岡山地方裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人黑瀨を禁錮二月に処する
訴訟費用は全部被告人黑瀨に負担させる
被告人松田は無罪
理由
岡山縣旅客運送株式会社は岡山市東田町八十四番地に本社を設け同所外岡山縣下四箇所に営業所を置き八十名位の乘務員其の他の從業員を擁してタクシー営業を爲す傍縣下に五十数箇所の出張所を有し乘用自動車の賃貸業を営む会社であり被告人黑瀨は同会社の專務取締役として会社の業務一切を統轄して居るものである。然るところ昭和二十二年七月初旬同会社内部に從業員五十三名を以て岡山縣旅客運送株式会社從業員労働組合(以下第一組合と略称する)を設立し組合長に乗務員岸喜夫副組合長に同岡本正夫書記に社員天場龍一委員に乘務員平野〓雄同岸本廉外数名の乘務員等が就任し間もなく乗務員難波重一も委員となり右第一組合は同月十五日頃会社に対し賃金等に関し待遇改善を要求し同月二十五日頃迄の間数回に亘り被告人黑瀨等と要求貫徹の爲交渉したのであるが遂に円満なる協定を見るに至らなかつたのである然るに第一組合が斯の如く会社と交渉してゐた際地方に於て当時会社の資材課長であり其の後下記第三組合結成の頃より同社岡山営業所長となつた橋目政男庶務課長金中一雄当時岡山営業所次長であり其の後本社の業務係長となつた難波確一等は協議の結果同月二十七日第一組合未加入者其の他を以て三十七名を組合員とする御用組合の色彩濃厚な岡山縣旅客運送株式会社交通労働組合(以下第二組合と略称する)を組織結成し前記資材課長橋目政男を組合長とし岡山営業所次長難波確一を書記長同会社西大寺営業所長太田圭策及び乗務員吉國〓一を各副組合長とし第一組合と対立して組合員の切崩し引抜きを行ひ勢力の拡張を図つた結果第一組合員は漸次減少して前記岡本政男、平野〓雄、岸本廉、難波重一等十数名となるに至つたが岡山縣地方労働委員会等の斡旋により同年八月三十一日頃右第一第二組合は解散し新に両組合員を以て岡山縣旅客労働組合(以下第三組合と略称する)を設立し組合長に前記吉國〓一副組合長に資材課長より岡山営業所長となつた前記橋目政男及び岸喜夫書記長に前記難波確一委員に同社倉敷営業所長小野稔西大寺営業所長太田圭策其の他乘務員等数名を選任し御用組合色濃厚なる組合として発足するに至り最後迄第一組合員として残つてゐたものも大勢を察し漸次順應して行つたのであるが岸本廉、平野〓雄、難波重一等は必らずしも之に同調しなかつたので被告人黑瀨は右岸本等を会社の方針に不協力なりとしその原因を同人等が元第一組合員であり第一組合員として会社に対し前記の如く團体交渉をしたことと結付いて考え斯る経歴を有するが故にこそ非協調的なりと認め機を見て之等異分子を一掃せんこと企てゝゐた折柄同年十一月七日頃開かれた会社の課所長会議の後被告人黑瀨は前記粟井馨、金中一雄、橋目政男、小野稔、太田圭策等会社の幹部と共に縣下奥津温泉に於て晩餐を共にした際右各列席者に対し前記平野〓雄、岸本廉、難波重一等を解雇せんとする意向を打開け了解を求め何れも異議なきこを確めた上日を改めて其の頃右橋目政男、小野稔、太田圭策等が委員である第三組合委員会に対し前記平野等三名外二名の解雇に関し意見を徴し因つて同月二十九日開催せられた右第三組合委員会は平野〓雄、岸本廉、難波重一の三名に付ては組合大会の同意を得ることを條件として一應解雇を承認したのであるが被告人黑瀨は組合大会を俟たず翌三十日前掲本社内に於て平野〓雄、岸本廉、難波重一の三名に対し実質上は前敍の如く同人等が元第一組合員であり第一組合員として正常なる行爲をしたことを其の理由としたのに拘らず会社の業務上の都合と云ふ口実の下に退職方を強要し因て即時右三名をして己むなく退社願作成提出せしめた上同人等が何れも自発的に退社したる形式の下に解雇したのである。
以上の事実中判示冐頭より被告人黑瀨が会社の業務一切を統轄してゐるものである部分迄は同被告人の当公廷に於ける同趣旨の供述により之を認め其の余の判示事実は
一、第二公判調書中の証人平野〓雄の昨年(昭和二十二年)十一月二十九日橋目営業所長が私を営業所の宿直部屋に呼び君を会社で馘首するのではないが組合の方でどうしても首切りをやれと申込んで居り会社側では組合と相談するが組合が話を受入れぬときは君を解雇せなければならぬそうすれば君も後で縣旅客で馘首された人だと云はれゝば他に就職するとき困るであらうからその時のことを考慮して辞職願を出しては如何と申したので辞職願を橋目営業所長に提出した私としては私が第一組合員として組合運動をしたことに対し会社側で惡感情を懐き私を解雇したものと考へるその組合運動とは昭和二十二年七月頃二回黑瀨專務の所へ給料引上げの待遇改善の交渉に行つたこと等を指す尚第二組合は我々が会社と待遇改善の交渉をしてゐる際に結成せられたもので第二組合の幹部連中が黑瀨專務宅に集り色々と劃策し第一組合員を第一組合より引拔くことを企てゝ作つた御用組合である旨の供述記載。
一、第二回公判調書中証人岸本廉の(昭和二十二年)十一月三十日仕事から帰ると黑瀨專務が呼んでゐるとのことで行つて見ると平野、難波も同じく專務に呼ばれて居り三人一緒に專務の部屋に行くと其所には黑瀨專務、粟井業務課長金中庶務課長の三名が居り黑瀨專務が君等は今日限り会社を辞めて貰ひ度いと言渡したので大体は想像はしてゐたがその理由を聞かせてくれと申したところ專務は会社の業務上の都合により辞めて貰ふのだと一言のみ申し尚会社より馘首されたのでは人聞きが惡いから辞職願を出せとのことであつたので之に反対すれば会社側で馘首するものと思ひ辞める意思はなかつたが將來のことを考へ辞職願を出した私は第一組合員として直接社長や專務に交渉したことはないが第一組合の待遇改善の要求は支持した又勤務時間割に付ては大に意見を述べたことがあり会社の意に副ふ労働者の味方でない(第三)組合には共鳴出來ないと話したこともありそれが橋目をして私等を解雇させるよう会社側に言はせた動機となつたのであり結局第一組合員として組合活動をしたことが解雇の原因と思ふ第二組合は幹部となるべ人き々が黑瀨專務宅に集り色々と策を練り倉敷や玉野等の営業所に対しては第一組合員には木炭をやらぬとか或は馘首するとか電話で通逹して第一組合員の引拔き工作を行ひ以て第二組合に加入させようとした事実もあり之を御用組合と称しても過言ではなく第三組合も御用組合的色彩が濃厚であつた旨の供述記載。
一、第二回公判調書中証人難波重一の十一月三十日橋目が強制的に会社の都合で辞めてくれ辞表を出せと言つたので会社で辞職願を書いて私と岸本等三人で專務の室に行つた所專務は君等には氣の毒だが業務上困ることがあるので辞めてくれと言つた同人は自動車界に顏の廣い人であり文句を言えば後の就職に困ることが出來ると思つたので致方なく辞めた解雇された理由は第一組合員として賃上げ要求等の交渉をし最後迄第一組合員として残つた点にあるものと思ふ旨の供述記載
一、第二回公判調書中証人寺田熊雄の私は当時岡山地方労働委員会の中立側委員であり又事務局長であつたが本件は第一組合結成の際会社幹部等が結成を妨害した事実及び平野等を解雇した理由が明白でなく到底私等を首肯せしめなかつたので委員会としても労働組合法第十一條違反の認定をした次第である、解雇の原因は平野等が第一組合員として色々組合の運動をし第二、第三組合を御用組合とした点にあり第二組合は会社の利益代表者が組合に加入して居り特に橋目は課長より営業所長となつて組合員となつて居りよつて御用組合色のある組合と認めた旨の供述記載
第三回公判調書中証人上野深の私は当時岡山縣地方労働委員会の委員であつたが第一組合が会社に対して行つた待遇改善の要求は妥当なものであつたと思ふ、第三組合は会社の課長であつた橋目が課長より営業所長となつて組合に加入したので御用組合と認めた第三組合は御用組合であるからその委員会の承認を得ても眞の組合の承認とは思はない地方労働委員会としては石田委員を除き全員一致で本件を第十一條違反と認定したが石田委員も積極的に之に対して反対したものではない旨の供述記載。
一、第三回公判調書中証人杉本沢二の第二組合は会社の課長係長が中心となつて結成せられ黑瀨專務取締役も之に関係したものと思ふ第二組合は会社の幹部或は課長の樣な直接支配するものが主になつて設立せられたので御用組合と思ふ旨の供述記載。
一、第三回公判調書中証人難波確一の十一月五日奥津温泉に黑瀨專務粟井、金中、橋目、小野、太田津山営業所の皆木玉野営業所の嵐等が集つた際私も同席したが岸本、平野、難波等が居る爲に岡山営業所の成績が惡いのではないか斯樣なものは辞めさせやうではないかと言ふ話があり誰も別に何も言はず結論を得なかつた十一月二十九日組合委員会を開き橋目、岸、私倉敷の小野津山の都井西大寺の太田等が出席し平野、難波、岸本の三名の解雇に対しては岡山営業所の岸と竹野よりの申出により―中略―結局投票で決めることになりその結果六(賛成)対二(反対)であつたので組合大会を開催し決定することゝしたがその前に平野等三名は辞職した旨の供述記載。
一、粟井馨に対する昭和二十三年五月二十七日附檢事の聽取書中同人の供述として昨年十一日五日奥津温泉に於て黑瀨專務、私、金中課長、橋目岡山、皆木津山、小野倉敷、太田西大寺、嵐玉野、各営業所長、難波確一等が出席し杉野外四名の整理に付て皆の意見を徴したが別に異議なく其の中に酒宴となつた、十一月七日頃本社で黑瀨專務、私、金中課長、橋目岡山営業所長及び小野稔等が集り杉野外四名の解雇方を協議し橋目は一寸待つてくれ自分がもう一度五人に合つて会社に対する氣持を聞いて見ると申したが私や專務の腹は決つてゐた旨の記載。
一、杉野沢二に対する檢事の聽取書中同人の供述として昨年(昭和二十二年)七月四日頃第一組合が結成せられ各営業所の乘務員は殆ど全部職員は課長営業所長係長を除き殆ど全部が組合員となり私は組合長に推薦せられたが此の組合は会社幹部の理解がないから永続しないと思つたので組合長を辞し岸喜夫が代つて組合長になつた同月中旬組合大会を開き諸給與改正案等を大会で承認しそれを会社に提出し十八日回答すべく要求したが同日は社長不在を理由に回答を延期されたその時私は黑瀨專務に組合員の離間策を止めてくれと話したがそれは各営業所長や会社の幹部職員連中が屡々黑瀨方に集り協議をし第一組合員の引拔をしてゐることを各営業所の從業員から組合の役員に知らせて來てゐたからである七月二十五日には岡本等が黑瀨宅に回答を求めに赴き翌二十六日には岡山営業所で組合大会を開き声明書や決議書を会社に渡した旨の記載。
一、橋目政男に対する檢事の聽取書中同人の供述として私や難波確一が第一組合に加入することを難波重一や平野等に賴んだが同人等は承知しなかつたそれは私が資材課長であり難波確一が岡山営業所次長であつたからと思ふその中に第一組合が会社に対し鬪爭を開始したので私、難波確一、太田、嵐、皆木、小野等が相談して難波確一をして第一組合に我々を加入させて呉れねば別に組合を作ることを話させたが第一組合で断つたので難波確一、金中、太田、小野皆木、嵐、私等が相談して七月下旬第二組合を作つた旨の記載。
一、雪上浩伸に対する檢事の聽取書中同人の供述として平野、岸本、難波の三名は水揚の成績も良く何れも古参の運轉手で三名共第一組合員で会社と盛んに鬪爭した男で且最後迄第一組合に残つてゐたので第三組合が出來ても会社から睨まれて居り全く第一組合員として会社に反抗的に行動した爲に解雇せられたものと思ふ旨の記載。
一、昭和二十三年七月十二日附檢察事務官赤木正作成檢事尾池剛一宛報告と題する書面(記録第三百三十丁乃至第三百三十九丁)中判示に照應する第一乃至第三組合の設立年月日役員氏名等に関する記載。
を綜合して之を認める。
敍上被告人黑瀨の判示所爲は労働組合法第十一條第三十三條に該当するので所定刑中選択した禁錮刑の範囲内で同被告人を主文の刑に処し刑事訴訟法第二百三十七條第一項に則り訴訟費用は全部同被告人に負担させる。
次に被告人松田に対する本件公訴事実を要約すれば同被告人黑瀨が上敍の如く判示平野等三名を同人等が第一組合員であつたこと及び第一組合の正当な行爲をしたことを理由として解雇するに当り其の頃之を決裁したと謂ふに在るのであるが被告人松田が公訴事実に摘示せられた理由で平野等の解雇を決裁したことを認める十分な証拠がないので刑事訴訟法第三百六十二條に則り同被告人に対しては無罪の判決言渡を爲すべきものである仍て主文のやうに判決する。
(判事 林歓一)