではあるが、或は本件の如き事故を防止し得たかも知れない。」との記載及び中野鑑定書における電位変成器のコイルの断線接触を発見する唯一の方法としては、「背後電力(バックパワー)の大きな電源に適当なる電流容積を有する電流制限抵抗器を直列に接触して電圧を加印し断線点に適度の電力を消費せしめて、その発煙によつて発見する以外に方法はない。」との記載がある。凡そ、かくの如き論及記述なるものは、被告人に対して最高度の注意緊張を要求する苛酷なる立場に寄与すべき論拠になるかも知れない。また、鑑定人等が送電事業運営における所謂許されたる危険について、これが論歩を進めたるものとして理解しうるかも知れない。然し、本件の場合、前者の立場から、被告人の刑事責任の問題に立入り、これを直接解明すべき契機となりうるものとするが如きは極めて無謀なる意図であると認められる。

以上審究し来たれるところを以つてすれば、本件公訴事実につき、被告人は罪にならないことが明らかであるから、刑事訴訟法第三百三十六条により主文の通り判決する。

(裁判官 斉藤法雄)

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